「風景を読む~復興から見えてくるもの~」(NO338

 

  2011年3月11日の東日本大震災から15年の歳月が流れている。あの壮絶な絶望と悲しみの極みの災害も、歳月の流れに風化のステージを向えている。神戸も熊本もそして能登も、これ以上ないという地獄絵に人々は慄いたのだが、その慄きは時とともにどこかに流れていく。戦後80年以上経って、人類史上初めて投下された原爆の悲劇も風化の道を辿る。壮絶な絶望と悲しみから自分を解放するために、人は忘れ去るという知恵を身に着けているのだろう…

 

首題のテーマで先日、大手ゼネコンでランドスケープアーキテクチャーとして活躍されている方のお話を聴いて私は感動した。聴いた後、私はその余韻で茫然と立ち尽くしていた。ランドスケープアーキテクチャーとは、公園や庭園、都市の街並み、リゾート施設などの「屋外空間をデザイン」する専門家だ。自然環境や地域の歴史、気候などの要素を読み解き、樹木や水辺などの自然と人工物を調和させた持続可能な空間を創り出す仕事だ。

 

東日本大震災からの復興として新しい街づくりに中心人物として活躍された時の想いを聴いた。新しい街づくりでその時何が一番大切なことだったのか、復興の問題点は何が一番問題だったのか、その時の経験とその時の彼の心模様はそれを聴く私達を一様に感動させた。私はその感想文を感動の中で書いた。このブログに遺しておきたい。

 

(感想文)

 

「風景を読む~復興から見えてくるもの~」は、深く私の胸をうった。Tさんのお話とスライドの余韻が視聴後もしばらく残って私は茫然としていた。風景を見ていると私はそこにいつも「風」を感じる。その風は、いつも、人と自然と芸術と本とが混然一体となって吹いてくる。だから私は街の風景を見るのが好きだ。Tさんの仕事はその「風」を創造する仕事なのだと想った。 

 

「人と自然と芸術と本との出逢い」が、この人生の豊かさの基本だと私は整理している。ランドスケープアーキテクチャーの理念と真髄は、この、混沌とした「人自然芸術本」との整合と融合の中に存在するような気がする。芸術や自然や人や本が、人を感動させて人の心の中に豊かさを育むのは、それらが人の心とつながっているからだ。その意味では、人自然芸術本は感動の原点なのだろう。「本」は少し違和感があるようにも思えるが本の中には「物語」があり「脚本」があり「言葉」がある。 ランドスケープアーキテクチャーはまさに、「本」のように物語を紡ぎ脚本を書き、言葉を創造するデザインがそこにある。まさに人間の豊かさと幸せを創造する原点がそこにあるのだろう… 

 

東日本大震災は「絶望と不幸と悲しみ」の絶頂がそこにあるように思える。しかし、今日のお話の「風景を読む~復興から見えてくるもの~」のスライドは私を、フランクルの「逆説志向」へと導いて行った。絶望と希望、死と生、悲しみと喜び、これらは、真逆の相反することのように一般的には常識的には言われる。しかし、絶望と死と悲しみはこの人生には誰にも溢れて存在している。病気事故犯罪天変地異貧困等だ。

 

だから、絶望と希望、死と生、悲しみと喜びは背中合わせに存在して、異質なものではなく同質なものだ、というのが逆説志向なのだろう。絶望があれば裏返しに希望がある、死があれば裏返しに生がある、悲しみがあれば裏返しに喜びがあると整理すれば、絶望も死も悲しみも恐れることはない。フランクルは、逆説志向で、「死は人生の完成であり、その死の先にも希望がある」という言葉で人間の人生を整理している。なんと、東日本大震災からの復興のお話とスライドは、この逆説を私に強調した。これは私の価値観死生観がそうさせたのだろうが、とても私自身、意外な余韻がそこに残った。 

 

その方は、災害後、復興の段取りを決めるための現地調査のために現地に入った時、目を覆う惨状の壊滅的になった世界と、全く津波の一切の気配を感じさせない震災がなかったかのような高台の姿の間に、平面に描いた絵のように一筋の直線が見えたという。その直線は天国と地獄を分ける直線だ。同じ人生の中で、その直線が分けた不幸と幸福、絶望と希望、の差は、同じ人生を生きる上で、なんとも説明がつかない事象だ。科学的には高低の差が生んだ幸と不幸、希望と絶望、喜びと悲しみなのだが、そこには説明のつかない人生の不可思議が隠されていてとても複雑な気持ちになる。

 

この人生は一瞬先は誰にも見えない。どんなに科学や医学が進化してもAIが進化しても、一瞬先に何があるのかは読み解くことはできないだろう。だから、この人生は「瞬間」を生きるという帰結がそこから導かれる。「過去も未来もなく今こここの時この瞬間」しか人生には存在せず、その「瞬間」を豊かに創造することが人生の意味なのだと、今、私は整理している。それはデカダン的(退廃刹那的)にこの瞬間を生きるのではなく、豊かに創造的にこの瞬間を生きるという意味だ。3.11では、物理的被害は何もないのに原発の事故で多くの人々が10年を超えて「流浪の民」となった。その辛苦は本人でなければ決してわからない絶望がそこにある。

 

今日のテーマ「風景を読む~復興から見えてくるもの~」の答えを、私は自分が創った16年前の「夕暮れの踏切」という詩の中に発見した。風景を読む~復興から見えてくるもの~とこの「詩」がシンクロしたからだ。この詩を感想文に私は添えたい。

 

「夕暮れの踏切」(2010年11月メトロ文学館応募入選、メトロ掲出作品)
 

   街の色とたたずまいが電車を溶かしている
 日暮れが近い淡い光が
 溶けて一体となったものの上に注いでいる

 なかなかあかない踏切の音
 風がずっと遠くまでその音をつれて行く

 赤いランプが上下に点滅して目に痛い
 行き交う電車に軋むレールの音
 懐かしさがその音の向こうにある

 夕方の買い物帰り
 踏切にもそこを通過する電車にも
 人々がいて暖かい

 街は電車だけでなく人も溶かして
 夕焼けに赤く染まっている 

 

(以上)

 

(2026年5月24日 記 怪我で幕下まで陥落した若隆景が4年ぶりに優勝した!)

独りで生きる世の中(NO337

 

  結婚しない人が増えている。そして、結婚しても離婚する人が増えている。結果として、男性も女性も生涯を独りで生きて行く人が増えている。女性も男性と同様に今はしっかり職に就いて生活していける状況にあるから、母子家庭も驚くほど多い。母子家庭(世帯)は全国に123万世帯もあり、一人親世帯の約87%が母子家庭だ。都会では家賃がべらぼうに高いから、母子家庭の生活はとても大変な苦労がつきまとう。

東京ではワンルームでも、都心では10万円も一月にかかるから、1ヶ月の稼ぎはいっぺんに吹き飛んでしまう。非正規の賃金では家賃を払って、生活を維持することはとても難しい状況にある。生活保護という最後のセーフティネットにあわせて、住むところの低家賃化が政策の焦眉の急である。

人生を独りでおくることは、気が楽な反面、限りない将来への不安と日々の寂しさがそこにある。それでも、嫌な人と、生活の為に、経済的な思惑で、一緒にいることは、人生を台無しにしてしまう。潔く別れて生活や住むところに苦労はしても、独りでの大切な時間を楽しむことの方が人生としては選択すべきことだろう。

人は何故、結婚しなくなったのか、そして、簡単に離婚してしまうようになったのだろうか---

それは多分、人間関係が面倒くさいからだろう。仕事上もこの人間関係が一番しんどいのは、今も昔も変わらない。でも、私的な人間関係さえもが面倒くさく感じるように人々がなっているのは驚きだ。それだけ権利意識が強くなったということもできる。独りでも生きていける環境が昔と比べて現在はあるということもいえる。それでも古今東西から存在する「人間関係」が今は希薄になったのだとすると、それはにわかには理解に苦しむ。

独りで生きて行くということは、誰からも強制されない「自由」がそこにある。一方でその自由の代償として、寂しさと将来への不安がつきまとう。自分の人生は他者が決めた道を進むのではなく、自分の色で自分の決断で生きていきたい。だから、独りで生きることの決断は、自由を勝ち取る大きな手段とも言えて、そのかけがえのない自由の為に、他のことはじっと、耐えていくという構図になるのだろう。

一方で、結婚して伴侶がいても、人は歳を重ねるに連れて、どんどん独りになっていく。企業を離れ組織を離れ社会とも疎遠になり、子供は自立して、伴侶との死別があり、相対的に独りで生きて行く人が多くなる。気の置けない友達とずっと関係を保つことはとても大切な人生のエネルギーのような気がする。

飲み笑い歌い、時には人生を語り、哲学を語り、メールでやり取りする仲間がいることは、生きて行く大きな人生のエンジンである。「終活」と称して年賀状納めをして、飲み仲間や、カラオケ仲間を削っていくような、生き方は見直すべきだろう。適度の距離を保ちながら、その仲間達との団欒の時間を老後の人生として使うことは、とても大切なことのように思える。

という私も、古稀(70歳)で年賀状納めをした。飲み仲間カラオケ仲間は、どんどん少なくなって今や、ひとつか二つしかない。これは、死守していこうと思っている。

前にも書いたが、京都南丹市の小学生殺人事件は、とてもせつない。被害者も加害者も含め、人間の「情と理」の中での事件だ。母親は結希ちゃんを生んで間もなく離婚している。結婚して宝物の子供までもうけて、何故別れるのだろうか?母子家庭となり、そして今回の加害者の優季容疑者と再婚、そこには生涯を一緒にする恋と愛があったに違いない。しかしその恋と愛の犠牲になったのが11歳の被害者だ。そこには子連れの母子が通る人間の葛藤と矛盾が存在した。自分が恋して愛した人を、連れ子は否定したからだ。

人間には個性がある、特に反抗期は自分でも納得できない反抗が襲う。相手を理解していても反抗してしまう。時期がくるまで、子供と別居するか、再婚相手と別居するかの選択が必要だった。別居してもそれぞれの愛は育まれ続けるから。他者は自分とは異なるという認識が人には必要だ。人の数ほど人の個性は多様だからだ。

高校生が遠征途中のマイクロパスで命を失った。人の命は全てかけがえのないものだが、特にこれからの耀く人生が、期待される有為な若者の死は悔やんでも悔やみきれない。死んだ人が特別なのではない、病気事故犯罪天変地異貧困等で人は次々に命を失なって行く。その命は「その人の中にある時間が決めている」、と整理しなければ、この事象はとても理解できない不合理と理不尽がそこにある。

人のこの生涯は、死と常に背中合せにある。死はだから特別なことではなく日常茶飯事のことだ。もう一歩進んで覚悟を決めたい。「死は人生の完成であり、その死の先にも希望がある」という覚悟だ。この覚悟をすると、津波のように迫り来て、常時、人生と背中合わせに存在する、「病気と事故と犯罪と天変地異と貧困」等から、逃げなくて良くなる。それらが怖いのはそれらが死を連れてくるからだ。

「死は人生の完成であり、その死の先にも希望がある」と覚悟整理して生きるなら、自分や家族や、自分にとってかけがえのない人達に、ある日突然降りかかる、死に繋がるそれらを忌み嫌い恐れることから解放される。

京都南丹市で命を失った結希ちゃんも、バスの事故で命を失った北越高校の学生も、この大変な悲しみと困難の溢れる人生を見事に完成させて新しい希望のある天国に旅立ったと、整理すると、ふっと、切なさと憤りとやるせなさが、「それでよかった!」という気持ちに転換できて少しは楽になれる。身内ではないからそんなことが言えるという声も聞こえて来る。でも、生来悲観の私はこの覚悟をしないとこの理不尽な不合理な死に繋がる事象を超えて生きてはいけないから、そう整理する。

「病気事故犯罪天変地異貧困」等々の人を悩ませる「不幸」を、「人の人生を完成させる一歩」だと論理展開することで、人は、この人生を恐れることなく生きて行ける。精神科医のフランクルは本当に素晴らしい素敵な言葉を私達に残して人生を完成させたのだと思う。(2026年5月9日 記)

覚悟の中に生きる(NO336)

 

  かつて武士は上司(殿様)に切腹を申しつけられたら、そこで自分の命は終わった。殿様のご機嫌を損ねることは命を失うことと繋がっていた。殿様に切りかかって相打ち覚悟で刀を抜く侍はいなかった。逐電(逃亡)して行方をくらますこともできたのに逃げなかった。100%武士は切腹した。そこには死の美学があったのだろう…切腹こそ武士の最高のプライドであり名誉だったのだろう。先の戦争で命もろとも敵艦に体当たりして死んで行った神風特攻隊にもそんな武士の切腹に近い気持ちがあったのかもしれない…今も世界に戦争は絶えないが、戦場に赴く兵士たちは死ぬ覚悟をして任務に就いているのだろうか…。

 

この人間の「死」は何も戦場だけには限らない。平時の安穏とした今この瞬間でも、「生と死」は背中合わせにあって容易に「生」から「死」へと変化する。病気、事故、犯罪、天変地異、貧困、等、どうして人間の世界には死への恐怖がてんこ盛りなのだろう。死を常時覚悟して生きた武士や、戦場の兵士達と同様に、今この瞬間を生きる我々全ての人の心には、死への覚悟があるのかもしれない。顕在意識にはなくても、潜在意識の中では、人間は「死への覚悟の中で生きている」ような感じさえする。

 

天変地異で家族全員が死んで自分だけが生き残る例は多い。理不尽な事故や犯罪に巻き込まれて尊い命を落とすことも日常茶飯事に存在する。そんなニュースがテレビを席巻して、やるせなさを感じる。病気もある日突然やってくる。どんなに健康な人でもそれは例外ではない。明日の命はわからない。その意味では、この日常も死を覚悟しながら生きていくことが必須なことのようにも思えてくる。死に繋がるこれらのことは一体どのように整理して行けばいいのだろうか。周到なリスク管理をしながら、それでも人間に津波のように押し寄せてくる病気と事故と犯罪と天変地異と貧困。それらは死に繋がっているから人は絶望する。「死の覚悟」を持って日々を生きるということにしか解決策はないような気もする。いつ死んでもいいという覚悟である。

 

アウシュビッツのユダヤ人虐殺施設に捉えられた精神科医のフランクルは、99%の死の可能性から見事生還した。その経験を踏まえて彼は、「希望を捨てないことが生き延びた要因だ」と整理している。そして、「死は人生の完成であり、その死の先にも希望がある」という哲理を構築した。この彼の言葉は、とても私達に勇気とエネルギーをくれる。死ぬことは人生の終わりではなく人生が完成するということだとすると、死はとてもおめでたいこととして捉えられる。いわゆる死は人生の晴れの卒業だから。そしてその死の先にも希望があるということは、この世とあの世は繋がっていて、この人生で出逢ったかけがえのない人々の様子も向うの世界からいつも見られるということだ。これは形而下の科学万能の世界では立証不可能だけれど、形而上の価値観を持てば、そのことは安易に理解できる。信じるか信じないかという範疇の問題になるからだ。

 

マズローという心理学者が、人間の欲求を5つに整理している。低次の欲求が満たされると人間は必ずそれで満足するのではなく次の高次な欲求を望むというものだ。衣食住の生理的欲求を最低次に、安全の欲求、社会的帰属の欲求、評価承認の欲求、自己実現の欲求へと上がっていく。そして晩年、彼は、その上にもう一つ人間には高次の欲求があることを発見した。「自己超越」の欲求である。人生で人間が右往左往するのは、自己と他者を比べるからだ。死を恐れるのは生と死を分断して考察しているからだ。自己超越とは、自己と他者を溶かしてしまって一体となることだ。そこにはもう比較は存在しない。そして、自己を超越すれば自己の最終形の死というものも消えてしまう。自己がないのにその自己の死など存在しないからだ。宗教者が言ったのではなく心理学者が整理したところに大きな重みがある。

 

釈迦も最後は、「私からの解放」という整理に行き着いた。これは「自己超越」と同様な境地整理だ。彼はこの境地を「空」や「無」という言葉で表現している。マズローの「自己超越」、釈迦の「空や無」、そしてフランクルの「死は人生の完成でありその先にも希望がある」という整理は、ここに、全部繋がって同様なことを人間が到達すべき境地として描いている。キリストも死の先に希望を描いている。キリストの死自体が「復活」と整理されているからだ。

 

この人生に渦巻く、病気と事故と犯罪と天変地異と貧困という矛盾や理不尽から解放されるには、死の概念を転換させることが必須だ。それらが死に繋がっているから人はそれらを忌み嫌う。しかし、「死は人生の完成であり死の先にも希望がある」という確信が得られれば死は怖くなくなり、その死に繋がる、病気も事故も犯罪も天変地異も貧困も、怖くなくなる。ここに日々の「死への覚悟」は成立する。武士や特攻隊や今戦場にある人達や、重篤な病気や事故や犯罪や天変地異や貧困に遭遇した人達の潜在意識には、この楽観が必ずあると信じたい。その楽観を潜在意識から顕在意識に移す力は、じっとこの人生を見つめることしかない…5月連休明けから妻の抗癌剤治療が始まる。悲観を排して楽観で臨んで行きたい!

 

(2026年4月30日 記 ふきのとうの歌が流れている…)

 

 

 

京都南丹市の事件に想う(NO335

 

  京都の南丹市の事件の余韻が私の中にずっと尾を引いている。多分、多くの人の心の中にもその余韻が重く被さっているのだろう。やるせないというか、切ないというか、人間の機敏、人間の限界、人間の情根、人間の弱さ、人間の非道、を感じて、この気持ちはどこにもやり場がない、絶望さえ、感じる。

この事件は「離婚再婚」という、人間の営みの中で展開されている。離婚がこんなにも多くなり、離婚と背中合わせに、子供の帰趨の問題がある。離婚の当事者は自分達の問題だから離婚が生む当事者に対しての結果については覚悟を持っているのだろうが、もうひとつそこには、子供の意志が独立して存在していて、その意志や心をないがしろにすると、今回のような結末を生む可能性が構造的に存在しているということに私達は気がつかなくてはならない。それは、離婚の当事者は、それによって生じる子供の想い、葛藤、意志、をコミュニケーションによって、とことん確かめながら、進めていくことを胆に命じることなのだろう。

 

離婚した母親が再婚した時、連れ子の籍をどうするかは、12歳未満の場合、親同士の見解で決めることができ、子供自身の同意は必要ないということを私もこれまでは知らなかった。どうしても新しい父親とは暮らしたくない籍にも入りたくないという子がいたとしても、その希望と想いは再婚した当事者の言うがままになるという、子供心をないがしろにする民法の条文も問題だ。今後検討吟味して欲しい。

 

この事件は、私は当初から直感的に、父親の関与を疑っていた。そうでないとあまりにも説明がつかないことが多くあったからである。警察も同様にそう感じて内々に捜査をしていた。しかし警察からの情報がほとんどないので、世間全体がマスコミ含めて引き回されてしまった。テレビのコメンテーター等も口を揃えて、家族の関与は口にしなかった。想像でモノを言うのは控えるという金科玉条で、口をつぐんだ。そのことが、それを観ている我々に大きな葛藤を生んでいる。多分、母親は父親が子供を殺したという事実は知っているような気がする。父親の態度を見ていてそう感じないことは不自然だからだ。家族もあらためて任意で再び事情聴取となっている。

 

この不幸な事件を生んだものは、離婚そして再婚というプロセスだ。2025年における日本の離婚件数は、2024年の確定値(約18.6万件)を基にした速報ベースや動向調査では、依然として高水準を維持しており、2年連続の微増傾向にある。婚姻件数が減少する中(2025年は48.5万組)、離婚件数は約18〜19万件前後で推移し、婚姻対離婚比率は約3組に1組(約38%)の割合となって高い割合が続いている。主な離婚原因は「性格の不一致」と言われる。昔は離婚することは公言できないタブーだった。時代は変わったものだ。

 

現代の日本における結婚の約9割は恋愛結婚だと言われる。惚れて恋して結婚したのにどうして性格が不一致になるのか。不一致なら恋など生まれないはずなのにと思ってしまう。女性が離婚しても一人で何とか生計を維持していける仕事に就ける世の中になったということも離婚の背景にはあるだろう。婚姻対離婚比率が38%にもなるのだから大変な数字だ。結婚した夫婦の子供が述べ10人いたらその4人は今回のようなリスクを背負っているということになる。性格の不一致と言うのは結婚してから新たに相手の性格がわかるということだから、好きになる時点で性格合わせは関係ないのだろうか。恋をして好きになるという大きな原点に性格の一致は不可欠な要素なのだと私は思うけれど解せない。

 

女性が離婚して母子家庭となった時、好きな人ができて母親が再婚した場合、連れ子が本当のお父さんではない新しい父親に抱く感情はとて複雑なものだろう。母親をその人に盗られるという想いが大きいのだと思う。母親を盗んだ人に愛着を持てと言われてもそれは無理な話だ。特に小学高学年の場合、反抗期でもあり難しい。その場合は、子供と別れて暮らすという手段をとるべきなのだろう。でもそれは大きな経済力や住むところを含めて物理的なことが満たされなければ普通にはできないことだ。仕事はあっても4割が非正規という昨今、共稼ぎでも子供を別居させる余裕など親にはない。

 

そうだとしたらどうすればいいのだろう。離婚して好きな人ができても生涯母親は再婚できないのだろうか。それもとても矛盾している。私の知り合いの女性で、一軒家に自分夫婦と結婚した自分の子供(男性)夫婦と孫が同居していた人がいる。ところが、自分は離婚し、なんと自分の子供も離婚してしまった。離婚した自分の夫は出ていったが孫が可愛いのでまだ家の近くに住んでいる。離婚した自分の子供夫婦はなんと離婚しても一緒にその家にいて、孫と一緒に暮らしているという。理由は、孫が両親から離れたくないということで、親の別居はできないという。このケースの場合は、大人の離婚を乗り越えて残された子供の気持ちを第一に考えている。子供のことを考えて離婚しないのではなく、離婚という意志を実現させて尚且つ、子供の気持ちも大切にして両立させている例だ。

 

日本の「子供を産まない(生涯無子)率」は上昇を続けていて、2020年時点で約27〜30%の女性が生涯で子供を持たないとされている。この割合は世界的に見ても非常に高く、背景には経済的不安、非婚化、晩婚化が挙げられる。2030年以降もこの傾向は続き、2040年にはさらに深刻化する見込みという。若年層(Z世代)の意向では、約36〜46%が「将来的に子供を欲しくない」と回答しているという。結婚しても同じ姓にはしない夫婦別姓と言い、結婚しない人が多くなり、かつ、結婚しても子供はつくらないと言い、同棲や内縁夫婦等も市民権を得て来ている。時代や社会はまさに変化している。家の繋がりや夫婦の繋がりや、親子の繋がりや、地域の繋がり等で、がんじがらめにされる文化や社会を敬遠する風潮は確実に広がっている。表札も出さないことが常識になるような、なんとも寂しい想いの中に私達高齢者は生きて行かなくてはいけないことがとても複雑な想いだ。

 

一昔前は結婚して自分の姓が変わることに憧れて自慢にしていた頃はどこへ行ってしまったのだろう…。フランスの婚外子率は非常に高く、出生全体の約6割(60%超)に達しており、欧州主要国でトップクラスだ。結婚という形にこだわらず、事実婚(PACSなど)の状態で子供を持つことが一般的であり、これが高い出生率を維持する背景となっている。PACS(フランス語:Pacte civil de solidarité、民事連帯契約)は、フランスで1999年に導入された、異性または同性のカップルが結婚に近い法的保護(税制優遇、医療・相続の一部権利)を受けながら、より簡素な手続きで共同生活を営むためのパートナーシップ制度だ。ここまで来たら日本も事実婚でいいのではないか。戸籍や一緒に住むという面倒くさいことを捨てて、逢いたい時にあって伴侶とも子供とも豊かな時を過ごすという考え方も、考察吟味してそれに合う法律を整備していくことも大きな課題のようにも思えてくる。形式ではなく両親や子供の気持ちに添った生活の在り方を模索する中で、今回のような悲劇を少なくさせることはできるのかもしれない…

 

フランスには日本のような家族単位の「戸籍」はない。代わりに、個人単位の「出生証書(Acte de naissance)」が身分登録の中心となる。この証書には出生、婚姻、離婚、死亡など一生の身分事項が追記され、家族関係は個々の証書を連結して確認する。日本とは異なり、日本の「1家族1つ」の戸籍(世帯)と異なり、フランスは「1人1つ」の出生証明書で管理されている。出生証書は身分登録の基礎。婚姻や離婚なども追記されるため、日本での「戸籍謄本」に相当する。 結婚しても出生証書の姓は影響を受けず、旧姓が継続される。そして極め付きは、婚姻しない、婚外子の率が6割だから、日本からみると、家族の形態や戸籍(世帯)に縛られない個人単位の社会文化である。

 

離婚しても、結婚しないで子供をもうけても、焦点はどう暮らすかということだけであり、戸籍上の制約など面倒くさいことは一切ない。そこに親や子供の意志を尊重できる背景がありそうだ。日本も家系の概念を捨てて世帯の概念を捨てて当事者の意志を尊重していく社会文化に法律をやき直す時期が来つつある気がする。今回の事件は、離婚再婚という世帯に囚われた構造的な要因の中で必然的に生まれたような気がしてならない。形を超えたかけがえのないものの存在を行政は研究して欲しい。

 

自民党を中心とする保守の考え方は、日本のかけがえのない文化や社会や法律を守ろうとする。それもとても大切なことだ。でも、時代が進んで人々の意識が変化してくると、日常の暮らし方やルールも変わってくる。当然に古い社会文化の時に作った法律やルールとの齟齬がそこに生じてくる。普段に社会や文化やその時代の人々の心の様相を見極めながら、大切な日本の法律とルールとしくみを見直していくことが必要なことなのだろう。これを書いている時に地震があり岩手県に津波警報が出た。天変地異は必ず来る・・・・

 

今回亡くなったのは6年生で12歳になる小学生、名前は「結希」(ゆき)だ。「希望を結ぶ」という想いが込められているのだろう。ご冥福をお祈りする。これからのかけがえのない未来を断たれたということでは、とても可哀そうだ。でも、人の死は、誰にも当然に来る。誰も、その覚悟を常時持って生きていくことが不可欠なのだろう。そしてその死に繋がる事象は様々だ。病気、事故、犯罪、天変地異、等々。

 

私には生来の悲観がある。その悲観を社会に入ってからは、なんとか楽観に転じて生きた来た。それでも折に触れて、その悲観は私の中に顔を出す。その悲観の原点は「死」というものへの恐れである。そして死へ繋がるものへの悲観がある。病気しかり、事故しかり、犯罪しかり、天変地異しかりである。そしてその根底に死は全ての終わりであり全てが無に帰すという恐怖がある。死んでしまえば、かけがえのない人達ともそこでお別れになってしまうという喪失感と絶望がある。でも死の意味を転じて、死と生は繋がっていて、死は喪失ではなく生の次の新しいステージと整理すると少し死への恐怖は和らいでくる。死への恐怖が和らぐと、その死に繋がる病気や事故や犯罪や天変地異等への恐れは軽減されてくる。さらに死という新しいステージは、この人生を全て見通すことができて繋がっていて寂しくはない、と整理するとより勇気が出てくる。

 

精神科医のフランクルの言葉、「死は人生の完成であり、その死の先にも希望がある」と言う言葉を、私は最近知った。その言葉を、結希君に送りたい。フランクルはアウシュビッツのユダヤ人虐殺施設で奇跡的に生き残った人だ。絶望の中にも希望はある、という確信をそこから得ている。そして死は絶望ではなく人生の完成であり、その先にも希望があると整理した。これは宗教者ではなく一般の人が自分の人生で確信した言葉であり、私はその言葉を知って、漸く自分の中にある死への不安、死へ通じる病気や事故や犯罪や天変地異への恐怖に挑む勇気をもらっている。だから、結希君はこれから穏やかな世界で豊かな時空を送れると確信している。辛いこの人生を見事に完成させてそして新しい穏やかな世界で希望に溢れた豊かな時空の中で過ごせていけると信じたい。

 

今、「北海道三陸沖後発地震注意情報」が出た。普段と比べて巨大地震が発生する可能性が相対的により高まった時に出される注意報だ。一週間程度は対象地域は避難の継続やすぐ逃げる準備が必須となった。これが発令されるまでもなく、常時、病気や事故や犯罪や天変地異には準備と覚悟がいるのだろう。南海トラフ地震、首都直下地震、はもうずっとその発生が予見されている。富士山の噴火もこの前NHKの特別番組でそのリスクを強調されていた。死に繋がるこれら、病気や事故や犯罪や天変地異は、常時背中合わせに私達のまわりに存在している。それらに対する周到なリスク管理は必須なことだが、それを恐れて暮らすのでは生きている意味はない。

 

リスク管理をしっかりしたら、いつそれらが来るかは恐れることなく、病気になっ時、事故に遭った時、犯罪に巻き込まれた時、天変地異が起こった時、は、「来たか!」とどーんと構えて、それから逃げることなく敢然と対峙していく勇気が欲しい。そして究極それらにより死を向えても、「死は人生の完成であり死の先にも希望がある」ことを確信すれば、死に繋がる様様なことは乗り越えて行ける。

 

結希君、お疲れ様でした。安らかに!(2026年4月20日記)

「選挙が残したもの…」(NO334

 

  昨日は朝、3時過ぎまで開票速報を見ていた。今日も終日テレビに釘付けで、政治のことを考えていた。完全なテレビ依存中毒状態だ。「選挙が何故こんな結果になったのか」、という、今回の結果に対して私の中で整理できないものがあって、それを解消したいから、ずっとテレビを見て、その答えを得ようとしている自分がいた。

 

次のような問いが私の中にあった。マスコミの予想が何故こんなに正確に当たるのか、自民党の議席が300を越えることは歴史的なことだ。何故こんなことが起こったのか。人の価値観や考え方は、そんなに簡単には変わらないはずなのに、直近の衆院選と参院選で負け続けて、両院で過半数まで割った自民党が、何故300以上もとってしまうのか、とても不思議で、ある意味では怖い感じもした。

 

しかし、マスコミが事前に言った、高市人気の凄さは本物だった。特に若者に彼女が人気があるということが、とても不思議なことに感じた。安倍派の政治と金問題で前回は自民党の公認から外されて落選した大物議員も軒並み当選してきた。一方で、立憲の大物議員が多く落選している。高市突風のすさまじさに唖然とした。でも、ずっとテレビを見ていて、その答えがある程度私の中で整理されてきた。高市さんは多くの人の中に信頼を勝ち得ていたんだと…

 

彼女の逃げない物言い、はっきりした言質、シンプルな言い回し、そして、言ったことはやるという、行動力と企画力、新鮮さが、国民に刺さったのだと思った。そして、失われた30年を挽回して高度成長した時のような日本、日本人の底力をもう一度創造してくれるという期待を皆に抱かせたのだと思った。一言でいうなら「希望」を彼女は国民にくれた。一方で、中道の、野田さんは、辞任会見で涙を流しながら自己批判を語った。即ち、「こんな古い人間には人はついてこない、自分はリーダーとしては失格だ」、という言葉が印象的だ。野田さんだからこんな反省の弁が言えるのだ。

 

民主党が政権を自民党に取られたのも、野田さん。そして、今回の惨敗、と、二度の大敗北を謙虚に、「自分は古かった」と、反省していた。「自分はリーダーとしての器でもなかった」、とも言っていた。これは、野田さんの中にある本心なのだと思う。その言葉を聴いて、もともと大好きな野田さんが、私はさらに好きになった。「こんな状況だから、より中道の視点から、よく、政治を見ていきたい、問題点も指摘したい」、とも言っていた。二度の大失敗を乗り越えて、野田さんはさらに成長して、必ずもう一度立ち上がって来るのだと思った。それを期待している。

 

それにしても客観的には、26年間も敵対してきた公明党と立憲が合流して同化できるはずがない。中道という理念も全く抽象的で、弁舌爽やかで理路整然とした野田さんの持ち味は、中道を創ってから日に日に冴えなくなって心に響いてくることはなかった。大きな無理がそこにあった。今回の結果は、高市人気と、中道という新党の曖昧さが相乗して、歴史的なことが起こったと私は総括した。野党にも、高市さんのような清新な、国民を引きつけるリーダーの出現が待たれる。

 

これから政治はどうなっていくのか。しっかりその推移を見ていきたい。豊かさと幸せと安全を担保できる国づくり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の諸外国のリーダーたちと敢然と向き合える力のあるリーダー、企画力と行動力のある国民に期待を持たせて国民を引っ張っていけるリーダー、シンプルに何をしたいのかを伝えられるリーダー、信頼と期待と希望をくれるリーダー、そんな政治家がどんどん出てきて欲しい。

 

自民党が今回の結果に驕って暴走するのなら、また、もとの欠点だらけの自民党に戻ってしまう。そしたら、次回の選挙ではまた、議席を減らすのは論を待たない。高市さんがこの結果を受けてどんな政策を提案し実行していくのかを、しっかりみていきたい。そして今回の結果を、与党も野党も常に真摯に考えながら政治をやっていくことが肝要だ。

 

(2026年2月9日 選挙の余韻の中で記)

「正義とは何か…」(NO333

 

  「正義」について考えている。考察のきっかけは二つある。テレ朝の26年間続いた沢口靖子主演の「科捜研の女」が最終回で終りとても感動した。もう一つは明後日に迫った選挙の様相を見ながら、同じ人間なのにどうしてあんなに主張が違うのだろう、ということだ。政治家で人々(国民)の幸せや豊かさを願わない人はいないと私は思っている。それなのに、真逆の論理が行き交っている。「正義」は一体何で、そしてそれはどこにあるんだろう、と不思議に思った。

 

前者は、禁止されている「DNA鑑定による犯人の似顔絵」を主人公は創って、結果として犯人検挙に繋げたが、警視庁からまだ尚早で冤罪等につながりかねない未完成のその技術の使用は、強く禁止されていた。そのことに躊躇して手をあぐねている間に犯人は殺人を重ねた。主人公はそれをみて、職を辞することを覚悟で職務規律を犯してDNA鑑定の似顔絵を創った。この場合「正義」はどこあるんだろうと私は迷った。

 

私は企業で終始人事労務に身を置き、そこでは不当労働行為や思想信条差別や公職選挙法違反すれすれの人事労務施策を仕事とした。後年はリストラが主な仕事となった。大きなリストラでも3回を超える。この仕事は「正義」なのだと自分に言い聞かせながら職務を実行した。その正義の中身は、企業を守ること、企業を守ることが従業員の幸せと豊かさに直結していると信じてやまなかった。でもよく考えると、その「正義」は、企業に従順ではない者を切捨てていく、あるいは仕事が遅く成績が悪いものを切捨てていく労務管理だ。それはまさに弱者を切り捨てるものでもあった。でもそれが多くの普通の従業員を守る手段だと信じて疑わなかった。

 

自分の仕事に苦悩して「正義」はどこにあるのかを自問して、結果として私は55歳で企業を去るのだが、企業を離れてみて、企業の横暴や身勝手さが鮮明に見えて来て、かつ自分が非正規になったこともあり、弱者の境地が良く見えてきた。そして最後はハローワーク管内に非正規労組を立ち上げて、東京労働局や人事院や厚生労働省と対峙した。自分が長年やってきた本音と建前を駆使しながら弱者を切り捨てる大企業の人事労務管理への疑問を、正規と非正規の理不尽な格差是正の主張を当局にすることで私は自分を慰めていたのかもしれない。

 

後者の今回の選挙での各党の言い分の違いは、主義主張やイデオロギーが異なれば真逆の論理になることも理解はできる。どうしても解せないのは、人々(国民)の幸せと豊かさを政治家を志した人は皆持っているはずなのに、アプローチで何故こんなに異なってしまうのか、ということだ。そしてもう一つは、強者と弱者への目線の異なりだ。自民党支持のものは強者で野党支持者は弱者なのか、全くそんなことはない。でもどうしても政治家たちの主張の根底には、富裕層と貧困層、強者と弱者、保守と革新、という視点がまとわりついている。それはとても古い感性だ。

 

そんな視点ではなく、この日本をどうするか、社会を豊かにしていくにはどうするか、将来日本を背負ってくれる人を育てる教育はどうあるべきか、外国人と日本人の共生はどうあるべきか、自分の国は自分で守るのかどうか、他国が攻めてきたらそれを撃退する軍備がなければ日本は占領されてしまう、いや、どこかが攻めてくるというその前提が間違いで、全ての国を信じることで軍備などいらないのか、憲法はどうなのか、軍隊を持たないと宣言している世界に一つしかないこの平和憲法は自衛隊という世界でも屈指の軍事力を排除して自衛隊を否定してそれでいいのか、等々、基本的な問題課題をシンプルに議論していくべきだろう。

 

高市さんが首相になって歯に衣着せぬ物言いで、上記のような問題点が明確化され始めている。右に傾くと警戒するのではなく、右左を脱却して基本に帰って、この国をこの国民をどう豊かに幸せにしていくのか、国際法も侵す最近の大国にどう処して自分の国を守っていくのか、物価高や消費税や社会保険料等の身近な問題も大切だが、国家の存在、国家の存亡にかかわる防衛や経済や研究開発や、少子高齢化による労働問題や、若い人を育てる教育規範等、大きな国家としての在り様を議論して欲しいと思う。そしてその議論の根底にはいつも「正義とは何か」という問いを持って全員が自分を振り返って欲しい。

 

「私は正義とは愛」という結論に今至っている。キリストの三つの愛がある。施す愛、引き受ける愛(贖罪)、そして一緒にいる(添い遂げる)愛だ。物質的な弱者には「施す愛」が必要だ。精神的な弱者には「引き受ける愛」が必要だ。そして、一番大切な愛は、一緒にいる愛だ。一緒にいるとは物理的なことではない。心が通っているということだ。この愛は、強者にも弱者にも等しく必須な愛だ。

 

「正義」とは客観的なものではないのだろう。一人一人の中にある極めて主観的なものだろう。今、声高に選挙演説している立候補者は全員、自分の言うことが「正義」なのだと確信しているはずだ。それがいい悪いということではない。正義とは極めて主観的なものだからだ。でも、そうしたら社会正義とかはどこに行くのだろう…社会正義などは存在しなくなるのだろうか…そうでもないような気がする。人間が培ってきた社会的倫理は普遍だ。それを拡張すると「愛」に行き着く。どの人にも人間の「矜持」がある。その矜持をじっと見つめる時、人間は愛に気づく。その時、自分の中にある正義の意味が解けてくるような気がする。

 

自民党が単独過半数という予想が出ている。私はもう少し高市さんにやらせてみたい。でも、自民党が勝ちすぎると、維新や国民民主の意見を聴かない危惧もある。自民党も政治とお金の問題はじめ、長くやってきた政財界との癒着やしがらみが多くある。まだまだ古いなあと思える行動力の遅さもある。ことなかれ主義にも陥りそうだ。自民と維新で与党過半数あたりが適正なところのように思える。(2026年2月6日 選挙まであと一日 に記)

 

「医学と精神(心)の狭間で…」(NO332

 

  医学の偉大さは理解し肯定している。一方で、医学を超える力、即ち精神(心)の力への期待も大きい。精神(心)の力とは何だろう…

 

「病は気から」と昔から言われてきた。これは気が病を呼び込み気が病を癒すということだ。医学的に言うと、気の状況によって、人間の中にある免疫力が左右されるということだ。免疫力とはどんな優れた薬よりも優れた薬なのだろう。人間の身体は癌に代表されるように細胞の状態が身体の状態を司っている。悪いものが来たらその悪しきものをやっつけてしまうというとても恐れ多い力を持っている。だからその力に期待してしまう私がいる。

 

確かに私は、20年近く苦しんだ喘息を薬の力で治した。そして年に4-5回は身体全身に出てくる蕁麻疹を薬と注射の力でここ3年余りは一度も出て来ない状況に改善させた。これは、身体の免疫が外部から投与された薬の力も得て、喘息や蕁麻疹という発作を抑えているのだろう。その意味で医学は偉大だ。でも身体に作用する医学的な薬や注射や点滴は、病気を治すという反面、健康な組織にも作用してそれを壊すということがある。いわゆる副作用だ。

 

現代医学に身体を任せる限りは、この治療をしたら、この薬を飲んだら、この点滴や注射をしたらきっと良くなるという確信を持つことが必須だ。それに疑心暗鬼でいる限り、それらの効果も減じられるのだろう。ここに精神(心)の状態が関与している。悪い個所を根こそぎ取り除くという外科治療(手術)はそこにある病原体を除去するのだから病気はその瞬間はそこにはなくなる。しかしまた一定の時を経て。同じ病気が再発したり転移したりして、せっかく覚悟を決めて行った外科治療(手術)はもとのもくあみとなる。確かにその手術で生きる時間は長くすることができたのかもしれないけれど、それは一時のことにしかすぎないという挫折と遭遇する。そんなことなら大変な手術でかけがえのない瞬間の穏やかさを奪うよりもそれを避けてできるだけ穏やかな瞬間を維持したいとも人間は想う。

 

1年単位での長生きとその長生きが1年単位での健やかな時(瞬間)を奪ってしまうこととの天秤の帰趨は誰もが葛藤し悩むことである。それはこの人生の考え方や死生観によって異なってくる。だから正解というものはそこにはない。どちらを選ぶかは、その人の生き方価値観、時への想い、人生の豊かさや幸福が長さにあるのか瞬間の輝きにあるのかで、違ってくる。抗がん剤の投与も全くそういうことだろう。癌はやっつけてもそれにより他の健やかな機能が阻害されるリスクがあるのなら、その選択は葛藤の中に舞い込んでやっかいだ。

 

医学はある意味で確率の世界であも。少しでも健康や命の長さの確率が高い方法が医学の標準治療としてガイドラインとして医学治療の常識としてある。、だからセカンドオピニオンをしても、医学の範疇にある病院や医師達が医学の常識である治療ガイドラインを逸脱した見解を示すことはほとんどありえないのだろう。「癌は切るな」とか「抗がん剤治療はするな」とかと医学界にいる医師が書く本もあるが、それはまだまだ負け犬の遠吠えのように、極少数の異端的な見解としか評価されていない。要は自分が何を信じるかという問題になる。そして病気と共生して穏やかな瞬間を如何に維持できるかという精神と心の問題がそこにある。

 

聖路加の担当医は手術後の抗がん剤投与を、医学治療のガイドラインに沿って当然の如く当事者である妻に告げた。しかし、渾身の力を込めて書いたA41枚の、私の「瞬間を豊かに生きることの意味と大切さ」という文章を読んで、その医師は微かに微笑みながらこう言った。「わかりました、抗がん剤は見送って経過観察してみましょう」と。その医師の言葉は重かった。そしてその医師の決断に偉大さを感じた。しかしその後、「ガイドラインを逸脱する治療は私一人では決められない、セカンドオピニオンしましょう」という言葉が続いた。

 

癌研有明病院でのセカンドオピニオンの日が近づく。しっかりその医師達の見解も聴いて、今後の治療法を私達当事者が決める。勿論、本人の意向を100%尊重することはもう決めている。でもそれはとても難しい判断であり、その判断を一緒に考えて難しさを半分引き取って、考えて行きたい。医学を超える精神(心)の力とは、睡眠、食べること、運動(歩くこと)そして、いつも心を穏やかにして葛藤を減じていくことの中にあると確信している。

 

(2026年1月30日 記)

「生きることの意味」(NO331

 

  私は今、生きていることを「実感」しながら生きている。通常、人は生きていることを実感することはない。命を意識した時、時(とき)を意識した時、瞬間を意識した時、生きることの実感を感じる。フランクルは、「死は人生の完成であり死を持って初めて人生は完成する」と言った。その意味がとても今深く感じられる。

 

彼は同時に「生きる意味を人生に問うな、人間は人生から逆に問われている存在だ、即ち、人間が人生の意味は何かと問う前に人生の方が人間に問いを発して来ている、だから人間は本当は生きる意味を問い求める必要はないんだ」とも言っている。なかなか難しい言葉だが、私はこれを、「生きることそのものに意味がある」と整理している。そして「瞬間に感謝して生きるしか人間には豊かさの創造はない」、とも結論づけている。何故なら、一瞬先はこの人生は闇ということだから。誰にもそれはわからないからだ。神戸の地震、東北の地震、そして能登の地震、はそれを証明している。

 

繰り返される大地震は科学を超えて人間を超えて根こそぎ豊かな現状を一瞬において覆す。この理不尽不合理を問うても答えはない。そこにある答えは、人の中にある「時間」がその人のこの人生の長さを決めているに過ぎないということだ。運命論となるが、どんなに予防しても、病気や天変地異や事故や犯罪等はある日突然に襲ってくる。その時よし来たか、とたじろうことなく、それら悲しみと困難に向っていく力が人間には不可欠だ。その為には全ての悲しみや困難を受止めて受け入れていく力量と、日々の今ある健やかな瞬間への感謝で生きることしかなくて、一瞬先の未来への危惧や心配や悲観や、過去への自分の判断への後悔は成り立たない。結論として未来を恐れず過去を悔やまず「今こここの時この瞬間しか人生には存在しない、その瞬間に感謝して豊かに生きる」ということになる。

 

私はかつて、「生かされていることに気がついたなら無限の杞憂溶けて消えゆく」という心境になり、そのことを言葉にして書き留めた。これにより、私の中にある生来の「悲観」はかなりな程度抑制された。

 

「生かされている」ということを実感するということは、何かの力がそこに作用しているということも実感することになる。それは前述した、その人の中にある「時間」なのであろう。時計が電池がなくなったら止まることとこれは同じだ。その電池にあたるものは一体何だろう…科学や医学の視点ではそれは人間の身体の物理的機能とみなして、その機能をとっかえひっかえして時間を伸ばそうとする。でも病気は治っても天変地異や事故や犯罪にあったらその時間は消える。治療で日々の穏やかな瞬間を犠牲にして長生きしても、それはなんだか正解ではないような気もしてくる。今ある健やかな瞬間を大切にすることの方がかけがえのないことのようにも思えてくる。

 

「死によって人間は完成する」というフランクルの言葉は勇気をくれる。だから自分の中にある時間に逆らわないことが肝要となる。死は人間にとって終わりではないからだ。新しい出発だからだ。それでは死で完成した人間は死後一体どこへ行くのだろう…

 

これについては仏教では浄土(悲しみや困難のない穏やかな豊かな世界)という世界を創っている。キリスト教においても、死は「終わり」ではなく、神の愛のもとへ帰る「祝福された出発点(帰天)」であり、永遠の命への入り口ととらえられている。両者とも、地上の苦しみから解放され、天国で神とともに安らかに過ごすという希望が中心にあり、死は「再会への始まり」と見なされている。これはどんな善人でも極悪人でも同様に死をもって完成して、穏やかな世界に平等に行けるのだろう…悪人正機説で親鸞(浄土真宗)も言っている。

 

こう整理してくると、人間は物質的なものではなく精神的なものだという視点が浮かび上がってくる。即ち形而下から形而上への大転換だ。精神世界は死後も永遠と繋がっている。そこに人間の魂は永遠に生きて存在する。これはシュタイナーもアカシックレコードという概念で主張している。だから、この人生の悲しみや困難は一時的な修行の範疇であり、病気も天変地異も事故も犯罪も貧困も、皆、理不尽ではなく不合理でもなく、人間が完成へ向かって歩く道程ととらえると、この人生を超えていけそうだ。

 

人はその精神世界を「神」と呼んだり「宇宙」と呼んだり「万物」と呼んだりする。壮大な体系と理由づけをしている、仏教やキリスト教やその他宗教世界を覗いてみることは、今のこの人生を有意義に豊かにそして瞬間を生きる覚悟を養うためにはとても意味がある。哲学も有史以来人間が構築してきた膨大な知恵がそこにある。 (2026年1月23日 衆議院解散の日 に記)

「時の流れ」(NO330)

 

 今日も一日暮れた。何をしてもしなくても、どんなことがあってもなかっても、一日は静かに過ぎていく。時の流れは、人間の営みの全てを見通しながら、たんたんと、ある時は温情豊かに、ある時は、とても、冷たく、知らんぷりをしながら、時は過ぎていく。その時の流れに左右されることなく、「主体」は人間にあり、時(とき)は「客体」であることを肝に命じて生きていきたい。時の流れに身を任せるけれども、しっかり時(とき)をコントロールしながら、生きていきたい!奥の細道の冒頭にも「月日は百代の過客」と書いてある…

 

妻に初期に近い癌が見つかって手術は無事に終えた。術後の抗がん剤治療をめぐって担当医と議論になった。治療ガイドラインに沿って当然のように抗がん剤治療を薦める担当医に、私は、「人生の豊かさとはなんだろう」という疑問を書いて担当医に渡した。妻は溶血性貧血(赤血球が溶ける病気)の持病があり、抗がん剤で癌を消してもその副作用で穏やかな健康は戻ってこないのではないかという危惧である。医学は命の長さを求める。一方、哲学的には「人生は長さではなく瞬間の輝きにある」と私は整理する。A4一枚に書いた私の想いを、その聖路加の担当医は読んで笑みを浮かべながらこう言った。「わかりました経過観察で行きましょう。でも抗がん剤投与をしないという、ガイドラインを逸脱する処置は、私一人で判断するには荷が重い、セカンドオピニオンをして、がん専門医の見解も聴いてから決めましょう」という言葉に私は感動した。

 

高校同期にも安倍首相の主治医等、名医はたくさんいる。名医とは治療ガイドラインを遵守することが名医ではない。人生の豊かさや幸せの視点から、病気を治すことを超えて「瞬間の輝き」を担保する生き方を探せる医者だろう。人生の豊かさや幸せは人それぞれ違う。死生観もそうだ。千差万別な患者の想いに寄り添う気持ちこそ肝要なのであろう。2月に癌研有明病院でセカンドオピニオンを受ける。ガイドラインに沿った治療優先なら、当然に抗がん剤投与を薦められるであろう。でもその時でも「1年は少なくとも再発しないなら今の穏やかな健康を維持しながら瞬間を豊かに生きていきたい」と私は思っている。もとより、結論は本人の意向を100%尊重する。でも、本人に結論を投げることは酷なことだ。結論が見いだせない時、精神を病む。結論があれば人間はそこに邁進できる。結論が見いだせない葛藤が一番つらい。その辛さを半分引き取って、一緒に考えていく。牧師の土佐高同期から二つの丁寧な彼の「説教」が届いた。彼の愛を感じて涙がこぼれた。

 

久米宏が逝った。彼は早稲田の政経で3年上の同窓だ。2年間は大学側のロックアウトでキャンパスには入れなかったから、当然に大学構内では出くわしてはいないだろう。でも、彼も多分、大隈銅像から望む大隈講堂の時計台を眺めながら自分の人生や日本世界のことを考えていたに違いない。ザベストテンとニュースステーションの中で輝いていた彼の想いはずっと私達の世代には生きている。辛口で真っ直ぐの彼の言いようは、時の政権からは距離を置かれたが、彼の想いは我々世代全員に永遠に残る。これこそが生きている意味なのではないか。芸術家は早くこの世を去ることが多い。もう少し生きていたら、と後に残された人々は想うけれど、彼らは瞬間の輝きをしてとても豊かな人生だったのだと、ある時から気がついた。長さではなく瞬間の豊かさを大切にして生きていきたい。

 

「時の過ぎゆくままにこの身をまかせ…」という沢田研二の歌は落ちてゆく男と女を歌った。「時の流れに身をまかせ…」はテレサテンの歌。一度の人生を捨ててもあなたの色に染められながらあなたを愛し続けたい…そんな歌だ。そこには限りない瞬間の輝きがある。昭和の男と女の歌では、そんな切ない歌が多かった。もう一度そんな歌が流行って欲しい。自分の人生を思うのならば、「時の流れに身を任せるけれども、しっかりときをコントロールしながら、生きていきたい!」そして、どんな状況境遇にあっても、謙虚な気持ちで穏やかな日々を送れるといい、決して長さではない。

 

今日は宮中の歌会始めだった。それを視聴した余韻で一句私も詠んだ。

「生きること、その不可思議をかみしめる 自分の中の 時間(とき)に微笑む」

 

(2026年1月14日記 辻俊行)

「希望と絶望と…」(NO329)

 

  妻の病気に私の心が揺れている。抗がん剤の副作用で身体を痛めてまで治療するか、それとも、癌の気配を残しながらも健やかな身体で日々をおくるか、の選択に揺れている。勿論その決定は妻本人が持っているのだが、当人とて簡単には決められない難題だ。この事態になって、私は自分が神様から試されているような気がしてならない。「人生はその人の中を流れる時間が決める」だから、どんな選択肢を採用しても自分の期待する結果は、その選択の延長線上にはない。「自分の中を流れている時間」が決めるからだ。

 

また、「人生はこの瞬間しか存在しない」だから、今あるこの瞬間の健やかさをあえて壊してまでの治療は、日々のその瞬間の穏やかさを消してしまう、という疑問がある。「人生は、今こここの時この瞬間しか存在しない」のだから、未来のことなど考えることなく、今この瞬間のかけがえのない健やかさに感謝して一日一日を生きるべきではないか。抗がん剤で癌は消えることはあっても、正常な細胞が痛められて今ある健やかな日々は消えてしまう。それでいいのだろうか、という葛藤である。上記の「」内の私の整理が本当に私の信じる整理なのかどうかを今、神は私に問いただして私を試しているのではないかとさえ思う。とても難しい局面だ。

 

「絶望」は人生の豊かさは創らない、「希望」こそ人生の豊かさを創造する。だから、希望の中に生きることが人生の大きなキーだ。でも、希望は自分が選択した道が未来に明るさを灯すと確信できなくては得られない。逡巡して真逆の選択をしたとしても同様だ。それは希望の陰に絶望が垣間見えて、本当の希望ではないからだ。自分の選択が文字通りの希望になるにはどうしたらいいのだろう。

 

私の人生の整理上の視点からは、今ある健やかな一日一日を余計なことをしてあえて壊すことは間違いという結論になる。でもそれで、癌と共生して一日一日ある穏やかな日々で満足できるか否か、やっぱり未来が気になるという危惧を同時に持っている限り、全面的な希望ではなく「希望時々絶望」という心の様相となる。「晴れ時々曇り」という人生は果たして幸せな豊かな人生なのか、という整理が決断の上には不可欠となる。

 

「人生は長さではない瞬間の輝き豊かさである」という整理も私はしている。医学は幸せや豊かさは命の長さにあるという前提から医療を考えている。果たしてそれでいいのだろうかという疑問がある。NHKの「100分で名著」でおりしもキューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」を先週までやっていた。医者でありながらセラピストと自認する彼女は、終末期患者200人の面談結果からその心理的経過を記録してこの本を書いた。そこには、医学と「医学を超える人の尊厳」との葛藤の中で患者に向き合う姿勢を書いていて出色だ。誰もが等しく通るそして訪れる「最期」の在り方を考えて問題提起している。

 

考えてみれば、この人生は一瞬先はわからない。神戸の地震、東日本大震災、能登の地震、がそれを物語る。今健康な人も明日癌宣告が下される可能性がある。生まれた瞬間死へ向かって全員が歩き始めている。人生は悲しみと困難に溢れている。病気、天変地異、事故、犯罪、貧困は私達の中で背中合わせに存在している。でもそれを危惧して生きたのならこの人生は意味はない。一方、それらを排して生きることが幸せで豊かなことなのだろうか。自分とは関係のないことと思ってもある日突然一定の確率でそれは自分にやってくる。不安や危惧を排するのではなくそれらと遭遇するという「覚悟」が大切なのだろう。「覚悟」は不安や危惧の上位に位置して、覚悟することで不安と危惧は一蹴できる。

 

その意味では、そういう困難に遭遇した人が不幸で豊かでないということは言えなくなる。全員、今健やかに暮らしている人もたちまちのうちに、その困難に遭遇するからだ。一瞬先は見えないという人生の鉄則だ。そう考えると、病気も天変地異も事故も犯罪も貧困も、今この瞬間には遭遇していないかもしれないけれど、次の瞬間に遭遇する確率が極めて高い。大事なのはその困難に見舞われた時に、どう考えどう行動するかということだろう。それは、自分に舞い降りてきたその困難を受止め受入れてその困難に向っていく力こそ大切なのだろう。その力こそが真の人間力であり、人間の魅力なのだろう。

 

その力はどうしたら身につくのか。それはその困難に遭遇することで考え悩み葛藤して、その中から創造されるものなのだろう。その力を人間に付与するために神様は、この人生を悲しみと困難に溢れたものにしているに違いないと整理した。もう一歩進んで考えると、困難に向うというよりも、その困難に「感謝」できる器量を養いたい。それはどんな状況にあっても、「希望」を持つ力なのだろう。絶望からは決して何も生まれない。希望がある限り、人生を豊かに生きることができると確信する。

 

あの、アウシュヴィッツのホロコーストの「絶望」を生き延びた人は「希望」を捨てなかった人達だとフランクルは「夜と霧」で書いている。そこで一緒に過ごし、死の宣告が今日か明日かという日々の中でも生きる希望を彼は捨てなかった。フロムが言うように、「欲望はHaving、希望はBeing」だ。心の中で精神の力で希望は創造できる。それこそ人間が試されている瞬間だ。「希望」を持つ力こそあれば、決断に悩む人生の選択肢でどの選択をしたとしても、そこには「豊かさ」しかない。だから、自分が選択したことに後悔は存在しない。その時の自分の想いで難しいことも軽い気持ちで選択していけばいい…

 

(2026年1月4日記 新しい年もはや4日経過した…)