そしてみんな廃墟になる
この人の小説読まなきゃなぁ、と思いつつ手に取った本です。
日本の奇妙な建造物についてコメントしてます。
大は沖縄の海洋博跡地から、小は新幹線型のトイレ(新幹線は通っていない)や地下道を目立たせるためのお城などよくもまぁと思うモノばかりを集めています。
いやぁ、なんでこんなにも意味のわからない、カッコの悪い、そしてお金のかかる建物ばかり在るのでしょうね。
週刊ポストの連載だったようですが、「百景」と名づけたために、マンネリ化を越え、脳裏に行政のおろかさを刻み込むことに成功しています。
こういった土木建築に周っているお金がどこか違うところに周るように日本はなるのでしょうか。
伝統工芸品に補助を出すとか、色々な国立の専門学校を作るとか(ホテルマン・マンガ・小説家・ジャーナリスト・自然監察官などなど)、基礎科学研究に力を入れるとか、そうすればもっとよくなるんじゃないかなぁ。
少しは変わりそうな気がするんだけど。
アラスカに行く理由
雲を眺める旅 アラスカの川辺から
野田知佑
- 野田 知佑
- 雲を眺める旅―アラスカの川辺から
白黒写真に単文がついたもの。
野田 知佑さんの雰囲気にあった本です。
前にも書きましたが椎名誠が「気のあう仲間とただキャンプするだけでも楽しい」という価値観を作ったように、野田知佑は「自分一人で全力を出して生きていくのはじつに充足感がある」という価値観を、実践してちゃんと言葉にして作った作家ではないでしょうか。
あとがきで印象的な文を抜き書きします。
「アラスカの川を下っているときのぼくが10の力を出しているとすると、日本にいるときのぼくは、2か3ぐらいの出力で生きている」
「自己嫌悪に陥ることの多い日常だが、北の川に行く時、ぼくはとても素直になり、自分を肯定していることに気づく。そこではやりたいことを好きなだけやり、やりたくないことは一切しない。他人への配慮は無縁で、自己の快楽のみを追いかけて生きる。自分に降りかかったことはすべて自分のせいであり、他の誰のせいでもない。つまり僕は自由である。」
この一文だけでも、野外生活の価値を知性的に語ったということで、作家として業をなしたといえるのではないでしょうか。
こういった、いってしまえばそりゃそうだということを、しっかり実感を持って伝えるのはやっぱり才能ですし、作家の仕事だと思います。
中の写真自体は、アウトドア界で一番有名な息子、椎名誠の息子の岳が魚を釣っていたり、やっぱりアウトドア界で一番有名な犬、ガクもカヌーに乗っていたりと、今まで写真を蔵出ししているようです。
野田 知佑さんの作品の楽しみのひとつである、海外のアウトドア人との触れ合いも多少あり、イヌイットのおじいさんのコーヒーを皿で冷ましてから飲む話などはなかなか面白かったです。
薄い本なので、本屋や図書館で見つけたらぱらぱらとめくってみてはいかがでしょうか。
草木の名前を知る前に
センス・オブ・ワンダー
レイチェル・カーソン
- レイチェル・L. カーソン, Rachel L. Carson, 上遠 恵子
- センス・オブ・ワンダー
- 読みたいなぁ、と思っていた本です。
書いてあった内容を簡単にまとめると、- 「『知る』ことは『感じる』ことの半分も重要ではない」
- ということですが、それがごく自然に、メイン州の海辺で、甥と過ごす日々の中で語られていきます。
- 月夜に海辺にでかけたり、雨の日に森で歩きまわったり。
木の芽を見つけたり、星空を眺めたり。
- 薪を燃やす香りをかいだり、小鳥や虫の声に耳をすませたり。
確かに草木の名前より、その手触りや薫りの「知識」以外のもののほうが体に残って、なにか他のものに色々と繋がっていくのかもしれません。
そしてその後興味があれば、名前を知ればいいのかなと。
そういうふうに思えれば、公園でも海岸でも森の中でも、リラックスして楽しめそうです。
- なんでも、レイチェル・カーソンの絶筆となった作品で、日本版は、原作と写真が違うそうです。
- 非常にいい写真ばかりなのですが、やっぱりオリジナルの写真もみたいですね。
- 洋書だけど買ってみようかな。
- 薄いし簡単そうなだからなんとか英語も読めるかもしれない。
- そうそう「沈黙の春」も読まないといけませんね。
- Rachel Carson, Charles Pratt, Nick Kelsh
- The Sense of Wonder
- レイチェル カーソン, Rachel Carson, 青樹 簗一
- 沈黙の春
- レイチェル・カーソン, 青樹 簗一
- 沈黙の春
さて、なにを得ることができたのでしょうか
- 恩田 陸
- 酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記
『恐怖の報酬』日記 イギリス・アイルランド
恩田陸
小説しか書かない恩田陸の珍しい旅行エッセイ。
装丁が地球の歩き方風なのも面白いですが、なかの扉絵も面白いです。
恩田陸がずーと憧れていたイギリスとアイルランド。
しかしなぜまわりの友人に「海外処女」といわれても今まで行かなかったか。
それは飛行機が大の苦手だからです。
なぜ、空をとべるのか。
一人の人間に生命を任せる状況。
そして不特定多数の人間が集まる密室。
なんでわざわざそんな恐いことを想像するのかなぁ、と思っていたのですが、思い出しました。そういえばスティーブン・キングも「私はなんでもない風景にも、より多くの恐怖を見るつけてしまう」というようなことをいっていました。
つまり、そういうたちの人なんですね。
他人の見えていない恐怖を見つけてしまうからこそ、あれだけのミステリーやホラーを書くことができるんですね。
まぁとにかく、ページのほぼ半分は飛行機への恐怖で占められています。
あの理知的な恩田陸がとにかく怖がっている様子が実にかわいいですね。
成田に行く途中で『のだめカンタービレ』の千秋真一に助けを求めたり(飛行機嫌いの指揮者という設定だそうです)、あたまのなかで「あなたはこれからあの恐い恐い飛行機に乗るんだぴょん」という声がずっと回っていたり、マザーテレサやガンジーやクロサワやキューブリックが探偵の推理小説をを考えて現実逃避したりと、その妄想ぶりが爆発しています。
旅自体の内容は、ストーンヘイジ、ケルト遺跡ツアー、ソールズベリ大聖堂、パブ、でアイルランドに行って先史遺跡とタラの丘、トリニティカレッジ、そしてパブといった感じで、行った先で小説のイメージ掴まえてくるあたりが他の紀行本との違いでしょうか。
しかし書く側も作る側も「売りは飛行機をどれだけこわがっているか」と分かっていて、目新しい紀行文として楽しめました。
日常の寂しさの形
袋小路の男
絲山秋子
- 絲山 秋子
- 袋小路の男
一人の男性に憧れつづける女性の心情を綴った短編。
川端康成文学賞受賞。
めずらしく恋愛ものですが、好き/嫌い、じゃあ、付き合おう/別れる、と簡単な話ではなく、仕事は真っ当にこなしながらも、なんとなく思い続けてしまう、という、微妙な関係を書き出すのは絲山さん、相変わらず巧いですね。
同時収録のその惚れられた男側からの「小田切孝のいい分」を掲載するあたりは、なかなか凝っています。
最後の1編「アーリオ オーリオ」は、天体観測が趣味の独身男性が、プラレタリウムを姪と一緒に見にいったのを機に、メールではなく手紙のやり取りを姪と始める話です。
世間から少し外れた独身男性の物悲しさが、イタリア料理のタイトルがついていますが、最初の一瞬だけに香るすまし汁のダシのように感じました。
なぜ海に山椒魚がいるのか、ずっと気になっていました
山椒魚戦争
カレル・チャペック
訳小林恭二・大森望
- カレル チャペック, Karel Capek, 小林 恭二, 大森 望
- 山椒魚戦争
たまには世界文学でも、と思って手にとった本。昔何となく聞いたことあったなあ、と思ったらSF古典でした。
南の島で発見された新種の山椒魚。
知能が高く人と接する内に徐々に言葉を覚えていきます。
そしてその山椒魚をわずかな賃金や物々交換で労働力として使い始め、その数が数億にも達します。
そしてあるとき、山椒魚の代表が人類に宣戦布告をするのです。
なんだかパニックSFっぽいですが、全体的にはヨーロッパ流のそこはかとないユーモアが漂っています。
気に入ったシーンは物語中盤、山椒魚がロンドンの動物園に入り、そこの飼育員と新聞によって言葉を覚え、それが学者に知れ、専門家の一団と対話することになった場面。
ーー名前をどうぞ。
アンドルー・ショイフツァー
ーー年齢は?
知りません。若く見せたい方は、リベルラのコルセットをお試し下さい!
ーー今日は何曜日ですか?
いいお天気ですね、サー。来週の土曜、イプソム競馬でジブラルタルが出走します。
ーー5×3は?
どうしてですか?
ーー計算はできるんでしょうか?
できますよ。では17×29は?
ーーすみませんが、質問はこちらからしますので。
とこんな具合です。
読み終わって気が付いたのですが、読んだ「地球人ライブラリー」は、読みやすくするため全体の2/3の量で訳しているそうです。
ま、そんな本もあっていもいいかもしれませんね。
ちなみにこのチェコ人の作家ほかのSF作品も書いているそうですが、「園芸家の12か月」という本も書いているということなので、SF作家が書いた園芸書、というのも気になります。
しかし、大森望の訳書を初めて読みました。本当に翻訳家なんだなぁ。
バブル・エイジ
- 小林 キユウ
- バブル・エイジ
バブル・エイジ
小林キユウ
小林紀幸がよしもとばななのように名前を変えてキユウにしたのかと思って読んでみた本。写真家でしたが別人でした。
キユウさんはバブルの時期に銀行に入り、すぐやめて新聞記者になり、フリーになった方。この本は大学の同じサークルの友人が10年後の今、何をやっているかというルポしたもの。
元山一証券社員、大工、劇団員、造船工、陶芸見習い、出家僧、主婦、会社員、そごう社員、となかなかバラエティに富んでいて面白そうなのですが、なんせ本人が銀行の世界に溶け込めなかったことをずっと気にしていて、掘りさげももう少しがんばって欲しかった。
アイディアはよかったのですが、本人の技量が追い付かなかった、といったら言い過ぎですが、材料がいいだけに残念です。
森絵都へのジャンプ・ステップ・ホップ
屋久島ジュウソウ
永遠の出口
森絵都
- 森 絵都
- いつかパラソルの下で
- 森 絵都
- 屋久島ジュウソウ
- 森 絵都
- 永遠の出口
森絵都の評判を聞き付け、「パラソルの下で」「屋久島ジュウソウ」「永遠の出口」を読んでみました。
「パラソルの下で」は非常に楽しめました。
厳格な父の元で育った3兄妹。あまりの厳しさに兄と姉は家を飛び出し、ゆるいけれども自由を謳歌するする日々。妹は父の影響を受け、お洒落が上着の胸のワンポイントのみという変わった形で育っていきます。そして父の突然の死の後、母が父の不倫を知ってしまうのです。無気力になる母。怒る妹。そして「なぜあの厳格な父が」という謎を解くため、いつもは意見のあわない3人が行動をともにし、父を知るため、出生の地、佐渡島へ向かうのです。
主人公の姉の、未来よりも今の方をたのしみたいなぁと、定職もつかずにふわふわしている様子や、長男なのに見事なまでに頼りのない兄、今まで父の意向に合わせてきた妹の日々の様子と不倫発覚後の妹の怒り、など普通の人の普通の様子が肩を張らずに書かれていて楽しめました。また、柔らかな筆致の中に出てくる鮮やかな風景描写がなかなか気持良くて、久々にリラックスして本が読めたような気がします。ラストも面白く盛り上がりました。
「屋久島ジュウソウ」は森絵都とイラストレータ、編集者3人が屋久島を縦走したという旅日記。
山登りなんてこんな機会じゃなきゃ誰もしないという面子での屋久島縦走はどうなるのか心配していたら、なんと終日晴天に恵まれ、無事最後まで歩きとおしていました。作家らしく無闇に感動もせずに、縄文杉を「枯れているように見えた」というあたりはさすがです。「雨が降っていた方がきっと屋久島らしかったに違いない」といってましたが、晴れても困るあたりが屋久島のやっかいなところ。個人的には「パラソルの下で」の風景描写を期待していたのですが、その部分はちょっと期待外れでした。イラストや写真の入り方など可愛いく作ってあるのですが、その辺りもちょっと私のストライクゾーンから外れていました。他の旅エッセイも同時収録。
「永遠の出口」は、女の子の小学生低学年から高校卒業まで回想録。
森絵都流の柔らかに本質をつかむタッチで、小学校での担任の先生との対決や中学校でのぐれる瞬間、そして無気力な高校生活などをすべて恋愛とからめて書いています。各章のタイトルが丸ゴシックでなんだか居心地わるいな、と思っていたら、著者略歴に「『永遠の出口』は、児童文学の枠を超えて綴られた初めての作品」とのこと。そうか。女の子向けの作品なのですね。確かに自分が女子中学生の時こんな本を読めたら心動かせられるだろうな、と思いましたがその反面今の私にはものたりなくもあります。
というわけで、森絵都はこれ以上は遡らずに新作に期待したいと思います。
勝負事のめぐり合わせ
ローラ・ヒレンブランド
- ローラ ヒレンブランド, Laura Hillenbrand, 奥田 祐士
- シービスケット―あるアメリカ競走馬の伝説
書評家北上次郎絶賛の競馬ノンフィクション。
1938年。
世界恐慌に苦しむアメリカでマスコミをもっともにぎわせたのは、ルーズベルトでもヒットラーでもなく、脚の曲がった小さな競走馬シービスケットでした。
アメリカ西部の車販売王で馬好きで派手好きな馬主。
口達者で馬の気持ちの分かったうえで乗りこなせるジョッキー。
ムスタング(野生馬)の調教から身を起こした、馬のことなら何でも知っている、マスコミ嫌いの偏屈な調教師。
そして名馬の血を引きながら気性の難しさで誰も調教できなかった、不格好なシービスケット。
この黄金のスクウェアで、自他共に認める名門厩舎出身のアメリカ最強馬、ウォーアドミラルに挑戦するのです。
しかしいくら人気があっても最強馬への勝つためのチャレンジは、なかなか難しい。
競馬場のコンディション(雨の重馬場は脚の大きなシービスケットは得意ではない)、
馬主の意向(東部の富豪であるウォーアドミラルの馬主は、西部の田舎馬と対戦する意味を感じていない)、
馬の調子(どんなにいい調教師がいても、馬はいつでも怪我をする可能性がある)、
ハンディ(勝てば勝つほど背負う重さが重くなる場合によっては馬のために出走しない)
など、様々な理由で思うようなタイミングでレースに参加できません。
全米の最強馬を決めるレースに最良のコンディションで参加する、というのは本当に難しいことのようです。
待てば年齢の問題もでてきます。
関係者も全アメリカ人もやきもきする中、ついに運命の歯車が連動しはじめ、最強馬対決が実現しようとするそのとき、大事件が起こるのです。
心引かれたのは、シービスケットの人間を見透かす頭の良さや無類の強さ、馬主のマスコミ好きとシービスケットへの愛の苦悩、調教師のマスコミ嫌いと調教に対する絶対の自信、などもよかったのですが、多難なジョッキーの一生です。
馬よりも扱いのひどい労働条件の中、馬の気持ちも扱いも分かるジョッキーとして頭角を表し、あるときシービスケットの調教師にその実力を認められることで、ジョッキーとしてやっと安定してきたところで・・・。
うーん才能があっても運や機会に恵まれず、色々なことが起こるもんだなぁ、としみじみ思いました。
競馬自体は、大昔のトウカイテイオウの引退試合で痛い目にあって以来遠ざかっていますが、スポーツノンフィクションとして十分楽しむことができました。
丁寧に事実を調べ、事実を関連させ積み上げていくことで盛り上げていく。
ノンフィクションの王道を行く読み物で、オススメです。
映画化もしていますね。
というか、映画のほうが有名なんですよね、きっと。
- ポニーキャニオン
- シービスケット プレミアム・エディション
イタリア人の虚無性、もしくはその本質について白想すること
訳と註 小暮修
- フェデリコ カルパッチョ, Federico Carpaccio, 木暮 修
- フェデリコ・カルパッチョの優雅な倦怠
もしスノッブなイタリア人を笑える余裕があるなら、もってこいの本です。
旅行エッセイですが、たとえばフランス旅行の際はこんな感じです。
「あの日は曇り空だったけれども晴れていなくて本当によかったと私は今でも思っているし、シトロエンZXアヴェタージュの助手席に座っていたフランソワーズだって同意見だと私は信じる。前を走る愚図で鈍くて下手糞でとろいルノー4(*5)を追い抜くことばかりに集中していたとき、フランソワーズがいった(お願いだからフランソワーズが誰で何歳で仕事は何をしていて髪の色はなんで顔だちがどんな感じなのか脚はどのぐらい長くて綺麗であるか私とはいかなる関係にある人物であるかなどと訊ねないでほしい。彼女は単に私の友人の一人なのだ(*6))。『あっ、見えた。』
*5 つい先日中止になった小型車の名作。
*6 フェデリコがサリンジャーの愛読者であるとは知らなかった。」
とまぁこんな感じで、注釈との絶妙なコンビネーションも楽しめます。
食べ物と女の子と買い物が好きなスノッブなイタリア人を笑えるところまで極めたところがこの作者と訳者のえらいところで、あぁ世の中にはこんなに意味のないディテールが存在するんだ、と実にリラックスできます。
じつは単なるエッセイである前作「極上の憂鬱」のほうがより、意味がない、という点で優れているので、できればそちらから読み始めた方がいいかもしれません。
ちなみに今回旅行したのは、西印度諸島のクルージング、スペイン・マヨルカ、タイ、南アフリカ、マレーシア、フランス・ブルターニュ、カルフォルニア、九州、です。どれも旅の参考になるような意図は全くなく、誰といって、何を食べて、何を買ったか、ということに終止しています(しかし旅とはそういうものかも。イタリア人はつねにみもふたもない人の本質(つまり、食欲や購買欲や性欲ですね)をつきつけているような気がします)。
忙しい時にはその無意味さにとても読む気にはなれませんが、ちょっと余裕があるときにその空虚さを笑う余裕があれば、是非。
読まれた方。
作者名、もしくは訳者との関係の問題については、どう思いますか。
- フェデリコ カルパッチョ, Federico Carpaccio, 木暮 修
- フェデリコ・カルパッチョの極上の憂鬱

