1983年 富士フレッシュマンレース第3戦
レースをやっていて何が一番楽しいか、どんな瞬間に
魅力を感じるかと聞かれれば、スタート前のダミーグリッドに
着いた時からタートし1コーナーを抜ける瞬間まで
と答えると思う。
ダミーグリッドへは弱小プライベートチームながら
応援してくれる友人が一緒に車を押してくれている
スタート3分前が表示されると、ピットクルーはコースの
外に出なくてはならない
次第に緊張感が増してくるが、ここからは誰にも頼ることが
出来ない自分だけの戦いが始まる
3分前 ピットクルーコース外へ・・・
1分前 エンジンスタート 緊張感が高まる・・・
シグナルがグリーンに変わりスタート![]()
うまくクラッチミートが出来、ホイルスピンを起こすことも無く
車は順調に加速する
富士のコースは1コーナーまでが割りと距離があるので、
ポールポジションとは言え、スタートをミスると
簡単に後続車に吸収されてしまう
レコードラインよりややインコースよりのラインをとり
グレーキングをギリギリまで遅らせて
、何とか1コーナーをトップで通過
しかしレースカーとは言え、改造範囲の殆どない
同一車種によるイコールコンディションの車では
後続をぶっちぎる事は出来ない
100R、ヘアピン、300R、最終コーナーと後ろの
車が左右に進路を変え、虎視眈々と狙ってくる
ストレートに戻ってくると、2番手の車が私のスリップ
に着こうとするが、私も進路を変え逃げる
オープニングラップは何とかトップで帰ってこれたが、
後続の車がすぐ後ろから数台迫ってくる
2番手がFさん、3番手が長野の暴れん坊土屋圭市だ![]()
3周目か4周目だったと思うが、最終コーナーで土屋圭市が
私のスリップに入ってきた
進路を変えて逃げたいところだが、最終コーナーの脱出速度が
明らかに土屋選手の方が高い
ストレートを半分きた所でスリップから抜けた土屋選手に
抜かされた
私も直ぐにスリップに入り後を追うが、明らかに相手の
方の速度が速く追い越すことは出来ない
1コーナーでのブレーキング競争で勝負だ
このレースで使ってい車両は改造範囲が狭く、
ノーマルに毛が生えた程度の馬力しかない
このレースカーを速く走らせる為には、スムーズな
グリップ走行が要求される
1コーナーへは土屋選手の真後ろで侵入
しかしコーナーの奥で一瞬土屋選手の車が
横を向きかけた、私は一瞬
「オーバースピードで入りスピンするぞ
」
と思った
私はアクセルを少しだけ緩め、前の車がスピンした時に
備え回避行動の準備をした
その瞬間後続の車2台に抜かれてしまい、土屋選手の
車は何事も無かったように立ち上がって
加速を始めている・・・
「あれは故意に車をドリフトさせたのか・・・・」
今でこそD1グランプリが盛んで、車を敢えてドリフトさせて
コーナーを攻めるのが流行っているが、何せ26年前は
ドリフトはダートかラリーの世界での話しだった
土屋選手はこの頃からコーナーの侵入で、故意にリアーを
ドリフトさせてコーナーを抜けていくテクニックを
持っていたようだ
一気に4番手まで落ちたが、トップとの差はまだ僅か
スリップを使えばまだまだトップに返り咲くチャンスは
充分に残っている
後は各周回毎にお互いがスリップを使いあいトップ
グループを形成しているが、どうやら5台に絞られた
ようだ
トップはピット寄りを走っている土屋選手
2番手はその隣、黒い車のFさん
そしてFさんのスリップに入っているのが、おやじランナーだ
これは9周目あたりの最終コーナー出口だと思う
トップ争いは完全にこの5台に絞られた
しかしどの車もこの集団から抜け出し独走
というわけいにはいかない
勝負は最終周のヘアピンを立ち上がってからだ
私は前の車を敢えて追い越す事はせずに、最終コーナーを
スリップに入った状態で立ち上がり、ストレートで
前に出て順位を上げる作戦を考えた
最後は先頭の5台が並ぶようにしてフィニッシュラインを駆け抜け
チェッカーを受けた![]()
結果は・・・・
今でもJAFの公式サイトにその時の結果が残っている
1位土屋選手
2位Fさん
3位 Kさん
4位おやじランナー
富士のフレッシュマンシリーズの中でも、まれにみる
激戦でほぼ同時に5台が横一線でフィニッシュラインを
抜け、公式タイムはなんと同タイムである
こうして私の富士フレッシュマンシリーズへの参戦は
幕を閉じたのである
その時にもらった楯はは今でも大事に取ってあり
、若い時のいい思い出として残っている
ここで使った写真は東京在住の安川肇さんという
人が撮ってくれた写真である
この方は完全なアマチュアカメラマンなのだが、
1960年代から富士スピードウェイにレースがあるたびに
実に40年以上にわたり通い多くの写真を趣味で
撮ってきた方である
私はこの方の存在を知らなかったが、ここ10年ぐらいで
知り合いになった車の仲間が、レースの年月日、
ゼッケンナンバーから割り出し、私の映っている
写真を注文し、私にプレゼントしてくれたのである
20年の歳月を経て、自分がレースをしていた時の
写真が手に入るとは夢にも思っていなかったが、
安川さんにも友人にも感謝してもしきれない
ほどの気持ちでいっぱいで、
とても嬉しかったものである
写真を安川さんに注文した時は、もう20年前の
レースなのに安川さんもこのレースの事を
はっきりと覚えていたという
私は1983年でこのレースを止めてしまったが、
翌年の1984年の富士フレッシュマンシリーズ
第3戦のプログラムの表紙にこのレースの
写真が使われていた
2番手 Fさん
3番手 土屋圭市
おやじランナー22歳の時に
『輝いていた一瞬
』の写真である
そしてこのレースから20年後、私も40歳を越え
少し余裕が出てきた時に、昔を懐かしんでまた
スターレットのKP61が欲しくなり購入した
そして懐かしい富士スピードウェイを走ってきた
コースは改修されていて一部は昔と違っていたが、
富士は富士だった
とても懐かしかった
出た時の写真である
おやじランナーまだ髭が無いし太っている(*^.^*)
2日連続でカテゴリー違いの記事にお付き合い
頂き、ありがとうございました![]()
1983年 富士フレッシュマンレース第3戦
時は1983年5月22日、快晴の富士スピードウェイである
当時私は大学に通いながらアルバイトをして、身分不相応な
自動車レースに参戦していた(当時22歳)
当然だが大きなスポンサーもつくはずも無く、春休み、夏休み
冬休みを利用して貯めたお金でレースをしていたわけだが、
大学の卒業も控え、自己資金も底をつき(というか借金生活)
大好きな自動車レースもこれで最後にすると決めていた、
自分にとっての最終戦である。
ジュース代や散髪代まで節約し、レースカーのガソリン代を
捻出していたような状況なので、練習もままならない
自転車操業的な参加だったので、思うような結果も今までは
残せていない
最後ぐらいは思い切り悔いの無いように走りたいと思い、
レース前の5月8日にも富士スピードウェイに練習に
来ていた。
そして本番の前日の21日にも練習走行を行った
この時点では同じクラスの車(スターレットKP61)が
どれくらいのタイムを出しているのか分からなかったが、
TRDのKさんが私のピットに来てタイムを言うと、
「今日のメンバーではベストタイムだぞ」と言ってくれた
ピットでは当時付き合っていた彼女(今のカミサン)
がストップウォッチを使ってタイムを計測してくれていた
これは今でもとってあるその時のタイムを書いたメモだ
16周目にはこの日のベストタイムとなる
1′55″96が出ていた
スターレットKP61はご存知の方もいると思うが
箱型のハッチバックの車である
お世辞にも空気抵抗がいいとは言えない
富士のような直線の長いコースでは、当然ながら
前車の真後ろに着き空気抵抗を減らす走り方の
スリップストリーム走法が必要になってくる
単独走行でタイムを0.5秒縮めるのは、それこそ
1コーナーから最終コーナーまでベストの走りを
繋げ、コーナーの突込みでは今までより奥まで
突っ込みスムーズに立ち上がらなくてはならない
それがなかなか出来ないわけだが、このスリップ
ストリームを上手く使うと、ポンっと1秒ぐらい
タイムが上がってしまう
21日の練習走行をいい感じで終え、初めてサーキット
の側の民宿に泊まった
今まではお金も無かったので、当日の朝積載車で
レースカーを横浜から運びサーキット入りしていた
ので、何だか少しプロのドライバーになった気分だった
22日の朝を迎えた
いよいよ予選である
予選ではスリップストリームを上手く使えばいいタイムが
出せるので、ピットで待機しながら速い人のすぐ後に出て行く
ようにして、何とか着いていってスリップを使う作戦だった
しかし相手はみんなライバル
そう簡単にスリップは使わせてくれない
レースで車が後ろに着くと進路を変えてスリップを
使わせないようにする場面も見たことがある人も
多いと思う
車名 RSハラダ配送サービスKP61
ドライバー おやじランナー
結果は 1′55″92
予選に参加した車両の中で唯一56″を切って
見事に初のポールポジションだ!
午後からの決勝はポールポジションからスタート
することになった
嬉しいことは嬉しいのだが、今まで経験がないので
どちらかと言うと焦った
時間になり車両保管場所からコースへ車を押して
向かった
ポールポジションの所には、私のゼッケンナンバー
2がチョークで書かれていた
当然だが私の前には先導するオフィシャル
の車しかいない
いよいよフォーメーションラップのスタートだ
車を左右に振り(ウェービング)、タイヤを
出来るだけ暖める
コーナーの手前では強くブレーキを踏み
ブレーキーローターの温度も上げておく
ゆっくり最終コーナーを立ち上がり、自分の
スタート場所に車をつける
一旦エンジンを切りスタートを待つが、
まわりは静寂に包まれる
正に
「嵐の前の静けさ」だ
ヘルメットの中では心拍数が上がっているのが
分かり、 「ドックン、ドックン」と自分の鼓動だけが
聞こえる
スタート1分前になりエンジン再始動
アクセルを2~3回あおると、自分の気持ちも
どんどんと高ぶっていく
周りは爆音に包まれる
シグナルがグリーンに変わりいよいよレースが
スタートだ
(長くなるのでレース本番の模様はまた次回)











