園芸家とは
園芸家の一年
カレル・チャペック
- カレル チャペック, Karel Capek, 飯島 周
- 園芸家の一年
この本を読むまで園芸家、というものを知らなかったようです。
園芸家というのは、庭に隙間があれが、そこに植えるための苗を必要数の数倍も買ってしまうような、そんな人たちなんですね。
もう、色々植えたくてしょうがない。
天気のこと、土のこと、水のこと、そして植物達のことをいつも気にして自分の庭を鑑賞する余裕などない人たち。
そんな人たちの様子をチャペックが(自分も含め)、辛らつにユーモラスに書いています。
1月から12月までの園芸家。
また、その間に様々な園芸家の日常考えていること。
たとえば植物学小論では、停車場植物(プラットフォームの植物と駅長さんの庭の植物に分かれる)、鉄道植物(踏み切り小屋の庭にある)、肉屋植物(肉屋の肉の間に分布)、飲食店植物(入り口に多い)についての観察が書かれています。
1929年もの昔から、園芸家の習性は変わっていないかのように、十分いまでも楽しめます。
園芸を始めてから、もう一度読みたいものです。
今冬の植物チャレンジは
1、日日草が冬を越せるか
2、アジサイは冬を越せたか
3、元気のない鉢植えの蔦をどうするか
となっています。
さて、私のブラウンハンドは、どうなることやら。
鳥のいる異世界
BIRDER 12月号
つねづね、釣り人とバードウォッチング、あと昆虫採集は、おかしな話があるに違いないとにらんでいます。
それとはまたべつに、たまには全然見たこともないような世界も見てみようと思って、月刊BIRDERを見てみました。
コレが意外と面白くて、ほとんど完読。
まず写真がいいです。表紙のでっぷりとしたオナガカモもいいですし(羽の細かい模様もいい)、全体を横切る雪積もる枝にとまるミヤマホオジロのうっすらとした黄色もいいです。あとは茶色の競演のようなどんぐりを食べるオシドリの群。日本画にして欲しいですね。
写真もいいですが、文章もいいです。
『考える識別・感じる識別』の第44回アビ類・カイツブリ類のなかから抜粋
筆者がある会報から気になる記事を見つけて、
『「近くで車から観察後、あまりに落ち着いているので車から出てみたが、逃げる様子がない。背中に手が触れられる距離まで近づいた。そっと頭に触ると、オオハムは私の手を軽く突ついた。足に怪我をしていないかと水掻きに触ると、泳いで逃げていってしまった」というものであった。いくら愛想がよくても、さすがに素肌はいけない。』
そうか、水掻きは素肌なんだ。そして素肌はいけないんだ・・・。
もう1つ『環境保護、激動の30年』の最終回。筆者が昔を振り返って。1970年ごろのはなし。
『山階鳥類研究所で採用面接の後に山階先生がおっしゃったことは「それであなたは給与はいるの?」。野鳥の会に勤めて言われたことは、「これがあなたの机です。仕事は鳥の保護」資金などはどうするのですかという私の質問には「自分で考えてください」。
いくら鳥好きでも、当時鳥を仕事にするのは、さぞかし大変だっただろうと思います。
それからフィールドノート。絵と文章で伊良湖半島のタカの渡りを紹介。
なんだか見るもの楽しそうだけど絵を書くのも楽しそう。
軽い気持ちで読み始めましたが、結構ぐっときました。
近くでトンビかサシバかなんだかが飛んでいるんですよね。
図鑑も双眼鏡も望遠カメラも欲しくなってしまいます。
やっかいな職種 発明家
テスラ
タッド・ワイズ
- タッド ワイズ, Tad Wise, 岡山 徹
- テスラ―闇の科学者 .
純粋な発明家としては、裁判屋トーマス・エジソンよりも優秀だったというテスラ。
日本では、電気関連の単位でしかお目にかかれない名前ですが、その一生を追った伝奇小説です。
青年時代の苦労と優秀さの逸話。
交流の発電機の発明による、直流屋トーマス・エジソンとの対立。そして成功。
そしてより大きな発明と実現の困難。
最大のチャレンジは地球を誘電体にみたて、数十万ボルトの発電機で、直接地球に充電。
めざすは無線電力送信。
うーん、理論的には不可能ではないのだろうけど、実現化、事業化は、いまでも難しそうです。
でも、こういったアイデアが頭に次々と浮かんできて、お金の問題で実現できない、というのは相当苦しいと思います。
しかし投資家サイドも、こういったわけの分からないアイデアに投資できるか否かは、難しいです。
交流発電機に投資して設けた人もいれば、他のアイデアに投資して失敗した人もいる。
そう、純粋な発明家として優秀であればあるほど厄介になってしまうといのは実に皮肉です。
若いころは肉体労働をしたり、晩年は金銭に恵まれなかったりと、本人も大変そうです。
そうとうエキセントリックな人柄でもあったようですし。
せめて、存命中になんどかその優秀さを認められたことと、いくつかの発明が実現したのが救いでしょうか。
小説なので数式がない分随分と読みやすくはありましたが、人柄などの信憑性についてはちょっと分かりませんでした。
ただ、優秀な発明家、そのやっかいな人生を興味深く読むことができました。
しかし、画像はありませんが、スティーブン・キングのような表紙に「闇の科学者」。
たしかに潜水艦や魚雷や殺人光線などの発明についてもアイデアはありましたが、ちょっとゴシップ的な扱いには残念です。
6500km、1年の脱走
脱出記
スラヴォミール・ラヴイッツ
- スラヴォミール ラウイッツ, Slavomir Rawicz, 海津 正彦
- 脱出記―シベリアからインドまで歩いた男たち
第2次世界大戦勃発直前、ポーランド人の主人公はでたらめなスパイ容疑でソビエトに捕まり、シベリア送りになります。そこからの脱走の様子を描いたノンフィクションです。
凄まじいのは、収容所までの移動と脱出後の軌跡。
まずヤクーツク周辺の収容所までの移動は、極寒のシベリアを囚人服1枚で列車で、トラックで、歩きで行い、労働力として使える囚人の選別していました。
脱落するような弱い労働者はいらないということです。
その想像力の欠如が招いたような選別方法は、当時のソビエトの否人間性の一端を垣間見た気にさせられます。
そして脱走。
パンと手製ナイフと斧の頭のみの脱走で、ユーラシア大陸を縦断し、インドを目指すのです。
この、狂気ともいえる脱走を行う決断のバックボーンを考えると寒気がします。
脱走は何人かの仲間で行います。
みなで知恵を出し合いながら、途中魚をとり、シカを捕まえ皮をなめしたりしながら、国境へ。
そして十分な準備も認識もないままゴビ砂漠越え、ヒマラヤ越え。
そしてついてに訪れる・・・。
どんな冒険家も夢想だにしない、恐ろしい旅程です。
脱走した本人の筆なので、文章が上手いわけでもなく、結構さらっと日々のことが書いてあるのですが、無事インドについた跡、病院で精神的にまいってしまったり、さらに生涯に渡りその傷を背負ったりで、書いてある以上に本人がダメージを受けているのが分かります。
はじめはこんな環境でも人は生き延び前に進むことができるんだ、と簡単に考えていましたが、読んでいくうちに極限状態で傷ついてしまう精神のことを考えてしまうと、やっぱり無事じゃすまないのだな、と思い、今更ながら人をそういった目に合わせる体制や人に、怒りを感じました。
読みながらも読み終わった後も、もし自分だったら脱走したのだろうかと、ずっと考えていましたが、どうでしょうか。
村上龍の直球
- 村上 龍
- 人生における成功者の定義と条件
村上龍はもう、小説も書けるノンフィクション作家、といったほうがいいのではないでしょうか。
あまりにもストレートすぎて普通の作家ならなかなか書くことができない「人生における成功者の定義と条件」について、各界の著名人へインタビューしたものです。
ベストセラー「13歳のハローワーク」作る過程で、「人生における成功者の定義と条件」とは何か、というのを考え、村上龍は先の見えない現在、「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」という仮設を立てました。
建築家 安藤忠雄
科学者 利根川進
社長・CEO カルロス・ゴーン
大使・教授 猪口邦子
プロ・スポーツ選手 中田英寿
結構驚いたのは、ゴーン以外はみんな充実感を大事にしていたこと。
これだけ高名な人ばかりなので、もっともらしいことをいうのかなぁと思っていたのですが、皆さん子供みたいに充実感が大事だというようなことをいっていました。
そうかぁ、といった感じです。
ちなみにゴーンは、目標、といっていました。
うーん、いかにもロジカルですね。
村上龍について興味深かったのは、猪口との対談の中で小説の内容について「小説の場合はあまり自覚的になるとつまらないという部分があります」といっていて、あぁ、やっぱり自分の小説が面白くなくなっているのがわかって、こういった事実・理屈ベースの仕事が増えたんだなぁ、と思いました。
しかし、村上龍に「充実感」といわれるようになったとは、「テニスボーイの憂鬱」「トパーズ」なんかを読んでいたころと隔世の感がありますね。
時代も変わったなぁと感じられたのと、村上龍の方向転換の理由がわかっただけでも、読んでよかったです。
オタクの話が面白いわけ
空前絶後のオタク座談会〈2〉ナカヨシ
山本弘 岡田斗司夫
- 岡田 斗司夫, 山本 弘
- 空前絶後のオタク座談会〈2〉ナカヨシ
自称オタキングこと岡田斗司夫と、と学会会長やSF作家としても有名な山本弘が、オタク業界関係者を招いて行う対談集第2弾。
一人目がサンダーバード研究家の伊藤秀明。
サンダーバード流行4年周期説を元にした業界生き残り方法や、サンダーバードの写真から設計図面を起こす話。
また、「あのマシンあの部分は、あのプラモデルの部品」などと眩暈がするようなオタク話。
でも細部の固有名詞にこだわらなければ職人さんの話にも聞こえるような徹底振りが心地良いです。
とにかく本の最初の割にはエライディープなお話でした。
次が声優のかないみか。メロンパンナ役の人気声優とのことですが、普通に業界のことをしゃべっていました。
なにせ音入れのときは、ひどいときなど書き文字しかないこともあるんだそうです。
そんな状況でもベストを尽くしてレベルの高い日本人声優を二人はべた褒めしていました。
次は、クレヨンしんちゃんの映画監督、原恵一。
傑作と名高い『オトナ帝国』の作成話。いいかげんしんちゃんの作品数をつくりすぎて「これつくったら首になってもいいや」とおもえるほど、自分の思うような作品を作った(作らざるを得なかった)とのことです。
そしたら評価がよかったとのこと。
大阪万博のシーンについて二人はべた褒め。
「やっぱり一人は狂ったようにこだわる人がでてこないと、ああいうシーンはできない」のようなことを言っていたのが印象的でした。
最後はアニソンや特撮関連で作詞作曲の大御所、渡辺宙明。
とにかく耳に残る特徴的な歌を作る人で、読んでいるとそれはまさに天から降ってくるよう。
それでも「最初は映画音楽でくっていこうかと思って少しやったけど、今はこっちの世界にいってよかった。
映画音楽を覚えている人はすくないけど、アニメの歌は必ず誰か覚えている」
確かにそうです。いやぁリアルな話です。
とかくマニアックな話になりがちな話を、思い入れを一般人が読んでも分かるように自然と噛み砕く二人は、やっぱりえらいなぁ、オタク業界には必要な人たちだなと感心しました。
1世の故郷喪失感と2世の故郷不明感
その名にちなんで
ジュンパ・ラヒリ
- ジュンパ・ラヒリ, 小川 高義
- その名にちなんで
親子2代に渡る、アメリカへの移住の物語。
技術者として将来を嘱望されていたインド人青年が、帰郷中の有る出来事により、アメリカへの移住を志すようになります。
親が決めた婚約者を連れ始まるアメリカでの生活。
ギャップを感じながらも何とか生活をし子供を育てていきます。
子供は、大学をでて、アメリカ人としての生活を謳歌します。
インド人としてのアイデンティティを持った両親とは、意識の違いを感じながら。
違和感のあった自分の名前については、実にアメリカ人らしい解決法をとります。
しかし、その名の所以を父から話されたとき・・・。
静だけれども情感溢れる筆致。
アメリカとインドを均等の目で見られるバランス感覚。
適度な物語性と、文体だけで読ませる文章力。
初めての長編とのことですが、短編の「停電の夜に 」のあざとさを抜いて、よりストーリー徹した内容です。
ちなみに主人公の名はゴーゴリ-。
「外套」「鼻」で有名なロシア作家からつけられた名前です。
この名をつけることで、通常移民(特に2世)が自分の名前が呼ばれるたびに感じるギャップを、2重に(インド人2世なのにロシア風)感じさせ、周りの2世からもギャップを感じるような構造に作りこんでいます。
私がインド系アメリカ人なら共感することも多く感動する作品となると思うのですが、いかんせん日本在住の日本人なので、共通項が少なく、また、同じ人間としての共通項を強く感じられるほどには作品を掘り下げていないような感じもあります。
ま、そこはあえて掘り下げずにインド系アメリカ人のポップさを描いたのかもしれませんが。
ただ、そんな共通項もないのに最後まで読ませる一場面ごとの描写力はなかなかのものです。
自分の出身地からはなれて間もない方には、より共通項が見出せるのではないでしょうか。
単語で面白かったのはABCD。
American Born Child of Desi
でインド系アメリカ人2世とのこと。
desiとは、Indianのカジュアルな言い回しなんだそうで。
絲山秋子の迷走と、とりあえずのゴール
絲山秋子
■絲的メイソウ
- 絲山 秋子
- 絲的メイソウ
絲山秋子のエッセイ。
得意の暴言放言で男や禁煙など様々なことに文句を言いつづけます。
しかしなんでしょうか。
小気味いいといえばいいのですが。
小説では醒めた知性がウリであるのに、こうも一方的な内容では、書いた後から「書かなきゃよかった」と後悔して文筆活動が滞るか、そういった反省を無視することで筆が荒れるか、と余計な心配ばかりしてしまします。
WEB日記ぐらいでいいのにというのが個人的な感想です。
まぁ、そんなことぐらい乗り越えられる十分な生命力があるからこそ作家を続けられるのだと思いますが。
■イッツ・オンリー・トーク
- 絲山 秋子
- イッツ・オンリー・トーク
初期の小説。
失業者の主人公の変わった日常。
スタイルはいつもの絲的スタイルでいいと思うのですが、痴漢・ヤクザ・議員・失業者、と読者受けする話題で書いたように感じました。
ここから地味な併載の「第七障害」やその後の作品にいったのは、読者としては嬉しいです。
「第七障害」は、乗馬が趣味の主人公の馬への愛と恋愛を語ったもの。小品ながら好感が持てる作品でした。
愛馬を亡くした喪失感が、絶対に元には戻らない喪失感として痛みを伴って読むことができました。
■勤労感謝の日
- 絲山 秋子
- 沖で待つ
「沖で待つ」の同時掲載の中篇。
失業中の主人公が、勤労感謝の日にお見合いをすることになるが、やってきた男が・・・、という話。
男の人物像があまりにも典型的過ぎて少し興ざめてしまいますが、まぁ、楽しめる軽い中篇と考えたらいいのでしょうか。
こうしていくつかの作品を読んだ後「沖で待つ」を思い出すと、これが今まで読んだ中で1番の作品だと実感できます。
この作品で芥川賞をもらえたのは、とてもよかったと思います。
2006年まとめ
11月でブログ2周年を迎え、12月に2006年総括、1月に2007年の目標、また、年末年始に相応しい本の書評でもしたいなぁ、と思っていましたが、なにもできず、ずるずると本日に至ってしまいました。
こんなことではさすがに2007年が不安になってきたので、とりあえずご挨拶と2006年総括をしたいと思います。
なんとか2年も続いたのも、こうやって覗いていただける読者の皆様とアメブロのおかげと思っています。
ありがとうございました。
一人で本を読むよりもこうしてブログを続けたほうが、随分楽しいものです。
これからも、よろしくお願いいたします。
さて、では2006年総括です。
■まずは小説の収穫。
この2冊は、作者の濃厚なスープのような想像力と人生に対するシャープな意思が組み合わさった、稀有な本です。
読んだ後の眩暈に似た感覚を今でもおぼえています。
馬でアメリカからメキシコへ、国境を越えてカウボーイの仕事を探しに行くというストイックな意思と、メキシコに不法滞在しているというハードな状況、そしてハードボイルでありながら自然描写や展開の卓越した技は、久しぶりに異質ながらも上質な小説を読んだ気になりました。2007年の読書生活にむけて期待の作家です。
今年は、恩田陸をよく読みました。なかでも面白いマンガを読むようにぐいぐいと読んでしまったのが、この本。
続きが楽しみです。
あとは新しい作家で言えば
コレ!といったスマッシュヒットはありませんが、全体的なアベレージが安定していて、新作が出れば読みたい人の一人になりました。
■次はノンフィクションの収穫。
なんといってもW杯。サッカー本を多く読みました。でも意外と当たりはなかったのですが、
山本昌邦「備忘録」 は2002年の思い出とともに、裏事情が分かってなかなか面白かったです。
結構気に入っているのが
アメリカのヨセミテ公園の自然道を1ヶ月に渡って歩く話でしたが、そこにかけるリアルな情熱と実際の現場での柔軟な対応が読んでいて単なる体験記とは違った、何層にもわたる厚い人生を感じられて、よかったです。
実用書では
年末に忘年会をやったとき葱と豚肉を入れて煮込むだけのバーソーを少しアレンジして作ってみたら、簡単で美味しくてなかなかよかったです。蒸し鳥にも挑戦して、これもなかなかでした。
総括としては、ほかにも色々面白い本はありましたが、うーん絶対お薦めの「コレ」というのがなかったような・・・。
今年はもっともっといい本を読みたいと思っています。
■ブログについて
今年はアメブロも随分と進化を遂げた一年でした。
動画やアクセス分析など、スタート時点を考えれば、わずかな年月ですが隔世の感があります。
それからブログ人口も増え、書評メインのブログも随分と多くなりました。
これは結構嬉しいことで、自分にあったブロガーの方との交流も増えていき、なんだかよりブログが活発になったのではないかと思います。
せっかくのブログの形態なのですから、できる範囲で機能を生かしていきたいな、と考えていますが、私がみたいなと思うのは自分が読んだ本の書評なので、書評コンテンツをカタカタと書いていくのが一番にしたいと思っています。
来年の今ごろは、いったいどんな機能が追加されているのでしょうか。もうブログなんてものはなくなってしまったりして。
まぁ、そんなときはそのとき考えるとして、読者の皆様、今年もよろしくお願いいたします。
幸田文と木
木 幸田文
- 幸田 文
- 木
エッセイの名手と呼ばれる幸田文の木にまつわる1971-84年までの15編のエッセイ。
木について学問的知識はほとんど素人のまま、しかし感受性豊かに真摯に木に対する姿は、ぐっと胸を押すものがあります。
そのうちの1つを紹介します。
材木とするための木を見たとき、実は同じ高さ同じ太さの木にも、できの悪いものと良いものがあるそうです。
例えば何かのかげんで、傾いてしまったもの。
大風か、斜めから入る日光か、虫か、鳥か、何のせいかはわかりません。
しかし、すこしでも傾いたまま伸びた木は、アテ、と呼ばれて使いものにならないそうです。
考えてみれば、あれだけ自重の重いものが斜めになってしまったら、伸びているほうは引っ張り、縮んでいるほうは伸ばそうと、幹の部分はしているのでしょう。
こういった部分を材木にしようと挽くと、材は歪み、反り、割れてしまいます。
これを山に入り一本はまっすぐと伸び、一本は傾いてしまった檜を見ながら説明を受けていた幸田文は
「そんなのはひどい。さんざんつらい目をしてがんばってきたのに。木の身になってみたら恨めしくて悔し涙がこぼれます」
といいますが、相手も
「こりゃ珍しい、アテを劣等といって怒られたのは初めてだ」
ときょとんとしていう。
そこで幸田文は、自分の目で確かめなければ、このままではすまされないと思い、アテがどんな風に役立たずか、見せてもらえないか頼みます。
では、一旦帰京して出直してくれと、担当の人。
「材木だとしか思わないからアテなんてこれまで心にかけたこともなかったが、言われてみれば木も人間も、生きているに違うところはないのかもしれない。アテを哀れといわれれば、身につまされるおぼえもあるよねえ。すんなり暮らしちゃこなかったんだ。」
そして通知がきて製材所へ。
では挽きましょう、といわれると、製材所の他の音がやみます。
特別にアテを挽くのを見せてくれるからです。
最初のうちは問題なく挽いていきます。
でも柱はとらず、板ばかり。
これは、アテのひどいところをはずすからそうなってしまいます。
そうしていくうち、素直に裁たれて板が、ぐっと反りはじめます。
「な、わかったろ。アテはこうなんだ。だからワルなんだよ」といわれます。
何とかならないかと板を触ると、とても固い。
それでも、仕様がない、とはどうしても思えない。
そしてもう一度挽きはじめると、動いている刃が止まります。
楔を打ち込んで刃を少しずつ進めると、すうと刃が通り切れていくかにみえたとき、また刃に抵抗がきて、その瞬間、木が裂けてしまします。
そして幸田文は裂けた木を抱き、途方にくれてしまいます・・・
そんな何の答えもないエッセイですが、何か大切なものを含んでいるように感じます。
読んでいて、実は文章も上手いのかも分からず、老齢のせいか生き急いでいるようにも見え、心安らかなエッセイではありません。
でも、なにか惹きつけるものがある、まるで知らない国の伝統料理を食べたような、そんなエッセイ集でした。
また、一番最初の、北海道のえぞ松の自然林には倒木更新、というものがあって、倒木した木にの上に新しい木が生えるので、森でよく目を凝らすと、いくつもの直線に沿って生えている木々を見つけることができる、という話も興味深かったです。


