右ひざの裏の筋肉痛は劇的に治っているわけではない。

 

相変わらずソファーから立ち上がるときとか、信号で止まっていて歩き始めるときとか、

 

何かの拍子に痛かったりして動きが不自然になるのが分かる。

 

それでも幾分かは楽になりつつあるかな。

 

歳をとるのもなかなか大変であると(多分初めて)実感しているのである。

 

そうなのではあるが、家でじっとしていると体力が減退していることも分かってしまうので、

 

まあ、その辺りでも歩いておくかと特段の用事ではないが出てみることにした。

お隣の榴岡神社の梅も真っ盛りであった。

 

そのまま仙台駅の向こう側まで歩いていく。

 

途中には

 

早咲きの桜だろう、青空を従えるように我が世の春を満喫していた。

 

やっぱり目的がなくたって外に出てみなくちゃ、ね。

街路樹だって控えめに春を迎えていた。

 

ま、昨日は

この本↑を読み終えたので「次」を探しにBook Offまで行こうと思ったのである。

 

山本兼一は旧友・Mクンのお薦めもあって「弾正の鷹」をすでに読み終えているのだが、

 

個人的にはこちらの直木賞受賞作のほうがはるかに面白いというか胸に響くものがあった。

 

利休を巡る人々それぞれの人となり、立ち居振る舞い、個性が際立っていて引き込まれた。

 

ある時点から過去へ過去へと遡っていく構成も、

 

事件、事態を振り返ってみれば

 

という観点が鮮やかに浮き上がってくる。

 

その力に驚かされた。

 

別の山本兼一でも…と出かけたのだが結局は見つからず

買ってきたのはこれ↑だった。

 

帯にもあるが、葉室麟も「蜩ノ記」は最近読み終えている。

 

「外れ」はないだろう。昨日1/4ほどを読み終えたが、

 

物語、事件の展開に多少「現代から見た時代劇」のような、ドラマ性を盛り上げようとする志向を感じさせられるような気もする。

 

だがそれだけに「次はどうなる」の期待を持ちながら読み進めている。

 

しかしまあ仙台のBook Offも時代小説の棚はちょっと物足りないかな。

 

ほかの分野に比べるとあまり人気がないのだろうか。

 

それにしても「利休にたずねよ」は、読み進めている途中でも読み終えてからでも、

 

かみさんが春風に乗って飛んできて、こちらを笑い顔で眺めているような感じがした。

 

利休の話なので「お茶」「茶道」の細かい描写があれやこれやと出てくる。

 

かみさんは子どものころからお茶をやっていて、自分では自慢するようなことはひとつも言ったりひけらかすようなことはなかったけれども、

 

先生からはよく褒められた。

 

そう母親から聞いたことがある。

 

声もかけられることが多かったようだ。

 

こっちは「お茶」とは無縁で、かみさんの言うことのほとんどは分からなかったし関心も持たなかったが、

 

「利休にたずねよ」の中に出てくる様々な描写は、もしかみさんが読んだならば「絵」として浮かぶに違いないだろう。

 

利休の「美」に対する考え方、表現の仕方、工夫などははっきり絵として浮かんできて、

 

ワクワクするような気持で読み進めることだろう。

 

ああ、今、かみさんにこの物語を読んでもらえたら……

 

きっと自分は小説の中に出てくる様々なことどもをかみさんに問いかけるだろう。

 

どんな答えが返ってこようとも、

 

なるほどね

 

そういうものなのだね

 

と、自分は感心するだろう。納得するだろう。

 

「利休にたずねよ」はもっと深い物語として自分の中に安住するだろう。

かみさんとの暮らしの一片も含まれているこちらの壁側をぼんやり眺めて、そんな風に思った

 

 

 

花粉症の時期は今がピークということになるらしい。

 

それもあって、ここのところはなるべく家に引きこもりを決め込んでいる。

 

去年までの数年はだいぶ楽になってきた感じはあったのだけれど、今年はそれ以前に引き戻されたようだ。

 

なかなかうまくは行かないものだ。

 

さて、そうはいっても

定番ランチはきれいに消化しておきたい。

 

家から数百メートルのうなぎ屋さんはごくご近所だし、仙台に来たら最低1回、できればそれ以上行きたい。

 

今回も「極上うな重」はまだ2,900円也だった。

 

この値段、来るたびに「もう値上がりしているかもなあ」と思いながら行くのだが、頑張ってくれている。

 

川越も鰻で有名な地なのだが、有名店では軽くこの2倍の値段だろう。

 

この店は安くてうまい。

 

仙台での疑似二拠点生活中には1回とは言わず、複数回…といつも思うのだが、

 

年金生活者にとってのランチにしては「お高い」部類に入ってしまうので、なかなかそうもいかない。

 

さて、そんな普通の暮らしがプラスマイナス含めて続いているのだが、

 

そういえば

 

という「身近案件」が最近起きた。

 

それは「歳をとったなあ」と身にしみて感じることって、一日二日のうちに身に染みて実感することって、これまで実際にはあったかどうか…?

 

ということの「答え」が出た、ということである。

 

これまで、一日とか二日のうちに「こんなにも歳をとってしまったのか」と気づくのはなかったような気がする。

 

いつの間にか

 

というのが実感に近かったし、時の流れに毎日気づくということのほうが難しい。

 

昨日よりこれだけ時間が進んだので、その分、歳をとってしまった

 

とはなかなか気づきにくい。

 

あれ? いつの間にかこんな風に… 

 

が圧倒的に多いのである。

昨日、これ↑を引き出しから引っ張り出し箱を開けて2枚取り出した。

 

実に久しぶりである。

 

昔、草野球をやっていたころには常備薬に近かったが、果たして今あるのかどうか引き出しを探してみるまではっきりとは分からなかった。

 

数年前、勤務先の健康保険組合で市販薬の「まとめて販売」で購入したものだろう。

 

市価よりかなりお安くなるのでね、風邪薬とか胃薬とか目薬なんかと一緒に買っておいたのだろう。

 

使用期限は2026.02と刷ってあった。

 

こういうのって、有効期限はどれぐらいになるのだろう。

 

箱は開けられてはいなかったから、買っただけで「使ってみよう」とはこれまで思ったことがなかったということ。

 

もう筋肉痛とは無縁の生活が長くなりましたからね。

 

「草野球時代」はピッチャーをやっていたので、投げた次の次の日あたりから特に右肩の後ろ部分が激しい筋肉痛に襲われた。

 

それはもう慣れっこに近かったが、そして時間がたてば自然に治ると分かっていたが、少しでも痛みを遠ざけたいと、よくこの手の貼り薬を使っていた。

 

我が家では昔から「サロンパス」と決まっていた。

 

そのサロンパスを背中側、肩の後ろ側にかみさんに貼ってもらっていた。

 

自分だとうまく狙いを定めて正しい場所に貼りづらかったのでね。

 

もちろん、言わなかったが、かみさんへの甘えもいくらかは混じっていたのだと思う。

 

試合に勝ったとき、好投したときには、その自慢話も織り込まれていたと思う。

 

時どき、かみさんはふざけるように「ここ?」と強く押したりして

 

そのたびに痛がって声を出しては体をひねる自分の反応を面白がっていた。

 

・・・いやいや、そんな昔話ではなかった。

 

今回、貼ったのは右足の膝の裏側。

 

ここのところ、どこがどうとははっきり分からないのだが、どうも体調が万全ではない。

 

花粉症の影響もあると思うのだが、それだけでなく体の節々がきしむような違和感がある。

 

別に寝込むような気持にはならないし、どこかが激しく痛んで・・・というようなこともないのだが、

 

つい昨日、一昨日あたりから、はっきり膝の後ろ側の筋肉痛を感じるようになった。

 

ベッドから起き上がる、ソファーから立ち上がる時にも、力が入るのだろう膝の後ろの筋肉が痛い。

 

なぜ?

 

そんなに激しい運動したこともないし、普通に暮らしているだけである。

 

・・・と考えたとき、そういえば数日前の3日間は「せっかくの仙台生活だから」

 

と往復2時間ほどをかけて映画にも行ったし、連日歩き回った。

 

しかし、これまでで一番歩いたということもないし、もっと長い距離もこれまで何度も歩いている。

 

歩き終わってから足が痛くなってきて…ということもなかった。

 

それなのにどうしてこんなに膝の裏側が……。

 

と、ここまできたときに

 

ああ、これが歳をとるということなのだ

 

老人化現象のひとつなのだ

 

と心に浮かぶものがあった。

 

父親が家の庭で倒れて起き上がれなくなり、それを見つけるまでそこでバタバタしていた

 

という「事件」が昔あった。

 

それは内臓が悪くて、ということではなく、単に筋肉が弱って体を起こす力が不足するようになっていただけのことだったが、

 

あれから父親はめっきり歳を取り徐々に徐々に弱っていった。

 

庭の飛石の間に挟まっているように倒れていた父親…

 

あの時はいくつだったのだろう。

 

80歳は超えていたような気がするが、そのあたりの記憶も曖昧だ。


ぽつんと映像だけは浮かぶが。

 

今の自分と十歳とは違わないだろう。

 

あの時、笑って(も)いるように見えた父親だったが、何を感じ何を思っていたのだろう。

 

気づく、ということはいつまでも続いてほしい気がするが、

 

何に、

 

を考えると、気づかないこともあってもいいのかもしれない。

 

 

 

   仙台に来てからも時間だけは順調に過ぎていく。

 

疑似、なのであるから二拠点生活(の真似事)をしていても、これといった違いはない。

 

ただし、

目の前の榴岡公園↑にもまだ春は本格的にやってきてはいないようである。

 

お花見の準備もこれからか。

 

今回はここが人でいっぱいになる日を待つが。

 

ここ2,3日花粉症症状が顕著に表れている。くしゃみ鼻水に悩まされる。

 

今日は一日家でじっとしているほうがよさそうだ。

昨日は、5,6か所は予定しているランチ定番店のなかの一か所であるお寿司を食べに出かけて、

 

まあどちらが「ついで」かは分からないが、Book Offで

本も買ってきた。

 

丸一日がそう、と言ってもいい自由時間を消費する手立ては準備しておかなければいけませんからね。

 

昨日、今日と「セリしゃぶ」も続ける予定ですしね。

 

こちらならではのセリも朝市で購入済み。

 

当たり前の生活も、食事に関しては 仙台 > 川越 なのである。

 

しかし、花粉症からだけは逃げられないなあ川越でも仙台でも…。

 

気分はファドを流しているのが似合う雰囲気。
 
どこかにちょっと悲しみがふさわしいようなメロディが潜んでいますよね。
 
榴岡公園が桜に満たされる頃にはもっと弾けた心持ちになっているだろう。
 
二拠点生活、花粉症の季節には何も仙台までやってくることはないのかな。
 
いつまで続けられるのかは極めて心もとないが、今の時期の仙台にやってくるのはこれが最後になるのかもしれない。
 
昨日の街なか二時間ほどのお散歩がまだ後を引いている本日は、自宅待機を余儀なくされている。
 
ここ一週間ほどは誰かと会う設定もできるだけ避けておこう。
 
ファドを流しながら本を読み進めるのも悪くはない、
 
と自分に言い聞かせようね、今日は。

 

(最)晩年を過ごす仙台の「普通」というか「日常」の一コマは、

 

自宅でセリしゃぶをビールのおつまみにすることであったりする。

仙台朝市まで行くと、こんな↑立派なセリが売られているのである。

 

最近では川越のスーパーにもセリは並ぶようになったが、これほどまでしっかりした根がついている売り物は滅多にない。

 

滅多に、というより見たことがない。

 

今回も朝市に探しに出かけて、「まだあったか」と早速買ってしまった。

 

身体がすっきりする思いが湧いてくるのは、栄養とか成分がどうのこうのというより多分に心理的、気持ちの持ちようからだろう。

毎日姿を見せてくれる蔵王からも「すっきり系」の気分を感じとれる。

 

ベランダに吹く風が洗濯物をなびかせている。

 

干している最中も干し終わってからも、蔵王に手を振りたくなる。

 

今日も何もやることはないだろうが、頑張れる気持ちが体の、心の一角に湧いてくる。

 

そんな感じかな。

 

昨日はその後50分ほどを歩いてフォーラム仙台まで「マーティ・シュプリーム~世界をつかめ~」を観に行った。

 

チラシやポスターには「本年度アカデミー賞 最有力!」と印刷されている。

 

候補作に選ばれればどの作品も「最有力!」の文字が踊るようになるので、あまりあてには出来ないが。

 

まあ観てみないとそれがどの程度期待されるのかも分からないし、観ておいて損はないだろう。

 

その前にはいつものラーメン屋さんに予定通り到着。

 

そこまでの距離時間を考えての行動である。

 

食事時間も含めて映画には十分間に合うように家を出、歩いていくのだ。

カウンター席の向こうの壁には個性的な書体の額が飾られている。

 

この店に来た当初からあったかな。

 

個性的といっても十分に読める。

(書かれている内容に驚かされることも、感心する唸らせられる、ということもないけれども)

 

まあ落ち着くのかな…。定番からくる安心感みたいなものか。

ここで頼むのは「特製えびラーメン」に決まっている。何ともいえない定番中の定番ですね。

 

自分の中では仙台のラーメンといえば真っ先にこれが浮かぶ。飽きない。一週間で2,3回だったら大丈夫かな。

 

そんなには行かないけれど。

(何せ歩いて40分ほどとだいぶ遠いのでね。映画はむしろラーメンが食べられる時間から逆算して選ぶようにしている)

 

さて、肝心の「マーティ・シュプリーム」だが

他の候補作を知らないのではっきりとしたことは言えないのだが、
 
自分だったら作品賞には選ばないだろう。
 
心が弾むような解放感はなかった。2時間半ほどの長さに飽きてしまうようなことはなかったけれども。
 
主人公の生き方に共鳴するような気持は起きなかった。
 
才能と魅力は別物ですね。
 
上映開始まで並んでいるポスターや映画評の切り抜きなどをぼんやり眺めていたが、
 
フォーラム仙台では今、別のアカデミー賞候補作も上映されているのだった。
 
観ておこうかな、と開始時間を確かめたら16時台だった。こうなると「えびラーメン」とは縁遠くなる。
 
どうしようかな
 
と、ただラーメンが遠くなるだけで足が遠のく気分。
 
正式な映画ファンではなくなってきているのかな。たかがラーメンで…。
 
それもこれも、もう「当たり前」の世界に突入している今日この頃である。
 

 

仙台の部屋はマンション12階なので日当たりがいい。

 

高台にあるし、周囲に日差しを遮る高い建物がないから、東、南、西が開けていて、

 

川越の我が家もそれほど日当たりが悪いわけではないが、

 

こちらの「日が昇って沈むまで」とは比べようもない。

 

これといって特にやることはない、のだが、こちらに来るとどうしても周りの環境に影響されてしまう。

 

まずは朝起きるのがどうしても早くなる。

 

川越だと下手をすると「目を覚ましたら時計は8時を回っている」ことも週のうち何回かはあるのだが、

こちらだと日が昇るころには目が覚めてしまう。

 

今朝も6時ちょっと前だった。

 

日がだんだん高くなって部屋に差し込むと、特に暖房をしなくても普通にテレビを見たり食事をしたり出来るようになる。

 

外の気温はさすがに仙台のほうが低くて寒いのだが、在宅時暖房なしでも過ごせる時間はこちらのほうがはるかに長い。

 

花粉症の症状状況は川越と仙台で大差はないと思うのだが、つい外に出かけたくなる気持ちになってしまうのは、

 

やっぱりこっちのほうかな。

燕三条ネギラーメン↑。

 

 

 

Cさんと行ったワインレストラン「ぶうしょん」↑。

 

我々じじい連合は17:30の開店時間に予約していたのでまだ席に余裕があったが、1時間もすると満席になった。

 

たまにはこういうお洒落感のある店で、居酒屋とは違う料理、つまみでワインというのも気分はちょっと高揚しますね。

 

仙台生活をしていたころから年に何回かは来ているだろう。

信用金庫のすぐ近くにあった街中華屋さんの「半チャンラーメン」。味は薄めに作られていた。

 

もっとパリッとしたチャーハンのほうが個人的には好きだけどもな…。

 

・・・・・・

 

ま、こんな風にふらっと店に入ってしまうのも川越よりはるかに回数が多い。

 

映画も歩いて観に行けるのでずっと気軽だ。

 

昨日は信用金庫の帰りに「木挽町のあだ討ち」を観てきた。

 

原作の小説を読んだのは確かまだ直木賞の前だったような気がする。

 

あの頃はまだBook Offは利用していなかった。

 

面白く仕上がった映画だったが、本を読んだ時のほうが新鮮な面白さを感じていたのではないかな。

 

家そのものの環境ももちろんだが、

 

住んでいる街の様子からにも生活パターンというのは左右される。

 

大したことはなくとも、

 

動きやすい

 

出かけたくなる

 

そういう気持ちが簡単に成就される「住まい方」が自分には合っているのですね。

 

ま、

 

大した努力は必要ない

 

というイージーな暮らし方生き方をずっとしてきた。

 

結局そういうずぼらな性格は直らなかった。

 

ここまでくると、もう許してもらうしか方法はないよね。

 

そんな風な思いがゆるーく頭をよぎったときに浮かんできたのは、

 

呆れたように諦めたようにうっすら微笑んでいるかみさんの横顔だった。

 

仕方がないわね、もう。

 

言っているその顔は

 

相変わらず鼻筋の通った、若い、きれいな輪郭だった。

 

歳をとらないのだろうか。

一昨日の9日に仙台に着いているのだが、その日も昨日もほとんど家にいた。

 

川越を出るときから

 

あれ、、、どこかいつもと違う、、、風邪のひき始めなのかな、、、

 

という「感じ」が強くなってきて、熱はないのだけれど「熱が出てきそうな」感じがずっとしていた。

 

頭の表面がピリッと痛いことが時々あるような…

 

これまでにはあまり経験したことがない…はず。

 

こういうことも歳をとると現れるようになるのかな。

 

体調が万全でない

 

とはこれまであまり感じたリしたことはないのだけれどもね。

 

体調がどうも……

 

という場合には、はっきり風邪とか腰痛、関節痛、筋肉痛とか原因がはっきりしていたのだけれど。

 

まあ漠然と

 

一歩一歩終わりに近づいて行っているのだなあ

 

と気づくような感じもする。

 

ま、そんなことはさておき、

ベランダに出ると、蔵王が迎えてくれている。

 

仙台に来たのだなあ。

榴岡公園の桜はまだだ。今回はここの桜を見てから川越に戻ろう。

 

疑似二拠点生活もこれからそう長くは続けられないかもしれないしね。

 

本日は早速洒落たワインレストランで夕食。5月に一緒にオーストリアに行くCさんと二人だ。

 

ワイン通のCさんにワインの選択は任せられるしね。

 

ここ三、四日は体の節々が痛かったりしたからあまり急には長い距離は歩かないほうがいいかもしれないが、

 

今回こっちに来る目的の一つでもある「信用金庫」での手続きに向かうか。

 

この金庫との「つき合い」をだいぶ以前に始めてしまったのだが、関東には支店がないのでね、不便といえば不便。

 

まあ疑似二拠点生活を続けられているうちは何とかなりますけどね。

 

ついでにどこかでランチでも…。

 

家でじっとしている時間が一日二日、三日…と続いていくと、体がなまるというか筋力が落ちて坂を上ったり下ったりする際に息切れ気味になる。

 

動けるうちが華。

 

花粉症も気になるが、年寄りにとっては「動かないこと」「じっとしていること」「自宅待機」はそれなりの危険信号なのですよね。

 

家を出るだけであれこれプラスマイナスを考えなければならない。

 

歳を取っていくだけでもなかなか大変ですよ。

 

やれやれ、本日は話題そのものが厄介な年寄りそのものだったな。

明日、仙台に行くことにした。

 

行ったからといって相変わらず(←って言葉を最近よく使う)特にやることがないのは川越と同じなのだが。

 

それでも数年ぶりの人、数か月ぶりの人を含めて何人かとは会えるに違いない

 

という期待というか予感というか事の成り行きというか、そういうものがあるのである。

 

前回だったかな、一応それに備えて小さなお土産の類を買っておこうかな・・・

 

と、書いてすぐ自転車に乗って街まで出かけたのである。

 

花粉症対策としては急がねばなりません。

 

最短、を考えたらいつもとは違うルートを選んでいた。

蔵づくりの店が並んでいる通りとは人の数が違う。

 

蔵づくりの通りから一本西側。

 

南から北に向かうこの道、これまでにも通ったことはあるが、10回、いや30回40回で一回通るかどうか…かな。

 

写真左の店は奥のお醬油屋さんが経営しているらしい。ちょっとお高めの醬油を買ったことがあるが、カフェのような店は前からあったかな?

 

この道から一本東の蔵づくり通りに戻ろうとすると

 

 

蔵づくりではないにせよそれなりの風情のお店や、神社やお寺なども並んでいたりするから観光客は飽きないだろう。

 

(観光案内の真似事か)

 

折角なので、という気持ちが湧いてしまうのか、こんな風に自転車を止めてスマホ(カメラ)を構えてしまったりする。

 

花粉症対策をそれほど深刻には考えていない証拠でしょうね。

 

で、今回は

これ↑を用意した。

 

菓子屋横丁でのニッキ飴は定番。それに加えて亀屋栄泉の干菓子を持って行くことにした。

 

ニッキ飴はこれまでにも何回か渡している。

 

その同じ相手に「今回も…」というのがちょっと愛想がないというか能がないというかお洒落でないというか、

 

奮発気味

 

で持って行こうと決断したのである。(←言葉の安易な使い方。一応それでもニッキ飴の2.5倍ほどのお値段だった)

 

まあ会うことのできる人の人数はこの程度のモノだろう。

 

歩いて映画を観に行ける街・仙台

 

というのも何となく心地よいですしね。

 

うなぎ、お寿司、蕎麦、中華、ラーメン、お肴、居酒屋…と考えて行くと、行ったからにはあの店には…

 

と思い浮かぶ数はこちら川越よりも多いかもしれない。

 

ま、敢えて理由を申し述べる必要もないだろうが。

 

疑似二拠点生活も出来るうちが華なのである。

昨日、確定申告書の提出を終えた。

恐らく初めてになるのだろうな、郵送にしたのである。

 

仙台に居た時もそうだったが、毎年税務署まで出向いて提出していた。

 

いや、出向いてといっても別にそこでチェックを受けるわけでもないし、聞いて確認したいこともないので、

 

ただ届けるだけなのだが。

 

何年も前から、何十年と言った方がいいか、税務署まで行くというのも「運動」の一つと考えていたフシがある。

 

それだけ「普段は運動不足気味」と思っていたのでしょうね。

 

最初の頃は、係りの人がざっと書面を見て「ああここの書入れを忘れていますよ」とか日付の確認とかをしてくれたものだが、

 

近ごろはただ受け取るだけ。

 

だから郵送でも全く変わりはないのだ。

 

いやはや、今年も書き込むのに時間がかかってしまった。

 

いや、書き始めて終わるまではせいぜい2時間ぐらいなものだろうから、

 

あれ~ここには何を書き入れるのだったかな?

 

というような簡単な疑問は湧かないのである。

 

毎年、提出した書類の控えがとってありますのでね、書き入れる内容もそれほど変わっていないから、前年の控えを見ればどんどん進む。

 

書いている最中に、あ、去年(まで)とはここが変わったのだな、と気づく。

 

基礎控除の額とか、決まった際には報道もされていたはずだが全然覚えていない。

 

あああ、災害復興のための特別徴収もまだまだ続いている…オレが死ぬまで、死んだ以降も続いて行くんだなあ

 

とは毎年思ったりしている。

 

来年から「控え」の用紙は廃止されるという。

 

控えが必要な人は各自自分でコピーなり何なりしておいてね

 

ということ。これも合理化ということか。別に面倒でも何でもないと思うのだが、

 

余分なことはしません、という税務署側の意向か。

 

紙で提出するのはもうやめてね

 

という狙いも秘められているのだろうなあ。

 

考えてみると、自分はサラリーマンで確定申告の必要がなかった時代から提出書類は書いている。

 

父親が退職後個人事務所を始めたので確定申告の必要があったからだ。

 

毎年、父親に代わって自分が書き込む係となった。

 

父親も歳を重ねて、その辺りの書類書き込みが苦手になっていましたからね。

 

だから確定申告を書く、という作業に関してはベテランの領域なのである。

 

それなのにああそれなのに

 

毎年、ああ面倒くさいの気持ちが前面に湧く。

 

過去には締め切り日に長蛇の列に並んだということもありました。

 

まあ今年も1週間ほど前になってしまったか。

 

源泉徴収の書類とか、わずかばかりの企業年金とか、別々の書類をきちんと分かりやすく保存しておけばいいのだが、

 

失くしてはいないのだけれど、どこに置いておいたか…

 

と探すような事態になったこともないとは言えない。いや2,3度…それ以上?あったのは間違いない。

 

要は普段のきちんとした生活態度が大切、重要なのである。

 

収入も決まりきったものだし、それほど面倒な作業というわけではない。

 

それなのにああそれなのに

 

確定申告 という言葉からくる響きは心地よいものではない。

 

もうそれほど何回も書くこともないでしょうしね、と諦める。

 

さて、終った終わらせたので、ようやく仙台に行くか

 

という気持ちになって来た。

 

1か月ほどの「疑似二拠点生活」なので特別「これ」という目的もないが、仙台生活15年で知り合った何人かとは会えるだろう。

 

こちらもあとどれぐらい可能なのか分からないが、こちらの方は「出来れば長く続けたい」という気持ちがある。

 

今年は花粉症症状が…

 

という困ったな感があるけれども、それは川越でも仙台でも変わることはないだろう。

 

今日はちょっとしたお土産の類を買いにでも街に出かけるか。

 

花粉の舞う中なので、サッと行ってサッと帰ってきます。

 

ハンカチ、ティッシュは2倍必要かな。

ここのところいつも使っていたビール用のグラス、まあコップですね、それを割ってしまった。

 

洗う時に使うゴムの手袋がちょっと厚手だったもので、しっかり握りきれていなかった。

 

その手の失敗は、これまででも何回も経験済みである。

 

昔、かみさんが元気だったころからの習性と言ってもいいだろう。

 

洗う頃はだいたい酔いも回っている、と決まっていましたしね。

 

つまりは余計な手出しをする、ということ。

 

洗っている横かすぐ傍にはかみさんがいることが多かった。

 

あれは、オレでもちょっとは役に立つんだよ、という余計なよこしまな思いが胸の中にあったのは間違いない。

 

ただ、今はもう自分で洗わなければ誰も洗ってくれる人なんかいませんからね

 

……というのはちょっとウソで、流しに出しっ放しで忘れたままにしてしまうと同居の次男が洗っておいてくれることはあるのだけれど。

 

まあ、自分で洗うというのが原理原則なのであるのに違いはない。

 

割ってしまったグラスは、サッポロビールからの記念品。箱根駅伝のマークが入ったものだったので、高価なとか貴重な、とかいうようなものではない。

 

確かまだもう一つ同じものがあったはずだ。

 

前にも書いた通り、ビール用のグラスはちょっといいかなと思うとすぐ買ってしまう質だったので、数はそろっている。

 

棚の奥を見たら

これ↑があった。

 

懐かしい。

 

昔ながらの厚手のガラス。ちょっと凸凹しているような肌触り感もあって容量もちょっと少なめか。

 

古い、昭和の味がある。

 

これ、昔西巣鴨に暮らしていた頃のモノ、下手をすると昭和30年代の5個セットのうちの最後の残りの一つかもしれない。

 

そう感じながら飲むと、これまたビールがひときわ旨いのである。

 

いや、これだからモノは大切にしなければいけません。

 

よこしまな気持ちで「いいところを見せよう」なんて間違っても思い浮かべてはならない。

 

そういう純真な思いに満たされもするわけです。

 

昭和30年代といえば、もちろんビールなぞ飲んでいる訳もなく、ジュースでしたかね。

 

あの頃はまだ「渡辺のジュースの素」なんていうのが全盛だった。

もう知らない人ばかりだろうなあ…。

 

ジュースの素=粉、をグラスに入れて水を流し込むスタイルだった。

 

粉には恐らくチクロも含まれていただろう。

 

「粉ジュース」の寿命は短かった。我が家でもそれほど飲み続けたという訳でもないだろう。

 

でも、この厚手のグラスに「自分の裁量で粉を入れる」ということが出来たので、小学生にはそれが楽しかった。

 

大体いつも「適量」と言われる量より多めに入れて、濃くするのである。

 

濃いとそれだけ美味しくなると信じていたのだろう。

 

結果的には多めのチクロを吸収していた。

 

まあ、そういう期間もそれほど長くはなかったので、こうしてそれなりの年齢までたどり着けているわけなのであるからヨシとしよう。

 

思い出だけがふんわりじんわり残ってもいるのですから。

 

と、ここまで来て

 

待てよ……と思い始めた。

 

昭和30年代のグラス(というよりコップと呼んだ方がぴったりしますかね)は、もう少し底の部分が丸みを帯びていたような気がする。

 

重いには重いが、何かこう凸凹感ももうちょっと少な目。透明感もそれほどのスッキリ感がなくてやや濁りめのような…。

 

疑念がぷかりぷかりと浮かんでくると、

 

あれこのグラスは2,30年前に、つまりはグラスをぽつりぽつりと買い足していた時期に見つけて、

 

昔風だから

 

と買ったものだったかもしれない。 と思い出した。

 

そうだな、どこで買ったかは忘れてしまったけれど、そうだったそうだった。

 

西巣鴨時代、チクロの粉末ジュースを飲んでいた時代の「残りの1個」は、まだどこか違う場所にあるのに違いない。

 

探しはしないけれど、またやがていつか、ひょんなことから発見するようなことがあるのかもしれない。

 

発見するのは自分しかいないので、これでもう迷宮入りとなるのかもしれない。

 

そんな、どうでもいいことを書き連ねているうちに空は晴れてきた。

 

部屋が明るくなった。

 

窓からの日差しが、いい加減に目を覚ませ、と言っているようだ。

毎日という訳ではないが、朝日新聞の「天声人語」はなるべく読むようにしている。

 

高校生の頃だったと思うが、入試問題に「天声人語」はよく出る、と評判になっていて、

 

いわば受験対策として読むようになったのがきっかけ、というのが本当のところだろう。

 

だが、大学も卒業しとっくに社会人になってからでも「天声人語」を読むのはクセのようになっていた。

 

加えて「深代惇郎の天声人語」という本を買い求めて、割とじっくり読むようなこともあった。

 

受験対策、だけでなく、この人の書く天声人語の文章には惹かれるものがある、と感じていた。

 

いつか自分もこの人のような文章を書いてみたいものだ

 

と密かに憧れるようなところもあったと思う。

 

ひとつひとつの「天声人語」を覚えているわけではないが、読み終わった後で

 

ん~ん、と

 

当たり前の文章のようで当たり前でない進め方、展開に唸るような…。

 

平易でいて、それなのに格調の高さを感じる

 

というのか。

 

さて、それは兎も角として、昨日の「天声人語」

出だしから読みやすい話題だった。

 

「青春18きっぷ」を利用してあちこち旅に出かけるのは仲間のうちにも何人かいた。

 

夜汽車に乗ろうと座り込んで並び、出発を待っている若者の姿を新宿駅あたりでよく見たものだ。

 

自分にはそういう趣味趣向はなかったが、ああこういう旅もきっといいものだろうなあ、と好意的に捉えていた。

 

昨日の「天声人語」には、青春といっても年齢制限はなくシニア世代の利用者も多い、という事実も紹介されている。

 

こんなにスラスラ読める「天声人語」も珍しい部類に入るんじゃないかな、と読み終えようとして、

 

最後に出てきたのが

これ↑。

 

「・・・時刻表とにらめっこしようか。」

 

である。

 

確かに「春の陽気は旅心をそそる。」

 

その通りでしょう。

 

そして、昔は時刻表とにらめっこして、どの列車に乗ってどこで乗り換えてどこまで行こう、と考えたでしょう。

 

一番早く、また効率的に乗り回すのには……

 

とプランを考える時間も楽しかったでしょう。

 

でもね……

 

今、時刻表とにらめっこして旅のプラン、乗る列車の選定をしている人ってどのくらいいるのでしょうかね。

 

パソコンに向かったり、スマホ片手に…

 

という人は山と居ると思いますけれどもね。

 

昔は本屋さんに行けば目の付くところに時刻表はどっさり積まれていたりしたけれども、

 

だいたい、時刻表って今でも発行発売されているのか?

 

最近、見かけませんけど……っていうところではないのでしょうか。

 

書いた人は今でも現実に日頃「時刻表とにらめっこ」しているのだろうか。

 

いや、それはウソなんじゃないかな。断定はできないけれども、ウソの匂いを感じる。

 

ウソで締めくくってはいけませんよ。

 

この最後の文章で、せっかく気持ちよく読んでいた昨日の「天声人語」は台無しになった。

 

せっかく昔を思い出して気分よく読み進めていたものが、最後になって悪い現実に引き戻された感じ。

 

手練手管に巻き込まれそうになる感じ。

 

文章って、読みやすくて心に届く、響く文って、難しいものなのですね。