サービスレベルの高低バランス
自分の期待以上のサービスを受けたとき。
そこには、「感動」がありますね。
同じように、料理を食べるときや、旅行をしたときにも、期待を上回れば、「感動」とともに、自分の記憶に刻まれます。
「感動」が伴えば、それは、自分の中の貴重な体験のひとつとなります。
しかし、、その「感動」をもう一度味わおうと期待をしても、往々にして、期待を下回ってしまうことがあります。
そうすると、「あのときは。。。」というように、なんとなくがっかりした気分になってしまいますよね。
この「がっかり」がかなりの曲者で、この原因を考えると、自分の中で、勝手にハードルをあげてしまっていることです。
過去の記憶は美化される。
という言葉のように、期待以上の体験が、さらに光り輝いているように感じてしまっているのだと思います。
だから、以前と同じサービスを提供しても、以前と同じ満足が得られなくなるのだと思います。
サービスを提供する側としては、痛し痒しの話ですが。。
ルーチンワークの中にある、貴重な気づき。
私は、正直なところルーチンワークが苦手です。
やれといわれれば、誰よりも早くこなす自信がありますが、モチベーションがあがりません。
モチベーションがあがらないというか、むしろ「早く終わらせたい!!」というのが最大のモチベーションになってしまったりします。汗
でも、そんなルーチンワークの中にも、貴重なきづきってあるのだと思います。
どんな仕事も、仕組みを作ってしまえば、最終的にルーチンワークに落とし込めると私は考えていますが、
その考えを反芻すればするほど、強く思います。
ルーチンワークを実際にやってみて、そこに非効率さを感じたり、新しいものが見えてきたりします。
それらの気づきは、ちょっとやそっと、ルーチンワークをこなしたからといって、得られるものではないと思います。
ある程度の時間を費やして、ルーチンワークをこなした後に、見出せるものだと感じます。
現場主義。
頭ではわかっていても、奥の深い言葉です。
敬語のような命令語
ビジネス文書と、敬語の言い回しは切っても切れないですね。
お客様はもちろんのこと、社内でも、敬語を使う場面がごく日常にありふれています。
そして、社会人経験が長くなればなるほど、言葉の難しさに頭を悩まされます。。
そんな中やりがちなのが、敬語と思っていても、伝わる相手には「命令語」のように伝わってしまう言い回し。
言っている本人が無意識のうちにやってしまっているから、たちが悪い。。
言葉遣いって難しいですね。