仏光さんの心の相談室
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2018-06-17 19:21:19

「心」とは

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前回のブログにも書きましたが、出雲大社から帰ってきてから物理的に明らかに違う事が起こっています。結局先週は新規の人の予約はいきなり普段の週の3倍になりました。それに伴い大変厄介な症状の人も増えました。もちろんどこの病院に行っても治らなかった人達ですが、私でも一生懸命無痛自律神経療法をやって歯が立たなかった人が一人居られます。だから私は神ではありませんね。やはり回復率95%の壁はなかなか破れません。もっともっと精進が必要です。

 

今日はオフィスのパソコンの調子が悪くて、大手電機メーカーに勤めていた友達に直してもらっていました。朝から半日パソコンにかかりっきりになって、やっと使えるようになりました。普段やり慣れない事をしていたので、疲れてしまって今日の水泳はお休みにして午後は昼寝をしました。明日からの仕事には支障がなさそうなので一安心です。友達がパソコンを直している間に、来月に頼まれている講演の準備を少ししました。

 

「心と健康、心身一如」という演題で、再度「心」というものについて何を話そうかなと色々考えてみました。多くの人は「心、心」と言いながら普段「心」についてあまり考えることなく過ごしていますが、「心とは何か?」と考えると大変面白いものが見えてきます。たぶん私は四六時中「心」を意識して過ごしていると思います。今までのブログでも心について色々書いて来ましたが、振り返ってみると膨大な量になります。本一冊では足りません。たぶん十数冊分あるでしょう。それをたった1時間半の講演で話さなければならないので、ちょっとまとめる必要があります。

 

皆さんに「心はありますか?」と聞くと、全員「あります」と答えます。私も「あります」と言います。では「何処にあるのですか?」と聞くと、胸や頭を指す人が多いです。でも胸や頭を解剖しても「心」というものは出てきません。実際は自分の心は何処にあるのかも分からないのです。体は手とか足とか胴体とかちゃんと実体がありますが、心には実体がないのです。実体がないから「心は無いのか?」というとやはり心はあるのですね。

 

これは例えば「空(そら)」みたいなものです。私たちは上を見上げてそこに青い空があると思います。でも実際は地上から宇宙に続く「空間」が広がっているだけです。その空間には空気があり、雲もありますが「空」という実体は無いのですね。では「空は無いのか?」と言うとちゃんと空は上にあるのです。見たらそこに空が在るのが分かります。実体は無いけれども確かに在るというのはそういうことです。

 

私は筋トレに励んでいますが、「私の体が私の本質か?」と聞かれると、「いや私の体が私の本質ではない」と言います。私を私にしているのは私の「心」です。だから私という存在の本質は私の心にあるのですね。しかもその心には実体がありません。心は自分の心でも見えないし、何処にあるのかも分からないし、匂いもないし色もありません。この実体の無いものが私を私にしている本質なのです。掴みようがないこの心が「私」なのです。世の中ではその実体の無いものが「辛い」とか「悲しい」とか「嬉しい」と言っているのですね。

 

そういうことを考えなくても一生を終える事はできますが、そうなると自分という本質を一生知らずに終わる事になります。何十年も生きて来て自分の本質について何も知ることもなく終わるのですね。私は自分の本質について何も分からずに死ぬのは嫌だなあと思うので、色々考えてみるのです。そして修行を通して自分の心の本質を見ようと努力するのですね。この努力は実生活でも大変役に立ちます。

 

物理学というのはご存知の通り実体のある物に適用されます。宇宙の星でもガスでも塵でも実体のあるものに物理の法則が適用されるのですね。「実体」があるから「物理(物のことわり)」なのです。だから実体の無いものについては物理学は適用できません。「心」などはその良い例です。体は実体があるので物理の法則が適用されます。物理にはエントロピーの法則(エネルギー劣化の法則)があり、それが適用されて私たちの体は時間と共に劣化(老化)し、滅んで行きます。まあ死ぬわけですね。

 

でも「心」は実体がないので時間と共に滅びるということはありません。と言うことは、体は物理的に死んでもその人の心は実体が無いので死ぬ事は無いと思います。死なずに残るから輪廻転生もするでしょう。「心」が脳での電気信号と脳内物質を初めとする化学反応の結果だけで全部作られているとは思えません。

 

そういう側面もあるけれども、私の本質である心はそれだけでは無いのですね。どうしても実体の無いそれ以外の「何か」があるのです。その「何か」が私の本質の「核」だと思います。私はそれを「心のエネルギー体」と呼んでいるのですね。世の中ではそれを「魂」と呼んだりしています。これを否定して「修行だ。無心だ。科学だ。心がどうのこうの・・・」と言っていても、その心の修行は本質をはずしています。ただ修行の「形」を踏襲しているだけですね。いくらそれらしい格好をして厳かな雰囲気の中、坐禅などをしていても、これでは修行のコスプレです。

 

私たちが一生をかける価値があると思い、獲得するのに人生の膨大なエネルギーと時間を使い大切にするお金とか、家とか、社会的地位とか、名誉とかは、死ぬと同時にその人にとって一切その価値を失います。死人には何の価値も無くなるわけです。だから私はいずれ何の価値も無くなるものに生涯を使い、執着するのではなくて、体は死んでも残るであろう「心のエネルギー体」を生涯をかけて大切にして育てようと思ったのです。

 

私は自分の心を育てる事が、現世と言われる「今、此処」で私たちが生きている意味だと思いますよ。人がどうであれ、私は必ず時間が来れば価値が無くなる物に一生をかけるのではなくて、永遠に残っていく「心」という私の本質に一生をかけようと思います。まあこんなところが講演の内容になるでしょうね。振り返ってみると今日も良い日曜日でした。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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2018-06-16 06:04:29

天の力

テーマ:超自然現象

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出雲から帰ってから不思議な事が起こりっ放しです。しかも私にとっては良い事が起こっています。私がこうなればいいなと思っている事が次々に起こるのですね。先ず一週間の新規の予約がこの十年間で最高になりました。先週と今週を比べると明らかに大きな違いがあります。スタッフも驚いていて、「先生これなら毎年出雲大社に行ってください。」と言っています。それから無痛自律神経療法とお祓いの精度がまた格段に上がりました。これは私が望んでいた通りのことです。

 

これなら本当に毎年一回は出雲詣でに行かなくてはならないかなと思います。「こんな事が本当にあるのか?」と驚いています。今まで人生の中で何回も神社とかお寺にお参りしていますが、何かがそれで明らかに大きく変わったということはこの60年間で一度もありませんでした。だから神社仏閣にお参りなどするのは本人の気持ちの問題だと思っていましたが、今回は行く前と行った後で明らかに大きく違う物理的な結果が出ています。これなら旧約聖書の「脱エジプト記」で、モーゼが神に祈ると海が裂けて、対岸にイスラエルの民が海の底を通ってエジプト軍から逃れた事もまんざら作り話ではないなと思います。

 

新規の人の予約がこれだけ急激に増えたのは、出雲の神様が「縁結び」の神様で、私が本当にお役に立てる人との縁を結んでくれているのだと思います。本当にありがたい事です。今週の火曜日に1年近く原因不明で体が猛烈にかゆくなる人が来ました。体中をかきむしって傷だらけです。もちろんあちこちの病院に行っていたのですが全く治る事はありませんでした。

 

それが1回の無痛自律神経療法とお祓いでピタリとかゆみが止まりました。念のために後2回来ていただいたのですが、全くかゆみは出ていません。「もう大丈夫だと思います。」と言って、何かあれば電話して貰う事にしました。昨日その人の奥さんと同じ職場で働いている人に聞いた話ですが、本人は私が神だと思っているそうです。

 

でも私はただ何でも神仏に拝めば結果が出るとは思いません。今回は私自身神仏に頼るつもりはさらさらなかったのに、色々な啓示が出雲大社からあって、私は向こうから呼ばれて行ったので、このような結果が出たのだと思います。しかも「こうして下さい。ああして下さい。」と何も神様にお願いはしていません。ただ感謝をしただけです。だからこういうことにおごることなく毎日私は私の精進を続けて行きます。

 

何でもかんでもうまく行くとは思っていませんが、必要な時に必要な分だけもし天の力が借りられるのなら、それだけでありがたいと思います。お釈迦様が言っていた「縁なき衆生は度し難い(縁の無い人は救いがたい)」ではありませんが、本当にご縁がある人が来て頂いてお役に立てればと思います。

 

昨日は筋トレでもまた嬉しい事がありました。ダンベルプレスで片手に各々40kgのダンベルを持って挙げることができるようになりました。そのスポーツジムには40kgのダンベルが最高でもうそれ以上はありません。今まで40kgのダンベルを使う人は居なかったのですが、私がジムでそれを使う最初の人になりました。かなり重いウエイトなのでトレーナーが二人がかりで見守ってくれたのですが、ちゃんと5回も挙げることができました。みなさん「おめでとうございます」と祝福してくれました。今年の終りまでに40kgを挙げられたらいいなと思っていましたが、半年で目標達成ですね。

 

今週は色々忙しくて夜にブログを書く元気がなかったのですが、今日の朝書けるようになって良かったです。私は「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が好きです。やれる事は全部やって、結果は天にお任せという意味です。今回の事で本当に天の意志はあると思います。出雲の神様ありがとうございます。これからも一生懸命仕事に修行に精進しますので、どうぞ見守っていてください。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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2018-06-13 03:54:46

出雲の神様、ありがとうございます!

テーマ:超自然現象

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出雲大社行ってきました!結論から言います。出雲大社は凄い。神様は居ます。本当に行って来て良かったです。先週の土曜日、午前中の仕事を終えてすぐに車で静岡空港まで行って、出雲空港行きの飛行機に乗りました。飛行時間は1時間ほどで、夕方5時過ぎに出雲に着いて6時前には出雲市駅前のホテルにチェックインできました。夜は外の居酒屋で食べたのですが、私が静岡から来たと聞いて居酒屋の大将や隣り合わせたお客さんが大変親切に出雲の事を色々教えてくれました。

 

次の日は朝早く起きて、ホテルで朝食を済ませた後、7時半に駅前から出雲大社行きの朝一番のバスに乗りました。朝早く行って人の少ない時にゆっくりと参拝したかったのです。8時には出雲大社に着きました。先ず大きな鳥居が見えてきて、「いよいよ来たな」と思いました。予想通りまだ参拝者はまばらで、朝の空気が新鮮でした。この日は降水確率が90%で傘を持っていったのですが、空は厚い雲に覆われていましたが雨は降っていません。

 

鳥居をくぐる前に先ず一礼して、鳥居をくぐり大社に続く長い参道を歩き始めました。出雲大社の参道は他の参道と違って先ず下り坂で始まります。参道に敷き詰められた小石を踏みながら歩いていきました。いよいよ大社の前に来て、水で手と口を清めて、大社前の鳥居でまた一礼して大社に入りました。拝殿の前に来ると、大きなしめ縄が張ってあります。その大きさに驚きましたが、お賽銭を入れて参拝しました。

 

出雲大社は他の神社と違い参拝の作法は2礼4拍手1礼です。普通神社は2礼2拍手1礼なので、4回手を叩くのが少し奇妙な感じがしました。参拝を終えて拝殿の横にある神話の説明ボードを読んでいた時です。いきなり私の左首から左肩にかけて強い電流のようなものが走りました。本当に何かが私の左肩に降りてきたような感覚でした。「ああ神様が来ているな」と私は思いました。私は「お呼びになったので来ましたよ。」と心の中で出雲の神様に言いました。1分ほどその感覚が続いた後すっとその感覚は無くなりました。でも大変強い感覚だったのでその1分間はその場に立ち尽くして動く事すらできませんでした。

 

後にも先にも不思議な事はこれだけでした。それから本殿に行ってまた参拝しました。私は心の中で感謝の気持ちを出雲の神様に言いました。本殿の周りを一周しながら要所要所で参拝をしてしばらく境内の中を散策しました。傘を持っているのですが、雨がパラパラと降って来てはすぐに止みます。結局最後まで傘をさすという事はありませんでした。台風の影響で土砂降りの雨を想像していたのですが、「これも出雲の神様のお陰かな」とまた感謝しました。

 

結局3時間ほど境内に居て、出雲大社を後にしました。大きな鳥居を出ると参道の両側にあるお土産やさんが店を開けています。人通りも多くなってにぎやかになっていました。私は何気に鳥居の近くにある勾玉(まがたま)の店に入りました。そこで今まで見たことも無い綺麗な石がありました。私はその美しさに引かれて、行く前に「出雲大社にいったら石を持って帰る」というメッセージがあった石とはこの事かなと思い、その石を購入しました。ちょっと高かったのですが奮発しました。

 

ラブラドライトという石なのですが、内側から光が出ているように見えて本当に綺麗です。電車の時間を見ると1時間に一本しか出ていません。時間があったので近くのカフェに入って美味しいコーヒーを飲みました。その時です。急に土砂降りの雨が降ってきました。私はますます出雲の神様が助けてくれているなと思いました。嘘みたいな本当の話です。時間になって外に出ると、また雨が止んでいます。それから出雲大社駅から電車に乗ってホテルに一旦帰りました。荷物を部屋に置いてホテルで昼食を食べました。

 

出雲は出雲そばが有名なのですが、やっぱりたんぱく質を摂りたかったのでホテルの食事にして、そばは食べませんでした。午後の時間が開いているので、前の夜居酒屋で教えられたとおりにJRで出雲市駅から松江まで出て国宝の松江城を見学する事にしました。電車に乗って気付いたのですが、ホテルの部屋に傘を忘れてきました。「しまった」と思いましたがしょうがありません。空はまだ厚い雲に覆われていていつ雨が降ってもおかしくありません。

 

その内電車から宍道湖の綺麗な景色が見えてきました。宍道湖は私が想像していたよりずっと大きな湖でした。1時間ほどで松江についてタクシーに乗って松江城に行きました。国宝であるだけに黒い立派な天守閣があります。もちろん天守閣に上がったのですが、そこからは松江の町を初め四方綺麗な景色が広がっています。なるほどそこにお城を築いたのがよく分かります。天守閣の中にも井戸があって篭城するにはよい城だなと思いました。

 

それでもまだ雨は降ってきません。それどころか薄日が差してきて程よい風も吹いていて、天守閣までの石段を登った割には汗もかきません。何とラッキーなのだろうと思いました。松江の町は町中にお城のお堀が巡らされています。そこで小さな船に乗ってお城のお堀めぐりをしました。1時間ほど武家屋敷などを見ながらお堀をめぐっていきます。これは大変よい松江観光になりました。

 

それからまた電車に乗って出雲市駅まで帰りました。結局その日は雨に降られる事はありませんでした。でも次の日は月曜日で朝から雨が降っていました。その日はホテルから空港までバスで行く予定です。雨は降っているのですが、傘をさすところはありません。空港に着いて少し時間があったので、またお土産などを買って空港で昼食をとりました。その間にどんどん雨が強くなっていきます。搭乗のチェックインを済ませてゲートに行くと、私が乗る飛行機が悪天候で着陸できない場合は欠航になりますとのアナウンスがありました。

 

「行きは良い良い帰りは怖い。いよいよ来たか」と思いましたが、無事飛行機は着陸してくれて、それに乗って静岡に帰ることができました。帰りの飛行機は台風の影響で揺れましたが殆ど寝ていました。ぐっすり寝て着陸の衝撃で起きたくらいです。静岡についてから先ず仕事場まで車で行って、スタッフにお土産を渡して、すぐにプロテインを作ってスポーツジムで筋トレをしました。その夜は7時から少し仕事が入っていて、2時間ほど時間があったので筋トレをしたのです。「えっ、帰ってきたばかりなのに筋トレに行くのですか?」とスタッフは驚いていました。

 

出雲から帰ってきて明らかに今までと違ったのは、新規の予約がいっぱい入ってきた事と、今日行った無痛自律神経療法の精度が上がったことです。期待通りのパワーアップがありました。これも私の肩に降りてきた出雲の神様のお陰でしょう。私の中で神仏習合が達成できたのだと思います。

 

予想通りと言うか、期待通りの結果で驚いています。今日も新規の予約の電話がいっぱい入りました。こういうこともあるのですね。こういう見えない次元の人生における影響というのは大きなものだと常々思っていましたが、出雲の神様に呼ばれるままに出雲詣でに行って本当に良かったです。これからもまた一段と心身の悩みで困っている人のお役に立てればと思います。出雲の神様、本当にありがとうございました。それから親切にしていただいた出雲と松江の皆さんありがとうございました。またもう一度行きたいと思っています。

 

合掌

 

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2018-06-08 22:57:55

私の神仏習合

テーマ:超自然現象

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いよいよ明日、出雲大社に行きます。来週の月曜日に帰ってきます。梅雨前線が活発化していて、台風も近づいていますが行きます。出雲大社の天気予報も雨ですが、傘を持っていきます。だからどうしても行くのですね。以前のブログに書いたように、不思議なほど色々な啓示があって、出雲大社の神様が呼んでいますので、私は行かなければならないのです。

 

振り返ってみれば、私が初めて中村和尚に会った時も、メチャメチャ寒くて西日本に大雪の予報が出ていた時です。沖縄では雪が降りました。「延期したら?」とも言われたのですが行きました。本当に大雪でしたが、それでも行く先々で天気に恵まれ、結局帰りの新幹線が米原の雪で遅れただけで全く大雪の影響は受けませんでした。でもその分も計算に入れていたので、帰ってからの仕事には間に合いました。

 

今回も同じようになってくれればいいなとは思いますが、天気予報的には絶対雨が降りますね。まあ雨の出雲大社も良いものでしょう。とりあえず行ってみるというのはいいですね。行ってもただお参りして帰ってくるだけかもしれません。また夢枕に大国主命の神様が出てくるかもしれません。そうなれば凄いですね。もしかしたら私の人生がまた変わるほどの事が起こるかもしれません。考えているだけでもワクワクします。

 

普段忙しくしているので、私にとってはよい休養の時間です。明日から3日間トレーニングはできないので、今日の昼に思いっきり筋トレで身体を追い込んできました。出雲大社から帰ったら、またダンベルプレスで自己最高にトライしてみようと思っています。自己最高がスポーツジムにある40kgの一番重いダンベルですから、しばらくはそれ以上はないのですね。まだ誰も使っていないのでうっすらほこりをかぶっていますが、それを片手にそれぞれ持って挙げるのが目標です。

 

台風が近づいているので、帰りの飛行機がちゃんと着陸してくれる事を祈っています。たぶんちゃんと着陸してくれる事でしょう。天気は悪いけどとっても楽しみです。帰ってきたら出雲大社で何があったか報告しますね。楽しみにしていてください。実際私が楽しみなのは、帰ってから私の仕事の精度が上がってくれることです。それは私の力が向上したことになります。それで困っている人が助かるのならば、私は神頼みでも何でもしますよ。明治時代に神道と仏教が分けられるまでは、日本は神様と仏様は神仏習合で同じでしたから。私の中で神仏習合が起こると思うと楽しいですね。では行ってきます。

 

合掌

 

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2018-06-07 07:08:05

幸せは何処にある?

テーマ:人格、人間力

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昨日は午後の仕事が忙しくて分単位の仕事になりました。もちろん昼休みは筋トレに行っていたのですが、時間に追われてトレーニングをしていました。まあこういう日もあって良いのです。今私のところにある会社の会長さんが来ているのですが、その症状がやる気が出ないという症状です。まあうつのような症状です。78歳でその割には体は若くて元気そうに見えるのですが、やる気が出なくて困っておられるのです。

 

話を聞くと65歳で娘婿に社長の座を譲って、結構悠々自適に過ごされてきたみたいですが、本人はあまり幸せではないのですね。気持ちが落ち込んでいるのです。世の中一般に言われる成功というものを手に入れて、経済的にも社会的にも何の問題も無く過ごしている人が幸せを感じられないというのはどういうことでしょう?別に家族内に問題があるわけでもなさそうです。それでも気持ちは落ち込み、身体に原因不明の痛みを感じているのです。

 

私はこの人に気持ちが良く分かります。私も昔外資の社長をしている時に同じような気持ちになったことがあります。日本で現地法人を立ち上げている時は一生懸命で落ち込む事などなかったのですが、事業が軌道に乗り、毎年20億円の売り上げが出るようになって、しかも本社の工場の生産キャパがいっぱいになって、それ以上注文を取っても作れなくなって、利益も多過ぎるくらい出るようになって、今の現状を保っていけば何の問題も無いとなった時に、毎日会社に行くのが嫌になりました。手形にハンコを押すのと、「お金を借りてくれ」と言いに来る銀行の相手をするのが仕事になった時、本当につまらなくなったのです。

 

お金はあるし、社会的地位はあるし、家もあるし、東京の恵比寿にあるカッコ良いワンフロアー貸し切りのオフィスに居て、世界中をファーストクラスで飛び回りながら、一般に成功と言われるものを全部手に入れた時に、「世の中ではこんな程度のことを成功といっているのか?」と思いました。それを追い求めて頑張ってきたのですね。まだ40歳くらいで若かったので、これを60歳で退職するまで続けていくのかと思うと気持ちがどんどん落ち込んでいったものです。豊臣秀吉は天下人になってから、いつも切れて怒っていて、イエスマンに囲まれて誰も信用できずに、どう見ても幸せではなかったという事ですが、それが良く分かります。ある意味「終わった人」になるのですね。

 

幸いアメリカ本社の敵対買収騒ぎで社長をクビになったので、そのつまらないと思う人生は終わりになりましたが、でもいざクビになった時はもっと落ち込みました。それから仏道に出会い、修行で自分の心や価値観が変わっていって、10年間は苦労しましたが、自分で起業した事業もまあまあ軌道に乗って、本なども書くようになって、今は毎日幸せを感じて生きていけるようになりました。

 

もちろん昔のような収入や社会的地位などはありませんが、元々あまり自分が儲けようとも思っていませんし、社会的地位など糞食らえと思っています。それでも経済的に困るという事は今のところないし、心身の不調で困っている人様のお役に立てて嬉しいし、毎日の生活は外資の社長をしている時より100倍充実していて本当にありがたいと思います。昔と今と何が違うのかと言うと、昔は自分の外にあるのもの、例えばお金とか、社会的地位とかに幸せを求めていたのですが、今は自分の中にあるもの、「心」に幸せを求めるようになったのです。それが大きな違いですね。

 

そのような話をその会長さんにも無痛自律神経療法を施しながら話しました。何か気付かれることがあったのか、また自律神経のバランスが取れて心に余裕ができたのか、2日目の朝から体の痛みが無くなり、急にやる気が出てきて元気になりました。本当の幸せは自分の外にあるのではなくて、自分の内なる心の中にあるのです。

 

偶然にも来月地元の信用金庫から頼まれている地元企業の経営者への講演に、その会長さんも出席するそうです。私が考えていた講演の落ちを先に話して、「しまった}と思いましたが、まあその人が救われたのならばそれも良いでしょう。幸せは自分の外にあるのではなくて、心の中にある。これは永遠の真理ですね。

 

合掌

 

仏光

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2018-06-03 22:14:03

欲の深い人間ほど死を恐れる

テーマ:自我を無くす

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今日は日曜日で水泳に行ってきました。昨日は筋トレだったのですが、最近ますます調子がいいです。血圧も安定していて1000m泳いでから計ったら117/72でした。1年少し前は190/110だったので本当に高血圧も治ったことになります。病院にも行かず、薬も飲まず、正しい事をすれば、ちゃんと体は自然の摂理に沿って治るものなのです。「血圧の薬を一生のみ続けてください。」と病院で言われるのと大違いですね。

 

もちろんそこには適切な運動と食事の管理というものがあるのですが、それだけではありません。一番大切なのは心の状態なのです。私は自分の中に自分の病を治す力がちゃんと備わっているということをよく理解し信じていますので、私が信じたとおりに私の自己回復力が機能して自分の病を治してくれるのです。そしてその力は誰にでも備わっているのですね。

 

ところが多くの人がそういう真理を知らず、また知っていたとしても頭で理解しているだけで、実際に何か心身に症状が出ると心配になってすぐに病院に行くのですね。そして色々な薬を処方されて、その薬で自分の身体を害していくのです。元々自分で自分の病気が治せると信じていないのですね。そしてもっと言うならば現実はただ信じる信じ無いの問題だけではありません。

 

心の中に色々な欲や執着があると、ちょっとした症状でも自分の身体、自分の将来が心配になり、自分の自己回復力を信じるどころではなくなって、病院に駆け込んで何とかして貰おうとする思考、行動パターンに陥ります。心配というのは自分の我、欲、執着の裏返しなのです。欲や執着に比例して心配は大きくなります。それが自分では分からない人が多いですね。心配しながら、そして恐れながら、「いえ私は欲が深い、執着が強いということはありません。」と言います。分からないからそれが当たり前だと思っているのです。

 

でも欲の深い人間ほど心配をするようになります。最終的には欲の深い人間は死を恐れます。欲が深いというのは別にお金や資産、名誉欲だけの問題ではありません。全てにおいて執着心があるから心配にもなり、死も恐れるのです。私には孫がいますが、「その孫が大きくなる姿を見るまでは死ねない」などとは決して思いません。私は私、孫は孫です。孫に対する執着心などというものがないのですね。欲や執着心の強い人は決してそのようには思えません。

 

世の中には「やり残しているものがあるので、このままでは死ねない」と思っている人が多くいます。そういうものが無くても生に対する執着心がとっても強くて、死ぬことを異常なまでに恐れる人もいます。我欲を無くすというのは、別に清貧に甘んじて「小欲知足、欲を少なくして足るを知る」でショロショロ生きていくだけの問題ではないのですね。執着が無ければ別にいっぱいお金があっても良いのです。

 

お金があっても無くてもお金に執着が無ければ苦しむ事はありません。道場で座禅をやっていた時に、自分の世の中で生きていく実力の無さを「清貧」という言葉で都合よくごまかしていた人間も居ました。今から思うと面白過ぎてへそが茶を沸かします。

 

結局は色々なものに対する執着心があると、自分の健康だけではなくて、色々なことが心配になり、その色々な心配で人生が苦しくなり、病院や寺などどこかに行けばその苦しみを取って貰えると思い、一生右往左往しながら人生を過ごし、そして死を恐れながら結局は一度も人生で安心する事もなく、自分が恐れた通りに死んでいきます。不健康や苦しみの根本的な原因が、自分の心の境涯にあると分からないのですね。

 

私は毎日体を人並み以上に鍛えていますが、いつも自分の体がパーフェクトでなければ嫌だという事はありません。痛いところがあっても、体の調子が良くなくても、トレーニング方法を変えたり、休んだりして治そうとはしますが、それが心配になるということはありません。

 

一生懸命身体を鍛えながら、自分の身体に執着するという事が無いからです。どうせ何時かは自分の回復力で体は良くなります。もっと言えば体みたいなものは、どうせ遅かれ早かれ年齢と共に衰えて機能を停止します。

 

それが分かっていて、でも今日は元気なので身体を鍛えているのですね。だから明日私にガンが見つかったとしても、「こんなに身体を鍛えたのに・・・」などとは思いません。どうせ明日死んでも文句はないと思っていますから、私はそのガンで死にます。逆に欲や執着心が少なくなると苦しみが少なくなります。心配や恐れがないので、心身も健康になります。これが真実なのですね。

 

欲や執着心があると心配や恐れで自分が潰れそうになります。そして実際に心配や恐れで体の健康を害して潰れて行きます。だから「小欲知足」とは何も貧乏に生きろということではありません。我欲や執着心を少なくし、心配や恐れを少なくして、その結果として安心を得て苦しみから逃れる方法を説いているのです。これを表面的な理屈だけで分かったつもりになっている人間は自分の実力のなさを「清貧」でごまかします。そして欲が少ないから貧乏で良いという間違いを犯します。

 

一生懸命働いて、自分の才能を活かしてお金がいっぱい入ってくるのなら、それはそれで良いのです。立派なものです。でもそのお金に執着しないのが心の境涯の高さなのですね。お金が無くても同じです。お金が無いことに自分の心が執着せずに、笑って次に何とかしようと思っていられるのが心の境涯の高さです。適切な運動や食事の管理をしながら、どうせ何時かは衰えるものと自分の身体に執着しない。それが仏道修行という心のトレーニングの成果です。

 

少々の症状は気にならない。生に執着して死を恐れることも無い。そういう心の境涯が心配を無くし苦しみを少なくしていくのです。これが自我を少なくする。欲や執着心を少なくする最終目的地です。そして結果的にはそういう人がより運に恵まれ、お金に恵まれ、健康にも恵まれると私は思いますよ。それも真実ですね。

 

合掌

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2018-06-02 08:07:46

心と健康

テーマ:超自然現象

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昨日は午前中に時間があったのでたまっていた仕事を片付けました。来月地元の信用金庫から経営者の会での講演を頼まれていて、そこで私の本を参加者に配るということで、その本に私がサインすることになっていました。何十冊もあるので暇な時にやろうと思っていて、昨日の午前中に済ませました。何かすっきりした気分になりました。講演の題名は「心と健康、(心身一如)」と決まっているのですが、内容についてはまだ考えていません。

 

私は講演をするのに一切原稿は書かないし使いません。話で漏らしてはいけない事を箇条書きにするだけです。今回は1時間半の講演を頼まれているので、聞いている人が引き込まれるような話をどのようにしていくのかこれから考えます。まあこういうことを考えるのは私にとっては楽しい時間です。話す内容はいくらでもあるのですが、今回は私が自分の糖尿病と高血圧を薬一かけらも飲まずに3週間で直した話もデータを持っていってするつもりです。

 

どうしても私の人生に対する考えも話してくれと言われているので、それをどのようにしようかなと考えています。まあ私のブログを見ていただいたら分かるように、話す事にはこと欠かないのですが、1時間半に収めるのが難しいのですね。これから考えます。

 

さて、2日前に15年間うつでつい最近まで引きこもりをしていた50代の女性が私のところに来られました。無痛自律神経療法を施したのですが、終わると「体の重さが半分になったように感じます。15年ぶりに頭が軽くなりました」と言われました。15年間病院に通い続けて一日の殆どを寝て過ごしていたそうです。昨日も来られたのですが、家で長年していなかった料理や掃除をいきなりしたそうです。顔の表情も明るくなってやる気満々です。

 

1回で此処まで回復した人も珍しいのですが、本当に楽しそうで良かったと思いました。「この15年間は一体何だったのだろう?」と言われていました。失われた15年間ですね。その女性がいきなり「私には人の死期が分かります」と言われました。知っている人の死期がなぜか分かってぴったり当たるそうです。何月何日何時まで分かるそうで、今まで外れた事はないといっていました。何か怖い話ですが私は知りたくないので、「私の死期が分かりますか?」とは聞きませんでした。

 

その女性が最近自分の死期も分かったそうです。あと5年で死ぬ事になるといっていました。その時の情景も出て来るそうで、病院で家族など6人の人に囲まれながら死ぬそうです。そして全然苦しくないのに死ぬと言っていました。私は「あなたの死期は今回回復してきた事で変わると思いますよ。」と言いました。その女性も「こんなに元気になるのならもっと生きていたい。そして失われた15年間を取り戻したい。やりたいことがいっぱいあります。」と言っておられました。

 

私はそうなると思います。此処でその女性の人生が変ると思いました。うつのままなら5年後でもいいのかもしれませんが、元気になると生きていたいものです。今日はその人の息子さんが私のところに来ます。彼もうつだそうです。娘さんも昨年末からうつで私のところに今週のはじめに来て1回でみるみる回復したのを見て、その女性も来たのですが、一家みんなが元気になって長生きして貰いたいと思います。

 

こういう才能を天が私に与えてくれて本当に感謝します。人は誰でも何時かは死にますが、死ぬ前の日まで充実した人生を送っていくのが人生の本望だと私は思います。でも世の中には不思議な話があるものですね。でも一番不思議なのはこの私かもしれませんね。

 

合掌

 

仏光

 

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2018-05-30 23:13:17

チャンスはピンチの顔をしてやってくる

テーマ:悩まない道

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今日は低気圧のせいか、昼前にちょっと目まいが来るような感じがしました。昼のトレーニングをどうしようかなと思いましたが、午前の仕事が終わってから時間があったのでゲストハウスに戻ると、右耳に今まで経験した事もない凄い低周波の響きがある耳鳴りがして、それから寝てしまいました。10分ほど寝たみたいですが、目が覚めると頭も体もすっきりしていました。「これなら行ける」と思ってスポーツジムに行きました。

 

軽くウォーミングアップをしていると、調子が出てきたのでダンベルを使っていつものトレーニングを始めました。結局最後にダンベルプレスで左右片手に各々38kgのダンベルを持って6回3セット挙げる事ができました。これは私の新記録です。とても嬉しかったですね。ジムには数々のダンベルがあるのですが、40kgが最高です。たぶん来月くらいには40kgを挙げる事ができると思います。その先がもう無いのですが、スポーツジムにお願いしてもっと重いダンベルを買い揃えてもらうつもりです。

 

でも38kg以上のダンベルは殆ど誰も使わないのでほこりをかぶっています。私だけのために買って貰えるかどうかは分かりません。まあその時はその時です。ウエイトトレーニングは自分が正しく努力した分、結果を得られるので楽しいのですが、人生ではそうは行きません。一生懸命努力しても結果が得られない時があります。仕事でもそうですが、何がいけなかったのかその時には分かりません。

 

悔しい思いをしますが、どうしても結果が出ないのですね。私の仕事の場合、心身に痛みがある人を100%回復させる事ができれば、それは神の領域なのですが、今のところ回復率は95%くらいで100%ということにはなりません。だから常に100%を目標に頑張るのですが、残り5%の壁を未だに乗り越える事はできません。もしかしたら私は永遠に仕事に満足する事はないかもしれません。

 

でもこれが私にとっては仕事に対するモチベーションを上げる事につながっています。そして自分が調子に乗ることも防いでくれます。うまく行く事から学ぶことより、うまく行かない事から学ぶことが多いと思います。自分を向上させてくれるのは、順風ではなくて逆風なのですね。逆風は嫌ですが、逆風だからこそ、それを乗り越えようと思い、結果として自分の向上につながる事はいっぱいあると思います。

 

困難を乗り越えると力になります。乗り越えられない困難もありますが、他の選択肢もあるし、生きていればそこから学ぶ事は多いのです。困難に出会うと、その時は気持ちが萎えそうになりますが、気を取り直してその困難を乗り越えるために、またその困難を迂回するために色々な選択肢を考えて試すのですね。その時は結果が出なくても、そのような心の姿勢が自分を向上させてくれます。考えてみると仕事でも数年前にはできなかった事が、今はできるようになっています。

 

過去を振り返って、「ああ、あの時この方法が分かっていれば、あの人も救える事ができたのに・・・」と思うことが記憶の中に多々あります。気持ちとしては困難は無い方が良いのですが、現実的には困難が無いとなかなか仕事も人格も向上することがありません。順風満帆の人生で、素晴らしい人格を作り上げるというのは現実的には無理なのですね。苦労をするからこそ人にも優しくなれるし、人の痛みも分かるようになります。それが慈悲心につながっていきます。

 

「困難が嫌だ、苦労が嫌だ」と逃げ回っていても、人生では困難や苦労は向こうからやって来ます。それならば気を取り直して、こちらから困難や苦労に向かっていくしかないのですね。困難や苦労に立ち向かうのに、「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」という名言があります。

 

以前のブログにこの言葉を何回か使いましたが、この歳になってこの言葉の良さが良く分かります。ピンチに陥った時に、「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」と自分に言い聞かすと力が湧いてきます。そして困難に立ち向かえる事ができるのですね。ピンチに陥ったからこそ大きく飛躍した会社や人が多くいます。「チャンスはピンチの顔をしてやってくる。」これは大変良い言葉であり、そして真理だと思いますよ。

 

合掌

 

仏光

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2018-05-28 00:31:37

心の自由を守る

テーマ:こんな生き方も有り

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今日は日曜日で、東京からの客人と近くの箱根にある岡田美術館に行ってきました。5年前にできた美術館ですが、その内容の素晴らしさに驚きました。通常の展示の他に私の好きな日本のゴーギャンと言われている田中一村の絵を展示していたので見に行きました。入場料金は少し高かったのですが、それ以上にその内容の素晴らしさに感嘆しました。もちろんその後に水泳に行きました。

 

こういう休日の過ごし方は本当にいいなと思います。特に景徳鎮の焼き物の数々や、伊藤若冲などの江戸時代の日本画をゆっくり見ることができて嬉しかったです。今まで写真や映像でしか見ていない美術品の本物を見るのは本当に勉強になります。昔は私も絵を描いていましたが、今は忙しくて絵を書く時間はありません。本物を見るだけでも人生の良い経験と思います。

 

これらの絵を書いていた人は本当に心が自由だなと思います。田中一村などは絵を描くために奄美大島の工場で働いて、安い給料で絵の具を買って、まあ極貧の生活をしながら好きな絵を描き続けています。自分の好きなものに人生の全てをかけているのですね。お金を儲けようとか、有名になろうとか、そういう動機で書いているわけではなく、ただ純粋にそして素直な心で絵を描く人生を生きているのが、その作品からにじみ出ています。

 

私が心を共にする大好きな仲間と、大好きな美術品を鑑賞していくのは大変贅沢な時間だなと思いました。私の後半生は忙しくなりそうなので、もう絵を描くことも無いかもしれませんが、私は私なりに今の仕事や修行で純粋に、そして素直に生きて生きたいと思います。

 

いよいよ来月は私が書いた英語の本、「100 steps to the enlightenment with Buddha's wisdom」のサンプル製本が出来上がりる予定です。全世界へのマーケッティングはこれからですが、お金儲けや名誉のためではなく、この本で少しでも多くの人が平穏な心を取り戻せたらと思います。

 

英語圏の殆どの人には今まで触れたことも無いお釈迦様の智慧や考え、生き方を私の解説と共に書いた本です。これも私のライフワークの一つですね。自由であるというのは、自分の信じるものに基づき、自分で自分の人生を創っていくことだと私は思います。もちろんそれには食べていけなくなるリスクが付きまといますが、それでもやってみるのが私の生き方です。今の事業を起業した時にも、「これで食べていけるのかな?」といつも不安が付きまとっていました。

 

それでも自分の自由な生き方を求めて、一生懸命やっていると何とかなるものです。私は自分の身の安全を計るために理不尽な権力や周りの環境に服従するのは大嫌いなので、リスクをとってまでも自由な生き方を求めてきました。世間一般では「まあ正論はそうであっても実際世の中では・・・・ウニウニ」となるのですが、今回の日大の問題は理不尽な権力や力関係に、追い詰められた選手が服従した結果起こったものです。

 

これは日大だけの問題ではなくて、会社や官僚組織などを見ると、日本人のメンタリティーと社会構造の問題だと思います。長い封建制度の歴史を持つ国だから、どうしても権力に服従する。そして権力を得たがる心の癖がついているのですね。そのようにして1000年以上も自分の身の安全を守ってきたのです。私が一番嫌いな言葉が「老獪」という言葉です。経験を積んだ人間が、あの手この手を使いながら、うまく自分のために、自分が得をするように生きていこうとする生き方ですね。

 

それが当たり前だと思う人は、どうぞ服従して生きて頂いていて良いのですが、私はたった一回の人生だからリスクをとっても服従するような生き方はごめんこうむりたいと思います。心の自由を本当に求めていくと、理不尽な制度や上司の下で生きようなどとは思わないものです。これは仕事だけではなくて、仏道修行も同じです。口で何と言おうと、その本質が見えたのならば、私は自分の心の自由を束縛するようなところで自分を殺してまで間違ったものに服従しながら生きようとは思いません。

 

ある人から「それで食えなくなったらどうするのですか?」と聞かれたことがありますが、「食えなくなったら食わんででよろしい。」と答えました。それを聞いた相手の人は「ゲッ!」と言っていましたね。明日死んでも文句はないと思って生きていますので、一生懸命働いて生きた後で、もしそういう日が来たのならば、それは天命だと私は思いますよ。

 

私はアメリカの上場企業で役員や現地法人の社長をしてきましたから、どのように立ち回ればお金が儲かって身の安全を図れるのかは百も承知しています。やろうと思えばいつでもできると思いますよ。でもそれが私の信条と相反するものであるなら、昔と違って私はお金や名誉などより、私の心の自由を守ります。今のところ一生懸命生きていると、必要なものは必要な分だけ向こうからやってきますので、そのような心配はしていません。

 

何の後ろ盾も無く、また組織や制度に守られるのでもなく、自分の才能と腕だけを頼りに、これからも私は私の信条に基づいて私の心の自由を守りながらこの世を生きて行きます。決してこれは楽な生き方ではありません。そして現実にはなかなかできないのも分かります。でも本当に自分が正しいと思うならば不本意に思いながらも何かに服従して生きていくより、勇気を出して自分の道を生きた方が100倍幸せです。私の教室で学んだ後、独立してラーメン店を開いた人がちゃんと成功されています。

 

これは言うのは簡単ですが、現実に行うのは大変です。それでも多くの人が目を覚まして、自分の人生を納得しながら生きて行って欲しいと願います。どうせ長い長い輪廻転生の中では、この世に生きている時間はほんのわずかです。物や名誉、権力に支配される事なく、心の自由を守りながら毎日を生きて行きたいですね。

 

合掌

 

仏光

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2018-05-25 00:19:11

宮川君、ありがとう!

テーマ:人格、人間力

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今日は木曜日でスポーツジムが休み。ゆっくりと身体を休ませました。昨夜もトータルで8時間半くらい寝ました。ゆっくりと寝られたお陰で体の調子は大変良いです。明日はベンチプレスを初め、ベントロウ、ラットプルなどできるだけ重いウエイトを使ってやってみます。それを考えているだけでも楽しくなります。小さい頃からスポーツに親しんできましたが、60歳を越えても子供の頃のように運動は楽しいです。今私は一生アスリートでありたいと願っています。

 

日大のアメフトの問題が世間を揺るがしていますが、日大の内田監督やコーチ、それから理事長のニュースを見るたびにアスリートとして腹が立ちます。たぶん日本国民の殆どが同じように思っておられると思います。私はアメリカの大学時代に1シーズンだけアメフトのチームにフィールドゴールキッカーとして在籍してプレーしていました。私の大学は全米大学体育協会、NCAAのデビジョン2のリーグに所属していました。私は大学のサッカー選手でしたが、キッカーが怪我をして頼まれてアメフトのチームに入りました。ちなみにサッカー部の監督はキリスト教の牧師さんで大した人格者でした。

 

そこで初めてアメフトというものを体験し、アメフトの過酷なトレーニングもチームの一員としてやりました。でもその環境や風土は私がテレビで見る日本の体育会系とは全くかけ離れていました。アメリカの体育会系の風土は自由奔放で、先ず日本で見られるような先輩、後輩という概念すらありません。良い選手がプレーするだけです。だからみんな試合に出たいから一生懸命練習します。上下関係などはありません。コーチに気に入られるとか、気に入られないとかは、実力と人間性で決まります。みんなジョークは凄いけれども、まじめなプレイヤーばかりでした。指導者も大変良かったと思います。

 

スポーツだからゲーム中はもちろん反則もありますが、意図的な反則はなかったと思うし、ましてやコーチが反則を指示する事などありません。そんな事をすればNCAAから即刻追放です。意図的と言えばプレーが終わってから殴りあいになったことがありました。もちろん当事者は退場で出場停止処分です。日本のアメフト大学一位を決める甲子園ボウルなどをテレビで見ていると、その体格からしてアメリカの高校生がプレーしているように見えます。

 

私の大学はデビジョン2なのでアメリカでは二流ですが、それでも身長2mくらいで体重が100kgを越えるチームメイトが凄いスピードで動き、ぶつかり合うのを目の前で見ていて圧倒されました。私は100m走が11秒5で足が速い方でしたが、あんな大男が凄いスピードで走るのを生まれてはじめて見ました。

 

日大は日本では一位らしいですが、もし私が所属していた大学チームと対戦したら負けていたと思います。それほど実際にアメリカの大学のアメフトはその体格、スピードだけでもすさまじいものがあります。アメフトだから相手をつぶしにかかるけど、アスリートとしてみんなタフで陽気で紳士でしたね。私はその中では小さくてちょっと場違いでしたが、みんなチームメイトとして仲良くしてくれました。

 

私はキッカーでタックルはされないという事でサッカーチームから助っ人に行ったのですが、大変良い経験になったと思います。確かに一度もタックルされませんでした。もしあんな大男にタックルされていたら殺されていた事でしょう。今している筋トレも大学のアメフトのチームメイトと一緒にトレーニングルームでコーチの指導の下学んだものです。彼らが使っているウエイトは尋常ではありませんでした。まるでゴリラが筋トレしているようなものです。

 

日本の体育会系の文化というのは見ていると上下関係が当たり前でパワハラそのものですね。アメフトだけではなく、女子レスリングや相撲協会やスポーツのあり方がおかしいと思います。もちろんみんながみんなそうではありませんが、今回一連の日大のニュースを見ていてそのように思いました。アスリートとして一番大切なフェアプレーの精神を見失っています。

 

それはさて置き、日大の理事長や理事というのはこんな程度の頭と人格の人間がしているのかと本当に驚きました。自分を守るために常軌を逸したあまりにも見苦しい言動で、これでは学生を指導する人間でもないし、大学組織自体、学校とは言えないと思います。これが今の日大の実情なのですね。本当に情けない。日本のスポーツのあり方はこれから一人一人が意識して変えていかなくてはならないと思います。

 

私は普段からいざと言う時に本質が出ると言っています。日大の監督、コーチも、日大の組織もこのいざと言う時にその本質を露呈したのです。普段は偉そうにしていても一皮剥けばこんな程度の人間がやっているのです。まあどんな組織も自分が偉いと思い込んでいる人間が上に立つと、その組織と組織に居る人間は時間をかけて腐っていきます。

 

だから政治家も官僚組織も大会社の組織も時間をかけて腐っていくのです。悪いと分かっていても下っ端は上司から指示されて不正な事をする。そしてそれがバレると上司は責任逃れに走るのですね。どうしようもなくなってもし責任を取って辞任したとしても、退職金やその他の制度で後の生活ができるようにウニウニ画策します。でも日大は今回このようなウミが出てきて、みんなにその本質が分かって良かったと思います。

 

唯一の救いは反則をした日大の宮川君ですね。会見を開いた彼は人間として立派だったと思いますよ。権力を持っている側の人間がその本質から腐っている屑で、宮川君は純粋で素直で人間として立派です。これから日本のあちらこちらで宮川君のような純粋で素直な人間が、勇気を出して言うべきことを言い、活躍できる世の中にしていかなくてはなりません。彼のお陰で私はまだこの日本の良心に希望を保つ事ができました。宮川君、ありがとう!その純粋さ、素直さ、そして堂々と真実を話し行動する勇気を大人になっても決して失わないでくださいね。

 

合掌

 

仏光

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