ミュージカル俳優、中井智彦さんによる、中原中也の一人舞台にエレクトーン奏者の神田将さんが演奏をしてくださるという夢のようなコンサート。 第1部のレポはこちら(前編)
15分の休憩を挟んで、コンサート形式の第2部が、「ラ・マンチャの男」で始まりました。ミュージカル『ラ・マンチャの男』は、もう時代遅れの骨とう品のように一人古式ゆかしい騎士道を信念として生きる男(ドン・キホーテ)の潔く崇高な生き様を描いた作品です。獄中で不条理な扱いを受けてもなお、自らの信念を貫き、生き様を全うする老騎士を演じる松本白鵬さんのお姿が忘れられない名作。中井さん自身、この作品、この曲が大好きで、日頃は「中井智彦として」歌うこの曲ですが、今日は中也の生き方のテーマでもあるということで選曲したとのことでした。ラ・マンチャの老騎士、中原中也、中井智彦。信念、まっすぐさ、情熱という共通したものがあって、納得でした。
このあと、お2人によるトークの時間があり、「ラ・マンチャの男」を選曲した想いのお話、そして15時の回では神田さんと中井さんの出会いから今回のお稽古のお話など、今回のコンサートができるまでのお2人の感動や驚きを話してくださいました。
中井さんの中原中也との出会いは29歳の時。当時在籍していた劇団四季の図書館で、たまたま手に取った中原中也全集から、小学校時代に中也の詩に触れ、「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました」というフレーズが最初から、今のメロディで聴こえていたことを思い出したことにあったそうです。それで思い出した当時の頭の中に聞こえていたメロディを、手近な文房具屋さんで五線譜ノートを買い求めて急いで書き留めた。今も中井さんの中原中也の曲はそのノートの中にあり、今回「1×1=∞」コンサートを構成するにあたり、その可愛らしいノートで中井さんの中原中也の楽曲が神田さんに貸し出されたそうです。
ご自身の熱い想いを人に伝えるお話はいつも上手な中井さんですが、そこに神田さんの差し挟むコメントや素朴な質問がとても核心をついていて、多くの発見がありました。
例えば、「でも、劇団をよく出てきたよね。そこで素晴らしい活躍をしていたんだし、中にいれば居心地もよかっただろうし」という、神田さん。ラウルや野獣役を演じた中井さんが、何の不足もなかったはずなのになぜわずか5年で劇団四季を出てきたのか。それはやはり、中原中也との出会いであり、中也の言葉の中に当時の中井さんを突き動かす衝動みたいなものがあったからなんだろうと思います。それが、「芸術を衰退させるものは固定観念である」という中也の言葉だったり、「盲目の秋」の中で私にはとても印象的な、「人には自恃があればよい。自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ!」という中也の信念だったり、それに正直に生きた中也の人生だったんだろうなと、中井さんの過去の進路選択までも含めて、ふっと腑に落ちた気がしました。
劇団四季を飛び出して「表現者」という、俳優、役者という制約を受けない肩書を自ら名乗り、中也の詩に曲をつける創作活動を始めた中井さんは、これまで基本的に弾き語りで一人で歌い、演じてきました。山口の宇部で去年初めて共演された神田さんに、今回の「1×1=∞」シリーズの相棒としてお話を受けた時にとっさに、中也がやりたいと答えたという中井さんですが、神田さんの方では、「(中也を演じる)中井さんをピアノから解放してやりたかった」とおっしゃっていました。一人で完結する弾き語りというスタイルはそれはそれで素晴らしいけれど、ピアノを弾けば演技ができない。それに、中也がピアノを弾くのは変だ、と。
弾き語りの良いところは、刻々と変わる自分のペースやスタイルに伴奏を合わせられること。この曲を誰か他の人に伴奏してもらうのは無理なんじゃないかなと、中井さんは思ってきたそうです。この曲がまた、合わせにくいんですよ、と。でも神田さんは、「そんなに合わせにくくはないですよ」と。中井さんが自由にアクセルを踏み、進むバイクの後ろに乗っている感覚だそうです。
神田さんのエレクトーンは一度にフルオーケストラほどの多種の音を出すという奇術か魔術のような演奏なのですが、神田さんはたったお一人でオーケストラなら指揮者であり、各楽器の奏者であり。「この楽器、なかなかめんどくさいんで」と、歌い演じる中井さんの方を見たくても、実際には一瞬たりとも目を離せない。神田さんのエレクトーンは、「F16」(とおっしゃっていたような気がします。F1のようなレーシングカーかと思いきや、戦闘機???)に乗りながら演奏するかのような、1秒たりとも遅れることのできない緊迫した時間だとのこと。歌手を見ずに、気配だけで完璧に合せていらっしゃるそうです。
「見えなくても、中井さんははっきりとタイミングを示してくれます。本当に素晴らしい歌手だと思います。皆さん応援してあげてください」と、さらりとおっしゃる神田さんに、納得しつつ、これほどの方が褒めてくださる中井さんってやっぱりすごいんだなと改めて嬉しくなりました。今日が、神田将×中井智彦のスタート。これからお2人で、中原中也も、その他のいろいろな新しい作品も、魅せてくださるそうです。なんと嬉しい。。。この日の私たちは、その芸術の生まれるところを目撃できた幸せな観客でした。
神田さんのエレクトーンの音色はまさに、フルオーケストラ。ただ、中井さんの歌にこうして完璧に合せられるのは、小回りの利くエレクトーンだからこそ。これがオーケストラでは、指揮者を介することで乗り遅れてしまい、とてもこのように演奏できない。中井さんと神田さんの1×1は、まさに奇跡のコラボレーションで、その効果は本当に無限大なんだということが、素人にも理解できました。
長くなったので、以上を中編として、次の後編で終わりにします。
(ソワレに向かう夜空には、こんな月が浮かんでいました)
(参考資料)
私がコンサートで理解した!と思っていたことが、以下の中井さんのコラム「ミュージカルトレインなかい号」にご本人の言葉でちゃんと書いてありました。
(↑たぶん、これが噂の五線譜ノート)