2015/8/4本日の気づき
この連日続く炎天下の中での自転車移動は、さすがに厳しいものがある。
一番気を付けなければならない箇所は頭だ。
帽子は、走っている途中思わぬところで飛んで行ってしまう事があるので、
濡れタオルを頭に巻いて走った。
そしたら身体にくるダメージが全然違う。
「頭寒足熱」がとても大事だと感じる自転車移動だった。
2015/8/3本日の気づき
今朝、プラーナヤーマを行っていたら、
左の鼻から息を吸った瞬間、
何かパッと広がった感じがし、
呼吸をしている事の喜び、
呼吸が出来る事の幸せ。
そしてこれ以上もう何もいらないと感じられた。
「足るを知る」
余計なものが落ちた時、
一瞬でもそれを知る事が出来るのだろうと感じられた
今朝のナーディーショーダナ・プラーナヤーマだった。
2015/8/2本日の気づき
静かに力を抜いていくと
身体が観えてくる。
呼吸が観えてくる。
心臓の鼓動が観えてくる。
一つ引くと、一つ観えてくる。
どれだけ引いたら、真実が観えてくるのか?
そんな考えは足し算になる。
そんな事を感じた本日の静坐であった。
2015/8/1本日の気づき
本日から8月のレッスンが始まった。
当教室の部屋は、陽が入らない為、夏は他の場所と比べて涼しい。
それでも人が入ると自然と室温は上がり、暑くなる。
開始すると熱気がこもるので、窓を開け冷房をかける。
強い冷気を身体に浴びせるのを極力避ける為、
様子を見ながら出来るだけ薄く冷房をかけるように心がけている 。
この季節だから、身体を動かせば次第に身体は熱くなり、汗が流れてくる。
そんな中、本日はシャヴァ・アーサナ時にあえて冷房を切ってみた。
シャヴァ・アーサナで完全にリラックス出来れば、心身は涼しくなる。
そしてその後のプラーナ・ヤーマで更に心身を静め、最後に静かに坐した。
外から入ってきた人は、暑さを感じる部屋だったと思う。
その中で敢えて、暑さにとらわれずに平常心を保てたであろうか。
物事は心持ち次第という事を共に少しでも感じられたら、
という気持ちを込めて行った本日のレッスンでした。
2015/7/31本日の気づき
『ひろさちやの般若心経88講新潮文庫』から1節。
「隣家からの貰い火で、自分の家が焼けてしまい、何もかもが灰になってしまった。
家主は悔しくてたまらない、そして腹が立ってしょうがない。
何とかして隣家に仕返ししてやろうと悶々と考えていた。
こういう状態で出てくる人間の知恵は、所詮悪知恵にしかならない。
自分が罪にならずに相手を苦しめてやろうといった知恵では、結局は問題を解決できない。
考えれば考えるほど、よけいに腹が立ってくる。
「家を焼かれた」という見方をしていては、復習したくなる。
そこで彼はふと気が付いた。
自分のものの見方を変えてみよう。
「自分で自分の家を焼いた」と見ようとした。
けれども、実際は彼は焼いていないのだからその見方は不可能。
そして彼が思い立ったのは、
「焼けた」と見る見方でした。
焼かれたのではない、焼いたのでもない、ただ焼けたのです。
かれはただ焼けたのだと思うように努力した。
これは事実に反している事ではない。
そうするとだんだん心が落ち着いてきました。
これが「彼岸の智慧」であり、「般若の智慧」だと思います。」
ここまでものの見方を変える事は難しいことかもしれない。
しかし誰が等の余計な事を捨て、ただ「焼けた」という事実だけを認識することが出来れば、
怒りから平常心へと向かえる。
怒りたければ怒ればいい、しかしいくら怒っても焼けた家は元には戻らない。
心の荷物を引いていくと、事実のみを見る事が出来、平常心が保たれる事を教えてくれた
とてもシンプルで簡潔なお話でした。