仏光さんの心の相談室
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仏光が許さん!

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日曜日は前のブログに書いたように十里木高原まで標高約1000mをロードバイクで登ってきましたが、月曜日は朝のトレーニングができなかったので、昼休みに修善寺まで狩野川沿いを往復50km走ってきました。我ながらよくこんな体力があるなと思いました。しかも風があったにもかかわらず、堤防の道を時速27km~32kmで快調に飛ばしてきました。

 

前日の十里木では激坂での逆風でとっても苦労したので、それと比べれば平坦な道は少々逆風が吹いていてもすごく楽に感じました。昨日と今日はいつものように朝と昼休みに合わせて50km走っています。明日は雨みたいなので、久しぶりに体を休めることができますね。

 

さて先週、大変興味深いことが起こりました。1か月ほど前から親子で霊障で悩まされて私のところに来ている人が居ます。体の痛みをはじめ心身の不具合があるのですね。お母さんと30歳になる娘さんなのですが、その娘さんは統合失調と知的障害が少しあるとのことで施設に入っておられました。

 

ただそこで色々問題があったらしくて、家に帰って来て病院に通うようになっていました。もちろん病院に行っても症状は良くならず、家で暴れたり暴言を吐いたりしていました。お母さんも霊障で肩や首、背中が痛くなり本当に困っておられました。お祓いをすると良くなるので原因が霊障と分かっているのです。

 

二人は私がお祓いすると全く別人のように良くなります。娘さんも精神障害や知的障害があるようには思えません。本人たちは本当にすっきりするみたいで、私のところに来るのが楽しみと言っておられました。

 

私がお祓いすると良くなるのですが、家に帰るとまた具合が悪くなるみたいで、数日すると娘さんも暴れ出すのです。それが数回続いたので、私が「もちろん確証があるわけではありませんが、これはもしかしたら家に霊が居るのかも知れません。」と教えてあげました。そこで家のお祓いをすることになりました。

 

先週の日曜日に家のお祓いをしたのですが、2階の居間でお祓いをしている時に私に凄いげっぷが立て続けに出ました。それが3回お祓いしてもまだげっぷが出るので、「げっぷが出なくなるまでお祓いします。」と言って合計7回くらいお祓いをしました。霊が居ると私にげっぷが出るのです。

 

終わってから後ろにいるお母さんと娘さんに「体の調子はどうですか?」と聞いたら、家のお祓いで本人をお祓いしているわけではないのに、お母さんは肩や首、背中の痛みがすっかり取れてとても快調になりました。娘さんも「体が軽~い!」と言っておられます。そこで「これでちょっと様子を見てください」と言ってお祓いを終わりました。

 

そのあと約1週間経った先週の土曜日に二人でまた私の療法院に来られたのですが、話を聞くと私がお祓いしてから状況が激変して、娘さんが暴れたり、暴言を吐いたりすることが無くなったそうです。本人も気分良さそうにしています。二人はそれからも病院や施設にも行ったらしいのですが、みんなから「娘さんの目が変わった!」と言われたそうです。

 

私が家に霊が居るのかも知れないなと感じたのは、娘さんが「お母さんとか、おばあちゃんは好きなのに、何故か訳が分からなくなって暴言を吐いたり暴れたりしてしまう」と言っていたからです。それから幻覚や幻聴もあったみたいです。

 

それらの症状から病院では「統合失調」と診断されるのですが、私は違うと思うのですね。この娘さんも障害は子供のころからとの事なので、約30年間病院に通いながら、出された薬を飲み続けながら全く治らなかったということは他に原因があるのですね。治りもしないのに、何で治らない薬を病院では処方し続けるのでしょうかね。

 

私はお祓いによって状況が激変したので、娘さんの問題は霊障が原因であると、その結果をご家族と一緒に客観的に見て言えます。まあこれは本人とお母さんも言っているので間違いないでしょう。ここで娘さんが良くなって良かったと思いますが、同時に私は大変な不条理を感じるのですね。

 

もし今までの統合失調や知的障害が霊障が原因であったとすると、この娘さんは一生のうち大切な子供から青春時代を障害に悩まされ続けながら過ごしたということになります。ご家族の苦労も大変だったことでしょう。だから何十年もその家に居たと思われる霊は本当に悪い奴だと私は思うのです。

 

霊になっても何の罪もない人の一生を台無しにしてしまうような祟り方をする奴は、たとえ相手がもう死んでいる存在であっても「仏光が許さん!」です。まだ生きていて、人に嫌がらせをしたり、悪口を言ったり、仲間外れにしたりして人が困ったり悲しんだりしているのを見て喜ぶ奴や、人の不幸がこの上なく楽しかったりする糞のような人間がこの世の中にはいっぱい居ます。でも死んで霊になってからもそのようなことをするというのは本当に許せないですね。

 

そういう霊は自分を改めない限り死んでから何億年、何十億年、または永遠に浮かばれることが無いでしょう。これからも私はこの親子を見守っていきますが、本当に娘さんには自分の一生を取り戻してもらいたいです。

 

今までの苦労が報われるような一生になって欲しいですね。私は基本的に悪い奴は生きていても死んでいても容赦はしません。まだこれからも紆余曲折はあるかもしれませんが、本当にこのお母さんと娘さんには幸せな人生を歩んで行ってもらいたいですね。それが私の願いです。どうかお幸せに!

 

合掌

 

仏光

 

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こんな日曜日もあり

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先週の土曜日も朝からメチャクチャ仕事が忙しかったのですが、早朝と昼休みに通常通り合計45kmのロードバイクトレーニングができました。夜はもちろん瞑想教室の指導です。昨日の日曜日は、昼前から強風が吹くことが予報で出ていたので、それまでにロードバイクのトレーニングを終わらせようと思って、朝の7時に富士山の裾野にある須山という集落を目指してゲストハウスを出ました。

 

先週より歯が痛くて、昨日は昼前に家の近くの歯医者に行く予定で、須山に着いたら予約の電話をしようと思っていました。この歯医者さんは日曜日もやっているので助かります。山を登って行って須山に着いて歯医者に電話をしたら、連休の関係でお休みですとの事でした。

 

風が強くなる昼前にはまだ時間があるので、ここまで来たら歯は痛いけどやっぱり標高1200mの十里木高原まで登ることにしました。元々須山で引き返す予定だったので、朝食にそんなに多くのカロリーを摂っていません。須山までも結構な坂道ですが、これからが激坂なので、慌てて持ってきたエネルギーゼリーとスポーツようかんでエネルギーの補給です。

 

エネルギーゼリーが180kcalでスポーツようかんが110kcalなので合わせて290kcalが激坂を登る私の頼みの綱です。ボトルの水も飲んで5分ほど休んでから坂道を登りだしました。やはり予報通りだんだん風が強くなって来て、しかも激坂で逆風になっています。そこは人生と同じですね。すでに辛いのに、もっと厳しいことが起こるのです。

 

今回の登りは今までの中で一番きつかったですね。それでも心を折ることなく、自分のペースを守りながら登って行くと十里木に無事たどり着きました。前回登った時にこのコースを通常のトレーニングコースにしようと決めていたので、今回も逆風の中登れて良かったです。

 

問題は帰りの下り坂です。益々風が強くなって来て自転車があおられます。風でハンドルを取られてなかなかまっすぐ走れません。ブレーキをかけ続けながらスピードを落として下りていきました。昔アルペンスキー選手をしていた頃は、ダウンヒルで雪上を100kmで滑り下りていましたが、歳をとってから怪我をすることは絶対に避けたいので、自転車ではかなり慎重に下りています。

 

ともかく強風の中、無事にゲストハウスにたどり着きました。走行距離は40kmですが、この40kmは平地の数倍運動強度が高いと思います。昨日はかなり体が疲れました。帰って来てから先ずはお風呂に入って、昼食を作って、食べ終わってからスーパーに買い物に行って、今週食べる嵩ましご飯を作って、それから昼寝をしました。

 

昼寝から起きても身体は疲れたままの状態です。よほど強風で体力を使ったのでしょうね。家に帰ってから昨日は9時に寝ました。本当は昨日の内にブログも書きたかったのですが、疲れていてそういう気にはなれませんでした。それでもまた十里木まで登れたのでとっても満足な一日です。

 

不思議なことに帰って来ると歯の痛みが治まってきました。今は殆ど痛くありません。この調子だと今週も大丈夫そうです。メチャクチャ体が疲れて痛みが吹っ飛んだのでしょうかね。まあそれは無いと思いますが、自分の免疫力で歯茎の炎症が治まったのでしょうね。先週大変興味深いことが起こったのですが、それを書くとブログが長くなってしまうので、次のブログに書きますね。

 

疲れたけれどもこういう日曜日が過ごせることは幸せです。やはり健康が人生では全ての根幹をなしていると思いますよ。その健康を維持するのと、自分の限界に挑戦するのと、そんなに相反はしていないと思いますので、これからもロードバイクで十里木に登り続けますね。秋には箱根峠を登ります。本当に健康に感謝です。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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自分が認められる自分になる

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昨日も休み。朝から自転車でヒルクライムに挑戦です。でも天候があまり良くありません。月曜日に登った十里木まで、行けるところまで行こうと思ってゲストハウスを出発しました。使用機材はもちろんヒルクライムに強いと私が思い込んでいるグストのロードバイクです。

 

いつもの調子でどんどん登っていくと、案の定だんだん風が強くなってきました。また標高が上がるにつれて気温も下がって行きます。たぶん冷たい空気が上空に入り込んでいたので、標高だけの問題ではないかもしれません。

 

それでも登っていくと、標高600mくらいの山の集落、須山に着きました。でも風はどんどん強くなるし気温も低くなっていきます。これ以上のヒルクライムはもっと状況が悪くなると判断して須山から折り返してきました。

 

少し下ったところで、向こうから大きな荷物をツーリング用の自転車に付けて登って来る大学生くらいの若いサイクリストとすれ違いました。「その荷物でこの道は厳しいだろう」と思いましたが、道を挟んで「おはよう」と声を掛けました。彼はよほど苦しいのか歪んだ顔を上げて会釈を返すのがやっとでした。

 

「須山から御殿場に抜けるつもりならいいけれども、十里木まで行くつもりならこの強風と低温と急坂で悲惨なことになるだろうな」と思いました。でもこっちも結構なスピードで降りているので、もちろん話す余裕などありません。「まあ若いから何とかなるか」と思ってそのまま坂道を下って行きました。

 

十里木まで行けずにちょっと残念でしたが、天候が荒れているのでしょうがないです。そういう時もあります。無理に行けないこともないと思いましたが、登山と同じようにサイクリングでも引き返す勇気は大切ですね。下まで降りると気温が少し上がって体が温まりホッとしました。

 

まあ今回の連休は悪天候もありましたが、それなりに自転車三昧ができて良かったです。昨日は悪天候に阻まれて目的地まで行けませんでしたが、十里木のようなきついコースにまたチャレンジしようと思う自分の気持ちが嬉しかったですね。

 

走りながら高校生に時に国体やインターハイを目指していた時と同じ気持ちだなと気づきました。64才になるのに高校生の時と同じ気持ちで居られるのは嬉しい気分です。「いくつになってもこういう気持ちが大切なんだろうな」と思いました。

 

もちろん今はレースに出て人と競い合いたいなどとは全く思わないし、人と競い合うこと自体がスポーツに限らず不要なことだと思っていますので、この高校生の時と同じ気持ちは自分に対してのチャレンジの気持ちなのですね。

 

高校生の時は国体やインターハイに出て、両親や人に認められたいという気持ちもあったと思いますが、今はそんなことはどうでも良いと心から思えます。それよりも「自分で自分自身をちゃんと認めることができるか?」ということの方が私にとっては大切です。

 

自分で自分を心の奥底から認めることができたら、それが「幸せ」です。色々な物は揃っていても、自分で自分を認めることができなければ、それは「不幸せ」ですね。周りと自分を見比べながら「自分はまあこんなものでいいや」というのは自分を認めたことにはなりません。それは自分を自分に都合の良い理屈をつけて自分をごまかしているのです。

 

先日初めて十里木まで自転車で登った時は、すごい達成感と共に「自分で自分を褒めてあげたい」と思いました。これは幸せいっぱいでしたね。人に認められるとか、認めて欲しいとか、そんなことは私にとってはどうでも良いことですが、自分で自分をごまかすのではなくて、自分で自分を本当に認めることができるか?が一番幸せな人生にするには大切な事なのだと思います。

 

おかしなもので、自分で自分を心から認めることができるようになると、自然と人もいっぱい集まってくるものですね。それは私にとって良い発見でした。自分を好きになると、何かそういうプラスのオーラが出るのでしょうね。人に認めてもらおうとして肩書とか、お金とかをぶら下げていると、人はおこぼれ欲しさに寄って来るかも知れませんが、あなたが好きで寄ってくるわけではありません。そういうものが無くなれば人は皆な散って行きます。

 

だから幸せになるにはごまかしではなく、先ずは本当の意味で自分で自分を好きにならなければいけないのですね。そういう自分で居られるように私も毎日精進していきます。自分を振り返って満足できるところもあれば、ヒルクライムのスピードも含めてまだまだ足りないところもいっぱいあるので、これは一生精進ですね。今日も頑張りますよ。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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何が大切で何が大切でない?

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日曜日は強風で自転車に乗れませんでしたが、昨日の月曜日はその分自転車三昧の一日でした。まず朝はウォーミングアップ代わりにいつもの狩野川の堤防をピナレロのロードバイクで韮山の公園まで往復30km走りました。それから軽い昼食をとって、いよいよメインイベントの富士山の裾野にある標高1200m(道の峠は標高1000mくらい)の「十里木高原」目指して、今度はグストのロードバイクに乗り換えて登って行きました。

 

須山という山の集落でボトルの水を飲んで、前回のようにエネルギーゼリーを食べて、いよいよ峠にアタックです。ここからの坂が激坂で、標高600mくらいの須山まで登って来るのにもう足を充分使っています。だからここからが本当のヒルクライム勝負です。

 

半月ほど前に一度十里木まで登っているので、今回も登れたらそれは私に実力が付いたということになります。一回だけではまぐれに登れたということも無きにしも非ずなので、もう一度挑戦することにしたのですね。ところが今回走っていくと前回より坂が少し楽に感じます。

 

それから一回目は登り坂が永遠に続いているように思えましたが、やはり今回は道を知っているので気持ち的にも自分の位置が分かっていて楽でした。そして無事目的地十里木まで登りきることができました。途中やっぱり苦しいつづら折りの坂はあるのですがダンシング(立ち漕ぎ)で走破しました。

 

ツールドフランスなどの自転車レースでは、山岳コースを1級山岳、2級山岳、3級山岳にその難易度によって分けています。私が思うに十里木までの登りは間違いなく2級山岳にはなると思います。でも世界のトップレーサーたちはその坂を恐ろしく速いスピードで登っていきます。

 

それから比べると、私の場合は亀が坂を登っているようなものです。同じ人間とは思えませんね。一体どのようにしたら強くなれるのかプロショップの店長に聞いたら、「登りの練習あるのみです」と言われました。日本の元トップレーサーがそう言うのだからやっぱり強くなるには練習しかないのですね。

 

まあツールドフランスに出ている世界のトップレーサーと、ロードバイクを本格的に始めてまだ5か月で64歳になる自分を比べている私も滑稽だとは思いますが、私の場合は世界ではなく自分との勝負なので、自分に負けたくないのです。今回普通に十里木までの2級山岳が登れたので、これからはここを特別なコースではなく、通常のトレーニングコースにしたいと思います。

 

もう登れるのは分かったから、あとはどれだけ速く登れるようになるのか、そこが次の私のトレーニングであり勝負ですね。時間がある日曜日など、今までどちらかというと平地で長い距離を走ることをしていましたが、これからは山に登るようにしたいと思います。平地も楽しいけれども100km走ったとしても、そこにはもうあまりチャレンジがありませんからね。

 

昨日は十里木まで登った後でもまだ体力に余裕があったので、帰りは御殿場に寄って帰りました。それで走行距離は往復45kmになりました。午前中に30km走っているので昨日は合計75km走ったことになります。

 

今日も走りに行きましたが、また風が強いのと途中で腕時計が壊れているのに気づいたので、30kmで自転車は終わりにして腕時計を近くのショッピングモールに買いに行きました。私の腕時計はステンレスフレームのG-shockで、もう買ってから11年使っていました。最近時々表示がおかしくなっていたのでそろそろ寿命かなと思っていました。

 

今回も同じソーラー電池で電波時計のG-shockを買ったので、これでまた次の10年くらいは行けそうです。私には何百万円の時計を買う人のことは全く理解できません。仮にお金があっても時計には使いませんね。私にとって時計は正確に機能して、自分に似合っていて、壊れなければそれでいいのです。この時計も私にはかっこいいと思って買いました。

 

今回のコロナで多くの人も少しは目を覚ましたかと思いますが、今はお金があっても使う所がありません。株高で億万長者がいっぱいできています。でもそんなにお金があっても使う場所が無いのです。

 

ヘタな人間がお金を持つと、くだらないことにお金をいっぱい使って、最後はお金目当ての若い女に覚せい剤で殺されるのがオチです。今回はコロナでいい服を買っても着ていくところがありません。もちろん宝石や時計などもそうです。他の人に見せる場所が無いのですね。

 

海外旅行にも行けませんね。向こうに着いても2週間空港のホテルに監禁されます。外食産業の方には本当に申し訳ないのですが、外で美味しいものを食べるのはいいのですが、やっぱり外食や会食は一人黙って食べる以外、常にコロナ感染の危険にさらされます。

 

そのように考えていくとお金があっても使う場所が無いのですね。また人に自分の富を見せびらかせて優越感を感じる場所も無くなりつつあります。だからお金をいっぱい持っていても、それで自分を幸せにすることはできないのですね。

 

逆に幸せになるのに、つつがなく生きて行く以上のお金が必要ないことを多くの人が悟ったら良いと思います。もちろんつつがなく生きるのにはある程度のお金は必要です。それは歯を食いしばってでも働いて作らなければなりません。

 

ロードバイクを買うのにはお金が必要です。でも買ってしまえばあとはお金は殆どかかりません。私が十里木までロードバイクで登って行ってもタダです。それでも目的地に着くとたまらない達成感で幸せになります。

 

逆にこの幸せはお金では買えませんね。苦しい思いをしながら、それでも心を折ることなく走り続けた人だけが味わえる幸せです。今コロナの時代で私たちは「何が大切で、何が大切ではないのか」もう一度よく考えて見極める必要があると思います。

 

それを見極めた上で自分を幸せにすることをするのですね。コロナ以前だと多くの人がこういうことに気付くことさえなかったと思いますよ。物やお金や名誉を求めて「それが幸せ」と血眼で走り回っていましたからね。

 

私はこのコロナの時代でも、つつがなく、そして何不自由なく生活できているのが本当に幸せです。瞑想修行を一緒にする人が居て幸せです。仏道を語れる人が居て幸せです。勉強を教えている小学生の成績がぐんぐん伸びて幸せです。仕事でいつも良い結果が残せて幸せです。その上自転車に乗れたらもっと幸せです。私の人生はそういう幸せで十分ですよ。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

 

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自分の生き方が自分を物語る

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昨日は朝は晴れていて、いつものようにロードバイクで30km仕事前に走ったのですが、昼休みには雨になりました。昨日も仕事がめちゃ忙しかったので、体力回復のために久しぶりに昼寝をしました。基本的に毎晩7時間の睡眠をとっているので十分とは思いますが、たまに昼寝をするとまたこれも気持ちの良いものです。

 

今日は朝から晴れているのですが、風が強いので自転車はやめにしておきます。もちろん走ろうと思えば走れますが、風が強いとあまり楽しくないので体を休ませる方を優先しました。またこの連休中にスマホを新しくしたいので、今日お店に行こうと思っています。休みの日にできることは休みの日にやらないといけませんからね。

 

さて、先週から私のところに40代の男性が1年前からの目まいと吐き気で来ておられます。一応地元の脳外科の病院でMRIを撮ったところ脳が委縮していると言われたそうです。その人は私のところで良くなった人の話を聞いて来られました。目まいの人はお祓いで良くなることが大変多いので、お祓いの説明をして早速お祓いをしました。

 

案の定私にげっぷが出て、霊障があるのがよく分かります。来られた時は頭が重たくて目まいがしていたのですが、お祓いが終わってから立ってもらうと、「頭が信じられないほど軽い!」と言われて、「目まいはどうですか?」と聞くと「目まいは治っています」と答えます。やはり霊障が原因だったのですね。今週も来られたのですが、それから毎日体は快調でもう目まいは無いとのことです。

 

ただ1年間目まいがしていたので、時々目まいがしないのが不思議になると言っていました。まあそれは良かったのですが、問題は脳外科での診断です。次回は造影剤を入れてもう一度脳のMRIを撮ると言われているそうです。

 

私は「またか…」とは思いましたが、「症状が劇的に改善して目まいも無く心身が快調であるならば、脳が委縮しているという診断自体がちょっと疑わしいです。私は別にお祓いで脳の萎縮を治しているわけではありません。もし心配ならば違う病院でもう一度セカンドオピニオンとして脳のMRIを撮って診断を受けられた方が良いと思います。」と伝えました。本人もよほどおかしいと思ったのか「そのようにします」と言っていました。

 

一般的に患者というのは医学的知識が無いので、MRIの画像を見せられても何がどうなっているのか分かりません。病院の医師の言うことを信じるしかないのです。しかしもちろん全部が全部とは言いませんが、病院で働いている技師や看護師の話を聞いていると、レントゲンやMRIの画像が正しく読めない医師も結構居るし、患者の無知を利用して金儲けをしている病院も少なからずあると私は思っています。

 

私のところに来る人の話を聞いて、お祓いや無痛自律神経療法での症状の改善結果を今まで数千例以上見た上でも私はそう思います。

 

この人もたぶんそのまま病院に行っていれば何種類も薬を出されて、薬漬けになって、その間病院にず~と通い続けて、しかも全然良くならないという結果が待っていたと思います。それどころか関係のない脳の薬でもっとおかしくなっていく可能性もあります。

 

この人の奥さんのママ友があちこちの病院に通った挙句、症状が何も良くならず、私のお祓いで劇的に症状が改善した人で、この男の人は私の話を聞いて、ママ友の言うことを信頼して来られて本当に良かったと思います。そういう人はご縁があるのですね。

 

その人はメーカーで大型モーターの設計をしている人で、全くの理系ですが、自分が実際に劇的な改善を体験して霊と一般に言われている次元も存在するのだということを素直に受け入れておられました。どんなに修行をしても、何が何でも自分の意見と違うものは否定する頭の固い「糞おやじ達」とはそれこそ次元が違うのです。

 

もちろん何でもかんでも霊障が原因だとは言いませんが、最近私は心身の不具合にはそういう次元が関わっている場合の方がよほど多いのではないかと思っています。もしそういうものに憑依されている場合は、どんな薬を飲んでも、どんな手術をしても、憑依しているものを取らない限りはすっきり治るということは無いと思います。むしろ何をやっても治らない方が多いでしょう。

 

益々私は自分を鍛えて、天から与えられた力を大きくしていかなければなりませんね。ありがたいことに仕事はコロナ禍でも忙しいのですが、それと同時にもう自分から進んで人から認められたいとも全く思わなくなりました。

 

 

何も私が言ったりしたりする必要は無くて、自分の仕事の結果が人から人に自然に物語ってくれるのです。そういう意味で自分の中にある「自分を認めて!」という自己承認欲求はほとんど無くなりましたね。先日自転車で十里木という標高1000mくらいの峠まで、標高30mのゲストハウスから一気に登った時は自分で自分を褒めていました。今の私はそれで充分です。

 

 

「人に認めてもらう?そんなものはどうでもよい」と心から思えるようになって本当に幸せです。人なんて思いたいように思わせておけばいいのです。私には人がどう評価しようが全く関係の無いことです。そのように思えると毎日楽に過ごせますよ。どうせ一生の時間は限られていますからね。何をやってもあなたの居ないところであなたの悪口を言っている奴は居ます。

 

 

お釈迦様は「黙っていてもそしられ、話してもそしられ、およそこの世にそしられない者は居ない」と断言しています。どんなに良いことをしてしても悪口をいう奴が必ず居ると言っているのです。不必要なことは考える必要は無いのですね。「人がどう思っているか?」などと気にする時間があれば、自分で自分を鍛えていた方がよほど結果がいいですね。それも毎日を幸せに生きる良い方法だと思いますよ。

 

合掌

 

仏光

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意地悪な人間、そうでない人間

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今日は木曜日。祝日で休みですが、雨で自転車には乗れません。一日体を休めることにします。さて、世の中では自分は何も悪いことはしていないのに、意地悪されたり、嫌な思いをさせられたりすることがあります。私は人に意地悪をする人間は、本人が気づいて自分を正さない限り、世の中にとっては本当に迷惑で居ない方がよい存在でしかないと思っています。

 

でもそういう人間は世の中にいっぱい居ます。あなたの職場や周りにも居ると思います。人が幸せそうにしているのが気に入らないとか、自分より良い状況に居るのが気に入らないとか、また自分が不幸で気分が悪いので、他の人にも気分悪く不幸な思いをするように意地悪なことをしたりする人間が居ます。

 

そして相手が悲しみ、辛い思いをすることで喜ぶのです。これは全く悪魔の所業ですね。そういう人間は魔に取りつかれているのです。自分が魔に取りつかれている人間ほど自分はまともだと思っています。まともだと思って仲間を募って人の悪口を言っては喜んだりしています。

 

仮に相手が自分の嫌いな人間であっても、放っておいて関わりが無いようにすればいいのに、その人が不幸になるようなことを言ったりしたりしなければ気が済まないのですね。本人もそのことは知っています。でもどうしようもない自分の心の奥底から湧き上がる意地悪な気持ちに逆らえないのです。そして相手に意地悪をしたり、仲間を募って悪口を言ったりして人生を過ごすのです。

 

私は天から人を救う力は授けられていますが、罰する力は与えられていないと思っています。だから意地悪な人間を罰するのは天にお任せしています。でも正直「この野郎!」と思う人間も中には居ます。そういう意地悪な人間には善意は全く通じません。相手の善意を逆手にとってもっと意地悪をしてきます。

 

また自分が標的になるのを怖がって意地悪な人間に同調したりする人間も多いです。意地悪を見て見ぬふりをしているのは一緒になって意地悪をしているのと同じです。「まあそれはそうなんだけど、実際世間では・・・・」と言って、具体的に自分が標的になるのが嫌で見て見ぬふりをするのです。世の中には本当に勇気の無い人間が多いものです。

 

大昔から人間は神的な部分と悪魔的な部分の両極を持っていると思います。それが生まれつきそうなのかは分かりませんが、人間社会で育っていく過程でそうなって行きます。私にもその両極端の部分があるのは自覚しています。でも自分に巣食う悪魔の部分で生きるのか、神的な部分で生きるのかはその人の自由です。

 

私はそういう自分を自覚しているからこそ、何とか自分の悪魔は押し殺して神的な部分のみで生きて行こうと努力します。この国では私に面と向かって意地悪をする人間は居ません。どうもそういうオーラが出ているみたいで、何かあってもせいぜい勇気の無い人間が何人か集まって陰で他愛もない悪口を言う程度です。もちろんそのような雑魚(ザコ)は私が相手にする価値も無いので放って置きます。

 

でもこの国でも学校や職場で意地悪をされる人が後を絶ちません。それどころかいっぱい意地悪があります。中には「意地悪される方も悪いのよ~…」と言っている勇気の無い間抜けな人間も結構居ます。私は誰が何と言おうといじわるされる人間ではなく、意地悪をする奴が決定的に悪いと思っています。そういう人間はその報いをいつか天から受けることでしょう。

 

私の息子たちはアメリカの学校や社会でやはり日本人ということで意地悪をされましたが、長男はそういうアメリカの悪がきを叩きのめすことによってメチャクチャ強い人間になりました。親のひいき目では無く、アメリカで苦労した分、客観的に見てメチャクチャ強くて優しい人間になったと思います。だから他のアメリカ人、特に弱い立場のアメリカ人にとても慕われていました。日本に来てからは日本人の仲間からも信頼されているようです。

 

私の長男のような人間は問題ないのですが、意地悪をされても反撃できない弱い人は世の中にはいっぱい居ます。私はそういう人の力になりたいと思います。でも私自身あまり意地悪をされた記憶が赤ん坊の時から無いので、どのようにしたらそういう人達の力になれるのかがよく分かっていません。

 

昔の私は、もしやられたら絶対ボコボコにやり返すのが基本でした。だからいじわるされないオーラが出ていたのかも知れませんが、そういうことができない人は世の中にはいっぱいいるし、どのようにしたらそういう人達の力になれるのかこれから真剣に学んでいきたいと思います。

 

このブログを書いていて気付いたことが一つあります。それはまず意地悪をされて困っている人に「こうしたら?ああしたら?」と問題を解決するようなことを言うのではなくて、先ずはその人と一緒に苦しい思いをすることだという事です。そこから学ぶことが多いと思うのですね。

 

そういう困っている人たちに、「自分の場合はこうする・・・・」などと言っても問題解決にはならないのです。その人たちは私とは違うわけですから。だからその人になりきって一緒に先ずは苦しい思いを共有する度量が私に必要なのですね。そこが今までの私には足りていなかったところです。自分がその人と一緒に苦しい思いをするのが嫌だったのです。だからすぐに解決方法を考えてしまう。

 

でも「無抵抗の抵抗」で有名なインド建国の父ガンジーを見ていると、そういう弱者の気持ちになりきって一緒に苦しい嫌な思いを共有しているし、刑務所に投獄されるなど民を代表して嫌な仕打ちを率先して受けています。私も早くそういう人間になりたいと思います。本当に世の中には人に意地悪や嫌がらせをしたり、悪口を言ったりする人間がいっぱい居ます。

 

それによって傷つき苦しんでいる人もいっぱい居ます。難しいことかもしれませんが、そういう人の力になれる人間になりたいと思いました。まだ思いだけで実践が伴っていませんが、これから一つずつ学んでいきますね。

 

今回よく分かったのは、強いだけが取り柄ではだめだということです。人と一緒に苦しむ度量も私には必要なのです。まだまだ人生学ぶことが多いですね。今日はそういう人間になるために、「明日死んでもいい」のではなくて、本当に「もっともっと生きていたい」と思いました。

 

合掌

 

仏光

 

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歯を食いしばって耐え抜くものは耐え抜く!

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昨日も昼休みは須山という富士山のふもとにある集落までロードバイクでヒルクライムしてきました。往復33kmになりましたが、獲得標高は600mくらいでした。昨日トレーニングをしていて「もっと強くなりたい」と思いました。でも自分のペースをむやみに上げると後が続かなくなるので、ペースを守りつつ少し登りのスピードを上げました。

 

別に誰と競い合っているわけでもないのに、また高校や大学のアスリートでもないのに、何で「もっと強くなりたい」と思うのか自分でも不思議と言えば不思議です。たぶん昨日よりも今日、今日よりも明日もっと良くなっている自分で居たいのだと思います。

 

さて、世の中は不公平にできていて、そして不条理なことが次から次と起こります。そういう不公平や不条理なことには正直腹が立ちます。不条理なことなどほとんど毎日起こるので、放っておけば毎日腹を立てなければなりません。

 

世間では「勝ち組、負け組」という言葉を使ったりします。今は経済的に裕福になった者を「勝ち組」。そうでない者を「負け組」と言っています。でもこの勝ち組、負け組の語源は第二次世界大戦前までさかのぼります。

 

大戦前、日本国政府は政策として多くの日本人をブラジルをはじめとする南米に移住させました。その時の政府はブラジルは天国みたいな国だと宣伝して、多くの人は「政府の言うことだから信頼できる…」と信用して、日本の家や田畑などの財産を全部売り払って南米に移住しました。しかし実際に現地に着いてみると、天国どころか地獄のような所でした。

 

もちろん当時はインターネットや国際電話など無いので、その状況を故郷である日本に伝えることは簡単にはできません。移住した人はもう戻れないと覚悟して、頑張ってアマゾンのジャングルを切り開いて畑を作りました。その間に多くの人が過労や栄養失調、現地の風土病などで亡くなりました。

 

それでも頑張って農場を拓き、そこでの生活を何とかしていたのです。そこへ「日本が戦争に負けた」という情報が入ってきました。ブラジルに移り住んだ日本人の中で「いや日本は勝っている」というグループと「日本は負けた」というグループに分かれて争いが始まり、流血騒ぎにまで発展しました。

 

ここから「勝ち組」、「負け組」という言葉ができたのです。だからその語源は相当古いものです。勝ち組でも負け組でもブラジルに移住した人は、戦後日本政府から何の援助も無く、捨てられるように忘れ去られました。

 

私が多くの人が「権威」と思っている政府を全く信用しない理由がここにもあります。だから政府が「ワクチンは安全です」と言っていたら、とりあえず私は「ああ危ないんだな」と思うようにしています。

 

本当にこの日本政府による南米への移民政策は不条理な話だと思います。しかし、その移民の子孫が今でも元気にブラジルで生活しています。当時の移民でブラジルで成功した人も結構居られます。彼らは歯を食いしばって頑張り、異国の地での逆境を自分の力で覆したのです。

 

私はいつも不公平や不条理で腹が立ちそうになった時に自分に言い聞かせている言葉があります。「世の中にはびこる不公平や不条理を歯を食いしばって耐え抜いた者は、余人(普通の人)ではまねできない事を成し遂げる。」というものです。

 

これは三国志に出てくる曹操の軍師であり、諸葛孔明の好敵手であった仲達(司馬懿)の言葉です。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の有名な故事に出てくる仲達ですね。のちに彼の孫が西普を建国し三国統一を果たしています。

 

三国志を読んでいても人間社会は有史以来、不公平と不条理に満ち溢れているのです。その不公平で不条理な世の中を生き抜く気概がこの仲達の言葉にあると私は思います。

 

腹が立つ不公平や不条理なことは毎日人の世で起こります。私などテレビでニュースを見ていられないほど起こります。だからテレビのニュースは滅多に見ません。それでも人として生まれてきたので、この不公平と不条理がはびこる人の世で生きて行かなければなりません。

 

この仲達の言葉を自分に言い聞かせて、やっと今の私があるとも思います。「世の中にはびこる不公平や不条理を歯を食いしばって耐え抜いた者は、余人ではまねできない事を成し遂げる。」この言葉で私は救われます。仲達さん、随分歴史は流れましたが今の世でも私はいつもあなたの言葉から力を頂いていますよ。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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今日は友達と行ってきました!

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昨日は土曜日。いつもより多く55kmを朝と昼休みにロードバイクで走りました。夜はもちろん瞑想教室で皆さんと一緒に瞑想しました。今日は日曜日でまた朝から友人とサイクリングに出かけました。西伊豆の大瀬崎まで海岸線を走って行きます。今日は天気も晴れ時々曇りで絶好のサイクリング日和です。結局大瀬崎まで走って、帰りに狩野川沿いの大仁という所に寄ってから帰ってきました。総走行距離は85kmでした。

 

本当は修善寺まで行って合計100km走りたかったけれども、私の友人がそろそろ限界に近づいていたので85kmでやめました。実質走行時間は4時間です。私が先頭を走り友人が私の後を風をよけながら走ります。いわゆるスリップストリーム走行で空気抵抗を下げるのですね。

 

私は最初から最後まで先頭を走ったので結構きつかったですね。特に帰りは逆風になったので体力を使いました。その友人と走るのは初めてでしたが、歳も彼が一つ上でとっても気が合います。彼は大手自動車メーカーに技術者として勤めていて、今週で完全に退職になります。今日は本当に楽しかったみたいです。来週からは自由の身なので、「もっと自転車に乗りたい」と言っていました。

 

空気抵抗を下げながらでも、ちゃんと私の後を走って来れたので、また一緒にサイクリングに行こうと思います。無事ゲストハウスに帰って、お昼ご飯を作りながらお風呂を入れて、昼食とお風呂を済ませてから私の仕事場に来てこのブログを書いています。この後すぐに小学生に国語を教えて、特別に一人診て家に帰ります。

 

こういう日曜日は本当にいいですね。休みの一日を無駄なく使っているように思えます。本当に私はロードバイクを始めて良かったなと思います。「もしこれが無ければ今頃休みの日に何をしているかな?」と考えましたが、どうせゴロゴロしているだけだったかなと思います。

 

来週は特に仕事が忙しそうですが、空いている時間にできるだけロードバイクに乗りたいと思っています。何でこんなにトレーニングを積んでいるのか、やっている本人なのに私にもよく分かりません。たぶん「天」にやらされているのだろうなと思います。いつかこのように私が体を鍛えておかなければならない日が来るのでしょうね。

 

とりあえずこういう毎日を送っていると、私に与えられた特殊な力が大きくなっていくことに気付きます。もちろんそのためにトレーニングをやっているのではありませんが、私にとっては嬉しい効果です。これによって多くの困っている人のお役に立てるので、私の仕事にとってはありがたいのですね。

 

先日突発性過眠症という診断を受けた青年が私のところに来ました。彼は物心ついた頃から朝なかなか起きられず、昼間でも急に眠くなって寝てしまったりするそうです。また学校の給食も昼休みに寝てしまって食べられないことも何度となくあったそうです。それでも学校は高専を卒業しているので、彼はそれなりに頑張ったのですね。

 

それでも、ちょっとうつ病も発症していて可哀そうでした。礼儀正しい良い青年なので助けてあげたいと思いました。とりあえずお祓いをしたのですが、いつものように私にげっぷが出たので「これは霊障だな」と思いました。

 

お祓いの効果はてきめんだったみたいで、二日後私のところに来たので様子を聞いてみると、次の日の朝からぱっと起きられるようになって、昼間に眠たくなることが無くなったと言います。二回目のお祓いもしたので、たぶんこれからは大丈夫でしょう。これでこの青年の一生が変わるのですね。

 

これはほんの一例ですが、こういうことを考えると私も自分を「鍛え続けなければな」と思います。もちろん全部の症状をお祓いで良くしているわけではありませんが、こういう力は人を救うのにはどうしても必要だと思います。これだけ多くの人がお祓いで良くなるのを見ていると、「もっと多くの困っている人にご縁ができますように。」とも思います。

 

今日もできるだけの事をして一日が終わりそうです。トレーニングも含めて、こういう毎日を私の寿命が来るまで続けていきたいですね。「情けは人の為ならず」ではありませんが、それは人のためだけではなく、私のためにも大いに役立っています。

 

この歳になってこんなに一日が充実して、そして何よりも多くの人のお役に立てて、毎日心穏やかに過ごせることに感謝します。「天」に居る皆様のお陰ですね。本当に良い人生をありがとうございます。ご期待に沿えるようにこれからも頑張ります。

 

合掌

 

仏光

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「生を明らめ、死を明らめる」

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今日もロードバイクトレーニングは快調です。体が健康なのは本当に宝ですね。「健康よりも〇〇が大事だから〇〇をする。」という生き方はやっぱり基本的に間違っていると思います。また「健康診断をしているから大丈夫。」とか「医者に行っているから大丈夫。」と思うのも間違っていると私は思います。

 

私の健康は私が診断します。その基準となっているのが毎日の体調と、1年に3回の自主的な血液検査です。検査項目も医者ではなくて私が指定します。もちろん薬はひとかけらも飲みません。健康で居ることは大切ですが、長生きするとがんになることはあると思っています。その時私はそのがんで死ぬ予定です。

 

今までの厚生労働省のデータを見ると「早期発見、早期治療」という概念が間違っていることがよく分かります。検査機器の発達で早期にがんは見つかるようになりましたが、がんの死亡率は下がっていません。早期に発見してもがんで死ぬ時は死ぬのです。特に真正がんは何をやっても治ることなく必ず死にます。それなのに抗がん剤を打つなどは私は意味が無いと思っています。

 

食事の管理や心身のトレーニングを続けたとしても、病気にならない保証は全くありません。ただ食事管理やトレーニングをしないよりかは病気になる確率が大幅に下がるだけです。まあ当たり前の話ですね。だから私は健康のために自分でできることは最大限やった上で、自分の寿命が来ればちゃんと死ぬ予定です。

 

私は自分に与えられた特殊な能力で一般に「霊」と言われている次元を毎日目の前で見ているのですが、どうも寿命というのは生まれた時に既に決まっているみたいです。だからいくら健康でも寿命が来れば死ぬし、いくら病気でも寿命が来るまでは絶対に死にません。

 

もちろん私が一生懸命トレーニングしても寿命が来れば死ぬのです。もし私が明日死ぬことになると、世の中では「あんなに健康を意識してトレーニングしていてもこんなに早く死ぬのだから、トレーニングなど意味がないよね。」という奴がアホな顔をして必ず出てきます。でもそういう奴は必ず間違って人生を生きています。

 

確かに生きている時間は決められた寿命で終わりますが、死ぬ時にどのような状態に自分がなっているかはある程度自分で決められます。一生懸命トレーニングして死ぬ前の日まで健康でぽっくり死ぬのか、何年も病気で寝たきりになって、管をいっぱいつながれて苦しみながら死ぬのかは、全部が全部とは言いませんが、その人のそれまでの人生の過ごし方にかかっているところが大きいです。

 

私は病気になる可能性が少なくなるような生き方をしているだけです。いつ自分が死ぬかなど私の知ったことではありません。とりあえずお迎えが来たら、「いつでもどうぞ」と言えるように毎日自分のベストで生きているつもりです。私はそういう生き方こそが大切であって、自分が死ぬ時期などどうでも良いと思っています。何をやっても死ぬ時は死にますから。

 

老人になって70年、80年、90年も生きて、「がんです」と告知されると慌てふためいて気もそぞろで落ち込む人が結構います。でも私はそのようにはなりたくないし、たとえがんと告知されても死ぬ前の日まで自分のベストで生きる予定です。

 

がんでも体調が良ければ、普通に月に1000kmはロードバイクに乗りますよ。死ぬのはどうでもよいけれども、それまでの生き方が私にとっては大切なのです。それこそロードバイクの上で死ねたら本望かも知れませんね。それピンピンコロリです。

 

今日の朝いつもの狩野川の堤防を爽快に走りながら、「明日もこのように走れたらいいな。そうなったらありがたいな。」と思いました。今のところ毎日爽快に走れているので、毎日がありがたい日々です。

 

でもこういう日々は、自分が死ぬことを真剣にとらえているから生まれてくるのですね。「自分が死ぬのはまだまだ先」などと漠然と思っているから、いざ死ぬ時になると慌てふためいて、これまた漠然と死んでいくのです。真剣に死ぬことを意識すると真剣に生きることを意識するようになります。

 

逆説的ですが、「真剣に死ぬことは真剣に生きることにつながる」と言えるのですね。「生を明らめ死を明らめるは仏家の一大事なり(生の本当の意味を知り、死の本当の意味を知ることが仏弟子として大変重要なことですよ。)」という教えがあります。私はまさしく「真剣に死ぬことは、真剣に生きることにつながる」という真理を指しているのだと思いますよ。今日も自分のベストで生きて行きますね。今日も健康でありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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自分を超えると可能性が広がる

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昨日は私にとって記録的な日になりました。時間の都合で朝は20kmしかロードバイクで走れなかったのですが、昼休みに時間があったので富士山の裾野にある山の集落「須山」まで登ることにしました。日曜日に行く予定だったのですが、風が強くてサイクリングに出たものの途中で引き返して来ました。

 

まあいつものように登って行って、パン屋さんの駐車場でボトルの水を飲んで3分くらいの休憩した後、須山まで一気に登って行きました。須山に着いてボトルの水を飲んで、持ってきたエネルギーゼリーも飲んで、まだまだ体に余裕があったので、熊が出る「十里木」まで行けるところまで登ることにしました。

 

須山から十里木まで近いと思っていたのですが、きつい登りが6km続くことを標識で知って、「やばいかな」と思いました。でも自分のペースを守って登って行きました。案の定メチャクチャきつい登り坂が続きます。通り過ぎてきた「馬の目の坂」など全然大したことは無いのだと、「十里木」目指して登りながら思いました。

 

もちろんダンシング(立ち漕ぎ)で登らなければいけない箇所もいくつかあり、足の筋肉がだんだん限界に近づいていくのが分かりました。心拍数も上がってきています。十里木高原は標高1200mのところにあります。道の峠はそこまで標高が高くは無いけれども、たぶん1000mくらいのところにあると思います。

 

私のゲストハウスが標高30mくらいだと記憶しているので、ほぼ1000mの標高を自転車で一気に登ることになるのですね。まあきつくて当たり前なのです。それでも森の中に続くつづら折りの坂道を自分のペースでペダルを回し続けると、交差点の信号が見えて来ました。表示を見るとそこに「十里木」と書いてあります。思わず笑顔が出て来て、「やった~!」と右手で一人ガッツポーズをとりました。

 

でも道はそこからも上がって行きます。とりあえず峠のてっぺんまで行こうと思って、またペダルを回し始めました。そこから1kmくらい走るとほどなく峠のてっぺんに着きました。そこからは富士市に向かって道が下り坂になっています。登りで大切なのはやっぱり足よりも「心」ですね。人間は心が折れないと登り続けることができます。

 

てっぺんに着くと左の森の方からバンバン銃声が聞こえてきます。私は地元の猟友会の人が害獣駆除で熊を撃っているのだと即座に思いました。凄いタイミングですね。まあ、イノシシかも知れないけれど「やっぱりここにはクマが出るのだ~!」と思って、そこから慌てて折り返してきました。とにかく須山から一度も休むことなく十里木の峠まで急坂を登れたのは、私にとっては超快挙です。

 

もともと登りが苦手で始めたヒルクライムのトレーニングですが、今は登りにちょっと自信が出てきました。下りはペダルを漕がなくてもガンガン下りていきますが、今度はブレーキをかけている手が痛くしびれてきました。それでも下りていくと山のコンビニがあってそこでコーヒーを飲みながら小休止です。

 

そこからまた「馬の目の坂」を下って、パン屋さんを通り過ぎて行きます。パン屋さんなどかなり下の方にあるのだとその時認識しました。今までここまで登ってヒルクライムをやったつもりになっていたのですね。十里木までの事を考えると、今迄のは子供の遊びみたいなものでした。

 

ゲストハウスに着いてサイクルコンピューターを見ると走行距離は40kmでした。山の40kmはきついですね。狩野川の堤防とはわけが違います。着替えてから、また午後の仕事を始めました。それでもそれほど疲れたとは思わなかったです。

 

何事にも上には上があるものです。もう少しトレーニングを積んでから今度は箱根の坂に挑戦しますね。昨日の調子だとたぶん問題なく登れると思います。私は今年64歳になりますが、この歳になってこんなことができるとは思ってもいませんでした。人間には潜在的に秘められた力があるのですね。それを引き出すのもその人次第です。

 

いつも「昨日よりも今日、今日よりも明日」と、自分に挑戦しているとそういう力が出てくるのだと私は思いますよ。自分の限界を超えた時に新しい道が開けるのですね。自分の可能性を広げるのも自分次第なのです。今回はそれがよく分かりました。本当に強靭になって行ってくれる自分の心身がありがたいと昨日は思いました。また今日も頑張りますね。ありがとうございます。

 

合掌

 

仏光

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