「100分de名著」は各回 25分×4週 = 100分 で毎月一冊の名著を紹介するNHKの番組である。
スポットで1回で100分のスペシャル回が挟まるのだが、4月7日の深夜に「100分de石ノ森章太郎」の再放送があった。
4月15日(土)の午前2時25分まで、NHKプラスで無料で視聴できる。
▼100分de名著:100分de石ノ森章太郎(初回放送日:2018年9月8日)
※NHKプラスで無料視聴可、配信期限:4月15日(土)午前2時25分
この番組は、1938年生まれで1998年に亡くなった石ノ森章太郎さんの生誕80周年の特集番組として2018年に放送されたものである。
仮面ライダーの生誕50周年企画作品である映画「シン・仮面ライダー」が3月18日に公開されたのを受けての再放送であろう。
▼映画「シン・仮面ライダー」公式サイト
※監督・脚本は「エヴァンゲリオン」の庵野秀明
仮面ライダー誕生は1971年で、生誕50周年である2021年に既に再放送されているから、今回は再々放送ということになる。
タイムテーブルと概要は以下の通りである。
0:00:00~ オープニング
0:04:42~ 第1章 少女漫画と石ノ森
コメンテーター:ヤマザキマリ(漫画家)
紹介作品:「さるとびエッちゃん」
0:20:38~ インタビュー映像:竹宮恵子(漫画家)
0:24:33~ 「マンガ家入門」の話
0:26:59~ 第2章 未完の石ノ森
コメンテーター:名越康文(精神科医)紹介作品:「サイボーグ009」、「幻魔大戦」
0:57:50~ 第3章 マンガ表現の探究者
コメンテーター:夏目房之介(マンガ・コラムニスト)
紹介作品:「佐武と市捕物控」
1:11:21~ インタビュー映像:島本和彦(漫画家)
1:15:11~ 第4章 ヒーローの父コメンテーター:宇野常寛(評論家)
紹介作品:「仮面ライダー」
1:37:48~ エンディング
初期の少女漫画作品を確認して、未完の大作となった「サイボーグ009」の話に進み、時代物でのマンガ表現の探求の解説があって、「仮面ライダー」の誕生エピソードとコンセプター(原案)としての石ノ森章太郎が語られるという流れである。
▼テキストはこちら
映画「シン・仮面ライダー」が観たくなったなぁ。
ということで今回は、「再放送があったからNHKプラスで無料で視聴できますよ」というお知らせ記事である。
ここで終わってもよいのだが、この機会に再見したのでもう少し詳しい内容と若干の感想も書いておくことにした。(笑)
---以下、ネタばれあり---
オープニングではまず、高校生の頃から手塚治虫に手伝いを頼まれるほどの早熟の天才であったと紹介される。
そして1956年に18歳で上京、漫画家たちが集うトキワ荘に入居して本格的に漫画家活動に入り、60年の生涯で作品の総タイトル数は770、全集は500巻に及ぶという。
第1章 少女漫画と石ノ森
コメンテーター:ヤマザキマリ(漫画家)
紹介作品:「さるとびエッちゃん」
「さるとびエッちゃん」は1964年から週刊マーガレットに連載された作品で、不思議な力を持つ少女「エッちゃん」を主人公とした学園物である。
少女漫画を描いていた石ノ森さんの初期の代表作であるという。
ギャク漫画でありながら笑いの奥に60年代の日本が見える作品であり、主人公・エッちゃんには社会を俯瞰的に見るような視点があって、漫画家のヤマザキマリさんはこの作品に相当の影響を受けたそうである。
私自身は「サイボーグ009」と「仮面ライダー」からスタートしたので、この作品は読んだことがないが、紹介された映像を見ると納得感のあるコメントであると感じた。
また、この後の作品に現れる「暗さ」の原点があるような気がした。
他の作品も含めた初期の少女漫画作品について、石ノ森さん自身は1984年のインタビュー映像で、メロドラマ風ではない新しいものを敢えていろいろ描こうとしたと話していた。
夏目房之介さんによると、こうした石ノ森作品を読んだ世代から生まれた24年組と言われる少女漫画家が、昭和24年(1949年)前後生まれの萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子らだという。
そして番組は竹宮恵子さんのインタビュー映像へ進み、石ノ森さんが27歳で書いた「マンガ家入門」(1965)からいろいろ学んだという話になる。
ナルホドな時代の展開だなぁと思ったし、番組中で言われていた、よくメシの種をこんなに暴露したなぁというのも、よく27歳でこれが書けたなぁというのも、どちらも実にもっともな感想であると思われた。
そして番組は、「サイボーグ009」の話に進む。
第2章 未完の石ノ森
コメンテーター:名越康文(精神科医)
紹介作品:「サイボーグ009」、「幻魔大戦」
まず、作品の概略が未完の大作として紹介される。
連載開始は1964年で掲載誌は「週刊少年キング」であった。
ナレーションによる紹介の内容はこうである。
米ソ冷戦の時代、戦争で利益を上げる武器商人に最新の兵器を売りつけているブラック・ゴースト(黒い幽霊団)。
彼らは人間を改造、宇宙でも活動できるサイボーグを新たな戦争の道具にしようとしていました。
(中略)
8人のサイボーグと彼らを改造したギルモア博士がブラック・ゴーストに反旗を翻したのです。ジョーを加えた9人のサイボーグ戦士、彼らの戦いと友情のエピソードが書き継がれ、生前ついに完結しなかった未完の大作です。
うんうん、確かにこういう話だったが、未完であったか。
この後で紹介された掲載誌一覧では、1980年の「少年ビッグコミック」までは幾つもの雑誌で継続的に描かれていたが、これ以降は「1985年のSFアニメディア」、1992年の「産経新聞」のみであった。
この作品の良さとしてコメンテーターの名越康文さんが、サイボーグ戦士のサイボーグであるが故の孤独を語っていたのが印象的だった。
そして、実際の漫画ページで幾つかのシーンが紹介された。
確かにこういう内容もあったように思ったが、漫画とアニメを見ていた当時にこのサイボーグ戦士の孤独について、どのくらい共感していたかは思い出せなかった。
夏目房之介さんは、世間に違和感を感じていたのではないかというようなコメントをしていたが、そうかもしれないなぁ。
名越さんは更に、ブラック・ゴーストは結局は滅びないで、善と悪との対決が続いていくという点を指摘していた。
また、これは「仮面ライダー」と同じ状況設定であり、これがルーツなのだろうとも言っていた。
なるほどねぇ。
個人的には、この人間の中の善悪の葛藤を描くために「サイボーグ 対 脳」という構図としたのには、人為の不自然さを批判する意図があったのだろうかということが気になった。
さて、1966年に描かれた「地下帝国“ヨミ”編」ではブラック・ゴーストの正体が明らかになる。
実際の漫画ページで紹介された場面では、ブラック・ゴーストの正体は、脳だけになって幾つものチューブを繋げて生きている3つの脳であった。
そして、この脳は「ブラック・ゴーストは人間の欲望が作り上げた怪物だから滅ばない」と言うのであった。
夏目房之介さんはこの点について、石ノ森さんのテーマは閉じなくなってしまったと言っていた。
この後、1969年から描かれた「天使篇」、「神々との闘い編」では、敵は神になるがどちらも未完のまま終わっている。
名越さんはここでもう一冊、1967年の作品である「幻魔大戦」を紹介する。
これは原作・平井和正さんとの作品で、宇宙の破壊者「幻魔大王」と超能力を得た地球人からなる地球戦団が戦うという話であるが、これも未完だということだった。
この作品についてのコメンテーターの方々の話は、なかなか言いたい放題の感じがあって面白かった。
そして話は、手塚治虫さんが作品にオチをつけていく「閉じた作家」ならば、石ノ森さんは「開かれた作家」だろうというところに落ち着いた。
ここでまた本人の語りをもってくるのが、番組の上手い作りであった。
ナレーションで紹介された、石ノ森さんの著書である「絆」からの引用はこうである。
僕は子どものころから一つのことにじっくり取り組むというのが大の苦手で、いつもアレもやりたいコレもやりたい、なんでもかんでもやってみたいとと走り回ってきた。
マンガ家になってからもシリアスにSF長編を描いたかと思うと、ドタバタギャグに手を出して、もう片方の手は渋い時代物に染めている。
仮面ライダーみたいな子どもの変身ヒーローで遊びつつ、日本の歴史をマンガにしてしまうといった具合に、その場その場の興味と思いつきに従ってきてしまった。
完結しないまま終わった作品も数知れない。
そのうえに子どものころからの夢だった小説や映画への夢も断ちがたく、いつもなんとなく後ろめたいような気分を味わってきたのだ。
才能がある人には才能がある人なりの思いがあるものだねぇ。
第3章 マンガ表現の探究者
コメンテーター:夏目房之介(マンガ・コラムニスト)
紹介作品:「佐武と市捕物控」
「マンガ表現の探究者」というテーマで夏目房之介さんが紹介したは「佐武と市捕物控」だった。
この作品は江戸で事件の捜査にあたる「下っ引き」という職の若者・佐武と、盲目の按摩師でありながら居合の達人である親友・松の市が事件を解決していくという話である。
石ノ森さんの時代劇作品の傑作であるという。
この作品は1966年に「少年サンデー」で連載をスタートし、その後、1968年に青年物にして掲載誌が「ビッグコミック」になったということである。
そして、当時の「ビッグコミック」の他の連載陣は、さいとうたかお、手塚治虫、白戸三平、水木しげるという錚々たる執筆陣で、「ビッグコミック」は青年漫画誌としての地位を確立していったという。
まことに錚々たる執筆陣である!
番組では、この時代劇作品での漫画表現の追求について、実際の漫画作品を映しながら夏目さんが解説しており、アニメ化作品の作られ方についても語られる。
とは言え、これについては実際に見ていただく他はないと思うので先に進む。
ちなみに、石ノ森章太郎さんの時代劇作品としては「さんだらぼっち」も知られているのではないかと思う。
▼石ノ森章太郎「さんだらぼっち」(全17巻)
※第1巻の出版は1976年、第17巻(最終巻)の出版は1982年
「ビッグコミック」での連載はこの後、舞台を現代に戻して「HOTEL」になる。
▼石ノ森章太郎「HOTEL」第1巻(ビッグコミック版 全37巻)
※第1巻の出版は1985年、第37巻(最終巻)の出版は1998年
こちらもビジネス物の人気作品である。
40歳を過ぎてビジネスを軸にした人間関係を描きたくなったのだろうかなぁ。
それにしても、本当にあれもこれも書きたかった人なのだと思われた。
番組の話に戻ると、最後の「仮面ライダー」の話になる前に、漫画家・島本和彦さんのインタビューが挟まる。
島本さんは選集シリーズで各巻に書き下ろしされている巻頭のカラーイラストを絶賛していた。
石ノ森さんの画集としては、こちらが知られているのではないだろうか。
▼石ノ森章太郎「JUN―石ノ森章太郎ファンタジー画集」(パイオニアLDC2003)
番組では女性の描き方についての話はサッパリ出てこなかった。
個人的には、女性の描き方もけっこう追求していたのではないかと思う。
話題を厳選したのだろうと思うが、全く触れないのも残念なのでこちららの画集を挙げておく。
▼石ノ森章太郎「GIRLS―1961-97 石ノ森章太郎美女画集」(パイオニアLDC2002)
※プレミアム価格につき値段注意
▼石ノ森章太郎「石ノ森章太郎 美人画集 SHOW GIRL」(学研プラス2014)
※プレミアム価格につき値段注意
第4章 ヒーローの父
コメンテーター:宇野常寛(評論家)
紹介作品:「仮面ライダー」
さてさて、ここでやっと「仮面ライダー」の話である!
宇野常寛さんは、
そもそも昭和53年生まれの僕が、石ノ森章太郎さんの特集番組にいるっておかしいことなんですよ。
と話しはじめた。(笑)
なるほどなぁ、昭和53年は1978年だから、仮面ライダーがスタートした1971年から既に7年後である。
10歳で読み始めたとしても、スタートから17年が経過していることになる。
そして、石ノ森さんは戦後日本のヒーローの父として、映像作品のコンセプター(原案)として残っていくだろうと言う。
番組での解説によると「仮面ライダー」は、東映のプロデューサーからきた新しい子ども向けヒーロー企画の依頼からスタートしたということであった。
当初の案は赤い十字のマスクのヒーローだったが、石ノ森さんはこれを自分で提案していながら、もっとグロテスクにしたいと言ってドクロの仮面に変更する案を出す。
しかしドクロはまずいと却下されて、ドクロのイメージに近いバッタをモチーフにしたした案を出す。
昆虫は当時、高度経済成長によって破壊される自然のシンボルでもあったという。
そうだったのか!
そして、テレビ番組放送の前に漫画連載をすることが条件になっていた為に、「仮面ライダー」は漫画連載とテレビ番組製作が平行して進んでいたということであった。
「仮面ライダー」誕生の流れの解説が終わると、話題は「なぜバッタ!?」ということになった。
悪の軍団・ショッカーに改造された「仮面ライダー」がショッカーに立ち向かうという設定は、「サイボーグ009」と同じ状況設定であるというのは先述の通りであるが、宇野さんはこの「仮面ライダー」が「サイボーグ009」のように体を機械にされるのではなく、自然の生き物であるバッタとの融合によって力をもたらすという形にしたところに、大きな意味があると熱弁する。
仮面ライダーはバッタであった!
※目は複眼だし眉間に生えているのは触覚で昆虫がモチーフなのは知ってはいたけれども、こんなことを考えて見ていたわけではなかったので、敢えて驚きを交えて書いてみた。(笑)
話は更に進んで宇野さんは、「仮面ライダー」はバッタ男であり、怪人もクモ男やハチ女であり、善悪の両方に自然の力が働いているというのは、善悪は明確にあるけども両方とも同じものを力の根源としている、という石ノ森さんの善悪観のあらわれであると言うのであった。
この後は、実写版と漫画の違い、「仮面ライダー」の改造人間としての苦悩、仮面ライダー二号の誕生エピソード、平成仮面ライダーシリーズについて、他のヒーロー物についてなど諸々の話題が語られていった。
詳細は割愛するが、平成仮面ライダーシリーズがこんなにあるのに驚いたし、今現在でも「シン・仮面ライダー」から見始める人もいる訳だから良い原作・原案というのは改めて凄いものであると思った次第である。
そして番組は、石ノ森さんの写真と共に、
石ノ森章太郎
1998年1月28日没 享年60
と告げてエンディングに進む。
以下に、各コメンテーターの言葉の印象的だった部分の要約を挙げる。
ヤマザキマリ(漫画家)
-葛藤を抱えながら全身全霊で向かっていった人
宇野常寛(評論家)
-戦後のサブカルチャーそのもの
名越康文(精神科医)
-今でもメディアの最先端を走っている
夏目房之介(マンガ・コラムニスト)-亡くなったけれども今もある
どのコメンテーターの言葉も、いちいちもっともであった。
それにしても、60歳とは若い。
死因を確認しところ、下記の記事によるとリンパ腫による心不全であった。
リンパ腫の発病は1992年で、治療を続けていたということである。
そして、病床では「サイボーグ009」の完結編の構想を練っていたという。
どんな内容かと思わないでもなかったが、今となっては未完のままで良かったのではないかとも思われた。
最後に石ノ森さんの記念館のリンクを貼って、この記事を終わる。(合掌)
▼出身地の宮城県登米市にある「石ノ森章太郎ふるさと記念館」公式サイト