前にざっくりとした概要を書いたが、もう少し詳しく書いてみる。
1920年代後半、ウィーン留学から帰国した善岡敦志は引っ越し作業に難航していた。アダムスキー型UFOのような黒い山高帽に黒マントという身なりから周囲は畏怖し、手伝ってくれなかったのだ。しかし、巨大な瞳と亜麻色の髪を携えたミューズと名乗る女性の助けを得て無事に完了する。その後、彼女と共に街の居酒屋に赴くが、そこで大戦特需以後の不況や昭和金融恐慌などによる暗い社会情勢・政治不信を周囲の会話やミューズから聞かされ、さらに農村から身売りされた少女が売春の客引きをしている光景を目撃することで故郷である日本のありさまに幻滅する。その中で少しでも希望を見出そうと、小説『シャングリラ帝国の大空』を執筆することを決意する。その帰り道、泥酔した二人を異形の宇宙人が襲う。善岡は殴り合いをするが、到底かなわず止めを刺されそうになるが、その一歩手前でミューズの不思議な力によって宇宙人は退散し助かる。
晴れて『シャングリラ帝国の大空』を刊行した善岡はお祝いにと再びミューズと居酒屋に行くために街へ赴くも、そこは閑散としており何もない。そればかりか空の色が赤くなり世界が滅ぶ不安にかられるもその予感は的中する。前に襲撃してきた宇宙人が再び姿を現す。彼は雲母星人とミューズから呼ばれる存在であり、故郷が超新星爆発で滅びた為に地球へと移住することを計画していた。超新星爆発に伴うガンマ線バーストの影響で人類が消滅した死の土地になることを予測し、人類を地下世界に眠らせて送り込む計画を立てていた。善岡を含む全人類を成すすべなく地下へと送り込まれて眠らされた。
眠りについた人類は皆、思い思いの願望を叶えた夢を見させられており、善岡はこの作品(世界)の作者(生みの親)である吉岡篤司に第四の壁を突破して会いに来るという願いを叶えた。吉岡は映画監督である実相寺昭雄の世界感に影響を受けた作品展開をしたが、進捗が芳しくなく苦悩していた。しかし、善岡が励ましたことにより再び筆を取り書き始める。それにより、彼は世界を再稼働させ、夢からの脱出に成功する。そこではミューズが待っていた。
雲母星人がどのみち死ぬ運命の地球人を生かしたのは、脳から分泌される幸福ホルモンを大量に吸収することにあり、地下世界に住む昆虫の超個体的な集合精神を利用して古の主である人間にとって代わり、来たる終局の後に地球を再生させる単一生命体を作り出す為に必要だからだと彼女は説明した。二人の予期せぬ登場により雲母星人は幸福ホルモンの吸収が完全でないまま蟲(単一生命化した地底昆虫)を出動させ、二人の抹殺を命じる。しかし、蟲は内部崩壊を起こし、そのまま二人の誘導に乗ってマグマへと投身して果てた。
地獄への入り口とされるチベットの聖地の火山で地球の終了を見ようと構えた雲母星人の前に二人がUFOに乗って現れる。どのみち何もできることはないと言う彼だが、善岡はミューズと心をシンクロさせることで、ガンマ線バーストから地球を防ぐバリアを構築する。雲母星人は自身の目論見が失敗に終わったことを認め、二人に自身の敗北を宣言し肉なり焼くなり隙にしろと言う。ミューズは雲母星人の遺伝子を改変し、人間と等しい存在へと変えた。人間となった雲母は去り際、善岡にミューズの正体を問われ答える。彼女は人類の祖先(猿に自身の遺伝子と知恵を与えた存在)であるネオン星人の末裔であることと、彼女と愛し合うことは近親相姦と同等の為に禁忌とされており、地球を救うために彼女と両片想いという形で心を一つにした善岡は代償として一生愛を放棄する精神体質になったこと。そして、人類は地底世界での夢を忘れ再び地上に戻っても快楽は残っており現実の悪夢とそのギャップと向き合わねばならず、故に争いや環境破壊が今後加速することを述べた。その上で、自身の計画を使用する際に使った聖剣を彼に託し、元あった六甲山の神社に戻してやがて生まれる善岡の遺伝子上の子孫が再びそれを手に取って地球を救うことに期待しろと言って西方世界へと向かって行った。
深い山の中、善岡は東へ東へと道なき道を歩いていた。ミューズはUFOで日本まで送ろうかと提案するが、ミューズが雲母同様に人間の分泌する幸福ホルモンを吸収して生き永らえる存在であることと下心を見抜き提案を拒否する。敗北を認める彼女に対し「負けは負けと認めなければ負けでない」と諭すが、魯迅の阿Q正伝の精神勝利法との類似点を指摘される。だが、彼はそれを肯定的に捉え聖剣で林を切り拓く。帰りに魯迅に会おうと思いながら。
六甲山に剣を納め、一連の記憶を消去された善岡はふらふらとBARに入っていく。そこではミューズがカウンターレディとして立っており、善岡は「自分以外は全てNPCで自分ひいてはこの世界は何者かに操られている」という感覚に苛まされるが、酒を飲むとそんなことはどうでもいいこととなった。しかし、彼は凄まじい勢いで酒を飲み続け、周囲からアルコール依存症ではないかと指摘されるが必死で否定する。そんな彼を見かねてミューズは彼に飲む理由を問うと彼は「思い出したいことがあるからだ」と答える。それを見たミューズは妖しい笑みを浮かべ、彼にコニャック(ヘネシー)を一杯差し出す。
その後、1940年頃、作家となった善岡はミューズがいるBARで独り酒を吞んでいた。明らかに米国・英国との戦争が近づく中、彼は厭世的になっていた。そんな彼は、店に置かれた蓄音機の円盤状レコードが回転する様を見て突如として地球平面説を思い浮かべる。そして、新たな小説『我が偉大なる惑星』のインスピレーションを得た。第二次世界大戦への突入を余儀なくされた日本は最後の悪あがきとして「大戦に乗じて透明人間が地球を侵略して革命を起こそうとしている」というデマを流す。それにより戦争は中断するが、人類は疑心暗鬼に陥り何が本当で何が嘘か分からない状況の中で右往左往するうちに、いつしか地球は平面であるという嘘を信じ込みそれが現実のものとなった時、巨大なUFOと化した地球はひっくり返り、人類は宇宙の奈落の中に落ちていく。という皮肉めいた内容であった。
『我が偉大なる惑星』は大衆から人気を得たが日本文学報国会や学壇から凄まじい批判を受け、善岡は治安維持法で逮捕された。拷問を伴う取り調べなど辛い体験をするも一時釈放される。荒んだ生活を送る彼を心配してミューズは彼を尋ねると、戦争終結後に世界は紆余曲折を得ながらも一体化し、それに伴って人類の集合意識を発展させることで最終的には単一生命となり、世界と人類は合体すると話した。何故その考えに至ったかと問うミューズに対して、彼は自身がウィーンに行った際に大陸哲学を専攻し『死と生の形而上学についての研究―存在と非存在についての反宇宙的二元論関係―』という論文で博士号を取得したがグノーシス主義的な思想は神道を根本とする日本では風土的に自身が受け入れられなかったことから大衆小説家になったこと、そしてナチス台頭に伴うユダヤ人差別やアンシュルスを目の当たりにして、さらに尊敬していたハイデガーやフルトヹングラーがナチスに傾倒していったことから全てに幻滅したことを話した。
裁判が訪れるも、善岡は長年の飲酒から肝硬変とウェルニッケ脳症を患っていたことにより支離滅裂な陳述を繰り返し無罪判決となる。しかし、医療施設への入院を余儀なくされた。
日本は敗戦した。善岡は40歳になった。しかし、GHQによる政治犯釈放の対象とはならず療養生活を続けていた。そんな彼に何年かぶりの見舞客が訪れる。それはミューズだった。久々の再会に喜ぶも善岡は自身の余命があと僅かであることを告げる。ミューズの涙を拭きとった善岡はそこに「どこまでが自分でどこまでが他人か分からないようなミックスジュースのように溶け合った自我」の存在を感じ取り、ミューズの正体は宇宙人であることを見抜いた。その夜、彼女は彼の自我を自身に吸収しようとするも、彼はそれを拒否し窓から飛び降りた。彼の手に握られた遺書には「ミューズへ、俺はファンを大切にする」と書かれていた。
時は流れ、現代、文芸サークルに所属する大学生の男子が小説のアイデアが思い浮かばず苦悩していた。彼はヨシオカアツシと名乗っていた。そのペンネームのモデルは昭和時代の文豪である善岡敦志からだった。彼の小説・身なりは善岡から強い影響を受けており彼そのものと言っても過言ではないほどだったがその善岡チックな作品は読者から意味不明との評判で、また孤独をかっこいいと思い込む性格から周囲との人間関係が極めて希薄であった。
そんな彼の前に一人のファンが現れる。亜麻色の髪と大きな瞳を携えた女性だったが、ヨシオカはファンなどいらないと突き放す。それでも、自身を見捨てない彼女をヨシオカは人類を滅ぼす宇宙人だと妄想し恐怖を抱く。そして、彼女と喧嘩をするにあたり特殊能力を使われて殺されそうになるが、機転で近くの花火大会会場を大爆発させることで二人同時に空高く舞い飛ばされる。お花畑となった空で二人は互いの自分らしさに関して議論する。しかし、そんな時間も虚しく、二人は地面へと落下していく。最期にヨシオカは自身の願いを叶える夢を見た。
とあるBARでヨシオカは文芸サークルの仲間と保証人の準教授(SF小説家・物理学者)が主催するパーティーへと参加したが、輪に入れずカウンターで独り酒を呑む。カウンターを隔てた向こう側には善岡敦志がいる。彼はヨシオカに「自分らしさは誰かを真似ることではなく自身で見つけるものだ」と説き、彼に好物のコニャック、ヘネシーとその酒造メイカーの主であるロスチャイルド家の名を冠した高級シャンパーニュを奢る。偽物としてのヨシオカアツシは、本物である善岡敦志を超えようと決意すると周囲は一斉に祝福した。それを見て善岡はどこか安堵の表情を浮かべていた。
しかし、それらは全て女性の計画の一環だった。女性の正体は宇宙人で、この地球を陰から支配する存在であり、そして人間の祖先たるネオン星人の遺伝子発現が濃い者を見つけ拉致してその自我を吸収することで生き永らえていた。ネオン星人は無意味な争いの果てに一切の格差・争いをなくす方法として自我をミックスジュースのように溶け合うことで単一集合精神体になり、その果てに自らの複製である人形に憑依した。それが目覚めたヨシオカの眼前の女性であった。人間を不完全な存在と考え、敢えて滅亡というゴールポストをずらし続けることが自身にできることだと語る彼女であったが、その時人類の裏切りを受ける。かつて善岡が書いた『我が偉大なる惑星』のように宇宙人という仮想敵を作り出し、人類を平和裏に統一しようとする試みであった。これ以上の人類への関与を諦めた彼女はヨシオカの吸収を諦め、異次元宇宙へと旅立つことに決めた。そして、去り際、善岡と彼を重ね合わせたが、所詮偽物に過ぎないことを理解し本物へと昇華させる為に一連の茶番劇を行いその上でかつて失敗した善岡の吸収を果たそうと考えていたことを話した。
しかし、ヨシオカは彼女に指摘する。善岡敦志の自我を溶かすにはミューズの気の迷いがあり、それによってミューズという人格が消滅し善岡に乗っ取られる可能性があったこと。すなわちミューズの死であるが、彼女は死をもろともせず善岡を助けようとしたが、「ファンを大切にする」善岡はそれを受け入れることは出来ず、死を選んだのではないかと。さらに、小説という偽物の世界を創りだしその全てを操れる神である小説家としての彼は、現実の世界で神になることで世界の維持を崩壊させることを危惧していたのではないかと投げかけた。
ヨシオカは海に落ち、ミューズは山高帽のような形のUFOに乗って去って行った。ヨシオカはトレードマークの帽子を失ったが特に残念でもないようだった。
その後、彼は自身の独特の世界観を持った大衆小説を書いて新人賞を獲得する。また、それと合わせて他人の存在を許容する正確に変化したために今まで孤立していた文芸サークル内でも輪に入って行った。また、今まで避けていた文芸サークルの保証人である准教授の授業を受講する。彼はアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』における人類の強制進化や『新世紀ヱヴァンゲリヲン』の人類補完計画を実行しようとするとの思想を持っておりまさしくミューズを作り出そうとしていたのだ。それによりヨシオカは彼と相容れないと感じた。
その後、ヨシオカはできちゃった婚をして子供を授かり、それを機に小説家として生きていくことになった。そして、40代になり子どもも大きくなり妻とも離婚したある日、かつての文芸サークルの仲間と同窓会をしていた。そこでミューズとプロフェッサーが関わりを持っていたこと、そしてミューズが去って以降プロフェッサーは自身を雲母星人という宇宙人の子孫だと思い込み思想を先鋭化させていることを耳にする。そんな折、ふと窓の外を見ると、亜麻色の髪と大きな瞳を携えた巨大な女性が佇んでいるのを目撃する。ヨシオカは人類の終わりに直面して怖気づき逃げ回るが、どこを見渡してもその女性ばかりであった。かつて自身を吸収しようとしたミューズと同じ姿をしていたそれだが直感的にミューズとは異なる偽物であると見抜く。しかし、為すすべなく彼の自我は彼女に吸収されてしまう。その間際、悪あがきに下品な悪態をついたが奇しくもそれが遺言となった。
2045年のある日、自尊心が低く、自己肯定感が皆無の少女である淳詩は学校からの帰り際にペルソナという中世的な美少年とすれ違い憧れを抱く。その後、父であるヨシオカアツシとの外食へと足を運んだ。
ヨシオカアツシは淳詩に彼氏を作るようにと口うるさく言い、また彼女が小説家になりたいという旨を示唆した際にそれは止めた方がいいと忠告した。彼女はそうした父の言動に呆れるも好きになることはできないが嫌いになることはできないと考え、また会おうと言って別れた。その帰り道に、ペルソナと再び会い会話をする。ペルソナは善岡が書いた『我が偉大なる惑星』を読んでおり、地球人である人間も宇宙に住む住人の一種であると語る。そして、会話が進む中で彼は淳詩にしかできないという頼みを話してきた。
淳詩は大学でとあるSF小説家の教授にペルソナと共に会う。彼は六甲山の神社にある磐座に封印されたご神体である剣を彼女に取って来るようにと命令する。最初は断ろうとする淳詩であったが断り切れず神社に赴く。磐座は3.5次元の存在であり淳詩が自身を精神体とすることによって侵入し剣を現実に引き戻した。それを見たペルソナは淳詩を褒める。
大学に戻って剣を教授に差し出そうとする彼女だったが、教授が人ならざる存在であることを感じ取り、思わず剣を手にしたまま遁走する。そして、とある部屋で彼が作り出しているAIのマザーコンピューターと対面する。そこへやってきた教授は彼女の父、ヨシオカアツシと自身が偉大なる文豪・善岡敦志から影響を受けたいわば兄弟であると言う。剣とAIを駆使して善岡敦志が気付いた世界と全人類の一元化を実行しようとしていた。それは、かつて地球人を破滅から防ぎ続けていたミューズの存在を失ったがもう限度が来てしまい、滅びを避けられず最終手段であると語る。そして、彼は自身が雲母星人の子孫であると語り、5次元にいるミューズに会いに行くと語った。しかし、人類はミューズが与える知恵が全てモンキーモデルであることを見抜き世界のお邪魔虫であると考え、ヨシオカアツシを利用して追放する計画を立てたとし、その責任者であった教授は罪悪感を持っており、彼女への贖罪を行おうとしていた。
ペルソナに問い詰めるも、彼は自身がミューズの劣化コピーであるクローンだと言い、教授の言いなりの存在であると言う。咄嗟に彼女が剣を振り回すと待っていたとばかりに彼は切り殺され、その瞬間に教授は五次元世界に飛び立った。そして、その影響で発生したハイパーネオン張力は世界を破滅させるほどの力を放ち、ペルソナの人格とAIが合体し技術的特異点が発生する。
全人類を超える存在となったペルソナは計画を実行しようとするが、そこに精神体となった淳詩が現れ彼は一度立ち止まって話し合いをすることになる。いつぞやヨシオカアツシと淳詩が食事をしたレストランと思しき場所に二人は赴いた。そこで二人は自身の劣等感や世界に対する疑問を考え、神々の意志とのアクセスができる境地に達した。そこには善岡敦志とミューズがいた。善岡はミューズから淳志が自身の生物学上の子孫であることを気化され「自分はファンを大切にする」と言い放ち、その場の食事は自分のおごりだと説得する。ペルソナはミューズを母と呼び、教授を父と呼んだ。二人は息子であるペルソナに地球の命運の選択権を与えた。
ペルソナは考え込んだ時、淳詩はヨシオカアツシの意志と接触した。彼は自身がボトルキープしているコニャックの瓶を淳詩に与え、善岡・教授・ミューズと共にその場を後にした。コニャックを飲み干した二人は世界が終わらないことを確信して、二人手を繋いで店を出る。
その頃、現実世界では人々の喚起と死への慄きの叫びが鳴り響き、世界と一体化したペルソナは淳詩との融合により女性の姿となりかつてのミューズと等しい存在へと昇華した。