松竹
小津安二郎 DVD-BOX 第一集
 台風去り、朝から光まぶしく部屋の掃除などしているとベランダの向こうに丹沢の山塊が見えその向こうに富士がくっきりと浮かび上がっていた今日。その富士に松竹のオープニングを思い出したこともあり、DVDで小津の『秋日和』を観る。夫に先立たれた原節子演じる秋子と司葉子演じる娘アヤ子の母と娘の話である。アヤ子が亡夫の同僚たちの紹介で嫁に行くまでを描く様は、ローアングルのカメラやト書きめいた台詞、1960年の作品とはいえまだまだ因習的な生活習慣と相まって、すべてが型にはまった印象を残すが、その型の中で俳優たちの身体がシメントリーを描くかのように動くのは美しさを感じざるを得ない。定型の中でかえって際立つ自由を感じさせる、少しコミカルで楽しい映画である。


笙野 頼子
一、二、三、死、今日を生きよう!成田参拝 
 『一、二、三、死、今日を生きよう!』は笙野頼子が成田国際空港をめぐる国家と住民の闘争の現場を訪れた記録である。しかし、そこは笙野頼子のこと、単なる現場の報告を超え、それを彼女自身の問題として捉え、更なる飛躍を試みる興味深い本である。以前、生田武志の『ルポ最底辺』について触れたときにもかいたのだが、ルポルタージュする者は対象者との間に、当事者として問題に直面する者に対し、傍観者としての俯瞰的視座から見下ろしてしまうという危惧がある。このことはドキュメンタリー映像の作家たちにも自覚的に考えられ、同じ成田闘争を扱った小川紳介は擬似共同体的なチームを編成しより当事者サイドからの撮影を試みた。このことは先に亡くなられた佐藤真氏らにも受け継がれ『阿賀に生きる』ではスタッフが共同生活を住人としながら撮影されたという。
 この対象者と観察者の埋めがたい溝に関して笙野もやはり自覚的であり「成田なんて今まで十円もカンパした事もないのに」といいながらもその現場へと足を運ぶのであった。そしてそこで、滑走路にはさまれた迷路のように孤立した農地を見やって笙野は「ええ、私服刑事 まだ親父さんくたばらねえとか、そういういやみを 親戚の勤め先まで何か言ってたような そういう警察の弾圧とか、庭先にあるみたいなものですよ ここをそういう大型ジェット機がエンジンを噴かして行き来 排ガスの臭いが頭にこびりついて。南風のときはもう真っ正面 軒先まで有刺鉄線を張って 軒先まで工事をやってくると 出入りには夜にサーチライトで追いかけて照らすし、うちのうしろの通りへ出る前で検問を受けるのです(コラージュした参考文献の引用)」(参考文献は『三里塚の土に生きる』『着陸不可』『三里塚』ーワイズ出版『三里塚』-朝日ジャーナルより 引用者注)と過去の闘争の記録からコラージュする。そしてこの何かブレードランナーじみた近未来世界のような悪夢は、絵空事ではなくて実際成田の農家でのことであると、その高い塀に囲まれ、警察車両からの監視を受ける中で笙野は感じると、こう看破する。このシュールな状況を、「さて、もしこれが詩のように見えるとしたら、普通はジェット機が庭先に来るなどというのは空想か、権力を描く時のレトリックになるのだが、でもこの土地には実際にそういう信じられないことが起こっている、それゆえに詩のようになってしまうということなのである。 散文が詩になってしまう状況、これを今不謹慎だが弾圧と呼んでしまおう。」と。
 さて、この一文を読んだ私は石川啄木が『喰らうべき詩』のなかで。「ちょっとした空地に高さ一丈位の木が立っていて、それに日があたっているのを見て或る感じを得たとすれば、空地を広野にし木を大木にし、日を朝日か夕日にし、のみならず、それを見た自分自身を、詩人にし、旅人にし、若き愁いある人にしたうえでなければ(中略)満足できなかった」と詩作について語ったことを思い出す。一丈の木を大木に、自分をイロニー帯びた旅人に。ああ、なんと言う牧歌的な!一丈の木の向こうに鋼鉄の銀に光る機体を、観察者を当事者意識を持たない弾圧に加担するサイドの人間に変質するこの現代のシュールさに比べたら!
 そして笙野はその非当事者たる意識の思索から近代日本の隠蔽された構造へとその思考を進めてゆくのだった。とりあえず「近代以降の私は虚構である、小説の中の内面や私は空洞である、そういう馬鹿気た定説的文学史観がどうやら変で偽物だということが判ってきたから」と言いつつ。


松本 淳, 伊沢 正名
粘菌―驚くべき生命力の謎


南方 熊楠, 小林 義雄, 萩原 博光
南方熊楠 菌類彩色図譜百選
 山道を歩いていると落ち葉の陰や、朽ちた倒木などにキノコの目立つ季節になった。「熊でないよな?」なんてちょっと不安になりながらも、キノコの不思議な造形に見とれてたりする。
 倒木の皮の下には極彩色の粘菌の変形体もいたりする。そのけばけばしい色彩は紅葉の秋の森にも負けない。アメーバとして鞭毛を使い捕食行動をする粘菌は動物のような一面をもちながらも、事実、雌雄の性差がある、変形体となりまるでうごめく巨大な単細胞生物のようになり、おそるべく知能で捕食活動をするかと思うと、やがてキノコのように傘をもたげ周囲に胞子を撒き散らし繁殖するという植物のような一面を持ち合わせる。そしてその変形体の異質さは、その極彩色な色合いにとどまらず、その知性を帯びたかのような行動にもある。人為的に迷路を作り迷路のゴールに餌を置くと、実験を繰り返すうちに迷路の最短コースを学習するそれはまさに『風の谷のナウシカ』に出てくるような、感情を持った生き物のように思えてくる。
 熊野の森でそんな粘菌の不思議に打たれた南方熊楠は、直筆で多くの菌類のスケッチを描いている。『南方熊楠菌類図譜』にはそうした美しい菌類の姿が描かれている。変形体の写真が多く載せられた『粘菌』とあわせて菌類の摩訶不思議な世界に浸るのも悪くない。


里山で見つけたキツネノエフデ


田口 ランディ
ハーモニーの幸せ
 少し前になるがNHKで中学生の学校音楽コンクール全国大会なるものをやっていた。何とはなしに観ているうちに、引き込まれた。合唱というとその高揚感がなぜか全体主義的な色合いを帯びているようで、どちらかというと毛嫌いしていたのだが、そこには、中学生たちが歌う場面には何か、緩やかに共感してゆくその手ごたえカタルシスのようなものが確かに感じられた。存外、意外である。
 そのことを考えていて、それは課題曲となった重松清の『めぐりあい』の歌詞にもあるのではと思った。こんな歌詞である。

 『めぐりあい』 
作詞・作曲 重松 清 作曲 髙嶋 みどり

 はるか昔 遠いきのう ぼくたちは
それぞれの宇宙で眠っていた
 母の鼓動を聴きながら

きみはぼくを知らず ぼくはきみを知らず
名前なく生まれたその日から旅は始まり
ふたりめぐりあえた
 いま ぼくはきみの名を呼ぶ

ひとがひとりで生まれてくるのは きっと
ふたりのよろこびがほしいから

いつか未来 遠いあした ぼくたちは
それぞれの海に船を漕(こ)ぎ出す
 ふたつの水平線を見つめて

きみはきみの海を ぼくはぼくの海を
再び会えることを祈って旅は始まり
そして長い旅路で
 やがて また誰かと出会うだろう

ひとが「さよなら」を覚えたのは きっと
涙の代わりの言葉がほしいから

ひとが思い出を語り合うのは きっと
ふたりのよろこびを忘れないため

ひとが時にひとりになるのは きっと
誰かと出会う日のよろこびのため

 よい歌詞である。ここには全体主義的画一さは微塵も無く、それぞれが多様性を持ったまま、偶然の邂逅を生きてゆくという姿勢がかすかな悲哀を持って歌われている。そのことが、私の胸をうった。
 田口ランディの『ハーモニーの幸せ』というエッセイにも歌うことによって他者とシンクロしてゆ姿が描かれているが、自分の身体を使って発声することは、もしかしたら頭で考えるより、すごい力をひめているのではと思った。
 課題曲の動画はYouTubeで観られるので関心のある方はどうぞ。


打海 文三
ハルビン・カフェ (角川文庫)

 濃密な文体、エンターテインメント・純文ジャンルの越境者、時代を色濃く反映するプロットから覗く無垢な眼差し・・・打海文三氏が9日に亡くなられた。訃報に接し、しばし氏の本の背表紙を見ながらも深い喪失感で手に取ることができなかった。で、やっと昨日『ハルビン・カフェ』を読み返したところである。ハードボイルドが色あせた過去の遺物ではなくしっかりと息づく氏の傑作である。複雑な事件の一つ一つが有機的に結びつき、不毛なテロルの時代を反映するかのような狂気じみた暴力の連鎖の果てに個人の感情を取り戻すさまを描いたそれは不在の神を待ち続ける真摯な祈りの様でもある。
 私が氏の作品を始めて読んだのが『愚者と愚者』であったから、ごくごく最近の読者ということになる、それから過去の作品をあたるようになり、それだけに出会った時期が遅かったために早いお別れにいっそう残念なのである。香りたつ青い薔薇の花弁が音も無く散った。ご冥福をお祈りする。
 同僚と今シーズン最後の沢にクライミングに入った。入渓地点の沢に夏は、あれほど群れていたヤマメもすっかりいなくなり、淵の底にちらほら魚影が見える程度。沢の水も少なく、順調に遡行。源頭部で昼食をとり、キノコがいっぱいの雑木林を下山中、バキッ、メキ、ゴロゴロ、バーン!と大きな音が山中にこだまする。「落!」と思わず身がすくむ。どうやら、私たちが遡行した沢に、大きな石が落石した様子。
 遡行中に沢がずいぶん荒れていて、「こんな岩、前なかったよな。」なんて言っていたのだ。やはり、沢登り、クライミングは改めて危険が伴うなーと皆で確認しあった。
 最低限、メット、ツェルトは持って入ろうと思った。帰り温泉で冷えた肝を温めながら話すまったりクライマーの面々である。



グレアム・スウィフト, 真野 泰
最後の注文 (新潮クレスト・ブックス)
 グレアム・スウィフトの静かな感動を呼ぶ傑作。肉屋のジャックの最後の注文-「おれが死んだらマーゲイトの海にまいてくれ」-をかなえるべく、海を目指して車を走らす4人の男たち。義理の息子のヴィンス。葬儀屋のヴィック。妻に逃げられたレイ。酔っ払と毒づく癖の抜けない八百屋のレニー。ヴィンス以外は初老の老人たちである。それぞれに家庭の問題を抱えながら、亡き友の遺灰を胸に抱きつつ、パブに寄り道し、戦没者記念碑で過日の戦友を悼み、牧場で殴りあいの喧嘩をしながらもマーゲイトへと車は向かう。
 その小雨降る寂しい海へと、友に見送られながらジャックは還ってゆく。「「さよなら、ジャック。」空と海と風とが混ざって一緒くたになっているけれど、そうでなかったとしたって、結局おんなじことだったんだろうと思う。私の目のほうが、ぼうっとかすんじゃっているんだから。」友の涙に見つめながらジャックの灰はマーゲイトの海に風によって運ばれてゆくのだった。


井田 徹治
ウナギ―地球環境を語る魚 (岩波新書 新赤版 1090)
 少々古い話で恐縮だが、8月30日の日経朝刊に「ダム建設費膨張9兆円」とのタイトルで興味深い記事があった。それによると全国に計画・建設中のダムの建設費が当初の計画時の見積もりから平均で約1.4倍に膨れ上がりトータルで9兆円超に上るとのこと。具体的には大西暢夫監督のドキュメンタリー映画『水になった村』の舞台となった岐阜県の徳山ダムは1976年の計画作成当初の建設費見積もりが330億円なのに対して、完成後の建設費は3500億円と10.6倍にも達している。民間の会社の事業なら計画作成の人や計画を稟議した人たちの首が飛び、即刻、事業停止になる数字である。しかし、そこはお上。膨大な建設費かけて完成にこぎつけている。徳山ダムに沈む徳山村の人々を描いた『水になった村』は生活者の視線から、村がダムに沈み行くさまを描いた秀作であるが、監督の大西氏に話したように、私はこの夏、岐阜の徳山ダムを尋ねて、実際の現場を見てこようと思っていたのだが、近くにはいったもののダムそのものは見ることができなかった。しかし、近隣の別のダムを見たときに感じたことであるが、山深い過疎地に突然、立派な道路が走り、満々と水を湛えたダムが現れるさまは圧巻であった。
 農業が崩壊し、漁業が立ち行かなくなり、伝統産業が衰退し、林業は放置され、人口が減り続ける過疎地にあって、公共事業が生活者へもたらす経済的恩恵はいかほどのものかと、実際に現場を見てきて考えざるを得ない。このことは原発が立地する各地の状況を見たときにも感じたものなのだが、先祖伝来の土地を手放し、美しい里山、海岸、河川を手放してもなお、人々は生活を続けなければならない。その、深い諦念を思うと、頭ごなしに「環境保全」を掲げて公共工事を批判するのははばかられるのではあるが、ダムの建築費の膨張も、建設中の経済効果、建設後の経済効果を考えると、なるべく多額の金を長期間にわたって投資してゆくことは、地方の経済的活性化、およびそれがもたらす施政者の延命(選挙の票を通じて)といった目的には至極合致した行為である。
 しかし、これらはあくまで人間サイドからの話であって、たとえばそこに住む生物に対しては、人間のように補償金や代替地が用意されるわけではない。
 そのことを河川に住むウナギの立場から書いたのが本書である。本書によると、かつて日本有数のウナギの漁獲高を誇った利根川・霞ヶ浦水系であるが、河口に利根川河口堰が1971年に完成すると、激減。1960年代なかばには1000トンを超えていたそれが2002年には54トンにまで減少しているという。これは、河口堰よってウナギの遡行が妨げられ、生息数が激減していることが原因であるという。つまり閉め切った堰をウナギが産卵のために行き来できなくなってしまっているというのだ。
 さらにウナギにとって受難なのがダムの発電用タービンである。産卵のために海に帰ってゆくウナギがタービンに巻き込まれ死ぬということが各地で起こっているのだ。ドイツの研究者がウナギに追跡のための発信機を付けて観察したところ、タービンに近づいたウナギはしばらくその周りを泳いで様子を見た後、水の増加をまって「意を決したように」タービンに飛び込んでゆくという。タービンにその身をミンチにされないで済むのは多くて75%。半数は粉々にされてしまうという。
 さて、小さな政府の競争原理から「格差是正」の大きな政府へと舵を切り始めたかに見える施政者たちの政策であるが、「共生」「ぬくもり」にあふれる政策を人間のみならず生き物たちへも是非向けてもらいたいものである。公共事業への予算配分要求が高まる中切に思うのである。



池波 正太郎, 直木 三十五, 綱淵 謙錠, 津本 陽, 五味 康祐
剣聖―乱世に生きた五人の兵法者 (新潮文庫)
 先に『ゴースト・ドッグ』で「葉隠」的生き方を見たせいか、剣豪小説が読みたくなり書庫をあさると、アンソロジーで池波正太郎、津本陽、直木三十五、五味康祐、綱淵謙錠ら時代小説の大御所が上泉伊勢守、塚原卜伝など傑出の剣豪を描いた文庫があったので、秋の夜長読んでみた。
 中でも池波の『上泉伊勢守』、津本陽の『一つの太刀』が良かった。剣豪小説というと血風吹きすさび、剣一本で血路を開くのようなぎらぎらしたものかと思いきや、「葉隠」並みに精神的な内面を描いたものであって、存外穏やかな気持ちになった。上泉伊勢守は剣という殺人の武器を、人を生かす活人剣へと高めてゆく思想の持ち主で、それはやがて無刀という境地まで達する。剣を磨きながら剣を捨てる。このアンビバレンツな跳躍に至る、戦国乱世を生きるもののふの悲哀が静かな感動を生む。
 『一つの太刀』は郷里鹿島の神宮での坐臥を通じて剣の真髄へと達する塚原卜伝の修行を描いている。そこには剣を振るい敵を倒してゆくという道筋はなく、ひたすら半眼瞑想のうちに自己を見つめ返すことによって剣の道を悟ってゆくという、これも一種ウルトラ級に超越した話で、卜伝が寒風の中、剣を持った神と対峙する場面は、凛として読んでいて気持ちがよい。
 剣に生きる男たちの、怜悧で潔白、愚直なまでに己を追い込んでゆく生き方は、このモラルが低い今の世の中にあって、さわやかな秋風の様に胸に迫るものがあった。
南氷洋の捕鯨 (岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション 復刻版)
 1950年。終戦から5年。いまだ混乱期にあって岩波写真文庫は創刊された。活字による情報が主流で、戦意高揚のため活動写真も活用された時代。歴史を客観的に記録する媒体として写真を真の意味で証人としてその力を発揮させるべく企画された300冊弱。その初回配本が『南氷洋の捕鯨』である。戦後の貴重な蛋白源としての捕鯨を生々しく写し撮ったモノクロの写真。ナガス鯨の腹に休息するペンギンを表紙に、解体される鯨。いまでこそ環境保護団体から目くじらを立てられそうなフィルムの数々。貴重な歴史の証人である。古書店で高価で売買されていた岩波写真文庫の10冊が、赤瀬川原平氏のセレクトによって復刻された。
 チープな装丁。ぎっしり詰まった内容。角ばったフォント。岩波書店が岩波らしく、手にとって頬ずりしたくなるようなドキュメンタリーの原点が今、700円で手に入る。買いである。願わくば全286冊すべての復刻を祈って、本書をお勧め。捕鯨が時代錯誤だという人、鯨カツを給食で食した人、とりあえずかつての捕鯨の歴史をこの白黒写真で見て欲しい。それからである。
 同時復刻の『戦争と日本人』もお勧めである。
 岩波写真文庫。祝復刻である。