自由気ままにリベルダーデ -134ページ目

七夕

今日のリベルダーデはくもりのち雨。15℃。


寒い。  さ・む・い。    さ む ~  い。


本日、わが街リベルダーデではこ~んなことが行われた。


それは、何かと言うと・・・。

七夕  じゃ~ん。


そう、七夕である。


私がブラジルに来た時からやっていたから、もう10年以上になるんだろう。


リベルダーデの広場と、そこへ続くガルボン・ブエノ通りに店が並ぶ。


そして、仙台の七夕から、宮城県人会が主催するのだが、必ずブラジルの七夕の日は「寒い」というのがここ数年、私の定説である。今年も例外なく、金曜日まで暑かったのに、始まったこの日から寒くなった。


「気候と季節に合わせて、催し物をすりゃあいいのに」とふとどき者の私は思うのだが、ブラジルの日系人は催しを日本のカレンダーどおりに行う。


だから、さむ~い冬に七夕をして、「ミス七夕」に選ばれたお姉ちゃんたちはどんなに寒くても「ゆかた」を来て、歩かされる。


逆に、クソ暑くて、餅なんて1日でカビが生えるのに、12月31日に同じリベルダーデ広場で「餅つき大会」は行われる。


でも、こうした気温無視の催しでも、カレンダーどおりに日本の催しをしてきた移民には心のどこかで「すごいな」と感動している。


日本への郷愁といえば、それまでかも知れないが、それを執り行う、守り抜く偉さ。


ヘナチョコ人間の私などには、そのかたくなさ、日本への熱い思い、というものはまだ無いのかも知れない。


そして、「おいおい、ちょっと~」と思うことはあっても、その祭りに行って、文句を言いつつも楽しむ自分がいる。


少し前までは今の日本人には知りえない「天長節」を祝う移住地すらあったという。


だんだんと時が流れ、催しにはブラジル色が付いてくる。


例えば、この七夕祭りにはちゃんと笹の葉の付いた竹が飾られ、宮城県人会特許の短冊が1枚2レアイス(約100円)で売られて、その場で願い事を書いて、笹にぶら下げることが出来る。


短冊  こんな風にだ。


もちろん、書かれている文字はポルトガル語。


そして、ブラジルらしいのが短冊にはピンクや黄色、青や白など色々な色があって、「ピンクは恋愛」「黄色はお金」「白は平和」、「緑は希望」、「青は健康」というように色による意味があるのだ。


小学校以来、短冊に願い事を書いて、ぶら下げるなんてことは日本にいたら出来ないような事だった気がする。


ブラジルならばやる気になれば、毎年、さむ~い7月に短冊に願い事を書いて、ぶら下げることができるって訳だ。

宮川さん

今日のリベルダーデはくもり時々雨。いやぁ、冬っぽく、寒くなりましたよ。


今日は2週間ぶりのブラジル日和 の日。


本日のゲストは宮川頼周さん。この方、現在はバイア州と言って、サンパウロからバスで30時間以上かかる所にお住まいです。


数年前、胆嚢や胃などを切るためにサンパウロにある日系人の病院・日伯病院で手術をし、それから去年、今年と2年続けてサンパウロに半年ほど住むようになりました。


飄々(ひょうひょう)とした語り口ながら、戦後の農業移民として、日本政府の国策で騙されたように移民してしまった宮川さん。家族の多くも、またご自身も日本へデカセギに行った経験がある。


でも、どうしてなんだろう?


宮川さんには悲壮感がない。


キャラクターなのか?


ブラジルでも特に暑い東北部に長くお住まいだったからか?


気候と同じカラリとした笑いたっぷりのお話 は、何となく、気がめいった時、暗くなってしまった時に聞いて欲しい。

ワイルド・ソウル

今日もリベルダーデは晴れ。なんと西日が当たって32℃。


「ワイルド・ソウル」というアマゾンに移民した日系ブラジル人が外務省を相手取って、報復をするというストーリーの本が映画化するという話だ。


実は、この「ワイルド・ソウル」を書くにあたって、著者の垣根涼介氏がブラジルを訪れた。


その時に、たまたま縁があって、お会いしている。


サンパウロに着いてすぐにお目にかかったのだが、この本で、金持ちのオヤジのモデルとなった人の車に垣根氏と同乗させてもらった。


そこで同氏は普通の人なら見落とすような光景に「ぼく、こういうのが好きなんですよ」と言って、熱心に写真を撮っていた。


どんな光景かと言うと、サンパウロではよく走っている自動車が信号待ちをする間、貧しい子供たちが車のサイドミラーにガムやキャンディーをぶら下げて、物を売るために道路を走りまくる。


この光景に見入って、写真を激写していたのだ。


ブラジルに対する感想も面白かった。


歩き方を見るだけで、この国の余裕というものを感じるよって。


私にとっては、とても印象的なセリフだった。


その後の作品には、ちょっとエッチなシーンが出過ぎ!っていう気もするが、「ワイルド・ソウル」ぐらいならすんなりと読める。


私が好きなのは、同書の最初の部分だ。

アマゾンで日本語も忘れた野獣化した子供。


その後、この最初の部分の話のモデルになったであろう方ともお目にかかり、お話しやその方の娘たちのことを綴ったものを読ませてもらった。


製作費は10億円以上で、アマゾンロケも予定。ブラジル移民100周年にあたる2008年公開を目指す ということだから、ぜひとも期待したい。


垣根 涼介
ワイルド・ソウル

酒ピリーニャ

今日もリベルダーデは晴れ。24℃。


昨日、NHKで紹介していたんだけど、本日のご紹介は「酒ピリーニャ」。


NHKで紹介していた中島さんは現在サンパウロの特派員。海外に住んでいると「おっ、中島さん手ごろな所で取材しているなぁ」とか他の特派員も「あれっ、メキシコ行ってたんだ」なんてすぐ分かっちゃう。中南米というだだっ広い所をわずか1名ぐらい特派員が飛び回っているわけで、よく頑張っている人とソウでない人がすぐ見えてきちゃうのも楽しい1つ。


さて、「酒ピリーニャ」とは本来、ブラジルにある「カイピリーニャ」から生まれたもの。


「カイピリーニャ」とはブラジルのお酒で、サトウキビから出来たお酒・ピンガに砂糖とライム、氷を入れたものです。


それをヒントにピンガの代わりに酒を使ったのが「酒ピリーニャ」。


少しの砂糖といちごやメロン、キウイやスイカなどお好みのフルーツにお酒、氷を入れたものが、今、ブラジルの中・上流層に結構流行っているのです。


先週末に行ってきた「日本祭」でも酒ピリーニャの試飲、たくさんやっておりました。


本日もたまたま我が街・リベルダーデへお米を買いに行くと、やっているじゃありませんか!試飲!


そりゃあ、飲みますよ。呑み助としては・・・!


どんな風に試飲スタンドがあるのかというと・・・

酒ピリーニャ  じゃ~ん!


こんな感じです。


そして、これを配っている場所に必ずいるのが・・・・美しい女性!

ハーフの女性  


ちょっとピンボケですが、彼女は日本人のお父さんとバイア州というブラジルの東北部の女性のハーフらしいのです。


とっても愛らしくて「日本語はどこで習えるか知っている?」とか聞いてくるの。


「可愛いなぁ」と、女性の私から見ても思います。


どこにでもいるようなフツーのじいちゃん、ばあちゃんの孫でもハーフの方はドキッとするぐらい綺麗なお孫さんがいる人がおります。


あなどれません。


ちなみにブラジルで作られているという日本酒「東麒麟(あずまきりん)」は昔は「頭キリン」と野次られるほど、翌日は頭が痛くなった日本酒でしたが、今はだいぶ美味しく、品質も良くなりました!(NHKでは言えない情報)。


作っている会社は東山農場といって、三菱の創設者・岩崎弥太郎がブラジルに作った会社です。「東山」とは、弥太郎ちゃんの画号だったそうです。

小さな図書館

今日もリベルダーデは晴れ。夜なのに24℃。サンパウロ分の雨も日本へ行っちゃったみたい。


ブラジルへ来て「こ~んな賢い人もブラジルへ移民しているのかぁ」と思ったおひとりに記録映像作家さんがいらっしゃいます。


その方が、本日、お貸した本を持って来て下さいました。


それはどんな本かと申しますと

umi  

「海の沙」 島 比呂志 著(明石書店)1986年9月20日。1300円+税。


この本はとにかく読んで欲しいお勧めの1冊。


ひょっとしたら、今、日本でも手に入れることは難しいんじゃないかしら。


島さんはハンセン氏病の患者だった方で、この本はご自分をモチーフにした半自伝。


教師だった主人公がハンセン病であることがバレるのではと心配し、いつの間にか熊のように教壇でウロウロとする。


そして、ハンセン氏病という長い間、隔離政策を取られた病を通して、するどく人間とは・・・というものを抉り出している。とにかく一言では言えない力作。


当時、鹿児島の星塚敬愛園にお住まいの島さんをお訪ねして、本人から買わせて頂いた貴重な1冊。サイン付きだ。


その時すでに、島さん本人が「たぶん、絶版になっていますし、我が家にももう数冊しかありません」とおっしゃっていた。


その数冊の中から直接買わせて頂いたものなのだ。


だから、絶対に失くす事ができない稀少本。



海外に住んでいると、時々、まるで砂漠を1日中さまよい歩いて、どうしようもなく喉が渇いて、枯渇して、蜃気楼で水溜りを見て、思わず走り出してしまうように、日本語に枯渇し、日本語を読みたくなる時がある。


どうしようもなく活字に飢えるのだ。


ある友人がどうしてブラジル、サンパウロに住むのか?と問われて「日本語の本が読めるから」と答えた。


「だったら日本に住めばいいじゃないか!」と突っ込まれていたが、その気持ちは今ならもっとよく分かる。


海外の中でも北米やブラジルは比較的日本語の本が手に入りやすい恵まれた環境だと思う。


海外へ旅行で来て、長年住むという覚悟でない間は、現地の言葉を覚えたいだろうし、日本人よりも現地の人間と友だちになりたいと思うのは当然だろう。


でも、長く住むと決めてしまうと、逆に日本語や日本食、日本人との会話を大切にする。


現地の食も言葉も現地人もいつでもどこにでもあるからだ。


これが移民というものなのだろうか。


そういう意味では、移民にちょっとだけ、また近づいた。


だから私は日本へ帰る度、どうしても手放せない本は、何を差し置いても持って来た。


上記の本はそんな中の1冊である。


だから、移民同士というか、日本人同士で「本」は日本にいる者同士よりもずっと貴重に貸し借りするグッズの1つのはずだ。


最近、本を貸し出すに当たって


私が「これはね、大事な本だからね。絶対に返してね」と、しつこく言っていたら、


「だったら、貸し出し帳を作ったらいいじゃん」と言われて


「そっか!」と思って、その場で使わない日記帳に線を引き、貸し出し帳を作ってみた。


そうしたら「小さなわたしの図書館」みたいで、ちょっとだけ、何となく、うれしい。


上記の本は「小さなわたしの図書館」3冊目の貸し出しで、最初の返却本。


もちろん、友人限定で貸し出し期間もない。


ある意味、とっても不便な環境なんだろうけれど、その不便さがちょっと楽しい今日この頃。


島さんの本をアマゾンで調べたら、案の定、「海の沙」はありませんでした。他の著書をご紹介。

島 比呂志, 矢辺 拓郎
ハンセン病療養所から50年目の社会へ
島 比呂志
生存宣言
島 比呂志
片居からの解放―ハンセン病療養所からのメッセージ

カブトムシ

今日もリベルダーデは晴れ。冬なのに西日が当たったら35℃にもなりました。


夏休みと言えば、昆虫採集。


そういえば、私も小さい頃、親戚の家へ遊びに行って、朝、木にハチミツを塗って、夕方、その木へ行ったら、どっさりクワガタやカブトムシを採った覚えがあります。


でも、正直言えば、そんな思い出は1回だけだし、いちおう女の子だからそんなに虫好きではありませんでした。


でも虫好きにはたまらないんでしょうね。


ブラジルといえば、ヘラクレスオオカブトムシというのがアマゾンの方にいます。


友人のK谷氏がヘラクレスオオカブトムシ探訪記 と題して書いております。


でも最近は、ブラジルも自然や動物保護が厳しいですから、間違えてもヘラクレスオオカブトムシを生きたまま捕まえて持って帰ろうなんて思わないで下さいね。


その町から持ち出すのは厳禁で難しい上、見つかったら捕まってしまいますから。

ビキニ

今日のリベルダーデは晴れ。朝でも18℃。冬なのに日中は半そででもOKです。


日本はそろそろ夏休みなんだよね。サンパウロは7月いっぱいが冬休み。8月からは学校です。


ブログをやっているおかげで「お中元」とか「夏物特集」などの宣伝が入り、日本の季節感がとても味わえる今日この頃です。



そこで今年のお正月に私が行った本場リオ北部の海岸でのショットを1枚サービス。


ビキニ  


ちなみにHサイトではないので、お間違いなく!

風船もらい

今日もリベルダーデは晴れ


本日はお世話になった方の1周忌に行って参りました。


ご自宅での心のこもったご法要が終わった後、昨日も行った「日本祭」へ再度行って参りました。


というのも頂いたタダチケットがまだあって、ご法要先のすぐ近くだったんですよ。


そこで、昨日食べはぐった「シュークリーム」とやっぱりどうしても欲しかった「風船」を手に入れてきました。


どんな風船かと言いますと・・・

風船  イタウ銀行で無料で配っていたの。でもね、これをゲットするまでに私なんて1時間半も並んじゃったんだよ。


でも、欲しかったの。


これを持っていれば海でだって、溺れないかも知れないじゃん。


さすが、気球やっていただけあって、好きなんだよね、風船系。


小さい頃、日本でお祭りになると、よく風船が売っているじゃん。


黄色い風船が欲しくて、ダダこねて、一度、家まで連れて帰られたのに、ものすごく騒ぎ立てて、結局、また戻って買ってもらったぐらいだからねぇ。


たしか4歳ぐらいの事だったと思うけど、騒いだ本人が「わがままだなぁ」と思うぐらいですから、相当なもんだったことでしょう。


本日も、一晩考えて、やっぱり欲しいから、並びましたよ。ふんふ~ん!


文庫本持参で行っちゃったもんね~。


まっ、私のわがまま話はいいとして、ここで、ここまで読んでくれた人へ目の保養をプレゼント。


エキゾチック美人  じゃ~ん。なんか、エキゾチックでいいでしょう。


ブラデスコという銀行のブースで「あ~、ちょっと間違っちゃった日本?かな」って思うんだけど、モデルの可愛さですべてがフォローされております。


まぁ、昨日はスダメリス銀行が出たし、風船はイタウ銀行とブラデスコ銀行で、銀行の回し者かと思われても困るんだけど、この「日本祭」ではそれぐらい銀行がビッグスポンサーなわけですよ。


きっと、日本人、日系人と言うと、それだけ日本へデカセギに行っている日系人がクローズアップされているわけでしょう。


つまりデカセギの人が送金する「ジャパンマネー」に銀行さんは目がいくんでしょうね~。


私なんて、ひとつも「ジャパンマネー」に無関係の貧乏人だけど、しっかり銀行のネーム入りの大きめなビニール袋や風船をもらって喜んで帰ってきました。


並んでいて、観察していたんだけど、どうも風船をもらっているのは、日系人よりデカセギとは無関係そうなブラジル人のおばあちゃんとか子供とかが圧倒的に多かったような気が・・・。

まぁ、私も無関係ですが、一応、日本人で、黙っていれば、日本人か日系人か分からないでしょう。


よく「デカセギへ行きませんか」ビラを渡されるしな。


しかし、風船もらってニコニコの私、本当は結構、いい年ですが、中身がどうもお子ちゃまのようです。


テコテコさんに「ちびまるこが行く」じゃ、やばいから「ちびぶらこが行く」で何かやれ!と言われましたが、やれることはどうやら「風船もらい」ぐらいなもんでした!ちゃんちゃん。

日本祭

今日のリベルダーデも晴れ


いやはや、サンパウロで毎年この時期に開かれている「日本祭」というものに行ってきましたよ。


今年で9回目になります。


もともとは「郷土食・郷土芸能祭」って名前だったんだけど、何年か前にいた領事が「『日本祭』がいいんじゃない」と言ったとか、言わないとかで、鶴の一声でいつの間にやら「日本祭」になっちゃいました。


何かと言うと、ブラジルには日本からの移民が戦前・戦後を通じて25万人ぐらい来ているんだけど、今、その子孫が130万人いるとされているわけ。余談だけど、日本へデカセギに行っている人は約30万人って言われているから、日本からブラジルへ来た日本人プラス5万人ぐらいで、ちょうど同じぐらいの人数が戻っている計算になるわけよね。


余談さらにプラスだけど日系人130万人でも、これは全ブラジル人人口の1%にも満たないわけ。だってブラジル人の人口は今、1億7000万人強といわれてますから・・・。


さて、さて余談はさておき、つまり、それだけの数の日本人が移民しているわけで、当然、北は北海道から南は沖縄まで47の都道府県すべてから移民が来ていて、その全都道府県の県人会がブラジルにはあるわけ。


当初、「郷土食・郷土芸能」とうたって祭りを始めた時は、おらが郷土の食べものや踊りを2世、3世の子供や孫に伝えよう、ブラジル人に広めようという日本人の熱い思いから始まったのですよ。


それが大成功をおさめちゃって、今や数万人にのぼる動員数を誇るビッグ・イベント。


ジャバクアラというリベルダーデから地下鉄で30分ぐらい南の所にあるサンパウロ州農務局展示場(イミグランテス展示場)で開催されました。


今年は初の土日、2週間に渡って計4日間の開催。


どんな感じかといいますと・・・

日本祭  こんな感じ。これはまだお客さんが少ない朝の頃の写真です。


そうそうテコテコさんが「おやばか」でコメント をくれた息子さんが作成したアニメで漢字表示のソフトはこれではないか?と思います。

堤さん息子ソフト  スダメリス銀行がパソコンをずらりと並べて、その前に子供たちが自由にパソコンを使って学ぶというか、遊んでおりました。


実は今まで私は「たこ焼きマンが行く」 ということで、この祭りでは、いつも「たこ焼き」作りばかりをしていて、じっくりと見ることが出来ませんでした。


今年は「我らはたこ焼きマンにならない」ということで、初めて「祭り」そのものをじっくりと見てまわることができました。


見てまわったら、思ったより楽しくて、1日母と遊んでしまいました。


ステージでは「ブラジル日和」 にラジオ出演して下さった「井上祐見さん」も4日間、熱唱。


普段、顔は見せない!というラジオですが、特別にステージ写真をご披露致しましょう。ここまで読んでくれたあなたへのサービスです!


井上祐見さん日本祭


ということで、1日たっぷりと遊んできてしまったブラジルに居ながらの1日「日本」でした。


携帯

あのね、ブラジルに来て「良かった」と思うことの1つに、私、携帯持っていないの。


これって、日本的に言うと「え~」が100回ぐらい、叫ばれちゃうことなんだろうけど、無いの。


持たないで、生活できちゃうの。


だって、大したことしていないんだもん。


もちろん、ブラジルにだって携帯電話はあるんだよ。


でもね、ブラジルはプリペイド方式が多くて、うかつに空港とか人ごみの多い所で使うと、その電波をキャッチされて、クローン電話を作られて、アッという間に入金したお金が使われちゃったりするんだよ。


それにね、犯罪とか犯して、刑務所にいる人たちも携帯電話をバリバリ使用していて、刑務所の中から、部下に命令して、事件を起こしたりしているの。すごいでしょ、って、自慢にはならないけどね。


私もさぁ、本来は新しモノ好きだからさぁ、何を隠そう日本にいた時はちゃんと携帯電話を持っていたんだよ。


しかも世の中でこんなに携帯が流行る前。たしか初めて黒ではないシブいグリーンとピンクのカラー携帯が出た時に購入しましたわ。今はなきツーカーの分厚い携帯でしたわ。電車で鳴ると、すごく恥ずかしかった。サイレント・モードなんて無かった時代ですよ。


でもさぁ、イギリスでは12歳だか13歳以下の子供には、携帯を使わせないような法律があるとか、ないとか。


つまり、非常に脳に近いポジションで、かなりの電波を飛ばすわけでしょう。磁力というか電波というか、それと脳波との関係や影響はまだ明らかにされていないわけよね。


だから、腐った大人の脳みそはいいとして、まだ若い子供の頭脳は守ろうという配慮らしいわ。


まっ、私の脳みそはかなり用途が乏しいので、電波でどうにかなっても、もうすでに影響は無いんだけどね。


ところがこの前さぁ、日本のテレビを見ていたらさ、昨今の日本の携帯はすごいらしいじゃん。


カメラ、動画、ブログはもちろんのこと、電子マネーでお財布代わり、定期入れにも、IDカードにもなっちゃう。海外からも同じ携帯が使える。スライドさせるとキーボードも出てきて、パソコンにもなっちゃう。テレビも見られて、地図も、スケジュールも、アドレス帳も、電話帳もすべてがあの携帯の中に詰まっちゃうわけよね。店の予約も携帯から。その方が割引サービスもあるもんね。

すげーよな~。


日本にいたら、否応無しに携帯が無ければ、生活できないような社会状況になっているよね。


いやはや、わずか10年も経たないうちに、これだけの市民権を得た、携帯はすごいです。


もうぜんぜん、付いて行けないんです。だから、ブラジルでおとなしくしております。はい。