NHKの『プラネットアース』3月27日放映を観ていて、興味深い事があった。それはアフリカのジャングルに住むチンパンジーが縄張りを巡る争いの中で、敵対する群れのチンパンジーを殺害し、その肉を食らうというシーンである。チンパンジーがメスの発情を促す為に子供をとらえてその肉を食うという「子殺し」については従来から観察されており、その件につては様々な観点から報告もなされている。そういった意味では、従来の文脈からとらえると、特に驚く事象とは言えないのかもしれない。
 私が、関心を惹いたのが、「衝撃的な」とか「信じられない、おぞましい」といったフレーズが解説に付与されていた事である。そして「単にタンパク質を摂っているだけなのでしょうか?」と言った問いかけで、言外にそれ以外の象徴的な意味が隠されている事を暗示していた事だ。文化人類学ではニューギニアの部族間で行われるいわゆる「首狩り」について、その象徴的意味と争いをコントーロールする優れたバランス感に溢れる、構造的システムが解明されている。はたして、チンパンジーの争いにもそういった構造的システムが作用しているのだろうか?
 問題は、カニバリズムに対して私たちの抱く、生理的嫌悪感のうまれてくるその源泉を見極める事にあるのではないかと思う。「単にタンパク質の摂取」に過ぎないのであれば、それは最早、狩りであり、その暴力の連鎖は、食欲という生理的要求に基づくものに過ぎない。そうではない、何か社会的なコードを読み取るべきであるといった、切実な願いがその嫌悪の背景にあるのではないか?そしてそうした社会的コードを産出しようという力こそが神話の発生する場所なのではないか?
この事については、もう少し考える必要がある。
 本書が書店の平台で、しかも郊外の書店で高々と積み上げられているのを見て、ああこれは、語るに苦しとの気持ちを持った。小説が小説以外の衣装を纏い、メディアの中を高速で疾走(消費?)するとき、そこには作品云々の評論以外の過剰に悪意もしくは過剰に擁護された言説が流布する。その嵐に身をさらすまでもあるまいと思ったのだ。村上春樹がムラカミハルキとしてメディアを駆け抜けるときそれは、もはや記号として、明滅するビットに過ぎない。刈り取られた創作の畑には乾いた土塊しか残らない。そこには創作の繊細さも機微もない。といって、このハイパー資本主義において文学の商品としての消費を否定しようとは露も思わぬが、積極的にその刈りに参加しなくても良いと思っているのは事実だ。
 が、結局、気になる作家ではあるし消極的に嵐が去った後にでも読むかと、悠然と構えていたのもつかの間、仕事の関係で読まざるを得ない状況になり、ポン!と本書を与えられた。口に糊するため背に腹は変えられず、読了。
 すぐさま、芥川作家のK、もしくはノーベル賞作家、キーウェストのHを思い浮かべた。Kは創作に行き詰まったのかどうかは知らないが、辺境を美食と美女を求めて旅し、ふくよかに太りエッセイを量産した。晩年、若年の繊細さは微塵もなかった。Hは動乱をもとめて彷徨ったが、戦乱、動乱なき世界を描く事ができず、銃口を口にした。
 そして、姪に手を出した(姪だったよな)田山花袋や島崎藤村などの私小説家を思いだした。姪を手込めにしても嘯く彼らと、なるべくしてなったこの作品の著者との違いを思った。現実に事件を起こしてそれをものにする私小説家の老獪と、期待されるストーリーを期待通りに書ききった妙齢の著者との違いを。実直だけに痛々しく、作品以外の雑音が「史上最年少芥川賞受賞」という逃れられない呪縛から沸き出す、著者との。
 小説家、高橋源一郎は著者の『蹴りたい背中』だったか『インストール』を読んだ時に、「これは、いけない!」と思ったらしい。私も、この作品を読んだ時に同様の思いを持った。あまりに小説らしい小説。完成度の高さ。それ故に、その背後で作為的な著者が見えないところが不気味だ。それは、優勝を約束されたチームが優勝を逸した後のの消化試合を見ているような気がするのだ。そこで放たれたホームランは、消化試合だから、と無視されるのか、それとも記録狙いの個人プレーと揶揄されるのか。
 どちらにしろテーマ、文体、才はあるのであるがそのことにどこまで意識的であるかどうか、そこが、きもである。無自覚であったとしたら、次作は期待されまい。




綿矢 りさ
夢を与える
 コブシの花も風に吹かれて、地面に落ち乙女の肌のように白いそれも、落ちたそばから熟したバナナのように褐色に変色してゆく道を歩きながら、仰ぎ見るとソメイヨシノの枝先に確かに一輪、薄桃色の花弁がそよそよと風に揺れているのでした。おー、桜の季節か。と思うと刹那。酒だ!酒と本来の酔狂の血が騒ぎ、さて今年の花見は・・・と早くも先走ってしまうのだが。
 酒と言えば、映画監督のタランティーノが演技指導で面白い事を言っていたなと、思い出す。日本酒の飲み方で彼は任侠映画を見まくって、まずは、右手の肘を90度にまげ、脇にコブシ一つ分の空間を作り、その空間を維持しながら、肘の角度を狭めながら、杯を口に持ってゆき、肘が締まりつつあると、あくまで脇の空間は維持しながら、自然、肘が前方に押し出されるが、そこで杯を迎えるように状態を倒し、唇に杯がかすかに触れるときに立ち上がる香りを迎え入れつつ楽しむ刹那に杯を呷る!よっしゃー。旨い!てなわけで酒の旨い季節ですよ。
 風さそふ 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん  浅野内匠頭
よし、花見いこう。
  一般的に誤解の多い事ではあるが、いわゆる学術書の類いが、硬直し、憮然とした無味乾燥したものであるとは限らない。昨今のエンターテイメント文学の多くが、紋切り型の既存のモチーフの焼き直しのように感じられると、いささかスノッブな感じはしないではないが、ふぬけた脳に喝を入れる為にも、あえて学術書を読みたくなったりするのだけれど、『UP』という東京大学出版会のPR雑誌をめくり、懐かしい名前にであった。
 フェルディナン・ド・ソシュールである。このたび『一般言語学講義』の新訳・校正版が出版されるとあった。忙しく書店で手に取る機会はないのだが、いまだこの本の新刊が相次いでいる現状を素直に嬉しく思う。
 思えば、学生時代に心頭し、寝ても覚めてもソシュールであった時も、確かに、あった。そして意識の彼方へ、それは日々の糊口を得る為に、ひなが、しょこしょこと奸計をを図り、小事に汲々としている自分に嫌悪しながらもその彼方へ追いやられた思想は、いまだ、意識の最深部で沸点を待つマグマのように私を内面から焦がす機会を伺っているのだ。それは、ソシュールが晩年に没頭したアナグラムのように意識の傍らから、溢れ出てくる機会を虎視眈々と狙っている鬼火のようなのかもしれない。中沢新一ならそれを「野生の思考」と呼ぶのかもしれないなと思いながら、その新刊を手に取る事がいまから楽しみである。
 私が幼少の頃だから、かれこれ30年程前になるが、父に連れられて、母の実家のそばの船溜まりに、釣りに行った。そこは河口から500メートル程入った農業用の小さな川が一級河川に流れ込む場所で、河川の急流が僅かに左に湾曲し、その右岸にあたった。そのためか小さな川から流れ込む土砂を葦の根がはみ、小さなワンドになっていて、舟を着けるのには丁度、都合が良かったのかも知れない。
 夏にはハゼが、そして汽水域の為か砂州を掘るとシジミが採れた。そこで、覚えているのは、近海の漁に使うのだろう強化プラスティックの舟や、レジャー用のボートに混じって、平底の朽ちた和船が係留されていた事だ、その和船の年月を重ね、丸みを帯びた木材の感覚と、フナムシに食われたのかささくれ立った船体に蟹が這っていた事を覚えている。その朽ちた和船は、私たちが釣り糸を垂れるのに丁度良い足場だったのだ。水を吸って黒々とした喫水線以下の木材と、乾いて動物の骨のように白々とした水上の木材とのコントラストが不思議だった。
 私は、今でも帰省すると必ずその場所を訪れる、ルアーを片手にシーバスを狙うのだ。不思議と良く釣れる。そして、そこにはもはや、昔のような和船は無い。コンクリートの水門が建ち、数隻のプレジャーボートがあるだけである。
 そんな、失われた和船を求めた、民俗学調査の記録。著者はかの民俗学者、宮本常一の傘下で昭和50年代の漁村を和船を求めて歩く。北は下北半島、南は沖縄まで。その時代にあっても、和船は漁師舟の一線からは退いていて、浜は漁師小屋でその消え行く定めに、最後の時のおとずれを待っているかのように、静かに存在していた。著者は、その土地土地の人に話を聞き、時には漁に一緒に出かけ、さらには、水揚げされた魚の流通過程へと足を伸ばし、消えつつある和船と伝統的漁の姿を慈しむように、フィールドワークしてゆく。そして、そこから浮かび上がったのは、海洋民族として遠くは、ハワイや台湾まで足を伸ばし、近くにあっては、人住まぬ荒磯の断崖に集落を構える、逞しくも、伸びやかな私たちの祖先の海とともに生きた美しい姿だったのだ。
 このような、素晴らしい所業が新刊(2006年11月刊)となって、私たちの手元に届けられる事を素直に嬉しく思う。おそらく失われてしまった、和船やそれと共に生きた人々の記憶までが、失われる事のないように、そうした祈りにも似た良書である。
 私が幼少の頃、行った和船のある船溜まり。これについても、著者のまねごとではないが、少し調べてみた。そしたら、意外な事が分かったが、その事はまた後日書きたいと思う。




森本 孝
舟と港のある風景―日本の漁村・あるくみるきく
 寒風が吹くので、川縁の「喫茶小力」に行った。喫茶と言っても自分でそういっているだけで、ただの多摩川の河川敷に過ぎない。今日はコーヒーも弁当もなし。ただ、おいしいパン屋で買ったパンと、アールーグレーをポットにぼけっとした。読書疲れで、本も持たずに、川面を眺めていた。
 夫婦の鴨がのんびりと泳いでいた。岩の陰に魚が死んでいた。鯉かなと思って近づいたら、何故かアロワナだった。訳が分からなかった。熱帯に住む肉食魚は鳥に突かれたのか、白い肉を流れに晒していた。少し、シュールな感じがした。中州の樹に鴉が群れでとまっていた。カーと鳴いていた。春が少し遠くなった。 
 『邂逅の森』、『相剋の森』とマタギを書き続けた、著者の<森シリーズ>最終作。郷里の東北の森を逃れた、「矢一郎」は樺太の地にあった。時は、日露戦争後、勝利に浮かれる日本は、大陸への利権の足がかりとして、シベリアへの干渉を強めていた矢先、まるで近代化の波に揉まれ、住処を追われた郷里の熊や、かつての、生き物と人とが親密な交感を得ていたマタギの猟が、単なる肉と皮の生産手段へと墜落するかのように、何者かに追われるかのごとく、北の果ての大地に降り立つ「矢一郎」であったが、そこも、安穏の地ではなく、国の利権とそれから零れ落ちる僅かばかりの利得を狙う山師の蠢く、人間社会の縮図だった。
 マタギとしての銃の腕を買われた「矢一郎」は愛する者を守るためとはいい、不本意ながらも戦争に巻き込まれてしまう。時には日本の兵隊を、そして、時にはロシアのそれを・・・・・・
 結局は、自分を超えた大きなもの-それは、国家であったり、地獄の業のものであるのかもしれない-に揺り動かされての、行為には、ただ生を奪うという、単にむごたらしい現実があるのみだった。それは、かつての命を奪った熊の魂が、森に還り蘇るような世界ではなかったのだ。
 そうして彼は、厳冬の国境を越えてゆく。その地に大地と共に住む「ニブヒ」という少数民族の少女の手をとって。自由を求めて。



熊谷 達也
氷結の森
 今日、コブシの花が咲きました。駐車場の脇に一本だけあるコブシの花が咲きました。そのコブシの木の下に行って、確かに3輪のその白い花弁を仰ぎ見ていたら、都塵にまみれた空が何時もより、静謐に感じられて、何とはなしに、中也の『春日狂想』を思い出した。
 愛するものが死んだ時には、
 自殺しなけあなりません
 愛するものが死んだ時には、 
 それより他に、方法がない。
 けれどもそれでも業(?)が深くて、
 なほもながらふことともなったなら、
 奉仕の気持ちに、なることなんです。
 奉仕の気持ちに、なることなんです。
という、有名なフレーズで始まるそれを。そして詩中のイロニーに似通った、憂鬱にやや苦々しながらも、
 つまり、我等に欠けてるものは、
 実直なんぞと、心得まして。
 ハイ、ではみなさん、ハイ、ご一緒に-
 テムポ正しく、握手をしませう。
との、最後のフレーズに、コブシを仰ぎ見るのをやめ、ややニヤニヤしながら、職場に向かうため、車に乗り込んだ。



中原 中也, 大岡 昇平
中原中也詩集
 「最近の小説は・・・・・・」云々といった、書評や読書好きの諸氏の話を聞くにつれ、そこはかとない違和感を覚えるのだが、その、感情のゆえんは、自分でも分からないところから立ち上がってくるのだけれども、「最近」ではない、明治期などの書評の類を読んでも、やはり「最近の文学作品は・・・・・・」といったことが書かれていたりするので、いつのときも、昔を回顧しその甘美に浸っていたいといったスタイルは普遍なものである。かくいう、私も、ついついその手の言葉を諸氏と交わしてはいるのではあるが、やはり、なお「最近の小説は・・・・・・」と憂う現状はあるのだと思う。それは、プロットやストーリーテリングが優れていたり、世相を上手く描いていたりという作品の巧拙には関係なく、例えば、何気ない風景の中で、何となく目にしたものが、意識するわけでもないのに、後日、突然思い出されたりして、なぜそんなことを思いだすのか、自分でも合点のゆく論理的な道筋は無いのだけれど、なぜだか気になるといった類の作品が、少ないのではないかという嘆息である。
 川崎長太郎の作品の多くは、以前、どこかの雑誌で目にした、彼が執筆に使ったという、漁具をしまう為の納屋のようなバラックのそばで、瓢風に吹かれた、その表貌と相俟って私の、記憶をふとしたときに揺さぶるのだ。『父の死』というわずか数ページの短編は、私小説風で、父の臨終の床に立ち会った主人公が、家長としての自分の不甲斐なさに、嘆息しつつも、父とは違った生き方を選んだ己と、父との埋めがたい距離感を描いた秀作なのだが、「所詮は身の錆世の錆、自分ではどうなろうと私なりに観念して生きていくつもりでも、肉親の側から言えば、(中略)私の存在は何時までたっても皆済出来ない借金のようなものに相違なく、これが多分最期になるだろうと、私の小説のでている新年号の雑誌を父に捧げるようにして見せたら、彼は小説の題や私の名は碌に見ず、「これでいくら貰える」原稿料を尋ね」る。文体といい、何故か私の心象の風景として強く残る一場面である。



川崎 長太郎
抹香町 路傍

 何度も読み返してしまう短編がある。車谷長吉の『漂流物』もその一つだ。決して、楽しい小説ではない。むしろ、陰鬱でおどろおどろしい。が、そこには人間の生をつなぐ残酷さと、えも言われぬ悲哀が漂っている。そして、私はそこから眼が離せない。見まいとすればする程、気になってしまうのである。
 作者を模した人物が聞き手となって、「青川」なる人物の独り語りを、書いている。「青川」とは同じ料理屋で働く料理人同士。最も作者は追い回し、「青川」は煮方。封建的かつ人の入れ替わりの激しい料理人の世界である。そんな、稀薄な人間関係が、ある晩、酒の力も加わって、「青川」を饒舌にする。彼は、郷里の神奈川の自動車工場勤めをふらっと辞めたまま、金の尽くまでぶらぶら放浪を始めるのだが、自分がなんでそんな事をしているのかも、自分では分からないまま、得体の知れない焦燥感に身を焦がしながら、ある日、北陸の内灘という海岸に降り立つ。その、道中、バスの中で小学生を見かけバスの運賃を持ち合わせない少年に声をかけるが、その好意は無下に袖にされてしまう。「けど、わしは、その時、二人がわしの金で救われたら、わしも救われる、思た。なんでやろ、分からんへん。次第に、どうぞわしの銭使こうてくれ、いうような、(中略)拝むような気持ちになってくる。」という彼を残して、少年らは「だあッと(中略)いってまう」。
 妙な、虚脱感を覚えながらも、砂丘を歩く彼は、バスの少年の一人を偶然、砂浜に見つける。そして、少年は彼の姿を認めると何故か、走って逃げ出すのだった。そして、気付くと彼の下で少年が頭から血を流しぐったりしていた。彼は釘抜きで少年を殴りつけていた。
 そんな話を「そういう男やの。旅鴉やの。漂流物やの。粋やの。」と言って話す「青川」。
当たり前の幸福に安穏とせず、外道の道へ、暗き路地へ、流れ凪がれる悲哀がある。心に飄々と寒風が走った。この作品を読むといつもそう思う。

車谷 長吉
漂流物