甲子神社へ | 希望と光のブログ

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甲子(きのえね)神社へ

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~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します

 

 

 

 

 

 

 

村社に行くと誰が持ってきたのか恵比寿様の顔だけの焼き物と

 

犬の焼き物が重ねるように献奉の石の上に置いてあり、境内から拝殿へ行くときに

 

目に留まるのです。

 

 

 

気になるという事は神がそれを気づくように導かれていると

 

勘が働いていると感じ、最近境内神社の祇園神社の右横の祠が

 

甲子(きのえね)神社であること、祭神が分かったことから

 

参拝するようになったのですが、甲子神社の主祭神は

 

大国主命(おおくにぬしのみこと)、または(おおなむちのかみ)で

 

仏教では大黒天、一般的には大黒様です。

 

 

 

 

祠には扉がなく、御神体の石の前には

 

何故か3体の恵比寿神の像?が、と思ったら、苔が生えて分かりにくいのですが

 

確かに後日お参りしたときに像の2体は打ち出の小槌を持った大黒様で

 

間違いないようで、残りの1体が気に止まったからだと思うのですが

 

何故その時恵比寿様と思ったのか、大きな勘違いだったようです。

 

 

 

恵比寿神は神道では事代主命で村社の事を調べてみても、

 

かつてあった社や祠が、数か所あったそうで境内には石段だけあるものの

 

社がない場所や祠を取り壊した石が積んであるのが分かります。

 

 

 

それが現在は無いと村社史に出ていて、この祠が甲子神社なのか

 

違うのかなと思いましたが、参拝するたびに何度も甲子神社で間違いないと

 

思考に浮かぶのです。

 

 

 

 

それを甲子神社の祠に祀った経緯があるのかなと推察したのですが、

 

ここに献奉台の恵比寿様を持ってくるようにとの事なのか思ったのです。

 

 

 

その恵比寿様の焼き物が誰かが持ってきたものであるとするならば、

 

おそらく御霊抜きと祀る際に御霊入れをするのが祀るという事になるので

 

勝手に置いて良いというわけにもいかないし、処分するならば

 

古札を燃やして供養する、どんど焼きの行事に出すことで、

 

何れにしても氏子関係者の総意を取ることも必要になることを考えれば、

 

これは一氏子がどうこうする問題ではなく、今はそのままにしておこう

 

と思ったのです。

 

 

 

ネットで調べれば祝詞を知ることは容易で便利に感じますが、

 

覚えて奏上するにもその意味を知らずに奏上するというきっかけや

 

動機付けがいるのです。

 

 

 

神道祝詞のサイトを見ていた時、

 

大國神甲子祝文(だいこくじんきのえねしゅくもん)というのが

 

目に留まりました。

 

 

 

祝詞を見てみても甲子なので大国主と大己貴神の事しか書かれていません。

 

 

 

どういう経緯かはわかりませんが甲子神社に恵比寿様の像が祀られていて、

 

私に出来ることは村社にお参りに来たときは参拝し続け、

 

境内を楽しく掃除することです。

 

 

 

最近私が参拝するまではおそらく誰も参拝していなかったと思われ、

 

榊も枯れ枝となっていて榊立には水が蒸発して入っておらず、

 

氏子関係者が元旦祭の時だけ榊が奉納していたと分かります。

 

 

 

祠であっても神社として祀り始めたときには分霊分祀して

 

御霊を入れた神様が入っています。

 

 

 

それを思えば氏神、産土神の神社にあって、境内神社を参った後、

 

祭神がそれまで分からずにいたので略拝詞だけお奏上して、

 

先月辺りから榊とお米の神饌を供え、私に出来ることを

 

させてもらっているのです。

 

 

 

氏子にしても例祭や大祭の時以外は村社にほとんど関わることもなく、

 

誰も参ることのない祠に関心を寄せることもないのかもしれません。

 

 

 

祠や拝殿、本殿、境内といった物理的にあるものも大事ではありますが、

 

そこには神を祀る、神様に会いに行く、お参りするという

 

心の部分が大切だと感じるのです。

 

 

 

現状維持も大切ですが神は愛と光だと思えば、神や宇宙の意志に触れ、

 

感じ、どう明るく楽しんで生きていくかということに導かれ、

 

世界が平和となることを願い、地球や宇宙の真理へと近づいて行ける

 

のではないかと感じたりもするのです。

 

 

 

 

また、大國神甲子祝文を覚えて

 

何時かは祝詞を奏上するように導かれたのかもしれませんが、

 

それよりも、ご縁が繋がったので、明るくお参りしようという

 

気持ちが大切に思えるのです。

 

 

それには感謝の気持ちがあれば良いと思うのです。

 

 

 

 

 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

 

 

 

 

 

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