今日は母の日だったかな。
薔薇が咲き誇る良い季節だ。
といっても、ここは我が家の庭ではありませんけれどもね。
ご近所にこういう「薔薇ガーデン」があるのも「我が人生の幸運」のうちに入れてもいいだろう。
この時期はとてもそう思う。
この時期だけ、っていうのも身勝手ですが。
まあこだわらないコダワラナイ。
一昨日には会社員時代の同僚たちとの「不定期交流会」で明治神宮へと。
歩いた後の飲み放題ランチがメインというのが実態ですけれども。
大げさに言うと、神宮には日本人と同じぐらいの数の外国人の姿があった。
「都会の中の森」のような所になっていますからね、人気も当然でしょう。
母の日が迫るこの日も穏やかな良い天気に恵まれた。
8人の中には、記憶力がやや減退していたり、どう見ても歩き方がジジイそのものでしょうという人がいたり、飲み過ぎと言えるほど時間が経っていないのに体調がおかしくなる人がいたりと、
時間の経過から逃れられない人ばかりだった。
もちろん、自分もその中の一人ですけれども。
最近、他人の名前が直ぐ出てこないんだよなあ
というのが口癖のようになってしまっている……。
ま、そんなこんなの「母の日」間近の一日だった。
そういえば自分たちが結婚式を挙げたのも母の日だった。
1973年5月13日。
この日にちはこれからも記憶から拭われることはないだろう。
53年前も一昨日の散策の日と同じような晴れた穏やかな日だった。目白の椿山荘。
あれから53年か……。
53年のうち、実際には……
と数を数えたりしてしまう。
色々なことが蘇ってくるが、胸の外にそれが漏れてしまうようなことはこれからもあまり起こらないだろう。
そうだった
と、たとえ一部でも、思い返してくれる人はどんどん少なくなってきましたからね。
それに二人にしか分からないことだらけですしね。
自分の中だけで反芻されているような記憶は、年輪に飾られていくことも仕方ないだろう。
装飾されているばかりの思い出は、
もし仮に、いつか、どこかで
再びかみさんと話が出来る機会に恵まれたら、
そうではなくてね
と、訂正されてしまうだろう。
そんな過程があったとしても、
「もし仮に」の機会が起こって欲しい。
洗濯物がなびいているような、こんな当たり前の風景の中でも。
もし仮に、があったなら、お互いは照れたような笑みをまずは浮かべるのだろうか。






















































