6枚目のシングル「霧のめぐり逢い」のB面に収められた、隠れた名曲である。この曲は、宏美さん初のベスト・アルバム(1976)には収録された。もっともこれは、デビュー作から7枚目までのシングル両面は全て入っているのだから、当然と言えば当然。その後5周年の『宏美』や30周年のBOXなど、いっさいの企画モノのベストに収まることもなく、ずっと日の目を見なかった(CDFILEシリーズがあったので、CD化だけは1988年と早かった)。

 

 だが、何とも捨て難い魅力があり、古くからのファンには根強い人気がある。リリース当時のライブやイベントでは、取り上げられなかったのだろうか。当時をご存知の方、是非情報をお願いします!

 

 歌詞の内容は「二重唱」「ロマンス」などよりグッと純情な女の子が主人公。どちらかと言うと、まだ恋に恋する少女の佇まいだ。そっけない男の子の態度に傷つきながら、「私は今 もしかしたら 幸せかも」と揺れる乙女心を、筒美サウンドと若き日の宏美さんのボーカルが絶妙に表現している。

 

 

 いつものように、曲の構成を見てみよう。

 

A:もっとやさしくして 心こめてお願いよ〜

B:あゝ ゆらゆらゆれる この不安な心〜

A:言葉一つでいい/思いやりを 見せてほしい

C:せつないのよ はかないのよ私〜

A:それもあなたのせい 好きになって 悩むのよ〜

 

B:あゝ 起きても寝ても たゞあなたのことが〜

A:こんな私のこと/少しぐらい 考えてよ

C:きれいになる 明るくなる私〜

A:もっとやさしくして 心こめてお願いよ〜

 

という具合に、歌謡ポップスにしては面白い形をしている。Aメロが何度も出てきて、その間にBメロやCメロを挟む、クラシック音楽でいう「ロンド形式」のような作りになっているのだ。

 

 イントロはちょっと思わせぶりに始まる。ピアノ、ミュートトランペット、ギターの音が絡み合い、ストリングスが割って入って甘やかに歌い出す。Eメジャーで始まるAメロのコード進行は、間奏や後奏でも繰り返され、この曲で重要な役割を果たしている。ビートはエイトビートである。

 

 Bメロ・Cメロ共、レラティブ・キー(平行調)のC♯マイナーで始まるが、いずれもAメロに戻る前に、Eメジャーのドッペル・ドミナントに当たるF♯7のコードと宏美さんの高音(上のC♯)とを併せて効果的に使っている。特にCメロの「♪ ブルーに見えてる 夢のように泣きぬれる毎日」の最後の部分、「♪ まぁーいにぃちー」のところは、宏美さんの若々しく済んだ歌声がどこまでも響く。

 

 また、この曲はCメロがサビに当たると思うのだが、ここではシェーカーの音が16ビートを刻み出す。コードが2拍ずつ変化し、緊張感が高まる。前半の「♪ せつないのよ はかないのよ私」は、ベース音がほぼ半音ずつ下降してゆく。逆に後半の「♪ ブルーに見えてる 夢のように泣きぬれる」はベースが半音又は1音ずつ上昇してくるという、さすが筒美先生!というメロディーと一体化したアレンジだ。

 

 さらに、間奏と後奏はほぼ同じなのだが、大きく違うのは、2拍3連の使用である(譜例参照)。このことによって、その3つの音は強調され、たったそれだけの違いで間奏と後奏では大きく印象が異なっている。この辺りも筒美先生の心憎いテクニックだ。

 

 

 この「感傷時代」の魅力を、私もうまくお話しできないのが歯痒い。私は「遅れてきたファン」なので、この曲をリアルタイムで聴いていない。だが、デビューから2年間の、阿久・筒美コンビの一連のシングル両面の中で、何か異彩を放つ、気になる存在なのだ。

 

 「センチメンタル」以外のシングルが、この時期マイナー(短調)の曲調が続いていたことも関係するような気がする。「センチメンタル」よりはやや地味ながら、若干これまでのシングルとは毛色の変わった明るさを持つこの「感傷時代」を、当時のファンは歓迎したのではないか。この曲を歌う時の、宏美さんの晴れ晴れとした爽やかな声を、生で繰り返し聴きたいと思ったかも知れない。少なくとも私はそう思ったのだ。

 

 この曲がずっと埋もれたままなのはひじょうに惜しい。宏美さん、スタッフの皆さん、いかがでしょう?新しいツアーで、ヒットメドレーの後半にビッグ・サプライズでこの「感傷時代」を採用するとか。私はついつい夢想してしまいます!

 

(1976.8.1 シングル「霧のめぐり逢い」B面)