「選挙が残したもの…」(NO334)
昨日は朝、3時過ぎまで開票速報を見ていた。今日も終日テレビに釘付けで、政治のことを考えていた。完全なテレビ依存中毒状態だ。「選挙が何故こんな結果になったのか」、という、今回の結果に対して私の中で整理できないものがあって、それを解消したいから、ずっとテレビを見て、その答えを得ようとしている自分がいた。
次のような問いが私の中にあった。マスコミの予想が何故こんなに正確に当たるのか、自民党の議席が300を越えることは歴史的なことだ。何故こんなことが起こったのか。人の価値観や考え方は、そんなに簡単には変わらないはずなのに、直近の衆院選と参院選で負け続けて、両院で過半数まで割った自民党が、何故300以上もとってしまうのか、とても不思議で、ある意味では怖い感じもした。
しかし、マスコミが事前に言った、高市人気の凄さは本物だった。特に若者に彼女が人気があるということが、とても不思議なことに感じた。安倍派の政治と金問題で前回は自民党の公認から外されて落選した大物議員も軒並み当選してきた。一方で、立憲の大物議員が多く落選している。高市突風のすさまじさに唖然とした。でも、ずっとテレビを見ていて、その答えがある程度私の中で整理されてきた。高市さんは多くの人の中に信頼を勝ち得ていたんだと…
彼女の逃げない物言い、はっきりした言質、シンプルな言い回し、そして、言ったことはやるという、行動力と企画力、新鮮さが、国民に刺さったのだと思った。そして、失われた30年を挽回して高度成長した時のような日本、日本人の底力をもう一度創造してくれるという期待を皆に抱かせたのだと思った。一言でいうなら「希望」を彼女は国民にくれた。一方で、中道の、野田さんは、辞任会見で涙を流しながら自己批判を語った。即ち、「こんな古い人間には人はついてこない、自分はリーダーとしては失格だ」、という言葉が印象的だ。野田さんだからこんな反省の弁が言えるのだ。
民主党が政権を自民党に取られたのも、野田さん。そして、今回の惨敗、と、二度の大敗北を謙虚に、「自分は古かった」と、反省していた。「自分はリーダーとしての器でもなかった」、とも言っていた。これは、野田さんの中にある本心なのだと思う。その言葉を聴いて、もともと大好きな野田さんが、私はさらに好きになった。「こんな状況だから、より中道の視点から、よく、政治を見ていきたい、問題点も指摘したい」、とも言っていた。二度の大失敗を乗り越えて、野田さんはさらに成長して、必ずもう一度立ち上がって来るのだと思った。それを期待している。
それにしても客観的には、26年間も敵対してきた公明党と立憲が合流して同化できるはずがない。中道という理念も全く抽象的で、弁舌爽やかで理路整然とした野田さんの持ち味は、中道を創ってから日に日に冴えなくなって心に響いてくることはなかった。大きな無理がそこにあった。今回の結果は、高市人気と、中道という新党の曖昧さが相乗して、歴史的なことが起こったと私は総括した。野党にも、高市さんのような清新な、国民を引きつけるリーダーの出現が待たれる。
これから政治はどうなっていくのか。しっかりその推移を見ていきたい。豊かさと幸せと安全を担保できる国づくり、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の諸外国のリーダーたちと敢然と向き合える力のあるリーダー、企画力と行動力のある国民に期待を持たせて国民を引っ張っていけるリーダー、シンプルに何をしたいのかを伝えられるリーダー、信頼と期待と希望をくれるリーダー、そんな政治家がどんどん出てきて欲しい。
自民党が今回の結果に驕って暴走するのなら、また、もとの欠点だらけの自民党に戻ってしまう。そしたら、次回の選挙ではまた、議席を減らすのは論を待たない。高市さんがこの結果を受けてどんな政策を提案し実行していくのかを、しっかりみていきたい。そして今回の結果を、与党も野党も常に真摯に考えながら政治をやっていくことが肝要だ。
(2026年2月9日 選挙の余韻の中で記)