自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

ここは遺族ブログです。

 

なので自分の子どもの話は基本しません。

 

書くまでもない当たり前のことですが、

伴侶をなくした人の前で夫婦仲を語ったり、

子どもを亡くした人に子煩悩を披露するのは、

配慮のない行為だとわかっているからです。

 

ただこんな風に伝えていきたいということは、

時々は書いてはいこうと思います。

 

娘はこの春、小学4年生になりました。

 

3年後には中学生と思うとビックリです。

 

しかしそんな当たり前の人生の流れを

ある日突然断ち切るのが交通犯罪です。

 

それを実際に知っている者だからこそ、

当たり前の毎日がいかに尊いものか、

そのためにいかに気を付けるべきか、

機会があるたびに語り続けたいと思います。

 

また自分が交通安全を守るだけではダメで、

世の中には交通安全を守らない者がいること、

彼らの存在にも警戒しなければならないこと、

などなども語るようにしています。

 

交通犯罪だけでなく、理不尽や暴力など、

必要なときには闘わなければいけないことも、

他の人よりはしつこく言っていると思います。

 

もちろん、勉強もがんばったり、

本もたくさん読んで広い視野を持ったり、

習い事もがんばって得意分野も伸ばしたり、

が大前提で人生をどんどん発展させてほしいけど、

やはり根底にあるものとして、命の大切さには、

人一倍敏感な子になってほしいと願っています。

 

いま、あいの会では絵本を準備しています。

 

娘が通う小学校と地元の図書館とには、

絵本ができたら寄贈を申し出るつもりです。

 

娘にも繰り返し読んでほしいと思っています。

 

上で最初にいろいろ書いたけれども、

やはり親が子どもに語る限界も痛感していて、

(最近は何を言ってもうざがられる・・・)

ツールに頼るのが一番と感じています。

「あいの会で出した本だよ」

と言えばきっと読んでくれるはずなので・・・

 

なので、絵本ができたら活用する予定です。

 

絵本の話は、また具体的になってきたら、

あいの会からもきちんと報告する予定です。

 

***

 

余談。

 

うちの近所の桜並木が満開です。

 

#三沢川さくら回廊

 

最近は観光名所化に成功しつつあるようで、

土日はかなりの混雑で(路駐も目立つ・・・)

外国人観光客らしき人もちらほらみます。

 

美しい光景ですが、あいの会の中にも、

桜の季節に家族を亡くした人が何人かいます。

そんな人には美しい桜も痛みを伴います。

 

毎年当たり前に桜を見ることの稀有さ。

そんな話も娘にできたらと思っています。

なかなか話を聞いてくれはしないけれども。

ファミリーツアー報告もはさみましたが、

ここ最近、何回かに分け、遺族として、

検事にどう対応していくか、

自分の悔いも振り返りつつ書きました。

 

 

 

 

 

もし私のブログに目を止める縁があれば、
あちこち行ったり来たりは疲れると思い、
ここでざっと過去記事をまとめました。
 
あらためてここでも文章でまとめると、
 
(結審まで)
・「私の味方になってください」と素直に訴える
 (まず検事との信頼関係構築に尽力する)
・「求刑は3年半以上で」と数字を出して要請する
 (決して「厳しい求刑を」と抽象的に言わない)
・加害者の調書は早期に取得する
 (検事の「そのうちに」を信じない。
  「ではいつまでですか」と必ず期日を切る)
・加害者名でエゴサーチを頻繁に行い、
 (使える事実を発見することもある)
 突っ込みできそうな点は検事に追及を要請
・「車を手放した」と加害者が言ってきたら、
 検事に被告人質問をさせてほしいと伝え、
 言いよどんだら書類提出の手続きを依頼
・判検交流を利用して、裁判官について、
 「この事件についてどう言っていますか」
 「私が●●と言っていると伝えてください」
 とさぐりを入れつつ牽制する
 
(執行猶予が付いてしまったら)
・居留守されるので、アポが取れなくても、
 「では今から行きます」と押しかける
・判決のその週のうちには必ず行く
 (木金の判決だったら翌週前半までに)
・検事の言い訳に安易に同意しない
 検事が遺族に嘘をつくこともある
 「調べますので、明日再度会ってください」
 と徹底調査の姿勢を示す
・担当検事に会えなくても、
 「ではその上の責任者に会わせてほしい」
 と言って帰らない
 
※とにかく控訴期間はわずか!
 切迫感を持って行動すること!
 
ざっと書くとこの程度はやってほしいです。
これだってあくまで最低限です。
 
ここまで書いて、ふと思ったこと。
これお金取れるレベルのノウハウでは(笑)
思い上がった自画自賛?
 
巷には情報商材屋さんという人がいて、
誰でも知っているような薄っぺらい情報を
さも価値があるかのように見せかけ、
noteとかで有料購読を促しているとも聞く。
 
私が同じことをすればもっと価値もあるし、
小遣い稼ぎ程度はできるかも・・・
なんて黒い考えが一瞬脳裏をよぎりましたが、
もちろんそんなことはしません。
 
遺族間ノウハウ共有は無料が大前提かと。
 
遺族の方が知識をつけて有効に闘い、
実刑判決の判例を作ってくれることが、

私にとっても一番の報酬だと考えます。

先週土曜日(3月16日)、

あいの会で日帰り小旅行をしてきました。

群馬県館林市まで行ってきました。

 

 

 

 

 

 


 

詳細はあいの会公式ブログに書きました。

 

 

カルピスみらいのミュージアム

   ↓

向井千秋記念子ども科学館

   ↓

とんかつの福よし

 

という行程でした。

 

私は娘を連れて行きました。

事件の時はまだ生まれていなかった娘です。

 

普段の土曜日はピアノ、公文、合唱団・・・

といろいろ詰め込んでしまっていますが、

こうした機会にできるだけ参加しています。

 

娘には、あいの会を立ち上げた経緯とか、

触れ合うだろうメンバーの方の事件、

などをこうした行事の前には、繰り返し、

できるだけ話しておくようにしています。

 

現時点でどこまで伝わっているか謎ですが、

将来的に長い目で見れば、きっといつかは

命の教育として生かされると考えています。

 

写真の通り、子どもたちは子どもたちで、

楽しい時間を過ごすことができたようです。

 

この日もよい思い出になればと考えています。

 

 

※あいの会の顧問もしていただいている

 刑事コメンテーターの佐々木成三さんと

 いただいたリアルケイドロの帽子をかぶって

最近、仕事がとにかく忙しくなり、

ブログ更新が金土日になっています・・・

 

検事対策で書き忘れていたこと。

 

加害者への求刑に関しても、

ストレートに意見を言うべきと考えます。

 

ただし抽象的にでなく具体的に。

 

「具体的に」とはどういうことか。

 

以前も書いたと思いますが、

遺族間で言い伝えられる噂があります。

 

求刑の年数によって、

検事→裁判官のメッセージがある。

 

・求刑3年未満は「執行猶予でいいですよ」

・求刑3年は「どっちでもいいですよ」

・求刑3年超は「実刑にしてください」

 

都市伝説かもしれません。

 

ただ私が聞いた司法関係者は一様に

みな困った顔で軽く笑いながら、

あいまいに言葉を濁していましたので、

私はこれが真実だと感じています。

 

都市伝説なら一笑に付して否定すればよい。

それができない時点で真実認定でよいかと。

 

私は検事に、

「厳しい求刑をしてください!」

と言いました。

 

そして遺族として、

責務を果たした気になっていました。

 

本当に・・・

当時の私の無知を厳しく叱りたい。

 

あの時、私は、

「求刑は最低3年6ヶ月以上にしてください」

「3年以下だと執行猶予でいいですよって

 意味になるんですよね。絶対認めません」

とハッキリ言うべきでした。

(※求刑単位は事実上半年刻みのようなので)

 

しかしそのための知識がありませんでした。

 

いま闘っている、これから闘う遺族の方は、

私の轍は踏まないで、ハッキリ伝えてほしい。

 

この世界、沈黙は金ではありません。

沈黙はゴミです。

 

決して後悔しないよう闘い切ってほしいです。

前々回に書いたことを受けて・・・

 

 

前々回ブログで、交通犯罪の刑事裁判では、
「もう車は運転しません」
「車も手放しました」
と被告人側が主張するケースがよくあり、

私の加害者もそう主張したと書きました。

 

実はこれ、ほぼ事実検証されていません。

(ほとんどの人は知らないですよね・・・)

 

つまり言いたい放題の実情があります。

 

交通事故加害者弁護士にとっても、

お決まりテンプレートの一つだと思います。

 

私も当時は無知な遺族の一人でした。

 

だから加害者側のそんな主張を聞き、

「そうなんだ・・・」

とぼんやり思っただけでスルーでした。

 

ちなみに検事もスルーでした。

 

定番テンプレートなのでしょう。

 

しかし、だからこそ、

これがお約束テンプレートだとわかれば、

被害者参加して被告人質問を行った際、

加害者を叩く手段の一つになります。

 

遺族「車は手放したと言いましたよね」

加害者「はい」

遺族「何という車ですか?」

加害者「●●です」

遺族「保険会社も解約したのですよね?」

加害者「はい」

遺族「どこの保険会社ですか?」

加害者「あ・・・えっと・・・」

(※バカでなければここでこちらの意図に気づく)

遺族「言えないんですか?」

加害者「・・・」

遺族「(裁判官か検事に向かって大声で)

 被告人は嘘をついていると思いますので、

 証明書類の取り寄せを求めます!」

加害者「・・・」

 

被告人質問でこんなやり取りが可能です。

 

本当に車を手放していれば空振りですが、

嘘をついている可能性の方が高いわけで、

高確率で加害者立ち往生になるはずです。

 

車を手放したかどうかなんて些末事です。

 

重要なのは執行猶予目当ての情状狙いで

加害者が嘘をついていること。

その事実を法廷であばくことです。

 

ここまで追求できれば、裁判官も

「被告人は真摯に反省している」

とは判決文に絶対書けないはずです。

 

もちろん判例主義の壁もあります。

 

博打性の高い裁判官ガチャもあります。

 

多くの裁判官は、それでもなんとか

判決文に書ける執行猶予ポイントを

懸命に拾おうとしてくるでしょう。

自身の昇進も関わるので必死です。

 

しかし、嘘を露骨なまでに暴露し、

加害者を立ち往生させることにより、

実刑の可能性を高めることはできる。

 

ほんのわずかな可能性アップでも、

そのために動かない理由はありません。

 

もし遺族の方がこのブログを読み、

刑事裁判の被告人質問の前であれば、

そして加害者が、

「もう車は運転しません」
「車も手放しました」

と言ったら、試してほしいと思います。

 

そして「執行猶予当たり前」の判例を

少しずつでも、長い年月をかけても、

皆で突き崩してほしいと思っています。

 

すごく今更な話ですが、

私は自転車による交通犯罪遺族です。

 

一応最近ブログを読み始めた人用に・・・

 

次は裁判対策を書く予定を一旦中断して、

最近の自転車をめぐる話題にも、

ここでも一応言及しておこうと思います。

 

朝日新聞2024.3.6朝刊

 

ご存じの方はよくご存じだと思いますが、

私はこの手の動きや報道にとても冷淡です。

 

いつもその場限りの瞬間風速で終わり、

結局、何の実にならないことに、

いつもガッカリさせられているからです。

 

なので今回のこの動きにも冷淡です。

 

そもそも酒酔い運転が対象外という時点で、

どんな結果になるかなんてお察しです。

 

いま自転車で片手運転で携帯通話しながら

交番やパトカーの前を走り抜けても、

何のお咎めもなくスルーだと思います。

 

きっと法改正された2年後以降も、

私は同じ光景だろうなと感じています。

 

自転車による交通犯罪遺族の一人が、

(自負ではないですが、おそらく

 全国の自転車遺族の中で一番発信して、

 最もメディア露出もしている私が)

こんな冷笑的なブログをアップしている。

それを法改正や法執行に関わる人が見て、

「そんなことないぞ!ちゃんとやるぞ!」

と奮起してくれたらと思って書きました。

 

片手運転の自転車で、携帯で話しながら、

交番やパトカーの前を走り抜けたら、

血相を変えて追われ、反則金を取られる。

 

そんな社会になってくれたらと思います。

 

人との接し方の価値観になりますが、

私は人をむやみに信じ切って傷つき、

「もう人間なんて信じない!」

なんて心を凍えさせる人生よりも、

(余談ですが私の親はこの典型例です。

 それを反面教師に私はひねくれました)

人を疑って、思わぬ温かさや尊さに触れ、

「人は捨てたものじゃない・・・」

としみじみ感じたいと思う人です。

 

今回も良い意味で裏切ってほしいと願います。

たぶん何も変わらないと思うけどね・・・

私の公判を担当していた検事の在籍する

名古屋地方検察庁に連絡してみました。

 

月曜日に事前に問い合わせフォームから

・今週中に担当検事宛に電話したいこと

・私の立場や担当検事との関係

・確認したいことの要点

を送っておき、金曜日に電話しました。

 

念の為、クレームではありません(笑)

 

それは問い合わせフォームでも書いておき、

警戒する話ではないと伝えておきました。

 

これまで何回かに分けて書いたことについて、

「当時私はどうすべきだったと思うか」

を当時の担当検事に率直に聞いて、

今まで書いた他の遺族へ提供マニュアルを、

認識相違補正も含めて補強するためでした。

 

公判から14年経っています。

 

「そんな昔のことを・・・」

と言う人もいるかもしれません。

 

しかし遺族は、感情の変化は当然ありますが、

起きた事件・事故が昨日でも20年前でも、

視点や問題意識は変わらないのが大半です。

 

また同時に検事という人たちは、

これも以前どこかで直接話を聞きましたが、

自分が担当した過去の事件はすべて

なぜか忘れないと聞いたこともあります。

 

なので資料を用意しての厳密な話ではなく、

ざっくばらんに聞きたかったのがあります。

 

で、実際に名古屋地検に電話したら、

それでも私は警戒されていたようで・・・

検事には結局最後までつないでもらえず、

企画課に回され、そこで対応されました。

 

企画課担当者の言い分としては、

①判決が確定した事件の問い合わせは

 受けないことになっている

②特に検事が異動した事件については、

 資料を参照しての対応ができない

③当時の事件について確認したい場合は、

 東京地検の被害者窓口に聞いてほしい

というものでした。

 

私は別件も含め、検察という組織は、

意外にラフに対応すると知っているので、

上記企画課の回答の真偽はわかりません。

 

③の「被害者窓口・・・」云々は、

典型的なマニュアル対応でしょうし、

②はまあその通りなので仕方ないでしょう。

 

ただ①だけは嘘か本当か不明なので、

ここで公開して記録を残しておきます。

どなたか真偽をご存じの方はお教えください。

 

さて、企画課担当者の方は、

「フォームでいただいていたご質問は、

 一般論の範囲でよければお答えしたい」

との話だったので、いろいろ聞きました。

 

大小さまざまなので、

気になった話だけ振り返って書きます。

 

調書を結局見せられずじまいだった件、

これについて、見せるか見せないかは、

「個別案件による」との話がありました。

遺族なら周知のことですが、起訴案件は、

求めがあれば必ず開示義務があります。

これは拒むことはできません。

しかし求めがなかった場合・・・

開示がルール化されているわけではない

という事実が明らかになりました。

 

次に私が検事より

「被害者参加弁護士という人たちがいる」

「探してみてもいいかもしれない」

というアドバイスをもらえなかった件、

当時はまだ被害者参加制度ができて数年で、

まだ手探りだったことはあるのでしょうが、

これも「個別案件による」との話でした。

 

以下感想。

 

まず調書の開示非開示の件。

 

少なくとも被害者参加制度を使って

検事席に座ると意思決定した遺族で、

「調書を見ますか」

と聞かれ、

「いや、いいです」

なんて言う人はいないんじゃないかと。

 

仮にモゴモゴ曖昧な人がいたとしても、

後々悔いを残させないためにも、

「とりあえず見とけ」

とコピーを押し付けとくだけでもいい。

それで見ずに加害者の穴を見落としても、

それはその遺族の責任です。

とにかく開示をルール化すべきです。

 

次の被害者参加弁護士の件。

これも告知をルール化すべきでしょう。

 

情報を集め、弁護士探しまでできる人は、

見た限り今もほんの一部だと感じます。

 

もちろん以前↓で書いたように、

講習を受けただけで、精通とは全く無縁な

「被害者精通弁護士」のキラキラ看板に

騙されてしまう遺族も残念ながらいます。

 

 

しかしそれはまた別の問題。

 

とにかく被害者参加弁護士がいることを知る。

それを検事から必ず教えてもらえる。

それだけでどれだけの遺族が救われることか。

 

以上2点は検察庁全体でも考えてほしいです。

というか単純に必須項目にしてほしいです。

 

どちらもものすごく簡単な話のはずです。

 

念の為、同庁フォームからも意見は送ります。

また法務省ヒアリングの機会があれば、

もう私はなかなか行ける余裕がないので、

他の仲間に託すことになるでしょうが、

意見提起をしていきたいと思っています。

 

また交通犯罪の刑事裁判では、

「もう車は運転しません」

「車も手放しました」

と被告人が主張するケースがよくあります。

私の加害者もそれを主張しました。

 

このこともこの日に話したのですが、

少々長くなるのと、些末なようで意外に

重要な点になるので稿をあらためます。

 

最後に、繰り返しですが、

今回連絡にクレームの意図はありません。

 

遺族活動のことも事前に伝えていたためか、

先方もかなり気を使って話していました。

決して塩対応ではなかったことは、

ここでも書いておきたいと思います。

 

担当検事も当時、満点には程遠くても、

彼なりに懸命にやってくれていたし、

加害者の荒唐無稽な主張に直面した際、

一緒に怒ってくれたことは感謝しています。

 

ただ今回、検察庁より、

・判決確定後は検事に連絡できなくなる

 (ホント?求む情報提供!)

・調書の開示は個別案件による

・被害者参加弁護士の告知も個別案件による

という説明を受けましたので、

今後必要になるだろう議論のたたき台として、

ここに書き残しておきたいと思います。

 

***

 

念の為、↓は過去の検事対応シリーズ

 

 

 

 

 

 

これまで何度かにわたって、

検事に対峙する姿勢として、

「お行儀の良い遺族だと悔いを残してしまう」

「お行儀の悪い遺族にならなければならない」

だと繰り返し繰り返し書きました。

 

 

 

 

 

ただ人によって理解度はさまざまですし、

一応補足すべきだと思って書きますが、

 

お行儀の悪くする=乱暴な態度を取る

 

ではないことは繰り返し強調します。

 

「なんで求刑がこんな短いんですか!」

「なんで控訴してくれないんですか!」

 

検事はこんな悲痛な叫びは聞き慣れています。

 

「あー・・・はいはい、いつものやつね」

という感想しかないと思います。

心を動かされることなんてまずありません。

 

あくまで言葉はソフトに。

そして丁寧に。

 

その上で、

「私の味方になってください」

と訴える。

 

声を荒げたり、罵倒したりは絶対NG。

 

ぶつける感情は怒りでなく悲しみ。

 

求めるものは屈服ではなく共感。

 

この大原則だけは絶対的に死守し、

決して踏み外してはいけないと考えます。

 

その上で行動だけお行儀悪くふるまう。

 

待たない。

あきらめない。

帰らない。

説得に納得しない。

とにかくアクションを止めない。

 

しつこく、しつこく、しつこく、

加害者実刑のための執念を見せる。

 

言葉は草食で、行動は肉食で。

 

言葉だけ拾えば、共感しか訴えない

かわいそうな遺族のままでいい。

 

しかし行動だけは、毅然と圧倒し、

「この遺族をないがしろにしたら、

 後々どんなコストを払わされるか」

と暗に察しさせることが大切です。

 

かつてあいの会で開催する講演会に

スマイリーキクチさんをお呼びし、

誹謗中傷問題を話してもらいましたが、

やはり同じことを言っていました。

 

「この税金泥棒なんて言ってはいけない」

「あくまで悲しみを伝えて共感を得る」

 

これは交通犯罪遺族も同じです。

 

ここしばらく、

「お行儀の悪い遺族」推進委員会

みたいな書き込みを続けています。

 

それもこれも、ここを読んだ遺族の方に、

加害者実刑判決を勝ち取ってほしいから。

そして執行猶予当然の過去判例を塗り潰す

新しい判例を作っていってほしいからです。

 

さらに後に続いてしまう遺族のためにも

未来の判例作りを託したいと思っています。

今回書くことはもしかしたらタブーに触れる、

あるいは物議をかもす内容かもしれません。

 

ただ情報強者内輪の知る人ぞ知る特権にし、

どうしていいか苦しむ遺族に内緒にするのは、

正義にもとると考え、今回敢えて書きます。

 

裁判官は、超然として一段高い場所から、

検事と弁護人のやり取りを見て判断する。

法廷外での関係者への接触は禁欲的に慎む。

そんな超然主義な印象があります。

 

しかし実は検事と裁判官は法廷外でも会い、

抱えている公判について意見交換します。

 

タイトルに「判検交流」と書きましたが、

これは厳密には正確ではないようです。

 

この言い方は、昔ながらの左派の面々より、

「検察と裁判所はグルだ」

みたいな批判に使われた経緯もあるのですが、

他に良い表現がないので暫定的に使います。

 

私の刑事裁判打ち合わせ時も、検事がポロっと、

「今回の裁判官は話しているとまともに感じる」

「ただこの件はまだ具体的な話は聞けていない」

と漏らしたことがあって、

「あ、法廷以外でもやり取りしているんだ」

と意外に思ったことを鮮明に憶えています。

 

このルートですが、実は遺族にとっては、

強力な直訴手段にできる場合があります。

特に緊急時に万事休すを覆せる場合があります。

 

以前あいの会ブログにある遺族の闘い方を載せ、

伏せてほしいと言われて即消した話があります。

 

なので今回もかなりぼかして書きますが、

求刑がとんでもなく軽くされそうだと知り、

急ぎ検察庁に行くと、お約束の「不在」対応。

しかしそこで決してあきらめずに、

「今この建物にいる一番の責任者に話をしたい」

「会えるまでいつまでも、朝までも待っている」

と詰め寄り、最終的に、

「記述を固めたので今から求刑は変えられない」

「しかし担当裁判官と直接話した」

「執行猶予判決が出たら必ず控訴すると伝えた」

「実刑判決を出してもらえる感触はある」

「もし執行猶予判決だったら必ず控訴します」

という話を得るまで闘った例があります。

(あくまで概要です。もっと具体的に書きたい)

 

そしてこの事件では実刑判決を勝ち取りました。

 

何もしなければ、まず執行猶予だったでしょう。

 

この遺族は、その行動力、勘の鋭さ、頭の切れ、

堂々とした度胸、ゆるぎない覚悟・・・

どれを取っても凡人の真似のできるレベルでなく、

尊敬することしかできないような方です。

奪われた我が子への親の思いにも心打たれました。

凡人ではない人の闘い方です。でも知ることで、

凡人でもなぞることのできる何かはあるはずです。

 

本当はもっと細かく書きたいのですが、

遺族の意向を無視して書くわけにはいきません。

しかしここで書いた抽象的な断片からでも、

「こんな闘い方もできるんだ」

という何らかの知見を得ることはできるはず。

 

ただ法廷に座って、言われた時だけ立ち上がり、

その時に発言をするだけでない闘い方もある。

 

執行猶予前提のこの国の司法の中において、

命を奪われた家族の尊厳を守るためには、

お行儀悪く、あらゆる選択肢を追及し尽くす。

 

今回書いた選択肢もあると知っていれば、

必要な時にその選択肢を使うことができます。

(知らない選択肢は使うことすらできない)

 

遺族の方には使える選択肢はすべて使い切り、

悔いのない闘いをしてほしいと願っています。

前々回、検事の対応を振り返ると、

「穴」があったと書きました。

 

 

今回はどんな穴だったか細かく書きます。

 

穴は2つありました。

 

まず一つめがこの写真に関してです。

 

 

これは刑事裁判終了後、民事裁判になって、

弁護士が取り寄せてくれてから、

初めて目にした加害者側の答弁書の一部です。

 

「サイクリング自転車は下を向いて走るから

 前の信号が見えなくても仕方がない」

 

これが刑事裁判の加害者主張のメインでした。

 

この写真は加害者に自転車に乗せて、

「普通に比べてこれだけ前傾姿勢なんですよ」

と主張したいために出してきたものでした。

 

注目はマンション廊下で撮っただろう写真。

その左端に写っている日経新聞です。

 

「この日に撮りました」

という証拠として写したのでしょうが、

ここに写っている10月17日という日付。

 

 

一目見て、ここにピンときました。

 

当時加害者宅はある神社のすぐ近くでした。

 

加害者は、その神社で母の冥福を祈るため

毎日手を合わせていると主張していました。

 

神社と寺の区別もつかない宗教オンチでも、

神社が死者の冥福を祈る場でないくらい

なんとなくわかろうものですが、

裁判所はそんな教養は求められない場です。

 

そしてその年の10月17日という日付。

その神社のお祭りの日、しかも日曜でした。

 

検事からこの答弁書を見せられていたら、

私から直接被告人質問をした際に、

きっとこんなやり取りができたはずです。

 

「被告人の言っている神社は〇〇神社ですか」

「はい」

「被告人は日々通っていると言いましたね」

「はい」

「この写真は新聞日付の10月17日ですか」

「はい」

「この写真を撮った日も通ったのですか」

「はい」

「この写真を撮った後ですか?前ですか?」

「〇〇です」

「何時くらいでしたか」

「〇〇時くらいです」

「静かな空間で母の冥福を祈ったのですか」

「はい」

「この日はこの神社のお祭りの日でしたよね」

「えっ・・・」

「〇〇時だったらもうにぎやかでしたよね」

「えっと・・・」

「いま静かな空間で祈ったと答えましたよね」

「・・・」

「つまり嘘をついていたということですね」

「・・・」

「(裁判官に)私の被告人質問を終わります」

 

もちろん不確定要素はあります。

 

もし本当に神社に通っていたとしたら、

または写真の日がお祭りの日だと思い出し、

こちらの質問の意図を察して、

「お祭りの日だったので静かではなかった」

と答えたとしたら、

被告人質問は空振りになっていたでしょう。

 

しかしおそらく加害者は嘘をついていたし、

写真を見ていたらきっとこの追及はできた。

 

私自身、ピンとこなかった可能性もあります。

しかし私が神社仏閣に詳しかった偶然に加え、

近くである地域感覚と、遺族としての嗅覚は、

直観にピンとこさせていたと思います。

 

しかし検事は「そのうち見せます」

と言ったきりでそのまま結審してしまい、

加害者の嘘を暴いて立ち往生させる機会は

永遠に奪われたままになってしまいました。

 

検事も悪意はなく、忘れていたのでしょう。

しかし致命的な失点であることは事実です。

 

もう一つの穴は加害者の高校同窓会情報。

 

これも結審後に知ったのですが、

加害者は慶應志木高の同窓会幹事でした。

 

加害者名でネット検索していくと、

やがて「慶應志木会会報」が出てきます。

 

普通に高校に通い、卒業した方であれば、

誰でも容易に想像できると思いますが、

大抵は同窓会幹事=その学年のボスです。

 

検事は執行猶予判決後の言い訳の一つに、

「まともに謝罪していないことについても、
 裁判官は被告人が口下手で無口だと判断して、

 謝意はあると判断したのだろう」

ということを言っていました。

 

しかしそんな者が同窓会幹事になるはずない。

 

この事実を知ってさえいれば、

 

・加害者は高校の同窓会幹事をしている

・通常それは学年のリーダー的人物が担う

・加害者も、コミュニケーション能力や

 行動力は人並み以上であることは確実

・にも関わらず遺族への謝罪は怠っている

・よって加害者に謝意のないことは明白で

 法廷での振る舞いは執行猶予目的の

 パフォーマンスであることの証拠となる

 

という裏付けありの論証ができたはずです。

 

しかし検事はそんな事実も知らなかった。

 

もちろん、ネット検索さえしつこくすれば、

(ググってもトップには出てこない情報ゆえ)

そんな重要情報に行きつけるかもしれないと

考えもできなかった私の情弱ぶりもあります。

しかし遺族は精神的にいっぱいいっぱいです。

裁判中にネット検索の余裕なんかありません。

やはり検事なら、加害者の最低限の来歴は

ちゃんと調べておいてほしかったと考えます。

 

どちらも検事に悪意はないのはわかっています。

ただ100点には程遠い仕事しかしていなかった。

 

資料を私に見せて意見を求めてくれていれば、

加害者来歴を一通り洗ってさえくれていれば、

流れはかなり変わっていたはずです。

 

もちろん「あの」裁判官です。

 

 

 

「1名死亡は執行猶予」判例に機械的に従い、

無理やりでも執行猶予を付けていたでしょう。

 

しかし、

・謝意を示している

・うまく伝えられなくても性格上やむなし

という判決は決して書けなかったはずです。

 

 

まだ闘っている最中の遺族の方が

偶然このブログを目にしてくれたとき、

私のような後悔は決してしてほしくなくて、

踏まない轍の事例として今回も書きました。

 

最後に今回からは外れた余談になりますが、

私のブログを読んで、あいの会を知り、

小沢や弁護士とつながって実刑を勝ち取り、

今も会員になっている遺族の方がいます。

 

当時はただ毒を吐いているだけでしたが、

その話を聞いたとき、書き続けたことで、

そんな役に立てたことを嬉しく思いました。

 

最近、頑張ってこうしてアップしている

私の踏むべきでない轍の事例シリーズも

誰かの役に立てればと思って書いています。