アバラバックスげんたのブログ -21ページ目

ほんで楽器と出会った話。

まあアレだ。晩書くのはムリだな、寝ちゃうな。



ということで夏のバスケの大会となり、引退となるわけです。
それまでの中学生活、毎日朝練から始まって日が暮れるまでひたすらシゴかれ続けてたので、急に時間がポッカリと空いてしまったのです。

喫茶店行ったりもしてたけどそんなに行き続けるお金はむろん無く、プラプラしてました。


バスケの練習も何度か見に行ったけど、あんまりそうゆうの好きじゃなかったのね。
だってもう引退したし、後輩も気ぃ使うでしょ。
私が1~2年の時もエラそうにできるからってしょっちゅう来てた先輩とかいたもんね。


なのでプラナリアのようにそれはもう毎日プラプラしてた訳ですけども、ある時同じくバスケ部員のやつと帰っててね、そいつが言うのよ。
「げんた、おもろいビデオあるからちょっと家寄っていくか?」って。



ぬお!エロか!?エロいやつか!?今すぐ見せろ!と思いましたが、
「う、う~ん。まあヒマやしどっちでもええで~」とか言いながらおじゃましました。


さてどんなエロいのだ、と思って待っていると何だか思ったのと全然違うビデオっぽいです。
ガラの悪そうなオニイサン達が映っています。



「何これ、なんか暴走族とかの実録もの?」と聞くと、
「やっぱりげんた知らんか。これな、ボウイっていうねん。めっちゃカッコいいで」

「え?これバンドなん!?」



というのも私、今の今まで体力バカだったので、音楽といったらベストテンか夜のヒットスタジオくらいしか知らなかったのです。
つまりトシちゃんとマッチ、あとたまによっちゃんが私の中での「音楽」だったのであります。



何だこれは!めちゃめちゃカッコいいじゃないか!と思いました。
腹筋背筋ばっかやってて、こんなカッコいいものを知らずに生きてきたのか、と思いました。



つまりドキューーーンッ!となったのです。



その日以来毎日そいつの家でボウイのビデオを観まくりました。そいつのおばあちゃんが作ってくれるジャガイモの蒸かしたんとか食べさせてもらいながら毎日観ました。




一ヶ月ぐらい観続けて、楽器始めようと思いました。

始めるのはいいが、さて何をやろう。
まったく知識がありません。だって音楽のバックボーンがトシちゃんなんですもの。



とりあえずドラムは家に置くのはムリだ。そうなるとホテイさんのギターかマツイさんのギターのどっちかだな。


どっちもギターだと思っていたのです。



しばらくしてマツイさんが持ってるのはベースだと知り、マツイさんが好きだった私はベースをやろうと思いました。
それによく見ると弦が少なかったのでベースのほうが楽でいいんじゃないか、って思ったのもありますね~。基本楽したがりなので、まあ当然のチョイスですな。



もうひとつベースに決めよう!と思うことがあったんですが、当時確かシャープだったと思うんですが、「ツインカセット」みたいな名前のラジカセ(懐かしいヒビキ)が出たんです。
こう、カセットを2コ一緒に入れられてどっちからも再生できるぜ!みたいなんがウリのやつやったと思います。


それに使われてた音楽がとってもカッコよくってね、友達に聞いたら「あれベースの音やで」って教えてくれたんです。

それでもう「ベースに決ーめたっ!」って思いました。



決めたのでバイト行くことにしました。

その前にどんなベースを買おうか。
本屋さんで立ち読みしまくって探しました。確か「バンドやろうぜ」とか「ロッキンエフ」とかそんなんちゃうかったかな~。



探して探してついに欲しいベース決定!


フェンダージャパンのベースです。
PJでしたが当然その時そんな知識はありません。


やっぱコレがカッチョえーな、と。









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実際にはこのタイプのもうちょっと青味がかったやつでした。



65000円。
とにかく大金だ、くらいしか分かりません。バスケ終わって買い食いしてたタコ焼きが8個200円だったし、1000円以上持ったことありませんでした。


ということでしばらく学校は短期留学ということで休学しまして左官屋さんのバイトに行きました。






貯めましたぜ65000円。
あとは買うだけです。


どこに売ってるかはもう知っている。
日曜日の度に電車乗って見に行ってたのだ。



そう、そこは大阪は梅田、かっぱ横丁の高架下にある、ナカイ楽器です。

ついにゲットだこのやろー!!



店員さんに
「おお!やっと貯まったんやね、おめでとう!」と言われました。

「これからラフィンとかするの?それかパーソンズとか?」
とも言われましたが、あたくしボウイ以外は全く分かりません。


「は、はいそんな感じです。」とか何とかごまかしちゃいました。




「これから頑張ってね」と言って、ケーブルを1本くれました。うれしかったなあ。





このナカイ楽器から、私のベース人生は始まったのでした。








楽器と出会うまでの話。

という事でバスケとボクシングとやりつつ中学校の3年生になりました。

6番のユニフォームもらった時は嬉しかったね~。
ん?副キャプテンやのに6番?って感じでしょ。


普通バスケってのはキャプテンから4番5番~って着ていくのね。
んでうちのバスケ部は毎年ユニフォーム作らずに代々先輩から譲り受けるシステムだったんすよ。
なんこか上の副キャプが無くしやがったんすよ。で6番。

それでも嬉しかったですね~、シバかれても辛抱してた甲斐あったってもんですわ。



ちょろっと手前ミソですが私らの代のキャプテン、私、ほんで転校していったノッポのやつの3人は2年生からレギュラーだったんですよ。
それだけにいろいろありましてね。

他の中学と練習試合とかすると、やっぱりイカツい中学あるわけですよ。
でプレイの最中どうしても足がついていかんので多少ラフになってしまうんです。肩に手置いてしまったりして。

そしたらすかさず
「おう、お前顔覚えたからな」
とか言われるんです。

「おう、お前の住所調べてイテもたるからな」
とか言われるんです。

もうね、足止まるんス。


そんな思いがこみ上げてきてね、ユニフォームもらった時は嬉しかったですね~。




と、こっから楽器の話しまでいこうと思ったけどムリ!



なぜボクシングを始めたのかという話し。

異常に夜に弱い私、昨日はギブアップしてしまった。




なぜボクシングを始めたか、という話しであるが殴られるのがヤだから、と昨日書きました。
ん?チンプンカンプンですよね。




当時私はバスケット部の副キャプテンだったんですね。
「副キャプテン」だなんて名前はいいけど、要するにミセシメ係だった訳です。

先生もキャプテンはどつけないでしょ、キャプテンの威厳が下がっちゃう。
で副キャプテンの私をシバく事でバスケ部をピリっとさせてたんですね。


こう、ペペロンチーノを作るときにトンガラシをシバいて潰して入れてピリッとさせるでしょ?あのトンガラシですわ私。


なので週の半分くらいは先生にシバかれるでしょ、学校終わったら終わったでよその生徒シバいたりシバかれたりするでしょ。


もうイヤだ!と。もうカンベンしてくれ!と。



先生にシバかれるのは仕方ない、イヤなら部活やめたらいい。
けどよその生徒にシバかれるのはもうイヤだ。だって痛いんだもん。


という事でボクシングを習いに行こうと思ったのです。
行くことでいわゆるハク付けになるんじゃなかろうか、という我ながら卑怯な手段であります。


しばらくは良かったんです。作戦成功でした。
見よう見まねのシャドーなんかしてね、そしたらたいがいケンカにならずに済みました。

コレはいけるな。頭いいな俺。そう思いましたね。



しかし安息の日々も長くは続かなかったのです。






「お~お前か中村いうんは。なんやボクシングやってるそうやのぉ」

振り返るととんでもない人が立っていました。

スゴいトサカです。まっキンキンです。
眉毛ないです。
ずーっとツバ垂らしてます。



「え、えっと~それたぶんボクちゃいます」

「うそこけボケが、お前にやられたいうとんのじゃワシとこのが」

「ぼ、ボク何もしてないです」

「お前いつまでしらばっくれとんねん!シバくぞ」




もうこのクダリで勝敗は決しています。
戦意喪失した私、ズッタボロにやられてしまったのであります。

おかげでその本屋のとこにもしばらく近づけなくなりました。




ジムには電車で通ってたんですが、駅降りたところがまた悪い高校でね~。

ずっと目ぇ伏せて電車乗ってたんですが、たまに目が合うと
「ボク~こんなところで何してんの~?まあ降りてニイちゃん達とお話しよか~」とかね、もうヤラれ放題でした。

ズルっこい事考えた報いであります。




ほんでもやり出すと楽しくてね~、バスケ引退して楽器に出会うまでは通ってましたね。










そしてなぜボクシングを始めたか。

前回のブログでバスケット始めた事までは書いた。
ここからなんでバスケと平行してボクシングジムに通うようになったのか書いていきたい。

逆説的に言うと、殴られるのがヤだったのだ。


というのも、当時はなんかいろいろ中学と中学でなんかあったりなかったりした時代だったのです。
で、私その当時2番目の人だったのです。今となってはあまりにカッコ悪い表現なので「2番目の人」って事にします。

「おい2番目の人、今日どこそこチューとやらなアカンから来てくれへんかな」
「は~いよろこんで~」

「おい2番目の人、前揉めたどこそこチューと話するから来てくれんかな」
「はい、どこそこチューいーがー」

「おい2番目の人、あそこの極悪チューの人が顔出せって言うてるで」
「はい、いやです」

みたいな事があったりなかったりしてたんです。



あかん10時まわった。
明日書きます。


なぜボクシングに興味があったか、って話し。

小学校の4年生からバスケットを始めた。
私はちっちゃい頃からマンガが好きだったのでその影響である。

でも当時スラムダンクのような熱血バスケットマンガはなかった。
というかバスケットマンガなんてほぼなかった。

唯一あったバスケマンガ。
これだ。













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ダッシュ勝平である。

勝平はあかねちゃんの純白パンツを見ると野生のカンが研ぎすまされるのだが、「カンって何だ?」ってことでスカートめくりもよくした。


勝平の必殺技、アカネシュートも成功させるために友達といろいろ研究したものだ。

説明しよう!アカネシュートとは。
ダボダボのユニフォームを落下傘代わりにして上からふわふわと降りてきてダンクシュートする殺人技だ。



途中から勝平は卓球になったのでそれから卓球もかじった。

お年玉でラバーも買った。キュキュッてなるスプレーも買った。
シェイクは無理だったのでペンばっかりだったけども。

筋肉スマッシュをモノにするために特訓したものだ。

説明しよう!筋肉スマッシュとは。
勝平のライバルのねーちゃんが使う必殺技で、余りの筋力でスマッシュした玉が台に当たった瞬間粉々になるという、ビスケット・オリバみたいな技だ。

説明しよう!ビスケット・オリバとは。
「グラップラー刃牙」に出てくる筋肉バカだ。




勝平入りで始めたバスケットだが、中3の時は大阪3位になったりもしたのでまあよかったんじゃないかと思う。
スカートめくりで鍛えたスナップが効いたんじゃないかと思う。




でなぜボクシング、という話しなのだが長くなったので次書くことにする。