神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編②~(パソコン読者用)
※2010年・2月11日の記事を再編集
時刻は13時20分になりました。
今から森に入っていくため、服を着替えます。僕はスポーツウェアを脱ぎ、タオルで体を拭いて、探検部の長そでシャツを羽織りました。
このシャツは通称、「赤シャツ」と呼ばれています。ネルシャツぐらいの厚さで保温性にすぐれており、すぐにポカポカとしてきます。下はジャージに着替え、靴も運動靴に履き替えました。
しばらく水がないことから、神林リーダーは補聴器をつけました。赤シャツを羽織り、ジャージのズボンに着替えるためにショートパンツを脱ぎ始めたのですが、白のふんどし履いてたんですよ。
帝国軍人か、お前!二言目には「靖国」とか言うような奴しか履かんぞ、白のふんどしなんて!
「神林さん、なんでふんどしなんですか?」
「沢登りはふんどしやろ」
意味わからん!「風呂上がりはビールやろ」みたいに言うなよ!
「めっちゃスースーするで」
フリスクか!フリスク食ったときの感想やんけ、それ!
完全に頭おかしいですよ、こいつ。「よく4浪で済んだな」という話で、同じ大学であることが恥ずかしく思えてくるのです。
「じゃあ今から、森の中に入って行くから!」
神林リーダーの号令で、僕らは森に入りました。
空気はヒンヤリとしていて、少し肌寒いです。地面には、たくさんの残雪があります。木々のあいだを通り抜け、僕は足元に気をつけながら、斜面にゆっくりと足を運びました。
隊列は、神林リーダー、大西、僕、吉田、松山さんの順です。
僕の前には、神林リーダーと大西がいます。昼ごはんを食べたからか、大西の足取りは軽いです。神林リーダーのすぐ後ろに陣取り、2人でしゃべりながら歩いています。
ですが、神林リーダーが大西と2人なのをいいことに、やたらと上からしゃべっているのです。
「大西、沢登りはどうや?」
「楽しいです」
「そうやろ。俺も、沢登りの魅力にとりつかれた男の1人や」
2回目やんな、沢登りすんの?しょっちゅう行ってるみたいな言い方してるけど、たしか自分、去年の夏以来やんな!?
「滝を登るのは怖いか?」
「怖いです」
「慣れる慣れる!そのうちに慣れる!」
やかましいわ!で、沢登りには慣れてもお前に慣れへんねん!滝よりもお前の攻略のほうが難易度高いねん!
「すぐに気持ちよくなってくるから!」
AV男優か!お前それAV男優が初めての人に言うセリフやんけ!
「体の力を抜きや!もっと気持ちよくなれるから!」
AV男優やんけ!AV男優が人妻の緊張ほぐすときに使うセリフやんけ、それ!なんや、沢登りじゃなくて「触昇り」か、これ!?
「日ごろから体を鍛えてたら、そのうちに体が水をはじくようになるわ」
「そうですか」
「体が引き締まってることで水をはじくし、俺なんて今回、逆に体が水を吸収する感じがするもんな」
タンポンか!お前の体、タンポンか!体が水を吸うか、ボケ!
「探検家に1番必要なのは、何やと思う?」
「わからないです。何なんですか?」
「いや、それは俺にもまだ答えが出てないねん」
うざいわ、こいつ!鳥肌立つぐらいうざい!
「ただ1つだけ言えることは、逃げたらあかん、ということや」
逃げまくりやろ、お前!お前かジェンキンスかいうぐらい脱走しまくりやろ!
「それに探検家は、諸葛孔明にならないとあかん。知ってる、諸葛孔明?」
「知ってます」
「策を練って、自然を制す。あの諸葛孔明も、算数が得意やったから総理大臣になれたんや」
ごめん、何国志、それ!?俺の知ってる三国志と違うんやけど、それ何国志の話!?俺も三国志は好きやけど、諸葛孔明が総理大臣になったなんて聞いたことないねんけど!?
「それより探検部にいるあいだは、俺には嫌われへんほうがいいで。俺に嫌われたらここではやっていかれへんからな」
ええ加減にせいよ、お前!もうその独演会に幕を下ろせ!ていうか、お前自身が死ぬほど嫌われとんねん!ほとんど全員、お前のことが嫌いやねん!みんなで学校終わりにボーリングに行くときも、帰るフリしてお前をまいとんねん!
神林は大西に、やたらと先輩風を吹かしています。周囲が引いていることにも気づかず、熱いセリフを連発しています。これがこいつのすごいところで、まったく空気が読めないのです。
15分ほど歩いて、足場の悪い樹林帯に入りました。
草が鬱蒼と茂っており、雪が溶けて、泥地になっています。泥に足を取られて転倒しないよう、僕らはゆっくりと進みました。
時刻は14時になりました。
この段階で、霧が出始めました。雪渓を大きく回り込むために進んでいたものの、自分たちの位置が把握できなくなったのです。
神林リーダーを信じて進むものの、一向に沢に出る気配はありません。大西も遅れ始めました。だらだらと進み、そしてここからこの合宿最大の試練である「ヤブこぎ」がスタートするのです。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~米子沢編②~です。
20分ほど歩いて、ヤブの密生地に出ました。
2メートルを越すヤブが生い茂っており、前が見えません。周囲一帯がヤブに囲まれていることから、なかなか前に進めないのです。
僕らは軍手を装着しました。
手でヤブをかきわけながら、少しずつ距離を稼ぎます。一心不乱にヤブをこぐものの、行く先にはヤブしかありません。ひたすらヤブで、さながらジャングルのようなのです。
行く先々に、蚊やハエがたくさん飛び交っています。たくさんの虫が口に入ってきて気持ち悪く、嘔吐しそうになるのです。
近くに幅の狭い支流が流れており、この支流を道しるべにして進みます。ただ、先人の踏み跡はなく、道らしい道もありません。霧も出ていますし、足場も残雪があって不安定。仲間の位置を確認するのも大変で、迷わないように、距離を詰めて進むことになりました。
ですが、ヤブが多すぎて、隊列もクソもありません。自分の前を進んでいるのが誰かも、わからなくなってきたのです。
僕の前にいた大西がいなくなったかと思えば、「吉田!」と声をかけたら松山さんだったりと、ワケがわかりません。気がつくと僕の周りには誰もおらず、周囲に人がいる気配もありません。遠くで誰かがヤブをかきわける音が微かに聞こえてくるだけで、不安になった僕は、神林リーダーにトランシーバーで連絡を入れました。
「はい、こちら神林!」
「……神林さん、今、どこですか?」
「誰?」
俺や!俺か松山さんしかおらんやろ!この状況でなんでいちいち名乗らないとあかんねん!
「バスコです」
「あっ、お疲れさまです」
リーマンか!そんなサラリーマンみたいなあいさついらんねん、こんなときに!
「神林さん、今、どこですか?」
「ヤブの中」
俺もやわ!奇遇やな、俺もヤブの中やわ!俺もお前もほかの3人もヤブの中やわ!
「居場所を確認したいんで、何か叫んでもらえませんかね?」
「えっ?」
「神林さんが叫んでくれたら、僕はその声の方向に向かうんで!」
「えっ?」
「だからなんか叫んでください!!!」
俺が叫んだわ!もう俺が叫んだわ!俺がお願いしたのに俺がそのお願いに応えたわ!
「バスコ、そこにおったか!」
「神林さん、僕のほうが今からそこに向かうんで、そこを動かないでください!」
「ラジャー!」
うざっ、こいつ!殺し屋雇いたいわ、もう!
15分ほどヤブをこいで、僕は神林リーダーと合流しました。
僕らの周囲に、人がいる気配はありません。ほかの3人もはぐれているようで、3人の居場所を探すため、神林リーダーが声を張り上げました。
「吉田、どこ?聞こえたら返事してくれ!」
「ここです!」
「そこか!俺とバスコはここにおるから、この声の方向に来てくれ!」
「わかりました!」
「松山さん、どこです?」
「ここや!」
「松山さんも、この声の方向に来てください!」
「わかった!」
「大西はどこ?」
「(神林リーダーの近くで)ここです」
横におった!おとなしすぎて気配がわからんかった!
「疲れすぎて、ヤブの中でグッタリしてました」
なんか言えや、横におるんやったら!何をヤブの中で昼寝しとんねん!スナフキンか!
ふと見ると、大西は右手にピンクのゴム手袋をしています。左手は軍手、右手はゴム手袋のおかしな格好をしており、1人でなにやらくすくすと笑っています。
「大西、笑ってるけど、どないしたん?」
「ククク、いや、なんでもないです」
「いいから教えろよ?」
「あのね、バスコさん。ここに来る途中でゴム手袋を発見したんですけど、こんなところに普通、ゴム手袋なんて持ってきます?」
何がおもろいねん、お前!そりゃ1人ぐらいゴム手袋で来る奴もおるやろ!
「これを見つけたときは、誰かの手が落ちていると思って、びっくりしたんです。でも、手じゃなかったんです。うちのお母さんが洗濯で使いそうなゴム手袋やったんです」
だからなんやねん!笑うようなところなんて1つもないやんけ!
「で、これがいざつけてみたら、けっこう使えるんですよ。バスコさん、洗濯ついでに山に登るのも、意外といいかもしれませんね」
病院行け、お前!総合病院のほうに行かないとあかん、お前みたいな奴!
時刻は15時20分になりました。
吉田と松山さんも、ぞろぞろとやってきました。久し振りに全員が合流し、休憩を取ることになりました。
固まって座り、ポリタンクのポカリを回し飲みします。ヤブこぎの連続だったため、全員、くたくたです。赤シャツを着ているとはいえ、ヤブは鋭いです。全員の手や顔がところどころ切れており、ヤブこぎの壮絶さを物語っています。
神林リーダーはここまで、方位磁石を見ながら進んできています。
ですが、方向を見失ったことは間違いありません。仕方なく、松山さんも方位磁石を取り出して位置を確認しようとしたのですが、なにしろ周囲一帯がヤブです。何が何かわからず、通ってきた道がどこかもわからなくなってしまったのです。
支流沿いに進んできたものの、支流も途中でなくなりました。不安で仕方がなく、「遭難」の2文字が頭をよぎり始めたのです。
僕は神林リーダーに訊きました。
「神林さん、この道、あってます?」
「あってるよ」
「ほんまですか?」
「ほんまや。……ほんまや」
不安なるわ!その間がなんか不安なるわ!
「松山さん、あってますよね?」
「……まあ、あってるやろ」
あんたもかいや!あんただけは信用してたのに、あんたも自信ないんかいや!
「なあ、バスコ?」
……俺が訊いてん、お前に!俺が訊いたのになんで俺に確認してくんねん!
その場に地図を広げて、全員で位置を確認することになりました。
遠目に、山の稜線(尾根)が見えます。持参した地図に稜線があるので、ひとまずそれを目安に、だいたいの目星をつけて進むことになりました。
「休憩終わり!じゃあ出発するで!」
神林リーダーの号令で、ヤブこぎを再開させることになりました。
僕らは隊列も気にせず、バラバラになって進んでいきます。
進めども進めども、眼前に現われるのはヤブばかりです。ヤブ、ヤブ、ヤブ、たまにサトウキビを見つけたかと思えば神林リーダーの顔面だったりと、ひたすらヤブなのです。
時折、倒木が行く手を遮ります。下をくぐろうとすると、リュックの先が引っかかって動けなくなったりと、いちいち大変なのです。
ふと振り返ると、大西のスタミナが切れています。ハアハアと言いながら、とぼとぼと進んでいます。松山さんにも見捨てられ、最後尾を1人寂しく進んでいるのです。
ですが、僕に大西を助ける余裕などありません。自分との戦いに精一杯で、ほかのメンバーもそれは同じ。神林リーダーに至っては、はるか先を1人で進んでいます。僕は現在2番手で、しばらくして僕のトランシーバーに、神林リーダーから連絡が入りました。
「お疲れさまです。神林です」
「……なんっすか?」
「ここにヤマウルシがたくさんあるから注意せいよ!」
ここってどこやねん、お前!めちゃくちゃ離れてるからこことか言われてもわからんねん!
「ここを通るときは注意するよう、みんなにも伝えてくれ!」
だからどこやねん、ここって!ていうか、たまには松山さんにも連絡せいや!なんでいつも俺ばっかり連絡してくんねん!
「神林さん、こことか言われてもどこかわからないですよ」
「えっ?」
「こことか言われてもどこかわからないですよ!」
「えっ?」
「こことか言われてもどこかわからないですよ!!!」
「……いや、俺、JR」
どんな耳してんねん、お前!電車の話なんてしてないわ!「今日、ここに阪急電車で来たん?」とか訊いてないわ!
しばらくして、イバラの群生地に出ました。
その先を神林リーダーが進んでおり、ほかに道はありません。ここを抜けるしかなく、僕はイバラに触れないようにゆっくりと進んだのですが、それでも体に当たってきます。痛くて痛くて、SM嬢にずっとムチで殴られているみたいです。「慰薔薇CLUB」みたく、本当にありそうなんですよ、こういうプレー。
時刻は17時になりました。
全員が合流し、この段階で、霧が濃くなってきました。
かなり進んだものの、山の稜線は霧に隠れて見えません。陽も落ちてきたので、神林リーダーの指示で、今日の沢登りはあきらめて、計画を練り直すことになりました。
ヤブに囲まれた場所で、テントを設営します。ヤブを手で押さえつけてスペースを作り、僕と吉田が苦労して設営し終えたのですが、靴を脱いだ神林リーダーの足が昨日にも増して臭いのです。
もう切れ、足!切っちまえ、もうそんなゴミみたいな足!言うとくけど、今もしジェイソンが来たら、まずお前の足切るぞ!殺すのはそのあとや、まず足をつぶしにかかるわ!
テントに荷物を運び、晩ごはんを作ることになりました。
ところが、ここで1つ、大きな問題が発生したのです。
それは、水です。水がないんですよ、水が。
すぐに雪渓を迂回できると思っていたことから、沢の水を汲んでいません。序盤は支流沿いに来たとはいえ、まさかこんなところで寝泊りするとは思っていませんでした。油断と疲労が、僕らに水のことを失念させていたのです。
水を汲みに下山したくても、濃霧のためできません。2リットルを2本用意したポリタンクのポカリも、ほとんど残っていないのです。
なのに、こんなときにかぎってカレーうどんなのです。辛くてノドが乾くのは明白なのに、神林リーダーのせいで、何もかもがおかしくなったのです。
腹立つわ、こいつ……。で、鼻毛出すぎやねん、こいつ……。出てるほうが多いやんけ……。
結局、ヤブに付着した雪を、水代わりに飲むことになりました。雪でカレーうどんを完成させ、雪をかじりながら食べるという、ありえない食事をすることになりました。
食事をしながら、明日の計画について話し合います。
本来なら今ごろは、米子沢の源頭にいるはずでした。源頭で1泊し、尾根伝いにすぐに下山して、次の目的地であるナルミズ沢に移動するはずでした。
今となってはもう、それは不可能です。結果、選択肢は2つ。1つ目は、米子沢をもうあきらめる、という選択肢です。
明日の午前中に尾根に移動します。尾根を伝ってすぐに下山し、ナルミズ沢に移動します。ナルミズ沢には、米子沢の入り口から6時間以上かかるものの、これならゆとりを持って移動できます。そして、その日の夕方にナルミズ沢を軽く遡行し、山中で1泊します。最終日である翌日に源頭を制覇し、その日の夕方までに下山すれば、現地で解散できるのです。
もう1つは、事前の計画を完遂するという選択肢。明朝すぐにヤブを制覇し、雪渓を迂回して沢のルートに出ます。駆け足で源頭を制覇し、尾根伝いに出てすぐに下山し、ナルミズ沢に移動します。到着は夜中になるものの、うまくいけばぎりぎり、当初の計画を遂行できるのです。
神林リーダーは、後者を選択しました。
事前の計画を完遂できなかったとなると、その後、部会で怒られます。リーダーとして、絶対にやり遂げなければならないのです。
一方、僕ら4人は、前者を希望します。落ち着いて移動できますし、なにより、ナルミズ沢のほうが景色がキレイです。ナルミズ沢のほうが楽しく、この合宿を計画した松山さんも、本命はナルミズ沢のほうなのです。
ですが、神林リーダーは譲りません。
「リーダーは俺やから、俺の言うことを聞いてくれ!大丈夫!絶対になんとかするから!」
一歩も引かず、息巻いているのです。
結局、後者を選択することになりました。5時半起きだったのを4時に変更し、起きてすぐにヤブこぎを済ませて、米子沢を制覇することになりました。
僕らは納得が行かないながらも食事を済ませ、テントに入りました。
まだ夕方の6時です。さすがに眠くはなく、メンバーは、紙パックに入った日本酒を飲み始めました。
僕と大西は、お酒が飲めません。素面で雑談し、しばらくして恋愛の話になったのですが、神林リーダーが「俺、彼女おるよ」と言いだしたのです。
ウソつけ、お前!お前みたいな奴を愛してくれる女なんておるか!テレクラでも5秒で切られるわ!
「神林さん、それ、ウソでしょ?」
「ほんまや」
「じゃあ、彼女の名前は、なんていうんですか?」
「……」
「彼女の名前を教えてくださいよ?」
「……陽子や」
ウソ臭っ、こいつ!陽子て、おい!もうちょっとひねれや、いくらなんでも!
「どこで知り合ったんですか?」
「……」
「ほんまに彼女がおるんやったら、知り合った場所を教えてくださいよ?」
「ナンパしたんや」
ウソつけ!お前について行く女なんておるか!地縛霊でもついて行かんわ、お前みたいな奴!
「デートはどこに行くんですか?」
「……」
「デートはどこに行くんですか?」
「潮干狩り」
老夫婦か!お前それ、老いぼれの休日の過ごし方やんけ!夏の海でよう見るぞ、でかいサンバイザーつけたババアと無理して短パン履いてるジジイの組み合わせ!そのあと絶対に海の家に寄って宇治金時食いよんねん!
僕に質問攻めをされた神林リーダーは、しどろもどろです。ただ、どことなく調子に乗っており、「デートはどんな服装で行くんですか?」と質問した僕に、めちゃくちゃ渋い声で「俺は基本、黒の皮ジャンでキメる」って言ったん
ですよ。
気持ち悪っ、こいつ!俺、皮ジャンでキメにかかる奴と初めて出会ったわ!皮ジャンでキメるって、松村雄基か、お前!
「ほぼ、黒の皮ジャン」
なんで得意げやねん!皮ジャン着たらカッコイイって価値観なんやねん!
お酒が入っているため、メンバーのテンションは高いです。恋愛の話が一区切りついた段階で、神林リーダーが「下ネタしりとりしようや」と提案してきました。
このメンバーは全員、下ネタが好きです。暇つぶしにやることになり、順番は、神林リーダー、僕、大西、松山さん、吉田の順。トップバッターは神林リーダーで、「じゃあ俺からいくで!スペ○マ!」って言ったんですよ。
なんでそれ選んでん、いきなり!いきなりスペ○マはないやろ、いくらなんでも!ていうかスペ○マって言葉、日常会話で初めて聞いたわ!都市伝説やと思ってたわ、あの日本語!
「ま、ま、ま、枕営業」
「うなじをレロレロ」
何言ってんねん、大西!即座に何を返してくれとんねん!
「ろ、ろ、ろ、ローショ○プレイ」
「い、い、い、いっぱい出たね」
「根元」
速っ、こいつ!1秒で根元とか言いやがった、神林!
「と、と、と……。『と』なんてあったかな」
「バスコさん、早くしてくださいよ!」
「ちょっと待ってくれ、大西。と、と、と、ちょっと待ってな。と、と、と、トナカイの角で突く」
「クリ派」
速っ、こいつも!迷いがまったくない!
「ちなみに女性はクリ派のほうが多いんですよね」
知らんがな、そんなもん!そんな「豆」知識いらんねん!
神林リーダーと大西は、異常に強いです。なかでも大西はキャラが変わったかのように饒舌で、すごい言葉を連発してきます。なにしろ「せ」がきたとき、「セッ○ス」をもう使ったのでどうするのかな、と思っていたところ、「戦後のおちんちん」って言ったんですよ。
何言ってんねん、お前!戦後のおちんちん!?お前、戦前も戦後もおちんちんはおちんちんや!戦後の高度成長期があったからって、おちんちんも成長したわけじゃないねん!
「『ん』がついた!大西、『ん』がついた!」
「戦後のおちんちんとか」
どんなごまかし方やねん!で、「とか」は何を指してんの!?何がおちんちんと同列にあつかわれてんの!?
僕らはついていけません。ボキャブラリーが尽きてしまい、最終的に、神林リーダーと大西の2人が残りました。そしてここから口角泡を飛ばす、ものすごいしりとりが展開されたのです。
「早く入れてよ」
「夜ばい」
「イラ○チオ」
「おさせ」
「セミペッティ○グ」
「グルになってやる」
「ルール無用でやる」
「ルビー・モレノ」
「飲ませる派」
「は、は、は……」
「早く言えや、大西!」
「は、は、は……」
「早くせいや、大西!」
「83P!」
ごめん、言わなあかんこといっぱいあるわ!お楽しみのところ申し訳ないけど、ツッコミ入れないとあかんところが二桁見つかったわ!でもツッコミ入れてたらキリがないから1つだけ訊かして、セミペッティ○グって何?この謎の前戯はどういう意味!?「軍手をつけてオッパイを触る」とかがセミペッティ○グに入んのか!?
「ピル」
「ルーズソックスを食べたい」
「イクイク」
「神林さん、イクイクって、さっき言いましたよ!」
「言ってないよ、イクイクなんて!」
「言いましたよ、イクイクって!」
「言ってない言ってないイクイクなんて!」
なんのケンカやねん、これ!なんやねん、このしょうもないケンカ!
「松山さん、さっき神林さん、イクイクって言いましたよね?」
「俺も言ったと思うけどな」
「じゃあ、イラ○チオ」
「イラマもさっき言いましたよ!」
「イラマも言ったっけ?」
イラマって言うな!そんな略し方初めて聞いたわ!専門家か、お前!……専門家ってなんやねん!
「じゃあ、イ○ポ」
「『ボ』でもいいんですよね?」
「いいよ」
「ククク、じゃあ『棒』ラーメン」
ええ加減にせいよ!もう終了!棒ラーメンが出てきたらもう終了です!
それでも、いい感じで時間がつぶせました。うだうだとしゃべったことで時間が経過し、そろそろ寝ることにしました。
時刻は20時をまわっています。
山の夜は寒いです。僕らは赤シャツを羽織ったまま、寝袋に入りました。神林リーダーの足が臭いものの、疲労困憊だったため、すぐに眠りにつくことができました。
そして、迎えた翌朝。
朝の4時に、恒例の「あれ」が鳴り響いたのです。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
また出た!うるさすぎて一瞬で目が覚めた!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ええ加減にせいよ、これ!毎朝イヤな気持ちになるわ、このセリフ聞いたら!イヤな昨日を作ってるんは、他ならぬこのセリフ自体やわ!
外に出て、そそくさとテントを畳みました。雑炊を作ってかきこみ、すぐに出発することになりました。
「じゃあ、出発するわ!すぐにヤブを制覇して沢登りを再開するから、みんなしっかり歩けよ!」
神林リーダーが激を飛ばしました。
ですが、昨日にも増して、濃霧です。大量の霧が辺りを埋め尽くしており、視界がめちゃくちゃ悪いのです。
僕の脳裏に、「遭難」の2文字がよぎりました……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編②~(携帯読者用)
※2010年・2月11日の記事を再編集
時刻は13時20分になりました。
今から森に入っていくため、服を着替えます。僕はスポーツウェアを脱ぎ、タオルで体を拭いて、探検部の長そでシャツを羽織りました。
このシャツは通称、「赤シャツ」と呼ばれています。ネルシャツぐらいの厚さで保温性にすぐれており、すぐにポカポカとしてきます。下はジャージに着替え、靴も運動靴に履き替えました。
しばらく水がないことから、神林リーダーは補聴器をつけました。赤シャツを羽織り、ジャージのズボンに着替えるためにショートパンツを脱ぎ始めたのですが、白のふんどし履いてたんですよ。
帝国軍人か、お前!二言目には「靖国」とか言うような奴しか履かんぞ、白のふんどしなんて!
「神林さん、なんでふんどしなんですか?」
「沢登りはふんどしやろ」
意味わからん!「風呂上がりはビールやろ」みたいに言うなよ!
「めっちゃスースーするで」
フリスクか!フリスク食ったときの感想やんけ、それ!
完全に頭おかしいですよ、こいつ。「よく4浪で済んだな」という話で、同じ大学であることが恥ずかしく思えてくるのです。
「じゃあ今から、森の中に入って行くから!」
神林リーダーの号令で、僕らは森に入りました。
空気はヒンヤリとしていて、少し肌寒いです。地面には、たくさんの残雪があります。木々のあいだを通り抜け、僕は足元に気をつけながら、斜面にゆっくりと足を運びました。
隊列は、神林リーダー、大西、僕、吉田、松山さんの順です。
僕の前には、神林リーダーと大西がいます。昼ごはんを食べたからか、大西の足取りは軽いです。神林リーダーのすぐ後ろに陣取り、2人でしゃべりながら歩いています。
ですが、神林リーダーが大西と2人なのをいいことに、やたらと上からしゃべっているのです。
「大西、沢登りはどうや?」
「楽しいです」
「そうやろ。俺も、沢登りの魅力にとりつかれた男の1人や」
2回目やんな、沢登りすんの?しょっちゅう行ってるみたいな言い方してるけど、たしか自分、去年の夏以来やんな!?
「滝を登るのは怖いか?」
「怖いです」
「慣れる慣れる!そのうちに慣れる!」
やかましいわ!で、沢登りには慣れてもお前に慣れへんねん!滝よりもお前の攻略のほうが難易度高いねん!
「すぐに気持ちよくなってくるから!」
AV男優か!お前それAV男優が初めての人に言うセリフやんけ!
「体の力を抜きや!もっと気持ちよくなれるから!」
AV男優やんけ!AV男優が人妻の緊張ほぐすときに使うセリフやんけ、それ!なんや、沢登りじゃなくて「触昇り」か、これ!?
「日ごろから体を鍛えてたら、そのうちに体が水をはじくようになるわ」
「そうですか」
「体が引き締まってることで水をはじくし、俺なんて今回、逆に体が水を吸収する感じがするもんな」
タンポンか!お前の体、タンポンか!体が水を吸うか、ボケ!
「探検家に1番必要なのは、何やと思う?」
「わからないです。何なんですか?」
「いや、それは俺にもまだ答えが出てないねん」
うざいわ、こいつ!鳥肌立つぐらいうざい!
「ただ1つだけ言えることは、逃げたらあかん、ということや」
逃げまくりやろ、お前!お前かジェンキンスかいうぐらい脱走しまくりやろ!
「それに探検家は、諸葛孔明にならないとあかん。知ってる、諸葛孔明?」
「知ってます」
「策を練って、自然を制す。あの諸葛孔明も、算数が得意やったから総理大臣になれたんや」
ごめん、何国志、それ!?俺の知ってる三国志と違うんやけど、それ何国志の話!?俺も三国志は好きやけど、諸葛孔明が総理大臣になったなんて聞いたことないねんけど!?
「それより探検部にいるあいだは、俺には嫌われへんほうがいいで。俺に嫌われたらここではやっていかれへんからな」
ええ加減にせいよ、お前!もうその独演会に幕を下ろせ!ていうか、お前自身が死ぬほど嫌われとんねん!ほとんど全員、お前のことが嫌いやねん!みんなで学校終わりにボーリングに行くときも、帰るフリしてお前をまいとんねん!
神林は大西に、やたらと先輩風を吹かしています。周囲が引いていることにも気づかず、熱いセリフを連発しています。これがこいつのすごいところで、まったく空気が読めないのです。
15分ほど歩いて、足場の悪い樹林帯に入りました。
草が鬱蒼と茂っており、雪が溶けて、泥地になっています。泥に足を取られて転倒しないよう、僕らはゆっくりと進みました。
時刻は14時になりました。
この段階で、霧が出始めました。雪渓を大きく回り込むために進んでいたものの、自分たちの位置が把握できなくなったのです。
神林リーダーを信じて進むものの、一向に沢に出る気配はありません。大西も遅れ始めました。だらだらと進み、そしてここからこの合宿最大の試練である「ヤブこぎ」がスタートするのです。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~米子沢編②~です。
20分ほど歩いて、ヤブの密生地に出ました。
2メートルを越すヤブが生い茂っており、前が見えません。周囲一帯がヤブに囲まれていることから、なかなか前に進めないのです。
僕らは軍手を装着しました。
手でヤブをかきわけながら、少しずつ距離を稼ぎます。一心不乱にヤブをこぐものの、行く先にはヤブしかありません。ひたすらヤブで、さながらジャングルのようなのです。
行く先々に、蚊やハエがたくさん飛び交っています。たくさんの虫が口に入ってきて気持ち悪く、嘔吐しそうになるのです。
近くに幅の狭い支流が流れており、この支流を道しるべにして進みます。ただ、先人の踏み跡はなく、道らしい道もありません。霧も出ていますし、足場も残雪があって不安定。仲間の位置を確認するのも大変で、迷わないように、距離を詰めて進むことになりました。
ですが、ヤブが多すぎて、隊列もクソもありません。自分の前を進んでいるのが誰かも、わからなくなってきたのです。
僕の前にいた大西がいなくなったかと思えば、「吉田!」と声をかけたら松山さんだったりと、ワケがわかりません。気がつくと僕の周りには誰もおらず、周囲に人がいる気配もありません。遠くで誰かがヤブをかきわける音が微かに聞こえてくるだけで、不安になった僕は、神林リーダーにトランシーバーで連絡を入れました。
「はい、こちら神林!」
「……神林さん、今、どこですか?」
「誰?」
俺や!俺か松山さんしかおらんやろ!この状況でなんでいちいち名乗らないとあかんねん!
「バスコです」
「あっ、お疲れさまです」
リーマンか!そんなサラリーマンみたいなあいさついらんねん、こんなときに!
「神林さん、今、どこですか?」
「ヤブの中」
俺もやわ!奇遇やな、俺もヤブの中やわ!俺もお前もほかの3人もヤブの中やわ!
「居場所を確認したいんで、何か叫んでもらえませんかね?」
「えっ?」
「神林さんが叫んでくれたら、僕はその声の方向に向かうんで!」
「えっ?」
「だからなんか叫んでください!!!」
俺が叫んだわ!もう俺が叫んだわ!俺がお願いしたのに俺がそのお願いに応えたわ!
「バスコ、そこにおったか!」
「神林さん、僕のほうが今からそこに向かうんで、そこを動かないでください!」
「ラジャー!」
うざっ、こいつ!殺し屋雇いたいわ、もう!
15分ほどヤブをこいで、僕は神林リーダーと合流しました。
僕らの周囲に、人がいる気配はありません。ほかの3人もはぐれているようで、3人の居場所を探すため、神林リーダーが声を張り上げました。
「吉田、どこ?聞こえたら返事してくれ!」
「ここです!」
「そこか!俺とバスコはここにおるから、この声の方向に来てくれ!」
「わかりました!」
「松山さん、どこです?」
「ここや!」
「松山さんも、この声の方向に来てください!」
「わかった!」
「大西はどこ?」
「(神林リーダーの近くで)ここです」
横におった!おとなしすぎて気配がわからんかった!
「疲れすぎて、ヤブの中でグッタリしてました」
なんか言えや、横におるんやったら!何をヤブの中で昼寝しとんねん!スナフキンか!
ふと見ると、大西は右手にピンクのゴム手袋をしています。左手は軍手、右手はゴム手袋のおかしな格好をしており、1人でなにやらくすくすと笑っています。
「大西、笑ってるけど、どないしたん?」
「ククク、いや、なんでもないです」
「いいから教えろよ?」
「あのね、バスコさん。ここに来る途中でゴム手袋を発見したんですけど、こんなところに普通、ゴム手袋なんて持ってきます?」
何がおもろいねん、お前!そりゃ1人ぐらいゴム手袋で来る奴もおるやろ!
「これを見つけたときは、誰かの手が落ちていると思って、びっくりしたんです。でも、手じゃなかったんです。うちのお母さんが洗濯で使いそうなゴム手袋やったんです」
だからなんやねん!笑うようなところなんて1つもないやんけ!
「で、これがいざつけてみたら、けっこう使えるんですよ。バスコさん、洗濯ついでに山に登るのも、意外といいかもしれませんね」
病院行け、お前!総合病院のほうに行かないとあかん、お前みたいな奴!
時刻は15時20分になりました。
吉田と松山さんも、ぞろぞろとやってきました。久し振りに全員が合流し、休憩を取ることになりました。
固まって座り、ポリタンクのポカリを回し飲みします。ヤブこぎの連続だったため、全員、くたくたです。赤シャツを着ているとはいえ、ヤブは鋭いです。全員の手や顔がところどころ切れており、ヤブこぎの壮絶さを物語っています。
神林リーダーはここまで、方位磁石を見ながら進んできています。
ですが、方向を見失ったことは間違いありません。仕方なく、松山さんも方位磁石を取り出して位置を確認しようとしたのですが、なにしろ周囲一帯がヤブです。何が何かわからず、通ってきた道がどこかもわからなくなってしまったのです。
支流沿いに進んできたものの、支流も途中でなくなりました。不安で仕方がなく、「遭難」の2文字が頭をよぎり始めたのです。
僕は神林リーダーに訊きました。
「神林さん、この道、あってます?」
「あってるよ」
「ほんまですか?」
「ほんまや。……ほんまや」
不安なるわ!その間がなんか不安なるわ!
「松山さん、あってますよね?」
「……まあ、あってるやろ」
あんたもかいや!あんただけは信用してたのに、あんたも自信ないんかいや!
「なあ、バスコ?」
……俺が訊いてん、お前に!俺が訊いたのになんで俺に確認してくんねん!
その場に地図を広げて、全員で位置を確認することになりました。
遠目に、山の稜線(尾根)が見えます。持参した地図に稜線があるので、ひとまずそれを目安に、だいたいの目星をつけて進むことになりました。
「休憩終わり!じゃあ出発するで!」
神林リーダーの号令で、ヤブこぎを再開させることになりました。
僕らは隊列も気にせず、バラバラになって進んでいきます。
進めども進めども、眼前に現われるのはヤブばかりです。ヤブ、ヤブ、ヤブ、たまにサトウキビを見つけたかと思えば神林リーダーの顔面だったりと、ひたすらヤブなのです。
時折、倒木が行く手を遮ります。下をくぐろうとすると、リュックの先が引っかかって動けなくなったりと、いちいち大変なのです。
ふと振り返ると、大西のスタミナが切れています。ハアハアと言いながら、とぼとぼと進んでいます。松山さんにも見捨てられ、最後尾を1人寂しく進んでいるのです。
ですが、僕に大西を助ける余裕などありません。自分との戦いに精一杯で、ほかのメンバーもそれは同じ。神林リーダーに至っては、はるか先を1人で進んでいます。僕は現在2番手で、しばらくして僕のトランシーバーに、神林リーダーから連絡が入りました。
「お疲れさまです。神林です」
「……なんっすか?」
「ここにヤマウルシがたくさんあるから注意せいよ!」
ここってどこやねん、お前!めちゃくちゃ離れてるからこことか言われてもわからんねん!
「ここを通るときは注意するよう、みんなにも伝えてくれ!」
だからどこやねん、ここって!ていうか、たまには松山さんにも連絡せいや!なんでいつも俺ばっかり連絡してくんねん!
「神林さん、こことか言われてもどこかわからないですよ」
「えっ?」
「こことか言われてもどこかわからないですよ!」
「えっ?」
「こことか言われてもどこかわからないですよ!!!」
「……いや、俺、JR」
どんな耳してんねん、お前!電車の話なんてしてないわ!「今日、ここに阪急電車で来たん?」とか訊いてないわ!
しばらくして、イバラの群生地に出ました。
その先を神林リーダーが進んでおり、ほかに道はありません。ここを抜けるしかなく、僕はイバラに触れないようにゆっくりと進んだのですが、それでも体に当たってきます。痛くて痛くて、SM嬢にずっとムチで殴られているみたいです。「慰薔薇CLUB」みたく、本当にありそうなんですよ、こういうプレー。
時刻は17時になりました。
全員が合流し、この段階で、霧が濃くなってきました。
かなり進んだものの、山の稜線は霧に隠れて見えません。陽も落ちてきたので、神林リーダーの指示で、今日の沢登りはあきらめて、計画を練り直すことになりました。
ヤブに囲まれた場所で、テントを設営します。ヤブを手で押さえつけてスペースを作り、僕と吉田が苦労して設営し終えたのですが、靴を脱いだ神林リーダーの足が昨日にも増して臭いのです。
もう切れ、足!切っちまえ、もうそんなゴミみたいな足!言うとくけど、今もしジェイソンが来たら、まずお前の足切るぞ!殺すのはそのあとや、まず足をつぶしにかかるわ!
テントに荷物を運び、晩ごはんを作ることになりました。
ところが、ここで1つ、大きな問題が発生したのです。
それは、水です。水がないんですよ、水が。
すぐに雪渓を迂回できると思っていたことから、沢の水を汲んでいません。序盤は支流沿いに来たとはいえ、まさかこんなところで寝泊りするとは思っていませんでした。油断と疲労が、僕らに水のことを失念させていたのです。
水を汲みに下山したくても、濃霧のためできません。2リットルを2本用意したポリタンクのポカリも、ほとんど残っていないのです。
なのに、こんなときにかぎってカレーうどんなのです。辛くてノドが乾くのは明白なのに、神林リーダーのせいで、何もかもがおかしくなったのです。
腹立つわ、こいつ……。で、鼻毛出すぎやねん、こいつ……。出てるほうが多いやんけ……。
結局、ヤブに付着した雪を、水代わりに飲むことになりました。雪でカレーうどんを完成させ、雪をかじりながら食べるという、ありえない食事をすることになりました。
食事をしながら、明日の計画について話し合います。
本来なら今ごろは、米子沢の源頭にいるはずでした。源頭で1泊し、尾根伝いにすぐに下山して、次の目的地であるナルミズ沢に移動するはずでした。
今となってはもう、それは不可能です。結果、選択肢は2つ。1つ目は、米子沢をもうあきらめる、という選択肢です。
明日の午前中に尾根に移動します。尾根を伝ってすぐに下山し、ナルミズ沢に移動します。ナルミズ沢には、米子沢の入り口から6時間以上かかるものの、これならゆとりを持って移動できます。そして、その日の夕方にナルミズ沢を軽く遡行し、山中で1泊します。最終日である翌日に源頭を制覇し、その日の夕方までに下山すれば、現地で解散できるのです。
もう1つは、事前の計画を完遂するという選択肢。明朝すぐにヤブを制覇し、雪渓を迂回して沢のルートに出ます。駆け足で源頭を制覇し、尾根伝いに出てすぐに下山し、ナルミズ沢に移動します。到着は夜中になるものの、うまくいけばぎりぎり、当初の計画を遂行できるのです。
神林リーダーは、後者を選択しました。
事前の計画を完遂できなかったとなると、その後、部会で怒られます。リーダーとして、絶対にやり遂げなければならないのです。
一方、僕ら4人は、前者を希望します。落ち着いて移動できますし、なにより、ナルミズ沢のほうが景色がキレイです。ナルミズ沢のほうが楽しく、この合宿を計画した松山さんも、本命はナルミズ沢のほうなのです。
ですが、神林リーダーは譲りません。
「リーダーは俺やから、俺の言うことを聞いてくれ!大丈夫!絶対になんとかするから!」
一歩も引かず、息巻いているのです。
結局、後者を選択することになりました。5時半起きだったのを4時に変更し、起きてすぐにヤブこぎを済ませて、米子沢を制覇することになりました。
僕らは納得が行かないながらも食事を済ませ、テントに入りました。
まだ夕方の6時です。さすがに眠くはなく、メンバーは、紙パックに入った日本酒を飲み始めました。
僕と大西は、お酒が飲めません。素面で雑談し、しばらくして恋愛の話になったのですが、神林リーダーが「俺、彼女おるよ」と言いだしたのです。
ウソつけ、お前!お前みたいな奴を愛してくれる女なんておるか!テレクラでも5秒で切られるわ!
「神林さん、それ、ウソでしょ?」
「ほんまや」
「じゃあ、彼女の名前は、なんていうんですか?」
「……」
「彼女の名前を教えてくださいよ?」
「……陽子や」
ウソ臭っ、こいつ!陽子て、おい!もうちょっとひねれや、いくらなんでも!
「どこで知り合ったんですか?」
「……」
「ほんまに彼女がおるんやったら、知り合った場所を教えてくださいよ?」
「ナンパしたんや」
ウソつけ!お前について行く女なんておるか!地縛霊でもついて行かんわ、お前みたいな奴!
「デートはどこに行くんですか?」
「……」
「デートはどこに行くんですか?」
「潮干狩り」
老夫婦か!お前それ、老いぼれの休日の過ごし方やんけ!夏の海でよう見るぞ、でかいサンバイザーつけたババアと無理して短パン履いてるジジイの組み合わせ!そのあと絶対に海の家に寄って宇治金時食いよんねん!
僕に質問攻めをされた神林リーダーは、しどろもどろです。ただ、どことなく調子に乗っており、「デートはどんな服装で行くんですか?」と質問した僕に、めちゃくちゃ渋い声で「俺は基本、黒の皮ジャンでキメる」って言ったんですよ。
気持ち悪っ、こいつ!俺、皮ジャンでキメにかかる奴と初めて出会ったわ!皮ジャンでキメるって、松村雄基か、お前!
「ほぼ、黒の皮ジャン」
なんで得意げやねん!皮ジャン着たらカッコイイって価値観なんやねん!
お酒が入っているため、メンバーのテンションは高いです。恋愛の話が一区切りついた段階で、神林リーダーが「下ネタしりとりしようや」と提案してきました。
このメンバーは全員、下ネタが好きです。暇つぶしにやることになり、順番は、神林リーダー、僕、大西、松山さん、吉田の順。トップバッターは神林リーダーで、「じゃあ俺からいくで!スペ○マ!」って言ったんですよ。
なんでそれ選んでん、いきなり!いきなりスペ○マはないやろ、いくらなんでも!ていうかスペ○マって言葉、日常会話で初めて聞いたわ!都市伝説やと思ってたわ、あの日本語!
「ま、ま、ま、枕営業」
「うなじをレロレロ」
何言ってんねん、大西!即座に何を返してくれとんねん!
「ろ、ろ、ろ、ローショ○プレイ」
「い、い、い、いっぱい出たね」
「根元」
速っ、こいつ!1秒で根元とか言いやがった、神林!
「と、と、と……。『と』なんてあったかな」
「バスコさん、早くしてくださいよ!」
「ちょっと待ってくれ、大西。と、と、と、ちょっと待ってな。と、と、と、トナカイの角で突く」
「クリ派」
速っ、こいつも!迷いがまったくない!
「ちなみに女性はクリ派のほうが多いんですよね」
知らんがな、そんなもん!そんな「豆」知識いらんねん!
神林リーダーと大西は、異常に強いです。なかでも大西はキャラが変わったかのように饒舌で、すごい言葉を連発してきます。なにしろ「せ」がきたとき、「セッ○ス」をもう使ったのでどうするのかな、と思っていたところ、「戦後のおちんちん」って言ったんですよ。
何言ってんねん、お前!戦後のおちんちん!?お前、戦前も戦後もおちんちんはおちんちんや!戦後の高度成長期があったからって、おちんちんも成長したわけじゃないねん!
「『ん』がついた!大西、『ん』がついた!」
「戦後のおちんちんとか」
どんなごまかし方やねん!で、「とか」は何を指してんの!?何がおちんちんと同列にあつかわれてんの!?
僕らはついていけません。ボキャブラリーが尽きてしまい、最終的に、神林リーダーと大西の2人が残りました。そしてここから口角泡を飛ばす、ものすごいしりとりが展開されたのです。
「早く入れてよ」
「夜ばい」
「イラ○チオ」
「おさせ」
「セミペッティ○グ」
「グルになってやる」
「ルール無用でやる」
「ルビー・モレノ」
「飲ませる派」
「は、は、は……」
「早く言えや、大西!」
「は、は、は……」
「早くせいや、大西!」
「83P!」
ごめん、言わなあかんこといっぱいあるわ!お楽しみのところ申し訳ないけど、ツッコミ入れないとあかんところが二桁見つかったわ!でもツッコミ入れてたらキリがないから1つだけ訊かして、セミペッティ○グって何?この謎の前戯はどういう意味!?「軍手をつけてオッパイを触る」とかがセミペッティ○グに入んのか!?
「ピル」
「ルーズソックスを食べたい」
「イクイク」
「神林さん、イクイクって、さっき言いましたよ!」
「言ってないよ、イクイクなんて!」
「言いましたよ、イクイクって!」
「言ってない言ってないイクイクなんて!」
なんのケンカやねん、これ!なんやねん、このしょうもないケンカ!
「松山さん、さっき神林さん、イクイクって言いましたよね?」
「俺も言ったと思うけどな」
「じゃあ、イラ○チオ」
「イラマもさっき言いましたよ!」
「イラマも言ったっけ?」
イラマって言うな!そんな略し方初めて聞いたわ!専門家か、お前!……専門家ってなんやねん!
「じゃあ、イ○ポ」
「『ボ』でもいいんですよね?」
「いいよ」
「ククク、じゃあ『棒』ラーメン」
ええ加減にせいよ!もう終了!棒ラーメンが出てきたらもう終了です!
それでも、いい感じで時間がつぶせました。うだうだとしゃべったことで時間が経過し、そろそろ寝ることにしました。
時刻は20時をまわっています。
山の夜は寒いです。僕らは赤シャツを羽織ったまま、寝袋に入りました。神林リーダーの足が臭いものの、疲労困憊だったため、すぐに眠りにつくことができました。
そして、迎えた翌朝。
朝の4時に、恒例の「あれ」が鳴り響いたのです。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
また出た!うるさすぎて一瞬で目が覚めた!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ええ加減にせいよ、これ!毎朝イヤな気持ちになるわ、このセリフ聞いたら!イヤな昨日を作ってるんは、他ならぬこのセリフ自体やわ!
外に出て、そそくさとテントを畳みました。雑炊を作ってかきこみ、すぐに出発することになりました。
「じゃあ、出発するわ!すぐにヤブを制覇して沢登りを再開するから、みんなしっかり歩けよ!」
神林リーダーが激を飛ばしました。
ですが、昨日にも増して、濃霧です。大量の霧が辺りを埋め尽くしており、視界がめちゃくちゃ悪いのです。
僕の脳裏に、「遭難」の2文字がよぎりました……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編①~(パソコン読者用)
※2010年・2月6日の記事を再編集
「よっしゃ!じゃあ出発するからな!」
米子沢の入り口に来た神林が、声を張り上げました。
神林は張り切っています。「リーダー臭」を体中から漂わせ、そばにいる僕に、「バスコ、全員、そろってる?」と、わざわざ確認してきたのです。
見たらわかるやろ、お前!訊かんでもひと目で全員おることぐらいわかるやろ!
「そろってる?」
そろってるわ!そろってないんはお前の歯ならびだけや!
「全員そろってますよ、神林リーダー!」
「恥ずかしいから、リーダーって呼ぶなよ!」
めちゃくちゃうれしそうやんけ!顔がニヤけまくってるやんけ!
「バスコさん、バスコさん」
「なんやねん、大西?」
「ククク、リーダーの『リ』の次に『コ』をつけたらリコーダーになりますね」
何がおもろいねん、お前!爆笑してるけど何がおもろいねん、そんなんの!
「神林さんが、♪カッコー、カッコーとか歌い出したら最高ですね」
何を言うとんねん、朝っぱらから!全然意味わからん、こいつ!
時刻は8時20分になりました。
沢の入り口にはダムがあり、ダム一帯が工事をしています。道を迂回して山に入ることになりました。
神林リーダーの張り切り方は、尋常ではありません。「初デートか!」というぐらいのテンションで、僕と松山さんにトランシーバーを渡してきたのです。
この米子沢は、それほど難しい沢ではありません。中級者クラスの沢なので、トランシーバーなど必要ありません。神林リーダーは、機械をやり取りする感じがカッコイイ、と思っているのでしょう。
うざいわ、こいつ……。子供みたいな奴やな……。
「念のために、聞こえるかどうかチェックしとくわ。応答願います。バスコ、応答願います」
「……」
「バスコ、聞こえてる?聞こえてたら返事してくれよ!」
「はい、聞こえてますよ」
「えっ?」
お前が聞こえてへんやんけ!お前が聞こえてないねん!トランシーバーを用意してきてもお前の耳が遠かったら意味ないねん!
「松山さん、応答願います。松山さん、応答願います」
「……聞こえてるわ」
「えっ?」
「聞こえてるわ!」
「ラジャー!」
うざっ、こいつ!やばいぐらいうざい!ドラクエでザラキーマ使ってくるモンスターよりもうざい!
水に濡れたら補聴器が壊れるため、神林リーダーは補聴器をはずしています。異常なまでに耳が遠く、前日にも増して、何度も訊き返されます。それが面倒くさくて、僕はイライラしてきたのです。
30分ほど歩いて、入渓地に到着しました。
いよいよ、沢登りのスタートです。同時にここから本格的に、神林リーダーとの「戦い」がスタートします。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~米子沢編①~です。
この米子沢は、巻機山(1967メートル)を源頭にしています。
源頭というのは、水流の源のことです。最上流であるこの源頭をゴールに設定し、ゆっくりと沢を登っていくのが沢登り。登山では、滝があると迂回しなければなりません。これを逆手に取って、水に入る用意や岩を登る用意をしたうえで、それを積極的に楽しもうというのが沢登りの目的なのです。
時刻は午前9時になりました。
入渓地に入ると、ほかには誰もいません。沢登りの季節ではないことから人はおらず、見方を変えれば、この沢は僕らの貸し切りです。そう考えたとき、僕のテンションが上がってきました。
沢は、リュックを背負いながら登ります。
この日は1泊しかしないとはいえ、リュックは重いです。テント、ザイル(ロープ)、ポカリスエットが入った2リットルのポリタンク……。たくさんの道具がリュックでひしめきあっており、猫ひろしを背負っているぐらいの重みを感じるのです。
神林リーダーを先頭に、ジャリ道を歩きます。10分ほど進んで、目前にゴーロが迫ってきました。
ゴーロというのは、岩や石が散乱する平坦な道のことです。中央に川がちょろちょろと流れ、「少し難易度の高い河原」と思ってもらえれば、わかりやすいでしょう。
沢登りがスタートするため、僕らは着替えることになりました。
着ていたTシャツを脱いで、ポリエステル製のスポーツウェアを身につけます。ヘルメットをかぶり、下は、ショートパンツにスパッツ。靴は渓流タビと呼ばれる、それ専門のタビを履きます。全員がほぼ同じ格好なのですが、神林リーダーだけが、ボロボロのワラジを履いているのです。
なんでワラジやねん、お前!笠地蔵にもらったんか、それ!
よく見ると、ワラジの内側に、油性ペンで名前が書いてあります。ただ、右のワラジに「神」と書き、左のワラジに「林」と記入しているのです。
意味わからん!左だけ拾った奴は「林さん」と思うぞ、それ!林さんに届けるぞって、届けへんわ、ワラジなんて!ワラジを警察に届け出る奴なんておらんわ!
ともあれ、沢登りのスタートです。
重いリュックを背負って、ゴーロをひたすら進みます。隊列は、神林リーダー、吉田、僕、大西、松山さんの順。順調に進んでいたものの、しばらくして神林リーダーが僕に、トランシーバーで訊いてきやがったのです。
「バスコ、後ろはどうなってる?」
振り返れや、お前!振り返ったら見えるやろ、全員!
「問題はないか?」
これが問題やわ!この気持ち悪いノリをもちかけてくるお前自身が問題やわ!
「問題ないですよ」
「えっ?」
「問題ないですよ!」
「えっ?」
「問題ないですよ!!!」
「ラジャー!」
うざっ!あかん、うざすぎて逆に笑けてきた!すでに1周した!
神林リーダーは、頻繁にトランシーバーを使ってきます。距離が近くてもわざわざ使い、その都度「ラジャー!」と返してくるのです。
ふと見ると、僕の後ろの大西が遅れています。大西は、歩くのがめちゃくちゃ遅いです。僕から50メートル近くも離れているのです。
神林リーダーと吉田は、僕の20メートル先を歩いています。仕方なく、大西が遅れていることを神林リーダーにトランシーバーで報告することにしたのですが、神林リーダーが応答する際、めちゃくちゃ渋い声で「はい、こちら神林!」って言ったんですよ。
うざいわ、こいつ!シャレならんぐらいうざい!
「神林さん、大西が少し遅れてます」
「なんやと!?」
大げさやねん!少し遅れただけやねん!
「ケガは!?」
ないわ!あるとしたらお前の頭のケガや!
「神林さん、大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ」
「えっ?」
「大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ!」
「えっ?」
「大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ!!!」
直接聞こえたやんけ、お前に!トランシーバー関係なしに叫びすぎて地声で届いたやんけ!
「仲間が遅れてるんやから、待ったろうや!!!」
俺は耳遠くないねん!お前は俺に対しては普通の声でええねん!
神林リーダーは、「仲間を心配するリーダー像」を見せつけたいのでしょう。やたらと熱く、神林リーダーの指示で、大西と松山さんを待つことになりました。
10分ほどして、大西と松山さんがやってきました。
5人が合流し、再びゴーロを歩きます。40分ほど歩いて、地面全体に水が流れる「ナメ」に到着しました。
ナメというのは、濡れた石畳のようなものです。大きく平べったい石の上に水が流れており、ナメが続くと「ナメ床(なめどこ)」と呼ばれます。
このナメは、非常に滑りやすいです。水だけではなく、表面にはコケが生えているものもあります。油断すると転倒してしまうのですが、大西のこけ方が尋常ではないのです。
3分に1回ぐらい、ツルンと滑ります。ツルンツルンと滑り、僕が手を貸してあげた際、「ありがとうございます」と僕にお礼を言った瞬間に再びこけたのです。
谷口浩美か、お前!そんなにこける奴、マラソンの谷口浩美以来やぞ!
「ツルン!」
またこけた!足どうなってんねん、お前!
「(神林が)大丈夫か!?」
うざいのが出てきた!わざわざ走ってきやがった!
「(神林が)ツルン!」
迷惑やねん、お前!邪魔なだけやねん、お前が来ても!
大西は、スタミナもありません。すでにハアハアと息が乱れています。歩くのは遅いし、よくこけるし、スタミナがないしで、大西のせいで、僕らはなかなか前に進めません。
「すいません。僕のせいで、みんなに迷惑をかけてしまって……」
固まって歩く僕らに、大西が謝罪の言葉を口にしました。
そんな大西を、神林リーダーが放っておくはずがありません。ここぞとばかりに急に立ち止まり、大西に向かって、熱いリーダー像を見せつけ始めました。
「気にすんな、大西。俺は全然、気にしてないから」
「本当にすいません」
「えっ?」
「本当にすいません」
「えっ?」
「本当にすいません!!!」
怒ってるやんけ、もう!謝ってたのに何回も訊き返されるから怒ってるやんけ、大西!
「謝るんはやめて!謝るのとかは絶対に違うから!ていうか何に対する謝罪?俺らには何も迷惑かかってないのに、それは何に対する謝罪なん?」
腹立つわ、こいつ!こんなん言う奴、めっちゃ腹立つねん!
「みんなに迷惑ばかりかけてしまって……」
「いいんだよ」
「僕はこけてばっかりで……」
「いいんだよ」
「僕のせいでみんなが進むのが遅れてしまって……」
「いいんだよ」
夜回り先生か!その言葉の持って行き方、完全に夜回り先生やんけ!
「俺も探検家になったころは、お前みたいに体力がなかったよ」
去年やんな、お前が入部したん?自分が植村直己みたいな言い方してるけど、たしか俺とキャリア変わらんよな!?
「でも仲間と支え合って、ここまでこれたよ」
脱走したやんな?自分、先の合宿でたしか余裕で仲間を見捨てたよな!?
神林リーダーの独演会は止まらず、それでも大西は、真剣に耳を傾けています。目が潤んでおり、見かねた僕も、励ましの言葉をかけてあげることにしました。
「気にすんな、大西。ロッテの高沢だって、入団当初は足が遅かったんや。でも努力して、盗塁王を取ったんや」
「それ、西村選手の間違いですよ!」
なんやねん、お前!マジでなんやねん!
「ちなみに西村選手は、もとから足速かったですよ!」
なんで怒られないとあかんねん、俺!いい話をしたったのになんで怒られないとあかんねん!
それでも、大西は気を持ち直しました。僕はどこか腑に落ちないながらも、再び歩き始めました。
流れてくる水は、上流からの雪解け水です。足首は常時、冷たいです。ナメをひたすら進み、しばらくして眼前に、大きな滝が姿を現しました。
この滝は、縦に2段に分かれています。7メートル近くあり、このような滝を制覇することが、沢登りの醍醐味なのです。
滝に出くわしたら、滝の水際を登るか、高巻くかの2択です。高巻くというのは、平たく言えば、横道によけて登る、ということ。山際の横道には、先に来た人の踏み跡があります。こちらのほうが安全で、どちらを選択するかは、リーダーの判断力にかかっているのです。
7メートルもあるとはいえ、この滝の難易度は高くありません。足場もしっかりとしており、大西とて余裕で登れるでしょう。落ちるようなことはなく、勢いそのままに僕らは滝の水際に移動しようとしたのですが、それを神林リーダーが許しません。
「ここは俺が先に登って、上からザイルを投げるわ!みんなはそのザイルをつかんで登ってきてくれ!」
なんでやねん、お前!余裕やろ、こんなもん!ちょっと器用なアリやったら登れるわ!
「神林さん、こんな滝にザイルなんていらないでしょ?」
「リーダーは俺!リーダーは俺!」
腹立つわ、こいつ!本気で殺したくなってきた!大西も何か言ったってくれ!?
「ツルン!」
またこけてた!こけようのないところでさえこけてた!
結局、神林リーダーに押し切られました。神林リーダーが先に登り、大木にザイルを巻きつけて、下に投げつけました。僕らは腰にハーネスを巻き、ハーネスにザイルを連結させて登ることになったのです。
まず、吉田が登ります。
ですが案の定、ザイルは必要ありません。むしろ邪魔なぐらいで、吉田はすいすいと登っています。僕は、ザイルいらんやろ、とイライラしていたのですが、ほどなくして神林リーダーから、トランシーバーで連絡が入りました。
「バスコ、下は問題ないか?」
見えてるやろ、お前!ていうかお前と俺、今、目が合ってるやろ!お前は今、大丈夫な俺らを見ながら「問題ないか?」って訊いとんねん!
「下は問題ない?」
「……」
「聞いてる、バスコ?」
「……問題ないです」
「えっ?」
お前も聞いてんのか!お前も聞いてんのか、コラ!
「問題ないです!!!」
「バスコ、声でかいわ!」
息の根止めたろか、お前!胃カメラ飲んでるときに、九九を全部言わしたろか!1番苦しいタイミングで、「6の段をもう1度!」とか言ったろか!
吉田が登り切り、僕が登ることになりました。
僕は、いかにこのザイルがムダかということを伝えるために、ザイルを一切つかみません。猛スピードで登り切り、蔑んだ目で神林リーダーを見てやったのですが、滝の頂上で神林リーダーがルマンドを食べていたのです。
なめてんのか、お前!なんや、ルマンドだけに、ノルマンディー上陸作戦か、これ!?
「お疲れ!」
お前の相手に疲れてん!で、ルマンド、こぼしすぎやねん!どう少なく見積もっても7割以上はこぼしてんねん!なあ、大西!?
「アーーー!」
滝壺に落下してた!こんなところでさえこけてた!
幸いにも、低いところからの落下だったため、大西にケガはありませんでした。大西はザイルをつかみながら登り、続いて松山さんも、すいすいと登りました。
時刻は10時30分をまわりました。
10分ほど休憩を取り、僕らは再び歩きはじめました。
ここからは、小さな滝が続きます。滝がくればその都度登ったり高巻いたりしてクリアし、しばらくして、5メートルほどの「ナメ滝」に到着しました。
ナメ滝は、滝の水際自体がナメになっています。非常に滑りやすく、直接登ることは、ほとんどできません。高巻くのが常識なのに、神林リーダーが登ることを提案したのです。
このナメ滝は、傾斜自体はゆるいです。ただ、滝の下は、かなり深い滝壺。落ちてもケガをする可能性は低いとはいえ、僕は泳げません。溺れたら最悪なので、「神林さん、これは絶対無理です!」と声を荒げました。ほかの3人も僕に賛同し、神林リーダーだけがナメ滝を登り、僕ら4人は高巻くことになりました。
神林リーダーは「見とけよ!」と叫んで、ナメ滝を登り始めました。僕らはそれを無視し、山際のほうを進んでいきます。すると案の定、2メートルほど登った地点で、神林リーダーが滝壺に落下したのです。
「神林さん、大丈夫ですか?あきらめたらどうですか?」
「大丈夫や!」
僕が声をかけたものの、神林リーダーは熱いです。僕らはもう登り切っているのに、「もう1度チャレンジする!」と息巻いています。再び滝に突進し、岩場に足をかけた瞬間、「人にできないことはない!なせばなる!なせばなるからレッツゴーーー!!!」と叫んだのですが、レッツゴーの「ツ」ぐらいでもう落下したんですよ!
カッコ悪いな、おい!ていうか、その気持ち悪いセリフはなんやねん!「なせばなるからレッツゴーーー!!!」って、4浪しただけに妙に説得力あるわ!
「まだまだトライ!まだまだトライ!」
気持ち悪っ、何こいつ!もうUMAやわ、こんな奴!
「レッツ、レッツ、レッツゴーーー!!!」
徐霊いるわ、こいつ!それも長時間になるわ、霊が手ごわすぎて!
結局、神林リーダーは登れませんでした。僕らと同じく、高巻くことになりました。
時刻は11時をまわりました。
ここからも小さな滝が続き、滝、ナメ、滝、ナメを繰り返します。
進む先には、踏み跡がたくさんあります。米子沢は、一本道ではありません。入り組んだ地形に道がたくさんあることから、どれを選べばいいのかわかりません。道しるべとなる標柱も頻繁に出現するため、僕らはその都度、方向がわからなくなるのです。
ですが、そこは神林リーダーです。
地図を片手に確認し、「こっちや!」と自信満々です。先ほどあれだけの醜態をさらしたにも関わらず、リーダーっぷりにいささかの陰りも見せません。これがこいつのすごいところで、平気で命令してくるのです。
僕らは神林リーダーを信じて、どんどん歩みを進めました。
しばらくして、40メートルほどの大きな滝の前に来ました。
この滝は3段で、都合40メートルの大滝が、3つの段で形成されています。傾斜は50度。当然、高巻きなのですが、傾斜が傾斜だけに、山際を高巻くだけでも大変なのです。
それでも、慎重に進めば、落ちることはありません。手でつかめる突起もたくさんあるので、ザイルやハーケン(金属製のくさび)を使わず、そのまま登ることになりました。
念のため、大西を2番目に登らせることにしました。2番目なら、万が一足をすべらせても、下の3人が受け止められますから。
隊列は、神林リーダー、大西、僕、吉田、松山さんの順。神林リーダーを先頭に、僕らは木々の枝や岩場の突起をつかみながら、慎重に登り始めました。
ゆっくりと進み、1段目を登り切りました。
2段目の足場には、軽く雪が残っています。1段目よりも難易度は高く、5メートルほど進んだ地点で大西が、つかんでいた枝を折りやがったのです。
「落ち着けよ、大西!」
僕は声をかけ、態勢を崩した大西のリュックを押してやりました。ですがリュックを押した瞬間、同時に何かのボタンを押してしまったのです。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
目覚ましやった!例の目覚ましのスタートボタンを押してもうた!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ここなんやねん、だから!耳元でこんな気持ち悪いこと言われたやんけ!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
2周目やぞ、おい!大変なんはわかるけど大西、なんとかして止めてくれ!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
3周目!もう耳が限界!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
4周目!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
5周目!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も朝がくればもうイエスタデイ!」
もう、俺の耳がイエスタデイ!なんかわからんけど、これだけ聞かされたらもう俺の耳がイエスタデイ!俺の耳に明日はありそうにない!
「神林さん、上から大西のリュックを開けて目覚ましを止めてください!」
「えっ?」
ここにも耳のイエスタデイがおった!変な友情芽生えそう、イエスタデイ同士で!
2段目をクリアした時点で、足場に余裕ができました。大西がようやく目覚ましを止めてくれたものの、間近で聞かされ続けた僕は一瞬、自殺しようかと思いましたからね。大音量に耳をやられ、意図的に落ちるという選択肢が、本気で脳裏をよぎりましたから。
慎重に登り続け、3段目もなんとかクリアしました。
時刻は昼の12時になりました。
本格的な森林に入り、目の前に霧が出てきました。霧は次第に濃くなり、自分たちの居場所がわからなくなったのです。
地図を広げて居場所を確認するために、森を抜けて、霧が薄いところに移動しました。すると眼前に、高さが30メートル近くもある、特大の雪渓(せっけい)を発見したのです。
雪渓というのは、巨大な雪の塊のことです。春山に頻繁に見られ、雪がたくさん降る地域ほど、その量が多いのです。
この雪渓は、僕らの進む道を阻んでいます。周囲が森に囲まれているため、進む道はそこしかありません。谷間が完全に雪で凍っており、進みようがないのです。
雪渓を登りたくても、雪が溶け始めていることから、ハーケンが刺さりません。登るのはあまりに危険で、雪渓の向こう側を調べるために、神林リーダーが木に登りました。双眼鏡で確認したところ、この雪渓のはるか向こうに、再び沢が続いていることがわかったのです。
森を迂回して飛び越えるしかなく、ここまでで、3分の1ぐらい進んでいます。神林リーダーの判断で、森の中を進んで行くことになりました。
正確な方向を調べるために、休憩も兼ねて、昼ごはんを食べることになりました。
今日の昼ごはんは、棒ラーメンと白ごはんです。沢で水をくみ、神林リーダーと松山さんは地図で場所を確認しているため、僕と吉田と大西の3人で作ることになったのですが、大西が1人でなにやらくすくすと笑っています。
「どないしてん、大西?」
「バスコさん、このラーメン、麺が棒というだけで棒ラーメンって言うんですね」
どこツボやねん、だから!爆笑してるけど何がおもしろいの、それの!?
「ククク、麺が棒やから棒ラーメンて……。じゃあもし麺が棒じゃなかったら、何ラーメンって話なんですか」
病院行け、お前!さすがにもう医者の力いるわ、お前!
「この棒ラーメン、南大門さんが見たら大爆笑ですよ」
また出た、南大門!あんまり言われるからちょっと会いたくなってきたやんけ!
僕は先ほど、米に火をかけました。鍋に棒ラーメンの麺を入れ、飯ごうの近くに大西がいたので、大西に米の出来をたしかめさせることにしました。
「大西、飯ごうを確認してくれ!」
「麺が棒やから棒ラーメンて……」
まだ笑ってた!まだ爆笑してた!
「チキンラーメンの麺がもし棒やったら、じゃあ棒チキンになるやん……」
帰れ、もうお前!帰ったほうがいいわ、絶対!ずっと家にいたほうがいいタイプの子やわ、お前!
このあと食事をしたときも、大西は、ずっと半笑いでした。時折、思い出したかのようにニヤニヤするなど、隣の僕は気持ち悪くて仕方がないのです。
神林リーダーも神林リーダーで、ラーメンの汁にフランスパンを浸して食べています。おかしな奴が多すぎて、僕は混乱しそうになるのです。
時刻は13時をまわりました。
昼ごはんを食べ終えた僕らは、身支度を整えて、森に入ることになりました。
ですが、神林リーダーと松山さんが、なにやらもめています。訊くと、西の森から入るか東の森から入るかで、2人の意見が分かれているらしいのです。
持参した地図は、それほど詳しいものではありません。結局、神林リーダーが押し切って、西の森の中を進んで行くことになったのですが、この判断がのちに、僕らの合宿計画を大きく狂わせることになるのです……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~米子沢編①~(携帯読者用)
※2010年・2月6日の記事を再編集
「よっしゃ!じゃあ出発するからな!」
米子沢の入り口に来た神林が、声を張り上げました。
神林は張り切っています。「リーダー臭」を体中から漂わせ、そばにいる僕に、「バスコ、全員、そろってる?」と、わざわざ確認してきたのです。
見たらわかるやろ、お前!訊かんでもひと目で全員おることぐらいわかるやろ!
「そろってる?」
そろってるわ!そろってないんはお前の歯ならびだけや!
「全員そろってますよ、神林リーダー!」
「恥ずかしいから、リーダーって呼ぶなよ!」
めちゃくちゃうれしそうやんけ!顔がニヤけまくってるやんけ!
「バスコさん、バスコさん」
「なんやねん、大西?」
「ククク、リーダーの『リ』の次に『コ』をつけたらリコーダーになりますね」
何がおもろいねん、お前!爆笑してるけど何がおもろいねん、そんなんの!
「神林さんが、♪カッコー、カッコーとか歌い出したら最高ですね」
何を言うとんねん、朝っぱらから!全然意味わからん、こいつ!
時刻は8時20分になりました。
沢の入り口にはダムがあり、ダム一帯が工事をしています。道を迂回して山に入ることになりました。
神林リーダーの張り切り方は、尋常ではありません。「初デートか!」というぐらいのテンションで、僕と松山さんにトランシーバーを渡してきたのです。
この米子沢は、それほど難しい沢ではありません。中級者クラスの沢なので、トランシーバーなど必要ありません。神林リーダーは、機械をやり取りする感じがカッコイイ、と思っているのでしょう。
うざいわ、こいつ……。子供みたいな奴やな……。
「念のために、聞こえるかどうかチェックしとくわ。応答願います。バスコ、応答願います」
「……」
「バスコ、聞こえてる?聞こえてたら返事してくれよ!」
「はい、聞こえてますよ」
「えっ?」
お前が聞こえてへんやんけ!お前が聞こえてないねん!トランシーバーを用意してきてもお前の耳が遠かったら意味ないねん!
「松山さん、応答願います。松山さん、応答願います」
「……聞こえてるわ」
「えっ?」
「聞こえてるわ!」
「ラジャー!」
うざっ、こいつ!やばいぐらいうざい!ドラクエでザラキーマ使ってくるモンスターよりもうざい!
水に濡れたら補聴器が壊れるため、神林リーダーは補聴器をはずしています。異常なまでに耳が遠く、前日にも増して、何度も訊き返されます。それが面倒くさくて、僕はイライラしてきたのです。
30分ほど歩いて、入渓地に到着しました。
いよいよ、沢登りのスタートです。同時にここから本格的に、神林リーダーとの「戦い」がスタートします。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~米子沢編①~です。
この米子沢は、巻機山(1967メートル)を源頭にしています。
源頭というのは、水流の源のことです。最上流であるこの源頭をゴールに設定し、ゆっくりと沢を登っていくのが沢登り。登山では、滝があると迂回しなければなりません。これを逆手に取って、水に入る用意や岩を登る用意をしたうえで、それを積極的に楽しもうというのが沢登りの目的なのです。
時刻は午前9時になりました。
入渓地に入ると、ほかには誰もいません。沢登りの季節ではないことから人はおらず、見方を変えれば、この沢は僕らの貸し切りです。そう考えたとき、僕のテンションが上がってきました。
沢は、リュックを背負いながら登ります。
この日は1泊しかしないとはいえ、リュックは重いです。テント、ザイル(ロープ)、ポカリスエットが入った2リットルのポリタンク……。たくさんの道具がリュックでひしめきあっており、猫ひろしを背負っているぐらいの重みを感じるのです。
神林リーダーを先頭に、ジャリ道を歩きます。10分ほど進んで、目前にゴーロが迫ってきました。
ゴーロというのは、岩や石が散乱する平坦な道のことです。中央に川がちょろちょろと流れ、「少し難易度の高い河原」と思ってもらえれば、わかりやすいでしょう。
沢登りがスタートするため、僕らは着替えることになりました。
着ていたTシャツを脱いで、ポリエステル製のスポーツウェアを身につけます。ヘルメットをかぶり、下は、ショートパンツにスパッツ。靴は渓流タビと呼ばれる、それ専門のタビを履きます。全員がほぼ同じ格好なのですが、神林リーダーだけが、ボロボロのワラジを履いているのです。
なんでワラジやねん、お前!笠地蔵にもらったんか、それ!
よく見ると、ワラジの内側に、油性ペンで名前が書いてあります。ただ、右のワラジに「神」と書き、左のワラジに「林」と記入しているのです。
意味わからん!左だけ拾った奴は「林さん」と思うぞ、それ!林さんに届けるぞって、届けへんわ、ワラジなんて!ワラジを警察に届け出る奴なんておらんわ!
ともあれ、沢登りのスタートです。
重いリュックを背負って、ゴーロをひたすら進みます。隊列は、神林リーダー、吉田、僕、大西、松山さんの順。順調に進んでいたものの、しばらくして神林リーダーが僕に、トランシーバーで訊いてきやがったのです。
「バスコ、後ろはどうなってる?」
振り返れや、お前!振り返ったら見えるやろ、全員!
「問題はないか?」
これが問題やわ!この気持ち悪いノリをもちかけてくるお前自身が問題やわ!
「問題ないですよ」
「えっ?」
「問題ないですよ!」
「えっ?」
「問題ないですよ!!!」
「ラジャー!」
うざっ!あかん、うざすぎて逆に笑けてきた!すでに1周した!
神林リーダーは、頻繁にトランシーバーを使ってきます。距離が近くてもわざわざ使い、その都度「ラジャー!」と返してくるのです。
ふと見ると、僕の後ろの大西が遅れています。大西は、歩くのがめちゃくちゃ遅いです。僕から50メートル近くも離れているのです。
神林リーダーと吉田は、僕の20メートル先を歩いています。仕方なく、大西が遅れていることを神林リーダーにトランシーバーで報告することにしたのですが、神林リーダーが応答する際、めちゃくちゃ渋い声で「はい、こちら神林!」って言ったんですよ。
うざいわ、こいつ!シャレならんぐらいうざい!
「神林さん、大西が少し遅れてます」
「なんやと!?」
大げさやねん!少し遅れただけやねん!
「ケガは!?」
ないわ!あるとしたらお前の頭のケガや!
「神林さん、大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ」
「えっ?」
「大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ!」
「えっ?」
「大西は少し遅れてるだけなんで、先に行っときましょうよ!!!」
直接聞こえたやんけ、お前に!トランシーバー関係なしに叫びすぎて地声で届いたやんけ!
「仲間が遅れてるんやから、待ったろうや!!!」
俺は耳遠くないねん!お前は俺に対しては普通の声でええねん!
神林リーダーは、「仲間を心配するリーダー像」を見せつけたいのでしょう。やたらと熱く、神林リーダーの指示で、大西と松山さんを待つことになりました。
10分ほどして、大西と松山さんがやってきました。
5人が合流し、再びゴーロを歩きます。40分ほど歩いて、地面全体に水が流れる「ナメ」に到着しました。
ナメというのは、濡れた石畳のようなものです。大きく平べったい石の上に水が流れており、ナメが続くと「ナメ床(なめどこ)」と呼ばれます。
このナメは、非常に滑りやすいです。水だけではなく、表面にはコケが生えているものもあります。油断すると転倒してしまうのですが、大西のこけ方が尋常ではないのです。
3分に1回ぐらい、ツルンと滑ります。ツルンツルンと滑り、僕が手を貸してあげた際、「ありがとうございます」と僕にお礼を言った瞬間に再びこけたのです。
谷口浩美か、お前!そんなにこける奴、マラソンの谷口浩美以来やぞ!
「ツルン!」
またこけた!足どうなってんねん、お前!
「(神林が)大丈夫か!?」
うざいのが出てきた!わざわざ走ってきやがった!
「(神林が)ツルン!」
迷惑やねん、お前!邪魔なだけやねん、お前が来ても!
大西は、スタミナもありません。すでにハアハアと息が乱れています。歩くのは遅いし、よくこけるし、スタミナがないしで、大西のせいで、僕らはなかなか前に進めません。
「すいません。僕のせいで、みんなに迷惑をかけてしまって……」
固まって歩く僕らに、大西が謝罪の言葉を口にしました。
そんな大西を、神林リーダーが放っておくはずがありません。ここぞとばかりに急に立ち止まり、大西に向かって、熱いリーダー像を見せつけ始めました。
「気にすんな、大西。俺は全然、気にしてないから」
「本当にすいません」
「えっ?」
「本当にすいません」
「えっ?」
「本当にすいません!!!」
怒ってるやんけ、もう!謝ってたのに何回も訊き返されるから怒ってるやんけ、大西!
「謝るんはやめて!謝るのとかは絶対に違うから!ていうか何に対する謝罪?俺らには何も迷惑かかってないのに、それは何に対する謝罪なん?」
腹立つわ、こいつ!こんなん言う奴、めっちゃ腹立つねん!
「みんなに迷惑ばかりかけてしまって……」
「いいんだよ」
「僕はこけてばっかりで……」
「いいんだよ」
「僕のせいでみんなが進むのが遅れてしまって……」
「いいんだよ」
夜回り先生か!その言葉の持って行き方、完全に夜回り先生やんけ!
「俺も探検家になったころは、お前みたいに体力がなかったよ」
去年やんな、お前が入部したん?自分が植村直己みたいな言い方してるけど、たしか俺とキャリア変わらんよな!?
「でも仲間と支え合って、ここまでこれたよ」
脱走したやんな?自分、先の合宿でたしか余裕で仲間を見捨てたよな!?
神林リーダーの独演会は止まらず、それでも大西は、真剣に耳を傾けています。目が潤んでおり、見かねた僕も、励ましの言葉をかけてあげることにしました。
「気にすんな、大西。ロッテの高沢だって、入団当初は足が遅かったんや。でも努力して、盗塁王を取ったんや」
「それ、西村選手の間違いですよ!」
なんやねん、お前!マジでなんやねん!
「ちなみに西村選手は、もとから足速かったですよ!」
なんで怒られないとあかんねん、俺!いい話をしたったのになんで怒られないとあかんねん!
それでも、大西は気を持ち直しました。僕はどこか腑に落ちないながらも、再び歩き始めました。
流れてくる水は、上流からの雪解け水です。足首は常時、冷たいです。ナメをひたすら進み、しばらくして眼前に、大きな滝が姿を現しました。
この滝は、縦に2段に分かれています。7メートル近くあり、このような滝を制覇することが、沢登りの醍醐味なのです。
滝に出くわしたら、滝の水際を登るか、高巻くかの2択です。高巻くというのは、平たく言えば、横道によけて登る、ということ。山際の横道には、先に来た人の踏み跡があります。こちらのほうが安全で、どちらを選択するかは、リーダーの判断力にかかっているのです。
7メートルもあるとはいえ、この滝の難易度は高くありません。足場もしっかりとしており、大西とて余裕で登れるでしょう。落ちるようなことはなく、勢いそのままに僕らは滝の水際に移動しようとしたのですが、それを神林リーダーが許しません。
「ここは俺が先に登って、上からザイルを投げるわ!みんなはそのザイルをつかんで登ってきてくれ!」
なんでやねん、お前!余裕やろ、こんなもん!ちょっと器用なアリやったら登れるわ!
「神林さん、こんな滝にザイルなんていらないでしょ?」
「リーダーは俺!リーダーは俺!」
腹立つわ、こいつ!本気で殺したくなってきた!大西も何か言ったってくれ!?
「ツルン!」
またこけてた!こけようのないところでさえこけてた!
結局、神林リーダーに押し切られました。神林リーダーが先に登り、大木にザイルを巻きつけて、下に投げつけました。僕らは腰にハーネスを巻き、ハーネスにザイルを連結させて登ることになったのです。
まず、吉田が登ります。
ですが案の定、ザイルは必要ありません。むしろ邪魔なぐらいで、吉田はすいすいと登っています。僕は、ザイルいらんやろ、とイライラしていたのですが、ほどなくして神林リーダーから、トランシーバーで連絡が入りました。
「バスコ、下は問題ないか?」
見えてるやろ、お前!ていうかお前と俺、今、目が合ってるやろ!お前は今、大丈夫な俺らを見ながら「問題ないか?」って訊いとんねん!
「下は問題ない?」
「……」
「聞いてる、バスコ?」
「……問題ないです」
「えっ?」
お前も聞いてんのか!お前も聞いてんのか、コラ!
「問題ないです!!!」
「バスコ、声でかいわ!」
息の根止めたろか、お前!胃カメラ飲んでるときに、九九を全部言わしたろか!1番苦しいタイミングで、「6の段をもう1度!」とか言ったろか!
吉田が登り切り、僕が登ることになりました。
僕は、いかにこのザイルがムダかということを伝えるために、ザイルを一切つかみません。猛スピードで登り切り、蔑んだ目で神林リーダーを見てやったのですが、滝の頂上で神林リーダーがルマンドを食べていたのです。
なめてんのか、お前!なんや、ルマンドだけに、ノルマンディー上陸作戦か、これ!?
「お疲れ!」
お前の相手に疲れてん!で、ルマンド、こぼしすぎやねん!どう少なく見積もっても7割以上はこぼしてんねん!なあ、大西!?
「アーーー!」
滝壺に落下してた!こんなところでさえこけてた!
幸いにも、低いところからの落下だったため、大西にケガはありませんでした。大西はザイルをつかみながら登り、続いて松山さんも、すいすいと登りました。
時刻は10時30分をまわりました。
10分ほど休憩を取り、僕らは再び歩きはじめました。
ここからは、小さな滝が続きます。滝がくればその都度登ったり高巻いたりしてクリアし、しばらくして、5メートルほどの「ナメ滝」に到着しました。
ナメ滝は、滝の水際自体がナメになっています。非常に滑りやすく、直接登ることは、ほとんどできません。高巻くのが常識なのに、神林リーダーが登ることを提案したのです。
このナメ滝は、傾斜自体はゆるいです。ただ、滝の下は、かなり深い滝壺。落ちてもケガをする可能性は低いとはいえ、僕は泳げません。溺れたら最悪なので、「神林さん、これは絶対無理です!」と声を荒げました。ほかの3人も僕に賛同し、神林リーダーだけがナメ滝を登り、僕ら4人は高巻くことになりました。
神林リーダーは「見とけよ!」と叫んで、ナメ滝を登り始めました。僕らはそれを無視し、山際のほうを進んでいきます。すると案の定、2メートルほど登った地点で、神林リーダーが滝壺に落下したのです。
「神林さん、大丈夫ですか?あきらめたらどうですか?」
「大丈夫や!」
僕が声をかけたものの、神林リーダーは熱いです。僕らはもう登り切っているのに、「もう1度チャレンジする!」と息巻いています。再び滝に突進し、岩場に足をかけた瞬間、「人にできないことはない!なせばなる!なせばなるからレッツゴーーー!!!」と叫んだのですが、レッツゴーの「ツ」ぐらいでもう落下したんですよ!
カッコ悪いな、おい!ていうか、その気持ち悪いセリフはなんやねん!「なせばなるからレッツゴーーー!!!」って、4浪しただけに妙に説得力あるわ!
「まだまだトライ!まだまだトライ!」
気持ち悪っ、何こいつ!もうUMAやわ、こんな奴!
「レッツ、レッツ、レッツゴーーー!!!」
徐霊いるわ、こいつ!それも長時間になるわ、霊が手ごわすぎて!
結局、神林リーダーは登れませんでした。僕らと同じく、高巻くことになりました。
時刻は11時をまわりました。
ここからも小さな滝が続き、滝、ナメ、滝、ナメを繰り返します。
進む先には、踏み跡がたくさんあります。米子沢は、一本道ではありません。入り組んだ地形に道がたくさんあることから、どれを選べばいいのかわかりません。道しるべとなる標柱も頻繁に出現するため、僕らはその都度、方向がわからなくなるのです。
ですが、そこは神林リーダーです。
地図を片手に確認し、「こっちや!」と自信満々です。先ほどあれだけの醜態をさらしたにも関わらず、リーダーっぷりにいささかの陰りも見せません。これがこいつのすごいところで、平気で命令してくるのです。
僕らは神林リーダーを信じて、どんどん歩みを進めました。
しばらくして、40メートルほどの大きな滝の前に来ました。
この滝は3段で、都合40メートルの大滝が、3つの段で形成されています。傾斜は50度。当然、高巻きなのですが、傾斜が傾斜だけに、山際を高巻くだけでも大変なのです。
それでも、慎重に進めば、落ちることはありません。手でつかめる突起もたくさんあるので、ザイルやハーケン(金属製のくさび)を使わず、そのまま登ることになりました。
念のため、大西を2番目に登らせることにしました。2番目なら、万が一足をすべらせても、下の3人が受け止められますから。
隊列は、神林リーダー、大西、僕、吉田、松山さんの順。神林リーダーを先頭に、僕らは木々の枝や岩場の突起をつかみながら、慎重に登り始めました。
ゆっくりと進み、1段目を登り切りました。
2段目の足場には、軽く雪が残っています。1段目よりも難易度は高く、5メートルほど進んだ地点で大西が、つかんでいた枝を折りやがったのです。
「落ち着けよ、大西!」
僕は声をかけ、態勢を崩した大西のリュックを押してやりました。ですがリュックを押した瞬間、同時に何かのボタンを押してしまったのです。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
目覚ましやった!例の目覚ましのスタートボタンを押してもうた!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ここなんやねん、だから!耳元でこんな気持ち悪いこと言われたやんけ!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
2周目やぞ、おい!大変なんはわかるけど大西、なんとかして止めてくれ!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
3周目!もう耳が限界!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
4周目!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
5周目!
「そこの君、起きろ!イヤな昨日も朝がくればもうイエスタデイ!」
もう、俺の耳がイエスタデイ!なんかわからんけど、これだけ聞かされたらもう俺の耳がイエスタデイ!俺の耳に明日はありそうにない!
「神林さん、上から大西のリュックを開けて目覚ましを止めてください!」
「えっ?」
ここにも耳のイエスタデイがおった!変な友情芽生えそう、イエスタデイ同士で!
2段目をクリアした時点で、足場に余裕ができました。大西がようやく目覚ましを止めてくれたものの、間近で聞かされ続けた僕は一瞬、自殺しようかと思いましたからね。大音量に耳をやられ、意図的に落ちるという選択肢が、本気で脳裏をよぎりましたから。
慎重に登り続け、3段目もなんとかクリアしました。
時刻は昼の12時になりました。
本格的な森林に入り、目の前に霧が出てきました。霧は次第に濃くなり、自分たちの居場所がわからなくなったのです。
地図を広げて居場所を確認するために、森を抜けて、霧が薄いところに移動しました。すると眼前に、高さが30メートル近くもある、特大の雪渓(せっけい)を発見したのです。
雪渓というのは、巨大な雪の塊のことです。春山に頻繁に見られ、雪がたくさん降る地域ほど、その量が多いのです。
この雪渓は、僕らの進む道を阻んでいます。周囲が森に囲まれているため、進む道はそこしかありません。谷間が完全に雪で凍っており、進みようがないのです。
雪渓を登りたくても、雪が溶け始めていることから、ハーケンが刺さりません。登るのはあまりに危険で、雪渓の向こう側を調べるために、神林リーダーが木に登りました。双眼鏡で確認したところ、この雪渓のはるか向こうに、再び沢が続いていることがわかったのです。
森を迂回して飛び越えるしかなく、ここまでで、3分の1ぐらい進んでいます。神林リーダーの判断で、森の中を進んで行くことになりました。
正確な方向を調べるために、休憩も兼ねて、昼ごはんを食べることになりました。
今日の昼ごはんは、棒ラーメンと白ごはんです。沢で水をくみ、神林リーダーと松山さんは地図で場所を確認しているため、僕と吉田と大西の3人で作ることになったのですが、大西が1人でなにやらくすくすと笑っています。
「どないしてん、大西?」
「バスコさん、このラーメン、麺が棒というだけで棒ラーメンって言うんですね」
どこツボやねん、だから!爆笑してるけど何がおもしろいの、それの!?
「ククク、麺が棒やから棒ラーメンて……。じゃあもし麺が棒じゃなかったら、何ラーメンって話なんですか」
病院行け、お前!さすがにもう医者の力いるわ、お前!
「この棒ラーメン、南大門さんが見たら大爆笑ですよ」
また出た、南大門!あんまり言われるからちょっと会いたくなってきたやんけ!
僕は先ほど、米に火をかけました。鍋に棒ラーメンの麺を入れ、飯ごうの近くに大西がいたので、大西に米の出来をたしかめさせることにしました。
「大西、飯ごうを確認してくれ!」
「麺が棒やから棒ラーメンて……」
まだ笑ってた!まだ爆笑してた!
「チキンラーメンの麺がもし棒やったら、じゃあ棒チキンになるやん……」
帰れ、もうお前!帰ったほうがいいわ、絶対!ずっと家にいたほうがいいタイプの子やわ、お前!
このあと食事をしたときも、大西は、ずっと半笑いでした。時折、思い出したかのようにニヤニヤするなど、隣の僕は気持ち悪くて仕方がないのです。
神林リーダーも神林リーダーで、ラーメンの汁にフランスパンを浸して食べています。おかしな奴が多すぎて、僕は混乱しそうになるのです。
時刻は13時をまわりました。
昼ごはんを食べ終えた僕らは、身支度を整えて、森に入ることになりました。
ですが、神林リーダーと松山さんが、なにやらもめています。訊くと、西の森から入るか東の森から入るかで、2人の意見が分かれているらしいのです。
持参した地図は、それほど詳しいものではありません。結局、神林リーダーが押し切って、西の森の中を進んで行くことになったのですが、この判断がのちに、僕らの合宿計画を大きく狂わせることになるのです……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~新潟県到着⇒米子沢編~(パソコン読者用)
※2010年・2月2日の記事を再編集
「ハア。やっと新潟に着いた……」
時刻は午後7時30分をまわっています。
12時間を越える長旅を経て、僕らは新潟県に到着しました。
僕は終始、神林と大西の相手をしていました。その疲れもあってその場に倒れ込みそうになったのですが、到着して駅を出るやいなや、テンションの上がった神林がなにやら叫び始めました。
「新潟!新潟!新潟!」
意味わからん!地名叫んでどうなんねん!
「新潟!新潟!新潟!」
静かにせいや!そんなテンション高い奴、クスリやってるか照英かどっちかやぞ!
「にっぽん!」
それなんやねん!にっぽんってなんやねん!右翼か!
「到着ついでに記念写真撮るか!」
移民か、俺ら!到着記念の写真とかいらんわ!
田舎だけあって、駅の周りには何もありません。駅一帯がシーンとしているのに、神林だけがはしゃぎ倒しています。本当に頭のおかしい奴で、僕らはいい迷惑なのです。
神林の指示で、駅をバックに写真を撮ることになりました。
この合宿の撮影係は、大西です。まず大西がカメラを持って、僕らの写真を撮りました。続いて全員の写真を撮るために誰かに撮影をお願いすることにしたのですが、近くのベンチに座るどう見てもヤクザにしか見えないオッサンに、大西が「写真、撮ってもらえません?」とお願いしやがったのです。
なんでそいつ選ぶねん!のきなみズレてんねん、お前は!そもそもヤクザが写真撮ってくれるか!
「いいよ」
OKやった!しかも思いのほか声高かった!
「みんな、もっと真ん中に寄って!」
いいほうのヤクザやった!「おふくろさんを大切にするほう」のヤクザやった!
「あんたたつ、どっから来たの?」
めっちゃなまってた!なまりヤクザやった!
「関西です」
「関西のどこ?」
「(神林が)豊中です」
市で言うな!大阪でええやろ、お前!越後もんが「あっ、豊中か!」とか言うとでも思ったか!
「リュックを背負ってるけど、何しに来たの?」
「(神林が)探検です」
概念を言うな!クラブの合宿でええやろ!新潟に探検って、越冬隊か、俺ら!
このなまりヤクザは、とてもいい人です。僕らにスーパーマーケットの場所を教えてくれました。テントを設営する場所を探していると告げたところ、近くの公園まで僕らを連れて行ってくれました。
「ありがとうございました!」
僕らはお礼を言って、なまりヤクザと別れました。
公園に入って、テントを設営することになりました。
ここでも、神林は張り切ります。要領をえない大西に、「できる探険家」を見せつけ始めました。あからさまに手際のよさを見せつけ、「ペグ」を「ネイルテントペグ」と、正式名称で呼び始めたのです。
うざいわ、こいつ!ペグでええやろ、お前!そもそも今までそんな呼び方してなかったやろ!
「大西、そこのネイルテントペグを取ってくれ!」
「えっ?」
「ネイルテントペグや!」
「なんですか、ネイルテントペグって?」
「お前、ネイルヘントセグもわからんのか!」
お前も言えてへんやんけ!無理して言ったからボロ出てるやんけ!
「大西、それが終わったらグランドシートを敷いてくれ!」
「グランドシートってなんですか?」
「フロアシートのことや!」
「フロアシートってなんですか?」
「グランドシートのことや!」
幼卒か、お前!最終学歴幼稚園か、お前!
「だからグランドシートってなんですか?」
「フロアシートのことや!」
いつ終わんねん、これ!このアホのループ、いつ終わんねん!
「とにかく大西、自分で考えて動け!人にいちいち訊くな!」
「わかりました。じゃあ、ペグを打ちつけますね」
「えっ?」
お前も訊いてるやんけ!お前もいちいち人に訊き返してるやろ!
「神林さん、大西は初心者なんで、テント設営は僕らだけでやりましょうよ」
「えっ?」
「テント設営は僕らだけでやりましょうよ!」
「えっ?」
「大西はまだ探検部に入ったところなんで、テント設営は追々教えていきましょうよ!!!」
「バスコ、声でかいわ!」
なめてんのか、お前!どんな教育受けてきたらそんな性格になんねん!もう校長を呼べ!校長を説教するわ、俺!
それでも、なんとかテントは完成しました。
6人用のテントなので、中は広いです。リュックを中に入れて僕はその場に寝転んだのですが、靴を脱いだ神林の足がまた、めちゃくちゃ臭いのです。
勘弁してくれよ、おい!奴隷の足より臭いやんけ!
「ごめん」
ごめんやあるか、お前!アメリカやったら裁判やぞ、こんなもん!「被告人は足を静粛に!」とか言われるぞ!
テント内は一瞬にして、神林臭でいっぱいです。あまりに臭くて、あのおとなしい大西が「臭っ!!!」と今日1番の大声をあげたのです。
恒例の匂いを嗅がされた僕は、一気にテンションが下がりました。そしてここからますます、神林リーダーの「実力」が発揮され始めたのです。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~新潟県到着⇒米子沢編~です。
テント設営を終えた僕らは、近くのスーパーに買出しに行くことになりました。
時刻は午後8時。店に入り、今日の晩ごはん、及び、明日の分の食料を買います。明日は米子沢の山中で寝泊りするため、計5食を買うことになったのですが、この合宿の食料係は神林なのです。
合宿の食料係は、すべてのレシピを決定する権限があります。神林はCLと食料係を兼務しており、ワケのわからない提案を始めたのです。
「神林さん、晩ご飯、何にします?」
「そうやな。初日やし、カレーうどんとかどう?」
カレーライスにせいや!なんでいきなり麺いくねん、お前!で、「初日やし」ってどういうことやねん!
「神林さん、それやったら、カレーライスにしましょうよ!」
「カレーライスか。でも昨日の晩、カレーライスやったしな」
じゃあカレーうどんもやめろや!昨日がカレーやってんやったら、カレーと離れた飯にせいや!カレーうどんでもカレーはカレーやろ!
「カレーうどんにするべきか。それともドライカレーにするべきか……」
ドライカレーはカレーやろ!カレーライスはNGでカレーうどんとドライカレーはOKって、ようわからんねん、お前の味覚!
「でもやっぱり、麺類が食べたいねんな。ヤキソバパンにしようかな……」
麺類に入んの、あれ!?たしかに麺入ってるけど麺類なん、あれ!?
「松山さん、麺類はどうですかね?」
「俺はなんでもいい。とりあえず早く決めろ」
「吉田は何が食べたい?」
「僕もなんでもいいです」
「大西は?」
「ハンバーガーです」
テリーマンか!キャンプですらハンバーガー食いたい奴なんて、お前とテリーマンしかおらんぞ!
「ミックスフライ定食でもいいです」
やよい軒行け、お前!キャンプで定食界の雄にありつけると思うな!
「もう、わからんわ!バスコ、決めてくれ!」
「本当に僕が決めていいんですか?」
「いいよいいよ、決めて!」
「僕は、やっぱりカレーライスですね」
「カレーか……」
死んだらええねん!寝違えすぎて死んだらええねん、お前みたいな奴!
「ドライカレーじゃダメ?」
カレーやろ、だから!その妙な判断基準なんやねん、さっきから!審判いるわ、もう!
このように逐一、イライラさせられます。周囲が「早く決めてくれよ!」と怒っているのも気にせず、しまいには「やっぱり、フランスパンにするか」と言いやがったのです。
晩餐会か!宮中晩餐会か、俺らのキャンプ!俺らは勝ち組の貴婦人の集まりか!
「神林さん、フランスパンは勘弁してくださいよ!そもそもオカズはどうするんですか?」
「カレーうどん」
食い合わせ、おい!大西といいお前といい、食い合わせどうなってんねん!口の印仏戦争は勘弁してくれよ!
結局、僕が押し切って、カレーライスを作ることになりました。麺を5玉買っておき、今晩、カレーを多めに炊いてタッパに保存し、明日の晩に山中で、カレーうどんを作ることになりました。
スーパーでは、食料以外のモノも買います。非常食やお酒を購入し、個人的な買い物も許されます。嗜好品として、私費でアメやガムを購入するのですが、神林がフランスパンを丸ごと1本買いやがったのです。
給料日のフランス人か、お前!だいたいリュックにどうやって入れんねん!なんや、背中に巻きつけて移動すんのか!?刀狩りの帰りか、お前!
「ルマンドも買っとくか」
出た、ルマンド!なんでそんなにルマンド好きやねん、お前は!
「ココナッツサブレも買っとくか」
こぼす奴多いねん!なんでこぼし系ばっかり買うねん!脳ミソもそこそここぼれとるしよ!
時刻は午後9時をまわりました。
買出しを済ませた僕らは、公園に戻りました。
ヘッドライトで照らしながら、カレーを作ります。大西が米を研ぎ、僕と吉田は野菜を切り始めました。
ですが、神林が調理に際して、変なこだわりを持っています。米の水の配分がどうだとか、牛肉を入れる順番がどうだなどと口うるさく、野菜を切る僕に、「ジャガイモは絶対に真四角に切ってくれ!」とお願いしてきたのです。
うざいわ、こいつ!キャンプやねんからなんでもええやろ!
「うちの母さんのカレーのジャガイモは四角やねん!」
お前の母ちゃんは知らんわ!キャンプに母ちゃんを持ち込むな!
「バスコ、その袋にチクワ入ってるから切ってくれ!」
なんでチクワ買ってんねん、お前!カレーにチクワって、貧乏人のカレーやんけ!月2万ぐらいの団地に住んでる家のカレーじゃ、こんなもん!貧乏人はなんでもチクワ入れたらなんとかなると思ってるところがあるからな!
30分ほどして、カレーができあがりました。
僕らは腹ペコです。勇んでカレーの鍋に向かったのですが、先頭に躍り出た神林が、自分の皿に死ぬほどルーを入れやがったのです。
デブの給食か、お前!体育の授業終わりのデブの給食か!少しは遠慮せいや!
「神林さん、入れすぎでしょ!僕らのことも考えてくださいよ!」
「だってカレーやもん!」
……だからなんやねん!一瞬納得しかけたけどだからなんやねん!
「カレーやからしゃあないやろ!」
俺らもカレーやねん!この世のカレーは万人に対してカレーやねん!カレーは民主主義じゃ、メモっとけ!
神林は自分のことしか考えていません。CLのくせに、仲間への気遣いが一切ないのです。
途中から、切ったフランスパンにカレーのルーを塗って食べ始めたのですが、やたらと僕らを見ながら食べています。「これ、おいしいわ!」を連発するなど、見てるだけで腹が立ってくるのです。
時刻は10時になりました。
食事を終え、あと片づけを済ませた僕らは、テントに戻りました。
明日は朝が早いです。寝袋を用意し、もう寝ることにしました。
ふと見ると、僕の隣の大西が、なにやらリュックをごそごそしています。プラスチック製のキツネの置物みたいな奴を取り出して、僕らのあいだに置きました。
「大西、それ何?」
「僕は今回の合宿の起床係なので、目覚まし時計を持ってきたんです」
丸ごと持ってくんなよ!腕時計のアラームとかでええやろ!お前がまず目を覚ませ!
「僕の腕時計のアラームは、鳴る確率がロッテの高沢の打率よりも低いんです」
ようわからん、そのたとえ!ロッテの高沢とか言われてもピンとこんわ!
本当に変わっているのです、こいつ。僕に「歯ブラシを貸してもらえませんか?」とお願いしてきたり、明日の昼ごはん用に買った『棒ラーメン』の包装を見ながら、「棒ラーメンって、ハハハハハ」と1人でくすくす笑ったりと、挙
動がすべておかしいのです。
大西の挙動不審さが気になって、僕は眠れません。神林の足も臭いです。神林から1番遠いところに寝転んだのに、匂いが鼻に届きます。
僕は毎度同様、鼻にタオルを載せました。幸いにも疲れていたので、しばらくして眠ることができました。
迎えた、翌朝。
起床時間である6時に、大西の目覚まし時計がテント中に鳴り響きました。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!そーれっ!起きようよ!そーれっ!起きようよ!」
これなんやねん、おい!なんやねん、この不愉快な目覚まし!音がでかすぎて鼓膜にメラゾーマくらったみたいやねんけど!?
「大西、なんやねん、この目覚まし!?」
「神戸の南大門(なんだいもん)さんにもらったんです」
誰やねん、南大門って!俺らも知ってる奴みたいな言い方で言ったけど、なあ誰、そのイケてるかイケてないかが微妙な名字の奴!?
「僕の母親が南大門さんにビール券をあげたら、お礼として僕にくれたんです」
知らんがな、そんなもん!ていうか、南大門ってどんな名字やねん!名字がすでに難題問やわ!
朝からおかしいのは、大西だけではありません。ふと見た神林がフランスパンをかじっているのです。
寝起きやんな?パッサパサの口にパッサパサのパン掘り込んでるけど、今たしか寝起きやったやんな!?
「いる?」
いらんわ!戦時中でもいらんわ、寝起きやったら!
起きて早々、ブルーになってきました。
ハア、今日もろくなことがないんやろな……。また神林と大西に振り回されるんやろな……。
僕は行く末に不安を感じながらも、テントから出ました。
昨夜のごはんの残りを使って、雑炊を作りました。雑炊を食べ、テントを畳み、「清水」というところに向かって、バスに乗ることになりました。
5分ほど歩いて、バス停に到着しました。
すぐにバスが到着し、早朝なので、乗客は数えるほどしかいません。僕は2人席の窓側に座ったところ、大西が僕の隣に座ってきたのです。
なんでやねん、お前!新婚さんか、俺ら!
それでも、向こうに行け、とは言いづらいです。時間を追うにつれて、乗客も増えてきました。僕は我慢することにしたのですが、昨日の電車同様、沈黙が苦痛です。大西から話しかけてくることはなく、僕から会話を展開しなければならないのです。
「大西、昨日は寝れた?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「蚊には刺されへんかった?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
生きてるよな?自分、死んでないよな!?俺は映画『シックスセンス』の人と違うよな!?
「でも、今年のロッテは強いな。優勝するかもしらんな」
「そんなに甘くはないですよ!」
なんやねん、お前!せっかくお前の好きなロッテの話をしたったのになんやねん!
「大西は、暇なときは何してんの?」
「腕立て伏せしてます」
三島由紀夫か!三島の休日の過ごし方やんけ、それ!
「ほかは?」
「テレビを見てます」
「好きな番組は何?」
「いろいろ見ますけど、日曜日の夜にやってるプロレスは必ず見ます」
「あっ、プロレスが好きなんや」
「はい」
「誰が好きなん?」
「マサ斉藤です」
なんでマサやねん!俺、マサが好きな奴と初めて出会ったわ!まさか生きてるうちにマサのファンと出会えるとは思ってなかったわ!
「マサ斉藤のどこが好きなん?」
「魂です」
熱っ、こいつ!意外に熱かった!魂基準で人を評価してた!
「そうか。俺は蝶野が好きやな」
「僕、蝶野は大嫌いなんですよ!」
何なん、お前!人が会話つなげようと努力してんのに、なんで話の腰を折ってくんねん!
「だって蹴りすぎでしょ?」
プロレスってそういうもんやろ!格闘技やねんから蹴るやろ、どう考えても!
「それよりバスコさん、今から米子沢に行くじゃないですか」
よっしゃ、自分から話しかけてきた……。プロレスの話で打ち解けたのか、心なしか笑顔も見える……。
「それがどないしたん?」
「この米子沢(よなごさわ)を、『こめこさわ』って読む人がいたらどうします?」
「……はっ?」
「(笑いながら)でも、いくらなんでも『こめこさわ』って読む人はいないですよね?」
どこツボやねん、お前!何がおもろいねん、それの!
「ククク、よなごやのにこめこて……」
わからん、お前の性格!急にボケて急に笑うからどうしたらいいかわからん!
ほどなくして、通路に置いてあるリュックから、大西が大きな瓶を取り出しました。何かの瓶詰めらしく、割り箸を使って食べ始めました。
「……大西、それ、何?」
「健康食品で、漢方薬を煮詰めたものです」
ババアか!しぶとく生きたいと願うババアか!人生に粘りたいババアか!
「こないだ南大門さんが持ってきてくれたんです」
また出た、南大門!で、南大門はなんでそんなに持ってくんねん、いろいろと!
「南大門さんの息子さんって、クーラーと倉庫を直す天才なんですよ」
知らんがな、そんなもん!南大門すら興味ないのに、南大門チルドレンのことなんてまったく興味ないわ!ていうか、クーラーと倉庫を直す天才ってなんやねん!それで天才やったらイナバ物置に乗ってる100人全員天才やわ!
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
目覚ましなっとるやんけ!目覚ましなってる、目覚まし!
「♪起きようよ!そーれっ!起きようよ!」
早く止めろや!めちゃくちゃ恥ずかしいやんけ!
「起きろ!そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ここなんやねん、おい!この気持ち悪いセリフなんやねん!
「すいません!」
「なんで目覚ましが急に鳴んねん?」
「この目覚ましは古いんでたまに勝手に鳴るんです」
南大門に返せ!そんな不良品、南大門に返せ!で、その難題問を息子さんに直してもらえ!
前日同様、大西はつかみどころがありません。心を開き始めたものの、黙り込んだかと思えば急にいきり立ち、自分から話しかけてきたかと思えば急に笑い出したりと、相手をするのが大変なのです。
そうこうするうちに、清水に到着しました。
時刻は午前7時40分。近くの駅に移動し、コインロッカーに貴重品を入れました。荷物を減らすためにムダなものをすべて入れ、僕らは米子沢に向かって歩き始めました。
そして、午前8時20分。ようやく沢登りの舞台である、米子沢の入り口に到着したのです……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~新潟県到着⇒米子沢編~(携帯読者用)
※2010年・2月2日の記事を再編集
「ハア。やっと新潟に着いた……」
時刻は午後7時30分をまわっています。
12時間を越える長旅を経て、僕らは新潟県に到着しました。
僕は終始、神林と大西の相手をしていました。その疲れもあってその場に倒れ込みそうになったのですが、到着して駅を出るやいなや、テンションの上がった神林がなにやら叫び始めました。
「新潟!新潟!新潟!」
意味わからん!地名叫んでどうなんねん!
「新潟!新潟!新潟!」
静かにせいや!そんなテンション高い奴、クスリやってるか照英かどっちかやぞ!
「にっぽん!」
それなんやねん!にっぽんってなんやねん!右翼か!
「到着ついでに記念写真撮るか!」
移民か、俺ら!到着記念の写真とかいらんわ!
田舎だけあって、駅の周りには何もありません。駅一帯がシーンとしているのに、神林だけがはしゃぎ倒しています。本当に頭のおかしい奴で、僕らはいい迷惑なのです。
神林の指示で、駅をバックに写真を撮ることになりました。
この合宿の撮影係は、大西です。まず大西がカメラを持って、僕らの写真を撮りました。続いて全員の写真を撮るために誰かに撮影をお願いすることにしたのですが、近くのベンチに座るどう見てもヤクザにしか見えないオッサンに、大西が「写真、撮ってもらえません?」とお願いしやがったのです。
なんでそいつ選ぶねん!のきなみズレてんねん、お前は!そもそもヤクザが写真撮ってくれるか!
「いいよ」
OKやった!しかも思いのほか声高かった!
「みんな、もっと真ん中に寄って!」
いいほうのヤクザやった!「おふくろさんを大切にするほう」のヤクザやった!
「あんたたつ、どっから来たの?」
めっちゃなまってた!なまりヤクザやった!
「関西です」
「関西のどこ?」
「(神林が)豊中です」
市で言うな!大阪でええやろ、お前!越後もんが「あっ、豊中か!」とか言うとでも思ったか!
「リュックを背負ってるけど、何しに来たの?」
「(神林が)探検です」
概念を言うな!クラブの合宿でええやろ!新潟に探検って、越冬隊か、俺ら!
このなまりヤクザは、とてもいい人です。僕らにスーパーマーケットの場所を教えてくれました。テントを設営する場所を探していると告げたところ、近くの公園まで僕らを連れて行ってくれました。
「ありがとうございました!」
僕らはお礼を言って、なまりヤクザと別れました。
公園に入って、テントを設営することになりました。
ここでも、神林は張り切ります。要領をえない大西に、「できる探険家」を見せつけ始めました。あからさまに手際のよさを見せつけ、「ペグ」を「ネイルテントペグ」と、正式名称で呼び始めたのです。
うざいわ、こいつ!ペグでええやろ、お前!そもそも今までそんな呼び方してなかったやろ!
「大西、そこのネイルテントペグを取ってくれ!」
「えっ?」
「ネイルテントペグや!」
「なんですか、ネイルテントペグって?」
「お前、ネイルヘントセグもわからんのか!」
お前も言えてへんやんけ!無理して言ったからボロ出てるやんけ!
「大西、それが終わったらグランドシートを敷いてくれ!」
「グランドシートってなんですか?」
「フロアシートのことや!」
「フロアシートってなんですか?」
「グランドシートのことや!」
幼卒か、お前!最終学歴幼稚園か、お前!
「だからグランドシートってなんですか?」
「フロアシートのことや!」
いつ終わんねん、これ!このアホのループ、いつ終わんねん!
「とにかく大西、自分で考えて動け!人にいちいち訊くな!」
「わかりました。じゃあ、ペグを打ちつけますね」
「えっ?」
お前も訊いてるやんけ!お前もいちいち人に訊き返してるやろ!
「神林さん、大西は初心者なんで、テント設営は僕らだけでやりましょうよ」
「えっ?」
「テント設営は僕らだけでやりましょうよ!」
「えっ?」
「大西はまだ探検部に入ったところなんで、テント設営は追々教えていきましょうよ!!!」
「バスコ、声でかいわ!」
なめてんのか、お前!どんな教育受けてきたらそんな性格になんねん!もう校長を呼べ!校長を説教するわ、俺!
それでも、なんとかテントは完成しました。
6人用のテントなので、中は広いです。リュックを中に入れて僕はその場に寝転んだのですが、靴を脱いだ神林の足がまた、めちゃくちゃ臭いのです。
勘弁してくれよ、おい!奴隷の足より臭いやんけ!
「ごめん」
ごめんやあるか、お前!アメリカやったら裁判やぞ、こんなもん!「被告人は足を静粛に!」とか言われるぞ!
テント内は一瞬にして、神林臭でいっぱいです。あまりに臭くて、あのおとなしい大西が「臭っ!!!」と今日1番の大声をあげたのです。
恒例の匂いを嗅がされた僕は、一気にテンションが下がりました。そしてここからますます、神林リーダーの「実力」が発揮され始めたのです。
そこで今回は、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~新潟県到着⇒米子沢編~です。
テント設営を終えた僕らは、近くのスーパーに買出しに行くことになりました。
時刻は午後8時。店に入り、今日の晩ごはん、及び、明日の分の食料を買います。明日は米子沢の山中で寝泊りするため、計5食を買うことになったのですが、この合宿の食料係は神林なのです。
合宿の食料係は、すべてのレシピを決定する権限があります。神林はCLと食料係を兼務しており、ワケのわからない提案を始めたのです。
「神林さん、晩ご飯、何にします?」
「そうやな。初日やし、カレーうどんとかどう?」
カレーライスにせいや!なんでいきなり麺いくねん、お前!で、「初日やし」ってどういうことやねん!
「神林さん、それやったら、カレーライスにしましょうよ!」
「カレーライスか。でも昨日の晩、カレーライスやったしな」
じゃあカレーうどんもやめろや!昨日がカレーやってんやったら、カレーと離れた飯にせいや!カレーうどんでもカレーはカレーやろ!
「カレーうどんにするべきか。それともドライカレーにするべきか……」
ドライカレーはカレーやろ!カレーライスはNGでカレーうどんとドライカレーはOKって、ようわからんねん、お前の味覚!
「でもやっぱり、麺類が食べたいねんな。ヤキソバパンにしようかな……」
麺類に入んの、あれ!?たしかに麺入ってるけど麺類なん、あれ!?
「松山さん、麺類はどうですかね?」
「俺はなんでもいい。とりあえず早く決めろ」
「吉田は何が食べたい?」
「僕もなんでもいいです」
「大西は?」
「ハンバーガーです」
テリーマンか!キャンプですらハンバーガー食いたい奴なんて、お前とテリーマンしかおらんぞ!
「ミックスフライ定食でもいいです」
やよい軒行け、お前!キャンプで定食界の雄にありつけると思うな!
「もう、わからんわ!バスコ、決めてくれ!」
「本当に僕が決めていいんですか?」
「いいよいいよ、決めて!」
「僕は、やっぱりカレーライスですね」
「カレーか……」
死んだらええねん!寝違えすぎて死んだらええねん、お前みたいな奴!
「ドライカレーじゃダメ?」
カレーやろ、だから!その妙な判断基準なんやねん、さっきから!審判いるわ、もう!
このように逐一、イライラさせられます。周囲が「早く決めてくれよ!」と怒っているのも気にせず、しまいには「やっぱり、フランスパンにするか」と言いやがったのです。
晩餐会か!宮中晩餐会か、俺らのキャンプ!俺らは勝ち組の貴婦人の集まりか!
「神林さん、フランスパンは勘弁してくださいよ!そもそもオカズはどうするんですか?」
「カレーうどん」
食い合わせ、おい!大西といいお前といい、食い合わせどうなってんねん!口の印仏戦争は勘弁してくれよ!
結局、僕が押し切って、カレーライスを作ることになりました。麺を5玉買っておき、今晩、カレーを多めに炊いてタッパに保存し、明日の晩に山中で、カレーうどんを作ることになりました。
スーパーでは、食料以外のモノも買います。非常食やお酒を購入し、個人的な買い物も許されます。嗜好品として、私費でアメやガムを購入するのですが、神林がフランスパンを丸ごと1本買いやがったのです。
給料日のフランス人か、お前!だいたいリュックにどうやって入れんねん!なんや、背中に巻きつけて移動すんのか!?刀狩りの帰りか、お前!
「ルマンドも買っとくか」
出た、ルマンド!なんでそんなにルマンド好きやねん、お前は!
「ココナッツサブレも買っとくか」
こぼす奴多いねん!なんでこぼし系ばっかり買うねん!脳ミソもそこそここぼれとるしよ!
時刻は午後9時をまわりました。
買出しを済ませた僕らは、公園に戻りました。
ヘッドライトで照らしながら、カレーを作ります。大西が米を研ぎ、僕と吉田は野菜を切り始めました。
ですが、神林が調理に際して、変なこだわりを持っています。米の水の配分がどうだとか、牛肉を入れる順番がどうだなどと口うるさく、野菜を切る僕に、「ジャガイモは絶対に真四角に切ってくれ!」とお願いしてきたのです。
うざいわ、こいつ!キャンプやねんからなんでもええやろ!
「うちの母さんのカレーのジャガイモは四角やねん!」
お前の母ちゃんは知らんわ!キャンプに母ちゃんを持ち込むな!
「バスコ、その袋にチクワ入ってるから切ってくれ!」
なんでチクワ買ってんねん、お前!カレーにチクワって、貧乏人のカレーやんけ!月2万ぐらいの団地に住んでる家のカレーじゃ、こんなもん!貧乏人はなんでもチクワ入れたらなんとかなると思ってるところがあるからな!
30分ほどして、カレーができあがりました。
僕らは腹ペコです。勇んでカレーの鍋に向かったのですが、先頭に躍り出た神林が、自分の皿に死ぬほどルーを入れやがったのです。
デブの給食か、お前!体育の授業終わりのデブの給食か!少しは遠慮せいや!
「神林さん、入れすぎでしょ!僕らのことも考えてくださいよ!」
「だってカレーやもん!」
……だからなんやねん!一瞬納得しかけたけどだからなんやねん!
「カレーやからしゃあないやろ!」
俺らもカレーやねん!この世のカレーは万人に対してカレーやねん!カレーは民主主義じゃ、メモっとけ!
神林は自分のことしか考えていません。CLのくせに、仲間への気遣いが一切ないのです。
途中から、切ったフランスパンにカレーのルーを塗って食べ始めたのですが、やたらと僕らを見ながら食べています。「これ、おいしいわ!」を連発するなど、見てるだけで腹が立ってくるのです。
時刻は10時になりました。
食事を終え、あと片づけを済ませた僕らは、テントに戻りました。
明日は朝が早いです。寝袋を用意し、もう寝ることにしました。
ふと見ると、僕の隣の大西が、なにやらリュックをごそごそしています。プラスチック製のキツネの置物みたいな奴を取り出して、僕らのあいだに置きました。
「大西、それ何?」
「僕は今回の合宿の起床係なので、目覚まし時計を持ってきたんです」
丸ごと持ってくんなよ!腕時計のアラームとかでええやろ!お前がまず目を覚ませ!
「僕の腕時計のアラームは、鳴る確率がロッテの高沢の打率よりも低いんです」
ようわからん、そのたとえ!ロッテの高沢とか言われてもピンとこんわ!
本当に変わっているのです、こいつ。僕に「歯ブラシを貸してもらえませんか?」とお願いしてきたり、明日の昼ごはん用に買った『棒ラーメン』の包装を見ながら、「棒ラーメンって、ハハハハハ」と1人でくすくす笑ったりと、挙動がすべておかしいのです。
大西の挙動不審さが気になって、僕は眠れません。神林の足も臭いです。神林から1番遠いところに寝転んだのに、匂いが鼻に届きます。
僕は毎度同様、鼻にタオルを載せました。幸いにも疲れていたので、しばらくして眠ることができました。
迎えた、翌朝。
起床時間である6時に、大西の目覚まし時計がテント中に鳴り響きました。
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!そーれっ!起きようよ!そーれっ!起きようよ!」
これなんやねん、おい!なんやねん、この不愉快な目覚まし!音がでかすぎて鼓膜にメラゾーマくらったみたいやねんけど!?
「大西、なんやねん、この目覚まし!?」
「神戸の南大門(なんだいもん)さんにもらったんです」
誰やねん、南大門って!俺らも知ってる奴みたいな言い方で言ったけど、なあ誰、そのイケてるかイケてないかが微妙な名字の奴!?
「僕の母親が南大門さんにビール券をあげたら、お礼として僕にくれたんです」
知らんがな、そんなもん!ていうか、南大門ってどんな名字やねん!名字がすでに難題問やわ!
朝からおかしいのは、大西だけではありません。ふと見た神林がフランスパンをかじっているのです。
寝起きやんな?パッサパサの口にパッサパサのパン掘り込んでるけど、今たしか寝起きやったやんな!?
「いる?」
いらんわ!戦時中でもいらんわ、寝起きやったら!
起きて早々、ブルーになってきました。
ハア、今日もろくなことがないんやろな……。また神林と大西に振り回されるんやろな……。
僕は行く末に不安を感じながらも、テントから出ました。
昨夜のごはんの残りを使って、雑炊を作りました。雑炊を食べ、テントを畳み、「清水」というところに向かって、バスに乗ることになりました。
5分ほど歩いて、バス停に到着しました。
すぐにバスが到着し、早朝なので、乗客は数えるほどしかいません。僕は2人席の窓側に座ったところ、大西が僕の隣に座ってきたのです。
なんでやねん、お前!新婚さんか、俺ら!
それでも、向こうに行け、とは言いづらいです。時間を追うにつれて、乗客も増えてきました。僕は我慢することにしたのですが、昨日の電車同様、沈黙が苦痛です。大西から話しかけてくることはなく、僕から会話を展開しなければならないのです。
「大西、昨日は寝れた?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「蚊には刺されへんかった?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
生きてるよな?自分、死んでないよな!?俺は映画『シックスセンス』の人と違うよな!?
「でも、今年のロッテは強いな。優勝するかもしらんな」
「そんなに甘くはないですよ!」
なんやねん、お前!せっかくお前の好きなロッテの話をしたったのになんやねん!
「大西は、暇なときは何してんの?」
「腕立て伏せしてます」
三島由紀夫か!三島の休日の過ごし方やんけ、それ!
「ほかは?」
「テレビを見てます」
「好きな番組は何?」
「いろいろ見ますけど、日曜日の夜にやってるプロレスは必ず見ます」
「あっ、プロレスが好きなんや」
「はい」
「誰が好きなん?」
「マサ斉藤です」
なんでマサやねん!俺、マサが好きな奴と初めて出会ったわ!まさか生きてるうちにマサのファンと出会えるとは思ってなかったわ!
「マサ斉藤のどこが好きなん?」
「魂です」
熱っ、こいつ!意外に熱かった!魂基準で人を評価してた!
「そうか。俺は蝶野が好きやな」
「僕、蝶野は大嫌いなんですよ!」
何なん、お前!人が会話つなげようと努力してんのに、なんで話の腰を折ってくんねん!
「だって蹴りすぎでしょ?」
プロレスってそういうもんやろ!格闘技やねんから蹴るやろ、どう考えても!
「それよりバスコさん、今から米子沢に行くじゃないですか」
よっしゃ、自分から話しかけてきた……。プロレスの話で打ち解けたのか、心なしか笑顔も見える……。
「それがどないしたん?」
「この米子沢(よなごさわ)を、『こめこさわ』って読む人がいたらどうします?」
「……はっ?」
「(笑いながら)でも、いくらなんでも『こめこさわ』って読む人はいないですよね?」
どこツボやねん、お前!何がおもろいねん、それの!
「ククク、よなごやのにこめこて……」
わからん、お前の性格!急にボケて急に笑うからどうしたらいいかわからん!
ほどなくして、通路に置いてあるリュックから、大西が大きな瓶を取り出しました。何かの瓶詰めらしく、割り箸を使って食べ始めました。
「……大西、それ、何?」
「健康食品で、漢方薬を煮詰めたものです」
ババアか!しぶとく生きたいと願うババアか!人生に粘りたいババアか!
「こないだ南大門さんが持ってきてくれたんです」
また出た、南大門!で、南大門はなんでそんなに持ってくんねん、いろいろと!
「南大門さんの息子さんって、クーラーと倉庫を直す天才なんですよ」
知らんがな、そんなもん!南大門すら興味ないのに、南大門チルドレンのことなんてまったく興味ないわ!ていうか、クーラーと倉庫を直す天才ってなんやねん!それで天才やったらイナバ物置に乗ってる100人全員天才やわ!
「♪クルルンパッ!そーれっ!クルルンパッ!」
目覚ましなっとるやんけ!目覚ましなってる、目覚まし!
「♪起きようよ!そーれっ!起きようよ!」
早く止めろや!めちゃくちゃ恥ずかしいやんけ!
「起きろ!そこの君、起きろ!イヤな昨日も、朝がくればもうイエスタデイ!」
ここなんやねん、おい!この気持ち悪いセリフなんやねん!
「すいません!」
「なんで目覚ましが急に鳴んねん?」
「この目覚ましは古いんでたまに勝手に鳴るんです」
南大門に返せ!そんな不良品、南大門に返せ!で、その難題問を息子さんに直してもらえ!
前日同様、大西はつかみどころがありません。心を開き始めたものの、黙り込んだかと思えば急にいきり立ち、自分から話しかけてきたかと思えば急に笑い出したりと、相手をするのが大変なのです。
そうこうするうちに、清水に到着しました。
時刻は午前7時40分。近くの駅に移動し、コインロッカーに貴重品を入れました。荷物を減らすためにムダなものをすべて入れ、僕らは米子沢に向かって歩き始めました。
そして、午前8時20分。ようやく沢登りの舞台である、米子沢の入り口に到着したのです……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~出発編~(パソコン読者用)
※2010年・1月29日の記事を再編集
「このタッパ、ウンコ入ってるやんけ!」
「ギャーーー!!!」
僕は大学時代、探検部に所属していました。
といっても、2回生になってすぐに部をやめたので、所属していたのは1年とちょっと。今回のお話は、僕の探検部における最後の合宿である「沢登り」が舞台となります。
大学に入学してから1年が経過し、僕は2回生になりました。
所属する探検部でも、後輩ができました。日々、充実した時間を過ごしていたのですが、5月の半ばをもって、僕は部をやめることを決めていました。
5月の半ばには、以前このブログでご紹介した「体力強化合宿」が行われます。ヘタレな僕は、体力強化合宿に参加する勇気がありません。5月の始めに行われる春合宿を最後に、仲間とお別れすることにしました。
この春合宿は、僕にとっての最後の合宿です。探検部での総決算であり、僕はいつも以上に、気合いが入っていました。
4月の半ばを過ぎたころ、部室で、春合宿の会議が行われました。
この会議では、3・4回生の有志が合宿プランを立てて、みんなの前でプレゼンします。今回用意された合宿は、「錦川シーカヤックツーリング合宿」「吉野川ラフティング合宿」「高松桃太郎伝説の分布図作成合宿」「米子沢・ナルミズ沢の沢登り合宿」の4つ。この4つの中から1・2回生が好きなものを選び、上級生におともします。
ですが、僕は泳げません。溺れると最悪なので、ツーリングとラフティングは論外。残ったのは桃太郎合宿と沢登りなのですが、この桃太郎合宿というのが、見るからにおもしろくなさそうなのです。
合宿の計画書には、「桃太郎伝説に関する遺跡の分布図作成」「写真を使った資料の作成」といった、退屈なプランが並んでいます。僕の最後を飾る合宿にはふさわしくなく、必然的に、沢登りしか残っていません。
沢登りは通常、6月~11月に行われます。5月はまだ雪が残っているので、リスクは高まります。今年は米子沢のある新潟県に雪が少なかったらしいのですが、それでも沢には残雪があるでしょう。
上流に行けば、水だけではなく、雪との戦いにもなります。米子沢の沢自体の難易度こそ低いものの、トータルで考えるとこの沢登りは、かなり難しいのです。
ただ、難易度が高いからこそ、僕の最後の合宿を飾るのにふさわしいのです。
僕は沢登りの経験がありません。とはいえ以前から興味を持っており、このプランを立てた松山さんという方は、とてもしっかりしています。松山さんが一緒だと安心で、僕は勇んで沢登り合宿に参加することにしたのですが、何の因果かこの合宿に、「あの男」も参加することになったのです。
そいつの名は、神林。
このブログで2度に渡ってご紹介した、「ぎりぎり健常者」といっても差し支えない、とんでもない男なのです。
体力強化合宿において、神林は2度も脱走しました。春と秋の洞窟合宿に至っては、洞内植物を採種するためのタッパに、こいつは自分のウンコを入れたのです。
見た目も、絵に描いたようなブ男です。顔面は無精ヒゲと縮れたモミアゲに覆われており、面長であることから、ほとんどサトウキビなのです。
耳も異常に遠く、補聴器をつけています。神林に聞こえるように大きめの声で話すと、「もうちょっと静かに話してくれ!」と文句を言うなど、イライラさせられます。何かにつけて周囲に迷惑をかける、要注意人物なのです。
しかもこの合宿は、神林がCL(チーフリーダー)を務める、といいます。
神林は2回生から入部してきたので、現在は3回生。「今後のことを考えて神林を鍛える!」と松山さんが提案し、合宿プランを立てたのは松山さんなものの、神林がCL、松山さんがSL(サポートリーダー)に回ることになったのです。
神林は昨年の夏合宿で、沢登りを経験しています。一方、松山さんは未経験。そのこともあって、神林をリーダーに指名したのです。
どうしよう……。神林がリーダーなんて最悪やんけ……。かといって海で溺れるのは絶対にイヤやしな……。
僕は悩みました。授業そっちのけで悩んだのですが、結局、「最後の合宿にふさわしい冒険は何か?」と考えた結果、沢登りに参加することにしました。最後は自分の冒険心を優先することにしたのです。
まあ、なんとかなるか……。最後の合宿やし、人間関係で選ぶべきではないよな……。
こう前向きに考えて沢登りに参加したのですが、僕の判断は甘かったのです。
神林リーダーのせいで、いろいろな「事件」に巻き込まれました。それこそ、せっかくの合宿が台なしになってしまうほどの……。
そこで今回は、僕と神林との死闘をご紹介する大長編の第1話、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~出発編~です。
合宿の舞台となるのは、新潟県と群馬県の県境にある、米子沢とナルミズ沢。日程は3泊4日で、初日は現地への移動に費やし、2日目に米子沢を遡行します。
3日目は、電車とバスを乗り継いでナルミズ沢に移動します。3日目と4日目にナルミズ沢の遡行を行い、4日目の夕方に現地で解散する、というプランです。
参加するのは、僕を含めて5名。
CLの神林(3回生)、秋の洞窟合宿でも一緒だったSLの松山さん(4回生)と吉田(2回生)、そして新入生である大西(1回生)です。
本番に至るまで、兵庫県の西宮市にある「蓬莱峡」で、ロッククライミングの練習をしました。
蓬莱峡は峡谷で、沢登りでは途中、岩山を登ります。ロープワークも含めて特訓し、僕は、やけに張り切る神林にイライラしながらも、本番に向けて練習に勤しみました。
迎えた、合宿当日。
集合場所であるJR大阪駅に、僕は大きなリュックを背負って向かいました。
集合時間は午前6時30分。ですが、僕は少し、遅刻をしています。それでも、「朝も早いし、少しぐらいは大目に見てくれるやろう」と高をくくっていたのですが、電車に乗って集合場所まであと3駅というところで、僕の携帯電話に神林から電話がかかってきました。
「もしもし。神林やけど、今、どこ?」
「もう着きます!あと3駅なんで待っててください!」
僕はこう説明し、電波も悪いのですぐに電話を切ったのですが、その2分後に再び、神林から電話がかかってきたのです。
「バスコ、今、どこ?」
うざっ、こいつ!まだ会ってもいないのに、すでにうざいやんけ!
「バスコ、今どこなん?」
何なん、お前!あと3駅って言ったやんけ、さっき!
「悪いけどバスコ、俺の周りうるさいから、もう少し大きな声でしゃべってくれ!」
お前が移動せいや!お前が移動せいや、場所を!なんで俺がお前の状況に合わせてしゃべらないとあかんねん!
「もう着きますんで!」
「えっ?」
「もう着きますんで!」
「えっ?」
「もう着きますんで!!!」
「ごめん聞こえへん、ターザンがなんて?」
してへんわ、ターザンの話なんて!この状況でどうやったらターザンの話になんねん!もう俺が助けてほしいからターザン呼びたいわ、逆に!
僕はイライラしながらも、あと5分で着く、と説明しました。そして終点の梅田駅に到着し、小走りで待ち合わせ場所である駅前のビルに向かったのですが、その途中でまた電話かかってきたんですよ!
ええ加減にせいよ、お前!なんでそんなに電話してくんねん、さっきから!
「バスコ、今、どこ?」
どこどこうるさいねん!トラウマなるわ!
「バスコ、今、どこ?」
もうおるわ、俺!到着してもう俺はお前のすぐそばにおんねん!今、ここ!お前流に言うなら俺は今ここ!
「今、もうここです!」
「えっ?」
「今、もうここです!」
「えっ?」
「今、もうここです!!!」
真横で言ったやんけ、俺!お前の真横で電話使いながら叫んだやんけ!
このように、のっけからイライラさせられるのです。
「おはようございます!すいません、遅れました!」
僕は謝罪し、メンバーと合流しました。
時刻は午前6時45分。ビルの前にはもう、ほかの仲間が集まっています。幸いにも、松山さんには軽く注意されただけで済んだのですが、神林が怒り始めました。
「バスコ、今、何時?」
「えっ?」
「今何時か訊いてんねん」
「……6時45分です」
「集合時間って何時やったっけ?」
「6時半です」
「15分あったら何ができる?なあバスコ、15分もあったら何ができる?」
うざっ、こいつ!1番うざいキレ方してきやがった!
「すいません」
「いいから答えろ、15分もあったら何ができる?」
「……新聞とかが読めます」
「何?」
やばい、怒らしてもうた……。何かわからんけど怒らしてもうた……。
「聞こえへんからもう1回言ってくれ!」
その「何」なん!?キレたときの「何?」じゃなくて、純粋に訊き返しとったんや!?
「もうちょっと大きな声でしゃべってくれ!」
「新聞とかが読めます!!!」
「新聞は15分じゃ読まれへんやろ!」
何で怒られてんねん、俺!なんでそこで怒られないとあかんねん、俺!
「新聞はもっとゆっくり読めよ!」
意味わからん、こいつ!おびえるぐらいマジで意味わからん!
「もう許したれよ、神林!」
「松山さんは黙っててください!CLは僕なんですから!」
現場には、新入生の大西がいます。神林は「新入生の前でいいところを見せないと!」と張り切っているのが見え見えで、それがまたうっとうしいのです。
結局、松山さんがあいだに入ってくれて、騒ぎは収まりました。
僕はイライラしています。自分が悪いとはいえ、神林の怒り方が腹立って腹立って、イライラが止まりません。
神林は、僕らの先頭を歩きたがります。駅の改札をとおってプラットホームに移動する際、僕らが前に行くと、小走りで追い抜いていきます。「先頭を歩くのはリーダーの俺や!」とばかりに、いちいちリーダーぶってくるのです。
腹立つわ、こいつ!見てるだけでイライラしてくるわ!
「こっちやで!」
わかっとるわ!言わんでも案内標識出とんねん!
「こっちこっち!こっちこっち!こっちこっち!」
ツアコンか、ババア相手の!老人ホームの遠足でドギツイババアをまとめて誘導する奴か!
プラットフォームに到着し、しばらくして、電車が来ました。
ここからは青春18切符を使って、電車で移動します。乗り換えは計4回で、2回目の乗り換え駅である金沢駅(石川県)で、昼ごはんを食べることになりました。
電車に乗り、全員、座席に座りました。
車内は空いています。僕の隣に新入生の大西が座り、僕らの前に、ほかの3人が座りました。
ですが、僕の隣に座ったこの大西というのがまた、変わっているのです。浅瀬のほうにいるカニみたいな顔した奴で、神林に負けず劣らず、絡みにくいのです。
大西は、異常なまでに無口です。声も小さく、隣に座った僕は何を話せばいいのかわかりません。
「大西、探検部には慣れた?」
僕は途中で、大西に話しかけました。すると大西は、めちゃくちゃ小さい声で「はい」と返事しただけで、それっきり黙りこくったのです。
なんかしゃべれや、お前!シャイかなんか知らんけど、もうちょっとなんかあるやろ!
「……そうか。でも合宿は初めてやから、緊張するやろ?」
「はい……」
声ちっちゃ!遺族か!
「初めては、やっぱり緊張するわな」
「ええ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「そうか」
なんかしゃべれや、だから!「でもワクワクしますね!」ぐらいは言えや!
しかも、どこかおかしいです。返ってくる答えもすべて、どこかしらズレているのです。
「男ばっかりでも、けっこう楽しいもんやろ?」
「はい」
「そうか」
「……」
「……」
「……」
「野球とか好き?」
「はい」
「どこのチームのファン?」
「ロッテです」
なんでロッテやねん!ちょっと待って、関西人やんな?自分、バリバリの大阪人やんな!?
「……ロッテか。ロッテのどこがいいの?」
「ロッテファンやったらダメなんですか?」
怖いわ!急にキレられるから怖いわ!
「いやそういう意味じゃなくて、純粋にロッテのどこに惹かれたかを聞きたいねん」
「有藤道世が好きなんです」
渋っ、こいつ!有藤好きて、おい!俺、有藤が好きな奴に初めて出会ったわ!
「そ、そうか。有藤が好きなんか」
「ええ」
「……」
「……」
「……受験は大変やったか?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「そうか」
なんやねん、この妙な会話!転校生でももうちょっとしゃべるぞ、お前!
「……まあでも、大学受験ってのは、大変やな」
「バスコさんって、大学は現役ですか?」
やっと自分から話しかけてきた……。これで少しは間が持つ……。
「そうや。大西は?」
「僕は1浪しました」
「そうか。でも浪人したかどうかなんて、全然関係ないからな」
「関係ありますよ!」
なんやねん、お前!なんで急にくんねん、お前は!
「浪人した奴なんかに仕事なんてないですよ!」
そんなことないわ!誰に聞いてん、そんなこと!4浪してもがんばって生きてる奴もおんねんぞ!仕事は見つからんやろうけど、あんな奴!
大西はこのように、まったくつかみどころがありません。おとなしいかと思えば急にいきり立ったりと、めちゃくちゃ絡みにくいのです。
ふと見ると、前の3人が「好きなアダルトビデオは何か」で盛り上がっています。僕も3人の会話に加わったのですが、ここでも大西はおとなしく、僕らの会話に参加してきません。「下ネタが苦手なのかな」と思いながらも、僕は勇気を出して「大西はどんなアダルトビデオが好きなの?」と話を振ったところ、めちゃくちゃ低い声で「若妻です」って言ったんですよ。
ドン引きやわ、お前!めちゃくちゃおとなしい奴が若妻好きって、ドン引きやわ!
「若妻と調教物が好きです」
饒舌やな!エロ話になったら急に饒舌やな!
「調教物だけは、たまらないんです……」
気持ち悪っ、何こいつ!急に目が輝き始めたやんけ!
僕らは全員、ドン引きです。大西の内面のゲスさに触れた気がして、空気が止まったのです。
隣の僕は終始、大西にほんろうされました。妙な会話に疲れながらも、なんとか時間を稼ぎました。
そうこうするうちに、最初の乗り換え駅である、敦賀(福井県)に到着しました。
僕は、大西の隣に座ったことで疲れています。同期の吉田の隣に座ろうと作戦を練っていたのですが、運悪く、神林と大西に挟まれてしまったのです。
最悪や……。次の乗り換えまで2時間以上もあるやんけ……。
案の定、僕はクタクタです。僕を挟んで、イライラさせられる会話が展開されたのです。
「おい、大西。何かわからんことがあったら、CLの俺に質問せいよ」
「はい」
「バスコも、さっき怒って悪かったな」
「いや、大丈夫です。たいして気にしてないんで」
「俺も怒りたくはないねんで。でもCLやから、ちゃんと怒らないとあかん。大西もおるから、新入生がいる手前、ウソでも怒らないとしゃあないんや」
真横に大西おんねんけど!?裏事情が本人に丸聞こえやねんけど!?
「それより、大西。お前、朝ごはん、食べてきたか?」
「はい」
「朝ごはんは大事やからな。ちなみに、何を食べてきた?」
「クレープ」
はっ?はっ?
「クレープです」
なんでクレープやねん、お前!ルイ何世やねん、お前は!
「ほかは?」
「ウナギです」
食い合わせ、おい!食い合わせどうなってんねん、お前!クレープとウナギって、ホームレスか!バイキングの外のゴミ箱あさったホームレスか!
「なんて?」
聞こえてなかった!耳が遠くて奇跡の食い合わせを聞き逃しやがった!
「クレープとウナギです!」
「えっ?」
「クレープとウナギです!」
「えっ?」
「(僕が)神林さん、クレープとウナギですわ!」
何の伝言ゲームやねん、これ!なんで真ん中の俺がいちいち伝えないとあかんねん!
「そうか、そうか。それより大西、高校時代、何かクラブ活動はやってた?」
「園芸部に入ってました」
なんかズレてんねん、お前!おかしくはないけど、のきなみなんかズレてんねん、さっきから!
「えっ?」
「園芸部です!」
「えっ?」
「(僕が)神林さん、園芸部ですわ!」
ええ加減にせいよ!ていうかお前、隊長やってて大丈夫?こんな耳の遠い隊長なんて前代未聞やねんけど!?
「落語?」
その演芸と違うわ!園芸や!そもそも落語やってたらもうちょっとしゃべるわ、こいつ!
「神林さん、花のほうの園芸ですよ!」
「あっ、そっちか。大西は土が好きなんや?」
花が好きやねん!土のほうに興味示して園芸部入る奴とかおるか!ミミズに取り憑かれてる奴か!
「それより大西、もうちょっと大きい声でしゃべってくれよ!」
「わかりました」
「えっ?」
それは聞こえろよ!耳遠いか知らんけど、「決意」ぐらいは聞いたれよ!
前に座る松山さんと吉田は、ずっと笑っていました。「バスコ、大変やな……」という目で僕を見ながら、ずっと半笑いでしたから。
時刻は午後12時をまわりました。
ようやく金沢駅に到着し、昼ごはんを食べることになりました。
出発までは40分あります。各自バラバラに食べることになり、僕と吉田はコンビニ弁当を、松山さんと大西は立ち食い蕎麦屋に入りました。神林もコンビニに入り、なにやらお菓子を買ってベンチに座ったのですが、ふと見たそのお菓子がブルボンの『ルマンド』で、6割以上こぼしながら食べ始めたのです。
こぼしすぎやねん!ほとんどこぼしてるやんけ、それ!アリに優しい奴か、お前は!
そしてルマンドを食べ切るやいなや、おにぎりをかじりはじめたのです。
先におにぎり食えや、お前!で、おにぎりもこぼしすぎやねん!山下清が怒ってくるか寄ってくるかしてくるぞ!
お弁当を食べ終えた僕は、トイレに行くことにしました。
ジュースを飲みすぎたせいで、僕はお腹を壊しています。小走りで駅のトイレに向かったのですが、運悪く、同じタイミングで神林も来やがったのです。
なんで来んねん、こいつ……。うわっ、俺の隣の便器に入りやがった……。
「プリッ!プリプリプリッ!」
いきなりかい!いきなり爆発したぞ、おい!
「プリッツ!」
プリッツってなんやねん!プリッツ!?なんや、「細切りのウンコ」とかそういうことか!?
「プリッツ!」
プリッツプリッツうるさいねん!ルマンド食ってプリッツ出すって、上の口も下の口も相当甘党やな、お前!
「ビーフストロガノフ!」
それなんやねん、おい!いかついロシア料理みたいな音が聞こえてきたけどそれなんやねん!
「バスコ、お腹壊してんの?」
話しかけてきた!壁1枚隔てて話しかけてきやがった!
「なあバスコ、お腹壊してんの?」
なんでこんなところで会話しないとあかんねん、お前!激ホモか、俺ら!
「神林さん、今は会話するのはやめにしませんか?」
「えっ?」
「いや、ちょっと下痢気味なんですよ」
「えっ?」
「下痢気味なんです!」
「えっ?」
「下痢気味なんです!!!」
お前、なんでこんなこと大声で言わないとあかんねん!選手宣誓なみに言うてもうたやんけ、俺!
「俺も下痢気味やねん」
知らんがな、そんなもん!世界で1番しょうもない共通点やわ、これ!
「ビーフストロガノフ!」
だからその音なんやねん、おい!そもそも腹は冷えてんのに出す音は煮込んでるってどういうことやねん!
せっかくの休憩も、神林のせいで休めません。このトイレを中心に、やることなすことが気に障って、ゆっくりと休んでられないのです。
このあと新潟を目指して再び、電車に乗りました。
到着まで、あと7時間。先ほどまでと同様に、僕は神林にほんろうされます。大西とのあいだでできるイヤな沈黙に、クタクタになります。
それでも僕はがんばって神林と大西を交わし続け、ようやく目的地である、新潟県魚沼市の六日町に到着したのです……。
続く……。
神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?の考察~出発編~(携帯読者用)
※2010年・1月29日の記事を再編集
「このタッパ、ウンコ入ってるやんけ!」
「ギャーーー!!!」
僕は大学時代、探検部に所属していました。
といっても、2回生になってすぐに部をやめたので、所属していたのは1年とちょっと。今回のお話は、僕の探検部における最後の合宿である「沢登り」が舞台となります。
大学に入学してから1年が経過し、僕は2回生になりました。
所属する探検部でも、後輩ができました。日々、充実した時間を過ごしていたのですが、5月の半ばをもって、僕は部をやめることを決めていました。
5月の半ばには、以前このブログでご紹介した「体力強化合宿」が行われます。ヘタレな僕は、体力強化合宿に参加する勇気がありません。5月の始めに行われる春合宿を最後に、仲間とお別れすることにしました。
この春合宿は、僕にとっての最後の合宿です。探検部での総決算であり、僕はいつも以上に、気合いが入っていました。
4月の半ばを過ぎたころ、部室で、春合宿の会議が行われました。
この会議では、3・4回生の有志が合宿プランを立てて、みんなの前でプレゼンします。今回用意された合宿は、「錦川シーカヤックツーリング合宿」「吉野川ラフティング合宿」「高松桃太郎伝説の分布図作成合宿」「米子沢・ナルミズ沢の沢登り合宿」の4つ。この4つの中から1・2回生が好きなものを選び、上級生におともします。
ですが、僕は泳げません。溺れると最悪なので、ツーリングとラフティングは論外。残ったのは桃太郎合宿と沢登りなのですが、この桃太郎合宿というのが、見るからにおもしろくなさそうなのです。
合宿の計画書には、「桃太郎伝説に関する遺跡の分布図作成」「写真を使った資料の作成」といった、退屈なプランが並んでいます。僕の最後を飾る合宿にはふさわしくなく、必然的に、沢登りしか残っていません。
沢登りは通常、6月~11月に行われます。5月はまだ雪が残っているので、リスクは高まります。今年は米子沢のある新潟県に雪が少なかったらしいのですが、それでも沢には残雪があるでしょう。
上流に行けば、水だけではなく、雪との戦いにもなります。米子沢の沢自体の難易度こそ低いものの、トータルで考えるとこの沢登りは、かなり難しいのです。
ただ、難易度が高いからこそ、僕の最後の合宿を飾るのにふさわしいのです。
僕は沢登りの経験がありません。とはいえ以前から興味を持っており、このプランを立てた松山さんという方は、とてもしっかりしています。松山さんが一緒だと安心で、僕は勇んで沢登り合宿に参加することにしたのですが、何の因果かこの合宿に、「あの男」も参加することになったのです。
そいつの名は、神林。
このブログで2度に渡ってご紹介した、「ぎりぎり健常者」といっても差し支えない、とんでもない男なのです。
体力強化合宿において、神林は2度も脱走しました。春と秋の洞窟合宿に至っては、洞内植物を採種するためのタッパに、こいつは自分のウンコを入れたのです。
見た目も、絵に描いたようなブ男です。顔面は無精ヒゲと縮れたモミアゲに覆われており、面長であることから、ほとんどサトウキビなのです。
耳も異常に遠く、補聴器をつけています。神林に聞こえるように大きめの声で話すと、「もうちょっと静かに話してくれ!」と文句を言うなど、イライラさせられます。何かにつけて周囲に迷惑をかける、要注意人物なのです。
しかもこの合宿は、神林がCL(チーフリーダー)を務める、といいます。
神林は2回生から入部してきたので、現在は3回生。「今後のことを考えて神林を鍛える!」と松山さんが提案し、合宿プランを立てたのは松山さんなものの、神林がCL、松山さんがSL(サポートリーダー)に回ることになったのです。
神林は昨年の夏合宿で、沢登りを経験しています。一方、松山さんは未経験。そのこともあって、神林をリーダーに指名したのです。
どうしよう……。神林がリーダーなんて最悪やんけ……。かといって海で溺れるのは絶対にイヤやしな……。
僕は悩みました。授業そっちのけで悩んだのですが、結局、「最後の合宿にふさわしい冒険は何か?」と考えた結果、沢登りに参加することにしました。最後は自分の冒険心を優先することにしたのです。
まあ、なんとかなるか……。最後の合宿やし、人間関係で選ぶべきではないよな……。
こう前向きに考えて沢登りに参加したのですが、僕の判断は甘かったのです。
神林リーダーのせいで、いろいろな「事件」に巻き込まれました。それこそ、せっかくの合宿が台なしになってしまうほどの……。
そこで今回は、僕と神林との死闘をご紹介する大長編の第1話、「神林リーダーと行く旅行はどれだけ大変か?」の考察~出発編~です。
合宿の舞台となるのは、新潟県と群馬県の県境にある、米子沢とナルミズ沢。日程は3泊4日で、初日は現地への移動に費やし、2日目に米子沢を遡行します。
3日目は、電車とバスを乗り継いでナルミズ沢に移動します。3日目と4日目にナルミズ沢の遡行を行い、4日目の夕方に現地で解散する、というプランです。
参加するのは、僕を含めて5名。
CLの神林(3回生)、秋の洞窟合宿でも一緒だったSLの松山さん(4回生)と吉田(2回生)、そして新入生である大西(1回生)です。
本番に至るまで、兵庫県の西宮市にある「蓬莱峡」で、ロッククライミングの練習をしました。
蓬莱峡は峡谷で、沢登りでは途中、岩山を登ります。ロープワークも含めて特訓し、僕は、やけに張り切る神林にイライラしながらも、本番に向けて練習に勤しみました。
迎えた、合宿当日。
集合場所であるJR大阪駅に、僕は大きなリュックを背負って向かいました。
集合時間は午前6時30分。ですが、僕は少し、遅刻をしています。それでも、「朝も早いし、少しぐらいは大目に見てくれるやろう」と高をくくっていたのですが、電車に乗って集合場所まであと3駅というところで、僕の携帯電話に神林から電話がかかってきました。
「もしもし。神林やけど、今、どこ?」
「もう着きます!あと3駅なんで待っててください!」
僕はこう説明し、電波も悪いのですぐに電話を切ったのですが、その2分後に再び、神林から電話がかかってきたのです。
「バスコ、今、どこ?」
うざっ、こいつ!まだ会ってもいないのに、すでにうざいやんけ!
「バスコ、今どこなん?」
何なん、お前!あと3駅って言ったやんけ、さっき!
「悪いけどバスコ、俺の周りうるさいから、もう少し大きな声でしゃべってくれ!」
お前が移動せいや!お前が移動せいや、場所を!なんで俺がお前の状況に合わせてしゃべらないとあかんねん!
「もう着きますんで!」
「えっ?」
「もう着きますんで!」
「えっ?」
「もう着きますんで!!!」
「ごめん聞こえへん、ターザンがなんて?」
してへんわ、ターザンの話なんて!この状況でどうやったらターザンの話になんねん!もう俺が助けてほしいからターザン呼びたいわ、逆に!
僕はイライラしながらも、あと5分で着く、と説明しました。そして終点の梅田駅に到着し、小走りで待ち合わせ場所である駅前のビルに向かったのですが、その途中でまた電話かかってきたんですよ!
ええ加減にせいよ、お前!なんでそんなに電話してくんねん、さっきから!
「バスコ、今、どこ?」
どこどこうるさいねん!トラウマなるわ!
「バスコ、今、どこ?」
もうおるわ、俺!到着してもう俺はお前のすぐそばにおんねん!今、ここ!お前流に言うなら俺は今ここ!
「今、もうここです!」
「えっ?」
「今、もうここです!」
「えっ?」
「今、もうここです!!!」
真横で言ったやんけ、俺!お前の真横で電話使いながら叫んだやんけ!
このように、のっけからイライラさせられるのです。
「おはようございます!すいません、遅れました!」
僕は謝罪し、メンバーと合流しました。
時刻は午前6時45分。ビルの前にはもう、ほかの仲間が集まっています。幸いにも、松山さんには軽く注意されただけで済んだのですが、神林が怒り始めました。
「バスコ、今、何時?」
「えっ?」
「今何時か訊いてんねん」
「……6時45分です」
「集合時間って何時やったっけ?」
「6時半です」
「15分あったら何ができる?なあバスコ、15分もあったら何ができる?」
うざっ、こいつ!1番うざいキレ方してきやがった!
「すいません」
「いいから答えろ、15分もあったら何ができる?」
「……新聞とかが読めます」
「何?」
やばい、怒らしてもうた……。何かわからんけど怒らしてもうた……。
「聞こえへんからもう1回言ってくれ!」
その「何」なん!?キレたときの「何?」じゃなくて、純粋に訊き返しとったんや!?
「もうちょっと大きな声でしゃべってくれ!」
「新聞とかが読めます!!!」
「新聞は15分じゃ読まれへんやろ!」
何で怒られてんねん、俺!なんでそこで怒られないとあかんねん、俺!
「新聞はもっとゆっくり読めよ!」
意味わからん、こいつ!おびえるぐらいマジで意味わからん!
「もう許したれよ、神林!」
「松山さんは黙っててください!CLは僕なんですから!」
現場には、新入生の大西がいます。神林は「新入生の前でいいところを見せないと!」と張り切っているのが見え見えで、それがまたうっとうしいのです。
結局、松山さんがあいだに入ってくれて、騒ぎは収まりました。
僕はイライラしています。自分が悪いとはいえ、神林の怒り方が腹立って腹立って、イライラが止まりません。
神林は、僕らの先頭を歩きたがります。駅の改札をとおってプラットホームに移動する際、僕らが前に行くと、小走りで追い抜いていきます。「先頭を歩くのはリーダーの俺や!」とばかりに、いちいちリーダーぶってくるのです。
腹立つわ、こいつ!見てるだけでイライラしてくるわ!
「こっちやで!」
わかっとるわ!言わんでも案内標識出とんねん!
「こっちこっち!こっちこっち!こっちこっち!」
ツアコンか、ババア相手の!老人ホームの遠足でドギツイババアをまとめて誘導する奴か!
プラットフォームに到着し、しばらくして、電車が来ました。
ここからは青春18切符を使って、電車で移動します。乗り換えは計4回で、2回目の乗り換え駅である金沢駅(石川県)で、昼ごはんを食べることになりました。
電車に乗り、全員、座席に座りました。
車内は空いています。僕の隣に新入生の大西が座り、僕らの前に、ほかの3人が座りました。
ですが、僕の隣に座ったこの大西というのがまた、変わっているのです。浅瀬のほうにいるカニみたいな顔した奴で、神林に負けず劣らず、絡みにくいのです。
大西は、異常なまでに無口です。声も小さく、隣に座った僕は何を話せばいいのかわかりません。
「大西、探検部には慣れた?」
僕は途中で、大西に話しかけました。すると大西は、めちゃくちゃ小さい声で「はい」と返事しただけで、それっきり黙りこくったのです。
なんかしゃべれや、お前!シャイかなんか知らんけど、もうちょっとなんかあるやろ!
「……そうか。でも合宿は初めてやから、緊張するやろ?」
「はい……」
声ちっちゃ!遺族か!
「初めては、やっぱり緊張するわな」
「ええ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「そうか」
なんかしゃべれや、だから!「でもワクワクしますね!」ぐらいは言えや!
しかも、どこかおかしいです。返ってくる答えもすべて、どこかしらズレているのです。
「男ばっかりでも、けっこう楽しいもんやろ?」
「はい」
「そうか」
「……」
「……」
「……」
「野球とか好き?」
「はい」
「どこのチームのファン?」
「ロッテです」
なんでロッテやねん!ちょっと待って、関西人やんな?自分、バリバリの大阪人やんな!?
「……ロッテか。ロッテのどこがいいの?」
「ロッテファンやったらダメなんですか?」
怖いわ!急にキレられるから怖いわ!
「いやそういう意味じゃなくて、純粋にロッテのどこに惹かれたかを聞きたいねん」
「有藤道世が好きなんです」
渋っ、こいつ!有藤好きて、おい!俺、有藤が好きな奴に初めて出会ったわ!
「そ、そうか。有藤が好きなんか」
「ええ」
「……」
「……」
「……受験は大変やったか?」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「そうか」
なんやねん、この妙な会話!転校生でももうちょっとしゃべるぞ、お前!
「……まあでも、大学受験ってのは、大変やな」
「バスコさんって、大学は現役ですか?」
やっと自分から話しかけてきた……。これで少しは間が持つ……。
「そうや。大西は?」
「僕は1浪しました」
「そうか。でも浪人したかどうかなんて、全然関係ないからな」
「関係ありますよ!」
なんやねん、お前!なんで急にくんねん、お前は!
「浪人した奴なんかに仕事なんてないですよ!」
そんなことないわ!誰に聞いてん、そんなこと!4浪してもがんばって生きてる奴もおんねんぞ!仕事は見つからんやろうけど、あんな奴!
大西はこのように、まったくつかみどころがありません。おとなしいかと思えば急にいきり立ったりと、めちゃくちゃ絡みにくいのです。
ふと見ると、前の3人が「好きなアダルトビデオは何か」で盛り上がっています。僕も3人の会話に加わったのですが、ここでも大西はおとなしく、僕らの会話に参加してきません。「下ネタが苦手なのかな」と思いながらも、僕は勇気を出して「大西はどんなアダルトビデオが好きなの?」と話を振ったところ、めちゃくちゃ低い声で「若妻です」って言ったんですよ。
ドン引きやわ、お前!めちゃくちゃおとなしい奴が若妻好きって、ドン引きやわ!
「若妻と調教物が好きです」
饒舌やな!エロ話になったら急に饒舌やな!
「調教物だけは、たまらないんです……」
気持ち悪っ、何こいつ!急に目が輝き始めたやんけ!
僕らは全員、ドン引きです。大西の内面のゲスさに触れた気がして、空気が止まったのです。
隣の僕は終始、大西にほんろうされました。妙な会話に疲れながらも、なんとか時間を稼ぎました。
そうこうするうちに、最初の乗り換え駅である、敦賀(福井県)に到着しました。
僕は、大西の隣に座ったことで疲れています。同期の吉田の隣に座ろうと作戦を練っていたのですが、運悪く、神林と大西に挟まれてしまったのです。
最悪や……。次の乗り換えまで2時間以上もあるやんけ……。
案の定、僕はクタクタです。僕を挟んで、イライラさせられる会話が展開されたのです。
「おい、大西。何かわからんことがあったら、CLの俺に質問せいよ」
「はい」
「バスコも、さっき怒って悪かったな」
「いや、大丈夫です。たいして気にしてないんで」
「俺も怒りたくはないねんで。でもCLやから、ちゃんと怒らないとあかん。大西もおるから、新入生がいる手前、ウソでも怒らないとしゃあないんや」
真横に大西おんねんけど!?裏事情が本人に丸聞こえやねんけど!?
「それより、大西。お前、朝ごはん、食べてきたか?」
「はい」
「朝ごはんは大事やからな。ちなみに、何を食べてきた?」
「クレープ」
はっ?はっ?
「クレープです」
なんでクレープやねん、お前!ルイ何世やねん、お前は!
「ほかは?」
「ウナギです」
食い合わせ、おい!食い合わせどうなってんねん、お前!クレープとウナギって、ホームレスか!バイキングの外のゴミ箱あさったホームレスか!
「なんて?」
聞こえてなかった!耳が遠くて奇跡の食い合わせを聞き逃しやがった!
「クレープとウナギです!」
「えっ?」
「クレープとウナギです!」
「えっ?」
「(僕が)神林さん、クレープとウナギですわ!」
何の伝言ゲームやねん、これ!なんで真ん中の俺がいちいち伝えないとあかんねん!
「そうか、そうか。それより大西、高校時代、何かクラブ活動はやってた?」
「園芸部に入ってました」
なんかズレてんねん、お前!おかしくはないけど、のきなみなんかズレてんねん、さっきから!
「えっ?」
「園芸部です!」
「えっ?」
「(僕が)神林さん、園芸部ですわ!」
ええ加減にせいよ!ていうかお前、隊長やってて大丈夫?こんな耳の遠い隊長なんて前代未聞やねんけど!?
「落語?」
その演芸と違うわ!園芸や!そもそも落語やってたらもうちょっとしゃべるわ、こいつ!
「神林さん、花のほうの園芸ですよ!」
「あっ、そっちか。大西は土が好きなんや?」
花が好きやねん!土のほうに興味示して園芸部入る奴とかおるか!ミミズに取り憑かれてる奴か!
「それより大西、もうちょっと大きい声でしゃべってくれよ!」
「わかりました」
「えっ?」
それは聞こえろよ!耳遠いか知らんけど、「決意」ぐらいは聞いたれよ!
前に座る松山さんと吉田は、ずっと笑っていました。「バスコ、大変やな……」という目で僕を見ながら、ずっと半笑いでしたから。
時刻は午後12時をまわりました。
ようやく金沢駅に到着し、昼ごはんを食べることになりました。
出発までは40分あります。各自バラバラに食べることになり、僕と吉田はコンビニ弁当を、松山さんと大西は立ち食い蕎麦屋に入りました。神林もコンビニに入り、なにやらお菓子を買ってベンチに座ったのですが、ふと見たそのお菓子がブルボンの『ルマンド』で、6割以上こぼしながら食べ始めたのです。
こぼしすぎやねん!ほとんどこぼしてるやんけ、それ!アリに優しい奴か、お前は!
そしてルマンドを食べ切るやいなや、おにぎりをかじりはじめたのです。
先におにぎり食えや、お前!で、おにぎりもこぼしすぎやねん!山下清が怒ってくるか寄ってくるかしてくるぞ!
お弁当を食べ終えた僕は、トイレに行くことにしました。
ジュースを飲みすぎたせいで、僕はお腹を壊しています。小走りで駅のトイレに向かったのですが、運悪く、同じタイミングで神林も来やがったのです。
なんで来んねん、こいつ……。うわっ、俺の隣の便器に入りやがった……。
「プリッ!プリプリプリッ!」
いきなりかい!いきなり爆発したぞ、おい!
「プリッツ!」
プリッツってなんやねん!プリッツ!?なんや、「細切りのウンコ」とかそういうことか!?
「プリッツ!」
プリッツプリッツうるさいねん!ルマンド食ってプリッツ出すって、上の口も下の口も相当甘党やな、お前!
「ビーフストロガノフ!」
それなんやねん、おい!いかついロシア料理みたいな音が聞こえてきたけどそれなんやねん!
「バスコ、お腹壊してんの?」
話しかけてきた!壁1枚隔てて話しかけてきやがった!
「なあバスコ、お腹壊してんの?」
なんでこんなところで会話しないとあかんねん、お前!激ホモか、俺ら!
「神林さん、今は会話するのはやめにしませんか?」
「えっ?」
「いや、ちょっと下痢気味なんですよ」
「えっ?」
「下痢気味なんです!」
「えっ?」
「下痢気味なんです!!!」
お前、なんでこんなこと大声で言わないとあかんねん!選手宣誓なみに言うてもうたやんけ、俺!
「俺も下痢気味やねん」
知らんがな、そんなもん!世界で1番しょうもない共通点やわ、これ!
「ビーフストロガノフ!」
だからその音なんやねん、おい!そもそも腹は冷えてんのに出す音は煮込んでるってどういうことやねん!
せっかくの休憩も、神林のせいで休めません。このトイレを中心に、やることなすことが気に障って、ゆっくりと休んでられないのです。
このあと新潟を目指して再び、電車に乗りました。
到着まで、あと7時間。先ほどまでと同様に、僕は神林にほんろうされます。大西とのあいだでできるイヤな沈黙に、クタクタになります。
それでも僕はがんばって神林と大西を交わし続け、ようやく目的地である、新潟県魚沼市の六日町に到着したのです……。
続く……。
木下さんは何者か?の考察~ベスト版⑨~(パソコン読者用)
※過去の木下さんの記事をごちゃ混ぜにして再編集
先日、近所の銭湯に行きました。
ここは朝から営業しており、知り合いが頻繁にタダ券をくれます。最近では週に1度は朝風呂に入るようになり、この日は近所のおじさんも一緒です。
体を洗い、おじさんと一緒に湯船に浸かりました。
他愛のない会話をし、ふと入り口に視線を投げたところ、ものすごい巨根の若者が入ってきました。巨根も巨根、影踏みでそこを踏みそうなぐらいの特大サイズで、僕らの目が釘付けになったのです。
「ちょっと待って、何、あれ……」
思わず、声が出ました。おじさんも驚き、「あんな奴が存在するんや……」と2人でささやき合うなど、とにかく巨根なのです。
サウナに入ってからも、話題はそのことで持ちきりです。「流行語大賞なるわ!」というぐらい、2人で巨根を連発します。僕らはサウナと水風呂を何度も往復し、気がつくと、風呂場に入ってから1時間以上も経過していました。
風呂場を出て、僕はコインロッカーに移動しました。
僕は体を拭き、おじさんはトイレに行っています。するとほどなくして、巨根が風呂場から出てきたのです。
ここのコインロッカーは、縦に3個で、15列あります。巨根は、僕の隣の隣の列の真ん中を使用しています。巨根の上のロッカーがおじさんのロッカーで、トイレから戻ってきたおじさんが、巨根に向かってこう言いました。
「ちょっと上ごめんな、巨根の兄ちゃん!」
勘弁してくれよ、おい!本人に言うなよ、そんなこと!
「ごめんな、巨根!」
また言いやがった!ていうか、巨根て!巨根の兄ちゃんやったらまだわかるけど巨根はないやろ!
「おっちゃん、本人に巨根って言ったらあかんやろ」
僕はおじさんを呼び寄せて、耳元で注意しました。
おじさんは、「全然気づかへんかった……」と、ようやく自分の過ちに気づいたようです。返す刀で巨根に歩み寄り、「巨根って言ってごめんな、巨根」って言ったんですよ。
何考えとんねん、お前!そもそも巨根の身にもなれよ!この30秒だけで巨根って4回言われてるんやぞ!
このおじさんの名前は、木下さん。
僕の近所に住む、「天然の天才」なのです。
日ごろからおかしなことを連発し、つい先日もチゲ鍋のスープを飲んだ際、「うわー!これ、めっちゃ赤い!」って言ったんですよ。
からいや!飲んでめっちゃ赤いってなんやねん!
「赤い赤い!ノドの奥まで赤い!」
赤狩りの責任者か、お前!「共産党味」かなんかか、この鍋!道理で具材が左に集まってるわけや!
とにかく、おかしいのです。同じ人間とは思えない、奇人中の奇人なのです。
そこで今回は、「木下さんは何者か?」の考察~ベスト版⑨~です。
木下さんは、うちの母親の同級生で64歳。ボロボロの自転車屋を経営し、奥さんとの共働きで、僕の小学校の同級生の息子(サラリーマン・既婚)と娘(フリーター)がいます。
このプロフィールを踏まえていただき、以下、木下さんにまつわるエピソードをご紹介します。毎度同様、信じがたいお話ばかりですが、すべて実話です。
検証エピソード①『早口言葉』
これは、つい先日のお話です。
その日の夕方に、テレビで、老人に早口言葉を言わせる番組が放送されていました。
脳の衰えを防ぐには、早口言葉がいいそうです。老人に早口言葉を言わせ、言えない老人が多いことから、その失敗する姿を見てスタジオの出演者が笑っていました。
テレビの前には、僕と木下さんがいます。
「おっちゃんも、もういい歳やから、早口言葉で脳を強化してみたら?」
隣に座る僕が提案したところ、木下さんも「そうやな!」と乗り気。ひとまず、番組内でも使われていた「すもももももも、もものうち」を言わせたところ、「すもももももももももももももももも……」と「も」が止まらなくなったのです。
口どうなってんねん、お前!滑走路か、お前の口!
「ももももももも!!!」
耳に「も」が!俺の耳に「も」がいっぱい入ってきた!
「ももももももももももも!!!」
新型兵器やわ、もうこれ!ちょっとした新しいテロやわ、こんな至近距離でそんなこと言われたら!
もう1度言わせても、「すもももももももも、ももももももももも」と、「も」が止まりません。木下さんは、脳の構造がやばい人です。「も」の数を覚えられず、同時に、羅列した「も」の勢いがすごいことから、どこで「も」をやめればいいのか判断できないのでしょう。
それでも、せっかくの機会です。僕は木下さんがちゃんと言えるように、調教することにしました。
「おっちゃん。とりあえず、『すもも』って言ってみ」
「すもももももももも……」
「ストップストップ!違う違う、『すもも』だけ」
「すももももももももももも」
「違う違う!すもも!『す』のあとに『も』が2文字だけ!」
「すももももう」
「2文字だけ!とりあえず早口言葉は忘れてくれ!『すもも』という単語だけ言ったらいいから!」
「すももう」
「最後に『う』はいらんから!すもも!」
「すももう」
「『う』はいらんから!わかった、ゆっくり言ってみて。す・も・も」
「す・も・もう」
「もうじゃない!も!」
「も・も・も」
「違う違う!『すもも』の最後の『も』が『もう』じゃなくて『も』!す・も・も!」
「す・も・も」
「そうや。もう1回行くで。す・も・も」
「す・も・も」
「そうや!そのスピードでいいから早口言葉をもう1回言ってみ!」
「すももももももももももも!!!」
ごめん、あきらめるわ!安易に踏み込んだけど俺の手に負えることじゃなかったわ!
「すももうも、もうもうもうも、もものうもうも!!!」
医者の力がいる、もうこれ!トレーナーがいくら努力してもダメ、もう医学の力を借りないと無理!
「すもももももももも、もーもももーもも、もーもももーもももものうちもーもも!!!」
お前、何がどうなったらそんなことなんねん!ていうか、それ言うほうが難しいやろ!もとの早口言葉よりこっちのほうが難易度高いやろ!で、もものうちもーももって、もう終わってんのに最後足してもうてるやんけ!間違うんはええけど言葉足すんは違うやろ!
結局、言えませんでした。3回言うなど夢のまた夢、1回目ですら1度も言えず、僕は頭から煙が出そうでしたから。
検証エピソード②『にしおかすみこ』
これは、3年前の夏のお話です。
僕の家には、小さな庭があります。この庭で、近所の人を集めてバーベキューをするのが恒例となっており、この年も20人近くが集まりました。
メンバーには、僕の姪っ子である、愛子がいます。木下さんもおり、愛子は木下さんの隣に座って、楽しく食事をしていました。
当時は、「にしおかすみこ」という芸人が大人気。SMの格好をした女芸人で、「にしおか~すみこだよ~!」と叫びます。愛子は彼女のことが大好きで、普段からそのモノマネをしていました。
当時の愛子は4歳です。SMの意味など知らずに、「このブタ野郎!」と叫びます。その無知な子供っぽさがかわいらしく、近所の人は、愛子のモノマネが大好きなのです。
「愛ちゃん、にしおかすみこをやってや!」
しばらくして、参加者の1人が要求しました。
周囲も「愛ちゃん、頼むわ!」と、拍手であおり始めます。愛子は了承し、機転をきかせた僕はムチの代わりに、布団のハタキを愛子に渡しました。
「にしおか~すみこだよ~!」
愛子がハタキを振りかざし、モノマネを始めました。にしおかすみこの決めゼリフである、「言うことを聞かないのはどこのどいつだい!?」を叫んで盛り上げます。
ですが、木下さんは悪酔いしています。
「愛ちゃん、そのハタキでおっちゃんのこと叩いて!」
愛子にお願いして、急に服を脱ぎ始めました。パンツ1枚になり、愛子の前で四つんばいになりやがったのです。
しかも、白のブリーフです。それもゴムが伸びきったスカスカのブリーフなので、はたから見たらアホ丸出しなんですね。
それでも、メンバーにはお酒が入っています。止める者は誰ひとりとしておらず、愛子が「このブタ野郎!」と木下さんを叩くのを見て大爆笑なのです。
「痛い!でも気持ちいい!」
酔っ払った木下さんは、ますますテンションが上がり始めました。木下さんが「愛ちゃん、もっと叩いて!」と言えば、愛子が「気持ちいいのかい!?」と返していたのですが、このタイミングで「こんばんわ!」と言いながら新婚ホヤホヤの木下さんの息子の嫁がやってきたんですよ!
勘弁してくれよ、おい!最悪やんけ、こんなもん!
「もっと!愛ちゃん、もっと強く叩いて!」
もっとやあるか、お前!で、よく見たら、ブリーフから軽く陰毛出てんねんけど!?露出した陰毛の先に嫁さん立ってんねんけど!?
「お父さん……」
そりゃそうやわ!ただでさえとんでもないところに嫁いだのに、こんなお父さん、死んでもイヤやわ!
「愛ちゃん、おっちゃん、もうダメ!」
俺ももうダメ!ていうかお前が原因で嫁さん、実家に帰るぞ!「義理のお父さんの頭がおかしい!」って母親に泣きつくぞ!
このあと息子さんの嫁、すぐに帰りましたからね。腹ペコで来たはずなのに、1時間もしないうちに帰りましたから。
検証エピソード③『クリスマス会』
これは、僕が小学校高学年のときのお話です。
当時、テレビドラマの『とんぼ』が大流行しました。長渕剛主演のヤクザドラマで、過激な描写が多かったことからも、ご存知の方は多いはずです。
このドラマでは、最終回で、長渕がヤクザに刺されます。街中で後ろから包丁で刺され、全身血まみれになりながら、ふらふらになって歩くのです。
それはもう壮絶で、血を含んだ口でタバコをくわえます。「いてえよ!いてえよ!」と叫び、そのまま地面に倒れ込みます。
「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!」
こう奇声を上げながら、ヒザに手を当てて立ち上がります。ヒザはプルプルと震えており、そのあと野次馬に靴を投げつけるなど、前代未聞のシーンなのです。
僕らは当時、それをマネしました。
誰かがボールペンで刺してくると、「いてえよ!」と叫びます。「とんぼごっこ」と題して毎日のように遊んでいたのですが、木下さんもとんぼを見ており、空き地で遊ぶ僕らの輪に、毎回加わってきたのです。
ただ、その演技が、すごすぎるのです。
服が汚れるのも気にせず、その場でのたうち回ります。目をひんむき、「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!」の決めゼリフを吐いて立ち上がるなど、警察に通報されかねないほどのキチ○イっぷりなのです。
僕らはドン引きです。一緒にいた女の子が泣き出したこともあるぐらいで、僕らは木下さんが来ると、遊ぶ場所を移動して、無視していました。
その年のクリスマスのことです。
近所の公民館で、クリスマス会が行われることになりました。
この公民館には、ちょっとした舞台があります。毎年、希望者参加の催し物が行われ、僕はいつも遊んでいるメンバーを誘って、観に行くことにしました。
舞台の前に座り、公民館の人が、お菓子を配ってくれました。
僕はそれを食べ、ほどなくして今年の催し物が紹介されたパンフレットを手渡されたのですが、何気に見たパンフレットに、「ドラマ『とんぼ』の長渕剛」と書かれた演目を発見したのです。「紙芝居」と「サンタクロースの演劇
」に挟まれて、どぎついプログラムが用意されていたのです。
まさか、あいつ……。まさか、あいつが……。
僕はイヤな予感を漂わせながらも、最初の演目である紙芝居を見ました。
小さな子供が手作りした紙芝居で、見ていて微笑ましいです。会場は拍手喝采で、子供が照れ笑いを浮かべて、舞台を去りました。
ほどなくして、会場が暗くなりました。
演目のタイトルがコールされ、舞台に照明がつきます。僕は心臓をバクバクさせながらも舞台を見たところ、案の定、あいつが現われたんですよ!
「いてえよ!いてえよ!」
いてえよやあるか、お前!聖夜に何してくれとんねん!
「いってえーーーーー!」
お前が痛いねん!ていうか、せめて刺されるシーンから始めろよ!刺される描写がないのに、いきなり痛がっても何のことかわからんやろ!
木下さんは顔を紅潮させて、舞台をはいずり回っています。途中で舞台から頭をはみ出させるように倒れ、ピクリとも動きません。するとゆっくりと顔を上げ、顔面をプルプルさせながら1番前に座っている子供をにらみつけたんですよ!
「ギャーーーーー!」
勘弁してくれよ、おい!ドン引きやんけ、子供!
またこの演目が、むちゃくちゃ長いんですよ!2分近くものたうち回り、しばらくして客席に自分の靴を投げ捨てたんですよ!
警察呼ぶぞ、コラ!もしくはSATを呼んでこの場で射殺してもらうぞ!
「俺はまだ死にたくねえよ!」
死ぬべきやわ!断言するわ、今すぐにでも死ぬべきやわ!
「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!!!」
誰か帰ったぞ、おい!気持ち悪すぎて楽しいクリスマス会を放棄したぞ!
とんぼの最終回の映像は、YOUTUBEに上がっています。本物の長渕の3倍すごい演技、と思ってもらって差し支えなく、僕は引きすぎて、当時のことが今でも頭から離れないですから。
検証エピソード④『中卒』
これは、僕が中学1年生のときのお話です。
僕には、2つ年上の姉がいます。当時は典型的な不良で、その年の秋口に、「高校には行かない!」と言いだしたのです。
僕の両親は激怒しました。ほっぺたを殴ってまで言って聞かしたものの、姉は首を縦に振りません。
その結果、僕の母親が体を壊しました。食事もノドを通らず、寝込む寸前にまでなってしまったのです。
ある日のことです。
僕の家に、木下さんがやってきました。
台所では、僕の母親が泣いています。僕は母親に寄り添って励ましていたのですが、部外者には姉のことを口外しておらず、木下さんは事情を知りません。
そこで、わらをもすがる思いで木下さんに事情を説明したところ、「よっしゃ!俺が言って聞かしたる!」と、珍しく頼もしいことを言います。
「ふーちゃん(僕の母親)を泣かす奴は俺が許さん!俺が高校に行くように説得したる!」
こう言って、いきりたったのです。
なんだか、木下さんが頼もしく思えました。こんなに熱い木下さんを見るのは初めてだったので、「この人に託そう!」と、僕は腹を決めました。
夕方の5時になりました。
悪さを終えた姉が、家に帰ってきました。木下さんは引き締まった表情で姉に近づいて行ったのですが、「おい、ちょっとこっちにきょい」と、いきなり噛んだんですよ。
頼むわ、おい!しっかりしてくれよ!
「なんやの、あんた!?」
「いいから、こっちにきょい!」
また噛んだ!大丈夫か、こいつ!
それでも、文句は言えません。木下さんは、姉の手をつかんで応接間に連れて行きました。「俺のかっこいい姿を見ろ!」とばかりにドアを少し開けているのは気になったものの、木下さんに任せることにしました。
「今どき、高校に行かないと仕事なんてないぞ!」
ドアの隙間から、木下さんが叫ぶ声が聞こえてきました。
「勉強のよさはいずれわかる!」
「高校に行っておかないと、いつか悔やむときが来るぞ!」
柄にもなく、すばらしい言葉を連発しているのです。
思わず、木下さんを見る目が変わったのですが、しばらくして、僕の姉が怒鳴り返すのが聞こえてきました。
「あんた、中卒やろ。なんで中学しか出てない奴にそんなこと言われないとあかんのよ」
たしかに、そうなのです。中卒の木下さんに、こんなことを言われる筋合いはありません。言う資格がなく、何の説得力もないのです。
ですが、ここはどう考えても、「俺みたいになってほしくないから言ってるんや!」と言い返すはず。十中八九このパターンになるはずなので僕は安心していたのですが、「なんやと!?誰が中卒やねん!」と、本来の目的を忘れて中卒と言われたことにキレ始めたんですよ!「誰が中卒やねん!俺は頭が悪かったんと違うぞ!家が貧乏やったから行かへんかっただけや!」とブチギレているのです!
どこでキレてんねん、お前!当初の目的を思い出せ!
しかも「貧乏で何が悪いねん!貧乏でも俺は立派に生きてるんや!」と、姉はそのことに対して何も言ってないのに勝手に1人で怒ってるんですよ!
勝手な解釈すんなよ、お前!なんでそんなことで怒られないとあかんねん!
「お前に、新婚旅行やのに京都にしか行けんかった俺の気持ちがわかんのか!?」
地元の隣やんけ、京都って!ちょっと待って、新婚旅行、京都なん!?金ないか知らんけどもうちょっとなんかあるやろ、お前!ハネムーンで八坂神社はないやろ、いくらなんでも!
「お前みたいな奴は高校に行くな!」
ええ加減にせいよ!それだけは言ったらあかんやろ!そうならないためにお前を派遣したのにお前が勧めてどないすんねん!
その後、両親の説得のかいあって、僕の姉は高校に進学してくれることになりました。
ですが、高校に行くと決めたときに姉が口にした言葉を、僕は今でも忘れません。
「中卒やと木下さんみたいになりそうやから、高校に行くわ!」
このように、アホだという事実自体が役に立ったのです……。
検証エピソード⑤『竹やんのリサイクルショップ』
今年の夏、僕の近所に、リサイクルショップができました。
経営者の名は、竹やん。
60すぎの人で、僕の地元の商店街で服屋を経営しています。服屋の経営が行き詰まったことから、リサイクルショップとして再出発することになったのです。
この竹やんも、頭がおかしいです。
お酒に溺れ、家族にも逃げられました。1人で服屋を経営しており、その服屋も店舗はなく、路上で販売しています。ワゴンに、拾ってきたかのようなボロボロの衣服を入れて売り、ほそぼそと生活しているのです。
竹やんが始めるリサイクルショップは、自分の家を店舗にしています。家の前にちょっとした小屋を組み立て、そこで中古品を売るのです。
木下さんと竹やんは、大親友です。
「竹やんがやるんやったら、俺も手伝わないとしゃあないな!」
このように木下さんは意気揚々で、開店日から手伝うことになりました。
とはいえ、いかんせん、アホ2人です。心配になった僕は、開店初日に店を見に行くことにしました。
迎えた、当日。
店の前に着くと、店は小さいながらも形にはなっています。
ですが、中にお客さんがいる気配はなく、店の入り口には犬がいます。犬が吠えて、進入を阻止してくるのです。
「すいません、この犬、どけてもらえませんかね?」
僕は外から竹やんを呼びつけて犬をどけるように言ったのですが、「あかん!こいつは、わしの守護神や!こいつがおったから今のわしがあるんや!」とワケのわからないことを言って聞きません。僕は仕方なく、裏口から中に入れてもらいました。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、エプロンをつけた木下さんが僕を出迎えてくれました。
自分の店以外で働くのが初めてなことから、木下さんは張り切っています。「お客さん、こちらの商品とかどうですかね?」と接客してくるなど、ご機嫌なのです。
ですが、店内が異常に暑いのです。
夏場なのでムンムンとしており、この小屋は、四方をビニールシートで覆っています。熱気がこもって暑く、扇風機こそ回しているものの、ほとんど意味がないのです。
そして、それに輪をかけてひどいのが、品ぞろえです。
もうね、むちゃくちゃなんですよ。フリマよりもむちゃくちゃで、むちゃくちゃな商品をむちゃくちゃに陳列しているのです。
中古も中古、キレイほうのゴミぐらいの商品が、たくさんのワゴンにぶち込まれています。それぞれのワゴンに、「服コーナー」「ズボンコーナー」「ペンコーナー」「ハンガーコーナー」と書かれた貼り紙がしてあり、「ペンコーナー」に置いてあるペンなんて、キャップのないペンがごろごろしているのです。
何考えとんねん、お前ら!誰が買うねん、こんなゴミ!
「たけちゃん、このペンとかどう?」
キャップないねんけど、これ!?ていうかこのペン、俺がお前に昔あげた奴やろ!このディズニーランドのボールペン、俺がおみやげにあげた奴やろって、高っ、このペン!キャップないのに120円って!
店の中央には、「おすすめコーナー」と貼り紙がされたワゴンがあります。2人のオススメ品が入っており、木下さんのオススメ品である自転車がそのままぶち込まれているのです。
ワゴンに載せんなよ、そんなもん!床に立たせとけよ!
なかでも特筆すべきは、「そのたコーナー」です。
はっきり言いますけどここ、濃い目のモザイクいりますよ。普通にゴミを並べており、都はるみのうちわ、氷を作るためのプラスチックケース、「のび太のドラビアンナイトとか」とシールがされたビデオテープは当たり前、スーパーの袋を1枚10円で販売しているのです。
誰が買うねん、こんな袋!ていうか、そのスーパーの袋はスーパーの袋に入れて客に渡すんやろ!?商品を商品に入れるって客なめてんのか、お前ら!
「このうがい薬買わへん?」
薬売ってんの、ここ!?中古の薬とか聞いたことないねんけど!?
「この商売繁盛のお守り買わへん?」
それ売るか、普通!?商売人のお前はそれだけは売ったらあかんやろ!
「めっちゃ効くで、このお守り!」
効かへんからこんなことやってるんやろ!?そのお守りが効かへんかったから、こうやってリサイクルショップやってるんやろ!?
「いくら、このお守り?」
「800円」
高っ!定価より高いやんけ、これ!あかん、アホなだけにインフレに歯止めがきかへん!値段高くしたら儲かると勘違いしてる!
「このちくわ、100円で買わへん?」
食いさしやんけ、これ!ちょっと待って、ひと口かじってんねんけど!?丁寧にラップしてあるけど、どう見てもひと口かじってんねんけど!?
「お、おっちゃん、このちくわ、ひと口かじってない?」
「だから100円にした」
そういう問題じゃないねん!食いさしは値段下げたらいいとか通用せえへんねん、商いには!
「買ってや?」
コンサル入れろ、お前ら!借金してでも経営のコンサル雇え!子供のバザーよりも経理なってないねん、この店!
とにかくひどく、商売もへったくれもないレベルなのです。
それでも、2人はがんばっています。使えそうな万年筆が500円で売られていたので、僕はそれを買ってあげました。
その日から、9日後のことです。
僕の家に、木下さんが来ました。竹やんの店に付きっ切りだったため、僕の家に来るのは久し振りです。
ですが、どうも元気がありません。竹やんの店が売り上げ不振らしく、竹やんが店を畳んだらしいのです。
「9日間で、どれぐらい売れたん?」
僕が訊いても返事をせず、しつこくたずねたところ、ようやく重い口を開きました。
「500円」
俺だけやんけ!俺やろ、その500円!
「初日にしか売れんかった……」
売れてはいないよ、それ!実質0や、お前らの店!そもそも入り口で犬が吠えるような店に誰が来んねん!
僕、この店に30分しかいなかったですけど、言わなければならないことを200個以上見つけましたからね。しかもこの店に入ったことで体をやられ、家に帰ったあと、軽く吐きそうになりましたから。
以上が、木下さんにまつわるエピソードです。
ちなみに、先ほどの犬。
竹やんの飼っている犬は、普段からろくなエサを与えられておらず、たまに新聞を食べます。
木下さんは何者か?の考察~ベスト版⑨~(携帯読者用)
※過去の木下さんの記事をごちゃ混ぜにして再編集
先日、近所の銭湯に行きました。
ここは朝から営業しており、知り合いが頻繁にタダ券をくれます。最近では週に1度は朝風呂に入るようになり、この日は近所のおじさんも一緒です。
体を洗い、おじさんと一緒に湯船に浸かりました。
他愛のない会話をし、ふと入り口に視線を投げたところ、ものすごい巨根の若者が入ってきました。巨根も巨根、影踏みでそこを踏みそうなぐらいの特大サイズで、僕らの目が釘付けになったのです。
「ちょっと待って、何、あれ……」
思わず、声が出ました。おじさんも驚き、「あんな奴が存在するんや……」と2人でささやき合うなど、とにかく巨根なのです。
サウナに入ってからも、話題はそのことで持ちきりです。「流行語大賞なるわ!」というぐらい、2人で巨根を連発します。僕らはサウナと水風呂を何度も往復し、気がつくと、風呂場に入ってから1時間以上も経過していました。
風呂場を出て、僕はコインロッカーに移動しました。
僕は体を拭き、おじさんはトイレに行っています。するとほどなくして、巨根が風呂場から出てきたのです。
ここのコインロッカーは、縦に3個で、15列あります。巨根は、僕の隣の隣の列の真ん中を使用しています。巨根の上のロッカーがおじさんのロッカーで、トイレから戻ってきたおじさんが、巨根に向かってこう言いました。
「ちょっと上ごめんな、巨根の兄ちゃん!」
勘弁してくれよ、おい!本人に言うなよ、そんなこと!
「ごめんな、巨根!」
また言いやがった!ていうか、巨根て!巨根の兄ちゃんやったらまだわかるけど巨根はないやろ!
「おっちゃん、本人に巨根って言ったらあかんやろ」
僕はおじさんを呼び寄せて、耳元で注意しました。
おじさんは、「全然気づかへんかった……」と、ようやく自分の過ちに気づいたようです。返す刀で巨根に歩み寄り、「巨根って言ってごめんな、巨根」って言ったんですよ。
何考えとんねん、お前!そもそも巨根の身にもなれよ!この30秒だけで巨根って4回言われてるんやぞ!
このおじさんの名前は、木下さん。
僕の近所に住む、「天然の天才」なのです。
日ごろからおかしなことを連発し、つい先日もチゲ鍋のスープを飲んだ際、「うわー!これ、めっちゃ赤い!」って言ったんですよ。
からいや!飲んでめっちゃ赤いってなんやねん!
「赤い赤い!ノドの奥まで赤い!」
赤狩りの責任者か、お前!「共産党味」かなんかか、この鍋!道理で具材が左に集まってるわけや!
とにかく、おかしいのです。同じ人間とは思えない、奇人中の奇人なのです。
そこで今回は、「木下さんは何者か?」の考察~ベスト版⑨~です。
木下さんは、うちの母親の同級生で64歳。ボロボロの自転車屋を経営し、奥さんとの共働きで、僕の小学校の同級生の息子(サラリーマン・既婚)と娘(フリーター)がいます。
このプロフィールを踏まえていただき、以下、木下さんにまつわるエピソードをご紹介します。毎度同様、信じがたいお話ばかりですが、すべて実話です。
検証エピソード①『早口言葉』
これは、つい先日のお話です。
その日の夕方に、テレビで、老人に早口言葉を言わせる番組が放送されていました。
脳の衰えを防ぐには、早口言葉がいいそうです。老人に早口言葉を言わせ、言えない老人が多いことから、その失敗する姿を見てスタジオの出演者が笑っていました。
テレビの前には、僕と木下さんがいます。
「おっちゃんも、もういい歳やから、早口言葉で脳を強化してみたら?」
隣に座る僕が提案したところ、木下さんも「そうやな!」と乗り気。ひとまず、番組内でも使われていた「すもももももも、もものうち」を言わせたところ、「すもももももももももももももももも……」と「も」が止まらなくなったのです。
口どうなってんねん、お前!滑走路か、お前の口!
「ももももももも!!!」
耳に「も」が!俺の耳に「も」がいっぱい入ってきた!
「ももももももももももも!!!」
新型兵器やわ、もうこれ!ちょっとした新しいテロやわ、こんな至近距離でそんなこと言われたら!
もう1度言わせても、「すもももももももも、ももももももももも」と、「も」が止まりません。木下さんは、脳の構造がやばい人です。「も」の数を覚えられず、同時に、羅列した「も」の勢いがすごいことから、どこで「も」をやめればいいのか判断できないのでしょう。
それでも、せっかくの機会です。僕は木下さんがちゃんと言えるように、調教することにしました。
「おっちゃん。とりあえず、『すもも』って言ってみ」
「すもももももももも……」
「ストップストップ!違う違う、『すもも』だけ」
「すももももももももももも」
「違う違う!すもも!『す』のあとに『も』が2文字だけ!」
「すももももう」
「2文字だけ!とりあえず早口言葉は忘れてくれ!『すもも』という単語だけ言ったらいいから!」
「すももう」
「最後に『う』はいらんから!すもも!」
「すももう」
「『う』はいらんから!わかった、ゆっくり言ってみて。す・も・も」
「す・も・もう」
「もうじゃない!も!」
「も・も・も」
「違う違う!『すもも』の最後の『も』が『もう』じゃなくて『も』!す・も・も!」
「す・も・も」
「そうや。もう1回行くで。す・も・も」
「す・も・も」
「そうや!そのスピードでいいから早口言葉をもう1回言ってみ!」
「すももももももももももも!!!」
ごめん、あきらめるわ!安易に踏み込んだけど俺の手に負えることじゃなかったわ!
「すももうも、もうもうもうも、もものうもうも!!!」
医者の力がいる、もうこれ!トレーナーがいくら努力してもダメ、もう医学の力を借りないと無理!
「すもももももももも、もーもももーもも、もーもももーもももものうちもーもも!!!」
お前、何がどうなったらそんなことなんねん!ていうか、それ言うほうが難しいやろ!もとの早口言葉よりこっちのほうが難易度高いやろ!で、もものうちもーももって、もう終わってんのに最後足してもうてるやんけ!間違うんはええけど言葉足すんは違うやろ!
結局、言えませんでした。3回言うなど夢のまた夢、1回目ですら1度も言えず、僕は頭から煙が出そうでしたから。
検証エピソード②『にしおかすみこ』
これは、3年前の夏のお話です。
僕の家には、小さな庭があります。この庭で、近所の人を集めてバーベキューをするのが恒例となっており、この年も20人近くが集まりました。
メンバーには、僕の姪っ子である、愛子がいます。木下さんもおり、愛子は木下さんの隣に座って、楽しく食事をしていました。
当時は、「にしおかすみこ」という芸人が大人気。SMの格好をした女芸人で、「にしおか~すみこだよ~!」と叫びます。愛子は彼女のことが大好きで、普段からそのモノマネをしていました。
当時の愛子は4歳です。SMの意味など知らずに、「このブタ野郎!」と叫びます。その無知な子供っぽさがかわいらしく、近所の人は、愛子のモノマネが大好きなのです。
「愛ちゃん、にしおかすみこをやってや!」
しばらくして、参加者の1人が要求しました。
周囲も「愛ちゃん、頼むわ!」と、拍手であおり始めます。愛子は了承し、機転をきかせた僕はムチの代わりに、布団のハタキを愛子に渡しました。
「にしおか~すみこだよ~!」
愛子がハタキを振りかざし、モノマネを始めました。にしおかすみこの決めゼリフである、「言うことを聞かないのはどこのどいつだい!?」を叫んで盛り上げます。
ですが、木下さんは悪酔いしています。
「愛ちゃん、そのハタキでおっちゃんのこと叩いて!」
愛子にお願いして、急に服を脱ぎ始めました。パンツ1枚になり、愛子の前で四つんばいになりやがったのです。
しかも、白のブリーフです。それもゴムが伸びきったスカスカのブリーフなので、はたから見たらアホ丸出しなんですね。
それでも、メンバーにはお酒が入っています。止める者は誰ひとりとしておらず、愛子が「このブタ野郎!」と木下さんを叩くのを見て大爆笑なのです。
「痛い!でも気持ちいい!」
酔っ払った木下さんは、ますますテンションが上がり始めました。木下さんが「愛ちゃん、もっと叩いて!」と言えば、愛子が「気持ちいいのかい!?」と返していたのですが、このタイミングで「こんばんわ!」と言いながら新婚ホヤホヤの木下さんの息子の嫁がやってきたんですよ!
勘弁してくれよ、おい!最悪やんけ、こんなもん!
「もっと!愛ちゃん、もっと強く叩いて!」
もっとやあるか、お前!で、よく見たら、ブリーフから軽く陰毛出てんねんけど!?露出した陰毛の先に嫁さん立ってんねんけど!?
「お父さん……」
そりゃそうやわ!ただでさえとんでもないところに嫁いだのに、こんなお父さん、死んでもイヤやわ!
「愛ちゃん、おっちゃん、もうダメ!」
俺ももうダメ!ていうかお前が原因で嫁さん、実家に帰るぞ!「義理のお父さんの頭がおかしい!」って母親に泣きつくぞ!
このあと息子さんの嫁、すぐに帰りましたからね。腹ペコで来たはずなのに、1時間もしないうちに帰りましたから。
検証エピソード③『クリスマス会』
これは、僕が小学校高学年のときのお話です。
当時、テレビドラマの『とんぼ』が大流行しました。長渕剛主演のヤクザドラマで、過激な描写が多かったことからも、ご存知の方は多いはずです。
このドラマでは、最終回で、長渕がヤクザに刺されます。街中で後ろから包丁で刺され、全身血まみれになりながら、ふらふらになって歩くのです。
それはもう壮絶で、血を含んだ口でタバコをくわえます。「いてえよ!いてえよ!」と叫び、そのまま地面に倒れ込みます。
「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!」
こう奇声を上げながら、ヒザに手を当てて立ち上がります。ヒザはプルプルと震えており、そのあと野次馬に靴を投げつけるなど、前代未聞のシーンなのです。
僕らは当時、それをマネしました。
誰かがボールペンで刺してくると、「いてえよ!」と叫びます。「とんぼごっこ」と題して毎日のように遊んでいたのですが、木下さんもとんぼを見ており、空き地で遊ぶ僕らの輪に、毎回加わってきたのです。
ただ、その演技が、すごすぎるのです。
服が汚れるのも気にせず、その場でのたうち回ります。目をひんむき、「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!」の決めゼリフを吐いて立ち上がるなど、警察に通報されかねないほどのキチ○イっぷりなのです。
僕らはドン引きです。一緒にいた女の子が泣き出したこともあるぐらいで、僕らは木下さんが来ると、遊ぶ場所を移動して、無視していました。
その年のクリスマスのことです。
近所の公民館で、クリスマス会が行われることになりました。
この公民館には、ちょっとした舞台があります。毎年、希望者参加の催し物が行われ、僕はいつも遊んでいるメンバーを誘って、観に行くことにしました。
舞台の前に座り、公民館の人が、お菓子を配ってくれました。
僕はそれを食べ、ほどなくして今年の催し物が紹介されたパンフレットを手渡されたのですが、何気に見たパンフレットに、「ドラマ『とんぼ』の長渕剛」と書かれた演目を発見したのです。「紙芝居」と「サンタクロースの演劇」に挟まれて、どぎついプログラムが用意されていたのです。
まさか、あいつ……。まさか、あいつが……。
僕はイヤな予感を漂わせながらも、最初の演目である紙芝居を見ました。
小さな子供が手作りした紙芝居で、見ていて微笑ましいです。会場は拍手喝采で、子供が照れ笑いを浮かべて、舞台を去りました。
ほどなくして、会場が暗くなりました。
演目のタイトルがコールされ、舞台に照明がつきます。僕は心臓をバクバクさせながらも舞台を見たところ、案の定、あいつが現われたんですよ!
「いてえよ!いてえよ!」
いてえよやあるか、お前!聖夜に何してくれとんねん!
「いってえーーーーー!」
お前が痛いねん!ていうか、せめて刺されるシーンから始めろよ!刺される描写がないのに、いきなり痛がっても何のことかわからんやろ!
木下さんは顔を紅潮させて、舞台をはいずり回っています。途中で舞台から頭をはみ出させるように倒れ、ピクリとも動きません。するとゆっくりと顔を上げ、顔面をプルプルさせながら1番前に座っている子供をにらみつけたんですよ!
「ギャーーーーー!」
勘弁してくれよ、おい!ドン引きやんけ、子供!
またこの演目が、むちゃくちゃ長いんですよ!2分近くものたうち回り、しばらくして客席に自分の靴を投げ捨てたんですよ!
警察呼ぶぞ、コラ!もしくはSATを呼んでこの場で射殺してもらうぞ!
「俺はまだ死にたくねえよ!」
死ぬべきやわ!断言するわ、今すぐにでも死ぬべきやわ!
「ハアハア、ウーーー、オリャアーーーーー!!!」
誰か帰ったぞ、おい!気持ち悪すぎて楽しいクリスマス会を放棄したぞ!
とんぼの最終回の映像は、YOUTUBEに上がっています。本物の長渕の3倍すごい演技、と思ってもらって差し支えなく、僕は引きすぎて、当時のことが今でも頭から離れないですから。
検証エピソード④『中卒』
これは、僕が中学1年生のときのお話です。
僕には、2つ年上の姉がいます。当時は典型的な不良で、その年の秋口に、「高校には行かない!」と言いだしたのです。
僕の両親は激怒しました。ほっぺたを殴ってまで言って聞かしたものの、姉は首を縦に振りません。
その結果、僕の母親が体を壊しました。食事もノドを通らず、寝込む寸前にまでなってしまったのです。
ある日のことです。
僕の家に、木下さんがやってきました。
台所では、僕の母親が泣いています。僕は母親に寄り添って励ましていたのですが、部外者には姉のことを口外しておらず、木下さんは事情を知りません。
そこで、わらをもすがる思いで木下さんに事情を説明したところ、「よっしゃ!俺が言って聞かしたる!」と、珍しく頼もしいことを言います。
「ふーちゃん(僕の母親)を泣かす奴は俺が許さん!俺が高校に行くように説得したる!」
こう言って、いきりたったのです。
なんだか、木下さんが頼もしく思えました。こんなに熱い木下さんを見るのは初めてだったので、「この人に託そう!」と、僕は腹を決めました。
夕方の5時になりました。
悪さを終えた姉が、家に帰ってきました。木下さんは引き締まった表情で姉に近づいて行ったのですが、「おい、ちょっとこっちにきょい」と、いきなり噛んだんですよ。
頼むわ、おい!しっかりしてくれよ!
「なんやの、あんた!?」
「いいから、こっちにきょい!」
また噛んだ!大丈夫か、こいつ!
それでも、文句は言えません。木下さんは、姉の手をつかんで応接間に連れて行きました。「俺のかっこいい姿を見ろ!」とばかりにドアを少し開けているのは気になったものの、木下さんに任せることにしました。
「今どき、高校に行かないと仕事なんてないぞ!」
ドアの隙間から、木下さんが叫ぶ声が聞こえてきました。
「勉強のよさはいずれわかる!」
「高校に行っておかないと、いつか悔やむときが来るぞ!」
柄にもなく、すばらしい言葉を連発しているのです。
思わず、木下さんを見る目が変わったのですが、しばらくして、僕の姉が怒鳴り返すのが聞こえてきました。
「あんた、中卒やろ。なんで中学しか出てない奴にそんなこと言われないとあかんのよ」
たしかに、そうなのです。中卒の木下さんに、こんなことを言われる筋合いはありません。言う資格がなく、何の説得力もないのです。
ですが、ここはどう考えても、「俺みたいになってほしくないから言ってるんや!」と言い返すはず。十中八九このパターンになるはずなので僕は安心していたのですが、「なんやと!?誰が中卒やねん!」と、本来の目的を忘れて中卒と言われたことにキレ始めたんですよ!「誰が中卒やねん!俺は頭が悪かったんと違うぞ!家が貧乏やったから行かへんかっただけや!」とブチギレているのです!
どこでキレてんねん、お前!当初の目的を思い出せ!
しかも「貧乏で何が悪いねん!貧乏でも俺は立派に生きてるんや!」と、姉はそのことに対して何も言ってないのに勝手に1人で怒ってるんですよ!
勝手な解釈すんなよ、お前!なんでそんなことで怒られないとあかんねん!
「お前に、新婚旅行やのに京都にしか行けんかった俺の気持ちがわかんのか!?」
地元の隣やんけ、京都って!ちょっと待って、新婚旅行、京都なん!?金ないか知らんけどもうちょっとなんかあるやろ、お前!ハネムーンで八坂神社はないやろ、いくらなんでも!
「お前みたいな奴は高校に行くな!」
ええ加減にせいよ!それだけは言ったらあかんやろ!そうならないためにお前を派遣したのにお前が勧めてどないすんねん!
その後、両親の説得のかいあって、僕の姉は高校に進学してくれることになりました。
ですが、高校に行くと決めたときに姉が口にした言葉を、僕は今でも忘れません。
「中卒やと木下さんみたいになりそうやから、高校に行くわ!」
このように、アホだという事実自体が役に立ったのです……。
検証エピソード⑤『竹やんのリサイクルショップ』
今年の夏、僕の近所に、リサイクルショップができました。
経営者の名は、竹やん。
60すぎの人で、僕の地元の商店街で服屋を経営しています。服屋の経営が行き詰まったことから、リサイクルショップとして再出発することになったのです。
この竹やんも、頭がおかしいです。
お酒に溺れ、家族にも逃げられました。1人で服屋を経営しており、その服屋も店舗はなく、路上で販売しています。ワゴンに、拾ってきたかのようなボロボロの衣服を入れて売り、ほそぼそと生活しているのです。
竹やんが始めるリサイクルショップは、自分の家を店舗にしています。家の前にちょっとした小屋を組み立て、そこで中古品を売るのです。
木下さんと竹やんは、大親友です。
「竹やんがやるんやったら、俺も手伝わないとしゃあないな!」
このように木下さんは意気揚々で、開店日から手伝うことになりました。
とはいえ、いかんせん、アホ2人です。心配になった僕は、開店初日に店を見に行くことにしました。
迎えた、当日。
店の前に着くと、店は小さいながらも形にはなっています。
ですが、中にお客さんがいる気配はなく、店の入り口には犬がいます。犬が吠えて、進入を阻止してくるのです。
「すいません、この犬、どけてもらえませんかね?」
僕は外から竹やんを呼びつけて犬をどけるように言ったのですが、「あかん!こいつは、わしの守護神や!こいつがおったから今のわしがあるんや!」とワケのわからないことを言って聞きません。僕は仕方なく、裏口から中に入れてもらいました。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、エプロンをつけた木下さんが僕を出迎えてくれました。
自分の店以外で働くのが初めてなことから、木下さんは張り切っています。「お客さん、こちらの商品とかどうですかね?」と接客してくるなど、ご機嫌なのです。
ですが、店内が異常に暑いのです。
夏場なのでムンムンとしており、この小屋は、四方をビニールシートで覆っています。熱気がこもって暑く、扇風機こそ回しているものの、ほとんど意味がないのです。
そして、それに輪をかけてひどいのが、品ぞろえです。
もうね、むちゃくちゃなんですよ。フリマよりもむちゃくちゃで、むちゃくちゃな商品をむちゃくちゃに陳列しているのです。
中古も中古、キレイほうのゴミぐらいの商品が、たくさんのワゴンにぶち込まれています。それぞれのワゴンに、「服コーナー」「ズボンコーナー」「ペンコーナー」「ハンガーコーナー」と書かれた貼り紙がしてあり、「ペンコーナー」に置いてあるペンなんて、キャップのないペンがごろごろしているのです。
何考えとんねん、お前ら!誰が買うねん、こんなゴミ!
「たけちゃん、このペンとかどう?」
キャップないねんけど、これ!?ていうかこのペン、俺がお前に昔あげた奴やろ!このディズニーランドのボールペン、俺がおみやげにあげた奴やろって、高っ、このペン!キャップないのに120円って!
店の中央には、「おすすめコーナー」と貼り紙がされたワゴンがあります。2人のオススメ品が入っており、木下さんのオススメ品である自転車がそのままぶち込まれているのです。
ワゴンに載せんなよ、そんなもん!床に立たせとけよ!
なかでも特筆すべきは、「そのたコーナー」です。
はっきり言いますけどここ、濃い目のモザイクいりますよ。普通にゴミを並べており、都はるみのうちわ、氷を作るためのプラスチックケース、「のび太のドラビアンナイトとか」とシールがされたビデオテープは当たり前、スーパーの袋を1枚10円で販売しているのです。
誰が買うねん、こんな袋!ていうか、そのスーパーの袋はスーパーの袋に入れて客に渡すんやろ!?商品を商品に入れるって客なめてんのか、お前ら!
「このうがい薬買わへん?」
薬売ってんの、ここ!?中古の薬とか聞いたことないねんけど!?
「この商売繁盛のお守り買わへん?」
それ売るか、普通!?商売人のお前はそれだけは売ったらあかんやろ!
「めっちゃ効くで、このお守り!」
効かへんからこんなことやってるんやろ!?そのお守りが効かへんかったから、こうやってリサイクルショップやってるんやろ!?
「いくら、このお守り?」
「800円」
高っ!定価より高いやんけ、これ!あかん、アホなだけにインフレに歯止めがきかへん!値段高くしたら儲かると勘違いしてる!
「このちくわ、100円で買わへん?」
食いさしやんけ、これ!ちょっと待って、ひと口かじってんねんけど!?丁寧にラップしてあるけど、どう見てもひと口かじってんねんけど!?
「お、おっちゃん、このちくわ、ひと口かじってない?」
「だから100円にした」
そういう問題じゃないねん!食いさしは値段下げたらいいとか通用せえへんねん、商いには!
「買ってや?」
コンサル入れろ、お前ら!借金してでも経営のコンサル雇え!子供のバザーよりも経理なってないねん、この店!
とにかくひどく、商売もへったくれもないレベルなのです。
それでも、2人はがんばっています。使えそうな万年筆が500円で売られていたので、僕はそれを買ってあげました。
その日から、9日後のことです。
僕の家に、木下さんが来ました。竹やんの店に付きっ切りだったため、僕の家に来るのは久し振りです。
ですが、どうも元気がありません。竹やんの店が売り上げ不振らしく、竹やんが店を畳んだらしいのです。
「9日間で、どれぐらい売れたん?」
僕が訊いても返事をせず、しつこくたずねたところ、ようやく重い口を開きました。
「500円」
俺だけやんけ!俺やろ、その500円!
「初日にしか売れんかった……」
売れてはいないよ、それ!実質0や、お前らの店!そもそも入り口で犬が吠えるような店に誰が来んねん!
僕、この店に30分しかいなかったですけど、言わなければならないことを200個以上見つけましたからね。しかもこの店に入ったことで体をやられ、家に帰ったあと、軽く吐きそうになりましたから。
以上が、木下さんにまつわるエピソードです。
ちなみに、先ほどの犬。
竹やんの飼っている犬は、普段からろくなエサを与えられておらず、たまに新聞を食べます。