悲しい話/アマニタ・パンセリナ/中島らも
アマニタ・パンセリナ
中島らも
- 中島 らも
- アマニタ・パンセリナ
中島らもが、睡眠薬系統、シャブ、阿片、幻覚サボテン、と様々なドラッグについて文献をあさりながら書き連ねていくエッセイ、の予定が、やっぱり文献をあさっていくだけでは性に合わない、ということで実践や思い出話も含めて書いていくエッセイです。
「今夜、すべてのバーで」「バンド・オブ・ザ・ナイト」などの小説で描かれている、アルコール中毒、睡眠薬系中毒などがも元ネタの体験が一部描かれています。
ドラッグについては、かつてあった「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」の標語をみて、シャブ中なら「人間やめたいからシャブやっているや」というだろうと書いてみたり、「ジャンキーが自らドラッグに近づいていって身を滅ぼすのは、これは仕方がない。そんなものは、僕を含めて『勝手に死ねばいい』のである」などと、安易に否定するのでも、かといって礼賛するでもなく、中毒患者の一人として偏見のないものを書いています。
「なぜ中毒になったのか」「なぜやめられないのか」
私の興味のポイントはそこにあるのですが、そんなことを真摯に書けるなら、もうとっくにドラッグなんか止めているんでしょう。
最晩年までドラッグを続けていたことを考えると、中島らもでもドラッグを相対化、もしくは止めることはできなかったんだなぁ、としみじみと思います。
ドラッグを結局やめられなかったことを思いながらこの本を読んでいると、自分の中の鬱などのどうしようもない部分を抱えながらこういったものを書いているのは、いつ再発するかもしれない病を持ちながら書いているようなもので、なんとも悲しい気分になります。途中中断などがあるのもなんとも痛々しい。
そうはいってもドラッグについての経験談も踏まえ様々なことが書いてあるのは興味深いです。
ドラッグにも貴賎はあり、覚せい剤は使用後感の悪さとその影響も知らずに使用する社会構造もあり、下劣だ、とか、日本ロックの大御所たちと仕事をするとき打ち合わせで自分がブロン中毒なのがばれて忌野清四郎大笑いされたこと(ドラッグのなかでも初級者用という意味で)など、実体験談には歴史が感じられます。
ちなみに書名のアマニタ・パンセリナはテングダケの学名だそうです。
中島らもがまだ生きていたらドラッグに対する回答はまだ留保とできたのですが、他の書籍も読み、亡くなられて今この本を読むと、生きにくい中でも様々な作品を残してきたことに胸をうたれます。
中島らも自身が未完の作品であったかのような、そんな思いがします。
処女作の自由/後宮小説
後宮小説
酒見賢一
- 酒見 賢一
- 後宮小説
しかし処女作にしてこの自由さはなんでしょうか。
その後大作「陋巷に在り」や漫画・映画化もした「墨攻」などにくらべても十分読むに値する、軽やかな筆運びです。
第一回日本ファンタジーノベル大賞の受賞作であり、その後のこの大賞の性格と水準を方向付けた作品としても有名な小説で、バブルのころ、メディアミックスとかいいつつ、受賞作のアニメ化を行い、そんなばかげた方針にもかかわらず、奇跡的によくできたアニメになっていました。
私も幼いころアニメからはいり小説を読んだクチです。
さてあらすじは、皇帝の後宮に入る女性を全国から集めるところからはじまり、主人公銀河が女大学で皇帝の妻としての勉強(つまり性技ですね)をして、正妃として選ばれるも、叛乱がおこり、でも銀河は・・・、という話です。
まずでたらめな仮想の中国史のなかにこの後宮の物語を入れ込むあたり、恐れを知らない若人、という感じではありますが、作者の言葉自体に浮つきはなく、その完成度と余裕に驚かされます。
司馬遼太郎や志賀直哉の「小僧の神様」のような筆者も文中にでてきて登場人物を語る技は、反則気味に感じながらも、その肩の力の抜けた感じが新鮮でした。
しかも、主人公の銀河や女学校の友人江葉、反乱軍の軍師渾沌といったキャラへの情が感じられ気持ちのいい読後感です。
銀河の天真爛漫さや江葉の生来の離世感、渾沌の理性的でありながらも自分の直感・倫理のみに寄り添う自由さを、軽やかに書いていきます。
渾沌が、反乱軍として都に入った後、目的の仇をとったあとにまったく皇帝という地位に興味を持たさなかったあたりが、酒見賢一の書きたかったことでしょうか。なんだかいきいきとしていました。
いちいちが史実をにのっとった歴史モノであるようにかのように書きながら徹底したパロディであり、しかもその完成度が高いあたりが、酒見賢一の末恐ろしさでしょう。
この作品が受賞したとき「ファンタジーノベル大賞をこんなファンタジーとはかけ離れた作品に渡していいのか」という意見が合ったそうですが、いやぁしょうがないですよ、面白いんですもの。ほかの者には渡せませんよ。
その後の酒見賢一の活躍も考慮して、その時の審査員に、拍手。
つなさんの記事 を読んで久しぶりに読んでみました。
--追記--
日本ファンタジーノベル大賞 の受賞遍歴とアニメ化の関係をみると
第一回1989年 後宮小説(酒見賢一) 大賞受賞 アニメ化
第二回1990年 大賞なし
楽園(鈴木・リング・光司) 優秀賞 アニメ化
第三回1991年 バルタザールの遍歴(佐藤亜紀) 大賞受賞 以後アニメ化なし
という感じで、楽園が悪いのか、バルタザールが悪いのか、もとよりアニメ化前提の企画を出した読売広告社が悪いのか、2年でアニメ化の企画が終わっていますが、後宮小説だけでもアニメ化する価値はありましたね。
あ、DVDは画像があるのに本はないんですね。
- バップ
- 雲のように風のように
リアルファンタジー/漁の図鑑
漁の図鑑
伊勢湾・志摩半島・熊野灘の漁具と漁法
海の博物館 編
ま、当然ですがこんなマイナーな本、AMAZONにはありません。
漁の図鑑、ということで、春夏秋冬の漁が、写真、古い絵、イラストで説明されています。
写真がないので盛り上げておきますが、表紙は大漁旗で埋め尽くされてなんだかにぎやかです。
まず、春の漁ということで、ページをめくっていくと鯛の一本釣りから説明があり、かつて釣りえさとして使われていた
「ユムシ」のイラスト(蝶の蛹のように見える)とユムシの供養塔の写真があります。
もういきなりトリップ状態ですね。
そんなもん知りませんでした。
しかも供養塔からページが始まるなんて、ぐっと心をつかまれてしまいます。
次はカツオの一本釣りで、ツノと呼ばれる漁師手製のルアーなどの説明や漁師の段位について説明されています。
段は新米が一尾釣る間に六尾釣れれば六段、という感じです。
新米と名人とは歴然とした効率の差があるんですね。
夏の漁では例えばアワビ。
この地方では海女さんが取るんですね。
潜っている時間は大体50秒。
漁期が終わるころには10キロもやせるほどの重労働なのだそうです。
秋の漁では網漁が興味深いですね。
船の動力化に伴い劇的に変化した網漁ですが、かつてはすべて人力で行うため、漁法により様々な形態がありました。
手繰網は手引き、打瀬網は帆で引く網。揚繰網は、船で魚群を丸く囲むもの、バッチ網は動力船で網を引きます。
四艘張は、ただの四角い網を海中にたらして餌で魚を寄せてから、風呂敷で包むようにあげるもの。
そのほかにも、さんま網や定置網などがあります。
冬の漁でぐっとくるのがコウナゴの掬い網漁です。
コウナゴという小さい魚を船で追い、ウザオと呼ばれるものでコウナゴを脅かして群が玉になったところで網で掬うものなのですが、この網がでかい。
口径は約2m程。人が持ち上げている写真があるのですが、そんな大きな網(しかも木製)を自由に動かせるのかと思ってしまいます。
しかしいい写真です。お見せできないのが残念。
とこんな感じで読んでいたのですが、ふと我に返ってなんでこんな本を読んでいるんだろうと思ってしまいました。
まず、漁をすることはないし、したとしてもこんな古い漁法はしないだろう。
昔の道具も創意工夫は凝らされているが、今の道具とは材質から違うので役に立たない。あんな大きな網なんて持てない。
その精神性も漁法も違えば道具も違い、ほとんど応用の効かないか、すでに知っているような内容しかない。
どう考えても役に立たない本なのに、なんでか手にとってしまう。心もうきうきしてしまう。
そうやって考えていくうちに思い当たったのは、これは自分にとっての「ハリーポッター」なのだな、ということです。
自分の知らない世界で知らない技術を元に繰り広げられる物語(ファンタジー)。
このファンタジーには、リアリティーがとてもあり、生死がかかった物語もあれば日常の物語もあります。
この漁の図鑑は、アイテムや魔法の解説本みたいなものと考えたらいいのでしょう。
そういえば、本当のファンタジーでもそういったアイテム本なんかを読んでいたものです。
そこまで考えれば地方にあるしょぼい博物館なんかもその存在意義、愛好者がいるのが分かります。
あれは歴史の勉強のためなのではなくて、趣味のファンタジーワールドのテーマパークと考えればいいわけですね。
ハリーポッターのテーマパークさえないのに海の博物館 はある。
せっかくあるなら楽しんだほうがいいですよね。
つまり歴史も地理も高尚な趣味ではなく、よりリアルなファンタジーとして気楽に楽しんでいいわけです。
うーん、なるほど。
一人で納得していますが、そういうわけで今回は本とは別のところで勉強になりました。
こんな書評にコメントをいただいたので、表紙画像を探してみました。
うーん、分かりにくいですが、大漁旗が画面一杯に並んでいるところです。
誘われればいきますが/港町食堂
港町食堂
奥田英朗
- 奥田 英朗
- 港町食堂
雑誌「旅」に2004年5月から2005年4月まで連載されたもの。
「すべて目的地に船ではいる」という企画なので必ず船で入っていました。
このご時世に大変そうです。
高知、五島列島、宮城、釜山、佐渡、礼文島と結構マニアックな場所にもいっているのですが
奥田英朗、基本的に旅に興味はないようです。
おいしいものを楽に食べられたら(グルメではなし)、というスタンスなので、
船旅・上陸・観光地巡り・食事
という工程を繰り返すのみ。
途中、ムカデに噛まれたり、直木賞受賞、船の欠航なんかにもあっているのですが、ま、それほど多いな話題にもなっていません。
といってもさすが奥田英朗。
さすが、文章だけで面白おかしくエッセイを読みつづけることができます。
読者を飽きさせないサービス精神は満載です。
しかしなんで奥田英朗の企画なんでしょうか。
サービス精神の旺盛なので書かせたら面白いかも、と思ったんですが、さてどうだったでしょうか。
奥田英朗に興味がある人がいれば読んでみるのもいいかもしれません。
きましたねぇ、分からないやつ/おめでとう
おめでとう
川上弘美
- 川上 弘美
- おめでとう
川上弘美のことは、暗喩は暗喩で楽しめる物語を作れる作家らしい作家だな、と思っていました。
が、たまにわけがわからなくなりついていけないときがあり、それを注意深く避けていたつもりでしたが、当たってしまいました。
12編の短編集ですが、それぞれ掲載雑誌も違うようで、とくに意図はない短編集のようです。
特に後半2編
『運命の恋人』は「恋人が桜の木のうろに住みついてしまった」と始まります。
『おめでとう』は「西暦三千年一月一日のわたしたちへ」とあります。
いやぁ、わからない。
個人的には小説について「分かる」「分からない」でいえば
1、読めば分かるもの
2、暗喩として分かるもの
3、暗喩として雰囲気が分かるもの
4、言葉として気持ちいいもの(言葉遊び)
の4つに分かれるのではないかな、と思っています。
で今回の『おめでとう』は3を中心として2に近づいたり4に近づいたりという感じで、おおむね「分からない」ものでした。
3,4にしてもうまくシンクロできればいいのですが、できないと単なる言葉遊びに感じてしまいます。
そのあたりは合う合わないの要素も多いと思うのですが、今回の『おめでとう』については、分からないしあまり合わないものでした。
残念。
川上弘美の作品ように、読んで理で分かってもらうことを狙っていない(感じて欲しいのだと思う)作品については、やっぱりできるだけ、1、の方向に向いている作品をよまなくてはいけませんね。反省しました。
そうはいってもだいぶ部分は、ストーリーはなかなか面白く、主人公のタイプをかえながら描かれるあたりは、現実感のない川上弘美作品の主人公を複合的にみれてよかったです。
感動物語で分かるアメリカ/奇跡の自転車
奇跡の自転車
ロン・マクラーティ
- ロン・マクラーティ, 森田 義信
- 奇跡の自転車
独身・126kg・43歳の主人公スミシー。
仕事は兵隊フィギュアの検品係。気弱で友人もいなく週末はビールとジャンクフード。
なんでこんなことになってしまったのだろう、とうっすら思いつつ、その思いを封じ込めるように飲み、食べ、太っていきます。
ある夏休み、両親といつものように過ごしているとき、両親は交通事故に。
そして語られていく、家族に愛され美しく、精神に障害を負っていた姉べサニーの話。
両親の家に行き、郵便物をうけとり、開いてみると、姉の遺体がLAにあることが分かります。
そしてスミシーは昔乗っていた自転車にまたがり、NYからLAに向かい始めます。
途中、ちょっとダメ神父に助けてもらったり、病気の青年に車でひかれたのにその青年を助けたり、山で遭難していた少年を田住めたのに変態と間違えられて銃で撃たれたり、とアクシデントは満載です。
隣に住んでいて少年時代は仲がよかった女性、ノーマとは彼女が事故に遭って車椅子での生活を余儀なくされて以来、あっていなかったのですが、両親の事故をきっかけに連絡を取るようになり、LAに向かう途中、連絡を取るようになります。
現実の生活や家族から離れ、素晴らしい景色や人に会っていくことで、現実を直視できるようになり、自分を取り戻して、しかもやせていく、という話です。
姉の悲しい話とロードノベル特有のアクシデント満載のストーリーで、リーダビリティはとてもあります。
注目され始めたのはスティーブンキングが絶賛したことで、私が読もうと思ったのは「本の雑誌」の編集部が2006年の年間ベスト10 を決める会議で「コレをいれないと営業しない」と言っている人がいたのがきっかけです。
読みやすいのは確かですが、個人的にはもう少し内容に深みが欲しかったです。
主人公がダメ中年の設定なので、あまり深くはできないのかもしれませんが、「ありがちな感動物語」に片足を突っ込んでしまいそうな気もします。
まぁ、私がこういうときは大体ないものねだりと自分の趣味の押し付けなので、基本的には感動ストーリーとして遜色ありません。
それからいかにもアメリカらしいな、と思ったのは、吹雪の中テントを張っていると偶然道に迷った少年をみつけて、濡れた服を脱がせて寝袋にいれていたのに、捜索隊から変態と間違われ銃を撃たれるくだり。
あまりのくだらなさと、そのくだらなさに匹敵するような現実のひどさのせいで変にリアリティがあり、気持ち悪かったです。
主人公がやせていくのがいい感じでかかれていることとか、ビールとジャンクフードに埋もれる日常とか、そういうアメリカの普通の感性が、私的には結構読みどころでした。
行動力とはこういうことか/もっと世界を、あたしは見たい
もっと世界を、あたしは見たい
白川由紀
- 白川 由紀
- もっと世界を、あたしは見たい
ドイツ-ネパール横断バスツアーやアフリカ縦断バスツアーなどを独力で実現させた筆者の自伝です。
最近旅行系エッセイを読んでいないなぁ、と思い、表紙写真もなかなかなので読んでみました。
ネパールの留学からはじまって、バスツアーの企画、その後の自宅DIYの話と現在進行形の自伝です。
いやぁ、なにがすごいって、その行動力ですね。
ネパールに留学・ホームステイしたい、と思ったら、六本木にいって、インド料理屋にいって
「ネパールに知り合いいませんか。留学したいんです」
といって、次にネパール人の知り合いを紹介されて、さらにその人の親戚のネパール人を紹介されて・・・
とそんな感じです。
留学後、自分には「旅」しかない、と思いつめて、海外旅行中偶然知り合った人
(これが興味深い職種で「ヨーロッパからアジアまで車を運転して、最終地点でそれを売る」という仕事で、かなり趣味と実益を兼ねていますね)
とバスツアーを企画、というより思いつき、電柱に「バスツアーやります」という広告を張ることからはじめています。
また、「イランのヴィザが取れない」という問題にぶちあたったときには、上野公園にいってイラン人を探して相談してなんか出発までこぎつけます。
そこにはもちろん葛藤や恥ずかしさや迷いはあるのですが、結果としてそういったことをやりきってしまうあたりは、読んでいてなかなか面白くありました。
つくづく、今の日本でおおむねやろうと思ってやれないことはないなぁ、と思いました。
その邪魔をするのは、それは効率的な人生とはいえない、という世論でしょうか。
簡単に分類しては申し訳ないのですが
「すごいことをやった人の自伝」
という感じで、こういった作品を面白く書くのは類例が多くて、自分との距離感もなかなか難しいところです。
実際もっと旅のディテールを読みたかったし、自分自分、という以外の話も色々気になります。
ドライバーのこととか。
しかし、あぁもう年とったな、ということもあるのですが、昔はこういった本を読むと焦燥に駆り立てられるのが常で、落ち着いて読めず嫉妬からあら捜しばかりしていたのですが、最近は「人それぞれ役割がある」と思うようになって、この作者には割と「あたなはあなたですごい。でも私は私だから(大変不遜です、はい)」と思うことができ、結構いい部分はいい部分で読むことができました。
ツアー企画後は、講演をやったり、ライターをやったり、自宅でカフェもはじめています。
本で読むと「あー、いるねそういう人」ということで終わってしまいそうですが、実際HPなどみると急にリアリティがでてきて、なにも言えなくなりますね。
この本自体は荒い目のザルですくったような作品で、まだまだ作品はあるようですので、その他作品も期待したいと思います。
カフェは東京の高尾です。なんでそんな場所に、という感じですが。いつかいけるのかなぁ。
肌に合わない理由/白蛇教異端審問
白蛇教異端審問
桐野夏生
- 桐野 夏生
- 白蛇教異端審問
柔らかい頬 、以来近づいていなかった桐野夏生。
その、けして抜け出ることができない我執というか、地を這うように絡みつく生活感がどうしても自分と会わなかったので、放置していました。
さてということで、やっぱりきになるので十分な冷却期間を置いて、エッセイ白蛇教異端審問を読んでみました。
すると、やっとなんで肌に合わないかが分かりましたね。
桐野夏生は徹底して俗の人で、俗を徹底してこそ、なにかを見つけられるという人なのだろう、と。
意外に気にする評判。格付け。
女性だから当然かもしれないが、授賞式の装いの悩み。
酷評への怒り。これがじつに奇妙なエッセイ白蛇教異端審問の作成の動機です。
家事に手を抜いた、という意識がありながらもやめない作家生活。
そして自作品への自負。
そう、皮膚感覚以上のことを決して信じずに、徹底して自分の感じ欲する方向を希求することこそ、桐野夏生の根っこなんでしょう。
そう考えれば、柔らかい頬 で感じた抜け出ることのできない自我も分かります。
それが桐野夏生なんだから。
私はついつい、そういうところから抜け出るなにかを期待してしまいますが、そういう作家じゃないんですね。
OKです。
他の作品、とくにOUTを読んで見たいと思います。
ビニールシートのイメージが変わる/風に舞いあがるビニールシート
風に舞いあがるビニールシート
森 絵都
- 森 絵都
- 風に舞いあがるビニールシート
そうか、読んだ後に見ると表紙もタイトルも雰囲気がかわるなぁ。
児童文学作家から、直木賞を受賞して一気に作家として認知度を広めた森絵都の「風に舞いあがるビニールシート」を含む短編集。
「器を探して」
「イヌの散歩」
「守護神」
「鐘の音」
「ジェネレーションX」
「風に舞いあがるビニールシート」
の6作です。
どれもさすがにうまい。
「器を探して」は天才パティシエに振り回されるアシスタントの奮闘記。
最後の部分は女性作家しか書けないなぁと感心しました。
「イヌの散歩」は、「犬は、私にとって牛丼なんです」という言葉をフックに語られる、犬のボランティアとともに語られる主婦の日常。非常にうまく分かりやすく感動的に作られています。
「守護神」は、社会人学生の単位取得作戦に絡めたフリーターのある種の「解放」の話。
「鐘の音」は仏像修復師のトラウマ懐古「解放」の話。
「ジェネレーションX」は中年サラリーマンと若いサラリーマンがクレーム対処のためお客様に陳謝しに行く道中記。
「風に舞いあがるビニールシート」は・・・是非読んでみてください。
うまいうまいというのは、どれも読者の予想を裏切るストーリーテリングを行いながらオーソドックスな感動の話にまとめていて、どちらかというと脚本家向きのうまさが感じられました。
しかし全体をとおすと
「器を探して」は若い女性向けの多少ひねった作品。
「イヌの散歩」はもう少し高年齢を狙った女性向けストレート感動作品。
「守護神」はまじめな若い男性向け。
「鐘の音」はまじめな中年男性向け。
「ジェネレーションX」は男性向け娯楽感動作品。
「風に舞いあがるビニールシート」は全方位、しいていえば若い女性向作品。
と非常に攻略的とも野心的にも見えます。
とはいえ、男性向けの作品では、ちょっとした違和感も感じます。
また「永遠の出口」「いつかパラソルの下で」 では、「こういう女性を書きたい」という感じをうけましたが、この作品のいくつかはそういう感じが薄くテクニックの先行がいくつか感じられました。
こういった間口を広げた作品も作家にはどこかの段階では必要かと思いますが、もう少し進んだらさらに女性に焦点を絞ったものを書けばさらに奥行きを持った作品が期待できそうな気がします。
とはいいつつ、個人的にはいまいちギクシャクしている「守護神」が一番なにかひっかかるいいものがあったなぁ、と思っています。
もちろん受賞作「風に舞いあがるビニールシート」は短編集のトリを飾る満を持しての作品です。
道具仕立てもこっていますし、感動の1作です。
短編は切れ味 、ということで、前情報なしとしてみます。
森絵都ファンならオススメの1作です。
--追記--
有名作品なのでアメブロ内の他のサイトを拝見。
大体50件ぐらい読んでみました。
「感動した」という人が多く、何人かは「ありがち」、と言う方もいました。
人気の短編はダントツで表題作「風に舞いあがるビニールシート」で、他はだいたい同じぐらいの人気。
多くの人が共通して「うまい」といっていますが、なかには「もっとがんばれば名作になったのでは」という方も。
なるほど、と思いました。
本の読み方は千差万別、とまではいきませんが、全部が想像の範囲内、ということもなく確率の分布のように少数の興味深い意見もありました。
ま、ここまできっちり作ってあってしかも短編なので読み方のバリエーションは少ない方だと思います。
他の作者の長編なら、感想も色々増えるのでしょう。
しかしそうはいっても、自分の感想とぴったり同じ、という人もまたいないのですね。
なんだか寂しいというか、当たり前というか。
なんだか面白いので、時間とよいサンプルがあれば、他の作品でもこういったことをやってみたいと思います。
職業童話ショートショート/雪屋のロッスさん
いしいしんじ
雪屋のロッスさん
- いしい しんじ
- 雪屋のロッスさん
sunabaさんの 本の雑誌の横丁カフェのいしいしんじのみずうみの書評 を読んで、いしいしんじを読んでみようと思って読みはじめた本です。
なつかしい星新一のようなショートショートで、P2-6ぐらいの短編がならび、すべて
1.なぞタクシーのヤリ・ヘンムレン
2.調教師のるみ子さん
3.大泥棒の前田さん
という感じで30話あります。
どの話も職業人の話で、すべて綿菓子で包んだような口当たりのよい童話テイストで語られています。
とはいえ心温まる話からつらい話、辛らつな皮肉から感心する話まで、内容はショートショートらしく様々です。
語られるテイストが均一なので飽きるかな、と思ったのですが内容の幅が広く最後まで飽きさせず、読み通すことができました。
結構感心したのがそれぞれの名前です。
・象使いのアミタラさん
うん、インド人ぽい
・雪屋のロッスさん
どこは不明ですが、響きがいいですね
・プロバスケット選手のスーホン君
姚明のことかな
・しょうろ豚のルル
フランス人に飼われていそう
とこんなかんじで、ディテールまでしっかり作りこまれているのがいいですね。
ショートショートなので作品の奥行きは感じられませんでしたが、深刻なことを語りながらもぶれない距離感や一見アバウトになりそうなディテールまで抑えられるいしいしんじ的ファンタジー語り口調に興味がそそられました。
ファンタジーやショートショートは比較的苦手の分野なのですが、なかなか味わい深く読めました。
長編にも期待がもてそうな雰囲気もあります。
機会があれば読んでみたい。
