北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも -33ページ目

カリフォルニアの公立大学は財政難

今回に金融危機以前に、カリフォルニア州の財政問題に触れて、州立大学の予算の削減が予想されるとおしらせしたこがありました。この減収による財政難に上乗せをするように、金融危機による不況のための不況からまたさらなる税収の減収が見込まれて、州の予算の見直しが現在進められています。年度の途中ですが、背に腹はかえられないというせっぱつまった状況で、このしわ寄せがまた、大学にも波及しようとしています。

知事の提案によれば、予算の補正として全ての分野で削減をすると言う趣旨にそって予想されるのが、270万人が在学するコミカレにたいしては、3億3千万ドルの削減、9校のUCに対しては6千5百万ドルの削減、23校のCSUに対しては、
6千6百万ドルの削減となっています。

コミカレに対しては、削減の金額はしめすものの、大学経営の中でどの分野を削減するかについてはそれぞれの大学に任せるとしています。しかし、例にあげられている削減の対象としては、

Physical Plant Service
Economical Development
Telecommunication
REMEDIAL Course

となっており、学生が前年度に増して10%増えているのに関らずの予算削減ですから、コミカレにとっては厳しい状況となるように察します。特に最後の補習コースの縮小は、歯医者復活組みにとっては停滞打撃となるかもしれません。

この削減がUCやCSUにもたらす影響としては、授業のクラスの大型化、より少ない科目数、図書館の開館時間の削減などが挙げられています。

景気がわるくなると、特に州立、公立の大学が込み合う傾向があるのですが、大学へのしわ寄せが、将来の州の技能労働者の人口に与える影響を危惧する声も、大学側から上がってきています。しかし、いかんせんない袖はふれない、と言う事態でしょうね、今回は。

とりあえずお知らせまで。

感無量

昨夜のテレビで選挙の速報を午後の5時からつけっぱなしにして見ていたのですが、午後の8時になると同時にオバマ候補の当確が発表されると、私も泣いてしまいました。この時には、私が60年代の末から70年代に日本でもアメリカでも参加したベトナム反戦や、ラティノの農業労働者の運動のデモのことが頭の中に去来し、また、マーチンルーサーキング師の暗殺後、東京の近郊にあったアメリカの陸軍病院に入院していた黒人兵たちが右手のこぶしを挙げてのブラックパワーの挨拶を私たちのデモにしていたことなど、こもごものことを思い出して、やっとここまで来たなあという感慨にしばらくとらわててしまいました。

日本人の中では、おそらく異端の私ですが、外国人の私をして、このような感情を抱かされるオバマ候補の当選の事実は、当の黒人の人たち、あるいはその他の少数派にとっては、いかにその精神に与える影響がおおきいのか、私には理解がおよばない程のものがあるように思います。

地に足が着いた、民主主義ー大統領選

ご存知のように、オバマ候補が大統領選挙に勝ち、次期大統領となりました。彼が大統領選挙勝ったことの歴史的な意味はもう語られているので、ここでは述べません。

オバマ候補の資質、能力に傾倒して支持を最初から決めていた、私にとっては大変嬉しい結果です。経済的な動向がこの選挙に影響を及ぼしたと言う意見はもっともですが、それ以上に大事な要素は、150万人をこえる運動家たちが、このオバマ候補選出のために、全州で手弁当で活動したことであったと、私には思われます。改革は下から、草の根からという彼の信条にそった、選挙戦略の成果ともいえるかと思います。電話作戦もマッケイン候補の事務所では、共和党が支給した携帯と使っての通話でしたが、オバマ候補のほうは運動員が自分の携帯を使っての通話だったといいます。この違いは、小さなようですが、運動員の心構えの違いが現れているように思います。この一人一人の心がけの違い X 150万人となるとその総和の違いは計り知れません。

アメリカの大統領選挙はつねに、大衆運動ですが、オバマ候補のそれは、その質、規模、集金額と言う意味でいままでのものとは格の違うものであったように、私には思われます。私は、世論調査を見て、オバマ候補51%、マッケイン候補47%といった数字だけに目がいってしまうというのは仕方がないとは思いますが、、それだけでは表面だけの理解に終わってしまわないかと感じています。その数字の裏にある、150万人の縁の下の力持ち、ボランティアの活動家の力というがこの成果の鍵であったわけで、これはすごいと感心しています。小口献金者からの集金力というのも、これまでに規模のないものでした。

オバマ次期大統領が、150万人をこえる多様で、重層的な支持者の活動家を全国にくまなくかかえているというのは、彼にとって大変な政治的資産だといえると思います。彼らは、将来大統領の政策宣伝の先鋒とて機能するでしょうし、また、反対派にたいする圧力団体としても、それぞれの地元で機能することになるように思います。上院下院の議員数といったものも取りざたされていますが、選挙民に密着した地域の活動家というのは、議員にとっても無視できるものでは在りません。

山積みの難問を抱えての大統領就任となりますが、この大衆運動の支持という政治的資産を活用できれば、上からの改革と併せて目的の政策実現も時間をかければ可能かと希望を持っています。

トレンドセッターとしてに北カリフォルニア

大統領選挙もあと2日に迫ってきました。評論家の予想としてはオバマ候補が330-350くらいの選挙人を獲得するとのことですが、どうなりますか。270人の選挙人を獲得すると当選となくることは、ご承知かと思います。

さて、今回の選挙は大統領だけではなく、上院、下院の議員の選挙も同時にありますが、こちらも民主党が追い風にのって、上院では総数が60名近くに、下院では20-30議席の増席を果たすと予想されているようです。この通りになれば、政治環境が今とは120度くらいは変わるのではないかと私は感じています。

また、州のレベルの課題でも、加州の住民選挙の中の項目の一つが、現在合法化されている同性愛者たちの結婚をあらたな法律によって禁止するというもので、この案件については賛否同様に、テレビで宣伝合戦が盛んに行われています。私は、人に対する同権化というのは自然の社会的な流れだと思いますから、将来にわたって考えれば合法化がこれからも全国に波及していくのだと思っているわけです。しかし、反対派にとっては、いろいろな政策の震源地である加州で歯止めをしたいという観点から大攻勢にでています。現在の調査では5分五分のようで、この案件については余談を許さないようです。

さらに、サンフランシスコの市議会の議員の選挙も大統領選挙と同時に行われますが、この市では中道派の市長(アメリカの中ではもっともリベラルと評価されている)に組する議員ともっと左派の議員のと対抗戦でして、5人居る議員の多数派をどちらが制覇するか、人々は興味をもっています。右、左というのも相対的なもので、前にお話したように、ぺロシ下院議長はどちらかというと右よりとされるサンフランシスコの政治界ですから、この地域以外のアメリカとはそのゲージの0の位置がちがうように思います。

私は、このような自由な政治、社会、文化の雰囲気というものが、その経済活動までにも影響していると感じています。海に面して新しい、違うもの、違う人たちの価値をみとめてきたこの地区の歴史。そうしてStanford大学があり、湾をはさんでUC Berkeleyも存在して新しいアイデアが錯綜するなかで、シリコンバレーが生まれ、いまはET産業が生まれようとしているのは、単なる偶然ではないと思います。

加州の58ある郡のなかで、歴史的に一番北のDel Norteと一番南のSan Diegoの2つの郡だけが、共和党多数派だと言われてきましたが、その一つの海軍の軍港があり、海兵隊の基地もあるSan Diego郡も今回はついに、民主党が勝つと予想されているとか、時代は変わってきているようですね。

金融不況と学費

最近の株の値下がり、信用市場の緊迫化といったものの影響が大学生社会の中に現れてきていると言う報道がNewsweekの紙上にありました。これは歯医者の待合室で読んだものです。それによると、最近の500大学に対してのアンケート調査の結果によると、この不況のために、46%の大学で学生の退学、あるいはフルタイムからパートタイムの学生の移行がみられるそうです。

この原因としては、連邦制府からの交付援助金や、大学からの交付金が減額されている事に加えて、ローンを組む事が困難になってきていることが原因と言われています。また、株価の暴落による539の大学資金の目減りによって、親がこれまで支払えた金額が無理になってしまっているという現状もあります。

大学の基金そのものは、株価のような比率の暴落はなかったものの、やはり打撃はあるようですが、今年度のすでに約束されたFAについては変更するきざしは今のところはないようです。学生数あたりの基金の少ないところでは、クッションとなるゆとりがないでしょうから、来期はどうなるのか心配です。

来年度応募する学生たちの中には、第一志望の大学のレベルを落として、特待生の待遇での合格をねらう生徒達もふえるのではないかと思います。また、4年制の大学に直接入学しないで、コミカレ経由の学生も増える見込みですのでコミカレでの競争も少しはきつくなるかと思います。

私のところでは、たまたま運がよく大学への支払いが後一回、$8000を残すのみとなってしまいました。また、Federal Perkins Loanという連邦制府が利子を補填してくれる学生ローンがやはり$8000ほど残りますが、両方あわせてもそれほどの大金ではないので、なんとか大丈夫だと見込みをつけています。

大学の経費の高騰が指摘されて、その経費に見合う価値が大学教育にあるのかどうかといった論議が再燃してきていますが、この不況がその論争に拍車をかけることになるのではないかと感じています。

60年代の遺産

今回の大統領選挙を見ていて思うことは、候補者の3人までが60年代から79年代はじめにかけてのこの国の社会現象から気っても切れない関係があるということです。この時代のこの国は、黒人の公民権運動やベトナム戦争に反対するj人々の運動で揺れていました。大学においても、UC BerkeleyやSan Fransisco State Collegeでの学生の闘争というのは、その後の大学のあり方に影響をのこしています。

歴史のなかでは、仮定は存在しないという意見もありますが、あえていえば、マーチンルーサーキング師の運動がなかったとしたら、オバマ候補の今の姿はなかったでしょうし、ベトナム戦争がなかったとしたら、いまのマッケイン候補がないように思います。かたや、社会の変革の結果としての登場、もう方やは個人の価値観をかためた事件と言う意味ですね。サラペイラン知事の件も、60年代に始まったウーマンリブの運動を抜きにしては、実現が無かったように思います。政治運動と言うのは、その動機、目的とはべつに予測しない結果を生むということもあるのですね。呪縛からの開放をうたった女性解放運動が、右派の女性政治家達の誕生をうながしたわけで、元祖のフェミニストにとってはいたし、痒しといった結果なのでしょうね。

今回の選挙がおわると、どちらが勝っても、困難な大問題にたちむかうためには国民の大同団結を促さなければならず、稀代のリーダーシップを大統領が発揮することが求められると、私は思います。一昔前の日本で、痛みを伴う改革というスローガンがあったように思いますが、今度はこの国でも、個人の生活の仕方に関る犠牲をそれぞれの国民にとめられるように、私は感じます。私は「アメリカ人」のなかにある、逆境にあるほど頑張るタフネス、将来に付いての楽天的な態度、やってみよう精神という美点が今回の挑戦のなかで生かされるような政治があれば、これらの問題を乗り切れると思っています。

大統領が変わると、猟官制度によって2000人の新しい官庁の責任者が任命され、体制が刷新されます。お国の大事、いざ鎌倉と新政府が望めば、多くの有能な市民たちが高給をなげうってそれらの責任ある地位につこうという社会的な下地できつつあるようなので、この国の将来については心強い印象をうけます。彼らの多くも60年代という「時代」の洗礼をうけた人たちが多いようです。

1世代かかって、アメリカの社会はここまできたわけですが、振り返って自問してみると、日本の60,70年代の遺産というのは、社会、政治のなかでどのような形で存在するのでしょうか。この答えは不在者の私には無理ですから、Kenshiroさんにお聞きしたいところですね。

お仕着せの語学留学はやめて手作りの旅、バックパッキングを。

時々、日本の留学にかかわる掲示板をのぞくと、日本人の若者の海外に対する憧憬があふれていて、やはり島国なのだなあと感じます。行ってみたい、暮らしてみたいと希望が、外国語を学びたいという建前の裏の本音としてあるのではないかと私は推察しています。この憧憬を上手く利用したパッケージをつくって語学留学というものが、はやっているようですが、外国語の習得を最終目的とした留学をしているのは、日本人だけではないかと私は感じています。行き先も斡旋業者がきめてくれて、ビザや切符の手配もその業者がしてくれるので、楽のようですね。他人の用意してくれたレールに乗っかっていれば、時がすぎていくわけで、これでは「新たな体験としての旅」の効用が半減してしまうように、私には思われます。

可愛い子には、旅をさせよと言う諺がありますが、この旅というのは、子供が不慣れな環境のなかで自分でさまざまな選択を重ねて、失敗あり、成功もありの過程をへて、そのなかでいろいろな人との出会いもあり、子供が自らの力で成長していくという意味が含まれているように思います。そして、もし3ヶ月間の旅とおなじ期間の語学留学を比べれば、これはBackpacking 3ヶ月の旅のほうが、刺激あり、冒険あり、人との出会いがありの.より有用な物のように私は感じます。基礎的な教養と辞書があれば、食事、宿泊、移動といった基本は言葉が堪能でなくてもできるわけで、言葉ができなければ、理解の深さと言う面では問題はあるものの、旅はできるように私は思っています。また、総じてどこでも庶民は若くて貧しい旅人に対しては親切です。また、どの国でも悪い人、いい人はいるものの、圧倒的にいい人のほうが多いという統計は間違いの無いところです。

息子がアジアの国に2ヶ月滞在していた事は、以前お話しました。彼もこの国の言葉を一切話すことはできませんでしたが、毎日、路上の屋台で食事をして、その叔母さんと仲良くなったり、レストランに働く娘さんに市場を案内してもらったり、ホテルの従業員の深夜の酒盛りに呼ばれたりと、英語社会の同年輩の親しくなった友人以外にも沢山のつながりができていました。この体験は一生に何度もできるわけではありませんから、彼にとっても貴重なものだと思います。

こんな旅をしてみると、サンフランシスコのバスの運転者が深夜のルートではわざと余所見をしてホームレスの人から料金を取らない事があるといったことが見えてきたりします。これを職権の乱用か、援助の手を差し伸べているのかと考えるだけでも、成長の機会となるように私は思います。まあ、普通の旅行者には、深夜バスはお勧めしませんが。

若い時は一度きりですから、有効性がありそうに見える語学留学以外にも、同様の予算あるいは、それより小額で一生忘れられない有意義な外国体験ができる自分なりの旅もあるということを思い出して欲しいと思っています。



高校下位卒業者の4年制大学進学

The Chronicle of Higher Educationという教育関係の「業界紙」の記事によれば、高校の卒業生の中の下位40%の生徒が直接4年制大学に進学した際の卒業率は8年半の在学のあとで、33%以下だそうです。この理由といしては、高校を卒業しても、大学の教室で成功していける基本的なレベルの学力が伴わないという理由が挙げられています。この証左としては、2007年度にACTを受験した1.3百万人のうちで大学に入学しても充分にやっていける学力があると判断される率は23%だけだった事が挙げれらています。とくに、学力が不足気味のこれらの学生たちに救いの手を差し伸べる体制の出来ていない4年制の大学では、この傾向が顕著なのでしょう。彼らの主な進学先は、州立大学だと思います。

大学の全体で4-6年間で卒業する率というのは60%以下だといいます。この数字をおもうと、UCLA,CALの67%というのは平均以上ともいえるかと思います。8万ドルの借金をかかえて、6年間在学して、卒業するためにはまだ45単位残っているといった状況にある学生に対して、何をアドバイスしていいのか言葉をうしなってしまうカウンセラーもいるそうです。このような大学経験して、退学してしまった学生は、大きな借金をかかえ、価値観も自信をなくして、社会にほうりだされてしまいます。

このような学生が高校卒業までに充分な学力をつける教育をする責任は、幼稚園から高校までの一貫した初等、中等教育にあるわけですが、こららの学生を進学させてしまった大学は、今までの研究主流の研究機関から学部教育重視への転換が必要だと言う主張があります。私の近隣のCSUでは初年度の学生の半分が学力的に大学の授業のレベルに達していないと判断されているために、補習教育に大きな精力を傾けています。その努力は報いられているようで、彼らの卒業率は、学力が入学時点で充分にあった学生と同じだそうで、大学院に進学する学生も多いと聞いています。

実は私がこの統計を見た時に、考えた学生は日本からの留学生たちでした。日本の大学受験層の圏外にいたであろうと思われる若者達が大量にコミカレに進学している事実があり、数年のあとで、彼らの中でも多くの人たちが初期の目的であった、大学の卒業が出来ずに帰国してしまうと言う事実もあるようです。やはり、基礎学力というのがないと、アメリカ人であれ、日本人であれ、将来を開くはずの大学が逆につまずきの場となってしまう可能性が高いという印象をもちました。

野郎たちの土曜日

この土曜日には、ワイフがサンフランシスコの住む友達のお見舞いにいくということで、私は一人身でしたので、仲良しをさそって、遊んでやろうと思いました。ちょうど、釣り道具屋にいって、新製品などの様子をみようとしていたのでさっそく釣り友達に電話をしたら、今日は大丈夫といのこと。彼を迎えに行って、その場からもう一人に電話したら、かれも留守番で、暇だとのことでした。というわけで、3バカ大将で、フリーウエイを南にひた走りで50分、釣り道具屋について、ひやかし、品定めなどをして、買ったのはお目当てのRed WormとMini Night Crawler、どちらもミミズ、占めて4ドル50セント。私は、ミミズを使うの嫌いで、しょうがない場合だけ買うのですが、今回はその場合と心の中で言い訳をしています。彼ら、闇の住人達は冷蔵しておけば、3週間ほどは持ちます。

さて、この店を出たのが、11時少し過ぎ、お昼ご飯でも食べようということになって、何処に行こうかと相談したところ、Aさんが、あの湖の釣り友達のTさんの中華レストランがそこから15分くらいのところにあるということなので、皆でいって驚かせてやろうということになりそのレストランに向かいました。このレストランでは飲茶をしているそうなので、これは私好みだという期待もありました。ついてみると、なかなか大きなレストランでテーブルが60くらいあります。ただ、Tさんは、奥さんの具合が悪いので、彼女が受け持っているもう一つのタピオカドリンクの店に行っているとのことでした。

このTさん、ベトナム難民として、アメリカにやってきた中国系のベトナム人、広東語も話します。いまでは、レストランと喫茶店の2軒の店をもち、週7日毎日、11時半から店にでて、夜も11時の店の戸締りまで仕事をしながら、週に2日は早起きをしてあの湖に早朝からやってくるという釣りキチ。ボートは大中小と三隻をもっていて、自転車操業の人生を送っている人です。

飲茶を食べ終わったころに、Tさんがやってきて、私たちのテーブルに座り込んで釣り談義、お金は要らない、絶対払うという「中国風論争」をしたあとで、Tさんが席をたった隙に支払いをすませて一安心。また、今回は自分が払うと主張した、Aさんと私がこの論争をして、これは私が負けで、次は私ということで決着。彼とは昼ごはんを時々一緒んに食べるので、交替に勘定を支払っています。次回は、私の頼みで、中国のおかゆレストランで朝ごはんを食べる予定をしています。

レストランを出てから、家にむかったのですが、帰り道にもう一軒の釣り道具やがあるからよって行こうということになり、途中でこの店に行きました。この店も、そういえば、ベトナム系の人が経営していて、朝早くから店を開けているようです。ここでは、小さなボールベアリングのより戻しを買いました。Gさんも少し買い物をして、今度は本当に帰路につきました。帰ってみたら、もう3時半、朝の9時に家をでましたから、ほぼ一日遊んでしまった事になります。

私が日本人、Gさんはお母さんが2世でお父さんは中国系アメリカ人、Aさんは香港からの中国人、Tさんは中国系ベトナム人なんとなくシリトリのような関係の友人達ですが、共通語は英語、こんな友達ができるのは、この社会だけかと、、、

B級 オーケストラのススメ。

先日、週日でしたがUC Berkeleyの劇場であったBerkeley Symphonyの公演に行ってきました。訪問指揮者によるものでしたが、カナダ人の作曲家がつくった、新曲で、ガーシュイン、グッドマン、バーンスタインの香りをいれたジャズとクラッシックの合成のもので、ピアノコンツェルト。聴いていて、ここはガーシュイン、これは、バーンスタインという箇所がわかり、なかなか興味深いものでした。これがメインでしたが、ドゥビッシーなども上出来でした。

作曲家も会場にきていて、指揮者が冗談に「もし、この演奏が皆さんの気に入ったら、私の業績、もし、気にいらなければ、それは、作曲家の責任です。ところで、作曲家の君は、私が注意したようにオバマのボタンをつけているの?ここはバークレーだよ。」との発言、これで会場は大笑いでしたね。

会場は、20歳代か50歳から上の年齢の人たちでいっぱいでした。中の世代が抜けているのは家族持ちの世代で、週日の夜の8時からの公演には出かけられないからでしょうね。それでも会場は9割の込み具合ですから、なかなかこの当りの民度はたかいかと感じました。交響楽団では、サンフランシスコのものが、ロスアンジェルス、ニューヨーク、シカゴ、ボストンとならんで、高名ですが、これらをA級とすれば、おらが町のB級オーケストラも、この地域には沢山あります。バークレー、オークランド、フリーモント、サニーベールといった町には、その地域に立脚したオーケストラがあり、年に数度のコンサートを開いて音楽活動を継続しています。

B級とはいっても、私たちの席が一人60ドルでしたから、安いと言うわけではありませんが、やはりプロ達ですから、聞き応えはあります。また、聞き手と演奏者や指揮者との心理的、物理的な距離が小さいので、演奏する側と聞く側とは和気藹々と行った雰囲気も感じました。演奏者達は、このレベルではオーケストラだけでは食べていけないので、学校で音楽の先生をするとか、楽器の演奏の個人教師をしたりしながらの、掛け持ち操業だと思いますが、そうしてまで、オーケストラを盛り立てていく熱意というのが、演奏のなかから伝わってくるように思いました。

さらに、このようなB級のオーケストラでは、かなりの冒険もできるという利点もあると思います。バークレーの場合には、お国柄?か音楽で民主主義を考えるといったテーマの音楽会も予定されているとか、面白そうです。

UC Berkeleyは、この日、夜の7時過ぎにもかかわらず、学生たちがキャンパスに沢山いました、太鼓を練習しているグループや、ダンスの練習に熱中しているグループなどがいて、またそれを見物している学生たちがいて、広い敷石の屋外は学生が沢山居残っていました。

帰宅したのが、11時半すぎ、ワイフは翌日休みを取ってたので、こんな贅沢ができました。