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真夏の方程式Ⅱ

 

「また“難問”に悩んでるんだ?」

 

振り返ると、次女の史(ふみ)が立っていた。

理工学部数学科に通う大学3年生で、家族の中ではいちばん理屈っぽい。

 

「夏用ライディングウェアのことだよ」

 

「なるほどねぇ。“涼しさ”と“安全性”と“価格”の三変数問題か」

 

「なんだ、その数学っぽい言い方は」

 

史は得意げに腕を組んだ。

 

「でも、その方程式。たぶん解けるよ」

 

「お前、バイク詳しかったか?」

 

すると史は、待ってましたと言わんばかりに胸を張った。

 

「見くびってもらっちゃ困るわね。こう見えても私、“ワークマン女子”ですから」

 

「ワークマン? あの作業着の?」

 

「今どき、作業着だけだと思ってるの、お父さん世代くらいよ」

 

ぐさりと刺さる。

 

 

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真夏の方程式Ⅰ

 

いよいよ6月である。
空を見上げれば、いつ梅雨入りしてもおかしくない雲行き。だが、アラ還ライダーにとって、この時期に本当に頭を悩ませるのは――夏のライディングウェアだった。

本音を言えば、TシャツにGパンで風を浴びながら走りたい。
だが、昨年11月の転倒事故で、こぶしのナックル、肘、肩を痛めた身としては、そうもいかない。

ちなみに膝だけは無傷だった。外付けのニーパッドを付けていたおかげである。
あの時ほど、「備えあれば憂いなし」という言葉を実感したことはない。

 



「夏でも涼しくて、ちゃんと守ってくれて、それでいて安い……。そんな都合のいいウェア、あるのかねぇ」

ソファでスマホを眺めながら、俺は独りごちた。

すると背後から、くすっと笑う声がした。

 

 

 

 

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スローなツーリング

 

――きっと、この辺りの茶葉も、関東や海外へ向けて出荷されているのだろう。
俺はヘルメットのシールド越しに、もう一度茶畑を眺めた。
事故の前は、速く走ることばかり考えていた。
景色なんて、ほとんど見ていなかった気がする。
だが今は違う。
ゆっくり走るからこそ、見える景色がある。
そんなことを考えながら、俺は再びCB650Rのエンジンをかけた。

 

 

 

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畑か...。

 

しばらく走っていると、ふと景色が気になってバイクを停めた。
今日は空気が澄んでいる。
青い海が、やけに鮮やかだ。
そして、改めて周囲を見回して気づいた。
道路脇の斜面には、一面に茶畑が広がっていた。
深い緑色の茶の木が、春の日差しを受けて静かに揺れている。
「茶畑か……」


今まで何度も通ってきた道なのに、あまり気に留めたことがなかった。
そういえば、少し前にローカルニュースで見た。
地元の若い製茶会社の経営者たちが、抹茶を中心に商品開発を進め、アメリカなど海外へ輸出しているらしい。
抹茶や抹茶アイスの原料として人気が高いのだとか。

 

 

 

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今日は、絶好の...。

 

「さて、ゴールデンウィークも今日が最終日!」
彩がわざと元気よく言った。
「ああ、そうだな……」
俺は、少し白々しく答えた。
今日は5月10日、日曜日。
「天気は快晴。絶好のバイク日和よ」
今度は妻の華が重ねる。
……完全に、家族公認である。
「じゃあ、K-1でも走ってくるか」
そう言うと、娘たちは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

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これは、おまけの...。

 

「あと、これは“おまけ”ですけど……」
そう言って、長女の彩が小さな紙袋を差し出してきた。
「なんだ、それ?」
俺は不思議そうに尋ねた。
「交通安全のお守りです」
「ああ、お守りね」
俺は紙袋を受け取り、中身を取り出してみた。
小さな布製のお守り。
金色の糸で、「厄除開運」と丁寧に刺繍されている。

 


「厄除か…。やっぱり最後は神頼みか……」


そう言いながらも、俺は自然と笑っていた。
「でも、ありがとな」
「はい。ちゃんと効きますように」
史も隣で小さく笑った。

 

 

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まさかの...。

 

ヘルメット。それも最新ギアじゃないか。
「おい、こんな高価なもの、ほんとうにもらっていいのか」
「いいの、いいの。ほんの快気祝いですから」
「ありがとう」
 

確かに事故の時に被っていたガンヘルは、結果としては慢性硬膜下血種を発病したものの、外傷はゼロに守ってくれた。
それだけでも、フルフェイスのヘルメットを被っておいてよかったと思った。
 

俺は、もらったヘルメットを試し被りしたりしながら、心から、これからのバイク運転の安全運転を心に誓った。
 

 

 

 

 

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大きな包み

 

さて、日本全国「黄金週間」真っただ中である。
我が家も長女の彩(あや;大学6年生)と次女の史(ふみ;大学3年生)が和歌山の実家に戻ってきている。


「お父さん、バイクの事故の後遺症はもう大丈夫なの?」と次女の史が言った。
「もちろん大丈夫。ただ右腕はまだ回復過程だな。」
「では、バイク復帰のお祝として私たち娘からお祝いの品を寄贈いたします。」と長女の彩が、調子をつけていった。
 

安全運転祈願です。といって、大きな布に包まれた物体を俺に差し出してきた。

 

 

 

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See you!

 

仲間たちが見守る中、俺は一人、エンジンをかけた。

来た道を、ゆっくりと引き返していく。

バックミラーの中で、仲間たちが立ったまま、俺を見送っていた。

俺は軽く手を上げ、別れの合図を送った。

風はまだ少し冷たかった。
だが、胸の奥には確かな春が来ていた。

 

 

 

 

 



 

 

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第二章の始まり

 

「じゃあ、第二章の始まりだな。E-clutchの」

「そんなところだな」

俺は笑った。

「でも今日は、これで帰るよ。家族も心配してるだろうし」

「そうだな。バトルはしばらくお預けだ」

シータがニヤリと笑う。

「それでいい」

俺も笑い返した。

 

 



 

 

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