「福祉」という名の金儲け : 神戸だいすき (livedoor.jp)
<記事転載>
小沢一郎の「日本改造計画」を、平成の初めに読んだ。
トップに書かれたのは「グラウンドキャニオン」には「危険」の立て札が無い。
転落防止の柵もない。
ずべて自己責任だ。
なんでも、規制は撤廃すべし。すべて自己責任にしたらいい。
という、乱暴な論議で始まり。
そして、最後は「福祉というなの産業があったじゃないか」で終わる。
これが「福祉」が「心」から「金」に、転換した瞬間だったのよ。
誰も気づかなかったと思うけど。
つまりね、「健康保険制度で甘い汁が吸えたので」「介護保険制度でも、同じく、おいしくいただいちゃおう」という寸法だったの。
ある意味、他人様に世話になることが、当たり前になって、楽になったともいえる。
けど、確実に「家族制度を破壊する最後の一押し」になった。
手のかかる年寄りは、他人に押し付けたらいい。
そういう親の背中を見て育つ子供は、まず、年寄りを大切にはしないと思うよ。
「憎たらしい嫁に、おむつを替えられるぐらいなら、早く死にたい」と、泣く年寄りもいなくなって、嫁姑の激バトルも、無くなったとは思う。
まあ、これも介護保険料が払える世帯と、わずかな工賃で働いてくれる若いヘルパーさんがいての話だからね。
いずれの制度も、その時代を反映しているから、やがて、立ちいかなくなる。
ハコモノ行政が次々破綻し、少子化で学校がつぶれる・・・どれも、時代に合わなくなった。
団塊の世代が75歳を超すと大変なことになる!と、言われていたけど、もう、目の前だよ。
1,2年しかない。
こうなると、サービスを受けたい人だらけになって、サービスを提供する若い世代の人口が足りない。
でもね、社会で暮らしていて、感じることは、現在の「年より」って80歳以上。
70代前半は、まだぴんぴんしている。
おかしいよね。
このことが、制度の継続を難しくする。
同級生にひとりだけ、60代で車いすの人がいたね。でも、物故者は増えるんだけど、生きてるのは、たいてい元気、まだ、働いてるかもだよ。
だから、福祉センターになんか来ない。福祉センター寂れる・・・
一世代前なら、70歳になったら、仕事もないし、地域福祉センターの昼食サービスに、来てた。今頃の人は70歳代でなんか、ほとんど来たがらない。
すると、もう、機会を逸して、死ぬまで敷居をまたがない。
そもそも群れるのが嫌いなんだから。
箱モノが遺物になる。もったいないったらありゃしない。
だから、私は、現在一生懸命若い世代に対して、福祉センターの利用を呼び掛けている。
そもそも老人向けに動き出した、このセンターは、つまりは「介護保険料」や、老人福祉に充てる原資をあてにして、それで、運営してきている。
だから、若い人(無保険者)なんか、いらないわけ。
でもね、介護保険料を払っている世代が、来たがらないんじゃあ、仕方がないでしょ。
いつまでも元気でね!介護保険を使って、介護される人にならないでね!という、働きかけは、若い時代からしておかないとだめだしね。
若いころから、地域とつながる、地域で楽しむ癖をつけないと。
そもそも「福祉という名の金儲けがあったじゃないか」で、始まった福祉センターの箱物、ヘルパーやら、ケアマネという、横文字職業「なあんちゃって!」という感じがする。
「心」をほったらかしにして始まったこんな制度、氏素性がはっきりしないから、うまくいくはずがないんだわ。
平成12年、つまり西暦2000年から始まったんだよ。21年たった。介護保険料が上がってるけど、どうなんだろうね。
近所で、葬式はあんまり見ない。老人が消えるのは冥途に行ったのではなく施設に行ったのよ。そこから冥途までも結構道のりはあるみたいね。
最近は、ふつう90歳をすぎないと、まず、亡くならない。100歳なんかざらよ。
人口削減計画や、人減らし政策って、本当なの?死んでないよ。
<記事転載終わり>
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クリシュナパワー施術師 津軽三味線演奏家
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)