高校三年の時、溜まり場になってたS・Y君の家でMTVかなんか録画したやつを観ていたときに、急にM・K君が「このバンドのコピーバンドやりたいっちゃんね」と言いました。 すると画面からは最高にカッコいいロックンロール(「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」)が流れてきました。 見ると、まるで女かと見紛うばかりの金髪美形の「マイケル・モンロー」(Vo)、ワイヤーに吊られて花火を噴射しながら(当時はワイヤー・アクション全盛だったみたいでw 「ヴァン・ヘイレン 」のPVでもワイヤーが・・・w)ステージ上を縦横無尽に飛び回る「アンディ・マッコイ」(G)w あまりにもド派手なステージにド肝を抜かれました。 物凄いインパクトのこのバンド、それが「ハノイ・ロックス」でした。 フィンランドで結成されたバンドで当時ハード・コア・パンクやブリテイッシュ・ヘヴィ・メタル全盛のイギリスに渡りグラマラスなロックンロールを引っさげて殴りこみ、成功するもののさてこれから絶頂期、って時にドラマーの「ラズル」が事故死、解散してしまうという短命なバンドでした。 「ニュー・ヨーク・ドールズ 」と共に影響を受けたアーティストは多く、LAメタルやバッドボーイズ系のバンドがブレイクするにつれ、フェイバリットとして名前を挙げたりが目立つようになってきて、「ハノイ・ロックス」も再評価の動きが高まり、2002年に再結成したそうです。 日本でも「ZIGGY」(「アイム・ゲッティン・ブルー」や「グロリア」でおなじみw)なんか見た目はモロにハノイとNYドールズの影響受けてましたw 森重樹一マイケル・モンローと対談した記事を読みましたが「もっとオリジナリティを大事にした方が・・・」って言われてましたw 本人が見てもルックスは似てる!って思ったんでしょうか・・・芸風は違うんですけどねw
アーティスト: ハノイ・ロックス, マイケル・モンロー
タイトル: グローリアス・イヤーズ~ベスト・オブ・ハノイ・ロックス&マイケル・モンロー
セックス・ピストルズ 」のマネージャー「マルコム・マクラレン」は最初自分のブティック「Sex」の商品を売るために、「ピストルズ」を「ベイ・シティ・ローラーズ」みたいなバンドにしたかったそうですが、パンク路線がイケる、と踏んだ彼は「ニューヨーク・ドールズ」みたいに振舞え、とメンバーに教えたとのこと・・・w 「ストーンズ に対するアメリカのパロディ」だとか「女装趣味のアメリカ版グラム・ロック」、「早すぎたパンク」だとかいろいろ言われてる「ニューヨーク・ドールズ」ですが、メンバー全員がアル中もしくはドラッグ中毒という破滅型バンドでアルバム2枚出して崩壊(酒とドラッグのせいでマトモな演奏が出来なくなったから、とも言われる)、メンバーの中でその後最も有名になったのは「ハートブレイカーズ」を率いた「ジョニー・サンダース」(G)、「墓穴に片足を突っ込んだ男」と言われながらも、しぶとくプレイし続けていましたが、やはりヘロインにより他界・・・再結成した時には結成メンバー5人の内、「デヴィッド・ヨハンセン」(Vo)と「シルヴェイン・シルヴェイン」(G)の2人しか残ってはいなかったとか・・・。 僕が聴いたのは高校の頃で、雑誌のインタビューでジョニー・サンダースの記事を読んでその存在を知りました。 ピストルズに影響を与えた、と聞いては聴かない訳にはいかずwM・K君に借りて聴きました。 1st「ニューヨーク・ドールズ」しか聴いてないのですが「パーソナリティ・クライシス」などのルーズなロックンロールから「トラッシュ」のような原パンクともいえるナンバーまで元祖バッド・ボーイズって感じでカッコ良かったです。
アーティスト: New York Dolls
タイトル: New York Dolls
パブリック・イメージ・リミテッド」、略して「P.I.L」。 「ロックンロール・イズ・デッド」と言い残して「セックス・ピストルズ 」を電撃脱退した「ジョニー・ロットン」が「ジョン・ライドン」と改名(本名に戻した?)して結成したバンド・・・ってだけで、「ピストルズ」に衝撃を受け、なおかつ「ピストルズ」=「ジョニー・ロットン」だった僕には必聴でした。 既に問題作を何枚か出してる「P.I.L」でしたが、僕が最初に聴いたのは高校一年の時、友達のR・A君から借りた「Live in Tokyo」でした。 「ピストルズ」時代とはまったく似ても似つかない前衛的な音楽でまるでプログレみたいだ、と思いましたが、「ジョン・ライドン」の凄まじいヴォーカルのテンションは健在でした。 それからの数年間が、当時は世界のどのアーティストよりも先鋭化してた「ジョン・ライドン」の絶頂期だったと思います。 たしかいち早くCDでアルバムを出してたのも「P.I.L」だったように思います。(うろ覚えなので間違ってるかもしれません。) そしてシンプルだけど一度見たら忘れられないカッコいいロゴ・マーク。 丸の中を三つに区切って、白地に黒抜きでP、黒地に白抜きでI、また白地に黒抜きでL・・・当然のようにバッジも買いました。 当時博多の喫茶店で「トスカーナ」と言うお店のマッチになぜかこのロゴが印刷されていて、マッチ欲しさに通った記憶がありますw(著作権的には???な話ですがw・・・なんせウン十年前の話ですので時効かとw) その後「P.I.L」は世界に追いつき追い越され・・・徐々に下降線をたどる一方でかってのテンションを維持できなくなり、最後のアルバム「That What is Not」は時代に取り残されたように新品がワゴンセールで売られているのを見ました・・・。
アーティスト: Public Image Limited
タイトル: The Metal Box Set
ブームタウン・ラッツ」を初めて聴いたのは高校の頃、M君から「哀愁のマンディ」を借りて聴いたのが最初でした。 アルバムと同名のタイトル曲は全英1位になった曲で、アメリカで小学生か中学生の女の子が猟銃で通行人を狙撃し、捕まって「なぜこんなことしたのか?」と聞かれて、「だって今日は月曜日でしょ? 私月曜日嫌いなの。」と答えたという事件、今ではよくあることですが、当時は物凄いセンセーショナルな事件で、そのことを歌った曲でした。 かなり気に入ってこの3rdと「Rat Trap」がはいった2ndを買いました。 アナログ盤は全て実家のどこかに埋まってるのではっきり覚えてませんが、確か「ナイスン・ニート」や「ブラインド・デート」「シーズ・ソー・モダン」なんかは大好きでした。 「パワー・ポップ」と呼ばれたジャンルはどこかあいまいで明確な境界線が引きにくいですが、「ブームタウン・ラッツ」と「チープ・トリック 」は、はっきり「パワー・ポップ」である、と断言していい気がします。 リーダーの「ボブ・ゲルドフ」は「バンドエイド」の発起人として「Do They Know It's Christmas?を作り、それが「USA for Africa」につながり、「We are the World」にまで発展しました。 その当時、雑誌でインタヴューを読みましたが・・・「ボブ・ゲルドフ」は「成功おめでとう!」と言われて、「ありがとう。 でも世間の人たちはボクが「ブームタウン・ラッツ」だと言うことも知らないし、あいかわらずライヴにはお客が入らないんだ・・・。」と嘆いていましたw あれだけのムーブメントを起こしたのだからもっと評価されても良い人なんですが・・・。
アーティスト: ザ・ブームタウン・ラッツ
タイトル: ベスト
「パンク・ロックの歴史」的な特集だと必ず紹介される曲と言って良い「No More Heroes」があまりにも有名な「ストラングラーズ」ですが、僕も初めて聴いたのは高校の時、その手のラジオ番組でした。 キーボードがフィーチャーされてることもあって他の初期のロンドン・パンク・バンドよりおとなしい印象(しかも僕の中で「トム・ロビンソン・バンド」とカブっていたw)でしたが実際はとんでもない暴れん坊将軍ですw その暴れん坊ぶりを語るエピソードとして・・・その頃僕らの間で流れていた噂で、曰く、「ジャン・ジャック・バーネル」(Ba)は元々暴走族あがりで常々「暴力は最高だぜ!」と嘯いていたが、来日した時、当時「地上最強」と言われた某カラテ道場(その当時で全世界に会員が1200万・・・素手ゴロなら一人一殺で米軍と戦っても余裕で勝てると噂されたw)に道場破り(!)にいったところ、子供にアバラを叩き折られ病院送りになり、その後のインタヴューでは弱々しく「暴力はイカン・・・。」と言っていたとか・・・w そして荒々しかったバンドの音も弱々しくなってしまった・・・。というのがありましたw 正直「地上最強」のカラテ道場ですから、アバラで済んでよかったじゃないか、って話なんですが・・・w この話、都市伝説みたいなものかと思っていたのですが、なんと概要はほぼ事実だそうでw 若干脚色されたネタだったらしいですw 
アーティスト: ザ・ストラングラーズ
タイトル: グレイテスト・ヒッツ1977-1990
初めて聴いたのは大学の時、友達のM・K君に「これ良かろうが?」と聴かせて貰いました。 ジャケ写を観ると普通のシャツに普通のジーンズ、そして普通の髪型・・・w 多分初期・ロンドン・パンク中最も地味なバンドでしたww 僕はまだ見た目のハッタリに誤魔化されてた頃なのでw 「こいつらなんかパッとせんなぁ・・・。」という印象でした^^; 聴かせてもらったアルバムはなんだったか覚えていないのですが、とにかく初っ端から「Orgasm Addict」や「What Do I Get」なんかのアグレッシブなドラムに仰天しました。 当時の僕がハマっていたのはラモーンズ でどちらかというとシンプルでタイトなドラムが好みだったので、怒涛のごとく連打で押しまくる「バズコックス」の音はなんとなくですが気に入らず、「う~ん・・・イマイチ・・・。」と言ってしまい、M・K君は、「そんなら、もうヨカたい。 かけんたい。」と怒ってしまいました。 その後数年して中古CD屋でベスト盤を発見して購入、聴き込んでみると怒涛の連打に乗せたキャッチーなメロディが気持ち良く、良い感じでした。 僕が違和感を抱いたように、パンクという括りより、「ブームタウン・ラッツ 」なんかのパワー・ポップの仲間といっても良いでしょう。 まぁあの「ポリス 」もデヴュー当時はパンク=ニューウェイヴと言われてましたし・・・w 当然の如く(?)日本での評価も低いようですが、欧米では数々のアーティストに影響を与えておりやっぱり外せないバンドです。
アーティスト: バズコックス
タイトル: BEST
元々は「セックス・ピストルズ 」の親衛隊だったという(当時既に大学生だったらしいですがw)「ビリー・アイドル」(Vo)を中心に結成されたという「ジェネレーションX」、初めて聴いたのは浪人の頃、友達のM・K君の家で聴かせて貰いました。 当時の日本はNHKの特集番組「インディーズの逆襲」で全国的に広まったバンド・ブーム前夜(僕はこれこそが日本のパンク・ムーヴメントだと思っていますw)でビート・パンク全盛。 まさしくジェネレーションXの音はタイムリーで衝撃を受けましたw 「バズコックス 」と同じく現在のメロ・コアにも通じるスピード感とポップでキャッチーなメロディ、そして青春賛歌w なんなら今のメロ・コアのバンドだといって聴かせても通用するぐらいです。 「Ready Steady Go」や「Your Generation」(当時「ザ・フー 」の「My Generation」へのアンサー・ソングとも言われたそうで・・・w)が有名ですが、なんといっても僕のハートをがっちり掴んだのはパンク・ロック史上5本の指に入ると言っても良い程のカッコいいイントロで始まる「One Hundred Punks」! 初めて聴いた時は鳥肌立ちまくりでしたw メチャメチャカッコいいです。 僕的にはこのバンド、まだまだ評価が低すぎると思うのですが・・・。 活動期間も短さに加えて、「ビリー・アイドル」(Vo)が解散後単身渡米、ソロデビューし、一気にメジャー・シーンへ躍り出たことも要因のひとつでしょうか。 イメージとしてはローティーン向けなんですよね・・・^^; ちなみに「トニー・ジェイムス」(Ba)も後に「ジグ・ジグ・スパトニック」を結成してますが、こっちの方がより子供向けかもw
アーティスト: ジェネレーションX
タイトル: パーフェクト・ヒッツ
元祖「Oiパンク」こと「シャム69」を初めて聴いたのは高校の頃、年末にNHKで「ブリティッシュ・ロックの歴史」という番組(たぶん本場BBCが製作した番組だと思われます)で観ました。 そのとき演奏したのは「Angel with Dirty Faces」だったか「If the Kids are United」だったと思うのですが、おお!カッコいい曲だ、と食いついて観ていると最後に「ジミー・パーシー」(Vo)が小さなおもちゃのピストルを持って自分の頭を打ち抜いてがっくりうなだれる(死んだフリ)仕草をしました。 髪の毛を染めているわけでもなく、ツンツンに立たせているわけでもないし、どちらかというと7:3分けのような・・・極めて普通の格好した彼のロッカー的なパフォーマンスに僕たちは皆、「曲はカッコ良かったけど、あのパフォーマンスは無かろうもん? かっちょ悪ぅ~!」と口々に言っていました。 ところが・・・詳しい事が判って来ると、彼らのライヴは常に暴動、はたまた乱闘続きと、ある意味初期のロンドン・パンク・バンド中最も過激なバンドでした。 大のサッカー好きでバンド名は故郷ハーシャムのサッカー場の落書き「Hersham1969」がところどころかすれて「Sham69」と読めたとこから付けたと言うフーリガン的エピソード。(どこが?w) パンク・ロックを演奏しているのにライヴはスキン・ヘッズだらけでそのスキンヘッズが親衛隊みたいになって、毎回のようにパンクスと乱闘、暴動騒ぎに発展していたこと。 乱闘を止めようと「If the Kids are United」(もし皆が団結したなら)を号泣しながら歌ったこと。 その生き様には”熱血”の2文字がちらつきますw Oiパンクというジャンルは他に「コックニー・リジェクツ」くらいしか聴いたこと無いのですが、やはり皆で斉唱出来る様なキャッチーで印象的なフレーズが多いです。(シンガロングというそうなw) 古い話になりますが・・・Wカップのイングランドの応援の時「大脱走のマーチ」を皆で斉唱してましたが、あれこそまさにOiパンク的でしたw
アーティスト: シャム69
タイトル: ヴェリー・ベスト・オブ・ザ・ハーシャム・ボーイズ

初期のロンドン・パンク・バンドの中では最も成功を収めたと言って良い「ザ・ジャム」、同時に最もスタイリッシュなパンク・バンドでもあります。全員がモッズ系ファッションに身を包んだ(なぜか髪型もおでこ丸出しの短髪・・・当時真似しようとしましたが僕の髪質ではただの坊主の伸びかけに・・・_| ̄|○)3ピース・バンドで、「ザ・フー 」に影響を受けたエネルギッシュなサウンドは最高にカッコいいです。 僕が3ピースのバンドが好きなのはジャムの影響によるもので、ブリティッシュ・ロックの歴史云々というTV番組で観たジャムは「ポール・ウェラー」(Vo.G)のギターを弾きながらのキレのあるヴォーカル・スタイルは物凄くカッコよかった。 1st「In The City」は古き良きブリティッシュ・ビートの香りを残したパンク・ロック中の名作といえ、タイトル曲「インザ・シティ」を始めとして「アート・スクール」、「住所変更」などキレのあるビートが炸裂したカッコいい曲が多いです。 僕が「ジャム」を聴いたのは高校一年の頃で、既に初期パンク・ムーブメントは勢いを失った後であり、ポール・ウェラーは脱退して「スタイル・カウンシル」を結成していました。 「ジャム」の後に聴いたその音は・・・なんとソウルをベースにファンク、レゲエ、R&Bなどがミックスされた、洒落たダンサブルなナンバーの数々で仰天しました。 しかしそれもそのはず、「ジャム」結成時から「ポール・ウェラー」がフェイバリットに挙げていたのは「ザ・フー」と共に「ビートルズ 」と「スモーキー・ロビンソン」を始めとするいわゆる「モータウン・サウンド」w 現在はソロで活動している「ポール・ウェラー」ですが、同時に労働者のための政治的活動などでも知られており、表現方法は違えど、その熱き魂は失ってないと言えるでしょう。

アーティスト: The Jam
タイトル: In the City

ダムド」はいわゆる初期のロンドン・パンクの中では「ピストルズ 」や「クラッシュ 」のような反逆や闘争のイメージが少なく、「デイヴ・ヴァニアン」(Vo)のタキシード&ドラキュラメイクや「キャプテン・センシブル」(Ba)の傾奇いた格好からして少し毛色が違っていたように感じました。 僕が洋楽を聴きだした頃はパンクは既にハード・コアの時代だったので、実際に音を聴いたのはかなり遅く、高校3年の時でした。 後輩の女の子に「これカッコいいんですよ~♪」って言われて聴いたのが「ウィラード」の「ジ・エンド」でかなり気に入ったのですが、その「ウィラード」がフェイバリットに挙げてたのが「ダムド」でした。 どんなバンドか気になってM・K君に借りて聴いた1stのが「地獄に落ちた野郎ども」でした。 サウンドはガレージ・パンクっぽい感じでしたが、「ジャム 」と一緒で他のパンク・バンドよりも洗練された音に感じました。 疾走感に溢れた「Neat・Neat・Neat」や「New・Rose」も気に入ったのですが、最後の「I・Feel・Alright」を聴いた時に、「おお!? これ知っとう! G・B・H がやってた曲やんか! ダムドのカヴァーやったっちゃね!」とテンションが上がりましたw もちろんその後ちゃんと「ストゥージス 」にたどり着きましたがw 「地獄に落ちた野郎ども」は「ドクター・フィールグッド 」と並ぶパブ・ロックの帝王、「ニック・ロウ」のプロデュースだとのことでそんなところもなんとなくですがパンクらしくない感じでした。 「ダムド」は2作目でスベって解散、再結成して3作目の「マシンガン・エチケット」が最高傑作だ、と聞いたので2作目を飛ばして聴きました。 不朽の名作「ラヴ・ソング」はもとより、「ノイズ・ノイズ・ノイズ」や「ライアー」、「スマッシュ・イット・アップ」なんかが好きでした。 いまだに2作目は聴いた事無いんですが・・・w 勢い的にはこの2枚で完結してる感じがします。

アーティスト: DAMNED
タイトル: Damned Damned Damned