命(9)命を為るに卑諶之を草創し
子曰わく、命を為(つく)るに卑諶(ひじん)之を草創し、世叔(せいしゅく)之を討論し、行人子羽(こうじんしう)之を修飾し、東里の子産之を潤色す。
憲問第十四 仮名論語204頁6行目です。
伊與田覺先生の解釈です。
先師が言われた。「鄭の国の外交文書を作成するには、卑諶(大夫)が草案を作り、世叔(大夫)がその適否を討議し、子羽(外交官)が文章を修飾し、最後に東里にいた子産(宰相)が色付けをして仕上げた」
この章で「命」は、「命を為るに卑諶之を草創し」と公文書の草案は卑諶が作る。と出てきます。
「命を為(つく)るに卑諶(ひじん)之を草創し、世叔(せいしゅく)之を討論し、行人子羽(こうじんしう)之を修飾し、東里の子産之を潤色す」・・・。鄭の国では、公文書を作る時には、卑諶(ひじん)が草案を作り、世叔(せいしゅく)がこれを検討し、行人(こうじん)の子羽(しう)がこれを修飾し、東里の子産がこれを仕上げました。
鄭は、中国の西周時代から春秋戦国時代まで存在した国です。周の宣王の同母弟、姫友(桓公)が鄭(現在の陝西省渭南市華州区)に封じられたことに始まります。鄭は王族である自尊心が強くみられ、それにより晋の文公(この時は重耳と名乗っていた)が諸国放浪中に鄭国内に立ち寄った際にも、鄭の文公は「流浪中の老人」と重耳を揶揄して粗略な扱いをしたために重耳から睨まれ、重耳が晋君に即位した後に攻撃されることとなっています。以降、晋と楚の二大勢力の狭間で、晋に属しながらも楚に表向きには従う、という、いわゆる「面従腹背」を繰り返し、それを嫌った楚の荘王による討伐軍を受けることになり、いわゆる邲の戦いへと発展することになります。このように春秋時代初期は強国でしたが、小国であるが故に晋と楚との二大勢力による争いに巻き込まれ、徐々に衰退・没落しています。鄭は歴史のある古い国でしたが、当時は弱小国であり、北の晋、南の楚という強大国の中にあって苦しんでいました。
子産は春秋時代に鄭に仕えた政治家で、姓は姫、氏は国、諱は僑、字は子産。公孫僑とも呼ばれました。祖父は鄭の穆公、父は子国で弱小国の鄭を安定させ善政を行いました。税制や土地制度の改良を行い、成文法を作り(前536)、晋や楚との外交に留意するなどの活躍をしました。特に銅の鼎(かなえ)を鋳ての成文法の制定は、中国最初のものですから、大きな反響を呼び、子産は法治主義者として、後々までその名をあげられています。
子産を謂う。君子の道四有り。其の己を行うや恭、其の上に事うるや敬、其の民を養うや恵、其の民を使うや義。
公冶長第五 仮名論語56頁7行目です。
伊與田覺先生の解釈です。
先師が子産(鄭の名太夫)のことを評して言われた。
「為政者の守るべき道に四つある。
第一は、自分の身の振る舞いをうやうやしくする。
第二は、上に仕えては慎み敬うことである。
第三は、民を養うには、慈しみ且つ恵深いことである。
第四は、民を使うには、道義に叶って公正であることであるが、これを実践させたのが子産である」
孔子は、鄭の宰相だった子産の人柄について、こう言っています。「彼は君子の資格である四つの徳目をそなえている。恭-自分については控えめであり、敬-君主に対しては敬う気持ちを忘れず、恵-人民の生活に温かい心をよせ、義-人民を使役する場合は筋を通した。と高く評価しています。
子産は、孔子の一時代前(紀元前585~522)の鄭の大夫で、優れた政治家・教養人として称えられています。簡公・定公・献公・声公の四代に仕え、晋・楚の両国に挟まれた鄭の国力の充実に尽力した人です。
子産は紀元前585年ころ生まれたとされていますから、孔子より30歳ほどの年長で、孔子が30歳の時に亡くなりました。「史記」で孔子と子産が前469年に出会ったように書いていますのは、後から作った話を司馬遷が採用したようです。そういう話を作りたくなるような影響を孔子に与えた人と言われています。
子産は魯の国で言えば、三桓氏にでもあたる七穆(ぼく)の一つである国氏に生まれ、名を僑(きょう)と言いました。七穆とは鄭の穆公(前627~606在位)の七人の子を指し、国氏は子産の父、発(はつ)の興した家です。
子産は、前554年から、鄭の国の大臣として30年余りも国政を担当し、その中心にあったのです。その一端が今日の章です。
ちなみに、卑諶は鄭の大夫で名は皮、外交・謀術に長けており子産と協力して外交問題を処理しています。世叔も鄭の大夫で名は遊吉、子大叔ともいいます。博覧強記の人物だったようです。行人は官名、賓客や使者の接待を司る名で外交官です。子羽も鄭の大夫で公孫揮ともいいます。諸外国の事情や外交事例に通じていて、外交官として活躍いたしました。東里は子産の住んでいた所の名前です。
つづく
宮 武 清 寛
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