絵本色々2
またまた色々絵本シリーズ。
1歳の子供を実験台に色々な本を与えています。
子供が読むための絵本は驚きが多いですね。
絵本には大人の小理屈(世間知や整合性)なんかもありますが、それとは関係ないところで受けています。
●くだもの
- 平山 和子
- くだもの
「すいか」
「さあどうぞ」
「なし」
「さあどうぞ」
とリアルなくだものの描写が続く絵本。
みたことのない栗などになぜ反応するかはわかりませんが、最初から結構受けがいい本でした。
●こぐまちゃん
- 森 比左志, わだ よしおみ, わかやま けん
- こぐまちゃんのうんてんしゅ
「こぐま社」というこのシリーズしか出していないのかと心配になる出版社の絵本。
人気シリーズのロングセラーのようですが、こぐまの目の色がオレンジなのどうにもなじめません。
しかしこれもやっぱりうけがいいのです。
なにかしら訴えるものがあるのでしょう。
この本はそのなかでも比較的かわいい内容。
しかし絵本のジャンルには「運転手or乗り物」というものがあるのかと思うぐらい、他にも多くありますね。
いい作品も多いような気がします。
安西水丸の「がたんごとんがたんごとん」とか。
- 安西 水丸
- がたん ごとん がたん ごとん
ミッフィーシリーズで有名なブルーナ。
色々なシリーズがありますが、わけがわからないけどうけるのが
●ブルーナのかず1・2・3
「1」でオーケストラが1人
「2」で2人
最後が「10」で10人
というないようで、人がだんだん増えてくるのですが・・・。
読み上げるほうが飽きないようにするのが大変ですが、結構本棚から持ってきて、音読を強要されます。
- ディック・ブルーナ
- ブルーナのかず1・2・3
amazonに画像がないってのはどうなんでしょう・・・。
絵本なのに・・・。
●ぴょーん
- まつおか たつひで
- ぴょーん
大型本の新骨頂。
ページ一杯を縦に使って、
「かえるが・・・」 座っているかえるの絵
めくって
「ぴょーん」 とんでいるかえるの絵
というのが、イヌやらネコやらバッタやらカタツムリなどが続きます。
意外と取捨選択が考えられているところが感心。
盛り上がっていました。
●うしろにいるのだあれ
- ふくだ としお
- うしろにいるのだあれ
愛子様のお気に入りの本と紹介されたそうです。
うちでは当初は受けが悪かったのですが(最後のページに行く前に他の本をさし出される)何度か繰り返していくうちに慣れて受けがよくなってきました。
アイディアはいい内容の本だと思います。
でも全体像がさびしかったりと、もっと楽しくつくれるような気もしますが、この適度な寂しさがいい子もいるんだと思います。
大きくなって絵の意味が分かれば読み方も変わってくるかなと思っています。
●MOE
かわった雑誌を読んでみようといくつか手にとった本のひとつ。
絵本とイラストレータの雑誌です。
バックナンバーを見てみると2007年1月「今年一番愛された絵本」特集 があったので、これを読んでみました。
色々読んでいくうちに過去の絵本も紹介されていて、そのうち、どうしても読みたくなった本があり、購入しました。
●かようびのよる
- デヴィッド ウィーズナー, David Wiesner, 当麻 ゆか
- かようびのよる
- 文字がほとんどないのに(時間のみ)驚くほどストーリー性に富んだ本でした。
- 何であれそうですがこういう本で一番いいのは、前情報なしで読めるときです。
- もしよろしければ読んでみてください。
- そうはいっても、という方にすこしだけ+α。
- 1、 表紙をよーくみてください
- 2、 「マグノリア」的です
- 3、 人が主人公ではありません
+になるかどうか・・・。
詳しく知りたい方は、amazonをどうぞ。
子供には大きくなったら読ませるつもりです。
だんだん子供視点で本を選べるようになってきたので(例えば「ぐりとぐら」はまだ早い)それはそれでなかなか面白いですね。
また進展があれば参考にお伝えしようかなと思います。
パイパティローマへ行ってみたい/サウスバウンド
奥田英朗
サウスバウンド
- 奥田 英朗
- サウス・バウンド
表紙、いいですね。
■あらすじ
主人公は中野区の小学6年生の男の子。
両親は、元左翼運動家。
小学4年生の妹と、もう働いている姉の五人家族。
1部、2部と分かれていて、1部は中野区での話です。
思春期1歩手前の様子がうまく書かれています。
友人との楽しい毎日ずっと続くと思っていたのに、突然襲う悪夢のような中学生のカツアゲ。
同級生の柔道部の兄を紹介してもらう/家出/直接対決。
友人と知恵をしぼり、なんとかこのカツアゲを乗り越えようとします。
そんな年頃の問題とは別に、家は家でワケアリです。
父はいつも家にいて、役人や先生がくると
「体制に雇われたイヌになど用はない。帰れ」と問題ばかり起こします。
そして父の友人が家に泊まり込みはじめるあたりから、物語は急展開。
「運動」に巻き込まれた結果、父の一存により沖縄に移住することになったのです。
第2部は沖縄での話。
都会ッ子の主人公が、電気もないような西表島の廃村に住み始めます。
父の出身地ということもあり、島の人がみんな親切にしてくれ、生活の不便さとは別の都会との違いを実感します。
父はアナキストなので、税金も納めず、子供を学校にもいかせません。
しかし、いままでごろごろしていた父が畑を耕し魚をとりに船でて、まるで別人のようです。
しかしそれはそれで、子供としては学校に行きたいので、都会に残った姉に転入届を出してもらい子供は子供で通学を画策します。
そうやって沖縄での暮らしになれていくうちに今度は環境保護運動に巻き込まれて・・・。
読んでいて気持ちいいのは、主人公も父も自分にやましいところを持たず、まっすぐな気持ちで諸所の問題に立ち向かっているところでしょうか。
そういった人物造詣が、波乱万丈のストーリーとは別に、この本の魅力になっています。
そしてもちろん奥田英朗が書いているので、父はアナキスト、というトリッキーな設定から数々の問題を起こし、広げた大風呂敷をたたみかけるようにまとめていく手腕は秀逸です。
父の問題屋的設定も面白かったのですが、個人的には印鑑屋のせがれで小学生なのに耳年増の友人の設定が面白かったですね。
「なんだ、二郎。借金の申し込みか」
「なんだ、この無礼者め。世が世なら手打ちにいたすところ」
「ところで諸君、話は変わるが、大久保にな、銭湯の女風呂がのぞけるビルがあるらしいぞ」
と、こんなかんじで悪くありません。
「邪魔」 では、ろくでもない人間のディテールが書かれていましたが、そんなんよりもこういった作品を書いたほうが後味はずっといいですね。
書評家・翻訳家の大森望の書評では第2部は要らないようなことが書かれていましたが、そんなことはありません。
父の出自とはつらつとした様子、沖縄の相互扶助的な親密な空気。
沖縄編があればこそさらに爽快感がますのではないでしょうか。
ところで本にでてくる理想郷「パイパティローマ」
ニライ・カナイぐらいはしっていましたが、こちらは知りませんでした。
下記に詳しくありました。
パイパティローマとは?
http://www.kt.rim.or.jp/~yami/hateruma/paipateroma.html
連休中に「沖縄」とつぶやくだけでなにか心が動きますね。
だれが自分をほどくのか/赤目四十八瀧心中未遂
赤目四十八瀧心中未遂
車谷 長吉
- 車谷 長吉
- 赤目四十八瀧心中未遂
落ちぶれて大阪の尼崎に流れ着き、そこの安アパートで焼き鳥用の串を作る内職で糊口をしのぐ主人公。
女主人は因業だったり、まわりは連れ込み宿だったり、住人は彫師がいたり、美しいがやさぐれた女性がいたり。
そんな場末まで流れてきたのは主人公が自分との折り合いをつけられないせいで、「今の自分でいいのだろうか」という不安に付き合って、大学まで出たのにサラリーマンをやめ流浪し、金がなくなると他人の紹介されるがままに流れ流れて今の状況に落ちいった、そんな感じです。
この日本文学の私小説のオーソドックで書き尽くされたテーマをあえて今書いているところが新鮮です。
けして自分への自意識は捨てらず、外に変化を求め、変化が起こるための「なにか」が起こることを期待して、この苦境でさらに混乱の方向へ歯車は回っていきます。
はたからみると好き好んでの自作自演の自縄自縛状態で、どこをとっても救われる要素はありません。
しかしオーソドックスな自意識を扱いながらあまり深みは感じられないためかえって読みやすくなっており、ストーリーもそれなりにあるためリーダビリティはこの手の本にしては良好です。
車谷センセイの入門書にはいいのかもしれませんね(他の作品はあまり読んだことがありませんが)。
この自意識過剰のダメッぷりの底がどうなるか、興味があります。
極地の子育て/地の果てに住む
地の果てに住む
リチャード・リオ
- リチャード リオ, Richard Leo, 野田 知佑
- 地の果てに住む
野田知佑が訳をしているので読んでみました。
NYでしがない新聞の記者をしていた作者が、ほぼ思いつきでアラスカに移住する話です。
アラスカに恋人と向かうと、偶然荒野に空家が見つかり、そこでしばらく暮らします。
自然の美しさを堪能しながらも「街に戻りたい」という恋人をなんとかなだめているうちに、妊娠。
出産はシカゴで行い、しばらくしてまたアラスカに戻ります。
アラスカで入植するためめ猛烈に働き金を貯め、人里はなれた場所に家を建てることにします。
どのぐらい離れているかというと、街から車でしばらく走り(このあたりでたぶんすでに人家なし)そこから熊の出る森に入り、倒木の橋しかない川を渡り、ツンドラを抜けた、尾根の上、というあたりです。
で、仮小屋を友人と建て、家族を呼び、本格的な家を独力で建てていくのです。
しかし短い夏が終わるまでに家は完成せず、ほとんど人との交わりもない地に絶えられなくなり(当たり前だ)、妻もアラスカの町に戻ります。
そして作者は子供を引き取り、一緒に暮らし始めるのです。
空一面に広がる、光の音のない爆発のような緑のオーロラを犬と眺めるなど、所々に描写されるアラスカの自然も見事なのですが、なんといっても読みどころは「大自然の真中で暮らしたい」という気持ちだけで、様々な困難に無謀に立ち向かっていく様子です。
ここまでくると自然回帰といってあこがれるより、アメリカ人の自己実現の強引さに呆れてしまいます(作者いわく「アメリカ人だから一度願うとどうしてもかなえたくなる」みたいなことを言っています)。
しかしなんといっても、まだ生まれたばかりの子供をもってアラスカに行って、子供の世話は奥さん任せで、さらに挙句の果てには離婚して子供を男親一人で育てるなんて、なんていう無謀さでしょう。
病気やら怪我やらを普通に心配していたらそんなことはできません。
と思っていたのですが、もしそうなったらそうなったときで、全力でなんとかして、普段はできるだけ気をつける。
という生活が、そんなにおかしなものか、という気もしてきます。
都市生活があまりにも万が一の対応に恵まれすぎていて、針小棒大になっているのかも。
それになんといっても大自然の中で子供と暮らしていけるのは、ものすごい魅力です。
毎日、雄大なアラスカの山脈と広大なツンドラを眺め、ヘラジカに出会い熊に注意して赤ゲラを見つけて野イチゴを拾い、鱒を釣る。
いやぁ、たくましく育ちそうで将来楽しみになります。
それによんでいると、周りの住人にもけっこう同じぐらいの年の子がいたりしている。
そうか、多いんだなぁ、そんな人たち。
あとがきで訳者の野田さんが、「だんなは神経質すぎ。むしろ自分の意志を通した奥さんのほうが立派だ」というあたりは、自由に生きるということにこだわりを持つ野田さんらしい意見でした。
ぼんやりよむと「ぼくよくやったでしょ」というエッセイに読めてしまいますが、個人的には子育ての語られていない部分の苦労を思い眩暈がしました。
今、その子がどんな子に育っているか興味があります。
恋愛群像劇/ツ、イ、ラ、ク
姫野カオルコ
- 姫野 カオルコ
- ツ、イ、ラ、ク
印象的な表紙と印象的なタイトルと印象的な作家名。
たまに見かけますが「濃厚女性恋愛本」と勝手に決めていました。
先入観はあれど、前情報なしで読書開始。
物語は、京都の地方都市がはじめの舞台。
集団行動になじめない準子
優等生的令嬢の京美
男女関係にマセ気味の人間関係もねっとりとした統子
このあたりを中心に小学校から成人して子供を持つ辺りまで、
女友人から男の子、センセイから会社の後輩まで
出てくる人物の造詣をしっかりと書きながら、恋愛を軸に物語りは進みます。
現実にはクールに接しながら空想に浸りがちな準子が理不尽な恋らしきものに落ちるのが、物語の山ですが、
出てくる人々が丁寧に「いましたね、クラスにそんな人」を描いているので、他のサブストーリーもそれなりに読ませます。
なんだか旧式の全体小説の現代恋愛版、といった感じで漫然と読んでしまったのですが、それでよかったのでしょうか。
漫然と読んでもどんどん読み進めるぐらいディテールはしかっりしているのですが、ボタンのかけ違いをしているような気がしないでもないですね。
旅先で食べた名の知れない美味しいお茶うけ、そんな感じの小説でした。
準子の感性にハマれる人なら、もっとヴィヴィットに感じるのかもしれませんね。
妙な離世感/イルカと墜落
イルカと墜落
沢木耕太郎
- 沢木 耕太郎
- イルカと墜落
沢木耕太郎は「深夜特急」を読んでハマって他の本をいろいろ読みましたが、結局「深夜特急」以上のものはありませんでした。
その対象との独特の距離感にうまくはまれず、隔靴掻痒というか、違和感を感じてしまいます。
しかしこの本を読んでその違和感の原因が少しわかったような気がしました。
「イルカと墜落」のあらすじとしては、アマゾンにインディオの独自生活を手助けするために奔走している、その地域のカリスマにテレビ取材に行く、というものなのですが、なんと小型飛行機に乗り込んだ後、墜落してしまうのです。
日本でもニュースになったそうですが全然知りませんでした。
これはこれで事件なのですが、
本筋とは関係ない、ある本の解説対談の話が出てきて
「・・・この人生、すごく面白かったという感じが、十年、いやもうすでに二十年くらい前からありましてね。・・・そのせいか、いつ人生が終わってもいいという感じがあるんです・・・」
と語っていました。
なるほど、飄々とした「いつ終わってもいい」感が違和感の原因だったのではないかなと思いました。
それが旅行記などでは漂流感をうまく描き出していたし、しっかりしたノンフィクションだと逆に芯の漠然とした作品になってしまったのではないかな、と。
こう書いていると、あの独特のくったくのない漂流感のある旅行記を読みたくなってきますね。
「深夜特急」以外のもので、なにか読んでみたいですね。
この作品では最後までパイロットについて根に持っているのが人間味が感じられてよかったです。
ま、墜落の原因の一端を担っているので当たり前といえば当たり前の話ですが。
穴のなかのダンス / 蘭に魅せられた男
蘭に魅せられた男
スーザン・オーリアン
- スーザン オーリアン, Susan Orlean, 羽田 詩津子
- 蘭に魅せられた男―驚くべき蘭コレクターの世界
みなさんは、蘭という植物をどのくらい知っていますか。
私は、開店祝いでみる胡蝶蘭が結構な値段なもの、という認識ぐらいしかありませんでした。
しかしどうやらこの世界は、深く広く、底なしのようです。
この「蘭に魅せられた男」の主人公はフロリダ在住のアメリカ人、ラロシュ。
ラロシュが、自然公園から蘭を持ち出そうとして捕まり裁判になった記事を読んだライターが興味を持ち、取材が始まります。
ラロシュは、蘭ハンターで育成家、園芸コンサルタント。
蘭ハンターとは、世界各地を飛び回り、蘭愛好家の気に入りそうな蘭を採集する人。
育成家は、そういった蘭を集め、栽培し、販売する人。
そして園芸コンサルタントは、素人愛好家からプロの育成家まで、適切なアドバイスをする人。
いったいこんなローカルでマイナーな話がなんで奥深さをもってくるかというと、蘭の美しさと植生に関連があります。
蘭は多くの種のかけあわせ可能で、そこで多くの人の気を惹く蘭を生み出せば、多くの金と人望と地位を築くことができます。
たとえば最近東京開催された世界蘭展 http://www.jgpweb.com/index.html
入場者数は、世界25カ国から43万人強の集客。その市場の力強さが伺えます。
また蘭の歴史は、ビクトリア王朝時代までさかのぼり、貴族の趣味から始まった由緒正しい(と考えられる)ものです。
しかしやはりその美しさゆえに人は蘭に狂うようです。
そういった古今東西の事例を、近くでは日系飛行機会社の東南アジアの支店長までなりながら、地位と名誉と家族を捨て、蘭の栽培をはじめた日本人から、遠くは大航海時代がはじまったばかりにすでに蘭ハンターとそのスポンサーがいて、蘭ハンター同士、スポンサー同士が争っていたといういくつもの事例が挙げられ、「どんなに危ない目にあい、どんなに不快な目にあっても、何度でも蘭に関わってしまう。それは恋や麻薬のようなものだ」という一般論も、そういった数多くの事例を読むと、ちょっと寒気がしてきます。
そこで話は戻ってラロシュが目をつけたのは、栽培が非常に難しく、非常に貴重で「幽霊蘭」とも呼ばれているポリリザ・リンデニイ。フロリダの湿地帯に生えている野生種を、湿地帯が居住区に含まれているネイティブ・アメリカンと結託して育成・栽培を事業化しようとして、まずはその苗を取り出したところで捕まってしまいます。
ところでこのラロシュという人物は相当な変わり者で、強烈で厄介な個性の持ち主です。
幼いころから、なにかに凝りだすと猛烈にいけるところまでいって、突然止めて他のものに興味がうつってしまう。
9歳のころ、カメをペットとして買い始め、育成をはじめ、友人に売るようになり、さらに世界中のカメを集めようとしはじめたところで、突然化石に興味が移ってしまう。そうやって、古い鏡、熱帯魚、宝石細工など様々な世界の一流になっては次に移り今は蘭の世界にどっぷりとつかっているのです。
そして、ラロシュは自分の仕事に利益と美徳と犯罪行為を織り込むことが好みのようです。
たとえば植物栽培の入門書を執筆して、そこに大麻の育て方を載せる。でもそのやり方では大麻は絶対に麻薬としての効果は出ない。執筆して儲けて、犯罪に手を染めながらも実践した人々にはやっぱり犯罪は割に合わないと思い知る。
実にややこしいですが、おしゃべりで、底抜けに前向きで、かんしゃくもちで、約束も守らず、絶対に謝らない。
そしてある分野では超一流の知識を持ち、実践を行っている。
そういった実に興味深い人間と、底なしの蘭の取り合わせ、そこにこの本の独特の熱があります。
結果的にはラロシュはネイティブ・アメリカンに園芸事業について袖にされ(そんなややこしい蘭でなくても簡単に商売になる蘭を選んだコンサルタントと事業をはじめる)、そしていつのまにかインターネットに興味が移っていくのです。
底しれぬ「穴」ともいうべき蘭の世界と、驚異的な熱情でやっかいな性格を抱えたままステップを踏んでいるラロシュという人物。
異世界の異人種と、偶然同じ船に乗り合わせたような、そんな読み応えのある本でした。
ストーリー的な盛り上がりは少ないですが、まったく知らない現実にある異世界にどっぷり漬かれる、おすすめの傑作ノンフィクションでした。
ちなみに表紙の写真は「幽霊蘭」ではありません。「幽霊蘭」は口絵の部分にありますが、たしかに幽玄な感じです。
それからこれは映画化もされていますが、それも厄介で映画内ノンフィクションとして扱われています。
「アダプテイション」内のノンフィクションが「蘭に魅せられた男」とはさっぱり知りませんでした。
- アスミック
- アダプテーション DTSエディション
いつもの日替わり定食/町長選挙
町長選挙
奥田英朗
- 奥田 英朗
- 町長選挙
伊良部医院の御曹司、わがままし放題の子供のような精神科医伊良部一朗が繰り広げる、どたばた治療劇第3弾。
もとより効用のよく分からない精神科で気の向くまま治療して、その子供のような身勝手さがいつもまにか治療の手助けになっているようないないような、というところはいままでの「空中ブランコ」「イン・ザ・プール」 と同じです。
しかし今度は社会派チックにいまどきの人物を患者にしています。
「オーナー」はナベツネ、「アンポンマン」はライブドア元社長、「カリスマ家業」は黒木瞳かな。
そして最後の「町長選挙」は、伊豆七島のどこかでしょうか。
どの短編の主人公も一般的に「どうよ?」的な部分を前提に、それでも一分の理を持たしているところが、作者の技でしょう。
そのおかげで単なるお笑い話から少しだけ深みが感じられます。
とはいっても、いつもの日替わり定食をいつものように楽しむ、といったところが一番の魅力です。
まぁたまには旅でもさせるか、といって僻地医療に行かせるあたりがシリーズとしての良心でしょうか。
こういう風にシリーズものは大事にして、ちょっとずつ広がっていくと、ついつい次も読んでしまいます。
「10代向けの作品、古川さん書けますか」と編集者がいったとか/僕たちは歩かない
僕たちは歩かない
古川日出男
- 古川 日出男
- 僕たちは歩かない
古川日出男にしては珍しく短く適度な重さの中篇でした。
以下あらすじです。
主人公は、東京の若き野望のある料理人。
あるとき山手線に乗っていつもの駅で降りようとすると、いつもと様子がちがう。
そうそこは、普段いる東京より2時間一日が多い東京。
そこを歩いているうちに、おなじように2時間多い東京をみつけた料理人たちが出会う。
そこでの2時間で、若き料理人達は自分達のアイデアを実践し、お互いに刺激し合っていく。
そしてその26時間の料理人たちは、ある人に自分達のアイデアを凝らした料理を、食べてもらうことにする。
しかしそのうちのメンバーの一人が死んでしまう。
26時間の世界は冥界に続いていることを知り、その友人にみんなで会いに行くことにする。
ダイヤルキーのように複雑な経路と「地面についてはいけない」という冥界で仲間が少しずつ減っていく。
そして最後に友人のそばまでいくことができるが・・・。
猛烈に村上春樹の作品の既視感を感じながら読んでいました。
日常世界のすぐ傍にあるパラレルワールド。
大事な人を助けに行くというモチーフ。
はっきりとは分からないが破ってはいけないルール。
もちろんこういったことは他の作品からの影響もあるでしょうし、内容としては古典的な類似性なのかもしれません。
そしてそんな元ネタはどうでもよくて、とてもシンプルで面白い作品でした。
「もし2時間あったら」という異世界で、熱心に何の考察もなく料理を研究してしまう、料理人の若さ。
そして、同じ熱をもつ仲間達との一体感。
異世界の違和感でさえ、料理のアクセントのように感じてしまう、そんな熱心さは読んでいても心改まります。
イラストが悪くはないのですがちょっと安易に感じられ、ヤングアダルト向け(死語?)なのかな、と思ってしまいました。
なんにせよ、今まで読んだ古川日出男のなかで主題に対して一番シンプルに書かれた、気持ちのいい作品でした。
恋愛なんてなくても幸せな日常/間宮兄弟
間宮兄弟
江國香織
- 江國 香織
- 間宮兄弟
人気作家江國香織の映画化もした作品。
人付き合いがイマイチ苦手だけれども、それなりに幸せに生きている間宮兄弟のお話。
本が好きで映画が好き。「おもしろ地獄」といってしまうほどパズルも好きで模型も好き。
野球観戦もスコアブックをつけるほど好き。
学校の用務員の弟と、会社員の兄は、自分の好きなことをやり、お互いに居心地よくくらしています。
一番の問題は女性関係。二人ともまともに女性とお付き合いしたことがありません。
そんな気がないのではなく、すぐれない容姿と社交性のなさで女性とうまくいかないのです。
兄は、優等生、といった感じのビデオ店員に恋したり
小学校の不倫中の先生を弟が兄に紹介したり
兄の会社の先輩の、まさに離婚しようとしている妻に弟が恋したり。
恋はするのです。
カレーパーティーを開いたり、浴衣で花火もやります。
しかし、やっぱりどうもうまくいきません。
そして弟はなぜか新幹線を見に行くのです。
そして日常に戻ります。
なぜでしょう、この間宮兄弟の自足的で幸せな生活が美しく見えてしまいます。
親孝行だし、家に帰れば幸せが毎日待っていますし。
ある種の自己完結性に心惹かれます。
おおむねキャラクター小説として楽しみました。
女性から見てこういう人はどう見えるのかは気になります。どうしても生理的に合わない、とか。
小説的にうまいのは、「インターネット」「マンガ」が趣味に入らなかったことですね。
このタイプにその二つを抜かすのはリアリティに問題が出てくると思うのですが、はいってくるとなぜかうまくいかないような気がします。
なんだかよくないリアリティーが生まれてしまうからなのでしょうか。
趣味がチェロと植物採集とかになったら、あっというまに高等なお話になってしまいそうですね。
そうすると、こういった人たちを一まとめに、たとえば「オタク」として非難するのは本質的ではないですね。
しかし、簡単にいってしまえば一番人権のない「オタク」な人に、幸せの自足という点で小説に仕上げたのは、さすが江國さん。
その技と意欲はやっぱりただの人気作家じゃありません。
最近なんだか本を読んでいてもイマイチ欲求不満でしたが、レイモンド・カーヴァーやよしもとばなな、そしてこの江國香織の本を読んでちょっと落ち着きました。やっぱりイイ作家さんは何かが違います。
何かがあるのです。
映画も見てみたいです。
塚地が気になります。
あぁでもパッケージがイマイチですね。
- 角川エンタテインメント
- 間宮兄弟 スペシャル・エディション (初回限定生産)
追記
色々な方のブログを拝見して、恋人といい人の差が間宮兄弟の問題なのかな、とも思います。
社会人としてしっかりやって、もう少し相手女性のことを考えてあげれば、と思うのですがそうでもないのかも。
でも、だれもが間宮兄弟的なものを大事にしたいとは思っていて、そこを江國さんは書きたかったのかな、と思いました。
