論語ブログ

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君(15)君孰と與にか足らざらん

 

哀公、有若に問うて曰わく、年饑えて用足らず、之を如何にせん。

   有若對えて曰わく、蓋(なん)ぞ徹せざるや。

   曰わく、二すら吾(われ)猶(なお)足らず、之を如何ぞ其れ徹せんや。

   對えて曰わく、百姓(ひゃくせい)足らば、君孰(たれ)と與にか足らざらん。

百姓足らずんば、君孰と與にか足らん。

 顔淵第十二      仮名論語1683行目です。  

 伊與田覺先生の解釈です。

哀公が有若に尋ねられた。「今年は、飢餓で国の財政が足らないがどうすればよいか」

   有若は「どうして十分の一税になさらないのですか」と答えた。

   哀公は驚いて「十分の二税でさえ足らないのに、どうして十分の一税にすることができようか」と言われた。

   有若はこれに対し「国民が十分の一税で足りているのなら殿様は、誰と共に足らないと申されるのですか。

国民が重税で足らないのに殿様は、誰と共に足ろうと思われるのですか」

 

この章で、君は「君孰と與にか足らざらん」と出てきます。君主は誰と共に足らないと申されるのですかという事です。これは孔子の言葉ではなく、哀公の質問に弟子の有子が答えられた言葉です。

君主がだれと共にあるのか、国の財政はどうあるべきなのかという示唆に富んだ章句です。饑饉という天災にあって、まず民を助けて体力を維持し国力の衰えを防ぐという考え方です。民が貧しくなれば、君主も貧しくなるべきであり、君主は民の幸福を第一に考えるべきだと説いているのです。

「哀公、有若に問うて曰わく」・・・魯の君主哀公が有子に直接質問をしています。

哀公は孔子の弟子を魯の国に任用していましたから、孔子に直接ではなく弟子たちにも質問をしています。この章は有若に質問したものです。

哀公が有若に財政の不足をどうしょうかと尋ねました。

「年饑(う)えて用足らず、之を如何にせん」・・・近頃不作で、税収が少なく、費用が不足している。どうすればよかろうか。当時は魯の三桓の勢力が強くて、公室の財政が横取りされて、哀公としては窮迫していたのです。

「有若對えて曰わく、蓋(なん)ぞ徹せざるや」・・・有若は答えました。徹の税法を用いたらいかがですか。

「曰わく、二すら吾猶足らず、之を如何ぞ其れ徹せんや」・・・哀公は、すでに十分の二の税法を施していて、それでも足らないのに、どうして十分の一の徹税などが用いられようか、と驚いて言いました。

徹は、収穫に対する十分の一の税率で、徹法(てつほう)と言います。周王朝の下、通率としていました。しかし、魯国では、宣公15年の時、十分の二に変え、以後それが魯国の定法(じょうほう)となっていました。これは重税だったようです。

「對えて曰わく、百姓足らば、君孰と與にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と與にか足らん」・・・有若は申しあげました。国民が十分の一税で足りているのなら殿様は、誰と共に足らないと申されるのですか。国民が重税で足らないのに殿様は、誰と共に足ろうと思われるのですか。

そもそも、凶作による財政救済の方法は、減税によって民力を休養して国力を回復させることだとお考えになりませんか。と。

十分の二の税でも足りないと嘆く哀公に十分の一に下げろとは矛盾するようですが、重税で民が疲れ果ててしまえば国全体が崩壊します。百姓とは人民のことで、君と民の一体を教える有若の言葉には深い含蓄があります。

「百姓足らずんば、君孰と與にか足らん」・・・人民が貧しいというのに、貴方だけが豊でよいものでしょうか。

哀公は、国家の財政は民からより多く徴収することによってしか充足しないという、短絡的で搾取的な発想をしていました。有若は、飢饉で民が苦しんでいる時こそ、国家が負担を軽減し、民の生活を立て直すことが最優先であると主張しているのです。これは、取るところ少なく、与うるところ多くするという、孔子の仁の精神に基づいた経済観です。

有若は、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん」という問いかけで、国家財政の真の源泉は、民衆の生産力と豊かさにあることを示しました。

民衆が重税で疲弊すれば、生産意欲を失い、翌年以降の税収も激減し、国家は必ず困窮します。逆に民衆が余裕を持ち、生活が安定すれば、長期的に税基盤が安定し、国家も豊かになるのです。

この教えは、指導者(君)に対して、目先の利益や自分の懐の心配をするのではなく、民衆の長期的利益と幸福を第一に考えるという倫理的責任を負うべきだと強調しています。民衆こそが国家の基盤であり、その生活を保障することこそが、最良の治世である」という、儒教の「民本主義」の経済政策の原理を後世の政治家たちに伝えるための教科書として機能しました。

国債を発行するとか増税だとか言っている、現在の政治家の方々にも味わってもらいたい一章です。

 

つづく

                                                                                                                                               宮 武 清 寛

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