母は前日の木曜日から外泊していたので、私だけS病院に向かいました。

昨日の外泊の時点で医師からのムンテラ〔面談〕の時間は決まっていませんでした。医師とは木曜日なら夕方ぐらいになるだろうと聞いていました。

しかし外泊した日の夕方看護師から掛かってきた電話では、ムンテラ開始は夜の8時からということでした。聞きなおしました。

びっくりでした。

しかしもっとびっくりしたことは、実際ムンテラが始まったのは8時55分からでした。常識的にムンテラ開始の十分まえに病院に着くでしょう。そこから結局1時間待ったのです。

夕方、息子の調子が悪くそれも心配だった私にとって、正直この病院ではこれが当たり前なのかと憤慨しました。医師が忙しいのもわかります。確かに朝から晩まで働いています。でも、決して患者主体ではないのではと感じました。

入院してから数日しか経っていないのに疑問ばかり持つ自分に嫌気がさしました。私は今まで人に感謝しながら生きてきたのに、なぜこんな気持ちばかり持つのか。そんなこんなと考えていたらムンテラが始まりました。

 

検査の結果が説明されました。簡単にまとめるとCT結果で腹部大動脈周囲のリンパ節転移が11月より広がり肝門膵周囲を圧迫している。血液データーで肝機能は現在問題ないがいずれ黄疸が出現したら胆汁を体外に流出させないといけないかもしれない。抗癌剤の副作用による腸管の潰瘍・糜爛は直腸付近は改善してきているが奥に進むとまだ持続している。胃癌に有効な薬剤は母の場合、これだけ副作用が出現したから同じ系列のものは使用できない。残るは一種類のみになる。ただ、母の日常生活は介助が必要であり体力的な問題からも治療は薦められない。

というものだった。

 

もちろんこれは予想された事だったので、さしてショックではありませんでした。

というよりショックを見せたくありませんでした。向こうはありのままを言っているだけですが私にはまるでゲームで相手に負けたような気持ちだったからです。

心の中で“私は間違っていない。母と一緒に進んでいる道は正しい、よりよい死にかたを選ぶんだ”と繰り返しました。

 

「分かりました。治療で死ぬようなことがあるより、残された時間をより良く生きたほうがいいと思います。でもこれは母のことなので母とS医師と相談して決めます。」

と言うのが精一杯でした。




内藤 いづみ
笑顔で「さよなら」を―在宅ホスピス医の日記から