群馬漫遊のラストは桐生。
高崎からJRを乗り継ぎ、1時間程。
栃木県との県境、群馬県東の桐生に着きます。
江戸時代には"西の西陣、東の桐生"と言われ、上毛かるたでも"桐生は日本の機どころ"と詠まれた、今も関東有数の繊維都市です。
<旅の行程>
1日目:富岡→下仁田
2日目:富岡→山名→高崎
3日目:妙義山→桐生
駅から徒歩15分程、かつて徳川氏によって町割りが行われた商家の町並みに着きます。
*9年振り2度目
◆桐生新町◆
(国選定重要伝統的建造物群保存地区)
矢野本店
近江商人だった初代・矢野久左衛門が寛延2年(1749)に醸造業を始め、質商でも財を成し、昭和2年(1927)には桐生初の呉服店を開業しました。
現在の建物は大正5年(1916)築造。
小路の端まで続く板塀と土塀。
現在は醤油や小物の販売が生業。
店舗や蔵を有鄰館と総称して営業中です。
有鄰館(旧矢野蔵群)
(桐生市指定重要文化財)
往時の繁栄振りを偲ばせる煉瓦蔵。
敷地内には9つの蔵があります。
味噌蔵・醤油蔵
(桐生市指定重要文化財)
天井は洋風の小屋組。
リノベ町家に数店営業中。
重伝建地区は矢野本店辺りから天満宮までの本町通り約800m程と、その左右の町並み。
花のにしはら(旧書上商店)
9年前の訪問時と変わらぬ花屋。
明治初期の元商家建築だそうです。
伝建まちなか交流館(旧曽我織物事務所)
ノコギリ屋根の織物工場で知られる桐生。
その事務所を観光案内所として活用中。
門柱に架かる装飾が粋。
こちらも交流館の付属施設?
平田家住宅旧店舗
(国登録有形文化財)
江戸時代に雑貨商だった建物で、明治33年(1900)の築造。
見事な蔦っぷり…
傍らの煉瓦塀の中にある"想い"と題された少女像の作品も健在ながら、建物同様、どこか放置された感があって、少し寂しい。
通りを振り返る。
無鄰館(旧北川織物工場・事務所)
(国登録有形文化財)
大正5年(1916)頃に建てられたノコギリ屋根工場と事務所で、現在は無鄰館と称して、ギャラリー兼カフェとして営業中です。
ここから本町通りの西側の裏通りへ。
無鄰館(旧北川織物女工宿舎煉瓦塀)
(国登録有形文化財)
無鄰館を囲むイギリス積みの煉瓦塀。
工場と古い町家群。
旧曽我織物工場
(国登録有形文化財)
桐生新町のシンボル、ノコギリ屋根工場。
大正11年(1922)築造、大谷石造の工場です。
曽我家初代・助松は石川県の出身で、明治後期に桐生に移住して生糸で財を成しますが、昭和45年(1970)に操業停止となりました。
森合資会社事務所・店蔵
(国登録有形文化財)
明治晩期創業の森合資会社。
この擬洋風建築は大正3年(1914)築造。
修繕工事後の活用検討中?
天然染色研究所
桐生の研究施設が営む、店舗兼体験施設。
織物の町らしいですね。
一の湯
織物工場の方々を癒してきた100年銭湯。
5年程前に後継者不在で廃業となりますが、他県から移住したIT企業経営者により昨年復活。
こういう復活劇、素敵ですね。
続いて、
重伝建地区の少し先へ。
四辻の斎嘉(旧斎嘉織物工場)
大正12年(1923)築造の母屋をリノベした多目的施設です。
自在庵・ベーカリーカフェレンガ
(旧金谷住宅・旧金芳織物工場)
(国登録有形文化財)
明治初期創業の金芳織物工場の旧事務所・工場で、左の旧事務所がレストラン、右の旧工場がベーカリーになっています。
桐生の人々や、この町に惚れ込んだ方々の支えによって、生まれ変わっていく町。
古い町並み再生の雄として、これからも尽力していってもらいたいですね。
ご当地マンホール
ノコギリ屋根工場と織物を伝えたという伝説の白滝姫、桐生織のデザインです。
次回、桐生の天神様で〆。
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