板橋の自然健康ヨーガ教室 -101ページ目

2015/8/19本日の気づき

本日は、朝走ろうと思い、いつもより1時間早く起きた。


まずはアーサナを行ってから走りに出る予定だったが、


いつもの流れでプラーナヤーマに入ってしまい、


プラーナヤーマを終えたら出ようと思ったら、


プラーナヤーマ後の静かな気持ちをもう少し味わおうなんて思い静坐に。


そしたらそのまま通常よりも長く坐ってしまい、いつも終わる時間になってしまい、


走りに出る時間が無くなってしまった。


省くという事が出来ない性格。


まだまだシンプルではないなと感じた今朝の1時間であった。



2015/8/18本日の気づき

本日の自転車移動時に、


少しでも足の筋力トレーニングにつながるようにと、


道の状態関係なく、一貫してギアーを一番重たくして走ってみた。


最初は腿、膝、膝下の力でペダルを踏み込み、


筋肉を使っているなと感じながら走っていたが、


ふと身体の中心の丹田が意識に浮かび、


走る時に、身体全体を意識するより、


もっと小さい身体の中心部分である丹田のみが進んでいるというような感覚を持てれば、


動かない体を無理して動かそうという苦しい感覚が少し改善されるのではないか。


そこで丹田が前に進んでいるかのように、丹田に意識をおいてみた。


足から意識が離れているせいか、ギアーを重たくしても、


足の筋肉に負担がかかっているという感覚があまりなく、


気が付いたらここまで来ていたという感じだった。


この部分をもっと深めれば、走りも変わってくるかもしれない。


ヨーガ、禅、そして走る、これらが結びつくのではないかと感じた本日の丹田移動感だった。






2015/8/17本日の気づき

中学、高校時代と陸上競技(短距離)をやっていた。


中学の頃は、自分なりに納得いく成績を残せたが、高校時代はさっぱりの競技人生だった。


不完全な思いのまま陸上競技を止めたため、


あれから27年、常にどこかしらでその不燃焼な何かが残っている。


そこで思い切って先月からまた走り始める事にした。


現役時代と比べると、長い期間のブランクがあり、年齢もかさんでいるので、


時間をかけてもあの頃の身体能力には戻らないだろうという事を認めなければならない。


基本は、楽しく、無理なく、怪我なくだ。


しかしそれにプラスαの何かを持たないと、改めて走る意味も意義も薄れてしまう。


学生時代みたいに走る事だけを考えていられるような生活なら、


少しでもタイムを縮める、より成績を残すという単純な目標設定もできるが、


今は、時間の合間を縫って走る生活状況なので、


数値的な結果よりも、


自分にとってまた走り始める事の意義、


また大事なことは何かを十分考えて取り組んでいきたいと思った昨日の練習だった。


2015/8/16本日の気づき

やるか、やめるか迷う時がある。


やれば、良くも悪くも結果が見えるのだが、


やらないと、先は閉ざされ、いつまでも心残りのままになる。


やって失敗するのと、やらないで後悔するのとでは全く違う。


失敗は更に前に進むことによりなくすことが出来るが、後悔は消すことが出来ない。


そう思い、思い切って、面識のない尊敬する方へ連絡を取ってみた8月15日だった。



2015/8/15本日の気づき

最近は、ヨーガを行う時にヨーガマットではなく、ご座を敷いている。


ヨーガマットはアーサナによっては滑らなくいのでいいのだが、


天然のい草のご座は、肌触りがよく、気持ちがいい。


肌に触れるもの、


天然のものに優るものはないなと感じるご座です。