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世界観がキリスト教の欺瞞に統一された荒廃した世界、というところを別にすれば、バイオハザード、ブレードランナー、バットマン、ブレード、ヴァン・ヘルシング、リンカーン秘密の書、などをフュージョンした物語、といえばいいんでしょうかね。

バトルにオリジナル要素がもっとあったらよかったんですけどね。スピードが速い、以外にはそんなに独自のアクションはなく、やや期待外れでしょうか。世界が砂漠っぽいので、その点バイオハザードに一番近いでしょうか。

キリスト教徒以外はどうなっちゃったんでしょうね、この世界。そのキリスト教も堕落し、人々をコントロールする道具としてしか宗教を使っていない、という世紀末的描写は、あらゆる宗教関係者を敵に回しているのですが、そこに一端の真理はあるのかもしれないな、と思いました。

いったんは殲滅したはずのヴァンパイアも、実は生き延びていて、でも教会はそれを隠蔽したい。だからヴァンパイアを退治してルーシーを取り戻したいプリーストを許さない、というのはなんとなくわかるのですが、追手を差し向けて、しかもそれがヴァンパイアに返り討ちにあっちゃうんじゃ、面目丸潰れですよね。

ヴァンパイアの造形が、目が退化して口が牙だらけだと、どっちかというと別な生き物になっちゃった感じがして、あれ、これどこで見たかなぁ、と思ってしまいました。

ラストの決戦、列車の爆破で大ボス死んじゃってますかね。あれで死んだならちょっと物足りないから、続編ができたら生きていた、の伏線かなと思いますが。

「ダ・ヴィンチ・コード」でシラスを演じたポール・ベタニーが珍しい主役。冒頭に出てきた、シャノン、最初「ラザロ・エフェクト」とかのオリヴィア・ワイルドかなと思っていたんですが、まさかのメッチェン・アミックでした。似てますよね。相棒のプリーステスのマギー・Q、高島礼子を少し思わせる面長の美女ですが、テレビ版「ニキータ」で主演していたようです。他にどこかで見たような気がしているのですが、「ダイバージェント」シリーズは見たことないし、人違いでしょうか。

クリストファー・プラマーとかアラン・デールとか、顔なじみの重鎮役が顔を連ねているのはちょっと重厚感がありました。
Mac Pro 2009 は、いろいろといじりがいのあるMacで、CPUのアップグレードもできますが、さらにいろいろなソフトウェアを動かす上で効いてくるのはグラフィックカードの交換。

アップルがオフィシャルにサポートしているカードはRadeon HD 5770あたりまでなのですが、実はOSをある程度アップグレードしていくと、NVIDIAのGeForceシリーズのカードもOSのドライバーで立ち上がるようになる。

さらに、NVIDIAのサイトにあるMac用のドライバーをインストールすることで快適に動くようになると。

ただ欠点は、起動したときに、アップルマークが出ない。画面が出るのはログインのパスワードを入れる画面から。ということで、起動直後にオプションボタンを押して、起動ディスクを選ぶとかいう芸当はできなくなります。

これを回避するためにできることは、Mac 用のBoot ROM をグラフィックカードに書き込んでやること。
検索するといろんな人がトライしていて、少しずつやり方が違ったりするのですが、僕もできました。

ただし、自分でできるのは、GTX 680の1機種のみ。まあ、このカードはかなりスペックが高いので、これで立ち上がれば御の字です。

MacVidCardsという海外のお店は、もっといろんなバリエーションのGeForceのカードをリンゴマーク付きで立ち上がるように改変したものを販売しています。たぶん門外不出のプログラムがあるのでしょう。
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冒頭でまさか夜警の仕事をやめて実業家で成功しているとは思いませんでしたが、オープニングタイトル途中で前作の人気者たちが次々に箱詰めされるという不穏な始まり方。どうなっちゃうのかな、と思わせるのはうまいですね。

メイキングを見たら、前作のセットは全部壊しちゃったのでニューヨーク分も作り直し、そして、スミソニアンの5つの博物館もわざわざセットを作っているので、やってることは変わらない、なんて言ったら叱られそうなぐらい手間がかかっています。

前回は動物や恐竜の骨や猿を相手の一人芝居が多かったラリー、今回はアメリア・イアハート役のエイミー・アダムスとのロマンスの他、敵役カームンラー、ナポレオン、イワン雷帝、アル・カポネとの掛け合いなど、アドリブを含めたコメディーシーンが増えて、テンポのいい会話劇としても楽しめました。

反面、前回大活躍のセオドア・ルーズベルト役のロビン・ウィリアムスはだいぶ役柄として縮小されて、アドリブ合戦には参加なし。なんとなくその後のことも思われて寂しさを感じてしまいました。

エイミー・アダムス、「魔法にかけられて」で注目されたあとは「メッセージ」や「ザ・マスター」などで見ていましたが、この作品では時代感と同時に時代を先取りした女性の積極性をうまく出していて、やはりいい役者さんだな、と思いました。

巨大リンカーン像が登場したところで大体悪が一掃されてしまう、というのは少しカタルシスが弱かったかな、と思ったり、息子とスマホで話していたのが途中でフェードアウトしてしまうので息子かわいそうだな、と思ったり、仕事と博物館の間で揺れる心情、みたいなものはあんまり感じられず、アンビバレンツ感は出てないと思いましたが、まあいいか、みたいな。

最後に館長との掛け合いとか、なんだかんだ厭味を言いながらも、いいコンビなんだな、とかなかなか楽しめました。

最後に、カスター将軍のことだけ気になったので調べてみたら、想像を絶するクズ野郎だったことはご報告しておきます。
テンシュテットを指揮者としてもとても高く評価しています。

キャリアの終盤はロンドン・フィルでしたが、個人的にはその前の時代のテンシュテットもすごかったな、と思っています。

北ドイツ放送交響楽団とは喧嘩別れして、その代役で指揮したコンドラシンが、コンサート直後に急死してしまったのは悲しいエピソードですが、喧嘩別れする前までは、すごい演奏をたくさんしていたのに。

性格はちょっと攻撃的なところがあったり、器用な人ではなかったようなので、オケとしてもずいぶん我慢して、その上で堪忍袋の緒が切れた、みたいな感じなのかもしれませんが、海賊盤などに残っている演奏はどれもすばらしい。マーラー「復活」などはFMで聞いた時の衝撃がいまも忘れられません。特に合唱が入ったりすると、ドイツでの演奏にはイギリス時代の演奏はちょっと及ばない感じがします。

なので、秘蔵音源が早く出てこないかな、と思ったりしてるのですが、チェリビダッケほどには海賊盤が出てきません。シカゴ交響楽団と少しあるくらい。あまり放送されたコンサートが多くなかったからですかね。

去年が没後20年だったのに、あまり掘り出し物が出てこなかったから、もうないのかな。
合唱をやってました。

中学・高校では混声で、大学では男声合唱。

で、大学で割によく歌った曲に「からたちの花」がありますが、なかなかこれはアプローチの難しい曲だな、しかもちょっといやらしいな、と思う曲でもあります。

ハモらない場所はないし、鳴ればきれいですが、なんかこれ、明らかに泣かせにかかってるでしょ、と感じる展開があって、なんでそんな急に泣かせに入るんだよ、としらける気持ちも少しあり。

なので、人前で歌うことはあんまりない曲です。
4Kへの対応をどうしようかな、と思っていて、ケーブルテレビやレコーダーがあれば4Kモニターには入力端子さえあれば済むはずだから、パソコン用のモニターで4K対応の安いものがあればいいかな、と最初は思っていたんですが、ちょっとした実用上の問題に気づきました。

リモコンです。大体、レコーダーやケーブル受信機のリモコンは、メーカー製テレビのリモコンも兼ねられるのですが、パソコン用のモニターのリモコンとしてはおそらく機能しないでしょう。ましてや、ボリュームを変えることなど、難しいに違いありません。

実際問題、僕がこれなら安くていいな、と思っていたAcerのモニターはそもそもリモコン対応ではありませんでした。だてに安くないわけですね。

そうなると、やはりテレビを買った方がいいのかな、という気になります。東芝は原発のことがあるので不買。となると、もうHDR対応で倍速走査などを考えるとソニーかパナソニックか、というところに落ち着いてきますが、スピーカー兼用の置き台の幅がいま50センチしかないので、結構候補が絞られてきます。

あと、レコーダーについても、レスポンスも機能性もまだまだのようだし、放送コンテンツもまだまだ物足りないので、機材をあわてて揃える必要はないかな、と様子見です。
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全体を通して不思議なテイストだなと思うのは、ロシアのスパイがずっとフランス語でしゃべっていることなのですが、実はロシアって、フランスにずっと憧れていたようなところがあるので、それはそれでリアリティーがあるのかな、なんて途中から思いました。

アリスの投資アナリストとしての有能さやある種の残忍さを前半で売った上で、彼女を操っているつもりのFSBのチームがアプローチして、彼女を利用しているつもりになるところまでは、なんとなく納得していたのですが、グレゴリー(モイズ)が彼女をチラチラ見つめて顔バレするのが、そもそもスパイとして無能の証では?というのは大きな疑惑。顔だちは甘いし、ロシア版ジェームズ・ボンドと思えばいいんですかね。

ロストフスキーがティム・ロスというのはなかなかのご愛嬌で、ロシア語もフランス語も一生懸命こなすあたりが彼らしいですが、いつまでも騙されすぎじゃないの、とか思ったりしました。

アリスはアリスで、前半のクールさとうってかわってモイズとのデートにうつつを抜かす恋する女に変貌するわけですが、その上でしたたかにCIAのためにも働いているので、結果的にはグレゴリーをしっかり出し抜いて、勝負には完勝。そのことがグレゴリーを傷つけたことをきっと悔やんだんでしょうね。

イギリスに亡命したロストフスキーがアリスに復讐することで、ラストのメロドラマが展開する、というのが後味の悪さを救ってはいます。抱きしめられたから思い出したのではなくて、セリフにもあった、「たくましい腕の感触」によって呼び覚まされた記憶、というのが正しい理解のように思います。
スカパー、かつてはいろんなチャンネルを見ていたんですが、いまはどうせそんなに見る時間はないし、とFOXの1チャンネルだけ契約。基本料金と合わせて千円程度の最低ランクの契約です。

NCISと、NCIS-LA、HOMELANDあたりが主力商品で、他にはX-FILESが思い出したように時々、あとは「ダ・ヴィンチと禁断の謎」「ウェイワード・パインズ」「バーン・ノーティス」など、時折はまるドラマがあったので、ここまでは元がとれたなと思っています。

最近、TSUTAYAの準新作100円セールで、NCISのもう一つのシリーズ、「ニューオーリンズ」のシーズン3を借りました。

さて。

いま、フォックスでは「ニューオーリンズ」は放送していないのです。なぜか、「スーパードラマ」チャンネルで放送しています。さてこれを見るべきか。チャンネルを追加するとそれはそれで月々の料金に跳ね返る。どうせなら、と調べると「スカパー!セレクト5」というコースで払う料金と大して変わりません。じゃあ、せっかくだから5つチャンネル契約しようか、MTVとMonTVは見たかったしな、みたいなことを考えている自分がいます。

いや、ちょっと待て。それは元の木阿弥じゃないか、と気づいて、心にブレーキをかけたところです。
ウィンドウズの安いパソコンも一応持っていたりするわけですが、

HP dc7700 SFF
という、ほぼ事務用のような会社の支給品みたいなパソコンを一台持っています。

中古で買ったのでだいぶ安かったと思いますが、Core2 Duoなので、CPUもだいぶ古い。なので大したことはできないだろうとたかをくくっていたのですが。

グラフィックカードを変えるだけで大変身するのです。ちょっと前までは大して選択肢がなかったのですが、いまダンゼンのおすすめは、GeForce GT 1030。
dc7700の決定的な弱点は電源で、追加オプションで何を入れても電源がネックになるのですが、このGT1030はなんと30Wで動作してくれるのです。それでいて、高級機の半分程度のパフォーマンスは出してくれる。ロープロファイル対応モデルがあるのでそれも幸運でした。

これのHDMI出力をテレビにつなぐだけで、動画再生のオプションがだいぶ増えたりします。
コントロールパネルでガンマとかをいじって画質を揃えるのには少し苦労しましたが、その苦労は確実に報われました。
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映画を見るときは基本的に予備知識なしで見るので、DVDを借りるときもあらすじもろくに見ません。なので、ジェレミー・レナーだし、アクションか、スリラーだろう、と勝手に思い込んで見たら全然違いましたね。日本版のポスターなんかは完全にミスリーディングですが、添付したのは海外版。

エンドクレジットで解説が出てわかるのですが、「修復的司法」という、加害者と被害者を面会させてトラウマを癒したり、社会復帰を助けたりする試みなのですね。これが広まることで、罪を憎んで人を憎まずが実践できたら、それは素晴らしいことなのかもしれません。

物語の冒頭から、平凡な、平凡すぎる日常を過ごす主人公二人の暮らしがカットバックしていきます。時系列も現在と過去が微妙に交錯し、カットの色合いで時系列がわかりますが、その中にも幻影のようなものが見えるので、けっこう最初は戸惑いました。

ストーリーとしては割に単純で、アナという女性が死刑執行を見届けに行く。どうも死んだのはアナの息子ショーンらしい。で、死刑になるのはソール(ジェレミー・レナー)。ショーンには障害らしきものがあり、小学校の授業中に邪魔なので支援学級に移れと言われ、アナはいい教育を受けさせるためにはと、職探しをはじめるが全然うまくいってない。

片やソールは、もう全然ダメなチンピラで、貸し倉庫の管理人をやっているけれどカードの借金がかさんで客の品物を横流し、現場をボスに押さえられてクビに。もう目の前の2000ドルの借金を返さないとにっちもさっちもいかないクズぶり。

この二者の軌跡が丹念に描かれて、終盤に交錯する、という話。

ソールも事故のあとトランクで虫の息のショーンを見捨てて逃げる臆病さ、アナも息子の生命惜しさに目の前の重傷者に救急車を呼ぶなとか勝手を言うところ、普通の人が混乱するとこうだろうな、というめちゃくちゃぶりがとても痛ましい。ああ、こどもが死ぬストーリーなんだな、と理解した時点で相当鬱になりましたが、現在とのカットバックをはさむことでうまく緩急つけたと思います。

途中での神父との会話に、いまのキリスト教でできる犯罪者救済のある種の限界を描いているのかな、と思いました。紋切り型で優等生のああいう説教には個人的にも納得がいかないことがあったので、うまいなと思いましたが、敬虔なクリスチャンの人は悪意を感じたかもしれません。

ラスト、結局ソールは孤独に死ぬのか、最後にアナが部屋にもどって見守ってあげるのかな、と思ったりもしましたが、そういう甘口の話にはしませんでした。

「グリーン・マイル」「デッドマン・ウォーキング」などと少し共通するテーマだと思いますが、思いの外文芸大作な感じがしましたよ。

主演の二人、キャラクターの描きわけが見事でした。地味で苦労の多い仕事だと思いますが、いい映画です。