ジェネオン エンタテインメント U・ボート ディレクターズ・カット 2007年1月の東京大学出版会『UP』に蓮實重彦が『合衆国海軍の衛生兵をめぐる長年の疑問いついて』という題で興味深いことを書いていた。それによると蓮實氏が中学時代に見たアラン・ドワン監督の『硫黄島の砂』(1949年)の中で瀕死の負傷兵が「コーマン!」と叫んでいたのが印象に残ったとの事。コーマンとはcorpsmanすなわち「海軍の衛生兵」であり、地上戦に何故、「海軍の衛生兵」が動員されているのか?といった疑問を呈したのちに、クリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』にもやはり負傷兵が「コーマン!」と叫ぶシーンがあり、「イースト・ウッドの真の才能は、炸裂する銃弾のさなかにきれぎれに響く人間の声を基調として物語を語ってみせたことにあります。」と評価している。「海軍の衛生兵」=「コーマン」ということと、字幕での意味ではなく、英語の音声としてのcorpmanという響きの間にある違いに映画の物語としての強靭さを見いだしたのであると私は理解した。つまり音声の響きそのものが、内容や意味を超えて即時的な身体的感覚を伴い立ち上がってきたというような。 そのような言葉の響きそのものが強い印象を残す作品として、思い浮かべるのは氏の「コーマン」に類するわけではないのだけれど、ウォルフガング・ペーターゼンの『Uボート』において命からがら帰還したUボートが港に繋留されるやいなや敵の空襲をうけ、乗務員がバンカーに避難したときに叫ぶ「ザニテイター!」という言葉がある。これはドイツ語の「Sanitater」で意味は「衛生兵」である。蓮實氏と同じく、私も始めてこの映画を観たときにその「ザニテイター」と叫びながらバンカーの奥へと走ってゆく兵士に強く心を打たれた。 さらに言葉の響きそのもので意味を超えた身体的な感覚を覚えたのが、コッポラの『地獄の黙示録』のあの「空の騎兵隊」の指揮官ギルゴアの次の言葉である。「 I love the smell of napalm in the morning ! You know, one time we had a hill bombed for twelve hours, and when it was all over I walked up. We didn't find one of them, not one stinking dink body. The smell -- you know, that gasoline smell -- the whole hill -- it smelled like victory.」。字幕では「おれは朝のナパームの匂いが大好きだ。そう、いつだったか、ある丘を12時間ぶっ続けで爆撃したことがある。爆撃が終わって丘を登ってみると、悪臭を放つベトコンどもの死体などかけらもなかった。香りが、そう、あのガソリンの香りだけがあたり一面に漂っていた。それは……勝利の香りだった」となるのであるが、最後のit smelled like victoryというその響きは不気味な笑いと確信めいた頷きを伴って、戦争の狂気を伝える身体的な言葉である。匂いという映像では不可知なものを感じさせる至極優れた演出である。そしてそれは分かちがたく言葉の響きとつながってる。 さらに、戦争の狂気といったものを伝える言葉の響きの傑出したものとして、キューブリックの『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb』がある。この映画のラストで水爆が炸裂し世界が崩壊しようとするまさにそのとき、アメリカに帰化したドイツ系移民科学者の「Dr.Strangelove」ことストレンジラヴ博士が車いすから立ち上がり「Mein Fuhrer, I can walk! 」と叫ぶシーンがある。字幕では「総統!歩けます。」となっているところでる。地下の作戦会議室のドームの中にこだまする「Mein Fuhrer」=「マインフューラー」というドイツ語の響きは、戦争の狂気を心底感じさせる極北の響きではないかと個人的には思っている。