【コンサート】11/21(土)「1×1=∞: 神田将・中井智彦~在りし日の歌~」(後編) | あずさの時々観劇レポ

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大人になってからのミュージカルファン。神田恭兵さん、中井智彦さんのファンです。どうしても書き溜めておかないとと思った舞台の観劇レポを時々綴ります。

 神田さんと中井さんお2人による充実のMC(中編)に続いて、中也の世界を連想させる2曲が続けて披露されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1つは、歌劇『死の都』よりピエロの歌「あこがれと空想はよみがえる」。ドイツ語?オーストリア語?歌唱でした。中也の詩のなかに繰り返し出てくる、ピエロというのは、時に失った恋人の長谷川泰子を、また別の時には芸術の姿を表現する存在だそうです。

 

 

 続いて、日本の昭和歌謡から、「見上げてごらん夜の星を」。帰りたくてもなかなか帰れなかった故郷への想いを抱えつつ、中也も東京の星空を見たはずだ、と中井さん。

 

 

 ここでプログラムにない、サプライズ。中井さん、せっかくなので神田さんに、エレクトーンのソロで何か1曲、弾いてください、と。それに応えて、神田さん。「中井さん、ラウルやってたんでしょ?じゃあ本物のラウルの前で、オペラ座の怪人を弾きたい」ということで、なんと神田さんによるエレクトーンソロで「オペラ座の怪人」メドレーを演奏してくださいました。

 

 

 この演奏が、圧巻でした。神田さんのエレクトーン1台で、あの重厚で美しく、煌びやかで切ない、そして時にロックなあの舞台の情景がありありと見えるような、ファントムやクリスティーヌやラウルの歌唱まで聞こえてくるようなこれはもう、単なる音楽ではなく、ミュージカルの一幕でした。そして、私には演奏する神田さんがファントムに見えました。

 

 『オペラ座の怪人』出演時には、劇中クリスティーヌのThink of Meを舞台上の下手バルコニー席から観ていて、いつもクリスティーヌの歌声に涙が出てしょうがなかったという感情豊かな中井さんのラウルが、今日も涙ぐみながら舞台袖でこの曲を聴いていることさえも想像できました。

 

 演奏が終わり、万雷の拍手を神田さんはステージ中央で受けて一旦収め、次のAnthem(ミュージカル『CHESS』より)を演奏し始め、中井さんが再び登場しました。まだぎりぎりパンデミック直前だった今年の1~2月にかけて、来日したラミン・カリムルーを主演とした『CHESS』の舞台に、中井さんは急なキャスティングで登板。イギリスから来日した演出家ニック・ウィンストン氏のもと、あの最強に格好いい黒衣装のアンサンブルの1人と、後半にはソビエト陣営のチェス・プレイヤーを演じました。

 

 

 

 ラミンさんと中井さんはもともと、オペラ座の怪人を始めアンドリュー・ロイド・ウェバー作品で活躍するなど、共通点が多い気がしていましたが、CHESSでラミンと共演したことでとても共鳴していました。冷戦の時代、東西に分かれた強固な体制に阻まれて、帰郷が叶わない故郷へのあふれる想いを歌ったラミン=アナトリーのAnthemは、劇中でも本当にラミンのための曲に聴こえ、今日神田さんの演奏でAnthemを歌う中井さんは、あの日のラミンと重なって見えました。さらに不思議なことに、中也を想って選曲したはずのこの曲を歌う中井さんが思い描く故郷とは、『オペラ座の怪人』や『美女と野獣』や、これまでの中井さんを育んだ劇団も含む中井さんの過去の作品や環境など、必ずしも土地ではないものであるかのように、私には感じられました。きっと、神田さんとの先ほどのトークに大きく影響されたのだと思います。そういえばCHESSの劇中でAnthemが歌うのも、故郷は決して、地理的概念ではなく、心の中にあり続けるものだというメッセージでした。

 

 そしてプログラム最後の、『美女と野獣』より、「愛せぬならば」。演奏前のMCで神田さんが、この曲は本当に演奏し甲斐がある。中井さんはこの曲を、こう歌ってほしいと思うその通りに歌ってくれる。あなたのための曲ですかと、おっしゃっいました。またまた神田さんにオペラ座のファントムが降臨してみえました。神田さんは中井さんのことを、憑依型だと、中原中也が憑依しているとおっしゃいますが、私にはこの日、オペラ座の怪人が中也を生きる中井さんにも、そして人並外れた技でエレクトーンを演奏する神田さんにもしばしば降臨しては、中原中也という稀有な天才の生き様を、現代の私たち観客に伝える、理解の大きな助けになってくれたように思いました。中原中也が中井さんの身体を借り、神田さんの奏でる音楽を纏うことでオペラ座の怪人まで巻き込み、それによって説得力を増して私たちの胸に迫ってきた。そんなスペクタクルな世界でした。

 

 本当に素晴らしい、奇跡みたいなコンサートでした。50%弱の客席でしたが、皆でたくさん、精いっぱいの拍手をしました。いったん舞台袖に退場した中井さんと神田さん、いつものごとく中井さんは会場の拍手に遠慮するように、気遣うように、あっという間に再登場してきて、「アンコールでいいですか」と、最後のもう1曲。マイ・ウェイを歌いました。

 

 

 中井さんのマイ・ウェイはまさに、「我が人生に悔いなし」という充足感を強く感じさせる歌。100年前に生きた中也の詩が、中井さんの創った音楽と神田さんの手によって情景となり、その中で全身で生きる中井中也は力強く私たちに迫ってきました。その世界を、中井さんが歌うマイ・ウェイで締めることで、中也の当時の芸術と「自恃」が100年後の芸術家の心を動かし、音楽に形を変えて同時代の私たちに強く働きかけるものになっている。そんな時空を超えた船旅の幸せな寄港地をみるようで、中井さんらしい前向きなメッセージとなりました。

 

 なんと、予定外に全3篇にわたってしまった本レポ。最後までお読みくださった方、本当にありがとうございました。神田さん×中井さんによる中原中也の世界。本当に奇跡みたいに素晴らしいものでした。これから、中也はもちろん、他の作品(オペラ座の怪人?)も、してくださるかもしれません。もし機会があれば是非とも、聴きにいらしてください。

 

(参考)

J-WAVE We Live Musical 2/7ゲストにラミン・カリムルー