打海 文三
ハルビン・カフェ (角川文庫)

 濃密な文体、エンターテインメント・純文ジャンルの越境者、時代を色濃く反映するプロットから覗く無垢な眼差し・・・打海文三氏が9日に亡くなられた。訃報に接し、しばし氏の本の背表紙を見ながらも深い喪失感で手に取ることができなかった。で、やっと昨日『ハルビン・カフェ』を読み返したところである。ハードボイルドが色あせた過去の遺物ではなくしっかりと息づく氏の傑作である。複雑な事件の一つ一つが有機的に結びつき、不毛なテロルの時代を反映するかのような狂気じみた暴力の連鎖の果てに個人の感情を取り戻すさまを描いたそれは不在の神を待ち続ける真摯な祈りの様でもある。
 私が氏の作品を始めて読んだのが『愚者と愚者』であったから、ごくごく最近の読者ということになる、それから過去の作品をあたるようになり、それだけに出会った時期が遅かったために早いお別れにいっそう残念なのである。香りたつ青い薔薇の花弁が音も無く散った。ご冥福をお祈りする。