宏美さんの記念すべき20枚目のシングル「女優」のB面に収められた、これもまた隠れた名曲と言ってよいだろう。作詞が「恋待草」の伊達歩(伊集院静)さん、作曲は筒美京平先生、編曲が後藤次利さんである。

 

 歌詞の世界は、失恋の痛手から立ち上がり歩き始める乙女たちを、爽やかに描き出している。さすが伊達さんと思うのは、文学的な言葉使いと、第三者的視点である。宏美さんの楽曲の中でもきわめて珍しいのではないか。「ジェシカ」も第三者から見た女性を描いていたが、もっと主人公に近い、強い思い入れの感じられる世界だった。この「レンガ通りの恋人達」は、さらに一歩引いた客観的な角度で、新たなスタートを切った多くの女性たちに送るエールのように聞こえるのだ。

 

 音楽の方に目を移そう。キーはE♭メジャー(Cパート後に半音上がりEメジャー)で、AA’BB’×2+C+B…という構成。「接吻するように 風が話しはじめ」「陽差しが笑う」「街は季節の谷間から抜けて」「耳に花が似合う/萌える草原駆けて」という言葉が並び、春から初夏のキラキラしたイメージが浮かぶ。それを京平=後藤サウンドが見事に表現しているのだ。イントロ最初のリズミカルでインプレッシブなフレーズからのギターソロ。歌い出しの宏美さんの明るい声。大好きだ。

 

 この曲はブリッジなしですぐサビのBパートに入るが、このリフレインの何とキャッチーなこと!「♪ 今 鮮やかに乙女達は生まれ変るわ」はほぼお約束のカノンコードである(カノンコードについては、「愛するキモチ!」のブログ参照)。盛り上がらずにはおかないコード進行だ。

 

 

 以前仲間で『ヒロリンを歌う会』をやった時、Gさんがこの「レンガ通りの恋人達」を歌った。ツーコーラス歌い終えるまではゴキゲンだった。ところが、大サビのCパート(♪ きっと愛につつまれて〜)に入った途端、音が取れなくなった。その時、私は改めてこの部分の難しさに気づいたのだ。

 

 それまでカノンコードなどで気持ちよく歌って来たが、Cパートのコード進行(ディグリー表示)は以下の通り。急にノンダイアトニックコードが増え、セルフコーラスも加わりお洒落だが小難しくなる。

 

Ⅳ- - - Ⅳm- - - Ⅲm7 - - - Ⅰ7 - - - Ⅳ- - - Ⅳm- - - Ⅲm7(♭5) - Ⅵ7 - Ⅴ7sus4 - - -

 

 太赤字はノンダイアトニックコード、つまり和音に臨時記号が付く箇所である。以下にリンクを貼ったサイトの言葉を借りれば、「曲に様々な表情をもたらす」という訳で、演奏効果は高いものの、歌唱難度が増すのだ。

 

 

 最後のⅤ7sus4(ドミナントセブンス・サスフォー)の緊張感の高いコードで「♪ 夢見れば 夢見れば」と同じ歌詞を繰返して半音上がるところの「宏美節」もたまらない。引っ張って引っ張って、「♪ 今 鮮やかに〜」でトニックに着地するところが超快感である(「半音上がって盛り上がる宏美さんの歌ベスト20❣️」もご覧ください😉)。

 

 この歌は本当に歌詞の通り、涙や悲しみのかけらなど全く感じさせない、底抜けに明るいサウンドと歌声である。ちょうどこの曲がリリースされた頃、私はフレッシュマンとして大学生活を始めた。この歌を聴くと、若い希望に溢れた、キラキラしたあの頃を思い出さずにはいられない。

 

(1980.4.5 シングル「女優」B面)