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無事は奇跡

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昨日は祝日で休みですが、午前中はサイクリングで午後は仕事をしました。元々西伊豆の大瀬崎まで往復70kmを走る予定でしたが、風が強い予報だったので海岸線は避けて、結局また風の影響が比較的少ない森の中を走る十里木高原までヒルクライムをしてきました。

 

久しぶりの十里木高原でしたが、標高1000m近くまで結構軽く登ることができました。実質走行時間は1時間50分くらいで良いペースで登れたと思います。やはり登りは体が熱くなりますが、下りはウインドブレーカーを着ていても寒かったです。

 

さすがに途中のコンビニで熱いコーヒーを飲みました。この時期は本当にサイクリングに着ていく服が難しいです。上り坂の途中で地元の警察から、「凍結、スリップ注意!」の看板が立てられていて、もうすぐ十里木高原には登れなくなるなと思いました。もしかしたら昨日が今年最後の十里木になるかもしれません。

 

少し時間ができたので、午後の仕事前に近くのスポーツショップの自転車コーナーに、この時期用のサイクリングジャケットを買いに行きました。防風で保温が効いて、ストレッチ素材のジャケットがあったので購入しました。

 

今日の朝、早速新しいジャケットを着ていつものヒルクライムをしましたが、ほど良く体温が保てて、登りで汗もかかず良かったです。今週末のプロショップの100kmサンデーライドも、天城周辺の山を登るみたいなので着て行こうと思います。サイクリングの服で一番大切なのは体温を保ちつつ汗をかかないことです。

 

登りで汗をかくと下りで寒くなり、下手をすると低体温症になります。だからロードバイクでは汗をかかないのが基本ですね。でも幾分寒くなったとは言え、激坂を登りながら汗をかかないのは至難の業です。毎日天気予報の気温と風向き、風速を気を付けて見ています。

 

さて、昨日も無事に十里木高原まで登って、風が強くなってきた中を無事に下りてくることができました。最近毎日特に何事も無く過ぎていくことに感謝の念が湧きます。「無事是吉祥(ぶじこれきっしょう)」という言葉がありますが、無事であることはとってもラッキーなことなのですね。

 

大体災難は降って湧いたように起こります。予期していて起こる災難はあまりありませんが、いつものように過ごしている毎日の中で突然災難が起こるのです。

 

だから私はとりあえず何事も無く一日が終わると、天に感謝するようにしています。先日も法務局に提出した書類に不備があり、月曜日の昼休みの時間を利用して訂正に行きました。でも担当官の人が親切な人で、色々あったのですが無事に終わりました。

 

無事に終わったことにとっても感謝しています。法務局の書類は決まった用紙など無く、一から自分で作ります。普通なら書類の作成と申請に司法書士を使うのですが、私は自分でやっています。それだけでも何万から十数万円の節約になります。

 

煩雑ではあるけれども一つ一つやればそんなに難しいことでは無いし、私にとっては良い脳のトレーニングになります。ただやはりちょっと法律の知識不足で書類に不備がありました。でも今回も良い法律の勉強になったと思います。

 

このように人為的なもので、適切に対処すれば丸く収まるものは良いのですが、天災など全く予期しないことが起こる可能性が実は毎日あるのです。それが起こらないことに毎日感謝ですね。

 

若い頃は毎日何事も無い日々はつまらないと思っていましたが、身体に何の異常も無く、事業や生活や修行やトレーニングが何事も無く毎日続けられているのが、よく考えてみると奇跡のように思います。

 

足の小指一つ痛くても、いつものようにトレーニングや仕事や生活ができないのです。そういうこともなく毎日無事に過ぎて行ってくれていることは感謝に値すると思います。

 

ましてや事故なども無く、大きな病気も無く、痛みはトレーニングの筋肉痛くらいで、普通に仕事ができ、生活ができることは、気づくとこんなにありがたいことは無いのですね。「無事は奇跡」なのです。

 

それなのに人間はどうしても欲が出て、無事なのに「もっとこうなって欲しい。ああなって欲しい。」と思うのです。そんなことを思う前に、今の自分がまあまあ無事であれば、先ずはそこに感謝ですね。私は「無事是吉祥」の言葉通り、当り前のことが当たり前に起こるありがたさが身に染みて分かるようになりました。本当にありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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天命は変えられない。運命は変えられる。

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昨日は日曜日で休みでしたが、昼前からちょっと遠くの町で仕事が入っていたので、朝に狩野川の堤防を大仁まで往復40kmを自転車で走ってきました。久しぶりの平地でしたが、思うように速度が上がりません。途中で地味に逆風が吹いていることに気付きました。でも帰りはいつものように時速30km以上で帰って来ることができました。

 

毎日トレーニングをしているのですが、最初はぐんぐん力がついて行くのが分かります。でも今は日々それほど強くなっているという実感がありません。まだまだ強くなれるとは思うのですが、また何かを変えていかなければいけないみたいです。

 

自転車の場合、体重が軽い方が圧倒的に坂道とかは有利なので、もう少し体重を落とさなければならないのかなと思います。でも100kmくらいの距離を走ってから体重を計っても減ってはいないので、さてこれからどのようにすればいいのかまた工夫してみます。

 

基本的にはトレーニングの内容よりも、食べ物の問題だと思います。ただ食べる量を減らすのは簡単ですが、トレーニングに必要なエネルギーを摂取しながら体重を減らしていくのにはかなりの工夫が必要だと思います。そこが普通のダイエットとは違う所ですね。

 

あと体重が減るのは良いのだけれども、無理をすると自分の免疫力も下がってしまうので、かえって不健康な体になります。筋肉を落とすことなく、残っている皮下脂肪を燃焼させることを考えて色々試してみます。次の日曜日はプロショップの100kmサンデーライドがあるので参加する予定です。結構な登りもコースに含まれているみたいです。

 

元日本のトッププロの店長が、「大したことはありませんよ。」と言うのですが、元プロが言う「大したことはない」はいつも私にとっては大したことになります。でも当日の体調が普通であれば参加してみようと思います。

 

そうなると前日よりちょっと炭水化物を増やした食事にして、エネルギーを体に蓄積しなければなりません。また当日の補給食もエネルギーを切らさないためには大切です。たぶん参加者の中では私が最高齢になると思うので、皆さんの迷惑にならないようにできるだけ万全の準備をします。

 

私は、「明日死んでも文句はない」とか「長生きをしたいとは思わない」とかいつも言っていて、本当にそのように思っていますが、やっていることは長生きしそうなことばかりやっています。要するに自分が考えて言っていることと、やっていることが正反対なのですね。

 

まあ長生きしたいとは思いませんが、死ぬ前の日まで元気で居たいとは思っているので、そのための食事管理であり毎日のトレーニングです。今日の私は元気なので、もし明日死ねば私の思っていることは成就します。でもどこかで「随分長生きさせられるのではないかな?」と思っています。

 

世の中の変化のスピードが大変遅かった昔の時代ならば長生きしてもいいのですが、今は地球環境をはじめ世の中の変化が大変早くなってきました。特にインターネットが普及してからは、人類そのものがどんどん変化していると思います。

 

それが良い方向への変化ならば大歓迎なのですが、どんどん人が責任を取らずに無責任になり、人を批判攻撃して、自分の欲望の達成、または社会での自分の保身のために目をむいて頑張っている姿を見ると、「ああ長生きはしたくないな」と私は思います。世の中のこのような傾向はこれから加速度的に深まっていくと思います。

 

私個人の事を考えるといつ死んでもいいのですが、私を頼りにして、私の元に来ているいる方々の事を考えると、「なかなか死ねないな。死んだら迷惑かけるな。」と思います。

 

これは傲慢な気持ちで言っているのではなくて、来ている多くの人たちが「先生長生きしてください。私が困ります。」と言っているので、「たぶんそうなのかな」と思うのです。でもその多くの人は、私に長生きして欲しいというよりかは、「私が死ぬまで、先生は生きていてください。」という意味で言っていると思います。

 

長生きすると、人の身勝手さなど、長生きする分嫌なものもいっぱい見なければなりませんが、それが私の運命なのかもしれませんね。それを思うと「生きて行くのは大変だなあ」と思います。本当はそういうものを見たくないですからね。

 

人の寿命と言うのは生まれた時に既に決まっていると私は確信を持っています。短い寿命の人も居れば長い寿命の人も居ます。寿命でなければ、どんな重い病気でも死にませんが、寿命が来ればどんなに元気な人でも死にます。

 

寿命は天命なので変えることはできませんが、寿命が来るまでの人生は変えることができます。一生懸命生きれば、それだけのものが人生に返って来るし、そうでなければそうでない人生になるだけの話です。

 

人生というのは結局のところ、これは運命なのですね。人生で誰と出会うかとか、どのような体験をするかなど、運命だと私は思います。私が男であるとか、私の寿命が何年であるなどは天命ですが、どのような人生を歩むかというのは結局のところ運命であり、そしてその運命は自分の努力で変えることができます。

 

寿命とか性別とか、どの親の元に生まれるかなどの天命は変えようがありませんが、どのような人と一緒に居るかとか、どの学校に行くとか、どんな仕事をするとか、どんな生き方をするとか、これは自分である程度選択することができます。それによって自分の人生の運命が変わっていきます。

 

だから私は自分の運命を良い方に変えたいので、毎日できることを精一杯しているのですね。精一杯した上で、誰と出会うとか、何が起こるかというのが私の運命です。いい加減なことをしていて自分が出会う人達と、一生懸命やっている中で出会う人達はおのずと違ってきます。

 

いい加減な仕事をして得る結果と、一生懸命仕事をして得る結果は違います。だから運命は変えることができるのですね。何もしないで良い運命にありつきたいなどと思うのは虫が良すぎます。

 

自分の運命を良くしたいのであれば、その心構えと毎日の精進が大切です。天命は「これは天命である」とあきらめることができますが、運命は「これは運命である」とあきらめる必要はありません。自分の心がけと精進次第で良い運命を自分に引き寄せることができるのです。

 

ここまでブログを書いて、やっぱり何だかんだあっても私は修行やトレーニングを続けて長生きするのもいいかなと思いました。とりあえず良い運命が引き寄せられるように寿命が来るまで毎日頑張りますね。どうもそれが私の運命みたいです。

 

合掌

 

仏光

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独立自尊の精神

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昨日の血液検査の結果は特に大きな変化も無く、まあ可もなく不可もなくと言ったところです。以前から比べると随分健康になったものです。まさしくこれを「一病息災」と言うのですね。病気が一つあるからこそ、身体の状態に気を付けて、結果として健康に過ごしていくということです。

 

検査で何も異常がないと結構不摂生をして、ある時ドッカ~ンと脳梗塞などの大きな病気になったりします。私の場合は遺伝とは言え、糖尿病があったからこそ自分の健康管理に気を付けるようになり、今の健康な毎日があると思います。

 

食事の管理をしたり、ロードバイクのトレーニングを始めたりと、見方によっては糖尿病も私の人生に役立っているのですね。本当に人生というのは物事のとらえ方や対応によって、悪いことが良いことにつながっていくのです。「災い転じて福となる」ですね。何が幸いするのかは本当に分からないものです。

 

お陰様で今日も朝からガンガン自転車トレーニングをしてきました。でも最近は朝の気温が下がって、富士の裾野方面へのヒルクライムが寒くなってきました。今朝も手足の先がとっても冷たくなりしびれてきました。もう少しすると凍結などで山のヒルクライムはできなくなりますね。

 

まあそうなれば狩野川沿いの平地を走ることになるのですが、たぶんちょっと物足りなくなると思います。朝は仕方がないとしても、気温が上がる昼休みはできるだけヒルクライムを続けて行こうと思っています。

 

さて、私が今の私のような生き方ができるようになったのは、一つの考え、もしくは一つの言葉からです。その言葉とは「独立自尊」というものです。これは読んで字のごとく、誰にも、また何物にも頼らず、自分を頼りに自主独立で生きて行くという意味ですね。

 

組織や制度などにどっぷり浸かって、それを頼りに生きていると、その組織や制度が崩壊するともう生きていけなくなります。組織に属し、制度を利用していても「独立自尊」の精神があれば、いざとなった時でも何とか生き抜いていけます。

 

何も考えずに、あたかもそれが当たり前のようにして組織や制度にどっぷりつかっていると、それに頭からつま先まで依存するようになって、いつか足元をすくわれることになるのですね。

 

年金の金額が年々減って行って生活しにくくなっていくとか、大手企業に就職しても、業績が悪化してリストラに遭うというのもそうです。そして途端にもうどうして生きて行ったらいいのか分からなくなるということが起こるのです。組織や制度に頼らず、一人で生きて行くノウハウの蓄積がありませんからね。

 

私の場合は若い頃は会社を頼りに生きていましたが、50歳の時に自分で起業して今の経済基盤を作ってからは、頼りになるのは自分の力だけです。誰も助けてはくれません。厚生年金を払い続けてきましたが、年金を受け取れる歳になっても収入があるということで、年金の停止になり一銭も貰えません。したがって制度にも頼ることはありません。

 

健康の管理も自分で食事の管理やトレーニングをしているので、病院や薬を頼るということも全くありません。自分が頼りです。結局世の中で成功している人を見ると、人を頼って成功したという人はどの世界でもあまり聞いたことがありません。逆に人を頼って失敗した人は履いて捨てるほど居ます。

 

「自分には能力がない。力がない。」とすぐに自分を卑下して何かを頼る心のモードになる人が居ますが、それは間違いです。能力が無いなら人一倍努力するとか、少しでも自分の強みを見つけてそれを伸ばすとか、やはり「独立自尊」の精神が誰にでも必要なのですね。

 

もちろん心身に明らかな障害がある場合は組織や制度の助けが必要です。もしそうでないのであれば、一人一人愚痴や文句を垂れる前に自分で自分を救っていく努力をする必要があります。それが独立自尊の精神です。お釈迦様はこれを「自灯明(自分を頼りに生きて行け)」と言っています。

 

自灯明と独立自尊は同じだと私は思っています。「寄らば大樹の陰」と頭からつま先まで組織や制度にどっぷりつかりながら、自灯明も独立自尊もあり得ないのですね。制度に守られながら何事も無く一生が終わればいいのですが、これからの時代はもっと変化のスピードが上がるので、のんびりしていることはできないと思いますよ。

 

いざとなった時のために、またより充実した人生を歩むために、独立自尊の精神は一人一人に必要だと思います。私はこれからも自分を頼りに生きて行きますが、頼りがいのある自分を作るために、修行やトレーニングをはじめ毎日の精進が必要なのですね。

 

自分の人生です。「まあ自分はこんなものでいいや」と妥協する人はそれでもいいのですが、真に満足のいく人生を歩みたい人は、独立自尊の精神で自分で自分の道を切り開いていくしかそれを達成する方法はないのですね。真に頼れるのは自分自身なのです。お互いこれからも精進して頼りがいのある自分を作って行きましょうね。

 

合掌

 

仏光

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見える次元と見えない次元で作られていく一生

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昨日から血液検査に向けてトレーニングを控えています。朝は散歩がてらに町中の平地をロードバイクで8kmほど走りました。今日もその程度に抑えています。本当はガンガン走りたいけれども、まあこれも身体を休ませるのには良いかなと思います。その代わりと言っては何ですが、いつもより長い時間寝ています。

 

私は毎日を自分のベストで生きることを心がけています。だから一日の内でボーっとしている時間はあまりありません。私にとってはテレビやスマホの画面を見ている時間もボーっとしている時間に入りますので、全体としてはあまり画面などを見ている時間は無いのですね。

 

テレビのニュースすら、ろくでもない情報を自分に入れないようにあまり見ません。必要なニュースはインターネットで動画ではなく記事で読みます。ましてやバラエティー番組などを見ることは絶対ありません。だから自分の周りで何が起こっているのかすぐに知ることはありませんが、大きな事件や事故、災害などは誰かがすぐに教えてくれます。今のところそれで十分ですね。

 

私がこのような一日を過ごすようになったのは、今自分がこの世という次元で生きて色々経験しているのは、全体から見ればほんの一瞬の事だと思うからです。この全体というのは、私達は今生きているこの世と呼んでいる次元に生まれる前にも、違う次元で存在していたと思うし、私達がこの世で死んでからも精神のみの生命体(霊と一般的には呼ばれている)となって、存在し続けることが分かったからです。

 

昨日も年配の女性で10年間、足が痛くて座っている状態からすぐに立ち上がることすらできなかった人が、私のお祓いの後、まったく痛みを感じずにさっと立ち上がることができるようになりました。私がお祓いで「霊」と一般的に呼ばれている存在を取り除いたからそのように目の前で足が良くなったのですね。これにかかった時間は3分くらいです。

 

本人はびっくりしていましたが、10年間も痛い人が3分で良くなるのは、やはり霊と呼ばれるものが厳然として存在しているからです。このようなことが別にその人だけではなくて、朝から晩まで何人もの人において私のオフィスで起こります。

 

この目の前で起こる事実を客観的に見れば、私達もこの世で肉体は死んでも精神のみの生命体として、この次元または違う次元で存在し続けることになるという結論に達します。まあこれが現実なのでしょうね。

 

今でも多くの人が「自分が死んだら全部終わる」と思っています。「あの世…」などと口では言っていますが、本心はそのようなものが存在する確たる証拠は無いし、現実問題として自分が死んだらそれで終わりということを無意識な前提として、この世での自分の人生というものを、少しでも良い思いをしようとして生きています。

 

正月になれば初詣に行って、見えない存在に対して「どうぞ自分と自分の家族が良くなりますように!」と一生懸命拝むくせに、現実問題としては見える次元の事ばかりを追い求めて一生を終わるのですね。

 

そして「人生は一回こっきり。ふにゃ~」と思い込みながら、いざ自分が死ぬとなると、表面的には理性によって平静を装ったとしても、内心は慌てふためいて心を右往左往させながら死んでいくのです。もちろんそのまま慌てふためいて死んでいく人も大勢居ます。

 

そりゃ死によって自分の存在が全くの無に帰すと思えば、死というのは人生で最もつらい苦しみになると思います。私は年間に目の前で延べ2000人から3000人の人がお祓いという憑依している霊を取り除く作業をすることによって、その場で今までの辛さや苦しみが取れるのを目の当たりにして、霊と呼ばれる存在と死んでも自分という存在が終わらないという客観的な事実を認識するに至ったのです。

 

このことによって私の中ではこの世での「死」が現実的に「苦」ではなくなったのですね。これは自分をよく振り返ってみれば分かることです。私という存在は肉体という見える次元と、心という見えない次元によって成り立っています。そうなのに多くの人はお金や社会的地位、財産や自分に対する周りの評価など、見える次元の事ばかりに心を費やしながら生きています。

 

自分自身が見える次元と見えない次元で成り立っているのを全く忘れたかの如く「現実は・・・・」などと言いながら見える次元の事ばかりを追いかけ回して一生を過ごしているのですね。

 

これを自分という存在を客観的に振り返った上で、この世と呼ばれている次元を見てみると今まで見える次元の事ばかりを追いかけ回している自分が如何に愚かであったかということが分かります。

 

まあ何をどう思おうがその人の勝手ですが、最低限私は目の前で私以外の第三者も含めて起こっていることを現実だと認識するようにしています。その中で現実として人生は見える次元と見えない次元が織り交ざって構成されているのがよく分かります。

 

私たちは「科学、科学」と叫びながら間違った認識で一生を過ごしていると結局は間違った生き方をするのだと思います。存在している次元はさて置き、過去からも続いて来て、これから未来へも続いて行く「私」という存在を客観的に見ると、この世と呼ばれている次元の一生などあっという間なのです。

 

80年、90年生きてきた老人に「一生はどうでしたか?」と聞くと、殆どの人が「あっという間でした」と答えます。これは正しい認識だと思います。私は未だかつて「いや~一生は長かった~!」と言っている老人を見たことがありません。

 

自分の存在が死んでからもずっと続くことを実際に実感できれば、この世の事にそこまでどん欲になることはありません。またそこまで執着することもありません。この世の苦しみがあるとしても期間限定の苦しみで死ねばなくなります。

 

問題はこの世と呼ばれる次元で、肉体という見える次元の自分の持ち物が死を迎えても、精神のみの生命体としてどの次元でどのように存在して行けるのかということです。要するに「死ねば終わり」ではないのですね。しかもこの世の自分の生き方によって、あの世と呼ばれている次の次元における自分の境遇が決まって来るのです。

 

そうなると死ぬまでうかうか生きていられないのですね。毎日が勝負で一生懸命生きなければならないのです。この世は長くてもせいぜい100年くらいで終わりますが、あの世はそうとは限りません。1000年になるのか10000年、もしかしたら何億年になるのかすら分かりません。

 

今のこの世、この次元での自分の生き方が、死んでからの次の次元での自分の境遇を決めるとなるとうかうか生きてはいられないのですね。私はできるだけ良い境遇で次の次元において存在していきたいと思うので、今自分ができることを一生懸命しているだけです。

 

まあそれが結果として、多くの人が「現実」と呼んでいるこの世の次元においても良い一生につながってくれています。まさにお釈迦様が言う「この世でもあの世でも・・・」ですね。本当にありがたい真理に気付けたなと思いますよ。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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自分の心と向き合う

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一昨日の日曜日は、また私一人で朝から熱海峠、十国峠、箱根峠の縦走をロードバイクでやって来ました。今回は天気は良かったのですが、風が少し強くて体力を消耗しました。実質走行時間も3時間半足らずで前回より10分ほど長くなりました。

 

でもとりあえず全行程51kmのヒルクライムコースを走ることができて満足です。今回気付いたのですが、このコースの最高地点は箱根峠ではなく、十国峠と箱根峠の間にあります。箱根峠の標高は849mですが、最後箱根峠までの道がそこそこ下っていたので、このコースの最高地点はおそらく950mくらいの標高があると思います。

 

まあ何れにしても、64歳で標高約1000mまで自転車で登れるのだから、健康に暮らせている毎日に感謝ですね。考えてみればこれほどありがたいことはありません。今週の金曜日にまた自主的な血液検査をお友達の病院でやります。今日の朝はいつものようにヒルクライムトレーニングをしてしまったので、昼休みから検査に向けてトレーニングはちょっと控えめにします。

 

前回検査当日までガンガントレーニングをしていてガンマGTPの数値が上がったので、今回トレーニングを控えるとどうなるのか見てみたいです。でもこの肝臓の数値自体、激しいトレーニングによる細胞の破壊によるものなので、別に肝臓に問題があるわけではなく、それほどの意味があるとは思っていません。

 

私がこの熱海峠から箱根峠までの道が好きなのは、熱海峠までの旧道が静かな森の中で、車もさほど通らず、周りの刺激から開放されて、自分の体と自分の心に向き合ることができるからです。もちろん急な上り坂なので、身体も心も余裕など無くなっていくのですが、その分自分と向き合うことができて新しい気付きを得ることができます。

 

多くの人は日々の刺激の中でその刺激に反応して生活していることを人生だと思っています。「仕事がこうなった」とか「誰が何を言っていたか」とか「テレビのワイドショーでこう言っていた」とか「近所の人からの情報では…」とか「この店のこの料理がおいしい」とか「こんな事件や事故があった」とか、そういう生活の刺激の中で生きているのを、自分だと思っているしそれが人生だと思っているのですね。

 

これは動物としては当たり前のことです。「ライオンが獲物を見れば追いかける」というのとその根源は変わりません。刺激に対して反応しているのです。しかし私たち人間は、良いも悪いも動物よりも「心」というものが発達しているのです。だから良い人生にするのも、悪い人生にするのも人間の場合、その心次第になるのですね。

 

「自分は自分の心の事をよく知っている」と多くの人は思っています。でもそれは大概の場合、周りからの色々な刺激に対して自分の感情がどのように反応するかということを知っているだけで、自分の心を見つめているわけではないのです。自分の感情をベースに「自分は怒りっぽくて短気だ」とか「自分は繊細だ」とか「自分は強い、自分は弱い」とか言っているのです。

 

しかし心というのは周りの刺激を一つ一つ取り除いて行って、刺激が全部またはほとんど無くなった状態になり、自分と自分の心だけそこにあるという状態を作ってから初めて自分の心というのものが見えてくるのですね。

 

それをやっているのが坐禅であり、瞑想なのですが、相当やらないとなかなか自分の心に向き合うまではいきませんね。最初は自分の頭に浮かんでくる雑念と向き合うのがいいところです。それでもちゃんと周りの刺激を消していくと、自分と自分の心だけになって、そこで新しい気付きがあるのですね。

 

だから「自分の心」とか、「自分は本来何なのだ」ということを知らないままに多くの人は一生を過ごすのです。もちろんそれでも一生はちゃんと過ごせますが、本来の幸せに気付くことなく一生が終わることにもなります。

 

これはその人次第ですが、私はどうしても自分がこの世で生きている意味とか、自分とは何かが気になります。周りの刺激に心を左右されずに本当の心の平穏というものを得たいと思うので、坐禅や瞑想をはじめ、山の中のヒルクライムトレーニングをするのですね。

 

修験者が山で修行をするのとたぶん同じような感覚で、山の中のヒルクライムトレーニングをしているのだと思います。心と体に周りからの刺激に一々反応していられないほどの負荷をかけることによって、自分と自分の心に向き合う状態ができるのですね。要するにある意味「無心」の状態になるのです。ここからは無心のヒルクライムが始まります。禅ではこれを「三昧」と言います。まさしくヒルクライム三昧ですね。

 

まあこれもその人の好みで、そこまで自分を見つめて生きて行きたいと思う人はやればいいわけであって、やらなくてもまあまあそれなりに一生は終えることができます。ただ心の平穏というものを求めるならば、一々周りの刺激に反応しちゃう心では、生きている間に真の心の平穏を得るのは難しいと思います。

 

願っているだけでは願いはかないません。だからと言って「坐禅や瞑想をすると心の平穏が得られるか?」というと、そうとも限りません。後はその人の資質によるところもあります。

 

でも何もしなければ何も起こりませんからね。周りの刺激に反応しながら生きていくのが人生だとは私は思えません。とりあえず私はこれからも修行とヒルクライムトレーニングを続けて、心の平穏を求め続けながら生きて行きますね。

 

合掌

 

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自由な心とは?

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毎日晴天が続いていて、毎日自転車トレーニングしていますが、最近風が強いので速度を上げることがなかなかできません。突風が吹くと煽られてバランスを崩しそうになります。でもそれがトレーニングですよね。そういう中でもちゃんと走れるように頑張っています。

 

毎日色々思い通りにならないことがあるとは言え、自分の好きな仕事ができて、修行もして、自転車トレーニングをしてと、私的には自由な毎日が過ごせることを大変ありがたく思っています。

 

人にそういうことを話すと、「でも先生は朝から晩までほぼ毎日仕事をしていて、食事も管理していて、毎日自転車で50km走って、食事をはじめ日々の家事をこなしてと、なかなか自分の好きなことができる時間が無いのではないですか?」と聞かれます。

 

私は多くの人が「何が自由なのであるのか?」ということが分かっていないように思います。普通世間では自分の好きなことができて、好きな物が食べられて、お酒でも何でも好きな物を飲んで、旅行で好きなところに行って、好きなだけ寝て、自分の都合で一日の時間が自由に使えて、好きな物が買えて、お金をはじめ何の心配も無いのを「自由」だと思っています。

 

だから病気などになって食事制限ができると自由ではなくなるし、朝早く起きるのも自由ではないし、コロナなどで外食や旅行に行けないとその人の自由はなくなるのです。多くの人が思ったり、言ったりしている「自由」というのは、自分の欲望を満たせるのが「自由」と思い込んでいるのです。

 

だからその「自由」を求めて、どこかにいつも不満を持ちながら毎日を生きて行くのです。何故不満が残るかというと、自分の欲望が全部満たされることは無いからですね。自分が欲しいと思っているものが手に入ると、その時は良くても、次にもっとそれが欲しくなります。

 

例えばお金が無い人がちょっとお金を手にすると、その時は嬉しいのですが、もっとそのお金が欲しくなって、それが満たされないことで不満が出てくるのです。好きなことをしている自分を「自由」と思っているのは、実は自分の欲望の奴隷になっているだけなのです。決して幸せになることはありません。それを一生続けるのもその人の勝手ですが、あまり頭の良い生き方だとは私は思いません。

 

私は朝5時には起きて、栄養バランスを考えた食事管理をして、朝と昼に合計50kmのヒルクライムトレーニングをして、朝の修行をして、朝から晩まで仕事をして、週末もほとんど休むこともなく、自転車で走る以外はどこにもほとんど行かずに、基本的に2日に一回はブログを更新して過ごしています。

 

普通はこれを自由とは言わないのです。色々な制限や制約の中で生きていると思うのですね。しかもその制限や制約は自分で作って、自分で自由をなくしていると思うのです。「そんなストイックな生活をして、頭がおかしいのではないの?」と思う人間も中には居るでしょう。

 

しかし私は今自分の人生の中で一番自由奔放な生活を毎日送っています。様々な制限はあるのですが、それらは仕事や生活を円滑にしていくには当たり前のことです。本当の自由とは、自分の心が自分の思うままになることです。言い換えれば自分の心を自分で思うがままに制御できることです。

 

「こんなことでいつまでも落ち込んでいてもしょうがないな」と思えば落ち込まなくなるとか、嫌なことがあってもトレーニングをしたり、一晩寝ればすっかり忘れるとか、自分が自分の心に引きずり回されないのが本当の「自由」なのですね。

 

そういう意味で、朝5時に起きて、朝食を自分で作って食べて、25~30kmの自転車トレーニングをして、帰ってきたら坐禅や瞑想の修行をして、その後すぐに仕事が始まって、昼まで仕事をして、昼ご飯を自分で作って食べます。

 

その後また25~30kmの自転車トレーニングをして、直後くらいに午後の仕事が始まって、夜8時まで仕事した後に自分で夕食を作って食べて、風呂に入って、そして朝までぐっすり寝るという生活の中で、ブログも更新して、その上で私は自由奔放に生きているなと実感できます。とりあえず日々の生活が楽しいですね。

 

結局自分で自分の心が制御できないと、自分の感情に自分が引きずり回されて自由は無いし、本当の幸せというものを感じることもありません。旅行とか外食をして、その場その場の満足や快感などを得ることはできても、もっと満足したい、もっと快感を得たいと自分の好きなことを追いかけ回す人生に幸せは無いのですね。

 

私はきちっと制御された毎日の生活の中にこそ、本当の幸せがあるのだなということが分かったと思います。自分で自分の心を常に制御できることが、自分の欲望の奴隷となっている自分を不満足やフラストレーションから解放し、心の平穏をもたらしてくれるのだと思いますよ。これが分かっただけでも、私はこの世に生まれてきて本当に良かったなとしみじみ思いました。

 

合掌

 

仏光

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見える次元と見えない次元

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昨日は朝から雨だったので自転車トレーニングは休みです。一昨日の月曜日も、朝は山の上の自宅から出勤したのと、昼休みは歯医者の予約でトレーニングの時間がありません。結局二日間の休みになりました。日曜日にハードな三つの峠の縦走をしていたので、身体にとってはちょうどよい休みだったかもしれません。

 

昨日の昼休みは、お友達で顧問弁護士とのミーティングがあって、その後法務局に行く用事があったので、結局雨で良かったのかも知れませんね。私は彼に弁護を頼むような問題は何もありませんが、彼からは節目節目に適切なアドバイスをもらっています。

 

昨日は「また時々遊びに来てよ」と言われたので、秘書をしている奥さんが入れる美味しいコーヒーに引かれて遊びに行こうと思います。もちろん毎月安くは無い顧問料を払っていますが、彼のお世話になるようなことが無いのが一番なのです。これこそ「無事是吉祥(何事も無いのが幸運)」ですね。何より彼もロードバイクに乗っているサイクリストなので、とっても気が合います。

 

アメリカで長くビジネスをしていたせいか、事業を運営していく上で法的な備えに関してお金を惜しむようなことはしないのです。アメリカでも日本でも、こういう所でケチる経営者がいつかは墓穴を掘るのですね。質の良い顧問弁護士を持つ意味は、核抑止力と同じです。使わないけれども持っていることで平和が保もたれるのです。

 

自分ができないところは高いレベルのプロフェッショナルのサービスを受けることが、事業運営を安定させます。まあ当たり前の話ですね。私は会計事務所も地元ではなく、横浜のレベルが高いと私が思う会計事務所と契約しています。コストはかかりますが、やはり高いレベルのプロフェッショナルサービスを受けています。

 

そういう所は私がアメリカの上場企業で役員をしていたことによって身についた事業運営の要点だと思います。初めはさすがアメリカだなと思って見てましたが、今は日本で私が使わせて貰っています。こういう所で「もったいない」とか「安い方が良い」などと思う人間が事業に失敗するのですね。

 

やはり事業を続けていくのであれば、優秀なブレーンをどれだけ持っているかで事業運営が決まると思いますよ。これは国盗りの戦国時代でもそうだし、今の企業経営でも同じです。必要なところに優秀なブレーンを持つことは事業を継続していくためには不可欠ですね。

 

さて、前回のブログに書いた会社兼自宅のお祓いをした社長夫妻が、昨日私の療法院に来られました。そこで大変興味深い話を社長から聞いたのでブログに書きたいと思います。

 

私がお祓いしたのは江戸時代から老いた馬の処分場の土地に建つ建物です。建物のお祓いの後社長の体が楽になりましたが、今日その社長がその日の晩に見た夢の話をしてくれました。

 

何と社長はその夜に馬の夢を見たのです。しかも美しい草原に立つ神々しい大変綺麗な馬だったそうです。その馬が音声や言語ではないのですが、「ありがとう」と夢の中で言ったそうです。そして「1階にある事務所に馬の置物を置いてください。のどが渇いているので毎日水も供えてください。」と伝えたのです。

 

もちろん社長は夢に出てきた神々しい綺麗な馬の言う通りにするつもりです。私はこの話を聞いて、「ああ本当にお祓いして良かったな」と思うと同時に涙が出そうになりました。そこの馬たちの霊は長い間ずっとそこに居たのです。この神々しい馬はそこで死んでいった馬たちの象徴なのでしょうね。そしてやっと私がお祓いをすることで救われたのでしょう。

 

懐疑的な人はもちろん「ほんまかいな?」と言うと思いますが、私は社長の言っていることは本当だと思います。私にとって嬉しい良い話でした。社長は私が会社と自宅をお祓いした後から体が絶好調だと言っていました。馬たちも救われたし、そこに住む人も救われたのですね。

 

こういうことのために私にこのような力があるのだと思います。これからもこのようなお祓いをもっとしていきたいですね。そう言えば私が2階にある社長の自宅で見た小型犬は確かに5匹でしたが、社長が私のブログを読んでいて、「家に居る犬は4匹です。」と言います。でも私は確かに5匹の犬を見たのです。

 

すると社長が、「実はとってもかわいがっていた犬が1年前に亡くなりました。先生はその犬を見ていたのではないでしょうか。」と言います。たぶんその亡くなった犬は霊になっても他の犬たちと一緒に走り回っていたのでしょうね。社長も時々自宅でその亡くなった犬の気配を感じる時があると言っていました。家をお祓いした時に、その犬も成仏したことでしょう。

 

顧問弁護士や会計事務所などと一緒に一般社会の現実的な事にもとりあえず適切に対処しますが、こういう見えない次元の対処もより良く生きて行くには大事ですね。見える次元と見えない次元で私たちの人生や宇宙は構成されているのです。

 

見える次元の事ばかりに気を取られて、何が何でも見えない次元は頭ごなしに否定している人間が世の中には結構居ます。仏道修行をしているにも関わらず、そのような人間が現に居るのも私はよく知っています。私はそういう人達を見ていて可哀そうに思えてきます。そういう人達は仮にこのブログを読んだとしても「ケッ!」と思うだけなのです。

 

本当のところは、この世で生きている間に人間力を真に高めて、自分の人生をより良いものにしていくには、見える次元と見えない次元のその両方に対する真摯な対処が大切なのですね。早く一人でも多くの人がその真理に気付き、苦しみから解放されてより良い人生を歩んで欲しいと心から願っています。

 

合掌

 

仏光

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動物には分かるのだ

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昨日は日曜日で休み。朝から知人二人を連れて熱海峠~十国峠~箱根峠をロードバイクで走ってきました。二人とも私が選んだコースを大変気に入ってくれて、「森の中の上り坂でとっても気持ちよい。これからも自分一人でも走りに来たい」と言って喜んでいました。天気予報が外れて早朝は雨が降っていましたが、出発する朝8時には雨がやんで、時間とともに天気が回復してきました。

 

熱海峠に登って、伊豆山脈の上を十国峠から箱根峠に向かう頃には、雲の合間から雪をかぶった富士山が見えてきました。駿河湾も一望できて、とっても景色の良いサイクリングコースです。箱根峠からは一気に国道1号線を三島まで下りてきたのですが、ウインドブレーカーを上から羽織っていても下りはさすがに寒かったです。

 

結構タフな全行程51kmのコースですが、みんな無事に走り切れて良かったです。ゲストハウスに帰ってから、お腹が減っていたのでまずは昼食を作って食べました。その間にお風呂にお湯を入れて、食後すぐにお風呂に入って冷え切った体を温めました。これで一息つくことができて、その後小学生の寺子屋で国語を教えました。

 

それが終わると依頼されていた自宅兼会社のお祓いに行きました。そこは江戸時代より老いた馬の処分場だった土地のようです。家族が次から次と具合悪くなったりしていて、そこのお祓いを頼まれていたのですね。自宅兼会社に着くと社長の旦那さんがいつものように肩が重くて痛いと言っていました。

 

まず一階にある工場をお祓いすることにました。私がそこに入った時に重たい空気を感じました。さっそくお祓いをしたのですが、お祓いが終わると社長が「何かが体の中から上に抜けていくみたいな感じがして、体がめちゃくちゃ軽くなって温かくなってきました!」と驚いた様子で話します。

 

次に自宅になっている二階をお祓いすることにしました。そこは小型犬を5匹飼っていて、「知らない人が行くと、多分犬がすごく吠えると思いますが大丈夫ですか?」と社長が二階に上る前に私に言います。私は「大丈夫でしょう」と言ってから階段を上って二階に行きました。さっそく犬たちが出てきましたが、犬は私の姿を見ても一向に吠えません。

 

それを見て社長と社長の奥さんが、「知らない人が来たら絶対吠えるのに!あり得ない」と言ってびっくりしています。「ちょっと後ろで待っててね」と犬たちに言うと、ちゃんと私の後ろに5匹の犬が行っておとなしくしています。お祓いをしている間犬たちはとっても良い子にしていて、全く吠えませんでした。お祓いが終わると5匹とも嬉しそうに私の足にまとわりついてきましたが、最後まで無言で吠えることは一切なかったです。

 

そこの犬たちは本能的に私が普通の人間ではないことが分かるみたいです。と、言うよりか、その犬たちの反応を見て私が「自分は普通ではないのだ」ということを再認識しました。人間は「霊障とか言って胡散臭い。霊などは居るわけがない。ふにゃ~」などと、自分が持っている常識で裏打ちされた固定観念で言いますが、動物には理屈が通じませんからね。あるがままの反応しかできないのです。

 

以前よりこういうことはありましたが、たぶん最近私の力が日々のトレーニングや山神社の大山祇命との関係で増大しているので、余計犬たちには存在の違いが分かったのかもしれませんねそこのご夫婦も犬たちの様子を見て、私が普通とは全く違うのだという事が実感できたみたいで逆に感動しておられました。

 

私は別に犬たちに気に入られようと思っているわけではありませんが、普通にしていれば勝手にそのようになるのですね。私にすれば、とりあえずその会社と自宅が良くなればそれで良いのです。お祓いする時も力や念をを込めるという事は一切ありません。普通にやっていると勝手にその人の体や家の状況が良くなります。

 

そのようになるのは、やっている私自身もちょっと不思議です。でも不具合の原因が霊障であれば、100発100中で状況が好転する結果を客観的に見ると、そういう力が私にあるとしか言いようがありません。それはそれで大変ありがたいことだと思って、天に感謝しています。

 

山の上の自宅に帰るころには、さすがに一日の疲れが出て来て、夕食を食べる前にもう一度お風呂に入って、食後は早めに寝ました。と言うか眠くて目を開けていられなかったです。

 

昨日も大変有意義な日曜日を過ごすことができました。今日からまた一週間頑張りますね。この歳になってやることがいっぱいあるというのは本当にありがたいことです。とりあえずこの調子で死ぬ前の日まで毎日を充実させていきたいと願っています。天に感謝ですね。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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オオヤマツミノオオカミ(大山祇命)に会ってきました

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ここのところ毎日天気が良いので、一日40km~50kmのヒルクライムトレーニングを順調に進めています。でも今日は逆風が強くてちょっと登るのが大変でした。明日は知人と先日登った熱海峠~十国峠~箱根峠の縦走をする予定です。まだ一回しか行っていませんが、私はこのコースが大好きです。

 

明日は天気が良さそうなので、伊豆の山脈の上を雪をかぶった富士山を眺めながら走ることになると思います。先日行った時は天候が曇りで、山の上は霧がかかっていたので景色はよく見れませんでした。今回の方がもっと良いサイクリングになるだろうなと期待しています。

 

私は毎日自分の仕事をして、修行をして、自転車に乗って、家事一般をして過ごしています。これだけで一日やることがいっぱいです。でもそれを大変とは一度も思ったことはありません。毎日忙しくしている方が私には向いています。

 

さて、前回のブログに書いたように、一昨日の木曜日にオオヤマツミノオオカミ(大山祇命)の山神社奥宮のお祓いに行ってきました。そこでまた不思議なことが起こったのでブログに書きたいと思います。

 

奥宮は11月3日で閉まるということなので、たぶん人が少ないだろうなと思って次の日の4日の木曜日に行ったのですが、私がいつものように山梨県側にある林道を車で登っていくと、次から次に品川ナンバーや湘南ナンバーをはじめ横浜、川崎、千葉、埼玉など次から次に関東をはじめとする他府県ナンバーの車とすれ違います。

 

「あれ、閉まっていてもこんなに人が行くのだ」と思って奥宮に着くと、そこにも一組のカップルが居ました。私が奥宮へ行く道を歩いていると、お参りを済ませたカップルはもう帰るみたいで、私とすれ違って車が置いてあるところまで歩いていきます。

 

誰も居なくなったので、例の誰も行かない森の中にある神様の居場所に行って大山祇命に挨拶して、お祓いをしました。それから神様は居ない場所なのだけれども、人がお参りに来て悪い気を置いていく大きな祠と小さな祠をそれぞれお祓いして差し上げました。

 

これらの祠は多くの人が「どうぞ私が儲かりますように!」などと、自分勝手なお願いをしている場所です。私以外誰も居ないのでゆっくり祠のお祓いができました。私が奥宮に居たのはたぶん30分くらいだったと思います。その間私一人だけが奥宮に居ました。祠の後ろが林道なのですが、その間車すら一台も通らなかった気がします。

 

お祓いを済ませて今度は登ってきた林道を車で下りていくと、また林道を上がってくる他府県ナンバーの車と何台もすれ違います。要するに私が奥宮に居た30分間だけ奥宮は私の他に誰も居ない空白の時間だったのです。これは車を運転しながらちょっとあり得ないなと思いました。

 

人が居ると祠のお祓いなどできませんが、誰も居なかったのでゆっくりとお祓いができました。大山祇命が私がお祓いできるように誰も奥宮に近づけなかったのでしょうね。帰りの林道を運転している時に、山の神様が「ありがとう」と言っていました。音声ではありませんが、私には何故かしらこういうことが分かる時があります。

 

帰って来ると案の定また仕事や生活で、考えられないタイミングで良いことが続けて起こります。来年の春まで林道が閉鎖されるので奥宮には行けませんが、林道が開くゴールデンウイーク明けにまたお祓いに行こうと思っています。今度は朝早くゲストハウスを出発して誰も居ないうちにお祓いします。

 

大山祇命とこういうご縁ができて本当に良かったです。来年行く時、早朝の富士山は気持ちが良い事でしょうね。お祓いが終わって別れ際に、「ありがとうございます。また来年の春来ます。」と言ってきたので、山の神様も待っておられることでしょう。

 

さあ明日は自転車で結構ハードな全行程51kmのヒルクライムを行います。明日使う機材、グストも整備をして準備万端です。今日の仕事の後はゆっくり寝て明日に備えますね。今から楽しみですよ。ありがたいことですね。大山祇命をはじめ、何もかもに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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充実した休日

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昨日は祝日で休み。先日壊れたゲストハウスのテレビを買い替えましたが、その新しいテレビがやって来る日です。やはりテクノロジーは10年前とだいぶ違いますね。もちろん画面が鮮やかなのですが、機能としてyou tubeが見れるのが大変嬉しかったです。

 

まず朝はいつものようにピナレロのロードバイクでヒルクライムのトレーニングを20kmやって、いったんゲストハウスに帰ってちょっと補給食を取ってから、今度は大仁まで狩野川沿いを40km走りに行きました。

 

テレビが午後一に来る予定なので、それまでには帰って昼食を作って食べるつもりでしたから、あまり長距離は走れません。昼食が終わると、予定通り新しいテレビがやって来て設置が終わり、早速you tubeでロードバイクレースを見ていました。

 

夕方は長男と初めて一緒にロードバイクで街中を15kmほど走りました。少し速度を落として走ったのですが、長男は私の速さにちょっと驚いていた様子です。まだロードバイクは全くの素人の長男にとって、私と走ることはかなり良い刺激になったみたいです。これから彼も仕事の合間にトレーニングに励むことでしょう。

 

これはDNAなのかもしれませんが、長男もロードバイクはとっても好きみたいです。小学3年生と1年生の孫たちも自転車に乗っていますが、もう少し大きくなったらロードバイクに乗り始めることでしょう。

 

前回会った時に「じいじは自転車の立ち漕ぎができるか?」と聞いていましたので、「当たり前だろ!」と答えておきました。孫たちも立ち漕ぎができるそうです。血は争えませんね。

 

長男は私がそんなに速いとは思っていなかったようで、ハアハア言いながら必死について来ていました。長男が子供の頃、アメリカでスキー、サッカー、野球などのスポーツを全部私が教えました。

 

彼も高校時代は優秀なアメリカンフットボールの選手になりましたが、こっちはもう64歳になり、長男も38歳になりました。でも昨日は昔に戻ったような気持ちで楽しかったです。結局昨日は全部合わせて75km走りました。早く長男には私を追い越してもらいたいものです。

 

今日の昼休みは、オオヤマツミノオオカミ(大山祇命)の山神社に今年最後のお祓いをしに行きます。昨日の11月3日で山にある奥宮が閉まったので、お参りする人が少なくなっていると思います。神社をお祓いするにはもってこいだと思ったので、今日の午前中の仕事が終わってから行くことにしました。

 

次に行くのは林道が開く来年の4月の終わりか、連休明けの5月になります。大山祇命とご縁ができてから、ちょっと考えられないようなタイミングで色々と良いことが生活にも仕事にも起こっているので、私ができることを一生懸命して差し上げれば、大山祇命も同じようにしてくれるのだと思っています。

 

そう言えば一昨日、私の療法院のウエブサイトを作り直してくれる会社の営業担当者と制作のディレクターがやって来て、初めてのミーティングを持ちました。ウエブサイトを作るにあたって「ターゲットとしている顧客層は何処ですか?」と聞かれて、「困っている人で、私が持っているお祓いを含めた力の真価を理解できる人がターゲットです」と答えました。

 

二人とも私の言っているお祓いや無痛自律神経の力は頭では理解しているけれども腹では分かっていません。彼らに「どこか悪いところがありますか?」と聞くと営業担当が「体が重くて腰が痛いのです」と言います。

 

「待ってました!」とばかりに早速お祓いをすることにしました。お祓いをすると案の定私にげっぷが出て、終わってから「さあ立ってみなさい」と言うと、立ち上がるなり「体が軽~い!腰が痛くない!何ですかこれ?!」とびっくりして聞くので、「あなたに霊が憑依していて今迄具合が悪かったのですよ。これからは良くなります。」と教えてあげました。

 

営業担当が終わると次はディレクターが「毎晩寝ているのだけれども、いつも寝た気がしなくて疲れが取れない」と言います。同じようにお祓いをすると、「体が軽ーい!」と言って驚いています。彼にも霊障があったのですね。

 

これで私の力が二人とも経験を通して十分理解してくれたので、良いウエブサイトができると思います。本当に困っている人で真価が分かる人に、ウエブサイトを通じてご縁ができればいいですね。

 

霊障などを公に謳うと「胡散臭い」とか「インチキ」と思われるのはよくよく理解した上で、今回そのようなウエブサイトにしようと思っています。今回このウエブ制作会社と契約したのも、その経緯からして大山祇命の働きだと私は思っていますので、そのお陰で今回のミーティングも私の力について担当者が心底よく分かることになったのだと思います。

 

大衆に合わせて「胡散臭い。インチキ。ふにゃ~」と言っているのは簡単だし、同意してくれる人も多くいて「そうでしょう。そうでしょう。」と安心だろうと思いますが、実際に起こっている霊障に関する客観的な現実を伝えるのには勇気が要ります。でも今回あえて私はそのようにすることに決めました。

 

いずれにしてもこれからが私は楽しみです。多くの困っている人とご縁ができて、こういう次元も存在するのだということを一人でも多くの人に分かってもらいたいと思います。そういう次元に関して正しい認識を持つことで、何も知らずに頭ごなしに否定しているよりその人の人生が豊かになりますからね。それではオオヤマツミノオオカミに会いに行きますね。「行ってきま~す!」

 

合掌

 

仏光

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