たぶん、中古車をネットで探すのはすでに半年以上経過していると思うのですが、「これだ!」というのが見つからない。ハイブリッドに意識が傾きつつ、「たぶん電気系の故障があったらかなりの額になりそうだし、バッテリーの交換も頭に入れなきゃいけないし、、、」、シビックは10年落ちても6千ドル以上と全然値が下がらない。ラサラージが生まれた頃、5年落ちのいすゞオアシスを5千ドルで買ったのですが、その頃より値が倍近く上がってる気がするわけです。20万マイル走った車でも市場に普通に出ていておまけに安くない。

土曜日、近くのお店で「トヨタ・ヤリス」が6年落ち10万マイルで約7000ドルで売ってたので
「これだ!」
でも家内があんまり乗り気でなく、「ニッサン・バルサ」の方に目がいったのでした。6年落ちまだ6万マイルしか走ってないのに約6800ドル!問題はサルベージタイトル、事故車でエアバッグは開かなかったけど後ろがダメージを受けて修理をしたもの。いちおうハイウエイ走行もふらつきなく、探す事に疲れていた二人はいちおう深く考えた末に
「購入!」
次の日曜日、家内が朝、車を眺めていたら
「後ろのドアが歪んでる、、、」
内側のプラスティックが何箇所か割れていたのは知ってたのですが、どうもその周りが湿っていて「たぶんハリケーンが来たら濡れるねえ」
思い悩んだ末に
「とりあえず電話を入れよう」
と次の月曜日、家内が電話をしたところ
「車の交換なら大丈夫」
という事で仕事を終えた5時半にお店に向かいました。先客が交渉していたのが、前に見ていた「トヨタ・ヤリス」。僕らの前で商談がちょうど成立したのでした。あんまり選択の余地なしな感じでしたが、11年落ちのホンダ・シビックが10万マイルで6千ドル。ちょっとペイントが剥げていたけど、「とりあえず乗ってみよう」という事でキーを借りて走ろうとしたら「動かない」
何かのサインだったかもしれません。神様の計画だったかもしれません。単に僕らの業がふりかかっただけかもしれません。店のオーナーが
「キャッシュバックしましょう」

さてあとどれくらいで車探しが終わるのでしょう?
ある場所では黄砂、ある場所では火山灰、ある場所では花粉で空気が汚染状態と化します。自然は美しくもあり醜いものでもあるわけです。
日本から戻った頃からこちらでも花粉が飛び交い、車のガラスは薄く膜が張ったみたいになり、仕事場で掃除をはじめるとあっという間に黄緑色にモップが変色?してしまいます。外で洗濯物を干すのもできなくなり、窓を開けるのもちょっと注意が必要になる。横浜の実家では掃除すると雑巾が真っ黒、こちらでは黄緑色、もしかしてどこかではピンク色になるかもしれない、、、。

こういう世の中に住んでいると3通りの想いが沸き起こります。

1「まあこんなもんでしょ」

2「なんとかしなくちゃ」

3「きっとどこかにもっと良い場所がある」

1の人には、こういいましょう
「いつか死が訪れます。その準備を今のうちに」

2の人には
「この世界の定めです。カリユガの起こす波は誰も止められません」

3の人には
「もちろんです。そこに行ってみようと思いませんか」
JRレイルパスで本当は長崎に行く予定でしたが、うちの父が

「来ない方がいい、黄砂で町は真っ白で体に悪いぞ」

個人的には全然状況がわかってない上に、今年は耳に新しい「PM2.5」と全く意味不明な公害、さらにH7N9と理解を超える名前の鳥インフルエンザの脅威が九州を襲ってる様子。気軽に田舎に戻れる雰囲気ではないようです。でも「ではまた次の機会に」というわけにも行かず、ぎりぎりまで悩んでたのですが、結局、やめました。世の中、あちらを立てれば、こちら立たずという世界です。誰もが幸せを望み、楽しもうと努力するわけですが、所詮は、限定された世界、一寸先は闇です。気を緩めることなく神様に祈るのが一番良いかと思う次第です。
3月14日夜遅く羽田に着いたわけですが、弟が迎えに来てくれなかったらたぶん終電に間に合わず、空港で一晩過ごす羽目になっていたことでしょう。空港が24時間体制なのに電車は無理というのはしょうがないかもしれません。2週間後、家族が着いた時の荷物の多さ!弟がレンタカー借りてくれなかったら運びきれなかったでしょう。

JRレイルパスというJR乗り放題のパスを購入したのは良いのですが、7日間、毎日旅するほどの気力は残念ながらみんなにない。一番の問題は食事。普通は駅弁でも買って、レストランに入れば済む事ですが、ベジタリアンフレンドリーにはまだまだ遠い環境ですから、前日からオニギリ作ったり、ピーナッツバターのサンドイッチを作ったり。

今回は姫路、京都、東京、長野、横浜を訪れましたがどこに行っても「さくら!」。日本を感じさせてくれる一番の花木です。長崎まで走っていた寝台列車も「さくら」。最近は新幹線でも「さくら」、入学式には欠かせない「さくら」、三ッ池公園で咲きほこる「さくら」をながめながらのジョギングは忘れられません。昔、家の前に「さくら」を植えてみましたが、残念ながら枯れてしまいました。またトライしてみようかな、と思わせてくれる相性の良い「さくら」。いったいどんな生命体が「さくら」の体を受けるのかは定かではありませんし、どれだけ心地よいかわからないけど、もし木の体を受ける運命なら次は「さくら」が良いかなあと。
高校卒業後、いつの間にか実家が西大口から入江に移ったり、父親が長崎で働き始めたり、長男がわけのわからん宗教?に入ったり、アメリカに住みだしたりと、全く家族がいっしょになる機会がなかったわけですが、今回は30年ぶりに親、子、孫がそろって写真を撮る機会が得られました。弟にもお嫁さんがいるし、長男にはお嫁さんどころか3人息子までと30年前の馬場家は4人から9人と倍以上に増えたのでした。仕事の友達は、そこを辞めてしまえば、殆どの場合それまで。学校の友達も卒業すれば、長続きするケースもそんなに多くなくでも血縁関係は大体の場合、生まれてからあの世に行くまで続くものです。もちろん「縁」は百人いれば百通りありまして、学校の友達と何十年も付き合ってる場合もあるし、仕事を離れてもずっといい関係が続く場合もあるし、親子でも音沙汰なしで生きているさえ分からない場合もあるわけですが、一番大事なのは、神様との絆。これはあの世でもこの世でも切れない。

なんてことを考えていたら横から家内が
「ハワイでの結婚式の時、集まったでしょ?」

忘れてました。ということで正確には15年ぶりになります。写真はフェイスブックで見られます。
東京ディズニーランドが今年30周年を迎えるなんて先月遊びに行くまで知りませんでした。スターツアーズが改装中で乗れなかったのは残念でしたが、キャプテンEOが復活してた!かなりの人手でファーストパスの使い方もよくわからないままスペースマウンテンのを予約してキャプテンEOを楽しんだ後にマークトゥエインへ。8年前は改装中で行けなかったカリブはそんなに待たなくてよかったのですが、ホーンテッドマンション、2時間半待ち!並んでいる途中、頭痛に襲われて「もう外で待ってようか」と思いつつ、その並んでいる所から抜け出るのもたいへんそうで、結局5人みんなで中に入りました。

実家の横浜で仕事も無くボーっとしながら寝転んでラジオを聞いていたら、TDLのキャスト募集が耳に入り

「これだ!」

と思ったのが1989年、横浜から通勤?するのにかなり時間がかかった気がしましたが、マークトゥエインのキャストは今までの仕事の中で一番面白かった。たぶん一番のんびりしてピースフルなアトラクションではないかと思うわけですが、毎日雨の日も雪の日もお天気の日もトムソーヤの周りを回り続けてる。その3分のために人は時には2時間以上待つ。最近はリゾート地帯になってとなりにホテルも建ち、ディズニーシーまで作られて、まったく運命の道は誰も知りえませんが、努力なしに伸びることはありえず、絶え間ない苦労があったことと思います。ウォルトディズニーの存在はかなり大きい。でも、、、そういう世の中で神様の存在を感じられたら、もっともっと幸運です。
3月17日、高校卒業後の初同窓会参加。30年ぶりに会った同級生たちの面影はかわりません。これがたぶん、一人ひとりの「人格」なのでしょう。「個性」なのでしょう。水泳部に入ってましたが一年でやめていたので、実の所、全然、頭に入ってなかったのですけど、彼らに出会えたのが一番の驚きであり、一番の思い出になりました。メンバーの一人がすでに他界していたのは衝撃です。今度機会があれば供養に行かないと。同級生の一人がノースカロライナ州のキャリー、そう僕の所から車で50分あればいける距離に住んでるのも驚き。人生いろいろ、先の事は全然分かりません。まだまだ話し足りず、たぶん、普通の状況であれば2次会にも参加したでしょうが、お金もないし、酒も飲まないし、タバコもすわないので、残念ながら一次会でおしまい。次はいつ会えるかな。アレンジした方々、本当にありがとうございました。

この世を去ってシュリークリシュナの元に戻れたら、きっとこの何千倍もの歓喜が訪れることでしょう。そこで目覚める時、一番のお友達のクリシュナがあなたを待ってます。
時々、長崎に住んでる父親に電話をかけるわけですが、僕が帯状疱疹をわずらった事をいうと

「栄養を取りなさい!」

当然この言葉の裏には当然「肉を食べなさい」と言う意味が含まれているわけですが、、、議論する気力もないし、相手が理解するとも思えないので反論しませんでした。

たぶんこの世が続く限り、肉食者と菜食者は平行線をたどることでしょう。ダライラマでさえ菜食にならないので問題意識を持つことなく一生を終える人々が大半を占めると思います。何かの縁、例えば友達がベジタリアンだったとか、ベジタリアンの家庭に生まれて育ったとか、豚が切り裂かれる所を見てしまったために、食べる気をなくしたとかいうきっかけがないと無理かもしれないし、きっかけがあっても見て見ぬフリをして

「私には関係ない」

この世だけが全てなら、みんな好きな事を好きなようにすればいいと思うし、僕もそうするだろうけど、国に法があるように、この世界にも見えないルールがあります。それを「定め」と呼ぶ人もいるかもしれないし「業」「カルマ」という人もいるでしょう。自分の行動は、将来、もしくは来世に反映されます。良いことをすれば良いことが返ってきます。悪い事をすれば、例えおまわりさんが見ていなくても、いつか罰せられます。その道理を教えてくれる人が身近にいるなら、どうぞその縁を大切にしましょう。
次男ラサラージと三男ナーラダはオレンジチャータースクールに通ってます。長男は無事に卒業しましたが、、、。
ラサラージの先生、子供の面前で罵声?を浴びせるし、何人かの両親が校長に訴えても黙認。なぜかこの半年で3人も先生が交代。バスの運転手も問題が時々浮かびながら、誰も手を打たない。去年、友達の家族は4人の子供をオレンジスクールに通わせていましたがすべての子供たちを転校させました。体育の時間、手首が痛いと訴えたのに担当の先生は「大丈夫」と家に帰しましたが、お母さんは一目見て、「救急病院へ」。それを校長先生に穏やかに伝えて「先生の怪我に対する教育をもう少しすすめては」。校長先生は声を荒げて「NO」。子供の処置に腹を立てたお母さんは裁判を。学校が負けました。ある先生は退職させられて、現在、裁判中。日本だとこういうこと事態、ないと思いますが、ここはアメリカです。子供も学校の選択が出来ますので、問題が解決しない場合は「転校」させるようですね。うちの子供たちも今日から新しい学校で勉強を始めました。

世の中、理想は高いのでしょうが、現実、内実はとても矛盾に満ちた団体、会社、学校が数多くあるかもしれません。カリユガです、偽善、争い、まだまだ始まったばかりなのに回りはそんな兆候が至る所に現れています。
「つづらご」「はくじゃ」「ひっつらご」「おびくさ」「胴まき」「たすき」「おび」「けさ」「けさがけ」「けさよう」「たづ」「へびたん」「たん」、各地で方言があるくらい身近な病気ですが昨日まで全くその存在を知りませんでした。

先週の日曜日あたりから左のわき腹が痛くなり「う~ん、昨日使った耕運機の振動で骨折ったのかなあ、そんなにもろくなってるとは思わないけど」「しばらくしたら治るかなあ」と思ってたのですが、金曜日になっても痛みが治まらずおまけに胸のあたりまでに広がってきたのです。約15年前にハワイで腹痛が起きて救急室に行ったことがありますが、原因が特定できず1600ドルの請求書だけが残ったのでした。「絶対、西洋医学なんかに頼るもんか」と思いつつ、ハリやマッサージで治るとも思えず、霊気、アイールヴェーダも今回は無理そうなので家内といっしょにチャペルヒルのUNCの救急室へ。問診、血圧、尿検を済ませ上着を脱いで見ると痛みのある場所が赤くなってる。普段、朝のシャワーを浴びるのですがいつもメガネをかけないので全然気づかなかった。夕方5時前に着いたのですがお医者さんと会ったのは2時間後、一目で

「Herpes zoster」

たぶん家内がいなかったら全然何の事かわからなかったでしょう。たったの数分でしたが、その後、個室に連れて行かれてドアのガラスには「AIRBORNE PRECAUTON」(感染注意)の紙が貼り付けられました。その約2時間後に二つの薬を飲まされて家路へ。

次の朝家内が薬を買いにウォルマートに行ってくれたのですが、電話してきた家内が
「7日分で180ドル!」。18ドルの間違いじゃない?と思いつつ逆らえない。痛み止めの薬も薦められたけどお金ないのでそれは「買えません」とお医者さんに言ってたんだけど、治療の薬だけで3日分以上の稼ぎが消えました。

未だにオバマケアは実施されてませんが病院から送られてくる請求書、病気もこわいしわき腹も痛いけど請求書の方がもっとこわいしかなり痛い、そう思うこのごろです。