(臨時営業)ジッドとモーリヤック、ジャン・アムルーシュとの対話
2021年1月26日(火) 普段からこのブログで採り上げる内容に興味がある人などほとんどいないに違いないが、今回はさらに誰の興味をも惹かないだろう内容を。 上の写真はフランスの小説家フランソワ・モーリヤック(左)とアンドレ・ジッド(右)が1939年に対面した時に撮られたものである。 当時モーリヤックは53歳、ジッドは69歳で、いずれもまだノーベル文学賞は受賞していないが(ジッドは1947年、モーリヤックは1952年に受賞)、両者ともフランス文壇において既に確固たる名声と地位を獲得/確立していた。 アンドレ・ジッド(上の写真)は、かつて日本でも「狭き門」や「田園交響曲」などの恋愛小説的側面を持つ作品を中心によく読まれ、全集も出版されて代表作のほとんどが(しかも複数の訳で)文庫で手に入ったものだが、果たして最近ではどれだけ売れ/読まれているだろうか。 今でも「狭き門」や「田園交響楽」、「背徳者」、「法王庁の抜け穴」といった小説や「ソヴィエト旅行記」が文庫で入手可能のようで、さらに電子書籍では「未完の告白」も読める。 2014年から2017年にかけては仏文学者・二宮正之個人訳による全4巻の「アンドレ・ジッド集成」が筑摩書房から出もしたが、1冊7,000~9,000円もする高価なもので、一体どれだけ売れ/読まれたか不明である(その前にもやはり仏文学者・若林真個人訳による「アンドレ・ジッド代表作選」全5巻が1999年に慶應義塾大学出版会から出ていて私も持っているのだが、全巻セットのみの販売で27,500円もしたため、これまた実際どれだけ売れたか分からない)。 一方のフランソワ・モーリヤック(上の写真)は、以前このブログでも何度か言及したことがあるのだが(下記参照→https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502038866.html)、日本ではモーリヤックと同じ「カトリック作家」である遠藤周作や高橋たか子などが大きな影響を受けたことで知られ(堀辰雄や三島由紀夫も下記の「テレーズ・デスケルー」に触発されて「菜穂子」や「愛の渇き」を書いている)、1982年から84年にかけて遠藤周作編集の「モーリヤック著作集」全6巻(春秋社)が刊行されたほどだが(これまた全巻揃えると24,000円とそれなりの値段がして、当時高校生だった私は小遣いから何とかやりくりして全巻揃えたものである。1998年には新装版も出た)、その名前はごく一部の文学好きにしか知られて来なかっただろう(しかもその多くは私などと同じく遠藤周作経由でこの作家を知ったはずである)。 それでもかつては文庫で「テレーズ・デスケルー」(遠藤周作訳では「テレーズ・デスケルウ」)や「愛の砂漠」、「蝮のからみあい」、「夜の終り」、「火の河」、「パリサイ女」といった小説だけでなく、評伝「イエスの生涯」や児童文学「十八番目はチボー先生」(岩波少年文庫)なども出ていたのだが、今では講談社文芸文庫の遠藤訳「テレーズ・デスケルウ」と、昨年ぎょうせいという法律関係の出版社から出た仏文学者・福田耕介によるこの作品の新たな(そしておそらく日本では6番目の)訳が入手出来るのみである(電子書籍では遠藤訳の「愛の砂漠」と杉捷夫訳の「テレーズ・デスケイルゥ」も読むことが出来る)。 今回これらの作家について言及しようと思ったそもそもの理由は、上にアドレスを掲げた過去記事で触れたJean-Luc Barré(ジャン・リュック・バレ)によるフランソワ・モーリヤックの評伝「Biographie intime」(秘められた伝記。上の写真)を、昨年末からようやく少しずつ読み始めたからである。 上の記事でも触れているように、この浩瀚な伝記は、それまでも一部では知られていたカトリック作家モーリヤックの同性愛的嗜好を、様々な文献や証言にもとづいて日のもとに晒したことで評判を呼んだ「いわくつき」のもので、冒頭から既に挑発的とも言えるモーリヤックの性的嗜好についての言及が為されている。 とは言え一応伝記と謳っているからにはそれだけの内容ではむろんなく、モーリヤック1歳の時に早世した父ジャン・ポールの文学的嗜好についての逸話や、父母の一族がフランスの地方都市ボルドーでどのような商売を営み継承して来たかといった、モーリヤック誕生以前の非文学的で詳細な記述から始まっており、なかなか作家モーリヤックの人間像にまで辿り着かず、正直退屈な部分も少なくない。 かてて加えて私の仏語力の著しい劣化も手伝って、読み始めはしたもののなかなか読み進まないというのが正直なところである(昨年末から1ヶ月以上かけて、本文だけで550ページ強ある第1巻の100ページ過ぎまでしか進んでいない)。 そうやって牛歩のようにのろのろと読書を続ける中、たまたま Youtube で、ジャン・アムルーシュというアルジェリア出身の作家(https://fr.wikipedia.org/wiki/Jean_Amrouche)がフランソワ・モーリヤックと行った文学的対話の音声ファイルが公開されていることを知り、その紹介をかねて記事にしてみようと思った次第である(以下のアドレス)。 François Mauriac, toute une vie (Entretiens) - YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_nfl5bjxOHViOO8F5WGV5xz1vi4w-26MfE 実はこの対話、かつてカセットで発売されていたものを買って持っていたことがあり(ただし全く同じ内容だったかどうかは不明←後から考え直してみたところ、これは私の思い違いで、別の人との対談だったかも知れない。いずれ日本の実家に帰省したら現物を探して確かめてみたいと思う。★)、当時ざっと聴いてみたことはあるものの、その頃の私の仏語力では十全に理解しえたとは言えず、いつかじっくり聴き直してみたいと思っていたものなのである(もっとも今の私の仏語力はさらにお粗末極まりないものなのだが・・・・・・)。 当時はカセットでも結構な値段がしたはずの音源が今ではこうして無料で気軽に聴けるのだから、改めて良い時代になったと思う半面、今の学生はこうした音声ファイルや動画を含む膨大な文献や資料を瞬時かつ簡単に手に入れることが出来てしまい、それらをざっと「消化」するだけでもさぞ大変だろうなと、かえって気の毒に思わずにいられない(当時の私のようないい加減な学生が今の大学に入っていたら、到底卒業など出来なかったに違いない)。《★後日追記。対談とは別に、モーリヤックの代表作「テレーズ・デスケイルー」を朗読したカセットを持っており、朗読の前にモーリヤックの息子で作家のクロード・モーリヤックの対談が収録されており、その対談相手の声がジャン・アムルーシュの声に似ているため、このカセットと混同していたかも知れない。→後日削除されてしまい、リンク切れ https://www.youtube.com/watch?v=5-Kt9ARwIfA》 今回モーリヤックだけでなくジッドについても言及しているのは、モーリヤックの対談と同じ Playlist に、やはりこのジャン・アムルーシュがアンドレ・ジッドと行った対話もアップされていたからである。しかもこちらは量的にモーリヤック以上に充実していて、時代別に2つのリストに分かれている。 André Gide, Vol. 1: Les jeunes années (1891 à 1909) - YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_lYz2e0gXF4U4IwA7rFIYenoHdL9DK-ItA André Gide, Vol. 2: Les années de maturité (1909-1949) - YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_nhmtNEwrcJwiccHTzIraQ30eLda_R5JUI 喉頭癌を患って手術を受けたモーリヤックのひどくかすれた声のことは遠藤周作の文章で読んで知っていたし、上記の通り実際の声も学生時代にカセットで聴いたことがあったのだが、一方のアンドレ・ジッドの肉声を聴くのは今回が初めてだった(いい加減な感想だが、思っていた通りの声だという気もするし、同時に想像していたのとは違った声質だという気もする)。 細かいことではあるが、これまで「アンドレ・ワルテルの手記」と訳されて来た作品「Les Cahiers d'André Walter」の発音が実際には「アンドレ・ヴァルテール」であることも分かった(上述した最新の二宮正之訳「アンドレ・ジッド集成」ではちゃんと「アンドレ・ヴァルテールの手記」となっている)。※さらに日本では「ピエール・ルイス」や「フランシス・ジャム」と称される作家Pierre Louÿs や詩人Francis Jammes の名前がそれぞれ「ピエール・ルイ」、「(フランシス・)ジャムス」と発音されている(もっとも別の動画でモーリヤックは「フランシス・ジャム」と発音していて、仏語版Wikipedia などでも「ジャム」と発音するとなっている)。 ところで紹介するなどと言っておきながら、実は上の音声ファイルのいずれもまだちゃんと聴いてはおらず、最近少しずつ寒さが緩んで来て徐々に再開しつつある日々の散歩の際にでも、じっくり聴き込んでみたいと思っているところなのである(その後散歩のたびに聴いているが、やはり聴き取れなかったり、聴き取れはしても私のポンコツの思考力では意味がうまく理解できない部分があって、何度も聴き込まないと理解出来そうにない・・・・・・)。 こちらはかなり後年になってからの2人の写真(1950年頃か?) モーリヤックとジッドには16歳の年齢差があるが、いずれもキリスト教に深く根ざした作品を書き続けたこともあってか、政治的・思想的な立場の違いは小さくなかったものの、互いの存在を強く意識していたようである(ただしジッドが果たしてどれだけキリスト教そのものを信じていたかということにはモーリヤックを含めて少なからぬ人たちが疑問を呈してもいる)。 画家のジャック・エミール・ブランシュ(下の絵はブランシュによるジッドとモーリヤックの肖像画)の仲介で1917年にこの2人は初めて対面するのだが、その後は思想信条の違いもあってか、(最初の写真にある)1939年夏にモーリヤックの息子で作家でもあるクロードの仲介によってジッドがマラガールにあるモーリヤックの家を訪問するまでは疎遠な関係だったようである。 1939年の再会時も文学や政治に関する意見の対立から両者の間にかなり険悪な雰囲気が流れたこともあったようで、クロード・モーリヤックはこの時の様子を記した自らの日記を「Conversations avec André Gide」(アンドレ・ジッドとの対話)として公刊している(https://www.albin-michel.fr/ouvrages/conversations-avec-andre-gide-9782226039309)。 また、2011年にはこの時の両者の対面について書かれた「Gide chez Mauriac」(モーリヤック邸でのジッド)というDVD付きの本が出版されている。下の写真左→https://www.amazon.fr/MAURIAC-JEAN-PIERRE-PREVOST-CAROLINE-CASSEVILLE/dp/2355270813/ref=sr_1_1?__mk_fr_FR=%C3%85M%C3%85%C5%BD%C3%95%C3%91&dchild=1&keywords=GIDE+CHEZ+MAURIAC&qid=1611632202&sr=8-1)。 この2人が40年近い期間に交わした書簡は、「カイエ・アンドレ・ジッド(Cahiers André Gide)」というジッドに関する研究資料集の1冊として刊行されてもいる(「Correspondance André Gide-François Mauriac 1912-1950」。上の写真右) https://www.amazon.co.jp/Cahiers-correspondance-francois-mauriac-1912-1950/dp/2070278204/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=Correspondance+Andr%C3%A9+Gide+-+Fran%C3%A7ois+Mauriac&qid=1611539870&sr=8-2 まずはジャン・リュック・バレによるモーリヤックの評伝を通読するのが目下の私の目標ではあるが、上の「Conversations avec André Gide」(アンドレ・ジッドとの対話)と「Correspondance André Gide-François Mauriac 1912-1950」も日本の実家にあるので、そのうち「Gide chez Mauriac」(モーリヤックでのジッド)も手に入れて、この2人の作家の交流について自分なりに調べてみたいと思っているところである。(後日追加) モーリヤックがジッドについて語っている短い動画を見つけたので、あわせてアドレスを掲げておく(約3分)。 https://www.youtube.com/watch?v=K44cadshe5Q* 最後に、今回インターネットを渉猟していて他にも関連動画をいくつか見つけたので、以下にアドレスを掲げておくことにする。 カナダのテレビ局RCIによるモーリヤックとの対談番組「En 1969, François Mauriac et ses «Mémoires intérieures»」(モーリヤックはこの翌年の1970年に84歳で死去) https://www.youtube.com/watch?v=CuNT8F5qffs フランスのラジオ局「フランス・キュルチュール」による François Mauriac に関する番組(全4回)。今では記念館になっているらしいマラガールのモーリヤック邸で収録されている。 https://www.franceculture.fr/emissions/la-compagnie-des-auteurs/francois-mauriac ジャン・アムルーシュとポール・クローデルの対話 「Quand Jean Amrouche interviewait Paul Claudel」。動画なのでジャン・アムルーシュとクローデルの姿が見られる。ちなみに上のジャン・アムルーシュとの対話の中で、モーリヤックは自分よりノーベル賞を受賞するにふわさしい作家としてポール・クローデルの名を挙げており、この詩人・劇作家(そして外交官でもあった)に相当な敬意を抱いていたようである。 https://www.youtube.com/watch?v=Q74jyFdWLU4