YouTubeで、ただNYの街歩きをしているだけ…の1時間ほどの映像を見るのが楽しみ

 

というようなことを書いたことがあるのだが、

 

ここのところちょっとその回数は減ってしまった。

 

だいたい同じような道、アベニューやストリートを歩いていることが多いですしね。

 

それと、ぱっと一目見ただけで「ああここはあの辺りだろうな…」と気づくのが昔より遅くなっている気がする。

この写真↑はニュージャージー側からだが、自分の知っているこの辺りは上の写真のようにワールドトレードセンターが2つ並んで建っている頃だった。

 

屋上まで登ったのは1991年に家族4人で行った時だった。

 

85年の最初のNYでは最上階(?)のレストランで食事した。あの時は招待旅行だったので、そんなお高そうな場所で食事も簡単にできたのですね。

 

まだツインタワーの建物が健在だった頃に何回か行ったが、ミッドタウン辺りで適当に歩いているとこの2つのタワーがよく見えて、

 

ああ、あっちの方が南、ダウンタウンになるのだな、と絶好の目印になった。

 

夜などは特にそうだった。

 

初めていくジャズクラブが多かったから、ツインタワーを目印にして方向を確かめるようなことはよくあった。

 

新しいタワーは昔のものより高さは高いのだろうが、2つ並んで、の存在感よりは劣っているような気がしてしまう。

 

YouTubeの映像に出てきても、ツインであったころに比べると目立たない、気づきにくいのではないだろうか。

 

ニュージャージー側に渡ってダウンタウンのこの景色を眺めたのも、ツインタワー健在の頃だったから、

 

この2枚の写真でも懐かしいのは古いほうの景色だ。

 

もう一度NYに行きたい

 

と常々思っていると自分では感じていたが、こうして年齢を重ね、足腰も不便とは言わないまでも昔よりは軟弱化していると自覚するし、

 

自分が行った頃と比べて「円の価値」は半分ぐらいになってしまったし、

 

年金生活も3年、4年と進んでいくと「手元不如意」もどんどん進行していくし、

 

昨今のNYでは「チップは20%が下限」という場合も増えてきているというし、

 

目立つビルで位置や方角を特定することも昔より楽ではなさそうだし、

 

と「もしかしたら、あと1回…」の海外旅行にNYを選ぶ可能性はガクンと減ってしまった。

 

ジャズを聴きに

 

という欲求はそれほど変わらないと思うのだが、

 

周りの環境が自分からNYを遠ざける。

 

あるとしたら、「最後の選択肢」はどこになるだろう。

 

アフリカ、といっても地中海に面したアフリカ辺りはどうだろう…。

 

まあ、こうやってああだこうだと思いを巡らせている時間も「旅」の時間の一部分だと言える。

 

のかな。

昨日の夕方の空も綺麗だった。

 

仙台に来るとついつい空を眺めてしまう時間が長くなる。

 

こんな空なら当たり前でしょう。

 

夜が明けて、今日は久しぶりに朝からカラッと晴れた日であったが、特に遠くまでお出かけということはなく、

 

一瞬思った「榴岡公園を散歩でも」も自重しておいた。

 

それというのも一昨日にほんのちょっとばかり「ギクッときた」腰回りが時間が経過すればするほどぎっくり腰のようになってしまい、

 

歩くのも恐る恐るになってしまったのだ。

 

這ってでないとトイレにも行けないような重症にもなったことがあるのだが、今回はそれほどではない。

 

とはいっても、立ち止まらなければ危ない

 

ような状態になってしまうこともあるので、坂のあるご近所を気軽には歩けそうもなく、

 

昨日は一日家から出なかった。

 

心細い冷蔵庫生活だったな。

 

まあ今日はだいぶ回復気味と感じたので、徒歩5分のうなぎ屋さんへ。

仙台に来たからには1回は行かないとね。

 

このお店の「うな重・特上」は依然として2,900円也で値上がりしていなかった。

 

いつも「仙台滞在中2回ぐらいは行ってもいいのでは」と思うのだが、大体は1回で済ませてしまう。

 

うな重としては安め、とはいっても年金生活者にとっては「それなり」の贅沢ですからね。

 

ま、今回はもう一度行けるかどうか、というところ。

 

天気も良く、お腹もいっぱいになったので榴岡公園で日向ぼっこでもしてのんびるするか

 

と考えないでもなかったが、公園も結構な高低差があり腰のことを考えて本日も自重した。

 

歳をとってくると、慎重の範囲がどんどん広がっていきますね。

 

まっすぐ家に帰って来て、例によって特段のこともないのだが、

 

ふと茶箪笥を覗くと

このコーヒーカップを見つけた↑。

 

何年か前に仙台三越で買ったものではなかったかな。

 

6階だったかに作家物の展示即売コーナーがあって、個展と同時に販売もしている。

 

三越まで行くと大体はそこに顔を出す。

 

色々な個性のある作家の作品が展示されていますしね。

 

これもそうだったと思うのだが、たまには買ってみたくなることもあるというわけだ。

 

昔は家ではコーヒーを飲まなかったのでね、こういったカップにも興味がわかなかったのだが。

 

飲むとなると、ああこれなんかで飲んだらより美味しくなりそう…と思ってしまうこともある。

 

かみさんは「コーヒーを飲まない旦那」しか知らなかったわけだから、

 

今、もし急に、ここに現れたら驚くだろうなあ。

 

いたとしたら2個買わなければいけないが。

 

こういうカップも、出来合いのものでなく、かみさんが淹れてくれたコーヒーなら更にもっと美味しくなるのだろうけど。

 

まあそうばかり言っていないで、川越に持って帰るか。

 

 

仙台での疑似二拠点生活といっても、特にこれといって変わったことをしている訳ではない。

 

本を読んだり、映画に行ったり、それと一番大事なことはこちらならではの人と会うということだと思うが、

 

街歩きもついついという感じで川越よりは回数も距離も多く長くなってしまう。

 

ついでに立ち寄る街のお店も、川越よりはずっと豊富ですしね。

 

街中華もあちこちにあって、お馴染みの店以外は入りにくいが、たまにはヨシ!と思って

初めてのお店にも。

 

先日のこの店も典型的な街中華で、もうちょっと甘味は抑えてもらいたかったが合格点には達していた。

 

五目ラーメン920円也。お腹はいっぱいになったし、この値段は川越界隈よりは安いと感じた。

 

また他の街中華屋さんも探してみよう。

 

家の中では特にやることもないので、本やYouTubeが多くなるが、

最近、流しの脇でこんなもの↑を見つけた。

 

鍋敷きである。今はそういう言い方ではなく別の名前があるのかな。

 

くまちゃんの顔だと思うが、愛くるしいと思って15年間の仙台生活が始まってから買ったものだと思う。

 

今回、これをテーブルの上に置いて可愛らしいお顔を眺めていたら思い出すことがあった。

 

かみさんと暮らしていた「川越時代」にも同じような鍋敷きがあった。

 

今でもどこかにあるだろう。

 

こういった「可愛らしい」類のものだった。

 

それを使うとき、かみさんはまず「裏」を表にして使うのだった。

 

裏側を表にしてテーブルの上に置く

 

ということですね。

 

表の「顔」にあたるところを汚したくない、傷つけたくないというほんの小さな心がそうさせるのだった。

 

かわいそうな感じ、がするのだと思う。

 

熱さをよける敷物の役割を邪魔することはありませんからね、そうしたって。

 

それがいつものことだったから、置かれたままの鍋敷きはいつも裏側が表になって部屋に鎮座しているのだった。

 

それが我が家の「当たり前」になって、かみさんが部屋にも行き来しなくなってからもその習慣は続いたのだった。

 

かみさんは自分の仙台生活を全く知らないわけだから、この可愛いクマちゃんの鍋敷きも見たことはない。

 

だがもし、

 

万が一

 

0.0000000000000000000000000……1

 

の奇跡が起きて、ふと部屋のテーブルにこの「裏返された」鍋敷きを見つけるようなことが起きたとしたら、

 

ふつう、そうするわよね

 

と満足したような表情を浮かべるだろう。

 

あなたと私はそんな夫婦だったね

 

と浮かべる笑みの確実性は、0.0000000000000000000000……1の可能性よりは高そうな気がする。

 

 

 

 

昨日の夕方、ふと空の月に気がついて写真を撮ったのだが、

その翌日、つまり今日が中秋の名月だとは知らなかった。

いや別に「名月」と名づけられていなくても、仙台に来ると単純に「きれいだな」と見上げてしまうことが多い。

 

遠くの空もそうだし、

これ↑は榴岡公園入口。

 

昔ならむしり取って悪友のセーターか何かに投げつけてくっつけるだろう。

 

さすがにこんなに赤くなっているものだと遠慮したかな。

 

今、ちょうど見ごろのような感じだったが、いつごろまで赤くきれいなままなのだろうか。

 

さて、今日は我が失敗談「失敗、しっぱい」の2というのを書いておこう。

 

もう70年ぐらい前になるのだろうか…。

 

小学校には上がっていたような気がするが、もしかするとその前の幼稚園時代だったかもしれない。

 

あの当時は今よりずっと喫煙に関しては決まりがルーズで、

 

父親は狭い我が家でも休日には平気で朝から煙草をふかしていた。

 

不思議なものでたばこのにおいが大嫌いな自分も、そのころは今よりずっと平気だった。

 

囲碁などをやりに来る父親の同僚も大体は平気で吸うので、いつの間にか慣れてというのもあるのだろう。

 

割と大き目な灰皿も近くに置いてあった。

 

灰皿だけでなく、ライターもあった。

 

その中の一つに、四角い立方体のような木製本体のライターがあった。

 

掌に軽く載せられるサイズ。

 

父親の周りでそれをいじっているうちに思いついたことがあった。

 

木製本体の裏側辺りに、なにやら漏れたオイルが少しだけ滲んでいるように見えたのだ。

 

ほんのうっすら、ではあったが。

 

パチンと押せば火が付くのは知っていたので、その時の自分の頭の中である考えが急にひらめいた。

 

ははーん、ちょっとだけこぼれて染みついたようになっているオイルを消すには、火が付けばいいのだ…

 

と。

 

微かに火のついた部分は燃えて、漏れたオイルをきれいに取り去ってくれるだろう。

 

ほんのちょっとしか染み出していないし、小さな小さな火がついて、それはこぼれたオイルほどの小さなものになるに違いない。

 

・・・・・・・と考える間もなく、逆さまにしたライターをパチンと点火した。

 

すると

 

ほんのちょっとしか火はつかない、と思っていたのに反して

 

ライターは丸ごとボワッと火が付いたのであった。

 

慌てて手を放す。

 

放り出されたライターは丸ごと燃え出したまま転がるのであった。

 

勢いよく放り出しましたからね。

 

脇の父親も、その向かいの同僚もあわてて手を出して拾い上げて……

 

それをどうしたのかの記憶はないのだが、

 

外に投げ捨てたのか、水をかけたのかは覚えていないが、

 

割と大ごとにはならず、危ないから火で遊んではダメだよ、ぐらいで終わった。

 

大事件になったわけではないのだが、

 

ボワっと火のついた瞬間の驚きというか、とっさに思った「どうしよう!」という気持ちはしっかり覚えている。

 

まあ火事も起こさず無事ではあったのだが、

 

その後、大きくなってからも「火遊び」をしなかった自分の人生は、あの「事件」が教訓になっていたのかもしれない。

昨日も朝から

 

あれ?空が失敗したグラデーションみたいになっていますけど…

 

これはデータを軽くする際によく起こってしまう出来事で、きっとうまく処理する方法があるのだろうが、デジタル弱者の自分ではやり方が分からない。

 

ま、いいか

 

と無視する。

 

それより、昨日も朝からこんな秋晴れだったということのほうが大事で、

 

天気に誘われて外を歩いてみる気になった。

 

「失敗」してお腹の真ん中に穴の開いた下着ではなく、すっきりしたランニングシャツと半袖のポロシャツ。

 

それでも歩いているとちょっとばかり汗ばむような爽やかさだった。

 

とくにこれといって行先には大きな目標はなかったのだが、2,3週間前に開通したという新しい宮沢橋まで足を延ばそうという気になったのだ。

 

出てすぐのマンション前の小公園には

 

今の季節を代表するように、曼殊沙華が場をわきまえて咲いていた。

 

この赤を見ると、かみさんを助手席に乗せて山のほうに写真を撮りに行ったことを思い出す。

 

あれは季節の景色を撮りに

 

ではなく、その前に佇むかみさんを撮りたくてドライブしたのだった。

 

いい季節だと実感できるような日には、そんな気持ちが湧いてくることがあった。

 

気ままな自分の「申し出」に可能な限りかみさんは応えてくれた。

 

あれ、自分の「真意」に気づいていたのだろうか。

 

まあ、そんなことは兎も角、

新しい宮沢橋は横幅も大きく、立派だった。

 

ニュースで、この橋ができたおかげで市内の交通がスムーズになった、というようなことを言っていた。

 

自分が古いほうの片側1車線の宮沢橋を通っていたころとは大きな違いだ。

新しい橋の両側にはゆったり歩けるスペースもある。

 

川の真ん中あたりで仙台駅方向を撮ってみた。

 

この景色は昔、車の窓から毎日のように眺めながら川を渡っていたのだ。

 

土手の草広場からぼんやり川面を眺めていたこともある。

そのころは↑こちらの片側1車線の狭い橋だった。

 

この写真を撮った場所辺りには大きな立派な桜の木があったのだが、もう伐採されてしまっている。

 

この橋を渡って来て、渡り終える前に信号に捕まって、それでも桜の季節にはむしろラッキーぐらいに思ったものだ。

 

桜が散る時期には、埋め尽くされるような花びらで川面は覆われていた。

 

昨日のように、歩いてその写真を撮りに来たことも二三度あったと思う。

 

古いほうの宮沢橋は通行禁止の柵が設えられていたが、このまま撤去ということになるのだろうか。

 

この橋の上からも5月の連休ごろにはボート遊びの人や鯉のぼりの写真を撮ったものだが…。

 

思い出だけを残し、過去は消えていく。

 

昼前だったが特にお腹がすくということもなく、ぐるっと大回りして仙台駅東口方面に出て、

 

Book Offで1冊本を補充し、いつものスーパーにも寄って帰ってきた。

 

14,000歩近くになったが、それ以上に何だか疲れの残るような街歩きだった。

東海、関東、東北は台風による大雨に注意

 

ということだが、午前10時過ぎの現在、仙台はまだそれほどでもない。

 

これから

 

なのだろうか。

 

ベランダに出て公園を見渡しても、雨、風とも弱いままだ。

 

大雨になったとしてもこの場所は周囲よりも10mは高いから、水害というのは心配しなくても大丈夫だろう。

 

さて、前回の「失敗談」の続きならまだいくつか思いついたこともあるのだが、

 

それほどあわてる必要もない。

 

それより、そうか、そろそろか……

 

と気持ちの一部分が引っかかっていることと言えば

 

今のこの住まい、中古マンションの「大規模修繕、修理」の件なのである。

 

確か建築されたのはちょうど2000年だったはずだから、時期は迫っている。

 

(よく読んでいないが)規約では30年後には実施ということになっているらしいのだが、昨今の「諸経費値上がり」に伴って、規定より早めに修繕開始となるらしい。

 

そんな案内が管理会社から来ていた。

お隣りのマンションではその大規模修理が始まったらしい。

 

一週間ほど前からがっしりとした足場が組み立てられている。

 

お隣りのマンションのほうがこちらより古そうだから、まあ予定通りということだろう。

 

数年前、順番で担当しなければならない「年度担当」になったときにも分かったのだが、

 

月々の修繕積立費は物価高に抗えず、だいぶ不足で経緯している。

 

マンションの戸数は確か55戸だったはずだが、この規模のマンションの大規模修繕となるといくらぐらいかかるのだろう。

 

もちろん直す箇所とか規模にもよるだろうが、覚悟としてはどのぐらい…?

 

2年前だったか、川越の家の修繕の場合、思っていた以上に費用が掛かってしまった経験がある。

 

正直自分の場合、仙台のマンションは手放しても一向にかまわないのだが、

 

何せ「頼りない息子」が居候同然で一人住まいしていますからね……。

 

それを含めて考えると、まあ可能の範囲内なら

 

と思わせられてしまう。

 

何十万の追加負担

 

であるなら助かるのだが、到底それでは足りないだろう…。

 

追加負担は百万?いや二百万?いやそんなものでは済まないのだろうなあ…。

 

五百万円でも足りないのか?

 

いや、経験もないし、全体の「相場観」がないから、全く見当もつかない。

 

当然、なかには反対したり無視して払わないという人も出てきたりするのではないか。

 

55名がまとまるなんて言うのは不可能に近いだろう。

 

あれやこれやのイザコザは嫌だなあ…と思う。

 

子どものために……

 

なぞと考える必要もないのが一番いいのだけれど

 

子どもとの向き合い方

 

が、あれこれ考えてみると結局は失敗したかなあ。

 

あれ?これも結局は「我が失敗談」の一つだったか。

 

避けては通れないこと

 

が、生きていく上ではポツリポツリと顔を出してくるのですね。

ああきれいな秋空だなあ、と明るい空、高い雲を眺めたのは2日前だったか3日前だったか…

 

なのだが、そんな空が広がるのはたま~に、の今日この頃なのである。

 

シルバーウィークというの?連休中にも大型台風がやってくるらしい。

 

関東やこちら仙台も直撃のコースをたどるかもしれない。

 

何だか今年の天気は変則的な感じがする。知らんけど。

 

さて、そんな不順な昨今(?)ふと「ああそうだ、、、」と思いついたことがあった。

 

そうか、自分のあれやこれやの「失敗談」を書いておこうかな

 

と。

 

これまで数々の失敗を重ねてきたような気がする

 

のだが、ほら失敗っていつまでもくよくよ覚えていたくない、記憶にとどめておきたくない

 

という思いがあるからか、あまり書き残してこなかったような気がするのだ。

 

そうでもないか、NYでパスポートを紛失した経緯はしっかり書いている。

 

たった今も「紛失」を何も考えずに手が動いて「ふんしゅつ」と打ってしまい、「噴出」と出てきてしまった。

 

「ふんしゅつ」ではなくて「ふんしつ」なのですよね。

 

こういういい加減さが身についてしまうと、漢字の試験では×をもらいそうだ。

 

漢字の読み、書き試験なんて、もう半世紀以上昔だしなあ…。

 

「失敗」の例にばったり出会ってしまったのは、つい一昨日のことだった。

この写真↑ 何を撮ったのか目的のはっきりしない一枚だが、仙台の箪笥の中から久しぶりに引っ張り出した下着を見て思い出した。

 

お腹の真ん中あたりに小さな穴が開いている。

 

これ、使っているうちに何かに引っかかって破れてしまった……

 

のではなく、購入してからビニールの袋を破って取り出した直後に「出来た」ものなのである。

 

下着の真ん中あたりに取り付けられていた商品のタグを取り除こうとして、ハサミで切り取ろうとして

 

うっかり下着そのものの一部を切り抜いてしまった・・・

 

という。

 

下着そのものの生地にハサミの刃が食い込んでいる…ような状態だったわけですね。

 

気づかずに、こんなタグは邪魔だなあ、とか思いながらパチンと、というわけだ。

 

あ

 

と思ってももう遅い。

 

ランニングシャツの真ん中には覗けるほどの穴が開いていた

 

という次第。

 

目立たない脇のほうではなく、正面真ん中に穴…でした。

 

このシャツ、この穴、目立ちすぎる

 

と、着る回数はぐっと減ったと思う。

 

だからシャツそのものはまだくたびれてはいないのだが、箪笥の引き出しの奥のほうに潜んでいる期間が長くなってしまった。

 

別に下着姿を誰かに見せるわけではないのですがね、

 

何となく気分的に乗らないというか何というか。

 

ハサミでパッチン

 

の前にもう少し慎重に周囲を見渡せば(←言い方が大げさ)よかったのにね。

 

しかも

 

この下着の真ん中

 

お腹のあたりに穴

 

という「失敗回数」はたったの一回だけ、ということはなく、実はその前にももう一回経験しているのである。

 

つまり、全く同じパターンで「あ!」ということは、2度やってしまっているということ。

 

失敗の教訓をその後の人生の教訓として生かす

 

という「成功者」のパターンからは外れてしまった。

 

ま、そんな失敗はこれだけではない

 

はずなので、これからも思い出したらその都度書き残しておくとしよう。

 

(何のために?という疑問は自分の中にも起きているのであるが)

 

仙台は今日も雨模様である。

 

降るんだか降らないんだか…という天気。

テレビで言っていたが、日照時間も全国的に平年の30%ぐらいだという。

 

意気が上がりませんよね、こういう具合だと。

 

これだけ「大雨」「大雨」とあちこち言われているのに、なかには水不足の地域もあるというのだから、最近の気候はいろいろな点で「偏り」が目立つようになってきているのだろう。

 

今朝の榴岡公園にもベランダから見ている限りでは人の姿はない。

 

しっとりしているといえばその通りなのだが…。

 

こうしてみると12,13の土日、定禅寺ストリートジャズフェスティバルは雨にたたられず良かった。

 

日差しもあって見本的には気持ちよく過ごせましたしね。

 

さて、このAmebaブログも22周年になるという。

 

お互いのブログを読みあっている方が書かれている記事?日記?で知った。

 

自分のブログも数えてみれば丸19年が過ぎたのかな…

 

以前にも「ずいぶん長く書いてきました」というようなことを記した気がするが、

 

それからもまだ続いているのですねえ。

 

いや子供のころからの口癖で言えば「内容が無いよう!」なのに、よく飽きもせず……

 

と反省もなくただぼんやりと思ってしまう。

 

もともと、どうでもいいことをよくかみさんに話しかけて笑わせたり、

 

「こんな目に会っちゃったよ」と小さな愚痴をこぼして、「そんなことは気にしないのよ」と励ましてもらったりするのは、よくあることだった。

 

かみさんを亡くして、大きな穴は埋められそうになかった。

 

ブログに書いたからといって、穴の大きさ深さは変わらない気がしたが、

 

何もしない

 

というのに耐えられないという面もあったのだろう。

 

すっかり大人になってしまった息子たちに、

 

晩年、親父はこんなことを思ったりしていたりしたのか

 

と後に知るチャンスがあればあったで、それもいいかと漠然と考えていた。

 

もう最近はそこからは少し離れたかな。

 

まあ誰に読ませたくて、読んでもらいたくて書いているわけではない

 

書く意味も価値もあまりない

 

という不思議な書き物になっているような気がする。

 

それもまたよし。

 

何もしないよりは遥かにマシだ。

 

勝手な自己判断が途絶えるときが自分の最期だろう。

 

ま、そんなに大げさなことでも大したことでもありません。

 

世の中には、退屈に流されるまま特に有意義とも言えないような毎日を過ごしている「無為の人」も大勢いるのです。

 

「無為の代表」とも思いませんが、「ひと欠けら」であることには間違いないだろう。

 

今日もまた何を書こうと思ったのかが分からなくなってきた。

 

少なくとも本日は「主張」は含まれていませんね。

 

ま、そんなことで。

家を出るときは「傘が必要になりそうだ」と気になってばかりいて、しっかり大きめのものを手に。

 

そのまま10分ぐらい歩いたあたりで、あれ?

 

となった。

 

まだ傘を開く必要はなかったのだが、それはともかく、左後ろポケットにあるはずの財布がない。

 

ソファーに置いてきてしまった

 

と気づいてももう遅い。

 

戻れば10分10分で20分遅れてしまう…

 

サッサと諦めて、今日は勾当台公園12時の約束のCさんに借りておこう、と勝手に決めた。

 

持つべきものは友である。

 

(言葉の使い方が違う?)

 

着いた頃にはもう雨の心配はしなくてもよさそうだった。

 

メイン会場での1曲だけ聴いて街へと繰り出す。

 

ビートルズ楽曲は欠かせないと二人。 


人の壁の向こうで演奏は行われており、演者の姿は見えなかったが、、、


今年もあの衣装だったのだろうか。

 

英語の発音とか高音の歌い方とか、そういうのは気にしないのである。

 

懐かしさを掘り起こすのが主目的のようなものですからね。

今年の会場で目立つのは沢山の出店で、

タコスとビールと、ついでに音楽と…という感じで過ごす。

 

二人で3000円ちょっとだったらしい。きちんと覚えておかないと…。

 

駅方面に向かいながら1曲ずつぐらいを聴いていく。

 

それから立ち寄ったのは、「本屋さんの跡」だった。「変わった店ができた」ということだったので…。

本屋さんがなくなった、というのは文字通り建物そのものがなくなった、ということだった。

 

店が違うものを売る店になった、ということではなかった。

 

ビルが壊されて、地下だけが残されている。

 

その地下の部分に飲食のできる店があった。食べ物は乾き物しか提供されず、飲むだけなのかな。

 

階段上の通りがちょっとだけ見える。

 

天井のなくなった建物地下には、通りで演奏している曲が流れてきていた。

 

確かに、天井のなくなった建物の地下でビールを飲むのは初めての経験だった。

 

その後、ほとんど営業はしていなかったが「隠れた仙台名所」と言ってもいいだろう「壱弐参横丁」を通り抜けていく。

 

「壱弐参」と書いて「いろは」と読ませる。「いろは横丁」ということですね。

 

店の前には

 

昭和の匂いのするポスターやお品書きなどが張られていた。

 

こういうところで一人飲む

 

というのが本当の酒飲みなのでしょうね。自分は「一人で」というのは苦手だ。

 

壱弐参横丁を通り抜けてから、小学校の校庭で行われていた「火起こしイベント」やビルの陰に潜んでいたジャズフェス会場や駅前での沖縄音楽などを覗いて、

 

最後の一つ、と昨日も最初に見た(聞いた)第47会場(仙台駅東口)へと足を向けた。

 

ここでの40歳代と思われる「ガールズグループ」の歌をはなかなか本格的だった。

 

聴かせるコツをしっかり自分たちのものにしている感じがした。

 

(ノッて聴いていたので写真を撮るのは忘れた。)

 

いやあ、これが今年のラストだったかあ

 

満足できましたね、と5時までは「おつまみなし飲むだけ」の店に入った。

 

目の前という感じで、次の演奏グループも聞けるかもしれないと二人は思っていたのだが、

 

ガラス窓の向こうの音はノイズも含めて全然届かないのであった。

 

5時はとっくに過ぎて、二人が店を出たのはそれから1時間?2時間ぐらい後だったか…

 

Cさん、ご酩酊。

 

ご酩酊後別れたのだが、駅ビルの1階に人だかりがあり、

 

覗いてみたらプロのミュージシャンの演奏だった。

 

 

しかも2グループが聴けた。

 

いや、ホントに全くプロとアマチュアの差は歴然としていますね。

 

特にピアノ、ギター、ドラムのトリオの演奏には心惹かれた。

 

場所も雰囲気も違うとはいえ、わが想いは勝手にニューヨークへと飛んでいくのだった。

 

2年ぶり? 3年ぶり?

 

定禅寺ストリートジャズフェスティバルは思い通りの楽しさを届けてくれた。

 

来年も

 

の望みは果たして叶えられるのかな。

先週の8日火曜日夕方に仙台に来てから、今日で5日目か…。

 

まあ、来ても特にこれといってやらなければならないこともないのだが、

 

 9日(水)…8646

  10日(木)…7777

  11日(金)…9338

  12日(土)…12862

 

と、川越にいるときより日々の歩数は伸びている。

 

映画に行ったり、美味しいお魚を買いに行ったり、ジャズフェスに出かけたり、と

 

大した用事ではないが、こちらに来ると「歩く」ことが暮らしの基本になる。

 

街を歩いていても

 

自分とは全く関わり合いはないのだが、もう店を閉めてからだいぶ経ったような建物を見つけたりすると、

 

関係ない、と思ってはいてもついついシャッターを切る。

 

この理容店もいい味出しているではありませんか。

 

どんな人がハサミを握っていたのかなあ…

 

小柄なおじさんとか、笑い声の大きなおばさんとか……

 

勝手に想像している分には誰にも迷惑をかけるわけじゃあありませんからね。

ベランダからの夕景にも相変わらず慰められる。

 

仙台に来ると周りを見渡せるのでつい空を眺める。

 

それもいつもとは違った暮らしの小さな時間だろう。

 

さて、昨日は「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」の初日。

仙台駅東口側の通りにも、マンション前の榴岡公園にも演奏場所はなかった。

 

以前は公園から曲が流れてきたりしたのだが、東口に音はなかった。規模が縮小されたのかな。

 

最初の演奏に出会ったのは

駅前東口のデッキ2階ステージナンバー47でだった。

ま、このグループもそうだったが「ジャズ」として括るのはちょっと難しようなジャンルだった。

 

このフェスは、そういう「自由度」が発足当初から認められているという。

 

ジャズだけだとしたらこれほどには盛り上がらず長続きもしなかっただろう。

 

コロナのころは開催中止になった年もあったが、今回で35回目になる。

 

東口側がひっそりとしていたので、どうなのかなあ…と若干心配気味にもなったが

三越を目指していくと、こちら方面の会場はどこも賑わっていた。

 

今年(から?)の特徴は、飲み物食べ物のお店が増えたこと。

 

ビール片手に、の人があちらこちらに多くいた。

 

まあこれも運営資金(不足)の影響からなのだろうな、きっと。

 

通りの向こうに見えるのが新しい市庁舎。まだ建設中である。

定禅寺通りでの会場↑。

 

やっぱりこのあたりのスペースが一番雰囲気が盛り上がっていますかね。

 

ここらあたりで昼になったので、仙台に来たからには「一度は必ず」のラーメン店で

いつもの特製ラーメン。

 

大盛がサービス の声についつい じゃあそれでお願いします と答えてしまって、自分のお腹では許容範囲いっぱいいっぱいになってしまった。

 

まだ歩くのにね。

市役所前の市民広場が今年は工事に伴い使えないので、今年のメイン会場は勾当台公園だった。

 

奥には工事中の市庁舎ビル。この景色も後になってみれば懐かしく思い出すのだろう。

 

まあまあそんな感じで様々なジャンルの「音」「曲」を聴きながら歩いたのだが、

 

はて、考えてみると「ジャズ」そのものはあったかな…?

 

記憶には残っていないような気がする。

 

このメイン会場のこのバンドも「歌謡曲」だと自慢(?)自称していたし。

 

本日、13日日曜日にももう一度メイン会場まで歩いて行ってみる。

 

仙台在住のCさん夫妻とも合流できそうですしね。

 

おまけとして、帰りに昨日は三越脇の裏通りを通っていった。

ここらあたりの店には入ったことはなかったような気もするのだが、

 

醸し出す雰囲気が好きなのですよね。

 

映画セットのようにも見えるが、そうではない。

繁華街の「中心」といえる三越の裏手の道がこれですから、

 

仙台、奥深し、ですよね。

 

気持ちの裏には、「こういう景色に似合いそうな自分」がいるのである。