外付けのHDDケースを複数使っていて、ミラーのRAIDも組んでいるので、パソコンとのつなぎ方はいつも苦労してます。

PCI Express 対応のeSATAカードが欲しいのですが、安いものだと2ポート、しかも×16とか×2、というスロットに刺さらないとダメなので、HDDケースが3台以上になると苦労します。

一番いいのは×1のスロットで使えることなのですが、そうすると2ポートでしかも世代が古い3Gbpsにしか対応しない。

4ポート付きで6Gbpsを追求しようと思うと、PCのグラボ以外に×16のスロットに空きがあるようなマシンが必要。

しかも調べてみると、むかしよくMac用のカードを出していたSonnetというメーカー、ポートマルチプライヤは、よりによってWindowsのみ対応とかいう鬼畜なことを言ってます。Macならデンノーというメーカー一択になるわけですね。

今のメインマシンはWindowsだからSonnetでもいいですが、値段はデンノーの方が少し安い。悩みます。
男声合唱を学生の頃にやっていて、日本語の歌がなんかすごく演歌っぽく感じて苦手だった。言葉に流された感情で歌うのが好きじゃなかったというか。

いま、久しぶりにいくつか歌ってみて、ちょっと違ったアプローチが可能なんじゃないか、と思って少し面白くなっている。
ずっと前から気になっていて、でも前を通る時は常に閉まっていたハンバーガー屋さん。ちょっとこだわりがありそうで、値段もちょっと張る。

会社からの最新帰宅ルートは溜池山王から四谷見附経由になったので、たまには食べてみる。

千駄ヶ谷のOne's Diner というアメリカンバーガーの店がなくなって、新宿通りのバーガーステーションがなくなって以来、久々の本格的なバーガー。

なんと手で包むための紙がうやうやしく出てきた!

じゃあと思って盛大にかぶりついたら、思いのほか肉汁が多くて、テーブルにこぼしてしまった。素人くさい失敗!その後もかぶりつくには攻め方に迷う大きさ。素直にナイフとフォークで食べるべきだったかも知れない。

でもお味はさすが。少し焼いたバンズも柔らかく歯ごたえがあり、肉もさすが。

付け合わせはポテトのほか、ピクルスかサラダが選べたのだけど、今回はサラダにしてみた。

ファストフードではなく、本気で食事をする気の時にはいい店だと思う。

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フルトヴェングラーの1950年の「指環」をMembran版で聞いているけど、明らかに編集がわかる箇所がある。ホールエコーもだいぶ変わる。これは、テイク違いで出来のいいものを使ったら収録条件が変わってしまったのだろうか。収録日も複数あるようだから、別日のものも使っているのかも知れない。

まあ、テイクが変わったからといって、演奏の質が落ちるわけではないから、見過ごせない演奏上の疵を差し替えたのかも知れない。
エリート外科医の犯罪、という意味ではちょっとコロンボ的な物語です。なんか主人公のフィンヌルが、最近よく目にするエリック・バナに見えてしまって仕方がなかったのですが、アイスランドという珍しいロケーションで、空間の見せ方が独特な映画でした。

ラストの犯罪の証明をするのは警察でなくて実の娘、というのがなんとも皮肉ですがトリックとしては気が利いていました。まあ、聞かれもしないのに警察に彼氏の親元の話とかべらべらしゃべった時点で勇み足なわけで、そうとう墓穴掘っていますが。あと、警察から靴を見せられて所有を否定した時には、かなり奥さんにも疑われてますね。

ただ、それ以外のストーリーに関しては、ちょっといただけない。
まず、娘のアンナもその彼氏のオッターも、そのクズぶりがひどすぎて、同情する気にならない。さらにこの娘を放置してきた主人公のフィンヌルのダメ親ぶりにイライラする。だからオッターが薬の売人だろうがなんだろうが同情しないし、とっとと警察通報して終わりにしろよ、という気になります。

あと、フィンヌルは医者の知識をもってして、いったい何をしようとしていたのか?たしかにトライアスロンにチャレンジするような体力で、緻密なアリバイを作って、警察はその点は崩せなかった。しかし、殺して始末するならとっとと殺しちゃえばいいじゃないですか。銃で撃って、でも治療して、殴り倒して、でも病院に担ぎ込む?それが人の命を粗末にはしないという、医者としての本能だと言いたいのでしょうか。それでも結局フィンヌルは救おうとした命を救い損ねることになるわけです。

たぶん、原題のThe Oathというのは、その医師として生命を尊重する、という「誓い」なわけで、それを「殺意の誓約」と訳してしまうと根本的に間違ったことになってしまうとは思います。

オッターはオッターで、病院で自分を蘇生しているのがフィンヌルだと気づいた時点で、こいつだけには救われてやるものか、という意地をもって、逝ったようにも見えました。

気になるのは、麻薬組織で、オッターのブツの決着、あのままオットーが失踪したままだとしても、そのままみんなが忘れてくれたとも思えません。警察もなぜ麻薬問題にきちんと対処しないのでしょう。それが、アイスランド社会の病理なんでしょうか。

最終的には、これは殺人罪なのか、あるいは過失致死なのか、正当防衛なのか。計画性があるようで、実は非常にアマチュア的な稚拙な犯罪だったのではないでしょうか。そしてそこに、現代の家族が抱えている問題と、落とし穴がよく見える、ということなのかもしれませんが。
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シュワちゃんのオリジナルプレデターに続いて、ダニー・グローバーの「2」、そして番外編の「エイリアンVSプレデター」を挟んでの「プレデターズ」。リメイクではなく、続編の位置づけです。

プレデターの狩場のために供給された新たな「獲物」として、また複数の人間がさらわれてきて、パラシュートで落下している最中に目が醒めるという、なかなか精度の高い麻酔技術ですね。

今回は主役が「戦場のピアニスト」「ダージリン急行」「グランド・ブダペスト・ホテル」のエイドリアン・ブロディ。体格の割に荒々しく、ニヒルなタフガイを演じています。やくざをあんなところに一人置いてもなにもできないだろうと思うのですが、日本刀を手に入れてから、いちおう役割を果たした、ということでしょうか。

お互いに知らない同志が集められて、自分たちはなんでここにいるんだ、とか言うわけですが、観客のみんなはそんなことはもう知ってるし、なにが起きるのかも知っているから、早く先に進め、という感じになってしまうのがかなり逆風ですね。で、反発し合っていた同志が少し身の上話をして、絆のようなものができ始めたら死亡フラグですね。

今回はイノシシと、小物プレデター、という新種を投入してきたわけですが、特に後者はもう少し活躍させてあげたらよかったのに、と思いました。大ボスが強すぎ、悪すぎですね。

あと、ローレンス・フィッシュバーン、なにがしたかったんでしょうか。自分一人で生き延びるつもりなら、彼らにちょっかい出さずに、一人でまた何シーズンか過ごせばよかったわけで、彼らを招き入れた時点で、なんらかの自殺願望があったということでしょうか。

ラストはまた後続の獲物たちがパラシュート降下してきたので、プレデターのチームもまた新たに到着するんでしょうか。次は地球に変えれるといいですね。あのブレスレットの立体宇宙地図、ほしいです。
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劇場で見ても面白かったけど、あらためて見てもやはり面白かったです。

ロンドン警察で優秀すぎて妬まれたスーパー警官が、田舎の警察に昇進してとばされる、という話。触れ込みでは「イギリス一番の田舎」として平和を売りにしていたけど、その実は…、というのがミステリーの中核になっています。まあ、最初に一番怪しかった人間が犯人だったりするわけですが、そこに至る過程に、ちょっと相棒の生え抜きぼんぼん警官とのBL風味もあり、堅物過ぎた主人公が名作刑事モノ映画を見ながら学んでいく部分もあり、刑事モノを好きな人ほど笑えるでしょう。

主役ニコラスを演じるサイモン・ペグはいかにもイギリス風の堅物警察官を好演。「レディ・プレイヤー・ワン」にも亡くなった経営者の相方役で出ているのですが、すぐには気づきませんでした。ほかにも元ジェームス・ボンド役ティモシー・ダルトンが有名どころで出ていて、ちょい役で殺されてしまう舞台女優役で見た顔だな、と思ったら「魔法にかけられたエラ」の意地悪な姉・ハティ役をやっていたルーシー・パンチという女優さんでした。

全編パロディーとお笑いか、というとそうでもなくて、一人異物として異世界に迷い込んだ主人公ニコラスの中で、自分の信じる正義をいかに貫けるか、そして一度信じてしまった幻想の洗脳から自分を解き放つのはいかにむずかしいか、ということも表しているように思います。
スペインのマドリードを舞台にした映画。

何気ない日常の空間であるバル。日本で言うならスタバかドトールか、という位置づけの店なんでしょうがそこがバルであるところがお国柄。

はじまりからして、複数の人々の会話をピックアップする移動カメラの長回しで始まるので、どんな群像劇かな、と思ったらそのあと1時間ほどは密室での会話劇。そのあと1時間ほどは地下と下水道で展開する、なかなか絵柄的には忍耐を要する映画でした。もっと閉じ込められた各人の生活にディテールがあったら地上での密室劇が膨らんだかも、と思うのですが。

後半は感染もののお決まりパターンに陥ったので醜い人間の差別感を描いていでこれは「新感染」を少し思い出す展開。オバサンの自殺の直前のバーのコックの独白は、少しタルコフスキーを感じました。

個人的には、最初の銃撃が起きた後に街がちょっと静かすぎる、二人の死体が消えた瞬間を誰も見ていないのは都合がよすぎる、テレビでニュースが出るのが遅すぎる。最初からあのトイレの男が狙われていたならなぜ別な男が撃たれたのか、その程度で感染を予測されるなら店に入る前の接触者は全て殺されないとおかしい、などの疑問は出ました。

ラストにエレナが脱出した後に出ている煙は、あの店の煙なのか、あるいはまた別な場所に感染者が出たのか、あるいは、こんな事件は日常茶飯事だからもはや誰も関心を払わないのか、などいろいろ象徴的でした。

銃が都合よく出現したり消えたり、携帯電話がつながったりつながらなかったり、小道具のディテールまではあまり計算されている感じがしなかったです。

ちょっと見ているうちにお話は全く違うのだけど、RadioheadのJustという曲のPVを思い出しました。街角に寝ころがっている人がいて、その人に話しかけてもほっとけ、と言われて、でも事情を知りたがる人たちが群れてきて…、という展開のクリップ。人々のお節介がテーマなのと無関心がテーマなのでは逆とも言えますが、ちょっと黙示録的で、伝染的で、やはり底辺に流れる、人間の本質を描いている。

サブタイトルのミスリードぶりはちょっと我慢できないレベルだと思いますが、映画全体としてみるとおしゃれなエンディング含め、まあ、まとまっているかなと。

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くたびれたオッサン刑事と過去にいわくあり気な女の組み合わせ、というのを聞くと真っ先に思い浮かぶのが「シー・オブ・ラブ」。枯れすぎてないパチーノとエレン・バーキンのエロさが意外なほどはまって、最後のどんでん返しまで息をつかせず見せた佳作です。

そしてこちら「ハイヒールを履いた女」。

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「ユージュアル・サスペクツ」のガブリエル・バーンだからちょっと期待した、というのもあるのですが、もっと切れ味のある、サイコ・スリラーを連想していたのですが…。

アンナに殺人シーンのフラッシュバックが現れ始めた時から謎は半分解けたようなもので、さらに途中の散歩シーンなどの画格の切り取り方から、どこが妄想部分なのか、が見てとれてしまったので、謎解きの大部分は済んでしまい、あとは動機ぐらい。ラストに彼女を救ったこと以外、彼女が正当防衛だった、という事実しかわかりませんでした。

登場人物の行動の愚かさも、イライラした原因でしょうか。バーニー刑事、最後に電話に出たことで締め出されるとか、間抜けすぎでしょう。被害者の妻・息子もひたすら頭が悪い。自分にとって最適の行動をとって謎が深まるのは歓迎ですが、ろくに考えずに逃げただけ、しかもただ見つかって捕まる、という展開はストーリー上の時間稼ぎ以外の意味を持ちません。

最後のシーンで彼女の本名アナ・マチスンが明らかになって、すでに亡くなっていた?彼女の娘と孫の消息も明らかになる、ということなのか、彼女が殺したのか、それとも?少しはっきりしなかったように思います。

盛りを過ぎた女の悲しさ、という意味ではシャーロット・ランプリング、このオファーをよく受けたな、と勇気をたたえたい気持ちです。ヘレン・ハント的なキュートさと、キャシー・ベイツ的なブサイクさを併せ持つ難しいお年頃の女性、という意味ではこれ以上のブッキングは難しかったでしょう。

トータルで見ると、ラストにもう一つどんでん返しがあれば、と残念に思わざるを得ません。
雑誌を読んだ後の聞きかじり逸話というのは、いつまでたっても変に心に残ります。

音楽の友だか、レコード芸術だかに、ギュンター・ヴァントの未亡人にインタビューした記事が載っているのを読んだことがあって、

たいそう気に入っていた庭の木があって、それが嵐で折れてしまったのを見て、「ああ、おれも終わりだ」みたいにぽっきりと気力が折れてまもなく亡くなった、というような話だったと記憶しています。

でもいま検索してみても、似たようなことを書いている人は一人も見当たらない。ヴァントじゃなかったのかな、ときつねにつままれたような気持ちでいます。