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cb650r-eのブログ

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間に合ったよ、おかげさまで。

 

2026年4月6日、日曜日。天気は快晴。
桜は少しだけ散り始めている。


俺はCB650Rのセルスイッチをいつもの力で、いつもの右親指で押した。
軽やかにセルが回り、エンジンが力強く始動した。
直列4気筒のミドルバイク。お気に入りの E-clutchだ。
「そうそう、俺はこれに乗りたかったんだよな。」俺は新鮮な気持ちでバイクに跨った。

E-clutchのスタートは滑らかだ。俺はギアを上げながら、K-1へと続く道にバイクを進めた。
不思議なことに、バランス、乗り味、安心感は、事故前と全く変わらない。
頑丈な倒立サスペンションのおかげで、フロント周りはガッチリと安定している。
コーナリングも、全く素直なままだ。

いつもの、青い海が見えてきた。この道には、昔から桜の木がたくさん植えられている。
「どうにか、桜の花に間に合ったな。」
俺は、バイクを停め、桜の木を見上げた。
「今、俺はまちがいなく生きている。」そう一人でつぶやいた。
 



 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 


 

レンゲの花の理由

 

振り返ると、これから干すのだろう洗濯物を抱えた妻の華が立っていた。

「レンゲの花、咲いてるな」
俺が声をかける。

「そうね」
華は穏やかに答えた。

「でも、きれいに咲いている田んぼと、そうでないところがあるな」

「そうなのよ。レンゲって、自然に生えてるわけじゃないらしいわよ」

「え、知らなかった。てっきり自然のものだと思ってた」

「田んぼに種をまくのよ。春に花が咲いたあと、そのまますき込むと、天然の肥料になるんだって」

「この歳になるまで知らなかったな……」
俺は妙に感心した。

しばらく、静かな時間が流れた。

やがて華が口を開いた。

「考えてたんでしょ。もう一度バイクに乗るかどうか」

「……図星だな」

「あなた、言ってたじゃない。『自分の特技はバイクで速く走れること』って」

「もう“速く”は走れないけどな……」

「それに、『バイクを取ったら何も残らない』とも言ってたわよね」

「それは……まあ、半分は本音だな」

華は少しだけ笑った。

「桜でも見てきたら? ただし、完璧な安全運転でね」

 



「イノシシが飛び出してきても、今度は必ず避けきるよ」

「そう願ってるわ」

 

 

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レンゲ畑

 

4月初旬の日曜日。
天気も良く、暖かい。

ふと家の前の田んぼを見ると、一面にレンゲ草が咲いている。

 



うちの実家はかなりの田舎で、通っていた小学校までは片道二キロほどあった。
小学校低学年の足では、片道四十分ほどかかる。

通学路の半分は田んぼ道で、新学期の頃になると、いつもレンゲ草が咲いていた。
思えば、もう五十年ほど前のことになる。

六年間、雨の日も風の日も、夏も冬も、自分の足で歩いて通った。
大きな病気もせずにここまで来られたのは、あの通学で鍛えられたからかもしれない。

人生初の大ケガと入院。
「俺も例外なく、還暦前の大病か……」
そうつぶやいたとき、背後に人の気配を感じた。

 

 

 

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新しい職場

 

病院の玄関を出ると、俺はこの春から勤める新しい職場へ電話をかけた。

 


「大阪経済同友会でございます」
「4月からそちらでお世話になります、山本と申します。廣瀬事務局長はいらっしゃいますか?」
「山本さん、お体は大丈夫ですか?」
「はい。今、ドクターからゴーサインが出ました」
「それは何よりです。少々お待ちください。局長におつなぎします」

 

やがて受話器の向こうから、明るい声が聞こえてきた。
「廣瀬です。お久しぶりですなあ、山本さん。ほんまにご本人ですか。幽霊やないでしょうね」
「またまた、きつい冗談をおっしゃいますね。4月から出勤できそうです」
「それはよかったですわ。こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいんで、ほんま助かります。けど、無理したらあきませんよ。ほんまに」
「私は大阪弁が話せませんので、しばらくは妙な標準語でお願いします」
「了解です。ほな、お待ちしてます」
そうして、廣瀬事務局長との事務連絡は無事に終わった。

 

 

 

 

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宇都宮先生

 

「宇都宮先生。このたびは大変お世話になりました」
「直太郎君、先日の3月19日に、和歌山のご実家にある頴二君の墓参りをしてきたよ。きれいな花が供えてあった」
「父が亡くなって、もう四十年になりますね」
「そうだな……四十年か。君が高校を卒業した春だったな」
 

そして宇都宮先生は、堤先生のほうを向いた。
「堤先生、直太郎君は完治ということでいいのだな」
「はい。念のため、職場復帰日の前日に最終確認をする予定です」
「よし、それでいいだろう」
 

それから宇都宮先生は、まっすぐ俺を見て言った。
「直太郎君。君との約束は果たしたぞ」
「親子二代にわたってお世話になりました。本当にありがとうございました」

 

 

 

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ファイナルジャッジ

 

「どうでしょうか?」
俺は自分の脳のCT画像を見ようと、少し前のめりになった。
「いいですねぇ」
堤先生が、ぽつりとつぶやいた。
脳内にたまっていた液体は排出され、脳への圧迫や変形も改善されている。

 


しばらく前回のCT画像と見比べたあと、堤先生は言った。
「完治……と言っていいでしょう」


「ありがとうございます、先生」
俺の口から出たのは、純粋な感謝の言葉だった。」


「職場復帰は、どうされますか?」
「区切りよく、4月1日ではどうでしょうか」
「いいと思います。では、その内容で診断書を書いておきますので、帰りに受付で受け取ってください」
「本当に、ありがとうございました」
そう礼を言って立ち上がろうとした、その時だった。
思いがけない人物が診察室に入ってきた。

 

 

 

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3月25日、水曜日


朝を迎えた。
体調は悪くない。妻も娘たちもそれぞれ予定があり、俺は自分で車を運転して大阪北病院へ向かった。
受付を済ませ、いつものように番号札を受け取る。
 

待合室で血圧を測り終え、スマホを眺めていると、自分の番号が呼ばれた。
そして、いつものようにCT撮影を受けた。
しばらくして外来の待合室で待っていると、再び番号で呼ばれ、診察室へ入った。
 

「堤先生、おはようございます」
俺が挨拶すると、
「山本さん、おはようございます」
と堤先生も穏やかに返してくれた。
「画像ですが……」
そう言って堤先生は画面に目を向けた。

 

 

 

 

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最終局面

 

さて、今日は3月22日の日曜日である。
次の水曜日には大阪北病院へ行き、堤ドクターに脳の最終診断をしてもらう予定だ。
再手術後の経過は、自分の感覚としては順調だった。
足を引きずるような自覚症状もないし、家族から指摘されることもない。
一方で、CB650Rは自宅の車庫で、静かに眠っていた。

 

 

 

 

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生還

 

運転する車の中で、妻の華が俺に尋ねた。

「20年って、何のこと?」

「深い意味はないさ。それくらい経てば、彩も史も結婚して、子どもがいる頃かなと思っただけ」

「お気楽サラリーマンね、あなた」

「まあ、そうだな」

とにもかくに俺は、三度目の生還を果たした。

 

 

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あと20年...。

 

個室で二泊し、退院当日の午前中に再びCTを撮った。

堤ドクターは前回同様、画像を前に思案顔だ。
華とともに結果を待つ。

「液体は予定通り排出されています。脳の圧迫も改善し、以前の状態に戻りつつあります」

堤ドクターは笑顔で説明を終え、突然言った。

「廊下を歩いてみましょう」

 


診察室を出て、廊下を歩く。
往復してみせると、

「大丈夫ですね」

華も、ほっとした表情を浮かべた。

「あと20年、生きるんでしょう?」
堤ドクターが笑う。

「もちろんです!」

俺は少し芝居がかった口調で答えた。

荷物をまとめ、大阪北病院を後にした。

 

 

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