自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

GWもあっという間に今日で終わりです。

 

娘も気が付けばもう小6。

残りの人生で家族揃って出かける機会なんて、

あと本当に数えるくらいになると思っているので、

無理に旅行計画を立てて伊豆高原に行ってきました。

 

たいしてすごいところではない伊豆高原・・・

でも安心して行ける伊豆高原。

行くまでの海岸沿いの国道135号線のドライブがまた良い。

 

東京の小学校に通っていた人の多くがそうだと思いますが、

大体小6の修学旅行で行く場所が伊豆。

 

高校や大学で仲間内やカップルでちょっと旅行に行くか、

となってまず手軽な候補に挙がるのが伊豆。

 

妻とは3回目、娘が生まれてからは2回目の伊豆高原でした。

 

1日目は午前中の娘のダンスレッスンが終わってからなので、

終わり間際の熱川バナナワニ園に行って終わり。

 

 

前回行ったのは娘が幼稚園の年中の時。

行ったあと、

「またワニさんに会いたいなー」

としきりに繰り返していたのが懐かしい。

 

今回は初めてペット同伴OKの宿に宿泊。

夫婦が2人で経営しているペンションでしたが、

まさかのワンちゃん幽霊を目撃?

 

妻と娘が温泉に行っている間、スマホを眺めていると、

視界の左隅に黒茶色のものがさっと動くことが何度も。

 

ちなみにうちの犬はそこにはいない。

 

あらためてそこを見ても何もいない。

しかしスマホを見ていると同じ場所をさっと影が動く。

 

ふと見ると壁に飾られているワンちゃんの写真があり、

動く影はその写真の子と同じ黒茶色のようにも思える。

 

チェックアウト時に宿のご主人に写真の子について聞くと、

2年前亡くなっているとのこと。

 

決して嫌な感じではなく、怖いではなく不思議な感覚。

今も宿を守っているのかなと振り返って思いました。

 

 

2日目は大室山から始めようと思っていたら、

まさかの強風でのリフト運休で、結局今回は断念。

 

予定を変えて城ケ崎海岸に行きました。

ここは今回初訪問。

波が岩に砕け散る音が迫力で、旅行に来た感じが良い。

 

 

 

そして家族に無理にお願いして来たまぼろし博覧会。

館長は有名なセーラちゃん(男性)

 

前回は娘が泣いて入り口で断念したのでリベンジ訪問。

エログロナンセンスの世界を堪能しました。

娘は「二度と来たくない」なんて言っていましたが、

(ちょうど夏日で暑くて不機嫌モードだったのもある)

こんな世界もあるという体験はきっと見識を拡げるはず。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに客層は圧倒的にカップル多し。

女性が個性的な雰囲気のカップルが目立ちました。

 

最後に川奈ステンドグラス美術館に寄って、

パイプオルガンコンサートの音色に身を浸してから、

あらためて帰途につきました。

 

家族が寝て、一人静かに峠道を運転するあの静寂も良い。

 

 

思うこと。

 

もう旅行とかの名目でもない限り、

家族で一緒に出かけることはないな~ということ。

 

しかもそれもあと何回あるか。

 

子どもの成長と人生の有限をひしひしと感じます。

 

翌日のこどもの日はもう家族それぞれ別行動。

 

多摩地域住人のGWのイベントといえば、

大國魂神社のくらやみ祭は定番の一つです。

 

今年、娘は初めて友だち同士だけで行きました。

昼過ぎに出て、帰宅は夜8時過ぎ。

危険なこともなく、楽しんできたようです。

 

ただ私も別途単独でくらやみ祭は見に行ったのですが、

毎年感じるのは、オラついたヤンキー集団と、

性的フェロモン全開の露出高めなギャルの高比率。

親としては子ども達だけは心配な場所ではあります。

 

 

 

 

こうして家族揃っては旅行などの名目がない限りなくなり、

それ以外は家族はバラバラに行動するようになって、

娘は親と離れた行動も多くなってくる・・・

当たり前ですが、やはり歳月というものの重さを感じます。

 

ただこうした家族の思い出の記憶は、

できるだけたくさん残しておきたいと思っています。

一人娘にはいとこがいません。

 

まず私が一人っ子。

 

妻には弟さんが一人いるけれども独身。

弟さんが今後、結婚して子どもを授からない限り、

娘にいとこという存在は生涯いないままとなります。

 

娘に対し、これは本当に申し訳ないと思っています。

 

そんな私も事実上のいとこはいなかった身。

 

いや、私にも生物学的な意味でのいとこはいます。

しかし以前も書いていますが今は絶縁しています。

(このことは長くなるのでまた別で書こうと思います)

 

血が繋がっても心が繋がっていなければ親族ではない。

少なくとも私はそう考えています。

 

母方関係者はその生物学的いとこ(姉弟)だけ。

これはもう見限っている。

 

しかし父方は典型的な昔の田舎の多兄弟家族なので、

その子やその孫を数えれば、血縁者はまあまあいます。

 

私はその血の縁を拾い直し、繋ぎ直そうと考えています。

 

正月に父が亡くなって、ふと思っていたことは、

このまま自分が何もしなければ、

そんな父方兄弟の子孫たち(そこには娘も含まれます)は、

互いの存在も知らず、他人として散逸していくということ。

 

その散逸の流れに抗ってみたいと思うようになりました。

 

考えている計画はこう。

 

 

 

上のブログを書いた叔父やその子どもたちに連絡し、

その子孫の緩やかなネットワーク作りを提案。

 

定期的に集まったり、そんな面倒臭いことは一切なし。

 

定期的に何かを報告するとかも一切なし。

 

ただお互いの電話番号と住所くらいは把握して、

私が率先して連絡簿くらいは作って管理していきたい。

 

またさらに子どもに子どもが生まれたなどがあれば、

そのネットワークに書き加えていきたい。

 

もちろんLINEグループくらいも作っておきたい。

 

LINEグループ名は、祖先の薩摩藩の武将にちなんで、

逆瀬川会なんて名前もいいかもしれない。

 

ただ逆瀬川会だけだとちょっと渋すぎるので、

逆瀬川会since2026なんてアレンジもいいかもしれない。

 

人に面倒臭い思いをさせることは大嫌いだけれども、

こう見えて私自身、面倒臭いことは結構好きなのです。

なんだかんだ企画大好き人間です。

 

「そういうのはちょっと」という人もきっと出るでしょう。

そんな人が出て、思い通りにならなくてもイライラしない。

 

100%は目指さない。

60%を繋げられたら大成功と考える。

 

そうすることで、娘が将来大きくなったときに、

こんな血縁者が全国にいるということを知っているだけで、

ささいなものであってもどこかで心の拠り所になると思うし、

そうした繋がりはゼロよりあったほうが絶対にいいはず。

 

それを実行しようと思っています。

 

実はこれは2月の時点で既に考えていました。

しかし気がつけば4月も下旬で、GWももう目の前・・・

 

つくづく自分の行動の遅さにうんざりしています。

とにかくGW前を期限にして前に進めようと思っています。

 

勝手に名付けて逆瀬川2.0計画!

 

父も母も人との縁の薄い人生でした。

子の私もそんな因縁を身にまとっているのかもしれない。

しかし運命や因縁に抗ってこそ人間というもの。

人との縁の薄い因縁があれば、それを叩き壊せばいいだけ。

 

そして娘に残せるものはできるだけ残したい。

この逆瀬川2.0計画もその一つとして進めていきます。

取り急ぎの簡単報告ブログです。

 

いま話題の裁判官マップに口コミ投稿しました。

 

「ひどい裁判官です」

だけだったりの根拠も示さない一言口コミも多い中、

ギリギリ感情を抑え、事実のみの記載に徹し、

我ながら有意な情報提供ではないかと自負しています。

 

 

 

 

 

しかし上の画像がアプリで表示されているもので、

ブラウザで見ようとすると404NotFound・・・

 

AIで作成されたそうですが、仕様はまだまだですね・・・

 

改行やスペースを入れられないのも痛い・・・

 

切り口は素晴らしいのにもったいない!

今後の改善を望みます。

裁判官マップというものがあり、

現在絶賛話題沸騰中(炎上中?)と知りました。

 

そして見てみました。

 

 

なるほど・・・

 

まず個人的意見を言えば、全面的に賛成です。

 

あとは他の業種の口コミサイト同様、

適正なガイドラインに沿って運営すればよい。

 

誹謗中傷や業務妨害があれば、

名誉棄損なり情報開示などで対処していけばよい。

今までの口コミサイトのノウハウそのままでいい。

 

裁判官だけ聖域化する意味などありはしない。

 

Xでもあるポストをリポストしたけれども、

自由心証主義という名の単なる主観の暴走を許して、

それをとがめる制度もルールもなかった今までが問題。

 

こうした一石を投じる動き、大好きです。

 

誰かが石を投げないと変わらないのが社会というもの。

 

裁判官も緊張感をもって仕事をされることを望みます。

 

さて、というわけで、私もヒドイ裁判官経験者。

 

加害者の誰がどう見てもわかるお芝居を謝罪と認定し、

被害者には「黙っていてください」の一言だった裁判官。

 

還暦手前で水戸家裁所長でスゴロクゴールと思いきや、

先月、東京高裁に刑事総括として中央に返り咲いていた。

 

 

こんな被害者への理解の一片もない輩が、

刑事裁判の高裁、しかも中央の東京高裁で、

「刑事総括」なる総括業務をするらしい。

 

普通にありえない。

 

こうした人事も閉鎖性のぬるま湯の結果ゆえと思う。

 

国民のためにならない、正義にもそぐわない、

そんな仕事は許されないという当たり前の文化が、

裁判官村でも醸成されていってほしいと思っています。

 

その一石としてまずは裁判官マップに期待します。

 

ただ投稿フォームがどこにもない・・・

もしかして早速挫折してしまっていないか心配です。

気がつけば娘の春休みが終わります。

 

交通遺族になった時点では想像もできなかったけど、

その後、娘を授かり、その娘ももう小6です。

来年には中学生になるなんて今も信じられません。

 

幸い娘の通う小学校ではイジメはないようですが、

それでも高学年になれば各々の特性がハッキリしてきます。

 

娘も仲の良い友人には恵まれていて、日々楽しそうで、

学校に行きたくないなんて一度も言ったことのなくて、

それは親として安心できるし、誇りに感じています。

 

しかし聞く限りクラスでも意地悪な子はとことん意地悪。

これは明らかに反社会性パーソナリティ障害だなという子も。

 

そして残念ながら娘はそういう子に優しくしてしまい、

結果としてすがられてしまうことがしばしば起きました。

 

なので学校にもクラス分けでそれなりの要望は出しました。

 

その子にもその子の人生があり、人格があり、親もいて、

もちろん全面的にその人格を否定するつもりはないけれども、

そうした他人の子のケアのために我が娘がいるわけではない。

 

 

特に小6のクラスメイトはその後の人生に大きく影響する。

中学受験をして地元を離れた自分も30前後まで影響しました。

 

果たして学校に出した要望がどこまで通るかわかりませんが、

クラスガチャがハズレとならないように祈るしかありません。

 

接していて不快な人間とは無理に接する必要はない。

自分に敬意を払わない人間にはこちらも敬意を払う必要はない。

 

大人になれば当たり前にわかることではありますが、

(いや、わからないままのお人好しもまれにいますが・・・)

小学生ではなかなかそこまで判断して動くのは難しいので、

ここは親が裏から環境を整える必要がまだまだあると感じます。

 

こんなことをストレートに書く自分はドライだとは思います。

 

「ああ、こいつはダメだ」

と悟ったら自分でもびっくりするくらいサッと冷めて、

関係整理や距離を置くことに躊躇はない人だったりします。

 

でもダメな人間はやっぱりダメ。

接して損しかない人は早めに損切りするべき。

 

娘にも、感動のない子と感動のない1年を過ごすのではなく、

良い友人に囲まれて、学びがあって、感動もあって、

そんな小学校最後の1年にしてあげたいと思っています。

全く個人的なことですが、

しなければいけない課題が山積しています。

 

そしてそれがなかなか進まない。

(タスク表は作って日々更新していますが、

 なかなか完了フラグに変えていけない・・・)

 

平日は帰ったら疲れて寝てしまうだけが続くので、

この連休はその課題群を少しは進めようと思いつつ、

連休最終日の今日も書いている時点で23時過ぎ・・・

 

やろうと思ってできたことは半分くらいでした。

 

こうして人は無為に老いて死んでいくのだと思うと、

もっと我が身に激しく鞭打たなければと痛感します。

 

連休なので一応家族のお出かけもしました。

初日はドライブがてらの少々遠出の買い物。

 

 

 

 

しかしこの日はどこも大渋滞に次ぐ大渋滞・・・

長時間ずっとハンドルを握っていたので、

次の日、手のひらがピリピリ痛くなっていました。

 

 

連休2日目の土曜日は基本ゆっくりタイムでしたが、

夕方だけ娘の入っている合唱団のレッスンがあり、

その日は私が父母会当番だったので、貼り付いて対応。

これがなんだかんだ気を使うのですよね・・・

 

 

連休最終日の日曜は、私は午前中は茅ケ崎まで墓参。

やはり父が亡くなって最初のお彼岸なので、

そうした最低限の定石は踏まなければと思いました。

 

 

ほぼ帰宅と入れ替わりで、妻と娘は友達親子と外出。

 

娘が今好きなカラフルピーチ(「からぴち」と略すらしい)

というYouTuberのファンミーティングに当選してその当日。

 

帰って来たのは21時近くでしたが楽しんできたらしい。

 

 

そんな連休でした。

 

泊まり旅行もなく、地味かもしれないけれども、

そんな地味な日常を大事にしたいと思っています。

 

今度の週末は地元の桜まつり。

娘が出演するステージプログラムもあって、

なおさら風邪や事故がないようにと慎重になっています。

 

書きたいリストが溜まり、本当は自転車報道のこととか、

遺族が遺族を差別しようとする悲しさとか、

そんなことを書きたいと思っていたのですが次回にします。

 

抽象化したりボカしたりが必要なことばかりの内容ですが、

しがらみを気にしなくてよくなると書きたいことが増える。

これも一個いっこ書き進めていこうと思っています。

ここの読者には既に周知のことになってしまいますが、

一応ここは今でも遺族ブログ(休眠予定ですが)で、

私は交通犯罪被害者遺族のはしくれとなります。

 

加害者が自転車だったという少々特殊なカテゴリーで、

そのカテゴリー内でこうして発信を続けている遺族は、

おそらく日本全国で私一人なのではないかと思います。

 

なのでその責任感もあって、ちょっと触れておきます。

 

4月から施行される自転車の新交通ルールについてです。

 

 

 

結論・・・

まあ混乱するでしょうね・・・

 

もちろん大枠は当然のことばかりだと思います。

 

イヤホンしながら運転するなとか、並走するなとか、

スマホいじるなとか、これまでの非常識な運転者に、

「それはダメだよ」

と明文化して違反を取り締まるのは歓迎すべきこと。

 

しかし問題は原則車道のルール。

 

いやいや、ほとんどの道路は無理でしょ・・・

 

少なくとも都内で大丈夫そうなところなんてわずか。

 

インフラが整備されていないのに、

机上の空論で、頭の中だけで考え出したのが丸わかり。

 

このあたり、官僚って頭が悪いんですよね・・・

紙面(PC画面)だけ見て、現実を見ていないというか。

 

安全性に何の問題もない歩道を走って捕まって、

「おかしいでしょ!」

というトラブルかあちらこちらで頻発するか。

 

それとも無理にがんばって車道を走った結果、

車にひっかけられて転倒する事故が頻発するか。

 

きっと時に痛ましい悲劇だって起きるでしょう。

 

私の疑問の核心は、この車道原則を考えた人たちは、

ひっかけ転倒事故をどこまで想定したかということ。

 

たぶんほとんど考えていない。

 

その責任をどう考えているのかなという疑問があります。

 

Xでしか書いていなかったと思うので再度触れると、

この自転車新ルールの話題を見て連想するのは、

各線の駅で懸命にPRしている

「エスカレーターの右側も歩かず止まりましょう」

の問題です。

 

結局、誰も守っていない。

 

時に仁王立ちで無理に通せんぼしている人もいますが、

見れば、明らかに頭か性格のおかしい人ばかり。

 

彼ら彼女らの目的は、ルールを守ることではなく、

歩く人に怒鳴り散らしたいだけのただのトラブル愛好者。

 

私見ですが60歳過ぎの高齢者が多い気がします。

 

駅エスカレーター問題は、机上論失敗の典型例ですが、

自転車新ルールも似た末路を辿りそうだと感じます。

 

もちろん安全性を目指すことに異論はありません。

 

だから新ルールをくさすつもりもありません。

 

今のインフラでは車道云々は無理があると思いますが、

それ以外はどんどん取り締まっていってもらいたい。

 

時にトラブルが起きたり、時に悲劇が起きたり、

そんな状況を受けてインフラも整備されていったり、

そうした紆余曲折を経てになると思いますが、

最終的には良いものになってもらえればと思っています。

私の見た限り、つまりあくまで私の偏見の範囲内ですが、 

遺族活動をする、あるいは何か自分の思いを発信する人は、 

とてもピュアな人が多い印象を持っています。 

 

これは良い意味でも、悪い意味でも、両方においてです。 

 

そんな中で私なんかは性格ねじくれ最右翼なわけですが、 

だからこそ傍から見て、もどかしく感じる場面もありました。 

 

良い意味でのピュアさはその真っ直ぐさゆえに、 

多くの応援を受け、大きなことを達成する強さになります。 

 

しかし悪い意味でのピュアさは悪人に貪られる弱さにもなる。 

 

具体的に書くのは控えますが、悪い意味でのピュアさゆえに、

企みや策略に簡単に転ばされている人も時折見てきました。

 

だから図らずも悲運に見舞われて遺族になってしまった人が、

何か発信したい、あるいは活動したいと思ったら、

世にはびこる悪意や愚かさや、そういった醜悪なものに対し、

最低限の武装はしておいてほしいと考えています。

 

そのピュアさが悪意の餌食にならないようにです。

 

少し前、SNS上で『ナニワ金融道』には社会に出ていく上で、

必要なことがたくさん書かれているから、

全ての学生は必ず読むべき参考書だという議論がありました。

 

 

私も全くもって同感です。

 

「古い漫画だけど全然古びていない」

というコメントも目にしましたが全くその通りですね。

 

同時に『闇金ウシジマくん』も役立つ参考書に挙げたい。

 

 

どちらも決して楽しく読める漫画ではありません。

胸から苦い汁が出てくるような苦しい感覚で読む作品です。

 

『ナニワ金融道』と『闇金ウシジマくん』

 

それぞれその毛色はかなり異なります。

 

『ナニワ金融道』は悪意を持って悪事を仕掛ける悪人に対し、

どうあしらうか、あるいはどう撃退するか教えてくれる作品。

(なおこの作品の最後は愛の物語に集約していきます)

 

『闇金ウシジマくん』は言葉の通じない粗暴な馬鹿に対し、

どう叩きのめすかの所作を教えてくれる作品。

 

どちらも人生に有用な作品であること論を俟ちません。

 

なお(こんな性格のためか)私は経験がないままでしたが、

「慰謝料入ったんでしょ。ちょっとは援助してよ。グヘヘ」

という輩が接近してきた話は何人かの遺族から聞いています。

そんな場面なら、元々どんなお人好しな人でも気弱な人でも、

『ナニワ金融道』と『闇金ウシジマくん』さえ読んでいえば、

「自分が何言っているのかわかってる?とっとと消えろ」

という言葉が自然に出る可能性は高められると思います。

 

ピュアさは捨てる必要はない。

ただそのピュアさを守るための強さは持ってほしい。

 

悪意を打ち負かす強さも遺族には必要と思って書きました。

 

私は人を疑う人間です。

 

 安易に人を信じて結局酷い目に遭い、

 「もう人なんて絶対信じない!」

なんて境地に陥ってしまうよりも、

 人を疑った末に自分の狭量さを思い知らされ、

 「人はまだ捨てたものじゃなかった」 

という感動を経験する人生のほうが素晴らしいと考えます。

以前書いたブログの続き、または補足です。

 

加害者の謝罪パフォーマンスを目の当たりにして、

交通遺族はハラワタの煮えくり返る思いをします。

 

しかしそんな交通遺族だって、もし加害者になれば、

執行猶予を取るために間違いなく同じことをします。

 

「自分はそんなことはしない!」

なんて言う人がいれば、それはただの偽善者か、

自分も騙してしまうくらい自分に酔っているだけか、

条件反射で否定する思考停止君のいずれかでしょう。

 

誰だって自分が一番かわいい。

 

だから謝罪パフォーマンスを行うことそれ自体、

別に異常人格なことでもなんでもなくて、

殊更に責めるのは違うのではという話を書きました。

 

 

しかし人としての最低限の行いは別です。

 

日本の司法慣習では、よほどのことがない限り、

人ひとり轢き殺したところで、執行猶予前提なので、

キャリア断絶や貧困転落の恐れはありませんし、

勤務先や家族に知られずやり過ごすことも可能です。

 

それでも過失とはいえ、人の命を奪ってしまった。

 

だからこそ、せめて遺族への謝罪を繰り返すのは、

人として最低限の行いだということは変わりません。

 

しかし例えば、遺族の電話番号を着信拒否にしたり、

命日に花を手向けるという約束を反故にしたり、

動悸がするからと意味不明な理由で謝罪を拒否などは、

はっきり「クズ」と言うべきふるまいなのは当然です。

 

最低限のことすらできない人間は最低でしかない。

 

そこは混同されては困るので、補足を書いておきます。

 

執行猶予目的の謝罪パフォーマンスなんて当然のこと。

私だって誰だって加害者になればそれくらいする。

(私なら私の事件の加害者よりはずっと上手に演じます)

 

しかし謝罪を行うこともこれまた当然のことです。

 

当たり前の謝罪すらできない加害者に対しては、

その人格欠陥ぶりは責められて当然と考えます。

本当はもっと早く書くべきだったブログですが、

書かないよりは書いたほうがいいと思って書きます。

 

2月の連休前後に父の四十九日と納骨を済ませました。

 

四十九日法要は、母の時もお願いしたお坊様。

 

最初こそは葬儀会社経由の事務的な出会いでしたが、

(別ブログでも書いたボッタクリの葬儀会社・・・)

2010年よりかれこれ17年も縁が続いたことになります。

 

既にXでもちょこちょこ書いていましたが、

ちょうど今年は母の17回忌にも当たっていました。

しかし自称仏教通だったはずの自分も頓着しておらず、

その場でお坊様に言われて初めて思い至りました。

 

「ご縁ですのでお母さまの17回忌もいたしましょう」

と全くのサービスで急遽執り行っていただき、

その心遣いのきめ細かさと温かさを痛感もしました。

 

納骨は茅ケ崎の寺院に併設の霊園で。

連休最終日の夏日でした。

 

 

 

 

納骨の法要について、事前に寺院に問い合わせると、

「うちでやらせていただくことになっています」

との話で、それぞれ全く別々に行うことになりました。

 

うちの代々宗派は浄土真宗で、墓地のある寺院は曹洞宗。

 

当時の母も父も宗教には無頓着でしたが、

そうした詳細は当時はどこもフォローがなかったため、

寺院の方も悪い方ではないのだけれども、

傍から見たらチグハグなことになっていたと思います。

(戒名に釋が付く真宗の故人の納骨法要で、

 禅宗で唱える大悲心陀羅尼が唱えられることに、

 違和感を覚える人もいるかも・・・とは思いました)

 

その後も、市役所各部署をハシゴしての手続き、

(父の障害者が課税課未登録で長期の超過課税も発覚!)

成年後見をつけていたので法務局でのその廃止手続き、

銀行での相続手続き・・・と続くことになりましたが、

父をめぐる法要関係はこの連休で一区切りとなりました。

 

なので、納骨法要後はラフな服装に着替えて、

一家で八景島シーパラダイスに行ってきました。

 

一家で揃ってどこかに出かけるということも、

よく考えれば、あと何回あるかわからないなと考えてです。

少しでも家族の時間の思い出が積み重なればと思っています。