できれば本に埋もれて眠りたい -21ページ目

ニートとその周辺

ニート

絲山 秋子

絲山 秋子
ニート

表題作「ニート」とその他短編です。


ニート」はニートな友人にお金を振り込むまでの話。

ベルエポック」は、離婚した友人の引越しを手伝いに行って、あることに気が付いてしまう。

2+1」は「ニート」の続編で、友人と同居して、また去っていく話。

ヘタレ」は、遠距離恋愛と詩を組み合わせた話。

愛なんかいらねー」は、昔の大学の知り合いになって、「おれ、変態だから」という相手と、ヘンな関係になってしまう。


ニート」「2+1」は、ニートを分析するのではなく、ニートを好きになってしまう側からの話になっているのが変化球ですね。

主人公は小説が書いていて、ニートとの差は、それが売れているかいないかの違いといっています。

たしかにそういう部分はあるかも。

愛なんかいらねー」は、「愛」なんかいらないという話なんでしょうか。エロ小説との違いがイマイチ分かりません。

この3作は「イッツオンリートーク」 の焼き直しのようにも思えます。絲山さんのテーマなのかな。


ベルエポック」は短編小説らしい、プロットの落ちがあります。

ヘタレ」は草野心平の詩と重ね合わせながら話が進んでいき、少し実験的。


総評としては、深さがない、もしくは深さを読み取れなかった、という感じです。

単純な印象は、いつもの絲山さん。

エスケイプ/アブセント 」でも感じたのですが、同じテーマを同じ角度で同じ深さで切りつけている感じです。

ニート」をキャラクター小説よりに長編を書いていただいたほうが、単純に面白かったかも。

テーマも角度も深さも他にはいない作家さんなので、次回長編を期待したいと思います。

自分が感じていることを言葉にできること/ぐるっと周って一周

よしもとばなな

イルカ


よしもと ばなな
イルカ

もう10年も中年の素晴らしい女性と暮らしている若い男性と恋愛をして、弱っていた体が元気になっていったと思ったら、子供ができてしまった、と、大体いつものよしもとばななのお話です。


相変わらず書けているなぁ、と思いつつ読んでいました。

なにがかけているかというと、自分が感じた微妙な感じを、自分の信条に合わせてびっくりするぐらいうまく説明できていることです。

病気の時に妹が食事をつくりに来てくれるだけで、一人でいる寂しさと肉親と一緒にいることのよさを、没頭で簡単に、だらだらと書いています。これだけでもうなってしまいます。


しかし、今回全編がどこか陰鬱です。


それはきっと、結構色々なものが見えてしまうからのようです。

33歳という設定で、コレだけ自分の感じに敏感な主人公は、1を聞いて10を知り、色々となえてしまうのではないでしょうか。


たとえば、自分が好きになった人とずっといっしょにいる人は、きっと素敵な人なんだろうけど、これ以上関わるとその人と自分の好きな人の関係がいつか微妙に変わってきてしまって、そうすると自分の好きな人も微妙に変わって、それを換えた私は私の望むところではなく、でも少しすきかも、分からない、でもその人に会ったら一体どうなるんだろう、みたいな、もうそこまで考えていると、主人公と他の人が話を交わす場面はちょっとしたサイキックウォーです。もう疲れてしまいます。


人との係わり合いの中で、ある程度他人の動きが読めるようになると、先の先まで考えて行動したりしゃべったりするようになり、それに方向性がない場合は、やっぱりなんだか疲れてしまいます。


主人公も、やりたいことをやり、やりたくないことをできるだけ避け、それでも他人と関わっていくうちに、流石にそのサイキックウォーに消耗してしまったように思えました。


そしてそこで妊娠。これは唐突ですが好き嫌いでも思考でもなく、体の奥底かわら沸いてくる生命の感覚に耳を澄まして、少し力をもらっているようでした。


妊娠を描いた小説って少ないですよね。

きっと、あまりにもドラマ過ぎてドラマにならないからでしょう。

それを筆が滑らないように書ききったよしもとばななは、挑戦的でもある、という意味でもやっぱりえらい人です。


よしもとばななの巧さとアクティブさ、そしてなんだか動けなくなる微妙な年頃、そういった部分を楽しめた本でした。


そういえば昔どこかで藤原新也が「なんだか人生を一周周って元に戻ったみたいな気がした」と、ある年齢の時の思いを語っていました。

この本を読んでどこかそんな気持ちがわかるような気がしました。
いろいろ考えて動けなくなって、でもなんだか清清して、改めて一から積み木を積み立てていくような、そんな感じ。

多くを求めすぎること

レイモンド・カーヴァー, 村上 春樹
夜になると鮭は…
レイモンド・カーヴァー, 村上 春樹
ぼくが電話をかけている場所

久しぶりにレイモンド・カーヴァーを読みました。

随分と前にレイモンド・カーヴァー読んだときと、ちょっと読み心地が違っています。


それはきっと私がこの本のメッセージを前よりもくっきりと読めたからではないかな、と思います。

若いときに読んだときは、この本からより多くのものを得ようとして得られなく、なにかしらを感じるものの、物足りませんでした。

でも今読むと、レイモンド・カーヴァーが何を伝えたかったかをもっと輪郭を際立たせ味わうことができ、あらためて感動することができました。


たとえば、短編

ぼくが電話をかけている場所

これについては、アル中になってしまうことが体の一部の機能のように、

たとえばある人にとっては睡眠時間が12時間必要なことのように、

本質的には不回避的なこと、そういった周辺のことを伝えたかったのではないかと思います。

そう読むことで、ある種の傾向の避けがたさについての一文を、自分のつめをずっと眺めるようにしみじみと味わうことができました。



こんな感じで、年をとることも、ものがはっきりと見えてきて悪いくないな、と思ってしまいました。


他にも詩の「夜になると鮭は・・・」もなんだかそういった鮭(人?出来事?)っているよね、と空想を走らせて楽しむこともできるようになりました。


やっぱりこうした何かを気付かせる実感のある本はいいですね。

第一位はアカショウビン

BIRDER 2006 1月号





ちょっとはまりつつある「BIRDER」

では次の一冊ということで「この一年で会いたい鳥Best10」が特集されている、2006年1月号をよんでみました。


趣味の雑誌ではありがちな企画とはいいつつ心躍る企画でもあります。

で結果は、1位アカショウビン 、2位ヤマセミ 、3位サンコウチョウ

いずれも知らないとりばかり。

でも写真をみると、なるほど、これはみたい、と頷いてしまいます。


また、「バードウォッチャーの失敗談」とこれまた王道な企画では


道具編

・海鳥の渡りを見た後、満足して帰ったら望遠鏡と三脚をそのまま忘れた。

・三脚を持ってきて望遠鏡を忘れた。

・望遠鏡を持ってきて三脚を忘れた。


観察編

・カップラーメンにお湯を入れて待っていたらオオタカが現れた。観察することはできたがスープのないカップラーメンを食べるはめに。


くれぐれも気をつけて編

・こっちに向かってくるオオタカを双眼鏡でみていたら、ひっくりかえってしまった。


など、バードウォッチャーの忘我具合とディテールが面白かったです。


もちろん写真も色々あり、カルガモのディテールの写真はその造形美と水鳥特有の保温のための羽の丸みにしばし目を奪われていました。


タクミ様 に写真をリンクさせていただきました。

 ありがとうございます。

すべては環境による

銃・病原菌・鉄

ジャレド・ダイアモンド


ジャレド ダイアモンド, Jared Diamond, 倉骨 彰
銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
ジャレド ダイアモンド, Jared Diamond, 倉骨 彰
銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

「なぜ西欧人は多くのものをもっていて私たちは持っていないのだろうか」というニューギニア人の友人の質問に触発されかかれた本です。


西欧人はなぜ世界を席巻できたか。

「銃・病原菌・鉄」が直接的な理由です。


では、なぜその3つを持つことができるようになったか。


「栽培できる植物があり気候が適していたこと」

そうすることで、多くの人が養えるようになり、食糧生産以外にも人的資産を投入できるようになり文明が発達できる素地ができるようになりました。


「家畜に適した動物がいて、気候が適していたこと」

家畜を飼うことで、食料、労働力、として動物由来の病原菌に慣れることで、新世界の住人にアドバンテージを持つようになったのです。


そういったことを各大陸ごとに、気候、植物、動物を表にあげながら、文明発展に適した地を挙げ、考古学、言語学を駆使して文明の伝播について、調べていきます。


面白かったのは、

・穀物生産地として今では有名な北米や南米の平原には、野生種に食料として向いている植物がなかったこと、

・アフリカでは、家畜向きではない動物が多く家畜化できなかったこと、

・天然痘/結核/麻疹/インフルエンザなどは動物由来

・ユーラシア大陸は横に広がっているため気候的な変化が少なく文明の伝達に有利

・日本の縄文土器は世界でも有数の古さ(恥ずかしながらしりませんでした)

などがありました。


目次をみると

第一部 勝者と敗者をめぐる謎

第二部 食料生産にまつわる謎

第三部 銃・病原菌・鉄の謎

第四部 世界に横たわる謎

と基本的な内容ながらなかなか刺激的です。


ほかにも、西欧人はどうしても自人種が優れているから、といいたがっているようで、決してそうではない、と筆者がなんどもいっていることに、西欧での人種差別の根深さを感じていました。


中国の文明がとまったことについては、環境論では説明できない部分ではありますが、ある程度の発達までは十分説得力をもって読むことができました。


人類史として頭を整理するにはお薦めの本です。

人も植物も

曽野綾子


緑の指


曽野 綾子
緑の指―ガーデニングの愉しみ

小説家の著者が、小説を第一、にしながらやっていた園芸のエッセイ。


小説家、妻、老齢、キリスト教、日本財団会長(無給)、などと園芸の話を織り交ぜてあります。


1つ興味深かったのは、植物は、それぞれに合った土地の風土があり、肥料や水の量なども少ないのはもちろんですが、多いのもいけないそうです。


基本的には多い方がいい、と思っていましたが、荒れた土地に生える植物に肥料をやっても、勢い盛んになるとは限らないみたいです。


そういえば柳宗民さんも、「水やり10年」と、何かのエッセイで書かれていました。


翻って人の環境や育ちにについて考えたとき、その人に合った適切な肥料と水がいいタイミングで必要なんだなぁ、そうだなぁと少し考えてしまいました。


ま、それはそれとして、うーんやっぱり春に向けて何か育ててみたくなりました。

何がいいんかな。

比較的読みやすいブッカー賞 でも内容は色々 今回「恥辱」は

J.M. クッツェー, J.M. Coetzee, 鴻巣 友季子
恥辱


英国連邦、アイルランド国籍の筆者で、英語で書かれたその年の最も優れた長編に送られるブッカー賞


何冊か読んできましたが、今のところ大はずれはありません。


イギリス人の患者 」(イングリッシュペイシェントですね)は、私が読みきれなかったのですが、作家のマイケル・オンダーチェ は自作を期待している作家の一人です。


ケリー・ギャングの真実の歴史 」は興味深いオーストラリアの義賊の話で、これまた読んだことのないなかなか面白い本でした。


その流れに乗って、今回はJ・M・クッツェーの「恥辱」です。南アフリカ作家です。


52歳の大学教授の話です。

離婚暦2回の独身。風貌と素養から基本的には女性には不自由のない人生を送ってきていました。

ところが、お気に入りの売春婦との関係が悪くなったことから転落が始まります。

女子生徒に手を出し、大学での査問で心からの謝罪を拒否。

その地位を追われ、地方で農業を営んでいる娘の下で暮らすようになります。


しかし南アフリカの地方というのが、都会とはまるで別の論理の土地で、そこで暮らす娘も主人公とはまったく別の信念のもとに生きています。

知的で都会的な父と、地方で農家として生きていこうとするヒッピー的な態度の娘。


自分の現状を気にしたり、娘の未来を思い口出しをして、日常が過ぎていくところで事件がおきます。

強盗に襲われ、娘も襲われるのです。

そこで、南アフリカの地方で女性が一人で生きていくという日常が少しずつ分かってくるようになります。


西欧風の格調高い引用を多数盛り込みながら、性や暴力を含んだ内容で、ゴシップ的でありながらも我執から逃れられなくなった様子が描かれていて、その物語の行き着くところは、なかなかしんどいです。


性の衝動に対し今更自らを律せず、都会的な生活から外れていく主人公。

自分の生き方を通すために、過酷な現実を受け入れる娘。


南アフリカの地方の現状を告発しながら、本能はどのように律すべきなのかという問題も提示するあたりがさすがブッカー賞受賞作ですが、問題提示だけで終わっているように感じました。そこがちょっとモノ足りませんでした。


ただ、物語が展開が結構あり、読みやすい小説ではありました。



以下戯言です。

図書館で本を借りるときは、基本的には書名借りです。

なので図書館に通いつづけると、だんだん各棚に何が入っているか覚えてきてしまい、お気に入りの作家を一瞥した後は、ぼんやりと棚を回り「今日はぐっとくるほんがなかったなぁ」なんてことになる日があります。


まぁ、書評された本で読みたい本は色々あるんですが、ふと図書館に寄ると、なかなか思い出せないんです。

で、受賞作なんかを書評誌で調べながら借りたりするようになり、今回はブッカー賞系で選んでみました。


日本にもこんな賞はありませんかね。



・・・そういえば「日の名残り 」もブッカー賞をとっていましたね。

絵本色々

自分用の本ではないのですが、最近何冊か絵本を読んだのでご報告。



かばくん


ねずみくんのチョッキ


はらぺこあおむし


ペネロペ


岸田 衿子, 中谷 千代子, ミア・リン・ペリー
かばくん―Wake up,hippo!
 

子供に絵本でも借りようかと図書館にいくと、あまりの絵本の数に呆然。

そこで目に付いた大型絵本を借りることにしてみました。


まずかばくん

昔見たことあるような気がして、手にとりました。

大きい。

広げると1m以上あるでしょうか。

絵はなつかしいなぁ、いいなぁ、と思いながら文字を読んでいくと、けっこう勝手なことを書いていますね。

絵本らしいというか、絵本らしくないというか。

子供の反応は、「本」というよりもなにか別のもののようでした。「絵」だけに反応している。

値段は8000円にびっくり。大型本は高い事を知りました。

1966年?ぐらいから出版されていて、翻訳もされている名著だそうです(リンクは英訳付きのもの)。





 

なかえ よしを, 上野 紀子
ねずみくんのチョッキ
 

次は、ねずみくんのチョッキ

これはヒットです。

本を広げると左右の端に絵が出るので、右を見たり左を見たりで喜んでいました。

内容は、ねずみくんのちょっきをほかの動物が着ていって、どんどんのびてしまう、というはなし。

これも、いいのそんな話で、という感じですが、ま、のびていく様子はたしかに面白いですね。

ラストのページは、ぞうくんがちょっきでねずみくんをぶらんこしてあげるのですが、知人が

「昔読んだときそんなページはなかった」

といっていました。

私は初めてみた絵本なので知りませんでしたが、みなさんごぞんじですか。

値段は、4988円。高いですが、他のとくらべると安いかも。

大きさは、子供が座って読むと、完全に隠れるぐらい。




 
エリック カール, Eric Carle, もり ひさし
はらぺこあおむし

で、はらぺこあおむし。

これも有名な本みたいですね。

かなり巨大で、広げると子供3人ぐらいは隠れます。

中身は、普通の本よりは多少仕掛けがあります。

ただ表紙にあるような絵なので好き嫌いが出るかもしれません。

値段は10290円。もはや本とはいえない気がします。画集?

内容は、あおむしが食べ物を食べて蝶になる話、ってそんなこと書いてもしょうがないですね。




本が気に入ると何度も読みたがるので、図書館ばかりというわけにもいかず、何冊か買っています。
そうなると大型本はやっぱり高い。
で、ペネロペの仕掛け絵本。

アン グットマン, Anne Gutman, Georg Hallensleben, ひがし かずこ, ゲオルグ ハレンスレーベン
ペネロペ うみであそぶ
NHKでやっていたアニメの絵本です。
アニメのタイトルは、うっかりペネロペ
懐かしいような、新鮮なような。原題が知りたくなります。
内容は、青いコアラの日々雑感ですが、こんなにほんわかした平和なアニメははじめてでした。
寝るだけ、とかそんな話ばかりです。
 
ま、アニメはアニメとして、絵本についてはたまに買うので、ということでしかけ絵本を購入。
買ってきて広げてしかけを動かしてやると、1ページ目から仕掛け部分をちぎられました。
ま、くいつきがいいのはいいんですが。
こんなくいつきがいいのはテレビのせいかと思いつつ、壊れやすそうなしかけはあまり動かさずに、絵本を見せています。
それじゃあ意味がないので、こんどは仕掛けなしにしようか悩んでいます。
色々あるなぁ。
アン グットマン, Anne Gutman, Georg Hallensleben, ひがし かずこ, ゲオルグ ハレンスレーベン
ペネロペひとりでふくをきる

アン・グットマン, ゲオルグ・ハレンスレーベン, ひがし かずこ

ペネロペあいさつできるかな


アン グットマン, Anne Gutman, Georg Hallensleben, ひがし かずこ, ゲオルグ ハレンスレーベン

ペネロペといつもいっしょ



しかし、昔の幼児用の絵本というのは、結構教育的にはどーでもいいようなアナーキーなことを書いていて、その辺はなかなか面白いです。

マイナーダメ男、ゲイ、旅、2つの短編 といつもの絲山秋子

エスケイプ/アブセント

絲山 秋子

絲山 秋子
エスケイプ/アブセント

エスケイプ


左翼過激派が40にして「なんだかなー;と活動のむなしさを感じて脱退。

妹の経営する保育園の手伝いをするまでの1週間、京都に旅に出る、という

絲山 秋子らしい、ケレン味のあるお話です。


なぜ今、活動家、というのもありますが、読ませるのは、主人公の饒舌な語り口。

能天気なしゃべり口ながら、だんだんと自分がゲイで姪を愛していて、双子のアナキストの弟いることが分かってきます。


京都にはついたらついたで、胡散臭い神父やかわいい男の子がでてきて物語を盛り上げます。


しかし、この物語はなにがいいたいんでしょうかねぇ。



アブセント


そのアナキストの弟の物語。

京大に入学したのに、あるしょーもない事件に巻き込まれて、失踪。

そして幾星月。

なんとなーく付き合っている女性との出そうで出ない結婚話をうっとうしがる日常の一こまを書いています。


この話も何がいいたいかわからず。


AMAZON の書評をよんで、うーんそうかと構造を理解するも、どんなテーマで絲山秋子書いたかよく分かりませんでした。

表紙もイマイチ。


しかしなんだか心定まらないダメ男を書くのはうまいなぁ。

何種類でも書けそうですね。

豪気だけどこんな旅行はしないかな

外人術

佐藤亜紀


佐藤 亜紀
外人術―佐藤亜紀の豪気で優雅な旅の手引き

タイトルから、対外人用の内容のエッセイかな、と思いましたがまさか佐藤亜紀がそんなことは書くまいと本を広げてみるとやはり違いました。


海外で、現地にどうかするのではなく、正しく外人でいるための、指南書です。

あらゆるしがらみから開放されている「外人」という地位を得るために海外にいっているのではないですか?

という、ま、特殊な人の指南書なんですが、その特殊振りを楽しむ本でもあります。


ただ意外にもっともなことも書いていまして、

「着ているシャツとホテルの1泊の値段が同じくらいが身分相応」

なんかは、なるほど、と思いましたし


「タクシーに乗るとは即ちぼられること」

「タクシー代はけちるな」


では、都市での正しいルートについて難しさと、高速道路の中央分離帯に置き去りにされた思い出を語っていました。


あえてローマの辻馬車に乗ってみたり、わざわざウィーンまで出かけてカフェとホテルの往復を楽しんだり、夏にヨーロッパの温泉地に避暑にでかけたりと、私自身の趣味とはちょっと離れたことも多く、そんなことを佐藤亜紀流の豪気な毒舌で楽しみました。


本の最後、ウィーン近くで、オーストリア軍とナポレオン軍がぶつかった日にその古戦場をタクシーで周る観光客の話があり、古戦場マニアの底知れぬ熱を、少しだけ味わうことができました。