自転車に家族を殺されるということ

自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

これはもしかしたら多くの交通遺族の反発を買うかな。

 

結論から言ってしまうとタイトルの通りです。

 

私の事故の加害者のふるまいを振り返ると、

 

・一切謝罪なし

・公判直前に弁護士に入れ智慧でバタバタ謝罪申し出

 (一方的に実家に花束を置いたり手紙も書いたりもあり)

・公判で花束を置いたり手紙も書いたりを強調

・また公判中に絶叫の謝罪パフォーマンス(台本棒読み)

・執行猶予判決を聞いて、ホーっと息を吐いて背中を丸め、

 裁判官に対して「ありがとうございます」

・民事は弁護士任せで一切対応せず

・それ以降私へのコンタクトも一切せず

 

こんな感じです。

 

行動の濃淡はあるけど、聞く限りどこの加害者もそんな感じ。

 

私も当時はめちゃくちゃ怒りました。

そして多くの遺族もめちゃくちゃ怒ります。

 

こんなんで執行猶予か?

裁判官ってバカの集まりか?

 

多くの遺族はそう感じます。

 

私は今も裁判官という人種を信頼していません。

(もっとハッキリ言えば世間知らずのバカと思っています)

 

しかしここ数年、感じているのですよね。

 

もし自分が誤って人を轢き殺してしまったら、

どんなことを考え、どんなふるまいをするだろうか。

加害者を罵る資格のあるふるまいをするだろうかと。

 

「私は人様の尊い命を奪ってしまいました!

 責任逃れをするつもりはありません!

 刑務所に入って犯した罪を償います!

 執行猶予判決なしの実刑判決を出してください!」

 

そんな主張をするだろうか。

 

まずしないと思います。

 

執行猶予を勝ち取るためにできることは全てします。

 

そしてそれは決して自分だけではないと思っています。

多くの遺族も加害者になれば同じかと。

 

人を轢いた瞬間は、相手の命や家族の悲劇よりも、

「うわー!やっちまった!」

「俺の人生どうなってしまうんだろう!」

という思いがまず脳裏をかけめぐるでしょうし、

その後の公判にあたっても、遺族に手紙を書いたり、

公判中に謝罪パフォーマンスをしたり手は尽くします。

 

そして無事に執行猶予判決を勝ち取れれば、

(よほどのへまをしない限り執行猶予は既定路線ですが)

ホッと一安心で、あとの民事は弁護士お任せでしょう。

 

もちろん私の事故の加害者はドヘタクソでした。

加害者は慶應志木高同窓会の学年リーダーでしたが、

(つまり実質的にも学年のボスだったと思われる)

そんな慶應付属校上がりとは思えないグダグダぶりでした。

 

それでも余裕の定番の執行猶予判決だったわけですが、

もっと計画的に、段階を踏んで、タスク管理表も作って、

謝罪パフォーマンスを繰り返してポイントをためておけば、

もっと余裕で執行猶予判決を迎えていただろうにと思います。

 

私だったら間違いなくもっと要領よくやります。

 

これを読んで怒る遺族がいたら、

「綺麗事を言わず、胸に手を当ててよく内省してごらん」

と言いたい。

 

本当にあなたは刑務所に入るために全力を尽くすのかと。

 

絶対そんなことは避けようと懸命になるはずです。

「自分は違う」

なんて言うのがいれば、そんなのはただの偽善者です。

 

交通遺族になったからと言って、

確かに悲劇や悪意への対処法の経験値は一気に上がりますが、

(私も人のあしらい方は遺族になって格段に上手くなった)

一足飛びに人格が高潔になって、聖人君子となるわけではない。

 

命の尊さや交通安全については一家言を持つようになりますが、

それ以外ではそんなに大きく人格が変わるわけではない。

元々ダメなところがある人はその後も大抵ダメなままですし、

「自分は遺族様だ」との選民意識から傲慢になる場合もある。

 

みんな自分が一番かわいい生身の人間です。

 

元々私は、愛する我が子を奪われた悲憤があるわけでもなく、

両親も決してあたたかい家庭を築いてくれたわけでもなく、

数年前から遺族活動に距離を置きたいと思う状況も重なって、

よけい冷静に考えてしまっているところもあると思います。

 

ただ被害者・加害者の両方を冷静に俯瞰してみてみれば、

遺族を苛立たせる加害者の行動はそんなに突飛でもないし、

自分も同じ立場だったら同じことをするだろうと思いました。

 

お行儀良くすれば執行猶予なら、誰でもそうするのが当たり前。

特段異常者のように責める話でもないと思うようになりました。

それがおかしいというなら執行猶予廃止が大前提だと思います。

私は人生の決断が遅い人間だとつくづく思います。

 

私は30代半ばで結婚し、40代半ばで娘を授かりました。

 

そしてその間の39歳で交通犯罪遺族になりました。

 

結婚も子ども授かりもどちらももっと早くできたこと。

 

特に遅くに娘を授かったことについては、

遺族活動に熱心になってしまったことがあります。

 

いや・・・

熱心になっていたからというのはごまかしがある。

あくまで遺族活動を理由にして、

子どもを持つ責任から逃げていたのではなかったか。

 

また裁判を闘ったり、メディアにも露出したことで、

浅はかな高揚感もあったのではなかったか。

そんな我が身の卑小さも感じています。

 

生殖機能だって年齢とともにどんどん落ちていく。

(あまりおおっぴらげに語られることのない話ですが、

 高齢出産の子は愚鈍な子が多いともよく聞く話です。

 『ゲーテとの対話』でもそんな話が出てきた記憶あり)

 

いま振り返ればあれは正解だったのか・・・

少なくとも「正解だった」と胸を張ることはできません。

 

きちんとあるべき年齢の段階で、

あるべき人生のライフステージを通過する。

 

こんな書き方をすると、

「人それぞれ多様な生き方があることを否定するな!」

と怒り出す人もいるかもしれません。

しかし、子どもがいないままの人生だったり、

いても遅くになって子ども成人前に定年になる人生は、

やはり寂しさや危うさと紙一重の人生だと感じています。

 

仮に30代のうちに子どもを授かっていたとしたら、

今の娘と完全に異なる別人なのか・・・

もちろん生物学的にはそうなのでしょうが、

本当のところはどこまでも謎なようにも感じています。

 

反抗期でもう一緒に行動してはくれなくなりましたが、

今の娘は唯一かけがえのない娘で、替えはありえません。

 

別のタイミングだったら別人なのだとしたら、

時間を戻せると言われても、間違いなく断っています。

 

また男の子を育てるという発想は昔も今も全くないので、

もし男の子が生まれると知ったらガッカリして、

生まれたあとの子育ても適当になっていたと思います。

(こうして文章にするとひどい人間ですね・・・)

 

人生は手に持っているカードで勝負していくしかない。

 

被害者遺族になってしまったことは他責の不可抗力ですが、

遺族活動も遅くに娘を授かろうとしたことも自分の選択。

 

今更変えられない結果の今の手持ちのカードです。

その手持ちのカードで今後の安寧を追求したいと思います。

 

ただし・・・

遺族と言われる人たちを見ていると、婚期を逃したり、

あまりにも安易に職を投げうって貧困に陥ったり、

熱心になるあまり配偶者とすれ違って離婚したり・・・

これまで何度も書いていますがやはりそんな人が多すぎます。

 

遺族活動そのものは決して否定しないし、

何かを良い方向に変えようとするのは素晴らしいことです。

 

しかし遺族活動に没頭するあまり、

「気がついたら・・・」

とならないように一遺族から書いておきたいと思いました。

時間も年齢も止まってはくれません。

 

全体を俯瞰し、自分自身の人生を毀損することのないように。

 

時間と年齢ほど、人生で残酷なものはないと思っています。

2月から会社での担当業務が少し変わったことと、

それに伴って朝も早くなったこともあって、

平日は疲れて何もできなかったのでまとめて雑感。

 

今回は簡単な日記的なブログです。

 

この前の日曜日は娘のダンスのイベントでした。

 

 

前日土曜日に37度の熱が出てヒヤヒヤし、

なんとかおさまったので安心して会場に行ったら、

(親と子は入場時点で完全に隔離される)

出番の1時間くらい前に、

「なんか気持ち悪い・・・」

と娘からLINEが・・・

夫婦でバタバタして、なんとか娘の体調も持ち直し、

本番では元気にダンスを披露できました。

 

と思ったら翌月曜に再び熱を出して学校はお休み。

 

ただ思い出を欠落させることなく乗り切り、

本人も満足できたので、良かったと思っています。

 

今年に入って、娘の習い事からみの変更もあったり、

学校での新年度でのクラス編成の要望を出したり、

3月と5月は合唱団の発表があったり、

娘からみで何かと慌ただしい日程が続きます。

(父の四十九日と納骨も今月でとにかく慌ただしい)

 

Xでも書いていたけれども、

こうして日常の思い出を積み重ねられることは、

実は本当に稀有なことで、

一つひとつを大切にしていかないとと思っています。

 

感謝の気持ちと、それを奪われないための警戒心。

その両方が必要だと感じています。

 

ちょっとスピリチュアルっぽいことを書いてしまうと、

(ちなみに真っ当は怪談好きはスピが大嫌いです。

 あの愚かさと安っぽさがどうしても我慢ならない!)

何かを警戒しているとそれが起きない気がします。

 

私の人生の限りにおいての肌感覚ですが・・・

 

運命がもうそれは学ぶ必要なしと判断して、

私の人生の試練リストから除外してくれるのか。

 

少なくとも私の人生でのこれまでの不運や不幸は、

すべて想定外の不意打ちで襲いかかられています。

 

なのでこれからも再度交通遺族にならないよう、

最大限の警戒のアンテナは張っておきたいと思います。

 

以前も書いたけど、父葬儀を依頼した地元の葬儀社は、

とても丁寧で、良心的で、信頼できるところでした。

 

しかし・・・最後の最後で、位牌作成に関して、

首をかしげるやり取りに遭遇してしまいました。

 

葬儀社そのものとしては全く問題なかったのですが、

最後にやり取りした方の言葉に一気に醒めました。

 

「位牌を依頼する時はぜひ私の携帯に連絡ください。

 直接問屋とやり取りさせてもらいますので、

 会社を通すよりかなり安くできますから」

 

しかも「内緒ね」というジェスチャー付きで。

 

※あくまでイメージ(実際はオジサマだしこんな可愛くない)

 

なんかもうね・・・

 

「うわー安くできるんですか!ありがとうございます!」

 

なんて言われると思われたのかと考えると悲しくなりました。

 

本当に安くしようとしての親切心だったのかもしれません。

しかし普通に考えれば、仮に少しは安くなったとしても、

目的はマージンの私的全取りだろうと誰でもわかる話です。

(※私がひねくれているわけではなく普通の感想ですよね?)

 

そんな情弱だと思われていたのかと思うと興ざめしました。

 

それよりもなによりも、安くなるかどうかよりも、

死者を扱うもので非正規ルートで値引きするとかしないとか、

それ自体が冒瀆だと思うので、どのみちお断り一択になります。

 

結局、位牌は誰でも知っているとある仏具店にお願いしました。

 

おそらく葬儀社ではなく、その人個人の問題なのでしょうが、

故人をめぐるやり取りでそうした話はやめてほしいですね。

 

情弱がひっかかる可能性もあるのかもしれないけれども、

それ以上に一般的な感覚の多くの人を去らせることになる。

 

葬儀社などの悲嘆や不幸に接することを仕事にする方は特に、

そんな当たり前のことはわかってほしいなと切に思います。

1月26日に父の老人ホームを完全撤収してきました。


 

とりあえず父自身の書き物とか写真とか手紙とか、

あと「愛読書かな」と思うものは取っておいて、

それ以外は不用品回収業者に撤去してもらいました。

 

回収前

 

回収後

 

なんだかんだ10年くらい住んでいた計算ですが、

私もここを訪れるのはこの日が最後になります。

 

せめてと思って職員の方にもお菓子を渡して挨拶。

 

もう時折買い出しを届けるということもなくなり、

こうして行動パターン組み合わせも変わるのだなと実感。

 

父の終の棲家はイリーゼ多摩はるひ野となりましたが、

振り返れば優しくて良い場所を選べたかなと思っています。

職員の皆さんもみな丁寧で、気持ちの良い方々でした。

 

葬儀後も、この日のこうした後始末もそうですし、

位牌、四十九日、納骨、墓誌記銘・・・と準備項目が多く、

人ひとり死ぬということの大変さもあらためて感じます。

 

ということを日記的に残しておこうと思って書きました。

タイトルのままですが、今回伝えたいことは、

「成年後見なんてやめておけ」ということです。

 

特に被害者遺族は絶対に近づいてはいけません。

 

これまでも何度か触れてきていますが、

私は民事訴訟過程で父に成年後見をつけました。

 

弁護士に提案されてのことです。

 

「母が奪われたせいで父はこんなに衰弱した」

 

という主張をするためです。

 

ハッキリ言って完全に訴訟戦術の一つでしたし、

その目的のために制度を利用したことになります。

 

そして裁判所は簡単に申請を認め、私が父の後見人になり、

見知らぬ司法書士が後見監査人になりました。

 

結局、そんな父衰弱主張は訴訟では裁判所に認められず。

ただその後いろいろ調べるとまあそんなものらしいです。

 

まず言っておきます。

訴訟戦術としての成年後見は全く無意味です。

 

その上で一番問題なのは、成年後見監査人報酬。

(別の者が後見人になれば後見人報酬)

 

そんなものがあるなんて弁護士からも裁判所からも、

一切何も聞いていませんでした。

 

民事訴訟も終わって、その司法書士から封書が届き、

「なんだろう?」

と思って開けたら、数十万円の請求書でした。

 

すぐに司法書士に電話をして、

「なんなんですかこれは!何も聞いていませんが?」

と問い詰めました。

 

しかしその司法書士はのらりくらりと、

「説明を受けていなくても支払い義務がある」

「私も最低限でほとんどボランティアでやっている」

という回答を繰り返しました。

 

結局、「成年後見って何?」という話をすれば、

半年に1回、簿記ごっこみたいな資産計算を行い、

それを司法書士が確認して裁判所に提出するというもの。

そんなことをしたくて付けたわけじゃないのですけどね。

 

ヒーヒー言って細かい作業をするのは全て私。

 

それを司法書士は推定30分それら程度の労力で、

「計算が合いません」

とか指摘するだけ。

どこがどう間違っているという具体的指摘もなし。

 

数十万円も取るなら最初から全部やれよという話です。

 

文句を言い続け、司法書士もさすがに面倒に思ったのか、

そのうち信託銀行を使った成年後見信託制度の説明をし、

それで監査人を外すことができると言ってきました。

 

既にその時点で、父は老人ホームに入っていました。

ずっと空き家だった実家売却が懸案事項にあがっており、

「実家売却完了のタイミングで私は監査人を外れましょう」

と司法書士は言ってきていました。

 

で、実家を売却し、成年後見も信託制度に移り、

また忘れた頃に元監査人となった司法書士からの封書。

 

「やれやれこれで最後か」

と思って報酬請求書を見ると、百万円近い請求額!!!

 

報酬は資産額と連動して決められるらしいです。

 

「実家売却完了のタイミングで私は監査人を外れましょう」

と言ったのは、実家売却完了までいれば、

その売却額を報酬に反映することができるからでしょう。

 

本当に「ほとんどボランティアでやっている」が事実で、

私のことを親身に考えていてくれたのだとしたら、

「実家売却までいたら報酬が高くなるのでその前に外れます」

と言っていたはず。

 

しかしその司法書士は何も言わず黙っていた。

 

自分の利益を何よりも優先していた証左です。

 

遺族が食い物にされた例がここでも発動されたことになります。

 

私の民事訴訟はその判決だけみればほぼ完全勝訴でしたが、

そんな有象無象の存在で何割か負けたと同じ結果になりました。

 

なので全国の被害者遺族に声を大にして言います。

 

「成年後見は絶対にやめておけ!」

 

出版社がちょっとアレなところで、そこは微妙ですが、

 

『成年後見制度の闇』

(長谷川学・宮内康二著、飛鳥新社刊)

 

 

を読むと、報酬の実態を知らずに家族に成年後見をつけ、

高額報酬支払いに苦しめられている人が多い状況がわかります。

 

そんな成年後見制度。

 

一昨年の2024年に国連からも廃止勧告が出されたそうです。

まあ当たり前ですね。

 

士業の食い扶持確保という以外に何の意味もないゴミ制度。

 

さらにその食い扶持供給源が困っている市井の市民。

悪夢としか言いようがありません。

 

最後に繰り返します。

 

「特に被害者遺族は絶対に成年後見に近づくな」

「民事訴訟で勝っても、結果は敗訴に近い結果になるぞ」

「遺族を養分にする界隈はあちこちにいるから警戒せよ」

 

被害者遺族が気をつけるべき教訓として書き残しておきます。

細かいことになるのかもしれませんが、

ここで沈黙して流してしまうと、後続の人に、

マイナスのバトンを渡すことになるので、

書くことでマイナスバトンを断ち切ろうと思います。

 

多摩地域の人の多くが使うことになるある斎場。

 

数年前の義父の葬儀の時も気になりましたが、

部屋によっては収骨室の様子が通路から丸見えです。

 

具体的に書くと第二収骨室というところです。

 

義父の時は歩きながら覗き込むような人がいたので、

係員に断ることなく勝手に扉を閉めさせてもらいました。

 

今回も入ってすぐ他の方の収骨が見えてドキッとしました。

 

「通路から丸見えなのはいかがなものか」

「収骨時は扉は閉めてもらっていいか」

 

と葬儀社の方に事前に伝えたのですが、

 

「コロナ感染防止で扉は閉められない」

「私も10年位やっているが扉を閉めた例はない」

 

と話されました。

 

結局、通路から丸見えのその第二収骨室ではなく、

その奥の第一収骨室での収骨となり、

また扉も閉めてくれ、最低限の尊厳は守られました。

 

おそらく配慮してくれたのでしょう。

 

ただ思うのは、もし私が何も言わなかったら・・・

 

衆人環視の収骨になっていたことと思います。

 

普通に考えて、付けるべき優先順位は、

 

故人と家族の尊厳>コロナ感染防止

 

だと思うのですが、いかがでしょうか。

 

そもそも「今更コロナかよ・・・」とも思います。

 

かかっても大半の人は一瞬高熱が出て終わり。

それを怖がっている人なんてまだいるのかとも。

 

当時はよくわからず仕方なかったのでしょうが、

私個人のコロナの振り返りは、

「医療関係者が大ハシャギだったお祭りイベント」

というものです。

 

私が以前から「コロナ自粛禍」と書いている所以です。

(禍はコロナではなく自粛風潮だったと思うため)

 

あの時の5000人の感染者を防止できたら、

困窮で1万人が自殺しても問題ないみたいな風潮は、

当時も「おかしいだろ・・・」と感じていました。

 

哲学者・批評家の東浩紀氏は、「AERA」巻頭言で、

「人間は医学的な最適解のために生きているわけではない」

「感染防止の自己目的化は慎重というよりも思考停止」

と苦言を書いていましたが、当時も今も全く同感です。

 

 

いろいろ新しい体験をさせるべき年齢だった娘にも、

公園しか連れて行けず、行動範囲を拡げられなかった。

それは今も恨みとして残っています。

 

それはさておき、今更コロナなんかを理由に、

人としての最低限の尊厳を踏みにじっている施設がある。

それも広範囲の人が使わざるをえない公共性の高い場所で。

 

しかも強く言えば簡単に配慮してもらえる程度の理由で。

 

昨日も今日も明日も、家族が何も言わなければ、

その斎場の第二収骨室では、通行人の衆人環視の下で、

好奇の目にさらされた収骨がされているのだろうなと。

 

私が先に死ねば、妻や娘がそんな嫌な思いをするだろうし、

考えたくないけれども、妻や娘が私より先に死ねば、

わざわざ言って尊厳を守るための攻防を余儀なくされる。

 

そんなおかしな悪習は断ち切ってほしいと考えたので、

その斎場にはお手紙を書くことにしました。

 

故人と家族の尊厳>コロナ感染防止

 

でしょうというごく当たり前の内容です。

クレームですらない。

 

いつかのタイミングでどこかの責任者が決めた旧態依然が、

ボタンの掛け違いで続いてしまっているだけと思います。

 

斎場の方の良識に期待したいと思っています。

父が亡くなりました。

 

1月3日午後4時過ぎでした。

 

たまたま年が明けて初めて病院に様子を見に行き、

これもたまたま来ていた医師と話していた時に、

「あれ?呼吸していないんじゃないの?」

となり、急遽死亡診断となりました。

全くの偶然で死に目に会えたことになります。

 

 

 

葬儀も昨日1月12日に無事終えました。

 

身内以外ほとんど来ることもない家族葬でしたので、

葬儀も内々でこじんまりと執り行いました。

(母の時と異なり、無理な営業のない良心的な葬儀社でした)

 

 

お坊様は母の時の方に声がけして応じてもらえました。

とてもあたたかい人柄の方で、

母の葬儀後もやり取りが続いていましたので、

どうせならそんな縁ある方にお願いしようと思いました。

 

これまで繰り返し書いてきているように、

既に長く生き過ぎた末の大往生ですし、

そもそも冷淡な親子関係で、喪失や悲嘆は全くありません。

 

勤務先の忌引きも本当は先週までだったのですが、

昨日は終日葬儀対応でなんだなんだ披露困憊してしまい、

今日は有休をいただき、このブログを書いています。

 

承認欲求に取り憑かれた配信中毒者みたいなのも嫌なので、

葬儀が終わってからまとめて書こうと思っていました。

 

これを書いている最中に久米宏氏の訃報が入ってきました。

享年が81と知り、あらためて父の長寿を実感します。

久米宏氏もそうですが、子どもの頃から見知った有名人が

こうして亡くなっていくことにも時間の流れを感じます。

 

見事なまでに悲嘆はないこともあり、

そんな私を見て、冷たいと思った人もいたかもしれません。

ただ二親とも気がつけばこの世に存在しなくなり、

命のバトンの先端に立っていることは不思議に感じます。

 

思い起こせば葬儀の時、娘はわがままを一切言うことなく、

しっかり対応していたので、そんな成長も感じた1日でした。

 

命のバトンの役割変化はすごく実感した年明けでした。

 

しばらく色々な手続きを次々にこなさないといけませんし、

(体感で進めるのは危険なのでタスク表を作成しました)

明日からの3週間ぶりの会社にもちょっと緊張しています。

 

ここも早く整理して、次にステップに移らないとですね。

年始早々、ネット上でイジメ動画の炎上が話題です。

私もXに流れてきた動画は一通り見ました。

 

 

議論の是非はあるのでしょうが、私は完全肯定派。

 

イジメがあった場合、普通に学校に申し立てても、

「事実関係を慎重に調査中」

と言われて、その「調査中」が延々続き、

その間、被害者は何も守られず、挙句の結論は、

「厳正に調査した結果、イジメ事実は確認できなかった」

 

それじゃあ直接行動論に軍配が上がるのも当然です。

 

我が子がイジメに遭ったら加害者をネットに晒せ。

炎上させろ。

燃やして現実を強制的に動かせ。

 

そうすれば学校も教育委員会も警察も迅速に動き、

イジメ被害は完全に止まる。

 

今回はそれが子を持つ親として正解であることが示され、

私も同じ立場になったら間違いなくそうすると思います。

 

子どもを持つ親なら今回の動きは拍手喝采だったのでは。

 

加害者の将来?

知らんがな。

勝手に首でも吊っとけ。

 

名誉毀損?

勝手に訴えたら?

仮に裁判所が認めても10万程度、んなのくれてやるよ。

(そもそも認める判決が出る可能性は低いと考えます)

 

公益?社会規範?さらに知らんがな。

 

というのが私の意見です。

 

お行儀よい遺族活動家なら控えるべき発言でしょうが、

私は同じ思いを裁判所とネットに持っています。

 

交通遺族がどんなにがんばっても所詮大抵は執行猶予。

執行猶予なんて紙切れだけの無意味な形式罰。

 

実際、私の加害者もホーッと息を吐いて安心しきり、

「ありがとうございます!」

と今は水戸家裁長の裁判官に言ったくらいです。

 

しかし私が粛々ネット発信を続けたことで、

今でも加害者名をググれば「カス」と予測変換が出る。

そのせいか加害者は今でも自分の名前を検索できないし、

SNSとも無縁な人生を送っている。

 

裁判所の敗北。

ネットの勝利。

 

それが私のケースでした。

 

遺族も加害者をネットに晒せ。

ただし賢く。

 

感情にまかせて加害者名を連呼なんて誰も共感しない。

また感情的な文章は他人が読めば見苦しい。

(初期のブログを読み返すと私も反省があります)

 

そうした注意を払ったうえで、

「燃やさないと動かない」

「だから燃やして現実を動かせ」

は交通遺族にとっても正義だと考えています。

昨年末、何社か見積もった上で、

父の葬儀をお願いする葬儀社を決めました。

 

自分の住んでいる自治体が提携しているところで、

口コミもいろいろ見比べた上で、

ぼったくりや不誠実対応はなさそうと判断しました。

 

葬儀社選びは、本当にブラックボックスが多すぎて、

とにかく用心深さが求められます。

 

情報弱者はすぐいいように養分にされてしまいます。

 

巷間の評判そのままなので書いていいと思いますが、

小さな葬式なるものを標榜しているところが、

費用は大きな葬式になるなどはその有名な例かと。

 

 

こんなことを書くのは母のときの反省があります。

 

結論から言えば、母の葬儀を振り返ると、

思いっきりぼったくられたものとなりました。

 

母が交通事故で亡くなったと伝えると、

私はそこまで観察する余裕はなかったのですが、

そのとき横にいた妻曰く、

「目つきがギラっと光って表情が変わり」

担当者がいろいろと提案してきました。

 

「ああっ!交通事故でお亡くなりになった方でしたら、

 盛大に見送らないといけないですよね!

 お花も棺もできるだけ盛大にしましょう!」

 

高揚した様子でそんな話をされたのは憶えています。

 

「会食も返礼品も多めに用意すべきです!」

 

と言われ、10人前後の参列者に過ぎないにも関わらず、

さらに20膳ほどの料理が余って困ったのも憶えています。

 

返礼品も、余ったお茶セットが家に山積みになり、

5年くらいかけてなんとか消費し続け、

最後は茶葉が真っ黄色に変色していたので捨てました。

(※今回の葬儀社にもこの話をしたところ、

  「余った返礼品は引き取って請求しないのが常識だ」

  とのことで見事にぼったくられたことになります)

 

振り返れば、極めて悪質な対応をされたものです。

 

そんな悲嘆に便乗するような業者の養分にならぬよう、

今回は慎重に対応したというわけです。

 

ここで教訓を書き残すとしたら、

葬儀業者の目から見て交通遺族は、

「おいしいカモ」

と見られる危険性があるということです。

(当然、今回のように良識的なところもあります)

 

もちろん全てのところがそうなんて言いませんが、

「目つきがギラっと光って表情が変わり」

という反応をする葬儀業者がいたことは事実です。

 

そして手つかずの大量の料理や山積みの返礼品に、

途方にくれたのもまぎれもない事実です。

 

特に悲嘆にくれる人が葬儀社の対応をするのは危険です。

 

あまり悲嘆にくれていない、というと語弊がありますが、

冷静に相手を観察できる人に対応はまかせて、

警戒しつつ対応すべきという教訓を書こうと思いました。