CUKUP BAHAGIA
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重要なのは影の上に立っている事

さあ、今年は日記を書くぞ、と意気込んでから6ヶ月が過ぎて、今年も残り6ヶ月になった。


下手したら今年初の日記。


去年の年始には目標を立て、その目標を全てクリアすることができた。

今年は今年で立てたのだけど、毎日を少し丁寧に生きる、という漠然としたものでクリア条件がわかりにくい。


例えば、着用したセーターは夜ブラッシングをするとか、色々なものにアイロンをかけるだとか、そういうことをしたい。


乳幼児の育児はなんだか忙しくて、ここ3年とても雑に生きてきた。こなしてきた、という表現が正しい。

今年の5月に息子が3歳になったので、えいや、と近くの幼稚園に入ってもらった。


最初の1週間は泣きながら登園したものの、今や先生に走り寄って抱きつくまで、懐いている。プロすごい。


息子は、言葉が遅く、多動気味で団体行動が心配で仕方なかった。

クレーンがあり指差しなどがなかったことから、障害なのでは、と、ことばの相談に行ってみたりしたこともあった。


相談先にいた保健師のお姉さんに懐き、鬼ごっこを誘っていた事から、まあ言葉は遅いけど人に興味があるようなので様子見ましょう、と言われて、しばらくしたら喋り始めた。


話さなくてもインプットはしてます、とよく言われていたけれど、息子も急にランボルギーニやら山岳救助車やら大好きな車の名前もスラスラ言い始めたときは、驚いた。本当にそうなんだ。


直感的行動が多く、don't think, feel な息子だが、スイミングに母子分離で通うようになり、幼稚園に入ると、意外と団体行動を楽しんでるようで、先生に毎回のように、今日も楽しそうでした。今日もお歌を歌ってました。と陽気な報告を受け、ほっとした。


自宅保育が終わり、やや寂しさも感じたけれど、在宅の仕事を増やし、以前より少しだけ丁寧に生活できるようになった。


最近の癒しは漁師の弾くカンパネラ動画と熊川哲也のドンキホーテ動画。


近況の覚書までに。

タイヤに釘が刺さりがちな人生

タイヤに釘が刺さった。


人生で2回目のタイヤに釘、である。


最初のタイヤに釘は10年以上前に、ガソリンスタンドへガソリンを入れに行った時に、店員さんにタイヤに釘が刺さっていて修理しないと危ないですよ。と指摘されたのだった。


まだタイヤの中にエアこそ残っていたけれど、急にバーストすることもあるらしい。

なんと、それは危ない。


あいにく、現金もカードも持ち合わせがなくガソリン代を支払ったら500円ほどしか残らなかった。


店員さんに、ではお金を用意して出直します。と言うと、店員さんに危ないからそのまま帰すわけにはいかない、と無料で修理をして頂いた。


人を見たら泥棒と思うように育ってきた私には目から鱗の出来事だった。なんて良い人なんだろう。

この人はこんなに徳を積んで来世ではどうなってしまうのだろうか。




そして昨日の朝、2回目のタイヤに釘だった。


朝、いつも通り、仕事の納品に行こうとすると斜向かいの新婚さんの家を建てている大工さんに止められた。


パンクしてるから運転しない方がいいよ。との事。

見てみると、エアがすっかり抜けてだらしなくなったタイヤに釘が刺さっていた。


夫は仕事に行っており、後部座席にはイヤイヤ期の息子が乗っており、納品後にはプレ幼稚園もあり、頭を抱える状況だった。 


しかし、大工さんが、スペアあるなら、取り替えるよ。と言ってくれてスペアはなく応急処理キットだったのだけど、とりあえずおんぶに抱っこで走行可能な状態にしてくれて、何事もなかったように現場に戻って行った。


タイヤに釘が刺さるたびに、私の目から鱗が落ちる。


不景気だの円安だの増税だの少子高齢化だの嫌なニュースは多いけれど、市民レベルだと良い話多いぞ。と。


人に助けられることが多い。

子育てをしてると、またさらに多い気がする。

手助けなしではどうにもならない事もある。


助けられた分、私も見知らぬ人が困ってたら助けなければいけない。

ついつい、元人見知りとしては話しかけたら迷惑かしらん、とか思ってしまっていたけれど、とりあえず話しかけたらええやん、と思えるようになってきた。


じゃがいもが一個足りなければ隣の家に借りに行けば良いし、醤油は一升瓶で買えばいいし、そういう暮らしもいいよなぁ、と思える歳になったのかもしれない。



それにしても、タイヤに釘が刺さりがちな人生だなぁ。前世で徳積んでなかったんだろうな。

猛暑は洗濯が早く乾く

朝はどんより曇っていて、今日は猛暑にならぬかと思っていたら、いつの間にか晴れていて、漏れなく猛暑になった。


猛暑は洗濯が早く乾く。


体を動かしたい盛りの子供がいるので、月曜日にスイミングに行き、火曜日に水族館のある公園で水遊び、水曜日にプレ幼稚園で水遊び、木曜日にスイミング、金曜日にはひまわり畑のある公園で水遊びだったのだけど、水着1枚でローテーション出来た。


1週間が多種性のある様々な水遊びで終わっていく。


子供の頃の夏休みって、確かに水遊びだったな。と思う。

私が小学生の頃は、公園の噴水で水遊びであるとかお花畑のある公園の年パスを買って水遊びとかではなく、シンプルに川へ行っていた。


2時間に1度くらい心配性の母が見に来たが、果たして心配性だったのだろうか。


我々が遊んでいた川は流れが強くカーブがきつかった。分類すると結構上流で、流れが割と清らかな一級河川だった。

早い流れは岩にぶつかり90度の角度で左にカーブしていた。

岩にぶつかる場所の水深は子供の背丈より30センチほど高く、川底に足をつけられるほど潜れる事がステイタスだった。低俗だ。


よくぞ無事で、と思う。


川からは水着のまま家まで帰るのだけど、なぜだか川帰りの子供たちの頭の上には間違いなく蚊柱が立って、手で払いながら帰った。


それを夏休みの間、飽きる事なく繰り返していた。

とても退屈だったのだろうけど、日々の日記は溜めていたし、計画的に宿題を終わらせることはなかった。


こういう子供が大人になり親になった時、子供にどう指導すればいいのか、今から心配だけれど、まあ、どうにかなってるからどうにでもなるのかもしれないと思う。




今日の日記は、友人が講師として出ていたYouTubeの日記の書き方を拝聴し、彼女の提唱する日記のおすすめの書き方、感想禁止で書いてみた。


しばらく日記をつけたいなぁ、と前回も前々回も思ってた気がするけれど、思ってただけだった。


しばらく日記をつけたいなぁ。



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