極地の子育て/地の果てに住む
地の果てに住む
リチャード・リオ
- リチャード リオ, Richard Leo, 野田 知佑
- 地の果てに住む
野田知佑が訳をしているので読んでみました。
NYでしがない新聞の記者をしていた作者が、ほぼ思いつきでアラスカに移住する話です。
アラスカに恋人と向かうと、偶然荒野に空家が見つかり、そこでしばらく暮らします。
自然の美しさを堪能しながらも「街に戻りたい」という恋人をなんとかなだめているうちに、妊娠。
出産はシカゴで行い、しばらくしてまたアラスカに戻ります。
アラスカで入植するためめ猛烈に働き金を貯め、人里はなれた場所に家を建てることにします。
どのぐらい離れているかというと、街から車でしばらく走り(このあたりでたぶんすでに人家なし)そこから熊の出る森に入り、倒木の橋しかない川を渡り、ツンドラを抜けた、尾根の上、というあたりです。
で、仮小屋を友人と建て、家族を呼び、本格的な家を独力で建てていくのです。
しかし短い夏が終わるまでに家は完成せず、ほとんど人との交わりもない地に絶えられなくなり(当たり前だ)、妻もアラスカの町に戻ります。
そして作者は子供を引き取り、一緒に暮らし始めるのです。
空一面に広がる、光の音のない爆発のような緑のオーロラを犬と眺めるなど、所々に描写されるアラスカの自然も見事なのですが、なんといっても読みどころは「大自然の真中で暮らしたい」という気持ちだけで、様々な困難に無謀に立ち向かっていく様子です。
ここまでくると自然回帰といってあこがれるより、アメリカ人の自己実現の強引さに呆れてしまいます(作者いわく「アメリカ人だから一度願うとどうしてもかなえたくなる」みたいなことを言っています)。
しかしなんといっても、まだ生まれたばかりの子供をもってアラスカに行って、子供の世話は奥さん任せで、さらに挙句の果てには離婚して子供を男親一人で育てるなんて、なんていう無謀さでしょう。
病気やら怪我やらを普通に心配していたらそんなことはできません。
と思っていたのですが、もしそうなったらそうなったときで、全力でなんとかして、普段はできるだけ気をつける。
という生活が、そんなにおかしなものか、という気もしてきます。
都市生活があまりにも万が一の対応に恵まれすぎていて、針小棒大になっているのかも。
それになんといっても大自然の中で子供と暮らしていけるのは、ものすごい魅力です。
毎日、雄大なアラスカの山脈と広大なツンドラを眺め、ヘラジカに出会い熊に注意して赤ゲラを見つけて野イチゴを拾い、鱒を釣る。
いやぁ、たくましく育ちそうで将来楽しみになります。
それによんでいると、周りの住人にもけっこう同じぐらいの年の子がいたりしている。
そうか、多いんだなぁ、そんな人たち。
あとがきで訳者の野田さんが、「だんなは神経質すぎ。むしろ自分の意志を通した奥さんのほうが立派だ」というあたりは、自由に生きるということにこだわりを持つ野田さんらしい意見でした。
ぼんやりよむと「ぼくよくやったでしょ」というエッセイに読めてしまいますが、個人的には子育ての語られていない部分の苦労を思い眩暈がしました。
今、その子がどんな子に育っているか興味があります。