規制が何も変化しないことに絶望しつつも、 - In Deep
<一部転載>
最近、やや絶望しているのは、今の日本での感染確認数は、過去1年などでも最も低いレベルとなっていて以下のグラフを見てわかります通り、急減している。
なのに、「何も変わらない」ことです。
驚くほど何も変わっていない。
特にマスクの事実上の義務をやめようというような「マ」の字も出てこない。
この現段階で、少しでも普通に戻そうしとなければ、もう後は永遠になるしかないわけですよ。
外に出てみれば、みんなマスクをしていて、しかも私の住むあたりなど、時間帯によっては、ほとんど人など通らない道で「無人の中でマスクをして歩く」という形而上的な光景が続いている。
私は、マスクの事実上の義務は、健康上の悪い問題も多いですが、何より人間の尊厳自体の問題であると思っていまして、日常社会がこうなっているのを見ていると、もう「従っているほうにも少し問題がある」と思うようになってきています。
先日の以下の記事で、戦前の映画監督だった伊丹万作さんという方が、1946年に寄稿した文章を載せました。
戦時下に、日本人の専門家のワクチン遺伝子配列の分析を読んで知る「スパイクタンパク質の産生を止める術がない」こと。そして「未知のタンパク」の存在
投稿日:2021年10月17日> あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである…>
…このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。
また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。
ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。 (戦争責任者の問題)
マスクがあらゆる感染症の予防に対して無意味(むしろ害が多い)であるという事実は置いておいても、社会すべての人の顔が見えないという日常が1年も2年も続いているという異常に「異常を感じない」というのは少しおかしいとさえ思います。
何かが麻痺している。
同調圧力があるにしてもないにしても、基本的には、「しない」というだけで済む話です。
つまり、たとえば会社や学校や店舗などほぼ社会主義的なマスク義務制度となっている場所は仕方ないとして、周囲に人のいない夜の住宅街を歩く時にマスクをするということの不条理さということを考えるべきだというようにも思います。
特に、小さな子どもたちは、こんな「顔のない日常が普通」だと思ってしまう可能性があり、将来的に「異常な社会価値観の子どもの集団」が形成される可能性があるはずです。
価値観はともかくとしても、小さな子どものマスクはとにかく体に悪い。
最近では、以下の記事に書きました。
小さな子どもへのマスクがどのようにその子たちを殺していくか
投稿日:2021年9月27日
この記事では、ドイツ、ポーランド、オーストリアの医師グループによる子どものマスクの研究論文を取り上げています。
結果として、「子どものマスク着用は、二酸化炭素濃度があまりに高くなることが示された」ことで、「子どもへのマスクは推奨されない」と結論付けています。
私からすれば、「子どもへのマスクは推奨されない」という表現は甘く、「小さな子どものマスク着用は禁止すべきだ」と思っています。
そのくらい小さな子どもの、脳と体には悪いものです。
<一部転載終わり>
<バガヴァッド・ギーターの語り動画をご覧ください>
クリシュナパワー施術師
津軽三味線演奏家
津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
白井勝文の三味線弾き語り 清水次郎長と咸臨丸事件 - YouTube
メール sirai-katuhumi@sea.plala.or.jp
白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)
