このブログは悪性リンパ腫(DLBCL)の発病と治療、そして寛解後の日々を綴っています。発病からの流れがわかると思います。週イチ更新です。
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2023年春に悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫=DLBCL)の診断を受けました。脾臓(特に肥大し他の臓器を圧迫)、肺、傍脊柱、肺門リンパ節の4カ所に腫瘤があり、ステージ4でした。Pola-R-CHP療法等を行い、その年の秋に寛解しました。
治療開始 2023/03/17
寛解 2023/10/16
※一連の経過を知りたい方は、上の時期を参照して記事を見つけてください。ほぼリアルタイムで書いています。何かの参考になれば幸いです。
(寒いなかですがスイセンが咲いています)
こんにちは。いつもアクセス&いいねをありがとうございます。今年も今日を入れてあと3日になりました。この1週間はいかがお過ごしだったでしょうか。
私は前回懸念していた年賀状は無事に投函できました。週末はこんな無職老人を忘年会に誘ってくれたかつての同僚たちと楽しい時間を過ごしました。
今度のお正月ですが、ウチの3人の子どもたちの家庭にはそれぞれ出かける予定があったり、インフルエンザにかかったりと、全員集合できない状況です。新年を迎えてからみんなのスケジュールを合わせて集まろうかと話しているところです。まあ静かに過ごしましょうかねえ。
(オオバン)
現在の体調
○現在の後遺症等の状況
・手と足末端の末梢神経障害(感覚と温度)
・左脇腹の出っ張り、圧迫感
手足の指先の痺れも左脇腹の違和感継続中です。
指先の痺れは暖めているとラクです。左脇腹の圧迫感も継続中です。脊柱管狭窄からきている右膝の軽い痛みも気になります。
走ったり歩けなくなってくると困るなあと思っています。
(コガモ)
今週のどうでもいいコラム
公園で出会った留学生
1ヶ月ほど前の日曜日のこと。川越水上公園に出かけた。小春日和なので自転車を漕いで。土日は放送大学を含めて用事が入っていることが多いが、この日は予定もないのであえてボーッとしに出かけた。
ここにはスワンボートもある大きな池がある。東屋の下のベンチで缶コーヒーを飲みながらカモを眺めていた。3人の女性が近づいてきて、近くのベンチに腰を下ろし、お菓子など食べながらおしゃべりを始めた。フィリピンのタガログ語かと思ったがかなり違う感じ。おしゃべりが続いているが、勇気を出して聞いてみた。爺さまなのでナンパの心配はない。
まずは日本語が喋れるかどうか。「英語なら」と言われたら話を続けるのは難しい。一人の方が「話せます」と。後のお二人はカタコトとのこと。ネパールからの留学生だった。ネパールの言語は何語だろうか。もう一度聞いても識別はできないだろう。3人ともネパール出身で今は日本語学校に通っていて、その先は大学か専門学校に進学したいと言っていた。日本の暮らしはどうか聞いたら、今は2年目で夏の暑さはそれほどキツくなかったが、冬は日本の方が寒いそうだ。ネパールのどの地域かは聞かなかったが。平日は勉強を頑張っているらしい。まず日本語を習得して、その先いろいろなことを学ぼうと意欲をもって異国で頑張っている人たちには頭が下がる。少子化が止まらない日本において、日本で働いて税金を納めてくれる人は大事だ。将来母国に帰ったとしても周りの人たちに「日本なんか嫌いだ」という人たちを作りださないように私たちも気をつけていきたいものだ。
留学生たちからもらったミカンを手に、「どうか3人にこの先いい未来がひらけますようにと」思いながら駐輪場に向かった。
(飛んでいるアオサギは大きい)
あとがき
無事に投函を終えた年賀状ですが、買い物ついで出かけた市街地の大きい郵便局で出しました。
その時のことです。かつてはこの時期になると、その郵便局には大きな年賀状専用の投函箱が設けらえていました。今もそのような箱があるものと思い、局舎に入ったフロアでキョロキョロ。会った職員の方に聞いてみました。すると「年賀状は外にある通常のポストの年賀専用に投函口に入れてください」でした。「かつては建物内に専用の箱がありましたよね」と私。「そうでしたね。今は激減してしまいましたからね。時代は変わってしまいましたね」とお答えくださったのは、私の年代に近いであろうと思われる方でした。ちょっと寂しそうでした。時代においていかれつつある昭和人のひとコマでした。
(こちらはダイサギの飛行)
みなさんが体調を崩さずに新年を迎えられますように。そして闘病中の皆さんは寛解して体調が戻りますように。どうぞ良いお年をお迎えください。
ではまた来年!Salut!






























