僕の世代の人間は本物の「クラッシュ」よりも先に「アナーキー」による「ロンドンは燃えている!」、「白い暴動」のカヴァー(「東京イズ・バーニング」~21世紀の今でもピー音が入る危険極まりない歌詞・・・♪何が二本の小腸だ!は当時圧巻でした。)で「クラッシュ」のことを知った人が多いと思いますw 僕もそうでしたw きちんと「クラッシュ」として聴いたのは深夜TVで観た「ロンドン・コーリング」のPVでした。 ルックスがカッコいいと思ったのと、変化球タイプの「ピストルズ 」や「ダムド 」に比べて、正攻法で剛速球を投げ込む感じで真面目な印象を受けました。 最初に聴いたアルバムは「白い暴動」でした。 殆どが2分から3分の判りやすいが決してポップにはならない硬派のロックンロールでパンクの教科書という印象でした。 すでにハード・コア・パンクを聴いていたので音的なインパクトはそれほど感じませんでしたが・・・今聴いてもカッコ良いですね。 前述の2曲以外にも「出世のチャンス」や「ペテン」、「反逆ブルー」など、ハード・コアを生み出す土壌となったバンドのひとつという感じがしました。 後に名盤の誉れ高い「サンディニスタ」を聴いてみると、レゲエやダブを取り入れたパンクらしくないサウンドですが、そのスタンスはあくまでもパンクを貫いており、そのサウンドや政治的主張も含めたスタイルがパンク・バンドに限らず幅広いアーティストに影響を与えたのも判る気がします。 そしてクラッシュといえばジョー・ストラマーを抜きにしては語れないでしょう。 誠実、硬派、真面目と三拍子揃った男気溢れるキャラはパンクのイメージの非常に重要な部分を形成し、ただのパンク(=ちんぴら)ムーブメントに終らせなかったのは彼の功績のような気がします。 特に日本のアーティストで影響受けたバンドは数え切れないくらい多いと思います。 やはり真面目な日本人には受け入れやすかったんでしょうね。 数年前日産のRV車「エクストレイル」のCMで「アイ・フォウト・ザ・ロウ」が流れていたのは記憶に新しいですが、多くの日本人があのCMでクラッシュのことを思い出した頃にジョー・ストラマーはこの世を去っています・・・。

アーティスト: The Clash
タイトル: The Clash

最初にレコードに針を落とした時の衝撃は今でも覚えています。 初めて聴いたのは高校一年のとき、友達のA君から借りた「勝手にしやがれ」でした。 すでに中学の頃「スターリン」を聴いてパンクには出会っていたのですが、それでも「ホリディ・イン・ザ・サン」の強烈なイントロに打ちのめされました。 なにより「ジョニー・ロットン」の声! 今でもパンク・ムーブメントは、時には叫ぶように、時には吐き捨てるように歌うあのヴォーカルの色気なくして成立しなかったのじゃないか、とさえ思います。 最初は雑誌の写真で、後に映画「グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル」で観た「ジョニー・ロットン」の狂気と怒りを含んだ眼光にも圧倒されました。 その壮絶極まる生涯を含め「パンク」=「シド・ヴィシャス」という図式が一般的なんでしょうけど、僕にとっては「パンク」=「ジョニー・ロットン」でした。 「ジョニー」は安全ピンつけたガーゼシャツ、「シド」は、首には「ナンシー・スパンゲン」にかけられた錠前付きのチェーン、上半身裸で腰まで下げたベースを弾かずに突っ立ってる画がそれぞれカッコ良かったのですが、「シド」の映画「グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル」でのハーケンクロイツの刺繍がある白ブリーフ姿にはショック受けました・・・w 部活の先輩のライブ(なんだったか・・・シュガー・ベイブみたいなのでしたw)を観に行った時、・・・当時日常茶飯事だったのかなぁw・・・パンクスが乱入してきました。 モヒカンに鋲付き革ジャンのハード・コアな人らで結局演奏することになり、取り巻きの女の子達とかいて、ライブ初体験だった僕は「おお!コレがグルーピーか!」と大喜びしたんですが、その子等が「じょに~!」とか叫ぶのを聞いて「じょにーって! またベタな名前を・・w」と少しブルーになりました。 そして演奏したのが「アナーキー・イン・ザUK」だったのがダブルで・・・w ちなみに「じょにー」さん、飲みかけのジュース(!)を客席に投げてかかった女の子に凄い睨まれてましたっけw そして先輩からは「ごめんね・・・でも生モヒ見れたでしょ♪」と謝られたのですが、僕的には「いやぁ、美味しいもん観たな!」と大満足でしたw 帰りがけに中学の時の友達K・T君に会って「今日先輩のライブ観に行ったらカチコミあってさ・・・」と話すとK・T君はニヤリと笑って持っていたレンタル・レコード屋の袋を開けると、中には「勝手にしやがれ」が・・・w そんな時代でしたw ジョニー・ロットンピストルズ電撃脱退後、P・I・L =パブリック・イメージ・リミテッドを結成、ジョニーがいなくなったピストルズシドのキャラだけでは弱いと見たのかロニー・ビッグスとかいうオッサン(英国史にいわゆる大列車強盗として名を残す犯罪者で国外逃亡して南米に潜伏中だったと思います・・・実はこの人大列車強盗といっても見張り役だったとか・・・w)に歌わせたり(「グレイト・ロックンロール・スウィンドル」)しましたが、以前のインパクトを持続することは出来なかったようです・・・。

アーティスト: The Sex Pistols
タイトル: Never Mind the Bollocks Here`s the Sex Pistols
去年、日本経済新聞の現代美術のコラムに「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のロック界を震撼させたデヴュー・アルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」のジャケットが「アンディ・ウォーホル」の作品として紹介されていました。 白地にバナナの絵と「Andy Warhol」のサインだけのシンプルなデザイン。 僕が持っているのはCDなのでただの印刷なんですが、アナログ盤はバナナの部分がシールになっていて剥がすと下からピンク色の実が出てくるとのこと。コレは当時タブーだった同性愛者を表しているそうです。 ポップ・アートの巨匠たる「アンディ・ウォーホル」(はるか昔、TVのCMでご覧になった方もいるかもしれません。 目を閉じて「アカ・・・アオ・・・キイロ・・・キレイ・・・」とつぶやいてたCMですw)のプロデュースのもと、デビューした「ヴェルヴェッツ」(ニコウォーホルの鶴の一声で無理矢理加入した感が強く、メンバーの中でも浮いていたようで1st以後脱退してしまいました。)ですが、サウンド面では「ジョン・ケイル」と「ルー・リード」という強烈な個性の持ち主が二人で小宇宙(コスモ)を高めあった結果w両者の音楽性が見事なバランスで融合した凄まじいばかりのインパクトを持ったデヴュー・アルバムに仕上がっています。 同時期のバンドとしては東海岸の彼らに対し西海岸ではかの「ドアーズ 」が存在していました。 よく比較されますが、両方のバンドともそれまでタブーとされていたセックスやドラッグ、暴力を曲にしているものの、どちらかというと「ヴェルヴェッツ」のほうがより退廃的、背徳的な雰囲気が漂っている、といえます。 ミニマル・ミュージック的な同じフレーズの反復や、突き刺すような暴力的ノイズはノイズ・インダストリアル系やジャンク・グランジ系の先祖といってもいいでしょう。 聴いていて不安にさせる「毛皮のヴィーナス」や不協和音の垂れ流し「黒い天使の死の歌」「ヨーロピアン・サン」などは今聴いても古さを感じさせません。
アーティスト: The Velvet Underground
タイトル: The Velvet Underground & Nico

ドクター・フィールグッド」を初めて聴いたのは大学生のとき、バイトしてたカラオケBOXで「ザ・ジャム 」を聴いていたら「スロウ・ダウン」(ロックンロール時代のビートルズ のカヴァー)のところで一緒に働いていた友達のS・K君が「へぇ・・・ジャムもパブ・ロックみたいなの演ってんだ?」とぼそりといいました。 それまで僕はパブ・ロックというジャンルはプレ・パンク期のイギリスのパブ(大衆居酒屋)でさかんに演奏されたロックであるということぐらいのぼんやりした知識しかなかったのです。 そこで興味を持ってパブ・ロックてどんな人らがいんの?と聴くととりあえず「ドクター・フィールグッド」を聴けとのことw デヴュー・アルバムの「Down By the Jetty」というアルバムを買って来て聴いてみました。 モノラル録音にモノクロのジャケットがこだわりのしるしなのか・・・w ジャケ写をみたら風の強い河か海のそばに4人のおっさんがたたずんでる写真で、サングラスをかけたアフロが風で変な形になってる男(Vo:リー・ブリロー)と日本の詰め襟の学生服みたいな服を着た男(G:ウィルコ・ジョンソン)がやけに目に付きましたが、聴いてみると「リー・ブリロー」のゴツい声と渋いブルース・ハープ、「ウィルコ・ジョンソン」のソリッドなエッジの効いたカッティング・ギターがめちゃくちゃかっこ良いロックンロール。 特に「ウィルコ・ジョンソン」のギターの存在感は凄い。 後で知ったんですが、指で弾いてるんだそうです・・・w 指で弾くって「マーク・ノップラー」なんかが有名ですけど、こんな攻撃的なカッティングを指で弾いてるとは・・・凄いの一言ですw 「シー・ダーズ・イット・ライト」から「アイ・ドント・マインド」や「20ヤーズ・ビハインド」、 「オール・スルー・ザ・シティ」などタイトなリズムに乗せてジャキジャキとぶった切りまくるギターのカッコよさ! マジでシビれますw

                                                 【追記】 誤解を招きそうな記述がありましたので補足いたします。上記の「スロウダウン」は確かにロックンロール時代の「ビートルズ」も演奏してましたが、「ビートルズ」のオリジナル曲ではなく、オリジナルは「ラリィ・ウィリアムス」という黒人シンガーです。つまりは「ビートルズ」がカヴァーしたのをさらに「ジャム」がカヴァーしてるという・・・w

アーティスト: ドクター・フィールグッド
タイトル: ダウン・バイ・ザ・ジェティ
僕が高校の頃「ゲイリー・ムーア」が来日しました。そのインタビューの記事を雑誌で読んだときに、「ゲイリー・ムーア」が「日本は俺をちゃんと扱ってくれるから好い。 アメリカは酷いんだ。 「デフ・レパード」の前座だぜ? 俺を誰だと思ってるんだ。 「シン・リジー」にいたこともあるのに・・・。」と嘆いていたのを読んで「シン・リジー」ってバンドがあんのか・・・と印象に残りました。 何しろロック初心者で「ゲイリー・ムーア」も知らなかったですから・・・w なんかブルドッグみたいな顔した兄ちゃんやねと・・・w その後、大学の時、ゲーム屋さんでバイトしていたのですがここの店長が(僕の人生の2人目の師匠と言っても良い人でしたw)大の「シン・リジー」フリークで、「シン・リジー」知ってるか?と聞かれ、かくかくしかじか(上記)程度ですわ、というと貸してくれたのが「ブラック・ローズ」というアルバムでした。 「ゲイリー・ムーア」が在籍時のアルバムで「シン・リジー」の最高傑作といってもいいアルバムでした。 特にタイトル曲「ブラック・ローズ」の美しさ。 アイリッシュ・トラッドを取り込んだ(アイルランドのバンドです)ギター・ソロの掛け合いは、「ゲイリー・ムーア」、言うだけのことはあるぜ!って感じでツイン・リードとはいえ、相方の「スコット・ゴーハム」を完全に食ってます。 黒人とのハーフでアフロヘヤーのVo&Ba「フィル・リノット」(ライノット、が正しいそうです。)も歌いながらなんであんなに弾けるんだ、っていうぐらい凄かった。 そのほかにもヒット曲「ウェイティング・フォー・アン・アリバイ」(最初アリバイが読めずにアリビ・・・と読んでしまった事は内緒ですw)や「無法の街」など聴き応えのある名曲揃い・・・。 あまりにも玄人好みのため埋もれてしまった感がありますが、ロック史に残る名作といってもいいくらいです。
アーティスト: Thin Lizzy
タイトル: Black Rose a Rock Legend (Ger)
クイーン」を最初に聴いたのはラジオで「フラッシュのテーマ」(映画「フラッシュ・ゴードン」のサントラ)を聴いたのが最初だったように思います。 当時中学1~2年生でそれまでは洋楽なんて「ビートルズ 」か「ベイ・シティ・ローラーズ 」、「カーペンターズ」ぐらいしか聴いたこと無い洋楽オンチで・・・^^; 単純に「コーラスがカッコいいな・・・」位にしか思わなかったんですが、高校に入ってそのコーラスでキメるのが特徴であることや、オペラ的手法うんぬん・・・と言うのを知りました。 昔福岡のある有名な中古レコード屋でT商店というところが一年に一度、なんか時間限って一人何枚まで、とかのレコードを安く売ってくれる(タダだったような気もする・・・何しろ20年前なので記憶が・・・^^;)イヴェントがあって・・・そこでワケもわからず引っつかんだ中に「愛という名の欲望」かなんかのシングル盤が混じってましたが、そのときはまだ洋楽に慣れていないせいもあってか僕の心はそれほど揺さぶられはしませんでした・・・一年後に「オペラ座の夜」を聴くまでは・・・。 「オペラ座の夜」、特に「ボヘミアン・ラプソディ」を聴いた時には仰天しました。 これは・・・ロック・・・?なのか・・・? でもギターの音は歪んでいる・・・・(ギターの音が歪んでいればロックだと思っていたw) でもなぜか耳に残る・・・w 「キラー・クイーン」(頑張~れタブチ~♪の空耳でおなじみですねw)や「伝説のチャンピオン」などヒット曲も多い「クイーン」ですが、当時雑誌でこんなエピソードを読みました。 「クイーン」がブラジルでコンサートを行った時、ブラジルでは「ブレイク・フリー=自由への旅立ち」が長いことヒットしていたそうです。 20年に及ぶ軍部独裁政権が終わり、民主的な政権がまさにその年に誕生したわけですが、「ブレイク・フリー」は長い軍部独裁時代に自由を渇望する市民の気持ちを代弁していたわけです。 そして「クイーン」が登場したとき、「フレディ・マーキュリー」は”いつものように”女装して「ブレイク・フリー」を歌いだしたところ、観客は一斉にブーイング、投石まで起きる騒ぎになったとか・・・。 観客は自分達の魂の歌がバカにされたと思ったのか・・・フレディはさぞかし凹んだでしょうね・・・。 「ブレイク・フリー」、たしかにラテンぽい感じで、しかも力強いフレディのヴォーカルがカッコイイ名曲です。
アーティスト: Queen
タイトル: A Night at the Opera [Bonus Tracks]
たまに名前が出るM・K君とは高校3年の時初めて一緒のクラスになったのですが、クラス分けの日、見るとM君の下敷きには「マーク・ボラン」の切抜きが入っていました(そのとき僕の下敷きには「遠藤ミチロウ」の切抜きが入っていたのですがw)。 そこで、ああこいつ、ロック好きなんだ。友達になりたい・・・wって思って『「T.REX」好きなんだ?俺も聴いたことあるよ?』と話しかけましたw その日は放課後遅くまで「T.REX」や音楽の話をしました。 その話の中で「ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー(邦題)」というアルバムはマーク・ボランが来日時ホテルのTVで「仮面ライダー」を観てショック受けてつけたタイトルらしい・・・と言う話を教えて貰いました。 そのときは適当な邦題に合わせた冗談だと思っていたらなんと本当の話だったのでしたw 僕が最初に聴いたのはやはり「ゲット・イット・オン」が入った「電気の武者~エレクトリック・ウォリアー」でした。 黒地に金で2段積みアンプの前でマーク・ボランがギターを弾いてるかっこいいジャケなのですが、最初に雑誌の小さい写真でジャケ写を見た時はマーク・ボランアフロ・ヘアーの頭がなんか昆虫のように見えて、「げげ、気色悪か!」と思ったものでしたw ブギーとかブルーズって言葉は日本の歌謡曲でタイトルに適当に付けられているので実際のジャンルとしてはブルーズはわりとコレだ!ってのがあって判りやすいんですが、ブギーにいたっては何をもってブギーというのか、ずっと謎でしたw 「ゲット・イット・オン」のギターを聴いたときにコレがブギーだといわれて・・・「むぅ・・・これか・・・?これでいいんか?」とぼんやり答えが出たような出てないような・・・今もって謎ではありますw パンク・ムーブメントを当時リアルタイムで評価した数少ないミュージシャンの一人でもありますが、パンクを観に来た観客からはブーイングを浴びたりしたそうです。 「デヴィッド・ボウィー 」と共にグラム・ロックの代名詞となった「T.REX」ですが、作品ごとに生まれ変わったボウィーとは違って、短命に終ったグラム・ロック・ブームに殉ずるように、30歳を前にしたマーク・ボランと恋人の操るミニ・クーパーが街路樹に激突したとのことでした・・・。
アーティスト: Marc Bolan / T. Rex
タイトル: Electric Warrior
初めて聴いたのは高校一年のとき、ラジオのブリティッシュ・ロック特集みたいなので聴いた気がしますが、もしかすると、当時、大島渚監督、デヴィッド・ボウィー主演、坂本隆一ビートたけしトム・コンティ、の「戦場のメリークリスマス」が封切られてたので、その流れだったかもしれませんw 歪んだギターの音がやけにカッコいいイントロは「ジギー・スターダスト」でした。 「戦場のメリークリスマス」に合わせて雑誌かなんかでボウィーのことは知っていました。 よく「まるでカメレオンのように」と評されるほど、作品によって芸風が異なること、バイセクシュアルであると公言していること(後に『人生最大の過ちだった』といっていますがw)、架空のキャラクター(ロック・スターであるジギー・スターダスト)を演じていること、片目をナイフで刺されて、義眼であること、そして芸名の「ボウィー」はそのナイフ(ボウィー・ナイフと言う種類のナイフ)から来ていること、架空のキャラクターを演じることに疲れてドラッグに逃避したこと、そこから蘇った事・・・。まさにロック・スターを体現しているお方ですが、作品によって芸風が変わっていただけあって、この人ほどジャンルの括りが難しい人も居ないですw 「ジギー・スターダス」はグラム・ロック時代(グラマラス?といっても今の感覚から言ったら全然普通の格好ですねw)で僕が思うに最も輝いてた時代だと思うのですが、僕が「ジギー~」を聴いた頃、丁度出たばっかの「レッツ・ダンス」を聴いたら仰天しましたw 芸風が変わると言ったってこれほどとは・・・! しかしそのことこそが、ボウィー自身を色褪せないものにしていると言っていいでしょう。 当時は既にMTV時代。「カルチャー・クラブ」や「デュラン・デュラン」などに混じってボウィーが流れても、見た目も全然違和感はないのでしたw ルックスの良さもあるんですけどねw
アーティスト: デヴィッド・ボウイ
タイトル: ジギー・スターダスト発売30周年記念アニヴァーサリー・エディション
「ハード・ロックの代名詞」といってもいい「ディープ・パープル」を初めて聴いたのは中学1年の時の文化祭で先輩のバンドが「スモーク・オン・ザ・ウォーター」と「ハイウェイ・スター」を演奏した(当時の定番といっていいでしょうねw)ものでしたw 当時の日本のロック少年でコピーしたことが無い奴はいない!と断言してもいいぐらいの印象的なリフ(当時ギター弾く奴の家に遊びに行ったら必ずデッデッデー♪とやってましたw)で始まる「スモーク・オン・ザ・ウォーター」と疾走感溢れる「ハイウェイ・スター」・・・まあ中学生なのでそれなりの出来でしたが、それでもカッコ良かったんですw 高校に入って「ディープ・パープル」史、いやロック史に刻まれる名盤として名高い「ライヴ・イン・ジャパン」を借りて聴きました。 今ならさしづめ「5人のケミストリーがうんぬん・・・」と表現されるような物凄いライヴ。 特に「リッチー・ブラックモア 」(G)の延々と続くギターソロ、「ジョン・ロード」(Key)のハモンドオルガンとの掛け合いなど絶頂期のパープルの全てがあります。 それまで僕はライヴアルバムが嫌いだったんですがコレを聴いて考えを変えました。 あまりの名盤に、これ以降日本きっかけでブレイクしたバンドが「ライヴ・イン・ジャパン」とか「ライブ・イン・トウキョウ」ってライヴ盤を出すようになったとかなってないとか・・・w 確か歌詞カードが付いてなかった(?)ので『えらいカッコいい歌ばってん、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」っちゃ何のことかいな?』『スモークって煙やろ?やっぱマリ○ァナの歌やないとや?』なんて友達と話してましたw 「火事」の歌だったとはね・・・ww いわゆる3大ハードロック・バンドの中では日本での人気は(3大~って言い方が日本だけのもののような・・w)「ディープ・パープル」がクビひとつ抜きん出てた感じがします。 その理由は楽曲の美しさ、キャッチーさ、ヘヴィさを兼ね備えていたからのような気がします。 「イン・ロック」、「マシンヘッド」、「ライヴ・イン・ジャパン」はロックの教科書といってもいいくらいです。 「イン・ロック」で新しい方向性を開拓し、「マシンヘッド」で確立させ、「ライヴ・イン・ジャパン」で一気に爆発させた・・・ロック・バンドがブレイクするひとつのパターンが見えますw 
アーティスト: Deep Purple
タイトル: Machine Head
昨年、「ジョニー・ラモーン」が逝去したというニュース見てショックでした・・・。 既に「ジョーイ」、「ディー・ディー」もこの世にいないので、もしかしたら一番沢山メンバーが亡くなったバンドかもしれません・・・。 まだ55歳とのこと・・・ご冥福をお祈りします・・・。                                        初めて聴いたのは高校の時、M・K君に借りて聴いた1st「ラモーンズの激情」の「電撃バップ」でガツンとイカレましたw 「Hei! Ho! let's Go!」の叫びが「アイ・オー・レッツ・ゴー!」といってるようにしか聴こえなかったんですが・・・w 歌詞みてビックリでしたww そんなことはどうでも良いんですがw とにかくシンプル、とにかくキャッチー、メンバーは革ジャンにひざが破れたジーンズ、スニーカーというファッションで全員が同じラモーン姓を名乗り、3コードのロックンロールをかき鳴らす、最高にカッコいいバンドでした。 派手なテクニックとか豪華な機材なんて無くてもスピリットさえあればそれで充分だ、と言うことを証明してるバンドでした。 もともと福岡には「ラモーンズ」に影響を受けた、もしくはラモーンズ好きと公言しているバンドが多かった(シーナ&ザ・ロケッツザ・モッズアンジー等)ので博多の風土に合っているのかもしれません。 御多分にもれず僕もラモーンズのコピーバンドやってましたw ジャケのマンガも楽しい「ロケット・トゥ・ロシア」が僕的には一番の名盤ですね。 92~93年ごろに「GABBA GABBA HEY」(ラモーンズの決めフレーズみたいなモンで”楽しくやろうぜ?”的な意味のようですw)と言うタイトルのラモーンズのトリビュート盤が出ましたが、参加アーティストはいくつかを除いて日本では殆ど無名に近いパンク=ガレージのミュージシャン達(名前知ってるのはバッド・レリジョンL7だけでしたw モージョー・ニクスンという人の血管切れそうな「ロッカウェイ・ビーチ」は一聴の価値アリですw)でしたが、一昨年でたトリビュート盤はレッド・ホット・チリペッパーズ メタリカ U2 マリリン・マンソン グリーン・デイ オフ・スプリング トム・ウェイツまでの豪華なメンツ! わずか10年余りの間に凄いことになったモンです。 ちょっと複雑な気持ちでしたが・・・。
アーティスト: The Ramones
タイトル: Ramones Mania