『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990年・米)
監督:ロバート・ゼメキス
CAST:マイケル・J・フォックス
:クリストファー・ロイド
:メアリー・スティーンバージェン
:リー・トンプソン
:クリスピン・グローヴァー
:トーマス・F・ウィルソン
:エリザベス・シュー
音楽:アラン・シルベストリ
製作:スティーブン・スピルバーグ
:フランク・マーシャル
:キャスリーン・ケネディ
二作目の構想を練っていたらあまりにアイディアがですぎてしまい、結果的に三部作とすることになったために、三作目の目玉として脚本のボブ・ゲイルが思考錯誤の末、名優クリストファー・ロイドのラブストーリーをベースとした西部劇を考えて作り上げた。
クリストファー・ロイドのラブストーリーは、長い俳優人生でも初めてだそうだ。
前作の続きで、ドク(クリストファー・ロイド)が西部時代に飛ばされたことに対して、まずはどのように西部にいくかというところからストーリーが開始される。そういう意味では前作の鑑賞は必須である。
ボブ・ゲイルも特典のインタビューで語っていたが、一作目のヒットによるご祝儀として続編を作るチャンスをもらったと考えていたとのことで、作り手が楽しんで作っていることがよくわかる。
西部に到着した直後に酒場で名前を聞かれたマーティ(マイケル・J・フォックス)が、クリント・イーストウッドと答えるところは笑えるが、エンドクレジットでも"クリント・イーストウッドさんに感謝します"というコメントが載っている。
三作目ともなると、マニアからはストーリーの矛盾も指摘されている。
公開当時は、西部開拓時代に残って一度は亡くなったドクが、その後の展開で生き続けた場合のタイム・パラドックス(時間軸の破綻)はどう説明するのかというような矛盾が、マニアの中では議論になったらしい。
個人的には、このような娯楽映画は、あまり細かいところにこだわらずに純粋に楽しむべきだと思うのだが。
(個人評価67点)
ずるい質問
6年前にたいへんお世話になったお客様のSさんに久しぶりにメールで近況報告をしたら、会食のお誘いを受けた。
Sさんは、会社の社長をされているが、お世話になった当時は約600人のプロジェクトのトップだった方だ。
当時、下請けの一担当者だったワタシをたいへんかわいがってくださり、その結果、今でも時々遊んでもらっている。
という訳で、昨日は久しぶりにSさんに会いに行った。
場所はSさんに以前一度連れて行ってもらった新橋の創作料理の店だ。
店につくとSさんは、先に到着されていた。
「先に一杯やってたよ」
あわてて生ビールを注文し、乾杯する。
久しぶりにお会いしたが、あいかわらずとても優しい。
しかし、乾杯するなりやんわりと「boke×2はちょっと体重が増えたか?」と聞かれてしまった。
人の上に立つ人物は、人を見抜く目に肥えている。
ただ身体が肥えているだけのワタシとは違う。
父親にも内緒にしていた肥満を即座に見抜くとは、さすがである。
それにしても困る質問とはこういう質問だ。
「す、鋭い・・・。でも理由はないんです。地球はなんで丸いのか?と同じようにワタシがなんで丸いのか?と聞かれても、丸いから丸いのだとしか答えようがないんです」
Sさんの答えは、ワタシが回答する前から決まっていた。
「イヤ、それではダメだ。もうちょっと痩せた方がいい」
このように答えが決まっている質問というのは困りものである。
「なんで会議を無断欠席したのか?」
会議があるのを忘れていたか、その日に限って会議が嫌だったのである。
「デートをすっぽかして何をしていたのか?」
デートの約束を忘れていたか、その日に限ってデートが嫌だったのである。
「仕事中に寝ているとは何を考えているのか?」
何も考えていないから寝ているのだ。考えながら眠れるわけがない。
いずれも答えるのがばかばかしい質問である。
そうはいってもなかには、答えやすい質問もある。
こう見えてもワタシも技術者のはしくれだ。
専門分野について質問されれば、自信をもって「わかりません」という回答をすることができるのだ。
しかし、いくら聞くだけなら簡単だし無償だからと言って、答えに窮するような質問はむやみやたらにするべきではないと思う。
ハゲた人に「お前はなんでハゲなのか?」と聞いても、ハゲたくてハゲた訳ではないのだ。
このような質問は、イジメにしか過ぎない。
そう考えていたらSさんから矢継ぎ早の質問がきた。
「仕事は多少成長したように聞いているが、boke×2はまだ独身か。この先一人前のオトコになるためには、次は結婚だな。予定はないのか?」
・・・また返答に困る質問である。
「結婚については予定は未定です。善処いたします」
回答にならない回答をしたが、結局、来年3月のSさんの社長退任までに努力をしてなんらかの回答をだす約束をした。
そのあかつきには、Sさんはすばらしいスピーチとご祝儀の奮発を約束してくれた。
翌日、感謝のメールを送付したら、返信にはこう書かれていた。
『それと少しダイエットが必要ですかね?』
こういう質問の仕方も、、、、ずるいなぁ・・・。
■会食の場所
新橋の創作料理の店『美の』(よしの)。
料理もさることながら、日本酒や地酒が豊富で、とても素敵なお店。
昨日はこんな高級かつ珍しい日本酒に舌鼓をうった。
なお、料理はコースになるので、要予約。
怠惰な1週間
昔から誓うのだけは得意なのだ。
しかし、誓ってはみたものの、翌日の通勤電車で座席に座って携帯電話をいじっていたら、二駅ほど過ぎたところで疲労がピークになった。
にも関わらず携帯電話を握って手放さないワタシの強い責任感に深く感嘆しながら、じきにワタシは深い眠りに落ちていった。
電車の揺れとはなんて気持ちがよいのだろう。
さながら幼児の頃に寝かされていたゆりかごの中か、はたまた母親の胎内にいるような『たゆたう』感じなのだろう。
残念ながら、幼児の頃に眠っていたゆりかごも、母親の胎内の感触も記憶にないので通勤電車の中で同じ状態でたゆたっているかどうかは憶測の域をでない。
いずれにしても記憶にないほど眠っていたという結果からは、電車の座席がゆりかごや母胎と同様によく眠れるということは証明できる。
そんな日が続き、気がつけば、あっという間に週末だった。
ただ、今回ワタシがブログを更新できなかった理由が電車の揺れであることは明白である。
仮に抗議をするならば機関車を発明したワットか、慣性の法則を発見したニュ ートンか、振り子の法則を発見したガリレオあたりになるが、いずれも故人である。
死者にムチ打つマネはよそうではないか。
更新しなかった1週間
しばらくブログを更新しないでいたら、メールや電話で消息を確認され、特に理由がないことを説明すると叱咤激励を受け、更には会社に遅刻したら上司に怒られた。
このブログというかエッセイは、ただワタシが単に思ったことをつらつら書いているだけなのだが、面白いといって笑って読んでくれる人やくだらないとあざ笑う人、boke×2はまだ結婚できないのかと呆れ笑う人といったようなたくさんの笑いに包まれているのは、たいへん感謝である。
今の気持ちを表わすとこんな心境か。
わがブログ ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも
解釈については、各自の判断にお任せするが、もしこの句の重厚な意味に気がついた読者がいた場合はワタシ宛連絡を欲しい。
ほとんどを百人一首から拝借したが、重厚な意味についてはワタシもよくわかっていないのだ。
しかし、ブログの更新の督促を受けるとは、とうとうワタシも流行作家か人気漫画家の仲間入りかと思ったが、よくよく考えるとこのブログは秘密の日記をこっそり公開しているだけであり、書くことに締切もルールもなく、ワタシには計画も計算も熟慮も収入もワイフもない。
適当極まりないのに、いろいろと読んでいただける方々がいらっしゃることについては感謝の極みである。
ここまで適当といっている割にはいろいろと悩んで時間をかけて書いているのは、文章の水準を少しでもあげようと考えているからであり、ワタシに降りかかる数々の事件を世にしらしめたいためであり、更に電車やバス、タクシーの移動時間、仕事中の休憩時間にちょこちょことわずかずつ更新していることも原因である。
その上にこの数ヶ月はブログの更新のために、会議中の睡眠時間や仕事におけるワタシの作業範囲を大幅に減らす努力までしていた。
弁解になるがワタシも常によい状態でブログを書いているわけではない。
仕事がなくてもひとり分の家事はしなくてはいけないし、人間関係のトラブルも多い。
そうでなくても上司には始終注意されているし、部下にもしょっちゅう迷惑をかけている。
もっといえば頭の調子が悪い場合も、パソコンの調子が悪い場合も、掃除機や洗濯機の調子が悪い場合もあるのだ。
さらにここさいきんでは、ファンであるライオンズの調子も悪いことこの上ない。
これだけの逆境の中でこつこつとブログを更新することの困難さについては、表現する言葉も見つからない。
このブログを読む場合はそのあたりのワタシの困難さを理解した上で読んで欲しいモノである。
ブログを更新しなかった1週間に、なにをしていたかといえば・・・。
ワタシはいろいろな誘惑や試練に立ち向かっていた。
①眠い、②腹が減った、③酒を飲みたいという人間の三大欲求に加えて、飲み歩くのに忙しくておちおち病気もしていられる状況になく、スポーツもサッカーはシーズン終盤で盛り上がっているし、野球はセパ交流戦やら、大リーグやら好カードが続いているし、神経も高ぶっていた。
このような緊張状態で、正確かつ理性ある文章を書き記すことは不可能に近い。
ワタシは熟慮に熟慮を重ねて、ブログの更新を泣く泣く取りやめていた。
それでなくてもワタシは普段から軽率な人間と思われている。
この精神状態で適当な文章を書き記すことは、更に評判を落とすことは間違いない。
ワタシは付き合いが長ければ長いほど、人格に問題がある、大酒飲みだ、仕事をしないと評判が悪くなる傾向にある。
本来のワタシはかなり慎重なのだ。
ランチをひとつとっても、生姜焼きにするか、うな重にするか、ハンバーグセットにするかだけでも熟慮に熟慮を重ねている。
優柔不断を極めていると言ってもよい。
結果としてブログの更新を取りやめていたのも、ブログを書くか、酒を飲むか、仕事をするか、寝るかと言った様々な問題を熟慮していた結果、先週は役員に2度、社長に1度、呑みに誘われて、更に1回は自ら呑みに行き、最後は自然と深い眠りについていたからである。
本格的に仕事に余裕ができてしまい、する仕事がなくなったために夜は早々に呑みに行くという負のスパイラルに入ってしまっていたのだった。
そのおかげで1週間更新が滞ったのだが、読んでいただければわかるのだが1週間、更新を控えても文章の水準が高くなったともいえないし、心身がリフレッシュされたからといって書く内容がリフレッシュされるわけでもない。
今までどおりの文章である。
崇高な主張も教訓も、生きるための知恵も、腹を抱えるほどの笑いも期待できない可能性が高い。
というわけで、一部の読者から、ご心配と更新の督促とをいただいたが、またワタシの近況をちょこちょことご報告していきたいと思っているので、今後とも文句を言わずにお付き合いいただけると幸いである。
慎重な命名
施設の名称に対するネーミングライツ、命名権の売買をよく目にするようになった。
一定期間、施設の名称にスポンサー企業の名前や商品名を冠することで、スポンサー企業は宣伝に使用し、施設のオーナーはお金を手にする訳だ。
プロ野球のホームスタジアムでは、すでに半数近くが採用している。
試合結果と合わせて、TVや新聞に毎日のように球場名がでることは、知名度の向上に絶大な効果があるらしい。
しかし、名は体を表すはずが、いまの球場名は正直どこにあるのか、どの球団のホームスタジアムなのか非常にわかりづらい。
ネーミングといいつつ、わかりづらいことったらありゃしめい。
・・・。
いまや「しめい」や「なまえ」とつくものには、お金がついて回るようになった。
戒名を自動でつくる住職向けのパソコンソフトさえあるし、キャバクラの指名料も、ピアニストの生演奏も、有料である。
それほど重要なモノだ。
人の名前は、人生を左右しかねない。
場合によっては出席番号が変わったりして、名前が人の出会いさえ変えてしまう可能性がある。
話は変わるが、ワタシはふたり兄弟である。
ワタシの父は、兄の名前を付ける際には考えに考え抜いて命名した。
誕生から役所へ届けでる期限である2週間、目一杯考えたという。
結果として命名された兄の名前は「英雄」と書いて「ひでお」だ。
今になってみると、英雄(エイユウ)というにはちょっと頼りない。
この世の悪を倒すというよりも、自分自身のアクが抜けていない。
そのうえアカ抜けてもいない。
さらにはauではなく、DOCOMOを愛用している。
残念ながらいまだ英雄(エイユウ)には遠い存在である。
対して「ワタシの名前は?」といわれると、産まれた翌日に命名された。
兄とワタシは、歳が2年と2ヶ月しか離れていない。
兄との感動の初対面は、自宅のベビーベッドの中だった。
兄は、それまで赤ちゃんという物体を一つしか見たことがなかった。
社宅の上階に、ゼロ歳児がいたらしいが、彼が唯一の赤ちゃんという物体と兄の接点だった。
ワタシの本名は伏せておきたいので、仮にその赤ちゃんを「ガッチャン」としておく。
始めてワタシを見た兄は、ワタシを呼んだ。
「ガッチャン」
両親もそれはそれはびっくりしたらしい。
しかし、英雄であるワタシの兄は止まらなかった。
「ガッチャン! ガッチャン!」
笑顔でワタシを「ガッチャン」と呼びつづけた。
ベビーベッドにいる物体は、見たことがある。
それは「ガッチャン」と呼ばれていた。
この物体もベビーベッドにいる。
そうなればこいつも「ガッチャン」に違いない。
ワタシの兄はそう思ったのだろう。
かくしてワタシは、一生を左右する重要な名前を、初対面の兄からいきなり授かり、さらに物事を深く考えない両親により、漢字までも上階の「ガッチャン」と同じ文字をあてられて命名されたのであった。
当時の兄がワタシ以外の赤ちゃんと出会わなかったのは、不幸中の幸いである。
さもなくば近所中のワタシの同級生が、大挙して「ガッチャン」になるところであった。
締め切りの恐怖
ワタシの会社は3月末決算だが、年度末作業はたいてい5月までおこなっている。
ルーズな会社である。
この年度末作業というヤツは妙に面倒くさい。
今年も例年に漏れず、作業が山ほどあって閉口した。
なぜかというと年度末のプロジェクトメンバー評価の締切りやら、月末の報告書の締切りやら、『スパイダーマン3』や『パイレーツ オブ カリビアン ワールド・エンド』の封切りやら、イベントが多すぎた。
プロジェクトメンバー評価は、実は3ヶ月以上前にメールで送られてきていた。
メンバー一人につき、リーダーに一つメールが送付されるようになっていて、メールには要員管理のデータベースへのショートカットが付いている。
ひとりひとりデータベースを開いて、評価を20項目と評価コメントなどを入力するのだが、期中で契約が終了して止めていったり、異動になったメンバーも含まれているのでかなりの量になる。
しかしワタシも手をこまねいていたわけではない。
対応せずに済む方法としてどうするかを考え、まずはメール文書を削除して、メールの存在を忘れるように努力した。
ところが、削除したメールが先月初旬に再び管理本部から送付されてきた。
なぜなくなっては困るようなモノは直ぐになくなるにも関わらず、なくなって欲しいモノはこうやってなんども思い出させられてしまうのか。
管理本部の女性には恨みはないのだが、評価をするにもかなりの手順を必要とするので実際対応するのは非常に疲れるのだ。
まず作業は、評価メールをひとつずつ開いては、誰宛のメールなのかをチェックすることから始まる。
重要なのは、メールの宛先がワタシ以外のモノが紛れ込んでいないかというチェックなのだが、たいていの場合、ワタシに送られてきたメールはほぼ100%ワタシ宛のメールである。
全員分が終わった頃にはひと仕事終えた気になるが、そうやってまずは今からワタシがメンバーの評価をするという重要な作業に入ることを自分自身に意識づけていくのだ。
この作業の合間に、昼休みが始まったり、就業時間の終了チャイムが鳴ったり、はたまた眠くなったり、おなかが減ったりすると、中断することになり、次回はまた最初からやり直しになってしまう。
すると作業を始めるまでに再度精神集中が必要になり、余計な時間を必要としてしまう。
実際、今日の作業も取り掛かるまでに3時間以上の休憩と、1時間近い雑談と、お茶をペットボトルで2本必要とした。
邪魔が入りそうだなぁと思うと邪魔が入るものなのだ。
残念なことである。
更にそのような邪魔に限って、直ぐに終わってしまう用事が多い。
ますます残念なことである。
だいたい評価の内容自体が問題である。
例にあげると、「勤怠について」という項目がある。
ワタシのメンバーの中で自慢するわけではないが、勤怠が一番悪いのはワタシである。
"風林火山"の旗印の下、帰宅するのは早きこと風の如し、仕事中は気配を消して静かなること林の如し、居酒屋を次々を侵略すること火の如し、仕事中動かざること山の如し。
以上をモットーとしているため、遅刻はしても、帰宅も早いのだ。
同僚の中で一番遅くきて早く帰るのに、同僚の勤怠など気にしたこともない。
技術者はお客様が必要としたときにいればよいのだ。
また、「将来性について」という項目もある。
同僚の将来性といわれても、ワタシも困る。
同僚はほとんど男性で半分は既婚者だ。
そういう意味では将来ワタシと結婚する確率はゼロに近い。
しかも長生きするかと言われると、タバコを吸ったり、ワイフに虐げられていたり、あげくはリーダーのワタシと毎晩深酒をしているのだ。
長生きしそうにもない。
メンバーの将来は悲観的である。
このような評価項目を20個近くもひとりひとり5段階で評価するのだ。
5段階評価というのがまた曲者である。
10人も評価したところで、最初の一人の評価がちょっと甘すぎたようにも辛すぎたようにも思い始める。
開いてみるとどうも1人目から10人目の間にワタシの評価の基準がぶれてしまったように感じてくる。
「協調性」の項目について、夜ワタシの誘いを断らないから"5"にしていたはずが、誘いは断らなかったが、2件目を断った場合や追加オーダーを頼まなかった場合などの場面が出始めると、だんだんと基準が変わってきてしまうのだ。
そうなると泥沼である。
サイコロや、コイントスを頼りたくなるが、なにぶん5段階というのがネックだ。
サイコロは6面あるし、コインは裏表しかない。
また仕事中にサイコロを転がしていると、遊んでいると勘違いされる可能性がある。
仕方ナシでもなんとかサイコロも"6"がでたら、再度振りなおすなどのルールを決めて平等性を保ちつつ、全員を評価していく。
このような作業を40人分近くもこなしていくのだ。
疲れるのもあたりまえだ。
しかし、ここまで苦労して登録したこの重要な人事データは何かの役に立つのかというと、メンバーの異動の際には、受入先プロジェクトと元のプロジェクトのリーダー間での口頭での評価コメントが一番適切だったりするのである。
中年女性のバランスに学ぶ
朝はあんなに晴れていたのにもの凄い雷雨だ。
昼過ぎに一天にわかにかき曇り、とたんに大粒の雨が降り始めた。
雷まで鳴っている。
雨に濡れた駅のコンコースはかなり危険だ。
濡れた大理石の上では革靴はまったくと言ってよいほど役に立たない。
しっかりと足の指で大地を掴んで踏ん張ることができないのだ。
普段からそんな歩き方などしていないのに、雨に濡れた大理石を革靴で歩くような危険を冒すときだけそのような歩き方を要求されても、できる訳もない。
今の世の中で踏ん張る場面と言えば、和式便器か土俵際か、雨に濡れた大理石を革靴で歩くときぐらいしかない。
和式便器は最近では探す方が難しいし、一般人では土俵際で踏ん張る場面を作るのも難しい。
結果として今日のように濡れた大理石を革靴で歩くことが数少ない踏ん張りどころになる。
更にこんな日に限って封筒を抱えていたりする。
片手に傘を持ち、もう一方の手では封筒を抱えて濡れた大理石をソロリソロリとバランスをとりながら歩いている。
かなり不格好だ。
バランスをとっているのに見た目のバランスが悪いとはおかしな話しである。
姿勢も恰好もよくバランスをとる方法があるならば、ぜひ教えてもらいたい。
そうこう考えていると、かたわらを無人の自転車がサァーっと滑っていった。
これだけ滑るのはスキーか、受験か、ワタシの口かといったくらいの滑りっぷりだ。
タイヤが空転しているので、最近はやりの乗り方なのか、はたまた新しい遊びなのかと思ったら、自転車の後ろに女子高生が倒れていた。
傘をさして自転車に乗っていたら、濡れた大理石で自転車のタイヤが滑ったらしい。
濡れた大理石は、革靴だけではなく自転車のゴムタイヤでも踏ん張れないのだ。
なんとか起きあがってスカートの泥をはらっているが、膝には少し血が滲んでいる。
すると近くをスタスタ歩いていた中年女性がすぐさま「大丈夫?」と声をかけた。
「大丈夫?」と聞かれ、ダメだと答える人も珍しいが、女子高生も多分に漏れず、「大丈夫です」と答えている。
(ちなみにワタシは上司に「大丈夫?」と聞かれると、必ず「かなりダメです」と答えるようにしている珍しいタイプだ)
どう見ても大丈夫ではないが、恥ずかしさもあるのだろう。
そうこうしているうちに通りがかりのこれまた別の中年女性が倒れた自転車を立てて女子高生のところまで押してきた。
女子高生は恐縮しながら自転車を受け取っている。
中年女性はこういうときに直ぐに手を出せるところがすばらしい。
ワタシは、と言うと傍らでつっ立っていた。
女子高生に手を貸すべきだったが、日ごろから身体と栄養のバランスをとるのに精一杯なのだ。
今日は更に両手両足が塞がっており、文字どおり手も足もでなかった。
ワタシとて、こういうときにさっと手を差し伸べられるダンディなオトコに憧れている。
ただ、両手さえ塞がっていなければ、とがっかりしたが、やはりこういうときに役に立つのは中年女性である。
さっと手を出して、自然体でフォローし、さっと去っていく。
このような中年女性のおおらかさ、図太さ、更には腰の太さと男らしさは、賞賛に値する。
濡れた大理石の上だろうが、混雑したレストランだろうが、バーゲンセールの殺気立った売り場だろうが、どっしり構えて、しっかり安定し、がっつり戦えるのは中年女性だけである。
そういう意味でのバランスの取り方は、中年女性が一番だろう。
太っ腹な性格は太っ腹な体型にしか宿らないのだ。
ここ最近では、ワタシもだんだんと太っ腹な体型になっているので、バランスのいいダンディなオジサマになるかといえばそれは難しい。
中年女性とは精神力が決定的に違う。
本来、中年女性には、悩むような事柄が多いはずだ。
若い頃から比べると容姿も衰え、将来にも期待できず、家族にも期待できない上にダイエットも効果がない。
しかし、中年女性はこのような試練に対しても、悩むのではなく笑い飛ばすだけの余裕がある。
中年女性の余裕などは、ワタシにはとても持つことができない。
一緒にいる中年女性に余裕があればあるほど、ワタシはとても不安な気持ちになっていく。
同僚のワイフといるワタシをみてもらえば一目瞭然だ。
安定感のある同僚のワイフと比べて、落ち着きのなくそわそわしているワタシを目にするだろう。
どっしりとバランスがよい同僚のワイフの横にワタシがいる映像は、ヤクザの事務所に気の弱いラーメン屋が出前を運んできたような感じになる。
とてもバランスがよいとはいえない。
やはり中年女性は、生き方でも歩き方でも落ち着きがありバランスがとれていると言える。
スタイルも重心が低くて安定しており、座りがいい。
話にオチがないところを除けば、バランスのよさと落ち着きは、中年女性が最高だと言えよう。
自転車を押して怪我をしたであろう足をかばいながら歩く女子高生を見ながら、どうしてこのような可憐な女子高生が中年女性のような地上最強の生物に変身するのか不思議に思ったが、考えてみると不思議でもない。
中年女性はオトコとの戦いに勝ち、子育てに成功し、ダイエットに失敗し、食べ過ぎ、呑みすぎ、太りすぎ、あらゆる困難に向き合い、そしてその修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
ワタシにはとても太刀打ちできない。
願わくばこの中年女性のバランスの取り方について、濡れた大理石の上を歩く方法くらいはきちんと学んでおきたい、と強く思いながら傘とビショビショの紙袋を手に、ヨタヨタとバランスを取りながら帰宅した。
被害者の会(その2)
これほど私生活を犠牲にしてまで滅私奉公したメンバーに対してワイフがその苦労を賞賛するのも理解に難しくない。
そう考えていると、解散会で隣に座ったメンバーに言われた。
「解散するのはいいんだけど、まだしばらく何人か残るよね」
そうなのだ。
5名くらいはまだ残作業があり、夏の終わりまで継続して残らなければならない。
「そうだねぇ。まぁ少数になってトラブルが起きても困るから、何もないことを祈ろうよ」
「仕事はともかくさ、ほら、例のアレ、毎晩のリーダーの飲みの付合い。人数減ったらどうなるの」
よいことを聞いてくれた。
ワタシもそれが心配だった。
「リーダーのワタシもがんばるから交代、交代で頑張ろうね」
「違うよ、がんばるなよ。解散でワイフが喜んでるのは、旦那の夜の残業が減るからだよ。だから残る我々は『被害者の会』を結成する。人数が減ると、リーダーの残業には付合いきれないよ」
…由々しき問題である。
ただ 、ワタシこそ解散の最大の被害者だ。
「わかった。会長にはワタシが就任する。抜けていくメンバーにも公平に夜の当番を回すよう訴えよう」
ワイフの皆様、喜ぶのは早いですぞ。
被害者の会
正確にはまだ解散していないが、一説によると徐々に要員が減りつつある中、最後に残ると送別会が開催できないことに気がついたリーダーが、前倒しで飲み会を開催したらしい。
しかし、この説については、リーダーのワタシが黙して語らないため憶測の域をでない。
2001年にワタシが一人だけ参加して立ち上がったプロジェクトだったが、ピーク時の40名近い体制から丸6年経過したことになる。
紆余曲折もあり、なかなか楽しかったのだが、いざ終わるとなると一抹の寂しさもある。
しかし、一流のバンドだって、国会だって解散することがあるのだ。
現にビートルズは人気絶頂の中で解散した。
我々のチームも惜しまれるうちに解散する方がよい。
気になることと言えば、誰も惜しんでいるようには見受けられないことぐらいか。
しかし、ありがたいことに解散にあたり、幾人かのメンバーのワイフから祝福の声があがっているらしい。
きっと長期間に渡るプロジェクトの解散について、夫への感謝とリーダーのワタシへの賞賛の声だろう。
6年もの間、活動してきたのだから、参画メンバーは述べ150人にはのぼる。
リーダーを始めて経験したワタシの元で一緒にやってもらったメンバーは、例外なく気持ちのいい人ばかりだった。(続く)
昔の日記もくだらなかった
社内でヒマに飽かして過去のメールを整理していたら、昔の日記を発見した。
徹夜で仕事をした際に不定期で書いていた記録である。
日付は1998年7月20日7時で徹夜明けに同期にあてて送付したメールだ。
あまりにくだらなかったので転載してみる。(一部修正した)
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ご無沙汰してます。元気ですか?
ぼくはあいかわらず、会社、会社、家、会社と会社と家の往復だけの平凡な毎日を送っています。
それよりぼくは、お客様の指名により、プロジェクト内に新しくできるグループへ異動になりそうです。
早ければ10月からです。まだオフレコらしい割にはプロジェクトはみんな知っているのですがなぜなのでしょう?
それは、今日もこうしてさんざんプロジェクトのため、滅私奉公しているというのに、夏休みをとれないまま10月から1月までしか開発期間がないくそ忙しい新規PJTへの参画を表しています。
まだ担当レベルの話で契約までいっていないらしいので、不確定ですが。
どういうこっちゃって感じです。
腹がたったので、ストレス発散のために昨日の朝1:00頃、会社帰りに知り合いの女の子が働いているスナックへ行きました。
(行動の親爺化が進んできている気がする)
そうしたらもてもてだったのですが、それよりも朝方店内でやくざ同士がテレビにでてくるような喧嘩を始めたので面白かったです。
まず、水野ハルオ似の丸顔、口髭やくざ(推定36)が、自分の席についた店の女の子(23)が歌っているカラオケについて、隣のテーブルの全然関係ない若い衆(18,9くらいのが3人)がうるさくて聞いていないことに立腹しました。
歌っている最中に突然、ハルオ兄貴が隣のテーブルに「てめえらうるせえ!」と一喝したのです。
すると以外にも隣のテーブルの兄貴分は丁寧に謝罪しました。
ちんぴら風だけど少しおちつきのある見た目2枚目崩れの遊び人の男(推定31)が、「うちの若い衆に失礼があったら謝ります」と丁重に謝ったのです。
ここで終わりにしておけばよかったのに、ハルオ兄貴はちょっといいところを見せようと欲張っちゃいました。
ハルオ兄貴はいい気になって「てめえらなーどこんやつらだ,こら!」と相手の若い衆の胸ぐら捕まえて立たせようとしちゃったのです。
さすがに2枚目崩れの兄貴も黙っていませんでした。
「すみませんが、あんまりそういう態度だとうちも山口組直系の傘下ですから、でるとこにでてもらうことになりますが・・・」と低い声でたしなめたのです。(ぼくは隣のテーブルで聞いていてほんまかいなって感じでしたが)
やっぱりハルオ兄貴はぶちきれましたよ。
「山口がなんだーここらはわしらのなわばりじゃい!」って吼えまくりました。
すると店の女の子とママがたしなめて、ハルオ兄貴の舎弟3人(推定16,推定19,推定28)があわててハルオ兄貴を押さえにはいりました。
でもその行為でハルオ兄貴は更にキレちゃいました。
店のテーブルを蹴り倒したハルオ兄貴に今度はママがぶちきれました。
「あんた!でていきなよ!いい年して迷惑かけんじゃないわよ!」と志摩姉さんばりに怒鳴ったのです。
ハルオ兄貴はそこでも「いい気になってんじゃねえぞ!このぼけ!」と捨てぜりふの残して中指を立て、店を出ていくときに入り口の1枚ガラスの大きなドアをけっ飛ばしました。
ピシッ
ガラスにひびが入った瞬間、とうとう2枚目崩れの兄さんがぶち切れました。
そして流れるような動きで(ここで初めてプロのやくざのすごさをしった)そばにあった開封していない焼酎のボトルの首を持ち、壁に軽く叩きつけてひびをいれてから、そのままためらい無くそのビンをハルオ兄貴の頭に振り下ろしました。
ガシャーン!!!!!!!!!!!!!!
ハルオ兄貴大出血!
修羅場かっと沸き立った店内(ぼくともうひとり男の客がいてあとは女の子が10人くらい)だったが、そこを慌てて互いの舎弟がそれぞれの兄貴を押さえました。
ハルオ兄貴は大暴れで・・・。
ハルオ兄貴が暴れたおかげで家具は壊れるわ、血は飛び散るわで、マスターがあわてて警察へ電話して、ぼくはその間に知り合いの女の子に会計をしてもらい(ほとんどただにしてもらってボトルキープでさらにボトルを1本おまけしてもらっちゃった)、店をでてきました。
その後ハルオ兄貴は、「おれは被害者だ!店の器物破損はママと示談した!なんか文句有るかこのやろう」と国家権力にまで反抗していました。頭からはだらだら血がでて、ハルオ兄貴のダークグリーンのTシャツは、まだらで迷彩服状態でした。
2枚目崩れのお兄さんは店の女の子の計らいというか取りなしで裏口から帰りましたが、修羅場をくぐっている奴は違うなとつくづく思いました。
ぼくは下っ端やくざの喧嘩を生で見たのは初めてだったのでわくわくしちゃいました。
結局そのケンカはぼくが2枚目崩れのお兄さんに軍パイをあげました。そしてぼくは疲れたので4時頃帰って寝ました。
そんな平凡な一日でした。
なんか刺激が欲しい毎日です。
おわり。