今回主治医は2人でした。入院後の方針について2人から話しがあるということでしたが詰所の隣の部屋はベッドがなく母は行けませんでした。結局私だけが聞きに行きました。次回から一緒に聞けるように配慮すると言われました。座れない人はいつもムンテラ時どうしているのでしょうか?もしかして患者本人でなく家族だけいつも聞きに行っているのだろうか?そんな状態の悪い人は入院していない病棟なのかな?と思いました。私だけ聞くことは母に不信感を持たせるかもしれません。
平成15年1月28日胃カメラ、29日大腸カメラ、30日腹部エコーの予定である事、先週撮影したCTで腹部大動脈周囲にリンパ節転移があり(去年の十一月のCTで指摘されていた)、以前より大きくなっている、そしてそれが肝門膵周囲に腫瘤を形成し肝内胆管も軽度拡張している(簡単にいえば肝臓の入り口が圧迫されていて血液や胆汁が流れにくくなっているとうこと)ということでした。血液検査がまだでていないからなんとも言えないが、もしかしたら胆汁を流す処置を実施しないといけないかもしれないと言われました。検査が全部終わった後で改めて今後の方針について話しがあるとのことでした。医師からは母が抗癌剤の治療をすることにたいする認識、母にどこまで事実を話していいか尋ねてきました。母には事実を全て話してほしい事を告げました。
病室に戻り明日胃カメラあることを言いました。
「胃カメラ?受けないといけないの?嫌や。」
母がよほどの事がないと我慢をします。大腸カメラも自分でこつを考えて呼吸をしたり力の抜き方を実践していました。実は嫌がるにはわけがありました。以前この病院で胃カメラをしました。そのときは手術前で調子が悪い状態でした。それも初めての胃カメラでした。胃カメラが終わってから母は泣きながら言いました。
「なかなか呼吸が分からなかった。苦しくて。そしたら先生が『まだ他のひともいるんだからそんなやりかたは困る。』と言うのよ。」
私はついカッとなってついていた看護師に検査した医師の名前を確認しました。絶対その医師にはもう検査をしてもらいたくなかったからです。
『言葉』というのはとても大切だと思います。同じ事をいうのに厳しく言えば言い場面と優しく諭さないいけない場面があると思うのです。初めての辛い場面での検査時は、患者が安楽にできるような声賭けも必要ではないでしょうか?あんな冷静さを欠く場面でどなってもなんの解決にもならないばかりかパニックにさせるようなものです。
暫くして主治医が来ました。明日の検査の説明に来たのです。母はなにも言わないので私が言いました。
「先生、前の胃カメラ大変だったんです。だからあまり乗り気ではなくて。前に検査を受けた時、その先生にひどい言葉をかけられて。」
「そうですか。それはたいへんでしたね。なるべく楽なようにしますから。」
医師がいなくなってから母が言います。
「別の先生にしてもらうなんてできないもんね。仕方ないわ。」
「お母さん、今ごろどの先生が前にやったか検査結果の用紙を見てるはずよ。」
暫くしてもう一人の主治医が来ました。実は以前この医師が検査をしていたのです。
「なるべく楽なようにしますから。」
「お願いします。」
とだけ言いました。うるさい家族だと思われただろうなぁ思いました。別に検査を我侭でしたくないといっているわけではないのです。患者が受けた検査をどういう気持ちを持ったか言いたかったのです。こんな事言って間違っているのかなと思う時もあります。でもしんどい母の事を考えると前と同じでは困る!と思いました。言うのは勇気がいるものです。疲れた!
20時、ここ数ヶ月母とは離れたことがなかったので後ろ髪を引かれる思いで帰路に着きました。夜はちゃんと看護師を呼んでトイレに行くように言って。2日後の大腸カメラの前処置(下剤)が母が無理ではないかと医師に相談し今日から絶食になりました。
※最期の旅行での素敵な笑顔。大黒さんに負けていない。今回の入院は母の心身ともに消耗させるものになった。入院中この笑顔は見られなかった・・・