入院前日、内服についてS医師に電話をしました。
日曜日の夜8時でしたが往診の途中でした。暫くしてS医師が電話を掛けなおしてくれました。私は今日内服する薬の事よりも、入院してもし抗癌剤治療になったらどうしようというほうが心配でした。
「先生、私は本当は抗癌剤治療は受けさせたくないんです。でも母の命だし、母が希望したら仕方ないし。私が止めても母に悔いが残ったらいけないし。」
「そうね、入院してみてからよ。確かにお母さんの意思を確認しないと後いけないし。もし抗癌剤治療ができて実施したとしても無理と判断した時点で途中で止めて帰る方法もあるから」
「そうですね。そうですね。有難うございます。」
母に聞かれないように自動車の中で電話をしてました。受話器を置いて泣きました。涙が枯れるというのは嘘だと思うほど1人で泣きました。
抗癌剤の副作用で母の腸管が損傷を受けてから、母の側でいた私はおそらくこの状態では抗がん剤治療は出来ないのではと思っていました。抗癌剤を止めてすでに4ヶ月、癌も広がっていると予想していました。だからこそ覚悟して日々在宅で看ていたのに、とうとう本当の決断が来たと思うと怖くなりました。
母を失いたくありませんでした。
よく、本やテレビでは人は生まれた時から死がある、だからより良い死を迎えるために日々生きる、死を受容するなどというものです。でも実際本当でしょうか?皆綺麗に手記を書いてるだけで本当はもっと苦しんではずです。私は、母を失いたくない!手術先の病院でもっと転移を早く察知してほしかった!下血を私がもっと早く発見しておけばこんなひどい副作用までならなかったはず…泣くしかありませんでした。