仏光さんの心の相談室
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2018-09-24 11:59:05

執着を捨てて幸せになる

テーマ:幸せになる方法

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昨日から仕事は2連休です。珍しく筋トレ以外仕事らしい事は何もしていません。私の場合筋トレも仕事の一部と思っています。何しろ今の仕事は心身ともに健康でなければできない仕事です。修行と筋トレは欠かせませんね。この調子で死ぬ前の日まで元気に仕事ができるようにしていきたいです。最近数年ぶりに会う人達が以前より随分若くなったと言ってくれるので大変嬉しく思います。これも筋トレのお陰でしょうね。

 

さて先週土曜日の瞑想の教室で、「執着が苦の元になる」という話しをしました。人は色々なものに執着するから苦しくなるのですね。社会的地位とか収入とか家などの資産、また人や家族に執着するとそれらが苦の原因になっていきます。参加者の人から「私は自分の子供の事がいつも気になり心配になります。これは執着でしょうか?」という質問がありました。

 

私も自分の仕事などが気になります。私のところに来る人のその後も気になります。でもこれは執着ではありません。世の中には何かに執着しないと目的が達成できないと思い込んでいる人も居ます。しかしこれは間違いなのですね。これでは目標が達成できない時に、胸を矢で射られるように苦を感じる事でしょう。自分が何かに一生懸命になっている時に、それが執着なのか執着では無いのか何処で判断するのでしょう?

 

ここを間違うと人生が分からなくなります。もしあなたが意識的に、また無意識にも「自分の思う通りにしたい!」と思っているならば、それは執着です。自分の子供が「自分が思うようになって欲しい。」と思うならばそれが執着になります。「自分が思う通りにしたい。」、「自分の思い通りの状態になっていて欲しい」と思うことは執着になり苦の原因になります。

 

お釈迦様は、人間の基本的な苦である四苦八苦の中で、「求不得苦」を挙げています。求不得苦とは「思う通りにならない苦」という意味です。地球上でどれだけの人がこの「求不得苦」で苦しんでいる事でしょう。自分の思う通りにしたいという執着があるから、そうならない時に全部苦になっていくのですね。「人生何もかも思う通りにならない」と苦しんでいる人が居られますが、それはなるべくしてなっているのです。

 

私は仕事のことが気になったりしますが、それは仕事が好きだから気になるのです。色々な人を診ますので、全部が全部自分が思う通りにならないのは知っています。と言うか、それが当たり前なのです。だから思い通りに結果が出なくても、「何故かな?何処が悪かったのかな?」と反省や原因究明はしますが、それで私が苦しむということはありません。もし私が「全ての仕事の結果が自分が思う通りになって欲しい。」と思っていたならば、今頃私は苦しみで仕事が嫌になっていることでしょう。

 

筋トレでも、「自分が思う通りに筋肉が発達して欲しい」と思うならば、なかなか自分が望むとおりに結果がいつも出るわけでは無いので、筋トレも嫌になっていることでしょうね。思い通りにならないからトレーニング方法を変更したり、休息をとったりするのです。そしてそれがまた楽しいのですね。私は今でも仕事も筋トレも大好きなので、それらに私が「執着」していないのがよく分かります。大好きだけれども執着はしていないのですね。

 

これは人でもそうですね。大好きだけれども相手が自分の思い通りにならないと苦になるのは、愛情ではなくて相手に対する執着なのです。「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉がありますが、こうなるのは相手に対する所有欲であり執着なのですね。これを仏教では「渇愛(かつあい)」と言って戒めています。「渇愛」は執着以外の何ものでもありません。そしてそれは人生の苦になっていきます。

 

本当の愛情とは「あなたが何であれ、どうであれ、私はいつもあなたを見守っていますよ。」という心の境涯です。だから「執着していかないと、目的が達成できない」と思い込んでいる人は全く間違った心の姿勢で人生を生きているのですね。「今しなければならない事に自分が全力を尽くした結果、自分が望む通りになってくれたら嬉しいな!」というのが正しい心の姿勢だと私は思いますよ。これは執着でもなく渇愛でもありませんね。自分の希望や願いです。希望や願いはいくら持っていても、それ自体が苦になる事はありません。

 

世の中にはスポーツでもビジネスでも、成功するためには思いつめて執着することを薦めるような事を言っている訳のわからない人達が居ますが、そういう人達には騙されないで執着はできるだけ捨てて生きていきましょう。それが自分の苦を軽減していく一番良い方法です。「執着する」のと「全力を尽くす」のは全く違う次元の話なのですね。執着を捨てて、今この一瞬一瞬を心穏やかに過ごしていきましょうね。それがお釈迦様の教えであり、永遠の真理ですね。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-22 07:11:17

自分を変えなければ何も変らん

テーマ:人間形成

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昨日も仕事が大変忙しかったのですが、昼休みに普通に筋トレができました。肩の痛みはほぼ解消していました。ただ重いウエイトは使わずに軽めのウエイトで身体を慣らしています。私は私が持っている回復力を信じて、糖尿や高血圧を薬一かけらも飲まずに治してきましたが、夜も痛みで眠れなかった肩の怪我も約1週間で治すことができました。

 

まあ救急救命と細菌による感染症、結石などの症状以外に私が病院に行くことはたぶん無いと思います。元々私は今病院で行われている「医療」と呼ばれているもので人間が治るとは思っていません。治っているのはみんな最終的には自分の自己回復力で治っているのです。

 

さて、昨日ちょっとニュースを見たら、また文部科学省の役人が接待疑惑で辞任していました。また森友疑惑などを曖昧にした形で自民党の総裁が再選されています。選んだ議員も「長いものには巻かれろ」式で選んでいるのでしょうね。私は教育が腐敗している国は必ず滅びると思っています。全く先が思いやられます。

 

私が一番尊敬している人間の一人がインド独立の父、マハトマガンジーですが、彼が言い残した人と国を滅ぼす7つの原因というものがあります。それは、以下の7つです。

 

1. 労働なき富

2. 良心なき快楽

3. 人格なき学識

4. 献身なき宗教

5. 理念なき政治

6. 人間性なき科学

7. 道徳なき商売

 

これらの7つが全部この日本に当てはめられるので、先が思いやられるのですね。目に映る現実の中で、とりあえず自分だけは得をしようと国民の多くが右往左往しているのです。「みんなそうだから自分も遅れをとるまい」と血眼になって右往左往しているのですね。先の事より今の自分なのです。そして自分の安全、安定さえ確保できたらそれで満足なのです。

 

それでは国が衰退するのですが、ただ一人一人気付いた人から変革をしていったら、まず自分が変ります。そして自分の周りも少しずつ変っていきます。「自分ひとりが頑張っても・・・」と思わないことですね。日本という国もある意味特殊な国で、これだけ科学や経済、技術が発達しているにもかかわらず、国としては自分で変革する事ができません。全て外圧によってのみ変革するのです。この国は黒船が来て明治維新が起こった江戸時代から何にも変っていません。

 

私も若い頃は、また仏光になってもしばらくは、今から考えるとろくな人間ではなかったのですが、毎日少しずつ自分を変えて行きました。先人の尊い教えを知り、自分を振り返って少しずつ変えていったと思います。それでもまだ全然不十分なのですが、昨日より今日、今日より明日の自分が進歩するように、変化していきたいのです。「昨日の自分と今日の自分は同じ。今日の自分と明日の自分が同じ」では何の進歩もありませんからね。「安定している」と喜んでいても、あまり意味がないのです。

 

最近になって私が大きく変わったなと思えるのは、中村和尚から教わった瞑想をするようになってからだと思います。これを始めるとまず40分間はじっと瞑想するので、その時間を確保するのに自分の生活パターンを変えなければなりません。私の場合は、今まで坐禅をしてきた時間で瞑想するのでそれほど変らないのですが、多くの人にはこの時間がとれないのですね。

 

また毎日となるとほとんどの人はできません。ある一定期間頑張っても、何かのきっかけでやめてしまうのが落ちです。多くの人はもっと楽な方法で自分が変わって良い人生を歩みたいと思います。でもそんな都合の良い方法があれば、釈迦もイエスもモハメッドもあんな苦労は要りません。何もしない人は文句だけは一丁前に言いますが、何も変わることは無いのです。

 

私は偉大と思う先人と同じように自分を変えたいと常に思っていますので続けられるのだと思います。何もしないで良い考えや教えをを読んだり聞いたりしているだけでは人間は変りませんが、修行を実践すると確実に自分が変われるのが分かります。何もしないで筋トレの本を読んでいても、身体に筋肉は付きませんが、筋トレを続けて実践すると身体に筋肉が付くのと同じですね。心も全く同じなのです。

 

まあ人それぞれですが、私はいつも自分の心と身体を変革していきたいと思います。これには信念が必要ですね。信念がないと人はすぐに自分に都合の良い色々な理由をつけて楽な方に流れます。私も同じです。だから一生の間に自分を変えていきたいという信念が大切なのですね。一人でも多くの人が自分を変えていけばこの国も変るのだと思います。周りと見比べながら、「安定した一生でした」だけではつまらない人生ですからね。「私には無理」と思わないで、自ら変革する努力をする、事が私たちが生きている大きな意義だと私は思いますよ。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-19 23:51:18

運を引き寄せる心の癖

テーマ:ブログ

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今日は珍しく朝から何故か体がとてもだるくて調子が悪かったです。それでも朝の修行の後、仕事が始まるのでどうしたものかと思い、近くのコンビニでめったに飲まない栄養ドリンクを買って飲みました。私はあまりこういうものを信用してませんでしたが、飲んでしばらくすると体のだるさが取れてきました。「こういうこともあるのだな」と感心しました。ちょっとびっくりしたのは肩に少し残っていた痛みも和らいできたことです。

 

お陰さまで午前中の仕事はしっかりできました。たった300円で効果がありましたね。ちなみに私が飲んだ栄養ドリンクはリポビタンゴールドです。でも基本的には自分が感じているより体が疲れているのだなと思って、今日の昼の筋トレはお休みにしました。肩の調子も良くなってきたので、やろうと思えばできたのですが、「いや待てよ。明日は木曜日でどうせジムは休みだから、この期に一気に肩も治してしまおう」と思って休みにしました。そしてお昼は筋トレの代わりにまた近くの温泉に湯治に行きました。

 

結局調子が本当に良くなって、やっぱり休んで良かったなと思いました。これで明後日から良い筋トレができる事でしょう。「体がとってもだるい。肩の痛みが残っている。」というのは私にとってピンチですが、結果的には栄養ドリンクと休養のお陰で体は楽になり、肩の痛みも取れたので、これは私にとってはチャンスなのですね。何よりも自分のトレーニング方法や休息についてよく考えるきっかけとなりました。振り返ってみると、私の人生ではいくつものピンチがありましたが、結果的にはこれで良かったと後から思えることが多いです。

 

敵対買収騒ぎの中、外資の社長をクビになったのは今のところ人生最大のピンチでしたが、そのお陰で仏道修行を始め、その後独立して大好きな仕事で今に至っている事を思うと、私は本当にクビになって良かったなと思います。社長をしていた頃より今の方が100倍幸せです。もちろんクビになってから10年間苦労はしましたが、その苦労が今の仕事に大変役立っています。自分が苦労したから人の苦労も分かるのです。

 

私の大好きな言葉に「チャンスはピンチの顔をしてやって来る」というのがあります。これはピンチの際に大変心強くなる言葉であると同時に、真理をついている言葉なのですね。自分の人生を良くするのも悪くするのも自分の心しだいです。ピンチになって落ち込み続けていても、何一つ良い事はありません。そこから這い上がるところに多くのチャンスが生まれるのですね。

 

大体人にとって一番危ないのは順風満帆の時です。そういう時に知らず知らずのうちに自分が傲慢になっていくのですね。そして何かをきっかけにして大きなピンチに陥ることになります。それは心の中に「上手くいって当たり前」という傲慢さが生まれて、感謝の気持ちを忘れるからです。そうなると心に隙ができて「運」が自分から離れていくのですね。

 

ピンチの時でも落ち込んでばかりいないで、「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」と言い聞かせて前へ進んでいく。上手くいっている時でも、上手くいっているのは天が守っていてくれるからだと思い、「ありがとうございます」と天に感謝する。そういう心に隙は生まれません。

 

私はこういう心の境涯が自分を守り、運を引き寄せ、人生を全うさせてくれるのだと思いますよ。自分が実際にそうなっているので確信があります。どうせ人生などピンチとチャンスの繰り返しなのです。この人生を乗り切っていくのにはピンチの時でも「ピンチはチャンス」と自分を鼓舞して、チャンスの時でも謙虚に感謝の心を忘れない心の癖をつけることが大切だと思いますよ。こういう心に運がめぐってくるのです。何事にも感謝していると幸せがやってきます。大切なことですね。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-17 19:34:03

不思議な力と生きていく

テーマ:仏道修行

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昨日は日曜日で、オーストラリアや東京などからも瞑想教室の参加者があり、とっても良い朝の修行になりました。色々な話ができて楽しかったですね。オーストラリアなのでアクセントは違いますが、英語で普通に話すのも楽しかったです。今日は休みですが、朝から少し仕事をしました。福島から来た女子大生とその妹さんが1年以上前から原因不明の吐き気、不眠、痛みなどで困っておられました。もちろんあちこちの病院に行かれましたが、薬を飲んでも症状が悪化するばかりで、私の話を聞いてやって来られたのです。

 

話を聞いているとどうも霊障みたいなので、説明をして二人とも最初に除霊をする事にしました。すると、その場で吐き気が取れ、二人とも急にお腹が減ったと言い出しました。やはり霊障だったのですね。体調がすぐに良くなったので、この後はたぶん大丈夫だと思います。二人とも大喜びでニコニコ帰って行かれました。今日は休みでしたが、仕事をして本当に良かったなと思いました。休みでも無理をして仕事をしたのが報われましたね。

 

それが終わってからお決まりの筋トレに行きました。今日からまたトレーニングメニューを変えました。一昨日の夜、長男が来ていて、私が「毎日トレーニングをしたら、やっぱりやり過ぎたのか肩が痛くなった。」と話しました。そして二人でそれぞれの筋肉をゆっくり休ませるようにトレーニングメニューを作り直しました。毎日筋トレをするのは変わりませんが、身体を腕、肩、胸、背中、広背筋、腹筋と足の6つの部分に分けて、一日に1部分だけ集中してトレーニングをしていきます。

 

だから同じ筋肉を使うのは、ジムが木曜日休みなので1週間後になります。この方法は俳優のアーノルドシュワルツネガーやミスターオリンピアなどトップアスリートがやっている方法です。この方が筋肉が休まって怪我が少ないだろうという事になりました。こういうことを色々考えている時は、楽しくて幸せです。早速今日からそのメニューで始めたのですが、1ヶ月間試してみてからその結果を評価します。今日は腕をやったのですが、一つの部位に集中してトレーニングするのも結構きついものだと思いました。

 

それから有酸素運動は毎日欠かさずすることにしました。体脂肪が減って体がしまってきているのがよく分かります。この調子でこれからもトレーニングをしていきますね。昨日も瞑想教室で話していたのですが、私がこのようにトレーニングするのはただ単に好きだからとは自分でも思えません。確かに好きなのですが、何時も何かに突き動かされてトレーニングをしているように思います。たぶん将来このトレーニングが役に立つように私の人生が誰かに設計されているのでしょうね。それは何だか今は分かりませんが、たぶん歳をとってから仕事や修行の事で大変忙しくなるのだと思います。だから今身体を作っておかなければならないのでしょうね。

 

除霊を含めて人の痛みや苦しみを取り除く、全く不思議としか言いようがない力が私には与えられているのですが、ただ単に力が与えられているのではなくて、それに付随して他の人にはなかなか理解して貰えない義務や使命も発生します。時にはありえない試練も与えられます。こういう義務や使命を果たしていく事が私自身の向上に繋がっています。でもこれはこれで結構しんどいものです。たぶん中村和尚もそうだったと思いますが、それでも一つ一つこなしていくのが大変な修行になっているのがよく分かります。

 

仏教で習うような言葉、観念、思い込みで「衆生済度、人を救って行きましょう」の修行ではなくて、実際に目の前で人が一日15人~20人くらい苦しんでいるわけですから、その苦しみを次々に取っていくのは実践的な修行以外の何ものでもありません。これを毎日続けることが私の義務でもあり、試練でもあり、修行であり、仕事なのですね。今のところ約95%の人が回復されているので、それを100%に近づけていく努力も修行です。

 

知らないだけで、たぶん違う次元に影響されて人生が進んでいくのは私だけでは無いと思います。人はほぼ全員がそうでしょうね。理由は分かりませんが、私はたまたま良い次元の影響を受けてこのような力を与えられて進んでいく人生になっているのだと思います。せっかく良い力を与えて貰いましたので、それを存分に使っていきますね。それが私の使命ですね。きつくて忙しいけれども、とってもありがたい人生だと思っています。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-14 10:02:44

肩書や知名度に騙されるな

テーマ:人格、人間力

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昨日は会計事務所との会議があり、朝から横浜に行っていました。夕方には帰ってきて仕事を夜までして、結果的には結構ハードな一日になりました。なぜわざわざ横浜の会計事務所と契約しているかというと、この事務所の仕事には善意があるからです。

 

NPOやNGOの会計にも携わり、いろんな相談にも乗ってくれるし、いつも最新の情報を基にして仕事はきちっとしています。ただ節税をするためや決算報告の形を作るための会計事務所は私は使いたくはありません。

 

税金も払うものは払えばいいのです。そのようにしている方が毎日気分が良いですね。私の場合、事業の一番のリスクは経理上の問題ではなくて私の健康なので、そのリスクを減らす為にもトレーニングは欠かせません。これが私のリスクマネージメントの最たるものです。

 

先日のニュースで裁判所も含めて政府の各機関で身体障がい者雇用の数字を水増ししている実態が報道されていました。形だけ繕って中身はいい加減というのが、今の日本の政府や会社組織の実態ですね。私は元々権威というものを全く信用していません。肩書や組織の大きさや、その歴史などあまり信用しないのです。問題は今何をやっているか、どのような結果が出ているかですね。

 

世の中では病院でも、「あの先生は○○大学医学部を出ているので良い先生だ」などと言っている人が居ますが、まったくのお笑いです。その先生がどのような人物で、今どのような結果を出しているのかが一番大切なのです。学歴や肩書、知名度などには騙されない事ですね。

 

特に病気などの場合、自分の人生や命にかかわることなので、人物を見るという事がとても大切になってきます。人は自分に自信が無い時に、肩書や知名度などで物事を判断しようとします。そして結局判断を誤るのですね。人の評判など結構いい加減なものだと現実を客観的に見ながら私は思っています。

 

私は自分の目と耳と脳と心で物事を判断します。大体政府の高官や病院の先生など偉そうにしている、または多分自分を偉いと思っているであろう言動をしている人間は、肩書に関係なく最初から切り捨てます。本当に偉い人は偉そうにはしません。本当は実力は無いけれども人に偉いと思ってもらいたい人間が偉そうにするのです。

 

本当に偉い人は偉そうにする必要が無いのです。ところが巷の人間はそういう人を甘く見たりするのですね。だから結局肩書や組織などで判断して騙される結果になります。本当に強い人は強そうには見せません。本当に強いのだからその必要が無いのです。

 

これは私の過去を振り返ってもそう思います。外資の社長をしていた頃の私は、今から思うとチャンチャラおかしい、ろくでもない人間でしたが、自分を偉そうに見せようとしていました。人間力が無いのですね。だからそういう人間の心理がよく分かります。私は偉そうにしている人間は最初から相手にしません。どうせ実力が無いのが分かっているからです。

 

今体育界のパワハラとかが世の中を騒がせていますが、なるほどその人達は過去において偉かったかもしれないけれども、今は何をしているのかを見て判断するべきなのでしょうね。大坂なおみ選手のコーチではないですが、人間力のある人は決して偉そうにはしないのです。それは人間力が増すと自然に慈悲の心が芽生えるからです。

 

偉そうにしている人間は、殆どが自分が偉いとも思い込んでいますが、絶対どこかに自分は弱い存在であることに気付いているのです。でもそれは見ないようにして、自分が人のどのように見られるかを意識して偉そうにし続けるのですね。そしていざという時にその弱さが露呈するのです。

 

その弱さとは、政府高官であるにもかかわらず。女性記者に「おっぱい触らせて」と言ったり、子供の裏口入学を画策したり、組織ぐるみで品質管理のデータをごまかしたりという事になるのですね。こういう事例は世の中にいっぱいあります。

 

自分で作り上げたイメージの自分を自分と思うのか、あるがままの自分を見ることができて、それを自分と思えるのかで、その人の一生が変わります。お釈迦様は「自分が優れていると思う者は愚者である。自分が劣っていると思える者は賢者である」と説かれています。本当にその通りですね。

 

世の中の80%の人間は社会的地位など、その見てくれに騙されます。だから愚者は人から一目置いてもらいたいが為に肩書や資産などを欲しがります。でも本当の賢者はそんなものを欲しがりません。インドのマハトマガンジーは何の肩書きも無く、資産も無く、竹の杖一本と身にまとう一枚の布だけで全国民からの信頼を得てインド独立を成し遂げました。せっかくの人生です。騙されないように真理のみを見つめて生きていきましょうね。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-11 22:51:48

心に怒りの火をつけない

テーマ:自我を無くす

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今日も昼休みは有酸素運動をしていました。これで先週の土曜日から4日間筋トレを休みました。私のブログを読んだ弟子も駆けつけてくれて、私の肩を勉強も兼ねて施術してくれました。お陰で肩は随分回復してきました。痛くなくても来週まで筋トレをお休みにします。また再開する時のトレーニングメニューも考え直しますね。色々痛い思いをして学習しています。これは痛いけれども私にとっては楽しい時間です。

 

昨夜はテレビで全米オープンの決勝戦の再放送を見ました。ゲームの途中でセリーナ・ウイリアムスが怒り狂っているのを見て、私が教科書にしている「心に怒りの火をつけない」という本を思い出しました。彼女は完全に自分で自分を崩壊させていましたね。

 

思うように行かないからイライラする。そこへ審判からコーチングの警告を受け、イライラが爆発する。自分の怒りを審判に転化しているのですね。色々な感情が脳を駆け巡り、目の前のプレーに集中できない。結局自分が上手くプレーできていないのは審判のせいだと責任を転嫁する。転化すると自分以外に怒りの対象ができるのでますます怒りが出てくる。「自分が上手くいかないのはあいつのせいだ」になって怒りの火が一層燃え上がるのです。

 

まあ典型的な自滅のパターンです。アメリカのメディアがウイリアムスとブーイングをした観客をこき下ろしているのはアメリカの良心でしょうね。怒ると普通ろくな事は無いのです。怒りというのは人それぞれ「こうでなければいけない」と固定した考えやイメージが頭の中にあって、でも実際にはそうならないので出てくる感情です。まさしくウイリアムスはその通りのパターンで怒っているのです。

 

「自分はテニスの女王で、全米オープンで小娘の大坂なおみを翻弄して、力の差を見せつけて勝たなければならない。」と思っていたところが、第1ゲームからそうならないので自分の中に怒りの感情が出てきたのですね。それを自分の力の無さと思うにはプライドが高すぎるので、上手くいかない原因を自分以外のものに求める。そこへちょうどよいタイミングで審判の警告があったので、自分の中にあった怒りを審判にぶつけて遂に表に出したのです。

 

それに対して20歳の大坂なおみさんはとっても冷静だったと思います。そしてブーイングをしている観衆の中、最後の優勝スピーチの冒頭に、「皆さんが期待した通りにセりーナ・ウイリアムスが勝たずに私が勝ってしまってごめんなさい。」と言ったのですね。自分が悪いと思っていても、自分から謝ることがないアメリカ人にとっては、これにはど肝もを抜かれたと思います。一瞬会場が鎮まった後の大拍手でした。怒ってブーイングをしていた観衆は、この大坂なおみさんの純粋で素直なスピーチで我に返ったのですね。私は見ていて感動しました。

 

表面上飾っただけの綺麗な言葉は、純粋で素直な真理をついた言葉にはかないません。今回の全米オープンテニスの決勝戦は、怒るとどのような事になるのかを見る典型的な良い例です。別にウイリアムスの問題だけではありません。同じようなことをしている人が世の中にはいっぱい居るのです。自分で気付かない限りはウイリアムスはこれからもどんどん自分の人生を崩壊させていくでしょう。また大坂なおみさんは今の心を忘れなければ、これからの10~15年間は世界のテニス界で活躍する事でしょう。

 

若くしてメジャーの大会に勝って来たウイリアムスも最初は大坂なおみさんのような心だったかもしれません。それが女王と呼ばれるようになって変わっていったのですね。頭の中に構築されている価値観があの程度ならば、放って置いても彼女はその人生において自滅します。でもこれは彼女だけの問題ではなく、私たちも同じなのです。

 

常に自分を振り返ってチェックしなければ、知らず知らずのうちに自分の自我やプライドが大きくなっていきます。そして周りに対する怒りによって自分を自滅させるのです。だから今回の全米オープンは「人の振り見て我が振り直せ」の大変良いサンプルです。「心に怒りの火をつけない」、これは人生を歩んでいく上で本当に大切なことですね。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-09 22:27:37

慈悲の心は人のためならず

テーマ:幸せになる方法

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今日は日曜日で、朝の修行は大阪からの参加者もあり、良い修行ができました。実は二日前にまた筋トレで右肩を痛めてしまいました。当日は痛みでゆっくり寝ていられないほどでした。それでしばらく筋トレは足の筋肉以外はお休みにすることにしました。原因は色々考えられますが、やはり毎日筋トレをしたのが悪かったのかなと思いました。調子が良かったので、調子に乗ってやっていましたが、筋肉が疲れていたのでしょうね。それが一番の原因と思いました。

 

とりあえずまた筋トレのメニューを考え直します。まず早く治したいので、今日は昼から大阪からの参加者と一緒に近くの温泉に湯治に行きました。お陰さまで随分痛みが少なくなりました。でもこの1週間は上半身の筋トレを休みます。今週は有酸素運動中心にトレーニングをします。筋トレは完全に肩を治してからまた一からやり直しますね。どうせこの先、生きている間は筋トレをするつもりなので、この1週間など大したことはありません。人の肩ならすぐに回復させる事ができるのに、自分で自分に無痛自律神経療法を施術する事はできないのですね。もどかしい話です。

 

でも今回の台風や地震で被災された方のことを思うと、私の肩など問題にもなりません。こんな事くらいで頭を悩ませられるのは、実に幸せな話です。世の中には本当に困っている人が多く居られるのですね。良い人なのになんでこのような困難な状況になるのだろうと、この世の中の不条理を感じます。私など本当に恵まれていると思うので、明日死んでも何の文句もありません。これで文句を言えば罰が当たります。

 

人は自分だけのことを考えれば、色々愚痴や文句が出てきますが、困っている多くの人のことを考えると愚痴や文句は引っ込みます。そこが慈悲心ですね。慈悲の心を持つと自分の愚痴や文句は出てきません。私の仕事場には「薄しと思え、己の慈悲心」という言葉を書いた額がかけてあります。私は愚痴が出そうになるとその額を見るようにしています。

 

人は自分が得するために自分勝手になります。しかし自分勝手になると愚痴や文句が増えます。愚痴や文句で暮らす人生は決して幸せな人生ではありません。それは不幸せな人生です。中には自分勝手になる理由の一つに、まずは自分がちゃんとしていないと人など救えないというのがあります。それは自分を守る勝手な理屈です。そんな事はありません。

 

スーパーボランティアの尾畠春夫さんを見ると良く分かる話です。尾畠さんの収入は国民年金の月5万5千円だけです。失礼ながら経済的には困窮しておられると言っても良いでしょう。それでも食うや食わずで人のためにあれだけの働きができるのですから、「まずは自分がちゃんとしていないと・・・・」というのは理由になりません。何もしていない自分を正当化するための屁理屈です。何はともあれ、自分ができる事をできる範囲でするのが本筋だと思いますよ。

 

何より自分ではなくて人のことを思いやる心を持つと自分が幸せになります。慈悲心でもって愚痴や文句が減るのは幸せへの道です。自分勝手に自分の損得だけを考えるのは、物質的には得をする時もあるかもしれませんが、心は不幸せへ繋がる道なのですね。「自分の思い通りにならない」と愚痴や不満が増えていきます。でも本当に人のことを思って何かを実践しても、「隠れた利己的な意図があるのではないか?」と人からは思われます。多くの人はその頭の中に構築されている世界観が利己的ですから。

 

それにもめげずに実践するのが菩薩行でしょうね。これからも日本には災害が起こることでしょう。そういう時にこそ苦しんでいる人のことを思い、尾畠さんのように自分に何ができるのか考えて実践するのがお互い幸せになる道だと思います。そういう人の頭の中にある世界観には愚痴や文句が少ないと思いますよ。それは幸せなことです。何はともあれ理屈より「実践」ですね。口だけでカッコつけて「先ずはお見舞い申し上げます」などと言っている場合ではないのです。災害だけではありませんが、私も人様のために自分にできる事をできる範囲で毎日コツコツやっていきますね。それで私は幸せです。

 

合掌

 

仏光

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2018-09-07 04:32:55

一体何が起こっている?

テーマ:超自然現象

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昨日は北海道で大変な地震がありました。早朝のニュースを見てすぐに北海道に居る亡くなった従兄弟の家族に連絡を取りました。携帯電話やメールがつながりにくいという事もニュースで言っていたので、どうしたものかなと思いましたが、一応フェースブックのメッセンジャーで連絡をしたらすぐに無事との返事が返ってきました。ホッとしましたが、こういう時ににフェースブックが役立つ事を知りました。

 

それにしてもこの日本は一体どうなっているのでしょう。台風で大きな被害が関西で起きたかと思うと、今度は北海道で地震です。このように天変地異が続けさまに起こるのは、ただの偶然といえば偶然なのかもしれませんが、私は何となく必然的に起こっているのではないかなと思っています。世の中が大きく変化する時にこのようなことが過去の歴史の中でも起こっています。まあ思い過ごしかもしれませんが、これで80%の確立で来ると言われている南海トラフ地震が来れば、この国はマヒすることになります。

 

私の仕事にも最近異変が起こっています。近くの町から小中学生の陸上選手やサッカー選手が多く私のところに身体の故障で来ています。先日も中学生の女の子を診たのですが、その子はとっても良い選手なのに、何故かちゃんと走る事ができなくなりました。最初は足が痛くて重いといって来たのですが、それを無痛自律神経療法で回復させると足はとっても調子よくなりました。それでも何故か走れないのです。

 

心配したお母さんから連絡があり、話を聞いていると心理的な問題か、もしかしたら霊障かなと思ってもう一度来て貰うことにしました。そこで来られた時にいきなり除霊をしました。除霊の後その女の子は体がとっても軽くなったと言っていました。その次の日が大会だったのですが、いきなり自己ベストのタイムを3秒も縮めて見事県大会出場が決まりました。地元の陸上界では有名な選手だったので、みんなその子の不調を知っていたし、一晩にして復調しているのを見て驚きました。

 

お母さんも他の家族も霊障など全く信じない人達でしたが、目の前で起こっている事実を無視するわけにはいきません。お母さんも何が起こったのか他の人たちにあるがままに話しました。それからと言うわけでもありませんが、霊障が原因の子供たちが次から次と私のところに来るようになりました。昨日など4人も除霊ですっかり元気になり、家族の人も除霊の前後でそのあまりにも違う自分の子供の状態に驚いて他の仲間にも話しているみたいです。

 

子供だけではなくて大人でも、左の腰から足にかけて凄い痛みと痺れがあり、ヘルニアと診断されて病院で手術を受けたにもかかわらず、何ら変化が無く手術をした医者からも見放された人が来ました。医者は自分が手術をしておいて何ら変化が無かったので、手術前と同じような痛みを訴えているその人をちゃんと診る事も無く、何の改善も無いリハビリに回していたパターンです。

 

私もこれはおかしいなと思って、その人に説明をしてから除霊をしてあげました。するとその瞬間、寝ていても痛かった腰と足の痛みと痺れがほとんどなくなりました。結局これは霊障だったのですね。病院の医者はCTとかMRIを撮った上で一体どのような判断をして手術したのか知りませんが、結果的にはその手術は全く不必要な手術だったのです。その人は自分が良くなったので、年老いた父親が脊柱管狭窄症でほとんど歩けないと連れてきました。

 

父親は霊障ではありませんでしたが、無痛自律神経療法で随分歩けるようになりました。私は別に拝み屋さんでは無いので、除霊を好んでしたいとは思いませんが、それが原因ならば除霊をするしか回復する道がありません。ただこういうケースが最近どんどん増えています。初めて来る人に霊障の話をするのは胡散臭いと思われるのが分かっているので嫌なのですが、除霊をしてその場で自分の体や家族に天と地の差が出るのを実際に体験して、その人達もそのような次元があることを認識せざるを得ないことになります。

 

子供でも大人でも除霊すると、その顔つきまで変わるので家族の人は驚かれます。もちろん霊障が原因ならば心身の異常はその場で解消されます。このように目の前で起こる事実を今の科学では説明できないからと否定する事はできないのですね。否定するには劇的な変化の経験者があまりにも多過ぎます。先日も腎臓とその周辺のリンパ腺にできたガンで苦しんでいる年配の女性が来られて、除霊と無痛自律神経療法を施しました。

 

2日後にCT検査があったのですが、リンパ腺にあったガンが無くなり、腎臓のガンの陰も薄くなっているのが分かりました。一回の除霊と無痛自律神経療法の施術でそのような結果が出たのです。CTという客観的な測定方法で分かった事なので否定しようがありません。その女性は抗がん剤治療とか手術をしたくないからと私のところに来られたのですが、結果にとっても喜んでおられました。その女性は私が施術した後、いっぱい尿が出るようになったと言っておられました。たぶんそれが良かったのでしょうね。これからも週一回近くの町から来られるそうです。

 

私は決してガンが治るとは言いません。でも結果は結果です。そういうこともあることを受け入れざるを得ません。でも私は一体この世で何が起こり始めているのか、そちらの方が心配です。今日もまた霊障が原因の人が来る事でしょう。そして霊障以外の原因の人も多く居るので、全員では無いですがまた95%の人が回復していく事でしょう。それはその人にとっても私にとっても嬉しい事なのですが、霊障というケースがどんどん増えていて、私は何かが今この世で起こっているような気がするのです。別に不安を煽り立てたいとは思いませんが、目の前で起こっている事実は事実です。

 

どうしても次々にこの国に起こっている災害も、そういう違う次元の影響を受けているのではないかと考えてしまうのですね。だから私は来た人が回復したと手放しに喜べないのです。考え過ぎかもしれませんが、人間があまりにも傲慢になり、また自分勝手になり、そういう世の中を天が変えようとしているのかなと思ってしまいます。

 

でもとりあえず私にできる事は毎朝、中村和尚に教わった瞑想の修行を真剣にする事と、一生懸命身体を鍛えて毎日元気に働く事だけです。今後の事を考えると、本当に力をつけていかないといけないなと思うのですね。これは私に課せられた義務でもあり使命だと思っています。次に何が起こるのか分かりませんが、何が起ころうとも私の力がこの世で困っている人達のお役に立てるのならば、私はそれで幸せです。

 

合掌

 

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2018-09-05 09:50:01

何が一番大切?

テーマ:人格、人間力

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昨日も昼休みに筋トレに行きました。一昨日は低気圧の影響か、体がだるくて筋トレに行ったのですが、とてもウエイトが挙がらなさそうだったので軽くエアロビをしてからお風呂に入って帰って来ました。昨日は筋トレができたのですが、丁度その頃台風21号が日本に上陸していたのですね。

 

今日テレビのニュースで甚大な被害が出ているのを知りました。私が住んでいる静岡県東部は何も被害が無かったですが、被害に遭われた方には大変お気の毒に思います。過去に気象学者が警鐘を鳴らしていたことが、今実際に起こっています。大変な時代に入ったのだなと実感しました。今の時代の終わりの始まりのような気がしています。

 

テレビで車や家が飛ばされていくのを見て、今自分に与えられている物質的なものは、自分の物ではなく借り物なのだと実感できます。私の場合、何も資産というものが無いので、気が楽なのですが、資産や社会的地位など物質的なものに執着すると、何かあった時に苦しい思いをしなければなりません。

 

私にとって資産と言えるのは、健康や仕事の知識、技術を含めて私に備わっている力だけです。物を持っていても、いつか無くなるかも知れないし、死と同時にこの世のものは一切何の価値も持たなくなります。私は毎日つつがなく暮らしていけるキャッシュと健康さえあれば、それで良いと思っています。

 

人は資産や肩書など多くの物を持ちたがります。私も過去にそれらを持っていましたが、今はそういうものにあまり価値を感じなくなりました。自宅も家内の名義に変えて、私自身は何も物質的な資産を持たないようにしています。

 

物質的な資産は災害や騙されたりして無くなることがありますが、身に付いた資産は死ぬまで無くなることはありません。唯一無くなる可能性があるのは健康だけです。だからその可能性を少しでも減らすために体を鍛え、食べ物にも注意しているのですね。それでもいつかは私も老いて死にますが、まあその時は死ねばいいのです。

 

人は今の状態がいつまでも続くと錯覚しますが、「諸行無常、あらゆるものは常に変化し移り変わる」という真理がある限り、そんなことは絶対ないのです。今南米のある国ではスーパーインフレでお金の価値や物質的な資産の価値が急落しています。これは将来日本でも起こるかも知れません。

 

 

最後頼れるのはお金でもなく、資産でもなく、肩書でもなく、自分に備わった実力だけなのですね。その実力を付けて行くのに、不断の努力、精進が必要なのだと私は身をもって知っています。その中で一番大切なのは、何があっても歯を食いしばって頑張れる心です。自分に与えられた「物」はこの世を生きていく借り物であっても、心だけは自分のものですから。その心を育てるのに一生を費やしても損は無いと思いますよ。

 

 

合掌

 

仏光

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2018-09-02 21:57:01

嫉妬や妬みに打ち勝つ

テーマ:お釈迦様の教え

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今日は日曜日で昼から筋トレに行ってきました。その後少し仕事をする事になって、家に帰ってきたのは夕方になりました。トレーニング方法を息子から教えて貰った方法に変えてから、筋肉にはより効果的なトレーニングができているように思います。こちらの方がより筋疲労を感じるし、怪我の危険性も軽減できています。これからもこの調子でやって行きたいと思います。

 

さて、昨日の瞑想教室で、お釈迦様が言っている「人が何を言っているか、何をしているかを見る必要は無い。自分が何を言っているのか、何をしているのかを見よ」という教えの話をしました。私はこの教えが大好きです。人は他人のことを見て色々言います。何人か寄り合って、そこに居ない誰かの話に花を咲かせます。大概の場合それが悪口大会になります。特にこの国は他人が何をしているのかがとっても気になるようです。

 

私が肌身で感じた日本とアメリカの一番の違いは、日本の場合「みんな同じでなければならない」という意識がその国民性の根底にあります。同一民族国家として存続してきたので、基本的にはみんな同じ日本人で同じでなければならないのですね。ところがアメリカの場合はその根底が、「みんなそれぞれ違っていて当たり前。」なのです。多民族国家だからそれが当然です。人の出入りが多いヨーロッパにしてもかなりそのようなところがあります。

 

残念ながら「みんな同じでなければならない」でこの国には嫉妬や妬みが多いような気がします。誰かが良い思いをすると嫌なのですね。他人が幸せそうに暮らしているのを見ると、嫌だと思うのです。そして誰かが不幸になると、「人の不幸は蜜の味」とそれが面白くて好きなのですね。このような嫉妬や妬みの感情の根底には二つの決定的な心理的要素が絡まっています。一つは「同一性」。もう一つは「獲得性」です。

 

例えば同い年の人がよその会社や役場で昇進しても、そのことについて嫉妬や妬みの感情はそれほど強く生まれません。ところが同じ会社や役所の同期が出世したりすると、とたんに嫉妬や妬みの対象になります。同じ職場、これが「同一性」です。そして同じ同期なのに、あいつだけが出世したというのが「獲得性」です。出世を獲得したのですね。

 

だから同一民族国家というのは「同一性」が生まれながらにして存在しているのです。心理的な根底には「みんな同じなのに、何故あいつだけが・・・・」となるのです。ところがアメリカなどの社会では、この同一性が存在しない場合が多いのです。みんな違う民族なのだから、最初から「同一性」が無いのですね。

 

よい例が、私がアメリカの上場企業で30歳という若さで役員に抜擢された時に、同じ会社の同僚から多くの祝福を受けました。私は最初社交辞令でみんな祝福してくれているのかなと思っていましたが、彼らが本気で祝福してくれている事に気付きました。私の入社以前から働いている人を私が追い越しているのに、嫉妬や妬みといった感情を感じた事は一度もありませんでした。私はこれにはちょっと感動しましたね。

 

それは私が日本人で、アジアマーケット担当役員になったからです。アジア人がアジア担当になるのは彼らにとっては当たり前の話で、何も嫉妬や妬みの原因にはならなかったのですね。此処には同一性が存在していないのです。一方私が道場で禅の修業をしている時に私の本が出版されると、同じ道場の先輩などからの嫉妬や妬みを大いに感じました。

 

他の道場ではトップの老師の私の本への賞賛もあり、みんな私の著書を道場備え付けの本として購入しましたが、私が所属していた道場では遂に一冊も私の著書が置かれる事はありませんでした。これが「同一性」と「獲得性」です。「同じ道場なのに、また自分より修行年数が浅いのに何故あいつだけが・・・」になるのですね。組織内の他の道場では、私が本を出版したという「獲得性」はあっても、同じ道場では無いので「同一性」が存在しないのです。

 

だから何十年もそれなりの格好をして禅の修業をしていても、自分が生まれ持った嫉妬や妬みの感情を克服する事はできなかったのですね。それどころか40年以上禅の修業をしているある先輩は、あることないことでっち上げて私の悪口を陰で言って回っていた事が、後ほど心ある他道場の修行者の告白で判明しました。それで私は「何十年もここで禅の修行をしていても、こんな程度の人間になるのならば、禅の公案200則も言っているほど大した事は無いな。」と思って道場での修行はやめました。何故ならその先輩は禅の公案200則を全部通って「老居士」と呼ばれるようになっていたからです。

 

もちろんみんながみんなそうだとは言いませんが、私の普段の仕事の中で多くの人が訴える職場での人間関係の問題も同じルーツであると思います。特にこの国ではそれが顕著に出るのですね。だから職場や地域社会でみんな抜け駆けが無いようにお互いを見張りながら、お互いの足の引っ張り合いをするのです。それがドロドロの人間関係へと発展していくのですね。

 

日本では多くの場合、それが社会に出れば当たり前のことくらいに思われています。グループを作り、同じグループ内では仲良しでも、違うグループとはいがみ合うのです。これは職場だけではなく、近所付き合いや、何らかの目的をもった集団の中で常に起こります。

 

結局のところこれでは誰も心底幸せになることは無いのですね。だから人はどんどん攻撃してきますが、「人のことは見るな。自分のことを見よ」というお釈迦様の教えを思い出して、一々怒らないことです。もし怒りと共に同じような攻撃を相手にすると、自分もどこか相手と似てくるのです。まあ同じ程度の人間になるのですね。だから私はあっさり道場での修業をやめました。怒りに任せて仕返しをするようなこともなく、道場をやめて何もしなければそれ以上ドロドロした人間関係の問題は起こりません。そこで終わりになります。それがお釈迦様の教えです。結果的にはお陰さまで私は随分幸せになりました。

 

私たちは「同一性」と「獲得性」の因子をその心の中に遺伝子として持っていますが、それに打ち勝つ事で自分が幸せになる道が拓かれるのですね。お釈迦様は「怒らない事で怒りに打ち勝て。」と説いています。嫉妬や妬みを受けて嫌な事をされると怒りがこみ上げてくるものですが、やはり怒らない事で怒りに打ち勝たなければ幸せへの道は拓かないのですね。同じことをすると自分も相手と同じになります。間違った事は相手にされても自分はしないのですね。「同一性」と「獲得性」という人の嫉妬や妬みの本質をよく理解した上で、自分の怒りの感情に打ち勝つ事は本当に大切な事だと私は思いますよ。

 

合掌

 

仏光

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