前回の記事にも書いた通り、今日から 『リハビリテイション』 のセルフライナーノーツを連載していきます。
第1回はもちろん 『リハビリテイション』 の1曲目 『イーハトーヴ』 。
初回ということもあり、試験的にメンバーと語り合った対談形式を顔アイコン付きでお届けします。
次回以降のセルフライナーノーツの形式は、Twitterでのアンケート等で皆さんの反応を見て決めたいと思います。
(※なお今回はGt.こにーとDr.江口が多忙のため、主にVo.神部とBa.dinoのふたりが中心になって語っていきます)
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目次
1.自分にとって 『イーハトーヴ』 とは
2.タイトルの由来
3.タイトルの印象について
4.韻を踏むことへのこだわり
5.制作時・演奏時に意識してきたこと
6.余談
7.Gt.こにーからのコメント
8.Dr.江口からのコメント
9.メンバーランキング
10.神部の一人語り
▶ 楽曲制作に至った経緯と当時の心境
▶ 歌詞について
11.次回予告
※追記※
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1.自分にとって 『イーハトーヴ』 とは
【神部】
早速だけどdinoの中で 『イーハトーヴ』 はどんな曲?
【dino】
そうやなあ、個人的にはシンプルなエイトビートで構成されていながらも皮肉っぽい導入の歌い出しや歌詞のある種モラトリアム感もあって、ある意味自分の中の20代を表したような曲かなと思う。
【神部】
そうだね。言ってしまうとすごく単純な作りの曲だし、後半で感情の昂りとともに音が激しくなるところとかも王道なロックサウンドだと思う。
歌詞が皮肉っぽいのは2番もだけど、ただ斜に構えてるだけのひねくれた内容では終わってないよね。
【dino】
そうやね、あくまで皮肉っぽいという体裁ではあるけど、個人的に 『イーハトーヴ』 の歌詞は現状を変えたい、自身が変わりたいけど変われない自分へのフラストレーションとか、そういうところに良さがあるんじゃないかなあと思うよ。
慈雲的には 『イーハトーヴ』 はどういう曲?
【神部】
自分の中ではとても優しい曲だと思ってるんだけど、さすがに外見上は攻撃的な内容だから、歌詞を書き上げた当初は 「こんな言葉を歌にしていいのか?」 って少し不安になったことを覚えてるよ。自分にしては思い切ったなあって。形にするのは結構勇気が要る歌だった。
『イーハトーヴ』の中にある悪意とか敵意とか皮肉は、やっぱり
「変われない こんな不甲斐ないぼくでも 明日を迎えたいよ」
って気持ちの裏返しというか、満たされたいからこその苛立ちや悲しみの表れだと思っていて。
【dino】
前身バンド時代の慈雲には書けなかった歌詞かもしれんね。そういう意味でもこの曲がアルバムの1曲目にきてるっていうのはバンドの (というか慈雲の) 成長みたいなのを提示できたかもしれんね。
【神部】
『アドバイス』 (※前身バンドTHE VESPERS 『昨日のおとしもの』収録曲) の経験が活きたのかも。
下手をすればいきなり反感を買うような、しかもキラーチューンでもないこの曲をアルバム1曲目に持ってくる辺りでぼくらのひねくれ具合がよく分かるよね(笑)。 試聴機でこれを最初に聴いただろう人のことを考えると、今さらながらちょっと申し訳ない気持ちになる。
この歳になって読み返すと、どうしても不満を叫んで駄々こねてるだけのように見えてしまう部分もあるんだけど、共感してくれる人はきっといるはずだって思って作ったんだよね。
【dino】
モダンタイムスでのライブで 『イーハトーヴ』 やったこと……正直あんまり覚えてないな。なんかトピックスあったっけ?
【神部】
その日はぼくら目当てじゃない社会人のお客さんが結構いたんだけど、『イーハトーヴ』 はライブで演奏しても全然人気のない曲だったのに、2番Aメロの
「全然頼りにならない上司」
辺りからお客さんたちがウオオって盛り上がり始めて(笑)。ライブが終わった後にも、初めて会う人たちが
「めっちゃ分かります、うちの上司もほんとにひどくて……」
なんて話し掛けてくれたんだよね。
その時に、「ああ、必ずどこかに分かってくれる、共感してくれる人はいるんだなあ」 ってしみじみ感じたんだ。だからぼくはその日のことをよく覚えてる。
【dino】
なるほど(笑)。
確かに 「全然頼りにならない上司」 ってフレーズは会社勤めの人にとってはめちゃくちゃキラーフレーズやろうな(笑)。
そういう一期一会の出会いで一発で共感してもらえるという意味でこの曲の持つ力は凄いなと思う。
【神部】
「頼りにならない」 どころか殺意さえ抱く人もいると思うし、というかぼく自身がまさにそうだったし、歌詞をそう書いてもよかったんだけれど、人の憎悪を増長させるための曲ではなかったからやめたんだよね。
今の時代だったら 『うっせぇわ』 とかの方がはるかにそういう共感を呼んだだろうけれど、『イーハトーヴ』 は似たようなこと言ってるようでまったく別の意図をこめてるから、この曲にはこの曲の “役割” があったんだろうなあ。
意外にも 『イーハトーヴ』 がいちばん好きだって聴き手もいたし、どんな形で自分たちの音楽が受け止められるかは、相手の手に委ねてみないと分からないってことがあるのかもね。
【dino】
そうなんよね、ライブで盛り上がる曲だけが人気があるってわけじゃないもんね。人には人の音楽の受け止め方があるから、書き上げた当初慈雲は少し不安だったやろうけど、実際世に出してみて受け入れてくれる人がいて……っていうのは本当にありがたい事やね。どの曲にも言えることやと思うけど。
【神部】
本当にdinoの言う通りだね。ともすればただの “公衆トイレの落書き” とか “チラ裏” とか言われて終わるかもしれないって不安も、誰かが意味のあるものとして受け止めてくれると、作ってよかったなって思えるよね。
【dino】
ある意味音楽における歌詞って、どんな有名な曲でも突き詰めれば “チラ裏” なんかもしれんよな、とちょっと思ったわ。めちゃくちゃ暴論やし言い方はアレやけど、どんな便所の落書きからも汲み取れる思いがあって、それを気にいる人がどこかには必ずいると思うのよね。もちろん僕らや、慈雲は便所の落書きと思ってやってるわけではないんやけどさ(笑)。
【神部】
確かにそうかも。言いたいことはとてもよく分かるよ。あくまで始まりはものすごくパーソナルなものであって、それ以上でも以下でもないんだよね。あとはどれだけ多くの人がそれを 「自分と同じだ」 って錯覚できるかってところにウケるウケないの境目があるのかも。もちろんそれ以外の要素だって山ほどあるけれどさ。
ぼくらはそれこそ “BAA BAA”(メーメー) だから、狭いマンションの一室から弱々しく叫んだ思いが、こうして思いも寄らない形で他者の耳と心に届いていくってことは幸せなことだよね。
そしてぼくらにとってはそんな瞬間こそが、あの曲で歌った 「誰かと笑い合える場所」 、つまり 「イーハトーヴ」 なんじゃないかな。
【dino】
そうね、ここじゃないどこか、つまり劣悪な現状から抜け出した先で笑い合えるところこそが 「イーハトーヴ」 なんやろうな。
【神部】
うんうん。 『イーハトーヴ』 で言う 「ここじゃない」 の 「ここ」 っていうのは、単純に自分が置かれている境遇や環境だけではなくて、本当は 「自分自身が他者を憎んだり侮ったり蔑んだりしている心の在り方」 なんだってぼくは思ってる。
「“ぼくだけの”イーハトーヴ」 なんて存在しないに決まってるんだよね。全部を否定して拒絶して孤独の中にいる人間が、理想郷に辿り着けるはずがないんだからさ。
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2.タイトルの由来
【dino】
ちなみに 「イーハトーヴ」 っていう言葉の引用元は?
【神部】
これ前にも話したことあったっけ? 「イーハトーヴ」 は宮沢賢治の物語に出てくる理想郷のことなんだよ。岩手県の 「いはて」 を文字って 「イーハトブ」 とか 「イーハトーヴォ」 とか、宮沢賢治はいろいろな表記をしていたみたい。
個人的にいろいろな観点から宮沢賢治をそこまで好ましく感じている訳ではないんだけれど、たぶん小さい頃によく読んだ物語が頭の片隅に引っ掛かってて、拝借したくなったんだろうなと思う。あんまり曲のタイトルになさそうな独特の響きってところも好きで。
でもよく考えたらサン・テグジュペリの 『夜間飛行』 を拝借したりもしていて (※前身バンドTHE VESPERS 『昨日のおとしもの』収録曲) 、これはもうぼくの趣味みたいな領域なのかもしれないね。
【dino】
なるほどね。自分はあんまり活字読む習慣のあるタイプではないから、宮沢賢治も正直国語の授業で習ったくらいの話しか知らんかったのよね。
小説や英語から楽曲のイメージやタイトルを拝借するってのは (もちろんその逆も) 割とよく目にするけど、引用元は個人が歩んできた道によって違うから、そういうのはイチ受け手として単純に楽しんでる。なので今後も良い趣味としてとっといてください(笑)。
【神部】
国語の教科書なら 『やまなし』 とか? 「クラムボンはかぷかぷわらつたよ」 のやつ。ぼくは 『オツベルと象』 だったよ、ってこれどうでもいいね。
ぼくの中では宮沢賢治はオマージュ、サン・テグジュペリはリスペクトって感じで名付けたけれど、どういう思いや願いでつけるかっていうのは本当に千差万別だろうから、作り手ごとのこだわりやクセみたいなものも作品鑑賞の醍醐味かもしれないね。今後も何かそういう出典元ある系の曲作れたらいいな。
【dino】
そうそう、 『やまなし』 だったな。 『オツベルと象』 はもはや分からんな……。
楽曲内で他楽曲のフレーズや音色なんかの引用なんかも作り手のバックボーンが見えて聴き手としては楽しかったりする部分でもあると思うけど、他媒体の作品からの影響がある作品ってのは今後も単純にあっても楽しいよねと思うよ。
【神部】
この話がやまなしオチなしだった(笑)。
うんうん。 「このフレーズって絶対あの曲のオマージュでしょ」 って気付く時とか楽しいもんね。
実はもうずっと前から他媒体のタイトルを拝借したい、というか、その作品の内容自体を曲にしたいと思っているアイディアとかもあったんだけど。結局形にできずじまいで今日まで来てしまった、なんてこともあるね。
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3.タイトルの印象について
【神部】
dinoはこのタイトルを聞いた時、どう思った?
【dino】
『イーハトーヴ』 ってタイトル自体、個人的に聴き慣れない単語やったから、説明受けるまで 「なんのことなんやろう?」 くらいに当時思ってたような気がする。でもまあ、説明を受けて腑に落ちた感じかな。理想郷を表す単語は他にも色々あると思うけど、「イーハトーヴ」 っていう語感は慈雲っぽいなと思った。
俺の知る限り慈雲は 「エルドラド」 とか 「ニライカナイ」 とかじゃないやん(笑)。
【神部】
今言われて思い出した。そうなんだよ、ぼくが 「ユートピア」 とか 「アヴァロン」 って歌うのは違うだろうって思ってた(笑)。
【dino】
アヴァロンはギリギリかろうじて言ってそうかな……(笑)。
【神部】
一部の人はアヴァロンが別の言葉のルビとして脳内再生されてそうだから絶対に言わないよ(笑)。
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4.韻を踏むことへのこだわり
【神部】
タイトルを 『イーハトーヴ』 に選んだもう一つの理由は、
「イーーハトーーヴ」
って歌に対して、
「いいーやとーー」
とか
「しーーたをーー」
って韻が踏みたかったってこともあったかな。この曲も韻を踏むことを大事にしてる曲だから。
【dino】
そうやね、この曲に限らず慈雲は結構同メロディーの韻を大切にする傾向はあるな。
【神部】
その辺はやっぱり洋楽や海外の童謡、あとJラップの影響だと思う。しっかり韻を踏んだ歌っていうのは、1番と2番とか、全体を通して聴いた時に、無意識レベルで心地よく感じられるものだと思っているし、ぼくの書く歌は内容的に楽しくないメッセージ性の強いものだから、せめてどこかに 「音」 を 「楽」 しむ要素があって欲しいなって。
【dino】
あくまで歌をひとつの楽器として見た時に、単語の響きを楽しめるってのも音楽としての大きな要素やもんね。
【神部】
そうそう。言葉はメッセージだけでなく、同時にリズムだったり音色 (おんしょく) だったりするから。
たとえばトレモロイドの小林陽介さんの書く歌詞は、ぼくには絶対真似できないような言葉の組み合わせで、もはや意味内容を超えた質感としての “音” を歌詞にしてるんじゃないかとさえ感じさせられるんだよね。歌詞と一口に言ってもいろいろな役割があるなあと思う。
【dino】
言葉としての内容を保持しつつ韻もしっかり踏んでいくってなると、これまたちょっと職人仕事っぽい感じになるわけね。
【神部】
そうなのさ。書き表したいことと、メロディ上の文字制限、それらの大前提の上で韻を踏むっていうのはすごく難しい作業なんだよ。そこに心血を注いできたし、上手くいった時はかなりの達成感があったね。
それだけ苦労していたからこそ、いつもスタジオでみんなにどこがどう韻を踏んでるかって力説してきたけれど、大体はこにーちゃんに 「分かってるから」 って冷たくあしらわれて終わってたなあ……(笑)。
【dino】
まあこにーちゃんは分かってるかもしれんけど、他の人は分かってないかもしれんから元気出して(笑)。
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5.制作時・演奏時に意識してきたこと
【dino】
曲全体に対しての 「歌」 もそうやけど、慈雲はギター弾きながら歌ってるわけで、その辺りでなんか特に 『イーハトーヴ』 を作ったり演奏したりする中で気を付けてたこととかある?
【神部】
この曲はよくも悪くも音数が少ないから、バッキングギターがきちんとリズム隊と融合して、歌・リードギター・リズム隊の圧って3要素にまとまって聞こえるように心掛けたかな。
そもそも 『リハビリテイション』 を発売する前に、バンドとしてもっと成長しなきゃいけないって意識が高まって、バンドアンサンブルを整えることに注力した時期があったじゃない? その時にくみちゃん (※Dr.江口) から指摘を受けてドラムとバッキングのリズムを揃えることの大切さを改めて気付かされたおかげで、シンプルな 『イーハトーヴ』 にも説得力が出たんだろうね。
レコーディングするにあたって、バンドアンサンブルって観点でもこの曲は以前よりきちんとした構造で組み立てられたんじゃないかなと思ってるよ。
【dino】
そういえばアンサンブル強化期間として少し時間を設けたことあったね。
イーハトーヴは曲がシンプルな分そういった基本的な事が露骨に演奏に出る曲かもしれんね(笑)。
【神部】
あの時は3ヶ月間のライブ活動休止でも長く感じたのが、今では5年だからなんとも言えないね。
【dino】
ほんまになあ。わからんもんですな……。
【神部】
この曲はdinoもぼくと同じでずっと8分連打だけど、演奏しててやり甲斐とか楽しさを感じるのはどのへんだった?
【dino】
自分は演奏面においては8分音符を連発する事は常なので、気を付けてることは慈雲と大体同じかな。
基本的には大体どのライブでもわりとほぼ同じフレーズを弾いてるけど、フレーズ構成については後半の歌詞や歌唱での気持ちの昂りに合わせて気持ちを盛り上げるようなフレーズを意識して作ってはいるかなあ。
【神部】
うん、塩むすびと同じで、シンプルな分だけ素材や作り方にこだわらなきゃいけないってことだね。
dinoは (特にぼくの) 歌心をとてもよく理解しているベーシストだから、昔から曲の展開に合わせてフレージングしてくれるよね。
【dino】
先述のように曲がシンプルだからこそ丁寧に演奏して、曲を波に乗せて行くみたいなイメージで演奏してて、それは楽しいかな。
【神部】
丁寧に演奏しつつ、 「曲を波に乗せていく」 って表現いいね。その感覚とてもよく分かる。全員が同じグルーヴを刻んで音の塊になった瞬間ってすごい恍惚感だからなあ。
【dino】
なんかステージ上である種の 「すごく整理されたカオス」 っていうと相反するものに感じるけど、そういうものに全員でなる感覚っていうのも独特よやあ。
【神部】
dinoは相変わらず面白い言い方をするよね。みんなもそうなのかは自信がないけれど、ぼくの場合は自分とみんなの境目がなくなって、途轍もなく長い時間が瞬きする間に過ぎ去っていくような感覚になっていたよ。
日本橋ヨヲコ先生の言葉を借りるなら、
「こんなに溶け合えるもの、ほかにないわ」
としか言いようのない、神秘的な体験だよね、あれは。
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6.余談
【神部】
そういえば中学3年生のぼくの甥っ子が 『イーハトーヴ』 をよく歌ってくれているらしくて。
自分の親戚が時を越えて聴き手になってくれるっていうのは、びっくりな話だよね。
【dino】
音源、作っとくもんやなあ……。
そういう風に今でも親しんでくれてるのはありがたいなあ。
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7.Gt.こにーからのコメント
【こにー】
『イーハトーヴ』 はギターがいつも使ってるメインのギターじゃなくって、ジャガー使ってるんよな。
これによって、他の曲に比べてちょっと音が軽い感じになってるんやけど、個人的には特に江口のドラムを聴いて欲しいなーと思ってやってたのよね。
シンプルなビートって、すごく単調な毎日みたいなものが現れてる気がしてて、特にこの曲の江口のスネアの叩き方が結構好きでそこが目立つような音作りにしてる感じ。
あと個人的にはそのギターは弦ごとの音の分離感があって、ワンストロークの中でもどの弦にアクセントを置くかでコードの表情が変わるから、同じようにジャーンと弾いてる部分でもそれぞれの違いを聞いてもらえると嬉しかったりする。
【神部】
こにーちゃんは普段はポールリードスミスだけど、 『イーハトーヴ』 だけジャガーだったか。
くみちゃん (※Dr.江口) が叩いてる8ビートの、特にギターソロ辺りのビート感、あの辺とかとてもいいよね。いつもスタジオ練習やライブの時に、音の勢いが増すにつれてダンサブルな叩き方になるくみちゃん (※Dr.江口) を見てるのが好きだったなあ。
ブログ記事
「“さいしょ”の聴き方」 でも少し触れたように、そういうこにーちゃんのギターや各メンバーの演奏の細かなニュアンスにも耳を研ぎ澄ませてもらえたら、ぼくらとしては本望だよね。
【dino】
あ、こにーちゃんのギターのくだりで思い出したんやけど、この曲だけリッケンバッカー使ってるお。
他の曲は今は手放したジャズべで弾いてるんやけど、この曲はシンプルな構成なのでちょっとベースの音にアクセントが欲しかったからっていう単純な理由でした(笑)。
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8.Dr.江口からのコメント
【江口】
演奏時のイメージとしては 「泥臭いもがき」 で、無力な自分を見ないふりして、打破したい現状を無理やり押し進めているような感じ。
シンプルなリズム隊は粗が目立ってしまうので、それを隠すという意味合いも重ねてドシドシ突き進むように意識してた。
アルバムの中でこの曲だけカンベさんのブレスから始まるから、演者の俺たちにとって特別な始まり方 (曲の機嫌をカンベさんに委ねる形) になること、加えて歌詞の冒頭が 「疲れた」 で始まってアルバムタイトルの “リハビリテイション” の意味合いをいきなり聴き手にぶつけるから、 「始まりの曲」 って認識が強くなって、アルバムの曲順決める時にこの曲は迷いがなかった気がする。
あとライブとCDの違いというか、俺たちのアンサンブルは基本的に清流じゃなくて濁流になるようにできているので、そういう意味でも自己紹介というか口上というか、
「俺らこんな感じやから期待してた感じと違ったらすまんな!」
って観客にジャブできる曲という認識。
【神部】
くみちゃん
(※Dr.江口) はこれまた簡潔明瞭、かつ核心にも触れるコメントをくれたね。改めて感じるのは、うちのメンバーはミュージシャンとしてのプレイヤー的な意識はもちろん、表現者としての視座もしっかりと持ち合わせて楽曲に向き合ってくれるよね。そういうところがバーバーの自慢だな。そして締めくくりには自分たちのことながらちょっと笑ってしまった。
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9.メンバーランキング
『イーハトーヴ』 ランキング
神部: 9位
こにー: 4位
dino: 5位
江口: 7位
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10.神部の一人語り
▶ 楽曲制作に至った経緯と当時の心境 ◀
『イーハトーヴ』 は、 『リハビリテイション』 発表に向けて楽曲を次々に作っていた2012~2013年にかけて、ガス抜きの気持ちで書き始めた記憶があります。ドラマチックだったりキャッチーな印象の歌は他の楽曲がその役割を負ってくれるだろうと思ったので、あまり複雑なフレージングや奏法はしないシンプルな構造で、かつアルバム収録予定曲の中では少なかった明るめの音像で作ろうとしました。
当時のぼくはアルバイトに出勤する時やライブハウスに向かう時、
二条livehouse nano の店長 もぐらさんから貸してもらった中村一義の 『セブンスター』 をよく聴いていました。
オブリを効かせたメロディアスなギターを、飾らないストレートなエイトビートに乗せて、どこか宙を漂うような飄々とした声で歌われる、現実への落胆と理想の自分を希 (こいねが) う思い。この楽曲のそんな音像と詩世界に同調していたぼくは、自分にとっての
「クソにクソを塗るような 笑い飛ばせないこと」
が何なのだろうと考え、またそれをどうにかして歌に落とし込みたいと思っていた節があったような気がします。
『イーハトーヴ』 を生み出す一つの契機というか、ヒントになってくれたことに違いはないので、興味を持たれた方はぜひ一度聴いてみてください。
ちなみにぼくは1番サビ終わりのリバースエフェクターによるギターフレーズから楽曲が始まる、アルバム 『100s』 収録版の方が好きです。
▶ 歌詞について ◀
これまで様々な楽曲で他者への怒りや皮肉めいた負の感情を歌にしてきたように、この歌でも同様のエナジーを出発点に書こうとしたぼくの頭に最初に降って湧いたのは、身も蓋もない
「疲れた」
の一言でした。くみちゃん (※Dr.江口) もコメントしてくれていた通り、これが結果的に 『リハビリテイション』 の11曲を紐解くための重要なキーワードになるとは自分自身思いもよらなかった訳ですが、結果的によかったと感じています。
なぜこのアルバムが 「疲れた」 の一言から始まるのか。これから一つずつ楽曲を語っていく上で、ぜひこの問いを抱きながら付き合ってもらえたらと思います。
一部の鋭い聴き手の人からは既に指摘された過去もあるのですが、ぼくの書く楽曲はいつも、
「ここにいる」
「ここにいない」
という存在の有無、自己と他者、その心の所在がテーマとして根底にあります。 『イーハトーヴ』 はまさにそんなぼくの特徴が顕著に表れた歌で、実際サビでも自身の置かれている境遇について 「ここじゃない」 と繰り返しています。その点ではこの楽曲も紛れもなく “ぼくの歌” と言ってもいいでしょう。
ですが多かれ少なかれ、誰しも一度は集団の中で居心地の悪さや疎外感、場違いに思える感覚を抱いた経験があるのではないでしょうか。自分の現状、自分を取り巻く環境に対する不満やもどかしさならなおのこと思い当たる節があるはずです。
『イーハトーヴ』 ではそういう鬱屈とした感情の原因を他者や環境に見出そうとしていて、自分の不快感や嫌悪感を根拠にさえすれば、どこまでも他人を侮蔑し貶めていいとでも言いたげな独白が続いていきます。
しかし、他者に向ける刃は結局どこかで自分に返ってきてしまう定めなのかもしれません。不満や渇望や苦悶によって機能不全に陥っていく心の、本当の在り処を求める思いが人として自然な葛藤なのだとしても、たとえば
「もしも自分がもっと違う生き方ができたなら」、
「もしも誰かを恨まず妬まずにいられたなら」、
といった自己嫌悪や自責の念をひとたび抱いてしまえば、真に問題なのは自らを取り巻く環境でも周囲の人間でもなく、自己自身に他ならないのではと気が付いて、愕然としてしまう場合もあるでしょう。
そして、それ自体もまた結論とするには不十分です。これではただ傷付ける相手を、他者から自己に変えただけの話になってしまっているからです。しかも自分を苦しめる環境も他者も、既に現実の問題として起きてしまっている以上、何の解決にもなりはしません。
それならぼくらは一体、心をどんな色にして歩むべきなのか?
1番2回目のAメロの終わりも
「泥だらけの尊厳は どこで報われていく?」
という、どこに向かって叫んでいるのかも分からないような悲鳴じみた問いで結ばれていますが、これらの問いへの答えは、すでにdinoとのやり取りで語った通りです。
誰からも罵られず、誰からも嗤われずにいられる場処を見つけていく意思と欲求は、誰にだって必要で、守られるべきものです。ただ、それだけを追い求めていくと、自分でも知らずしらずの内に生ぬるい甘やかし合いの場へと逃避していく在り方になり兼ねません。
嗤われない安全圏に逃げ続けるのではなく、嫌気が差すほど不甲斐ない “ぼく” と “あなた” のままで、いつか笑い合って、ゆるし合えたなら。
その時にはきっと、ぼくらが立っている場処はほんとうの
ここ = イーハトーヴ
になるのではないでしょうか。
まったく同じとまではいかなくとも、顔では笑って心では怒りや恨みを蓄えた過去のある人たちが、この歌を聴いて、もしも自分の悲しみや苦しみを見出してくれるのなら。その後でも構わないから、どうかそんな思いを互いに抱ける日が来ますようにと、願っています。
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11.次回予告
ライブで演奏する機会は少なかった曲だけれど、こうして話してみると、やっぱりぼくら一人ひとりの中にきちんと根を張った曲だったんだな、と思い直しました。
メンバー自身が楽曲を語っていくセルフライナーノーツ第1回、『イーハトーヴ』はいかがだったでしょうか?
このメンバー間のやり取りを読んで、また違った味わい方でもう一度耳を傾けてみてもらえたらと思います。
※追記※
Web上から直接ブログにアクセスされている方向けに、Twitterのバンドアカウントでツイートしたアンケート投票のリンクを貼付しておきます。
その下はちょっとしたおまけです。
次回のセルフライナーノーツ第2回は全バンドマンと創作家にとって永遠のテーマを歌にしたあの名曲、『ヴァイタルサイン』をメンバーが語ります。
更新は2月19日頃を予定していますので、一ヶ月後をお楽しみに。それまでに未発表デモ音源の公開も一つできたらと考えています。
皆さん、どうぞ身体と心を大切にお過ごしください。