ぼくの秘密日記 -6ページ目

病人の分類

相変わらず風邪をひいている。
結果として、ワタシは今日もひとり静かに寝台に横たわっている。

しかし、このような境遇のワタシを可哀想な病人というひとくくりの集団にいれて哀れまないでいただきたい。

人間はカテゴリを作って分類することが好きだが、分類される側になってみろ。
アジもサバもスズキ目とされているが、スズキと一緒にされてたまるかと出世を考えているサバの身にもなってみるがいい(アジの身でもいい)。
または出世などには興味を抱かず、人生(魚生?)を楽しんでいるサバサバしたサバもいるかもしれない。
そういうサバはサバというくくりさえも大きなお世話なのだ(そういうサバこそ、一匹狼、いや狼ではない、サバイバーと呼ぶに値する)。

同じ意味としてワタシは、哀れむべき可哀想な病人にされるのは心外だ。
世の中には愉快な病人や、都会派の病人、安心高利回りな病人もいるはずである。
少なくともワタシは病気のときぐらい気弱にはなりたくない(それでなくても普段から気が弱いのだ)。

という訳で、病の床に伏せりながらも陽気な四拍子をやかんの蓋で奏でる病人を自称したいと思う。

問題があるとすれば、朝から全く電話やメールがこないので、ワタシが病人ということさえ周りに一切知られていないかもしれないことだ。

風邪の功名(その2)

音痴の話は余計だった。
声がでないのに、その反動でブログに余計な文章を書いてしまうのも、風邪の悪影響かもしれない。
全く恩知らずな風邪だ。

しかし、インフルエンザには流行りがあるが、毎年ウィルスではなくて扁桃腺を腫らして風邪をひくとはワタシもなかなか律儀である。
どうせ何度もかかるなら、せめて女性にひっかかりたい。

ただ風邪はたいして重大な病気ではないし、支障があるとすれば仕事の遅れくらいだ。
仕事も遅れがでるのは普段からである。
影響が少ないから気軽に風邪をひいてしまうのかもしれない。

風邪をひいて寝ていると孤独である。
しかし、孤独と言っても借金取りや殺人鬼、幽霊や妖怪と一緒に過ごすよりはまだマシだ。
たまには孤独もいいか。
風邪の功名として一人静かに物思いにふけよう。

そうぼんやり考えていると、孤独な男の携帯が鳴った。
行きつけの小料理屋のママからである。
いつもニコニコ現金払いなのでツケが溜まっているはずはないが…。
どうやら同僚夫婦が今年始めて店に顔をだしてワタシの噂をしているらしい。

電話を代わると開口一番。
「なんじゃ?!その声は。三途の川から聞こえるような声だな。ギャハハハハハ」
「声が面白い~」
「…。」
…風邪の功名など考えたワタシが愚かだった。

風邪の功名(その1)

相変わらず寝込んでいる。
咳は止まらず、先ほどはTVでサッカーを観ていて選手にツッコミをいれたが声がかすれてでないことに驚いてしまった。
的確なアドバイスも選手に届かなかったのは残念である。

しかし、左耳は中耳炎だし、風邪で咳は止まらず声もでず、更にはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を弾きこなすこともできない。
病気がワタシに悪影響を与えている。
病気さえしていなければ、ラフマニノフを弾いてみようなどとは思いもしないはずである。

しかし、病気になると辛いことばかりかと言えば、そうでもない。
普段、休日に昼間からベッドで丸くなっていると、「いい歳した大人が惰眠をむさぼっている」と陰口を叩かれるが、これが病気だというだけで「暖かくしてゆっくり休んでね」と寝ることが正当化される。
また、声がでないことはくだらないことや意味のない発言をして品位を落とすこともないし、ワタシが音痴であることがばれる心配もない。
音痴と言えば、幼少の頃、ご機嫌で歌ったワタシは母から「何をうなっているの」と尋ねられ傷ついたことがある。
いまなら母にうなり声がなにかを聴かれても「モーツァルトのオペラ『魔笛』だよ。知らなかった?」と切り返すだろう。
ワタシの母は、オペラとは歌手がうなるものだと思っているからだ。(続く)

熱がでた(その3)

汗のかきようからすると、そうとう恐ろしい夢でも見ていたかのようだが、幸い頭がボーッとしているので夢の内容は憶えていない。
これだけ長時間熱があるのだから、脳みそもチーズフォンデュ並に煮込まれているのだろう。
今ならフランスパンを美味しく食することができるかもしれない。

夢を憶えていないくらいなら実害はないが、脳みそが沸騰しているおかげか、何もやる気がしない。
普段やる気がしないのは仕事くらいだが、今は仕事どころか、溜まっている洋画DVDの鑑賞も、読書も、あやとりも、鰹の一本釣りもする気にならない。
ましてや熱愛などもっての他である。

新聞のTV欄を見ながらTVのチャンネルを替えるが、どうもおかしいと思ったら昨日の新聞を見ていたりする。
しかも、TVの教養番組もちっとも内容が頭に残らないのだ。

そこまでいろいろ試して、ハタと気がついたが、風邪をひいてもひかなくてもワタシの生活にあまり大差はないらしい。
失敗の内容が風邪と関係なくほぼ普段と同じなのだ。

寂しくなって夕方同僚に電話するとなんとも懐かしい声がする。
「土日に休んで治したら、月曜は絶対来いよ」

ちょっと涙目で「孤独死しない」、という項目を今年の課題にそっと追加した穏やかな金曜日、今日はそんな日だった。

熱がでた(その2)

昨日から熱愛を始めた訳ではないし、学生の頃のように体温計をストーブにかざした訳でもない。
純粋に体温が38.5度もあるのだ。

これが体重だったら倍近くの数値でも大丈夫なのだが、体温だとそういう訳にもいかない。
体重が100kg以上あっても会社を休む理由にはならないのだが(事実、体重を理由に休めたことはない)、熱があるのは十分休みの理由になる。
それにしても、体重もある程度の数値を超えた場合は異常があったということで会社を休んだ方がよいのではないか。

38.5度もあると、頭がボーッとしてそんなとりとめのないことを考えている。
会議中と間違うくらいだ。
しかし、残念なことに今は会議中ではない。

出勤時間になるのを待って、同僚に電話を入れる。
同僚はなんとも優しい言葉をかけてくれた。
「病気のときはとにかくじっとしてることだ。そういう場合に動物はじっと体力を温存して外敵である病気との戦いに全部の力をぶつけるのだ。…まれにそのまま負けて死んでいくこともあるが…そういうのを独り身の場合だと'孤独死'って言うんだ」と親切に教えてくれた。

それからワタシはゆっくり眠りについた。
高熱が続いているので、夢ばかり見てしまう。
昼過ぎに汗びっしょりで目が覚めた。(続く)

熱がでた(その1)

今朝から熱がでてまた会社を休んでしまった。
久しぶりにブログを書くために頭を使って知恵熱がでたわけではない。

すでに風邪は周りで流行っていた。
先週末に一緒に小樽に行った後輩が、小樽に着いた初日から風邪気味になったと言うのを聞いて「日頃の行いのせいだな。今後は少しは反省するだろう」と思っていた。
しかし、ワタシも風邪をひいたところからすると風邪は日頃の行いが関係する訳ではないことがわかった。

そう言えば昨日、耳鼻科に行くのにイヤイヤ出かけたが、急いで帰るために病院からの帰路は上着の前を留めずにTシャツ丸出しだったのがいけなかったのかもしれない。
これでまたひとつ病院が嫌いな理由が増えてしまった。

しかし、毎日、無理をしていたのがたたってとうとう身体が悲鳴をあげたのだと思うと、反省するところも多い。
仕事と遊びの割合いを3対7くらいでこなしていたが、それでも風邪をひくのであれば、遊びよりも精神的、肉体的に辛い仕事は2割程度にしておくべきだった。

今朝は起きたときからいつものように調子が上がらず(そこまではいつもどおりだった)、額がかなり熱かったので「これは?!」と思い体温を計ってみると体温計が38.5度をさしていて熱があることに気がついた。(続く)

耳が痛い(その3)

時差があろうが、なにしろ耳が聴こえないのは一大事である。

仕方がない。
ワタシは死ぬほど病院が嫌いだが、背に腹はかえられない。
病院に行こう。

結果は中耳炎だった。
医者からは病気になった原因を聞かなかったが、ワタシには言われなくてもわかっている。
会社でもプライベートでも、同僚や先輩、友人から「真人間になれ」「仕事をしろ」「遅刻をするな」「結婚しろ」「歯を磨け」と様々な耳の痛いことを言われ続けたため、耳がとうとう炎症を起こしたのであろう。
しかし、炎症を起こしたのがまだ耳でよかった。
口が炎症を起こしていたらワタシの一日のうちの二大イベント(昼食&飲酒+夕食)を我慢する羽目になっていた。

改めて考えると病気は苦痛である。
仕事をしているときには、ちょっと風邪でもひけば休んで家でゆっくり読書でもできるのになぁと考えていたが、いざ病気になると何もする気力がおきないのだ。
病気になったらやろうと考えて買ったプラモデルは病気のときこそ箱を開ける気さえおきないし、病気で時間がとれたらやろうと考えていた部屋の片付けは病気で寝ている間は汚れていく一方である。

「早く治して会社に来いよ」と言う同僚のセリフが、病気になって痛みのひかない耳にも唯一痛くない言葉だった。

耳が痛い(その2)

今朝は頭痛で目が覚めた。
触ると軽いコブができている。
持病の偏頭痛も重度になるとコブまでできるらしい。
気がつくとベッドサイドのステレオのスピーカーが明後日の方向を向いている。
スピーカーが向きを変えるくらいの頭痛で目が覚めたのは、世界広しと言えどもワタシくらいのものだろう。

スピーカーの向きを直してからCDをかける。
朝の目覚めにはバッハがよい。

ふと気がついたが、左のスピーカー、先ほど向きが変わっていたスピーカーからの音がよく聴こえない。
スピーカーをいじってすぐに気がついた。

左耳が痛い。
問題はスピーカーではなく左耳らしい。
思い切って左の頭を叩いてみる。
左耳はボワーッと幕がかかったような感じである。
高速エレベーターなどに乗った場合に感じる圧迫感と同じだ。
これは気圧の変化が原因だとなにかの本で読んだことがある。

そういえば小樽の行き帰りに飛行機に乗った。
飛行機の高度は高速ビルなど比較にならないはずだ。
しかし、あれから既に三日経ったはずである。

…そういえばスノートレッキングによる筋肉痛も昨日から自覚症状がでた。
最初は筋肉痛とは思わず、身体がだるいから糖尿病になったかと不安に思ったくらいだ。
距離や緯度が離れているから、発症するにも時差があるのかもしれない。(続く)

耳が痛い(その1)

ワタシは病弱である。
この世に産まれでたその日に、医者は「この子は生きて22世紀を迎えられまい」とサジを投げたらしい。
それから今まで身体の調子がよかったという日は数える程である。

自覚している症状だけでも、頭痛に胃痛、睡眠不足は常態化している。

朝、目が覚める。
起きると昨夜というか今朝方まで摂取した薬がまだ効きすぎていることがわかる。
酷い頭痛に胸のムカつき、更には寝不足で瞼が重い。
これだけ病を抱えているが百薬の長の適量は未だ学習できないでいるのが残念である。

病んでいるのは身体だけとは限らない。
ワタシは心にも病気を抱えている。
高所も地震も雷もワイフ(ワタシの未来のワイフと同僚のワイフを含む)も病的に恐れている。
会社に行くことを考えると不安で家から出たくなくなり、一旦出社すると今度は帰宅したくなるのも神経の異常かもしれない。

定期健康診断ではこれらの病気が発覚しないが、それは、ワタシに告知することができないほど手のつけようがない重度の難病だからか、機械では検知できないほどの未知の難病だからか、はたまたワタシが健康診断を受けていないからだと思う。

婦人病を除けば、ワタシがまだかかっていないとはっきり除外できる病気は後いくつもないはずである。(続く)

雪山を登ってみた(その3)イメージ画像

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著者近影



……。


〈雪の小樽運河〉