沢田マンション物語/古庄 弘枝

¥1,785
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  好きな建築家は?と聞かれたらフンデルト•ヴァッサーと答える。彼の建築の特徴は、まるで建物が生き物のようにみえることだ。壁から生える植物。曲がりくねった床。それは建物そのものが植物と化したかのようだ。以前から、巨木の洞や洞窟にすんでみたいなと思っていることもあり、自然のなかに取り込まれている感覚は好きである。そんな、自然いっぱいのマンションを手作りしてしまったというとんでもない夫婦の物語である。ひとつとして同じ部屋が無いという集合マンション。屋上には田んぼまである。勿論、建物は緑に溢れ、そして未だ建築中という増殖を繰り返すそれはまるで一つの有機体のようである。装丁にプリントされたマンションの写真を観ているだけでもわくわくする。楽しさに溢れた一冊だ。

壬生義士伝 上 文春文庫 あ 39-2/浅田 次郎

¥660
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壬生義士伝 下 文春文庫 あ 39-3/浅田 次郎

¥660
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 剣豪もの、ましてや新撰組ものとえいば腕の立つ剣士が憂いを秘めながらも男の矜持とやら、肩でかぜ切ってな感じなのだが、浅田氏の剣豪はなさけない。「銭こ」の為に人を斬る。そこには矜持も何もありゃしない。なのにカッコいい。3回読んで3回泣いた。家族を守るため、後ろ指さされてもただただ人を斬る。本当の義士がここにいた。
苦海浄土―わが水俣病 (講談社文庫)/石牟礼 道子

¥700
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 日経新聞『私の履歴書』が民俗学者の谷川健一なので、いつもの経済人のものより関心を持って読んでいるのだが、5月29日付『奪われた幼少の記憶』と題して氏の故郷の水俣について書かれた一文がことさら目を引いた。「水俣は海山に囲まれ、二月の末になると、春雨のように暖かい雨が音をたてて降った。(中略)夏になると、昼間は海の微風が町中を吹きわたり、夜は山からの涼風に見舞われた。」という美しい郷里が、水俣病の発生によって「くろぐろと墨の線を引かれてしまった。牧歌的な所へ反牧歌的なものが突然爆弾のように投げ込まれ、私は過去のことを素直に思い出せなくなった。」と氏は回想する。この一文を読んで私は石牟礼道子の『苦海浄土』の冒頭を思い出す。
 「湯堂湾は、こそばゆいまぶたのようなさざ波の上に、小さな船や鰯籠などを浮かべていた。子供たちは真っ裸で、舟から舟に飛び移ったり、海の中にどぼんと落ち込んでみせたりして、遊ぶのだった。」という牧歌的な、船べりをたゆたう水のきらめきが見えてきそうな、汐風が鼻腔をくすぐる、感覚的でディテールの際立った風景が、一転、水俣病の病魔に犯された一人の少年の描写によって、過度の強度と緊張感でもって打ち破られていく。少年は不自由な四肢をふんばって石ころを空中に放っては木で打ち据える「野球のけいこ」に興じている。それは、「昼餉はとうにすみ、人々は畑か、漁か、町に下り、部落全体がひとつの真空を作っていた。(中略)少年だけが、ひとりで「野球」のけいこをしている午後の村は、彼のけんめいな動作が、この真空を動かしてゆく唯一の村の意思そのものであるかのように、ほかに動いているものはなにもなかった。」と描かれる。そんな彼の歪んだ背中は「引き絞られ手て撓んだ弓の柄のように、ただならぬ気迫に満ちて構えられており、けれども、それは引き絞られるばかりで、ついに狙い定めた的にびゅうと放つことがまだ一度もできない悲しみに撓んでいるようにもみえる。」と。
 風景が反転し、細部が「くろぐろ」と埋め尽くされ、ある強度を持って蹂躙されていくときその巨大な力の前に、風景を織りなすさまざまなものは、沸点を極め巨大な力に飲み込まれる部分へと変質してゆく。このことは、逆に「問題」がおこらなければ風景は部分へと分割はされず、それはたゆたう水のごとくごく当たり前に私たちを取り巻いているだけであるとも言い換えられる。部分へ分割、それは疎外化と言っても良いと思う、がもたらされるとき、風景と私の間には親和力は無く、お互いが対立していく。これは、何も水俣に限ったことでは無い。山肌を削り、出現したニュータウンにも、護岸を押し固められた河川にも、もはや親和力は失われている。
「独占資本主義のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうかも知れぬが、私の故郷に今だに立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の言語と心得ている私は、私のアミニズムとプレアミニズムを調合して、近代の呪術師とならねばならぬ。」と言う石牟礼氏の言葉は重い。風景から疎外された私たちは、かつて豊かな交感を通じて親和力を保っていたその関係を取り戻すためには、失われつつある呪詛の言葉を丹念に聞き取り、ディテールに宿る名も無き神々の死に絶えゆく言葉を、かすかな響きとして見つけ出す意外にはあるまい。そんな繊細さを身につけたいものだ。


週末になると雨が降る。久しぶりに映画でもと思い、DVDをかき回してみると『花とアリス』が出てきたので何とはなしに観ていた。前には気づかなかったのだが、フィルムの全般に雨のシーンが多かった。そして湿り気を帯びた木々の緑が美しかった。たまにはこんな週末も良いなと思いながら少しハッピーになった。

花とアリス 特別版/鈴木杏

¥5,231
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 以前、このブログでも触れたのだが、「野宿者」問題に詳しい、生田武志氏が『世界』4月号に、『学校で野宿者の授業を』との寄稿を寄せていたので、読んでみた。氏の「野宿者」に対する考えは『ルポ最底辺』に詳しいが、現在、教育の現場で「野宿者」に対する授業や教育が行われないことが、生徒たちの無理解を生み、大人たちの差別意識と相まって「野宿者襲撃」のような悲惨な事件をまねいているのではないかとの指摘は、「野宿者」当事者をつれて学校で授業を行っている氏ならではの現場からの意見として貴重であった。
 この寄稿を読んでいて感じたことなのではあるが、昨今の食の安全をめぐる問題である。直接的には「野宿者」とは関連しないが、まだ食べられるものを廃棄する、過剰なまでの安全性への固執。フリーガンと呼ばれ廃棄物を拾って再利用しようとする運動。「野宿者」と食の問題どちらも、安穏と生活するうちに見えざるところへ押しやられた問題が露見し始めたとはいえはしまいか?
 便利さ、清潔さを追いもとめて排除される構造。見えないところ、いらないものとして排除される人や物、そこには人が持つべき繊細さと威厳への配慮を欠いたのっぺらな均質社会が見えるのだが・・・




生田 武志
ルポ最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書 673)
 


藤沢 周平
隠し剣孤影抄 (文春文庫)
 


藤沢 周平
隠し剣秋風抄 (文春文庫)



梨木 香歩
ぐるりのこと
 多忙にかまけて、本を読むのもおろそかになり、せかせかしているうちに、あわただしい年の瀬になってしまい、やり残したことや、ああしておけばよかった、こうしておけばよっかったとか、苦い後悔とともに大晦日をむかえて、ここまできたら開き直るしか無いじゃん、とばかりに書庫の整理もせず、読み残した本を手にするでもなく、藤沢周平なんか読んでいる。年の瀬に藤沢周平って、とベタな自分の心持を嗤う。
 藤沢周平は苦手であった。耽美的なロマンティシズムの過剰さと、情緒に流され行き着く先はお決まりの斬り結び、そして死とその定型ともなったストーリーテリングが、あの駄作映画『ラストサムライ』の空疎な粘着感を思わせ辟易していた。少なくとも若い頃は。しかし、最近になって文章の巧さに、ややっとうなることが多くなり、特に短編のくみ上げ方の巧みさに読んでいて気持ちが良くなることに気づき、久しぶりに『隠し剣』シリーズを再読した。
 巧い。中でも『宿命剣鬼走り』の悲哀を描く様は圧巻である。しかし、行き着く先はやはり斬り死になのね。この死を美しく描くメンタリティーは最早、日本人向けエンターテインメントの定型だわ、と思いつつも、忠義や大義に殉じるのではなく、あくまでも下級武士の悲哀として、言い換えれば自分自身、または家族の大切なものへの信に殉じるところがまだ、救いでもあり、組織にもまれるサラリーマンの愛読書たる所以なのであるが、最後は死ですよ。というところは押さえておきたい。
 そういった、何かに殉じる日本人のメンタリティーを梨木香歩はエッセイ『ぐるりのこと』で「葉隠精神」と呼んでいる。「武士道と云うは、死ぬことと見付けたり」で有名な『葉隠』である。個人を超えた何かに自分自身をアイデンティファイしてゆくメンタリティー。それは、外に対してはファナスティックな集団と映り、中に対しては思考停止の安穏さと空虚さの泥濘のようなまどろみを特徴とする。この、一見、美しいまどろみの夢から覚めるには、個人のリアルな感覚、フィジカルな感覚が必要であると説く。それは、異質なものとの出会いから始まるのだと。至極、もっともである。
 私たち人間は、あまりにも発達した知性を持つがゆえに、自分と世界との関係性を考えたり、生きる意味を求めたりすることにやまない。それが、時に過剰な意味付けと逆に深遠なる虚無との間で煩悶を呼ぶ。
 作家の保坂和志氏が愛猫の死に際してどこかでこんなことを言っていた。彼らは死ぬときに何かに頼ろうとはしない、たった一人でただ死んでゆくだけだと、詳細は忘れたが、確かそんな意味のことだったと思う。動物は死に対して、恐怖や忌避をせず、それに対して助けも求めない、そのときがきたら、ただ絶望的に死んでゆくだけである。いやそれは最早、絶望的ですら、ない、ただ死の状態への移行があるのみであり、そこには悲しみも存在しない。このように云うとなにか無慈悲のように聞こえるかもしれないが、死というのは状態であってそこにはなんら意味はないのである。意味を付加するのは人間の所作に他ならない、唯々諾々と死んでゆく愛猫を悲しむのは、人間であって彼ら自身ではない。このことは、おそらく人間も一緒であって、人はおそらく自分の死を死ぬこととしては経験できない。なぜなら、それが訪れたときは、最早、死の状態へ移行してしまっているからである。この、死を死ぬことができないところに、死をファナスティックに意味づけする、精神の根幹があるような気がする。
 だからこそ、生きるのである。自分を超えるものにアイデンティファイするのではなく、自分の周りに想像を働かせ、リアルを感つつ、異質なものとの出会いに畏怖し、共感し、歩むのである。生きる、凛として生きる。これを来年の目標としたい。

 つまり、我等に欠けてるものは、
 実直なんぞと、心得まして。
 ハイ、ではみなさん、ハイ、ご一緒に-
 テムポ正しく、握手をしませう。(中原中也)

皆様、よい年をお迎えください。
お茶漬けの味

¥3,591





蓮實 重彦
監督小津安二郎
 最近、読書から遠ざかり、小津の映画ばかり観ている。今回は『お茶漬の味』を観て感じたことを書いてみたい。1952年の作品は笠智衆がパチンコ店の店主を演じてて戦地の上官であった佐分利信と再会の酒を酌み交わしながら、へたくそな軍歌を吟じるところが、私の好きな場面である。笠さんは下戸でビール一杯であっても顔を紅くしてしまったほどであったというが、小津とは「鎌倉会」という座敷でしばしば同席したという。その際、下戸の笠さんに対して小津はしばしば「笠さん、あれいこうよ。`のぞき`いこう」といって「のぞき」をせがんだと言う(笠智衆『小津安二郎先生の思い出』)。「のぞき」とは何も女湯をのぞくことではなく、「のぞきからくり」という紙芝居風のみせものの口上のことである。酒の入った小津は『長屋紳士録』で笠さんが演じた「のぞきからくり」をいたく気に入って、しばし頼んだというのである。このことがあるので、笠さんの酔っ払った演技と、下手な歌が面白い。
 酒がダメな笠さんは『晩春』で原節子の父を演じたときに、娘の原節子の友達役の月丘夢路と小料理屋でビールを飲むシーンがあって、普段は麦茶を撮影に使っているのだが、このときは本物のビールを使用したので顔が真っ赤になって撮影を中断しなきゃならなかったなどというエピソードなもあり、だからこそ、笠さんの日本酒(撮影時は水)が入っているのであろうコップを呷るシーンが上手なわりに下手な歌が、「鎌倉会」での様子を彷彿とさせて可笑しい。
 小津の作品には、飲む食べるといった場面が多いのだが、『お茶漬の味』はそお題が示すとおり「お茶漬け」をめぐる物語である。佐分利信の妻を演じる有閑マダムの木暮実千代が、食卓で佐分利信が演じる夫が、うっかりご飯に味噌汁かけてすすることを見咎め、この夫婦のなんとなくギクシャクした関係を象徴させる。 
 蓮實重彦が『監督小津安二郎』で詳細に示したように、小津の作品では食べる行為を通じて物理的な空間と物語の説話論的持続が維持、分断される有用な映画的要素=主題なのであるが、まあ、あまり難しく考えずとも、妻に不快だとなじられた夫が、「ぼくは、これが好きなんだ、なんていうか、プリミティブでざっくばらんなところが好きなんだ」と言う言い訳をして、映画の最後に一緒にお茶漬けをすすりながら、妻が「わたし、馬鹿だったわ」「あなたが、プリミティブざっくばらんが好きだったてこと、やっと分かったの」と和解の言葉を言う感動だけで十分である。
 そして、その和解のお茶請けをすするしなをつくった木暮実千代の仕草ではなく、その後大いに睦みあったことが彼女の口から後ほど判明するのだが、「わかってくれればいいんだ」と茶請けをすする佐分利信の茶碗を持つ、その太いがっちりした男の腕をフィルムが捕らえているところに官能の幻惑を感じるのだ。




笠 智衆
小津安二郎先生の思い出 (朝日文庫 り 2-2)


ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
博士の異常な愛情



ジェネオン エンタテインメント
地獄の黙示録 特別完全版



ジェネオン エンタテインメント
U・ボート ディレクターズ・カット
 2007年1月の東京大学出版会『UP』に蓮實重彦が『合衆国海軍の衛生兵をめぐる長年の疑問いついて』という題で興味深いことを書いていた。それによると蓮實氏が中学時代に見たアラン・ドワン監督の『硫黄島の砂』(1949年)の中で瀕死の負傷兵が「コーマン!」と叫んでいたのが印象に残ったとの事。コーマンとはcorpsmanすなわち「海軍の衛生兵」であり、地上戦に何故、「海軍の衛生兵」が動員されているのか?といった疑問を呈したのちに、クリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』にもやはり負傷兵が「コーマン!」と叫ぶシーンがあり、「イースト・ウッドの真の才能は、炸裂する銃弾のさなかにきれぎれに響く人間の声を基調として物語を語ってみせたことにあります。」と評価している。「海軍の衛生兵」=「コーマン」ということと、字幕での意味ではなく、英語の音声としてのcorpmanという響きの間にある違いに映画の物語としての強靭さを見いだしたのであると私は理解した。つまり音声の響きそのものが、内容や意味を超えて即時的な身体的感覚を伴い立ち上がってきたというような。
 そのような言葉の響きそのものが強い印象を残す作品として、思い浮かべるのは氏の「コーマン」に類するわけではないのだけれど、ウォルフガング・ペーターゼンの『Uボート』において命からがら帰還したUボートが港に繋留されるやいなや敵の空襲をうけ、乗務員がバンカーに避難したときに叫ぶ「ザニテイター!」という言葉がある。これはドイツ語の「Sanitater」で意味は「衛生兵」である。蓮實氏と同じく、私も始めてこの映画を観たときにその「ザニテイター」と叫びながらバンカーの奥へと走ってゆく兵士に強く心を打たれた。
 さらに言葉の響きそのもので意味を超えた身体的な感覚を覚えたのが、コッポラの『地獄の黙示録』のあの「空の騎兵隊」の指揮官ギルゴアの次の言葉である。「 I love the smell of napalm in the morning ! You know, one time we had a hill bombed for twelve hours, and when it was all over I walked up. We didn't find one of them, not one stinking dink body. The smell -- you know, that gasoline smell -- the whole hill -- it smelled like victory.」。字幕では「おれは朝のナパームの匂いが大好きだ。そう、いつだったか、ある丘を12時間ぶっ続けで爆撃したことがある。爆撃が終わって丘を登ってみると、悪臭を放つベトコンどもの死体などかけらもなかった。香りが、そう、あのガソリンの香りだけがあたり一面に漂っていた。それは……勝利の香りだった」となるのであるが、最後のit smelled like victoryというその響きは不気味な笑いと確信めいた頷きを伴って、戦争の狂気を伝える身体的な言葉である。匂いという映像では不可知なものを感じさせる至極優れた演出である。そしてそれは分かちがたく言葉の響きとつながってる。
 さらに、戦争の狂気といったものを伝える言葉の響きの傑出したものとして、キューブリックの『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb』がある。この映画のラストで水爆が炸裂し世界が崩壊しようとするまさにそのとき、アメリカに帰化したドイツ系移民科学者の「Dr.Strangelove」ことストレンジラヴ博士が車いすから立ち上がり「Mein Fuhrer, I can walk! 」と叫ぶシーンがある。字幕では「総統!歩けます。」となっているところでる。地下の作戦会議室のドームの中にこだまする「Mein Fuhrer」=「マインフューラー」というドイツ語の響きは、戦争の狂気を心底感じさせる極北の響きではないかと個人的には思っている。


和辻 哲郎
偶像再興・面とペルソナ 和辻哲郎感想集
 1903年、日光は華厳の滝に投身した一高生、藤村操の辞世の句はあまりに有名である。
悠々たる哉天壌 遼々たる哉古今
五尺の小躯を以て此大を測らんとす
ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチーを価するものぞ 
万有の真相は唯一言にして悉す 
曰く不可解 
我れ此恨みを懐いて煩悶終に死を決するに至る  
既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし 
はじめて知る 大なる悲観は大なる楽観に一致するを
 
その藤村操から遅れること3年、1906年に一高に入学した和辻は翌07年評論『霊的本能主義』を発表する、若干18歳のことである。檄文調のそれは世俗化する一高の校風を憂う一方で精神世界の優位を説くといった青年の若々しさにあふれる哲学・美学への決心感じさせる。ここには後に和辻の倫理学の萌芽がある。そのあふれ出るかのような、純真さは忘れてしまった理想に殉じる覚悟の清さと、教養主義の良きアカデミックさが感じられて一読に値する。「荘厳なる華厳の滝万仞の絶壁に立つ時、堂々たる大蓮華が天を突いて聳だつ絶頂に白雲の皚々たるを望むとき、吾人の胸はただ大いなる手に圧せられるるを覚ゆ。これ吾人の心胸にひそむ「全き人格」の片影がその本体と共鳴するのである。」という和辻の心には先輩の藤村操の姿が浮かんでいたに違いない。そのすがすがしいロマンティシズムが胸を打つ。


Cosmo Contents
晩春



松竹
小津安二郎 DVD-BOX 第二集
 『秋日和』と内容題名ともにシメントリーの関係にあるのが1949年の『晩春』であろう。『秋日和』が母と娘の関係を描くのに対して『晩春』は父と娘の関係を描く作品であり、ストーリーはほぼ同じである。父親は笠智衆(曾宮周吉)。娘は原節子(紀子)で『秋日和』の母親役であった原節子がここでは、娘を演じている。冒頭の北鎌倉の駅のショットといい『東京物語』に並ぶ小津の代表作である。
 印象的なのは、いつも笑顔に柔らかいオーラを漂わせる原節子が、父の再婚相手と能の鑑賞中に鉢合わせるシーン。原節子の顔がまるで般若のように豹変し、その憤怒の相は顔面に凍りついたように張り付いたまま離れない。その表情のまま鎌倉の自宅で笠智衆演じる父に「じゃあ、お父さん、小野寺の伯父さまみたいに・・・奥さんをおもらいになるの?」と言うときの表情にまでつながってゆく。ちなみに「小野寺の伯父さま」は紀子が再婚を知って「不潔!」といった相手である。その伯父さまのように父が再婚をするのではと尋ねる紀子に父はこっくりとうなずくのであった。これは後に娘を嫁に行かせる父の「一世一代」の嘘であるのが父の口から話されるのだが、この父の再婚話に憤怒を越え悲しみの相を見せる紀子が先の父への問いの直前に「このままお父さんと一緒に居たい」と言い、父が「そりゃ、おとうさんだって、お前がいてくれりゃ、なにかと重宝なんだが・・・」と答えた後に間髪いれず「だったら、このまま・・・」と言う時に見せる一瞬の柔和な表情と見事な対を成す憤怒の表情なのであった。刹那の喜びを際立たせるための憤怒の相の能面のような定着。そして悲しみへと移行する直前の落差を際立たせるための刹那の喜びの相。原節子の表情の細やかさが心理状態を見事に表し、その憤怒→喜び→悲しみの移ろいは奇跡的な美としてフィルムに定着されているのであった。
 また『秋日和』とほぼ同じストーリーでありながら母娘と父娘の違いを感じる上でも見比べてみるのも面白い。私としては小津はやはり父性を描くほうが冴えると思えるのだが、いかがであろうか。