今から30年ほど、正確には29年前になるのだが、仕事仲間と一緒に計6名でニューヨークに行ったことはもう何回かここでも書いた(ような気がする)。
東京近郊1泊とかで「お花見旅」をそれまで何回も重ねてきた仲間だったから、基本的には気が合った。
1990年代も半ばとなると、バブルもはじけた後だったから「行け行けどんどん」の時代ではなくなっていたが、
それでも今よりはずっと日本経済の存在価値は高かったと思う。
1995年だったか、もう96年に入っていたかだったが、
何となく(いや主に自分が言い出したに間違いないが)いつものメンバーで「一度海外旅行に行ってみたいね」
という話が盛り上がった。
行き先がNYに決まったのも、NYだったらそれまでに3回行ったことがあるし、
結構自分たちだけで楽しみ方はアレンジできるね
ということだった。
まあ、主に自分が案内役を買って出たような感じだった。
よし、それなら
ということで、新たに銀行口座を設けて、そこに毎月貯金をして行こう
と決めた。
2年計画。
ひと月1万円、1年で12万円、2年経てばなんとか「行けそう」に近づけると思ったわけだ。
きちんとひと月1万円を振り込む人もいたが、半年に1回まとめての人もいた。
で、1年が過ぎたあたりで、「もう貯金だとじれったい。行くことにしよう」
となった。
30年前は、飛行機とホテルだけがセットされていて、滞在期間は自由行動の旅は20万円台+アルファの1週間ぐらいのツアーがあった。
もちろん、食事代とかあれこれの掛りは別になるので20万円台では済まないのだが、全部を込みにしても40万円まではかからないだろう…という感じだった。
それほど豪華には出来ないかもしれないけれども、自分以外はNYは初という人ばかりだったから、一通りNYは楽しめそうだった。

野球を見たり、ジャズクラブにも4、5か所行ったし、サークルラインもミュージカルも、もちろんエンパイアステートビルにも、メトロポリタン美術館も近代美術館もブルックリンブリッジも…
3人だけであったが、一日ツアーでカナダに行きナイアガラの滝まで見に行った。
Jazzも、写真の「秋吉敏子ビッグバンド」はじめトミー・フラナガン、テレンス・ブランチャード、ロン・カーター、
そして何とウィントン・マルサリスまでそれぞれ別々に聴けたのであった。
マルサリスのLate Night Jazzはブロードウェイと8番街の間にある54丁目の、まるで倉庫のような建物HOMEFRONTという場所だった。
11:00pmの回に間に合ったのか、1:00amの最終演奏になってしまったのかは忘れてしまったが、夜遅く、ヴィレッジボイスに出ていた小さな小さな広告欄をちぎって探しまわったのは鮮明に覚えている。
事前に電話で予約したのだが、ワンパターンの会話だけでも何とかなった。マルサリス聴きたいという願望が下手な英語でも通じさせたのだろう。
今だったらインターネットでの予約に限られるのでしょうね。
ハーレムのアポロシアターや、日曜日のゴスペル礼拝も新たな「エンタテインメント経験」だった。
ま、そんなNY旅行が無事に済んでからも
Mクンと、Kちゃんと、Y君とのそれぞれ二人旅行、出張でのたった1泊か2泊を含めて、4回もNY体験は重なったのであった。
さて、本日のブログはここからが本題(?)。
「次」はどうする
ということである。
行けるなら行ってみたいな海外旅行。
今年のオーストリア旅行も、荷物が到着したのが最終日一日前というアクシデントはあったものの、
まあ体力的にはなんとかなった。
しかし、ここ2年ばかり前からになるだろうか、どうも右足付け根のあたりが盤石ではない。
歩けるには歩けるし、最近でも「遠出」の日には2万歩以上歩くこともあったりするのだが、
朝起きたときとか、両脚を開こうとするときなどには「以前とは違う」感が高まっている。
いや、それにお財布の方も万全とは言い難いですしね、もちろん。
そんなあれやこれやを抱えながらも「次はあるのかなあ?あるとしたらどこに?」という勝手な思いは脳の中で広がったりするのである。
かみさんがいてくれたなら、行ける回数は減っていたとしても
来年はどうする?
と問いかければ、「まだ無理」とか「それなら最後に…」とか、何かしらの指針、結論を決めてくれるだろう。
どんな答えであっても、ヨシ! と自分は「次」を決められるだろう。
それなのに今はただ
バルト3国は・・・
エジプトは・・・
ナイジェリアは・・・
イタリア北部は・・・
いや、やっぱりニューヨークは・・・
と問いかけだけが頭をくるくる回るのである。
くるくる回っていると感じるのはもう一つ「お気楽な老後なんだなあ」という自覚である。
それだけではダメなんだよ
という声も聞こえてくるのである、自分の中で。
いやいやついでに、
そんなものなんだよ
というだみ声も。